第209話  帚木の巻を読む

  時 は過ぎて、「帚木」では源氏は近衛の中将になっている。美貌の源氏は宮中のプレーボーイである。長い五月雨(さみだれ)の一夜、宮中に物忌みのため籠もっ ている源氏のところに、頭(とう)の中将、左馬(さま)の頭(かみ)、藤式部の丞(じょう)の三人が集まり、女の品定めが始まる。三人ともいずれ劣らぬ好 色者である。

 はゝきゞ【日本古典文学大系】

  光源氏、名(な)のみことごとしう、言(い)ひ消(け)たれたまふ咎(とが)おほか
 なるに、「いとゞ、かゝるすきごとゞもを、末(すゑ)の世にも聞(き)きつたへて、か
 ろびたる名をや流(なが)さむ」と、忍(しの)び給ひけるかくろへごとをさへ、語(かた)
 りつたへけん、人の物言(い)ひさがなさよ。
  さるは、いといたく世をはゞかり、まめだち給ひけるほど、なよびかに、をかしきこと
 はなくて、交野(たかの)の少将には、笑(わら)はれ給ひけんかし。

 まず、表題の「はゝきゞ」から検討してみることに する。

 ○ 帚(ははき)
  「帚木」と書いて帚木(ははきぎ)と読む。「帚」の古代中国語音は帚
[tjiu] であり、日本語の「ははき」とは関係がない。しかし、同じ声符をもつ「婦」の古代中国語音は婦[biuə]であり、「ははき」 の「はは」は中国語の婦[biuə]と関係がある可能性がある。
 古代日本語には濁音で はじまる音節はなかったので、清音「は」を重ねて転写したものであろう。白川静の『字通』によれば、「婦
[biuə]は母[mə]と声近く、両者は関連する語であろう」としてい る。「母」も日本語では「はは」である。
 『風土記』では伯耆大山の伯耆も伯耆(ははき)と 読むことになっている。源氏物語でも拍子は拍子(はうし)、格子(かうし)と、ルビが振られている例がある。『岩波古語辞典』では「ははき
[]羽掃キあるいは葉掃キか」としている。伯耆(ははき)の場合は、「伯耆」の伯[peak]を「はは」としたものであろう。「帚木」の場合 は、「帚」の古代中国語音に婦[biuə]のような音があり、それが転移して「はゝき」に なったのであろうか。
参照:第224話・つづ(續)ける。

  漢語 起源のことば

 これまで『日本 語千夜一話』では『古事記』、『日本書紀』、『万葉集』など、漢字だけで書かれた日本語をあつかってきた。『源氏物語』は基本的に「かな」で書かれた日本語であ る。しかし、『源氏物語』の日本語のなかにも、日本が本格的文字時代に入る前、弥生時代、古墳時代、飛鳥時代、など律令制国家誕生以前に、中国語などから借 用したとみられる漢語起源のことばが数多く含まれている。この章に引用した『源氏物語』の日本語を三つに分類することができる。

 1.漢語、
 2.漢語起源のことばであるが「やまとことば」として定着したもの、
 3.日本古来のことば、

○ 少将
 源氏物語の時代、宮廷では漢語が多く使われていた。さまざまな官位、官職は漢語である。

 少将、中将、大将、右大臣(うだいじん)、左大 臣(さだいじん)、右近(うこん)、
 左近(さこん)、左右大辦(だいべん)、民部(みんぶ)、式部(しきぶ)、東宮(とうぐう)、
 中宮、齊宮、勅使(ちよくし)、按察(あぜち)使、女房(にようばう)、女御(にょうご)、
 更(かうい)、下﨟(げらう)、上﨟(じやうらう)、命婦(みやうぶ)、修理職(すりしき)、 文章博士(もんざうはかせ)、正三位(じやうさんみ)、

  宮中の役所も漢語である。右近(うこん)、左近 (さこん)などの官名も右近衛府、左衛府の役人の呼称である。源氏物語には、内裏の役所などがいくつも登場する。

  弘徽殿(こきでん)、承香殿(そきやうでん)、 後涼殿(こうらうでん)、南殿(なでん)、
 溫明殿(うんめいでん)、淑景舎(しげいさ)、朱雀院(すざくゐん)、
 柳花苑(りうくわゑん)、鴻蘆館(こうろくわん)、

  ○ 漢語(漢音・呉音):源氏(げ んじ)、少将、
 ○ 漢語起源(倭音):な(名)、世(よ)、なが(流)す、かた(語) る、物(もの)、
            さが(性)、野(の)、

