第270話  万葉語辞典・た行

【田[dyen]・た】

吾妹兒(わぎもこ)が赤裳(あかも)埿塗(ひづち)て殖(うゑ)し田(た)を苅(かりて)将レ蔵(をさめむ)倉無(くらなし)の濱(はま)(万1710)

秋田(あきのた)の穂上(ほのへ)に霧相(きらふ)朝霞(あさがすみ)何時(いつ)邊(へ)の方(かた)に我(わが)戀(こひ)将息(やまむ)(万88)

 

 古代中国語の「田」は田[dyen] である。日本語の「た」は中国語の田[dyen] の韻尾が脱落したものである。古代日本語には濁音ではじまることばはなかったので田[dyen] の頭音は清音になった。古代日本語には[n]で終わる音節はなかった。

韻尾の[-n][-m] が脱落した例:眼[ngean] め、千[tsyen] ち、津[tzien] つ、辺[pyen] へ、  

  帆[biuəm] ほ、など

● 二番目の歌(万88)の「秋の田の、、」は金思燁の『韓訳萬葉集』では田(patt)としている。pattは日本語の「畑」と同源であるとされているが、朝鮮語では田にも畑にも使われることがある。

○同源語:

吾妹兒(わぎもこ)、赤(あかい)、苅(かる)、倉(くら)、無(なし)、濱(はま)、霞霧(かすみ・<霞>)、邊(へ)、我(わが)、●裳(も)、朝(あさ)、

 

【瀧[leong]・たき】

田跡河(たどかは)の瀧(たき)を清(きよ)みか従古(いにしへゆ)官仕(みやつかへ)けむ多藝(たぎ)の野(の)の上(うへ)に(万1035)

高山(たかやま)の石本(いはもと)瀧千(たぎち)逝(ゆく)水(みづ)の音(おと)には不立(たてじ)戀(こひ)て雖死(しぬとも)(万2718)

 

 一番目の歌の「瀧」は名詞であり、二番目の歌の「瀧」は動詞であり、「たぎる」という意味である。 

 「瀧」の古代中国語音は瀧[leong] である。古代日本語にはラ行ではじまる音節はなかったため、古代中国語の来母[l] は日本語ではタ行に転移した。[l] [t] は調音の位置が同じ(歯茎の裏)であり、転移しやすい。中国語の[l] がタ行に転移した例としては次のようなものがある。

 例:龍[liong](リュウ・たつ)、立[liəp](リツ・たつ)、陵[liəng](リョウ・つか)、

   蓼[liu](リョウ・たで)、粒[liəp](リュウ・つぶ)、留(リュウ・とどまる)、

   霊[lyeng](レイ・たま)、嶺[lieng](レイ・たけ)、列[liat](レツ・つらなる)、

   連[lian](レン・つらなる)、など

 また、漢字音でも禮[lyei]・體[thyei]、頼[lat]・獺[that] などのように同じ声符を[l] [t] に読み分けられるものがある。

○同源語:

田(た)、河(かは)、清(きよ)き、廟(みや・<宮>)、野(の)、山(やま)、本(もと)、千(ち)、逝(ゆく)、音(おと)、立(たつ)、死(し)ぬ、●水(みづ)、

 

【竹[tiuk]・たけ】

御苑布(みそのふ)の竹(たけの)林(はやし)に鸎(うぐひす)は之浪(しば)奈吉(なき)にしを雪(ゆき)は布利(ふり・降)つつ(万4286)

烏梅(うめ)の波奈(はな)知良(ちら)まく怨之美(をしみ)和我(わが)曾乃(その)の多氣(たけ)の波也之(はやし)に于具比須(うぐひす)奈久(なく)くも(万824)

 

 「竹」は丈が高いから「たけ」とうのだという語源説があるが、民間語源説であろう。

スウェーデンの 言語学者カールグレンはその著書『言語学と古代中国』のなかで「日本語の竹(たけ)は文化史的に見ても中国語からの借用語であることは間違いない」として いる。カールグレンは「竹は東アジア一帯で育てられている植物であり、利用範囲が広いことから、日本人が中国人からその利用法を学ばなかったとは考えにく い。」とも述べている。

