第215話  町屋の朝~夕顔~

 源氏は夕顔と契り、この契りは来世までも続けよう とお誓いになります。夕顔と一夜を明かした朝、町屋では鳥の声や物売りの声は聞こえないで、金峯山に参籠に行く行者の声や、念仏をとなえる声が聞こえて きます。仏教は伝来以来、宮廷で取り入れられてきましたが、中国の文化や文字を日本に定着させたのも僧侶たちでした。その仏教が京都では町屋にまで広がっているのです。

 町 屋の朝~夕顔~【日本古典文学大系】

 明(あ)け方(がた)も、近(ちか)うなりけり。鳥(とり)のこゑ(聲)など聞(きこ)えで、 たゞ、翁(おきな)びたる聲(こゑ)に、ぬかづくぞ聞(きこ)ゆる。
 起居( たちゐ)のけはひ、堪(た)へ難(がた)げに行(おこな)ふ。 いと、あはれに、「朝(あ した)の露に異(こと)ならぬ世(よ)を、何(なに)をむさぼ る、身の祈(いの)りにか」と、 きゝ給ふに、御嶽精進(みたけさうじ)にやあらん、
 「
南無當來導師(なもたうらいだうし)」とぞ、拝(をが)むなる。
  「かれ聞(き)き給へ。この世(よ)とのみは、思(おも)はざりけり」 と、あはれがり給ひて

 優婆塞(うばそく)が行(おこな)ふ道(みち)をしるべにて來(こ)ん世(よ)も深(ふか)き 契≪り≫たがふな。
  長生殿の古(ふる)きためしはゆゝしくて、羽(はね)をかはさむと引(ひ)きかへて、彌勒(み ろく)の世(よ)をかね給(たま)ふ。

 漢 語起源のことば

 日本の仏教は漢訳仏教であり、多くの漢語が仏教とともに入ってきた。「御嶽精進(みたけさうじ)」、「南無當來導師(なもたうらいだうし)」、「優婆塞(うばそく)」、「彌勒(みろく)」はいずれも漢語である。
 「御嶽精進(みたけさうじ)」は金峰山(きんぷせ ん)に参籠する前に、山伏が精進して、弥勒菩薩に祈願することをいう。
 「南無當來導師(なもたうらいだうし)」の「南 無」はサンスクリット語をそのまま漢字にしたもので「帰依する」という意味である。「南無」の「無」は末音添記で南
[nəm]の韻尾が[-n]ではなくて[-m]であることを明確に示すために添記されたものであ ろう。「南無當來導師」は彌勒に祈ることばで、この祈りのことばで御嶽精進だと知ることができる。
 「優婆塞」は在俗のまま仏道を修業する人をいう。彌勒(みろく)は未来に衆生を救う菩薩である。
 長生殿は唐の玄宗皇帝と揚貴妃が愛を誓った場所で ある。「長生殿で玄宗皇帝が楊貴妃と契った例は死別に終わって未来まで添いとげられなかったから、、」ということになる。○

 ○ 漢語(漢音・呉音):御嶽精進(みたけさうじ)、南無當來導師(なもたうらいだうし)、
  優婆塞(うばそく)、長生殿、彌勒(みろく)、
 ○
漢語起源のことば:鳥(とり)、翁(おきな)、起居(たちゐ)、堪(た)へる、あはれ、世   (よ)、身(み)、御嶽精進(たけさうじ)、思(おも)ふ、來(こ)ん、古(ふる)き、羽  ( はね)、かはす、
 ○
 やまとことば:あ(明)ける、かた(方)、ちか(近)く、こゑ (聲)、きこ(聞)える、かた  (難)い、おこな(行)ふ、露、こと (異)なる、なに(何)、いの(祈)り、給ふ、みたけさ   うじ(御嶽精進)、をが(拝)む、き(聞)く、おこな(行)ふ、みち(道)、しるべ、ふか   (深)き、契≪り≫、たがふ、ひ (引)きかへ、
 ○ 
朝鮮語と関係のあることば:あさ(朝)、

 ○ 鳥(とり)
 「鳥」の古代中国語音は鳥
[tyu] である。現代北京音は鳥(niao) である。広東語音は鳥(niuh) であり、朝鮮漢字音は鳥(jo) である。日本漢字音は、いうまでもなく鳥(チョウ) である。歴史的仮名使いでは鳥(てう)である。日本語の「とり」は古代中国語の鳥[tyu] の転移したものであろう。

 ○ 翁(おきな)
 「翁」の古代中国語音は翁
[ong] である。「翁」の声符は公[kong] である。「おきな」の「おき」は公[kong] の語頭子音が脱落したものである。中国語の韻尾[-ng] は古代中国語の入声調音[-k] が転移したものであり、「翁」の祖語は[ok] に近かったと考えられる。「おきな」の「な」は女(をみな)の女[njia]  であろう。