 ○ 訓(やまとことば):光(ひかる)源氏、い(言)ふ、け(消)す、とが(咎)、すゑ (末)、
                        き(聞)く、しの(忍)び、給ふ、人、わら(笑)ふ、

 ○ 名(な)
 ここに引用した文章の中だけでも漢字の「名」という表記もあり、ひらがな「な」という表記も使われている。「な」は呉音「ミョウ」・漢音「メイ」・訓「な」 であると漢和字典には書いてある。「名」の古代中国語音は名
[mieng] である。中国語の頭音[m] が日本語でナ行であらわれる例である。韻尾の[-ng] は失われている。

 例:苗[miô] なえ、猫[miô] ねこ、鳴[mieng] なく、寐[muət] ねる、
   無
[miua] ない、眠[myen] ねむる、

 日本語は開音節であ り、中国語の韻尾が脱落した。

 例:香[xiang] か、黄[huang] き、湯[sjiang] ゆ、
   田
[dyen] た、津[tzien] つ、帆[biuəm] ほ、目[miuk] め、眼[ngean] め、   

 源氏物語では鳥邊野(とりべの)、文字(もじ)、 洞院(とうゐ)、精進(さうじ)などの韻尾が脱落した例がみられる。

 ○ 世(よ)
 「世」の呉音は世(セ)、漢音は世(セイ)、訓は世(よ)とされている。「世」の古代中国語音は世
[sjiat]とされている。「世」と同じ声符をもった漢字に泄(セ ツ)があり、古代中国語では「世」も韻尾に[-t]の音をもっていたと考えられる。しかし、随唐のころには入声音[-t] は失われて世[sjiai] となっていたと考えられる。日本語の「よ」は中国語の[sjiai]頭音が、 介音[-i-] の発達により脱落したものである。世(よ)と同じような例は、いくつかあげることができる。

  例:矢[sjiei] や、射[djyak] いる、織[tjiək] おる、折[tjiat] おる、灼[tjiôk] やく、
    床
[dzhiang] ゆか、山[shean] やま、赤[thjyak] あか、色[shiək] いろ、
   臣
[sjien] おみ、身[sjien] み、真[tjien] ま、
   今
[kiəm] いま、犬[khyuan] いぬ、弓[kiuəng] ゆみ、寄[kiai] よる、
   拠
[kia] よる、居[kia] ゐる、禁[kiəm] いむ、

 ○ 流(なが)す
  「流」の古代中国語音は流
[liu]である。古代日本語ではラ行音が語頭に立ことがな かったので、中国語の[l]は調音の位置が同じナ行に転移した。

  例:梨[liei] なし、練[lian] ねる、浪[lang] なみ、

 ○ 性(さが)
  日本語の「さが」は古代中国語の性
[sieng] と同源である。[sieng]の祖語は[seg] である。中国語の韻尾[-ng] は隋唐の時代以前には[-k] あるいは[-g] に近かったと考えられている。性(さが)は中国語の古 代音の痕跡を留めている。源氏物語のなかでも[-ng] がカ行あるいはガ行であらわれる例がいくつかあ る。

 例:造[dziung] つくる、丈[diang] たけ、莖[heng] くき、翁[ong] おきな、[dzhiang] とこ、
   影[yang/kyang] かげ、常[zjiang] とこ、[hoang] よこ、送[song] おくる、

 ○ 交野(かた
 「野(の)」もまた漢語起源の「やまとことば」である可能性が高い。「野」の古代中国語音は野
[jya] であり、日本漢字音は野(ヤ)または野(ジョ・ ショ)であると漢和字典には書いてある。訓の野(の)はこれらのいずれとも関係なさそうである。しかし、「野」の声符は「予」であり、同じ声符をもった漢 字「杼」は古事記歌謡では「杼」が「と」あるいは「ど」とし て使われている。

  例:阿加斯弖杼富礼(あかしてとほれ)、袁登賣杼母(をとめども)、阿礼波意母閉杼(あれはお   もへ ど、迩本杼理能 (にほどりの)、伊耶古杼母(いざこ ども)、岐許延母(きこえ   しかども)、許々呂 波母閉杼(こころはもへど)、加流袁登賣杼母(かるをとめども)、