 これに対して 国語学者の亀井孝は「竹は日本人の祖先が日本列島に住み始めた太古の時代から日本にあったものである。日本人の祖先は筍を食べていたに違いなく、竹には日 本古来の名前がついていたはずである。」だから竹(たけ)が中国語からの借用語であることは多分に疑わしい、と反論している。

 「竹」の古代中国語音は竹[tiuk]であり、日本漢字音は竹(チク)である。日本語の「たけ」は中国語とは母音が一致しないという意見がある。しかし、竹[tiuk] は隋唐の時代の音を反映したものであり、日本語の竹(たけ)は介音[i] が発達する前のかなり古い時代の中国語音を反映していると考えることができる。

○同源語:

御(み)、苑(その)、鸎(うぐひす・<鸎+隹>)、鳴(なく)、降(ふる)、梅(うめ・<烏梅>)、花(はな)、散(ちる)、我(わが・<和我>)、苑(その)、

 

 現在の日本語 には英語からの借用語が氾濫している。そのなかには日本語の語彙になかったものばかりでなく、もともと日本語にあった語彙が捨てられて外来語に置き換わっ たものも少なくない。ある日の新聞記事からランダムに拾ってみると、規則(ルール)、事例(ケース)、制度(システム)、挿絵(イラスト)、流行(ファッ ション)、文化(カルチャー)、鞄(バッグ)、上着(コート)、座席(シート)、余暇(レジャー)、海岸(ビーチ)、球(ボール)、洗面所(トイレ)など 限りがない。

 中国文明は古 代において東アジア唯一の文字をもった高度な文明であり、弥生時代から古墳時代にかけて、記紀万葉が成立するまでの約千年の間に日本列島に大きな影響を与 え続けた。縄文時代には「たけ」に対して別のことばがあったとしても、弥生時代の日本語では中国語から入って来た語彙に置き換えられた可能性が高い。「た け」は音義ともに「竹」に近く、中国語との同源語であろう。

 

【嶺[lieng]・たけ】

霰(あられ)零(ふり)古志美(こしみ)が高嶺(たけ)を險(さがしみ)と草(くさ)取(とり)叵奈知(はなち)妹(いもが)手(て)を取(とる)(万385)

あしひきの山河(やまかは)の瀬(せ)の響(なる)なへに弓月(ゆづきが)高(たけに)雲(くも)立(たち)渡(わたる)(万1088)

 

 日本語の「たけ」には「高嶺」「高」があてられている。「高」「嶺」の古代中国語音は高[kô]、嶺[lieng]である。

 日本語の「たけ」は中国語の嶺[lieng] の頭音[l] がタ行に転移したものである可能性がある。[l-][t-]は調音の位置が同じであり、しばしば転移する。古代日本語にはラ行ではじまる音節がなかったので転移することが多い。

 例:龍(リュウ・ たつ)、瀧(ロウ・ たき)、立(リツ・ たつ)、溜(リュウ・ためる)、  

   隆(リュウ・たかい)、連(レン・つらなる)、列(レツ・つらなる)、

 日本語の「たけ」に「高嶺」あるいは「高」をあてたのは、高(たかい)からの連想であろう。高(たかい)の語系は不明である。

 「嶺」には嶺(みね)という読みもある。嶺は嶺[lieng] の頭音[l] がマ行に転移し、韻尾の[-ng] がナ行であらわれたものである。[l] [m] は調音の位置が近く、音価も近い。韻尾の[ng]はナ行であらわれることがある。

 例:常[ziang](つね)、梁[liang](やな)、種[diong](たね)、胸[ziong](むね)、

○同源語:

降(ふる・<零>)、取(とる)、妹(いも)、手(て)、山(やま)、河(かは)、弓(ゆ・ゆみ)、雲(くも)、立(たつ)、●月(つき)、

 

【畳[dyap]・たたみ】

畳(たたみ)薦(こも)隔(へだて)編(あむ)數(かず)通(かよはさ)ば道(みち)の柴草(しばくさ)不レ生有(おひざら)ましを(万2777)

韓國(からくに)の 虎(とらと)云(いふ)神(かみ)を 生取(いけど)りに 八頭(やつ)取(とり)持(もち)來(き) 其(その)皮(かは)を 多々弥(たたみ・畳)に刺(さし) 八重(やへ)畳(だたみ) 平群(へぐり)の山(やま)に、、