 ○ 起居(たちゐ)
 「起居(キキョ)」は漢語である。日本語の「たち ゐ」は「立+居」であろう。「立」の古代中国語音は立
[liəp] である。古代日本語ではラ行ではじまる語彙はなかったの で、中国語のラ行は倭語ではタ行に転移した。ラ行とタ行は調音の位置が同じであり、転移しやすい。(参照:第211

 例:[liəp](リツ・たつ)、瀧[leong](ロウ・たき)、龍[liong](リュウ・たつ)、
   粒
[liəp](リュウ・つぶ)

 居(ゐ)は古代中国語の居[kia]の語頭音が脱落したものである。

 ○ 堪(た)へる
 「堪」の古代中国語音は堪
[khəm] である。堪の声符は甚[zjiəm] である。同じ声符をもった漢字に「勘」「 湛」があり、「勘」の古代中国語音は勘[khəm] であり、「湛」は湛[təm] である。

 「堪」の日本漢字音は呉音「コン」、漢音「カ ン」、慣用音「タン」である。訓は「たえる」。
 「勘」の日本漢字音は呉音「コン」、漢音「カ ン」、意味は「かんがえる」である。
 「湛」の日本漢字音は呉音「デン」、漢音「タ ン」、ほかに「ジン」「チン」という音もある。 
 「甚」の日本漢字音は呉音「ジン」、漢音「シン」、意味は「はなはだしい」だという。

 この間の関係を整合的に説明するのはむずかしい。 漢和字典には堪(カン)の慣用音として堪(タン)をあげているから、日本語の「たえる」は堪(タン)にいきょしたものだろう、と考えるのがもっとも素直な 説明だろう。
 湛[təm]  が口蓋化によって甚[zjiəm] になるのは納得できる。しかし、中国語では堪[khəm] や勘[khəm] も口蓋化によって甚[zjiəm] になったのだろうか。
 中国語には同じ声符を持った文字でカ行とサ行にわ たって読まれる文字がほかにもたくさんある。このことから、中国語では
[k-][kh-][g-] や喉音[h-][x-] も口蓋化によって摩擦音化したのではないかということが推定することができる。

 例:嚇(カク)・赤(セキ)、感(カン)・鍼(シ ン)、宦カン)・臣(シン)
  耆(
キ)・嗜(シ)(ケイ)・旨(シ)、伎 (ギ)・支(シ)期(キ)・斯(シ)、
  祇(ギ)・氏(シ)、
嗅(キュウ)・臭(シュウ)、絢(ケン)・旬(ジュン)
  賢
ケン)・腎(ジン)、喧(ケン)・宣(セン)、坤(コン)・神(シン)、

  堪(たえる)ばかりでなく、鍼(はり)も、臭(くさ い)も、神(かみ)漢語起源のことばであろう。(参照:第212話・絶(ゼツ・たえる))

 ○ 古(ふる)い
 古代中国語の「古」は古
[ka]である。同じ声符をもったに涸[hak] がある。「古」も涸[hak] に近い音をもっていたものと想定できる。日本語の 「ふるい」は古代中国語の「古」と同源であろう。
(参照:第210話・經)

 ○ 羽(はね)
 はね(羽)の「羽」の古代中国語音は羽
[hiua] である。日本漢字音は羽(ウ・は・はね)である。
日本漢字音の羽(ウ)は羽
[hiua]の頭音[h] が脱落したものである。羽(は)は羽[hiua] の頭音が喉音[h]がハ行に転移したものである。喉音[h] は合音(iu)の前ではしばしば脱落する。羽(は)は羽[hiua]の頭音[h] 痕跡をハ行に残しており、音の羽(ウ)は頭音[h]  が脱 落した後の中国語音を継承している。
(参照:第210話・ふ(經)る、第214話・檜垣)

 中国語の頭音
[h] は日本語にはない音であり、日本語ではさまざまに転移して受け入れられている。 

1.古代日本語にカ行あるいはハ行音として喉音[h-] の痕跡の残るもの。
  雲
[hiuən](ウン・くも)、越[hiuat](エツ・こえる)、媛[hiuan](エン・ひめ)、
   黄
[huang](オウ・コウ・き)、熊[hiuəm](ユウ・くま)、

2.呉音では喉音[h-] 音が脱落し、漢音にはカ行音としてあらわれるもの。
   絵
[huai](ヱ・カイ)、恵[hyuei](ヱ・ケイ)、黄[huang] (オウ・コウ・き)、

3.日本語の音では喉音[h-]の痕跡が残り、訓では[h-] が脱落しているもの。
   合
[həp](ゴウ・あふ)、

4.音でも訓でも喉音[h-]が脱落しているもの。
   芋
[hiua](ウ・うも・いも)、横[hoang](オウ・よこ)、行[heang](コウ・ゆく)、

 借用語は一般に、受け入れた時代の音を継承している。このことから、中国での喉音[h]の脱落はかなり長い時間をかけて起こり、地域に よっても差があったであろうことが想定できる。日本漢字音は古代日本語音(訓)→呉音→漢音と推移していく。