  古事記の時代の日本漢字音には「杼」に(ど)という音があったのである。「杼」の声符「予」は「野」と同じである。「ど」は「の」と調音の位置が同じであり、転移しやすい。「野」にも野(の)という音 があった蓋然性は高い。日本語の野(の)は「やまとことば」ではなく、中国語の「野」と同源であろう。

  歴史 的仮名使い

○「む」と「ん」
 こ の短い引用文のなかにも、「なが(流)さ」と「つたへけ」、「給ひけかし」という二種類のかな表記が使われている。「流さむ」というのであれば、 「つたへけむ」「給ひけむかし」とあるべきではなかろうか。源氏物語の青表紙本は藤原定家の手が入っているという。藤原定家は日本語を仮名で書くための規 範を定めた人である。それなのに源氏物語では「む」と「ん」の用法にかなり揺れている。

  例:寝(しむ・しん)、前坊(ぜむばう・ぜんば う)、對面(たいめむ・たいめん)、
   怨(ゑむ・ゑん)、驗者(けむざ・けんざ)、艶(えむ・えん)、念(ねむ・ねん)、
   遺言(ゆゐごむ・ゆゐごん)、學問(がくもむ)・衛門(ゑもん)、難(なむ・なん)、

  古代日本語には「ん」で終わる音節は なかった。中国語の韻尾[-n] [-m] を表すのに、日本語の「む」を用いていた。しか し、中国語の語彙が日本語に浸透してくるのにしたがって「ん」という仮名が使われるようになったものと思われる。

  仮名の「む」は舞[miua]、無[miua]などの略字(草書体)であり、「ん」は无[miua]の略字であるという。してみれば、日本語の「む」 も日本語の「ん」も中国語の原音は[m]「む」だということになる。しかし、古来日本語の「む」は「子音+母音」で 一音節をあらわしたのに対して、中国語から入ってきた韻尾の[-m] あるいは[-n] は一音節をなす音ではなかった。
  ちなみに、これらの漢字の古代中国語の韻 尾は[-m][-n] があり、日本漢字音では中国語韻尾の[-m][-n] が弁別されているわけではなかった。

  例:前[[tzian]、面[mian]、怨[iuan]、言[ngian]、問[miuən]、門[muən]、難[nan]
   寝
[tsiəm]、験[tsiam]、艶[hiam]、念[niəm]

  朝鮮漢字音ではこの区別は保たれており、古代中国 語音の[-n]は朝鮮語でも[-n] であらわれ、[-m] [-m] であらわれる。

古代日本語には「ん」という音節はなかったものと 思われる。源氏物語の時代には中国語の韻尾[-n] も[-m] も「む」または「ん」が用いられ、混用されている。漢字文化圏のなかにも[-m] と[-n] を弁別する地域とそうでない地域がある。 

広東語

北京語

朝鮮語

日本語

[-m]

[-n]

[-m]

[-n]

[-n]

[-n]

[-n]

[-n]

 
 谷崎潤一郎訳『源氏物語~帚木(ははきぎ)~』

   光源氏(ひかるげんじ)、光源氏と、評判だけは仰々しくて、一面には非難をお受けにな
 るような失錯(しっさく)も多いことですのに、その上にもこういう好色事(すきごと)
 どもを後の世までも伝えられて、軽々しい人間のように言われるのではあるまいかと、
 努めて人目につかないようにしていらっしった内証事(ないしょごと)をさえ、明るみ
 に出して語り伝えたとは、さても口さがない人々もあることです。
  とはいうものの、実は非常に人目を憚(はばか)って、真面目(まじめ)らしく慎(つ
 つし)んでおられましたので、そうなまめかしい面白い話などはありませんので、あの
 名高い交野(かたの)の少将には笑われていらしったかもしれません。

[源氏物語を読む]

☆第207話 ひらがなの発明

第208話 桐壺の巻を読む

☆第209話 帚木の巻を読む

第210話 雨夜の品定め~帚木~

第211話 馬の頭(かみ)の女性観~帚木~

第212話 賢い女について~帚木~

第213話 空蝉の巻を読む

第214話 夕顔の巻を読む

第215話 町屋の朝~夕顔~

第216話 夕顔の死~夕顔~

第217話 若紫の巻を読む

第218話 末摘む花の巻を読む

第219話 紅葉賀の巻を読む

第220話 青海波の舞の夕べ~紅葉賀~

第221話 琴の調べ~紅葉賀~

第222話 花の宴の巻を読む

第223話 葵の巻を読む

第224話 賢木の巻を読む

第225話 花散里の巻を読む

もくじ