 ○ かはす
 日本語の「かはす」は中国語の交
[keô]と関係のあることばであろう。

 ○ あさ(朝)
 日本語の「あさ」は朝鮮語の朝
(a-chim)と関係のあることばであるといわれている。

 参照:世(よ)(第209話)、身(み)(第210話)、來(こ)ん(第210話)、
   あはれ(第213話)、思(おも)ふ(第213話)、

 

 歴 史的仮名使い

  『源氏物語』には漢語も多く使われている。仮名は「やまとことば」の表記に使われているばかりでなく、漢語の表記にも使われている。漢語を仮名で表記する のも、そう簡単ではなかった。精進(さうじ)、當來(たあうらい)、導師(だうし)、などは現代の表記では精進(ショウジン)、當來(トウライ)、導師 (ドウシ)である。これらの表記と漢字原音との関係はどうなっているのだろうか。

 ○「さう」と「しやう」
 「精進」には精進(さうじ・しやうじん)、「筝」には筝 (さう・しやう)、「装束」には装束(さうぞく・しやうぞき)、「菖蒲」には菖蒲(さうぶ・しやうぶ)という表記もある。現代の漢字音でも呉音と漢音では読み方が違う。

 例:精(呉音・ショウ、漢音・セイ)、筝(呉音・ショウ、漢音・ソウ)、
   装(呉音・ショウ、漢音・ソウ)、菖(呉音・ショウ、漢音・ショウ)

 「しやう」は中国語の介音[-i-] をあらわしているものと思われる。中国語の介音[-i-] は隋の時代に発達してきたと考えられているが、日本漢字音は呉音の方にあらわれる。恐らく江南地方で早くから発達したものを仏教用語を通じて呉音のなかに取り入れたものであろう。源氏物語の時代には、すでに呉音と漢音の両方が使われていた。

 ○「たう」と「とう」
 
「たう」と「とう」 は源氏物語では区別して用いられていた。「たう」には陽韻[-ang] などの文字が用いられ、「とう」には東韻[ong]、蒸韻[əng] などの文字があてられている。「刀[tô]自」は刀自(とじ)とも読む。

 [たう]:當[tang]來、唐[dang]、堂[dang]、導[du]師、
 [とう]:頭[do]中将、東[tong]宮、燈[təng]籠、童[dong]子、刀[tô]自、

 
 ○「ちやう」と「ちよう」
  「ちやう」と「ちよう」は源氏物語の時代には区別して用いられていた。「ちやう」は陽韻
[-ang]、耕韻[-eng] の漢字が当てられ、「ちよう」には東韻[-ong]の文字が用いられている。両方とも介音[-i-] をともなっている。

 [ちやう]:長[diang]恨歌、長[diang]生殿、町[thyeng]人、丈[diang]夫、杖[diang]
 [ちよう]:重[diong]陽、重[diong]畳、重[diong]宝、

 

   谷 崎潤一郎訳『源氏物語』~夕顔・町屋の朝~

  明け方も近くなりました。 鶏(とり)の声などは聞えないで、御嶽精進(みたけそうじ)の行者た ちでしょうか、 年老いた声で祈禱をしながら礼拝(らいはい)するのが聞こえます。
  立居(たちい)の様子も苦しそうに行(ぎょう)をしています。 可哀そうに、朝(あした)の露に 異ならぬ浮世に、何を求めようとしての祈りであろう かと、聞き耳をお立てになりますと、「南無 当来(なむとうらい)の導師」と言って拝ん でいるのです。
  「あれをお聞きなさい、あの人たちも、此の世はもとより来世までもと考えているので すよ」と哀 れがり給うて、

   優婆塞(うばそく)が行う道をしるべにて
   来ん世も深きちぎりたがふな

   長生殿の故事(ふるごと)はあまりめでたい例(ためし)ではありませんから、翼(つ ばさ)を交 (かわ)す契に引きかえて、弥勒(みろく)出世の後までもと約束をなさいます。

 

[源氏物語を読む]

☆第207話 ひらがなの発明

第208話 桐壺の巻を読む

第209話 帚木の巻を読む

第210話 雨夜の品定め~帚木~

第211話 馬の頭(かみ)の女性観~帚木~

第212話 賢い女について~帚木~

第213話 空蝉の巻を読む

第214話 夕顔の巻を読む

☆第215話 町屋の朝~夕顔~

第216話 夕顔の死~夕顔~

第217話 若紫の巻を読む

第218話 末摘む花の巻を読む

第219話 紅葉賀の巻を読む

第220話 青海波の舞の夕べ~紅葉賀~

第221話 琴の調べ~紅葉賀~

第222話 花の宴の巻を読む

第223話 葵の巻を読む

第224話 賢木の巻を読む

第225話 花散里の巻を読む

もくじ