(万3885)

 

 中国には「畳・たたみ」はない。中国語の原義は「たたむ」、「折重ねる」で、「吾が畳」は「八重」「三重」などにかかる枕詞である。日本では薦を編んだものを畳(たたみ)という。

 古代中国語の「畳」は畳[dyap] である。古代日本語では濁音が語頭に立つことはなかったので清音を重ねて畳(たたみ)としたものである。、韻尾の[p]はマ行に転移した。

 韻尾の[p]がマ行であらわれる例:汲[giəp](くむ)、湿[sjiəp](しめる)、挟[hyap](はさむ)、

○同源語:

薦(こも)、柴(しば)、韓(から)、國(くに・<県・郡>)、神(かみ・<坤>)、生(いきる)、取(とる)、來(くる)、刺(さ)す、平群(へぐり)、山(やま)、

 

【大刀[dat tô]・たち】

大御身(おほみみ)に 大刀(たち)取(とり)帯(はか)し 大御手(おほみて)に 弓(ゆみ)取(とり)持(もた)し 御(み)軍士(いくさ)を あどもひ賜(たまひ) 齊(ととのふ)る 鼓(つづみ)の音(おと)は 雷(いかづち)の 聲(こえ)と聞(きく)くまで、、(万199)

焼(やき)太刀(たち)の 手頴(たかみ)押(おし)ねり 白檀弓(しらまゆみ) 靫(ゆぎ)取(とり)負(おひ)て、、(万1809)

 

 日本語の「たち」は中国語の太刀[dat-tô] あるいは、刀薙[tô-thyei] であろう。「薙」は日本語では「なぎなた」に用いられている。

○同源語:

御(み)、身(み)、取(とる)、手(た・て)、弓(ゆみ)、音(おと)、聲(こえ・<馨>)、焼(やく)、

 

【龍[liong]・たつ】

白雲(しらくも)の 龍田山(たつたのやま)の 露(つゆ)霜(しも)に、、春(はる)去(さり)行(ゆか)ば 飛(とぶ)鳥(とり)の 早(はやく)御來(きまさね) 龍田道(たつたぢ)の 岳邊(をかべ)の路(みち)に、、(万971)、

多都(たつ・龍)の馬(ま)も伊麻(いま・今)も愛(え・得)てしか阿遠尓(あをに)よし奈良(なら)の美夜古(みやこ)に由吉(ゆき・行)て己牟(こむ・来)ため

(万806)

 

 「龍」の古代中国語音は龍[liong] である。「多都(たつ)の馬(ま)」は「龍馬」で、駿馬のことである。龍は中国で古代から神獣とされた動物である。日本に古代から龍(たつ)という動物があって、それに中国語の龍(リュウ)にあてたというものではなく、日本語の「たつ」は古代中国の神獣である龍[liong] とともに日本にもたらされたものである。

 古代日本語ではラ行音が語頭に立つことがないから、中国語の[l-]が日本語ではタ行であらわれる。中国語の[l] は日本語のタ行と調音の位置が同じであり、タ行に転移しやすい。

 例:立(リツ・たつ)、瀧(ロウ・たき)、粒(リュウ・つぶ)、嶺(リョウ・たけ)、

   留(リュウ・とどまる)、溜(リュウ・ためる)、  

 同じ声符をもった漢字でもラ行とタ行に読み分けるものもみられる。

 例:禮(レイ)・體(タイ)、頼(ライ)・獺(ダツ)、

 また、韻尾[ng]はタ行であらわれる例がある。

 例:龍[liong] たつ、筒[dong]つつ、糧[(h)liang*] かて、幸[hiəng]さち、

 

○同源語:

雲(くも)、田(た)、山(やま)、霜(しも)、春(はる)、行(ゆく)、鳥(とり)、來(くる)、岳(をか)、邊(へ)、馬(うま)、今(いま)、●奈良(なら・<国>)、

 

【立[liəp]・たつ】

吾(わが)勢祜(せこ)を倭(やまと)へ遣(やる)と佐夜(さよ)深(ふけ)て鶏鳴(あかとき)露(つゆ)に吾(あが)立(たち)霑(ぬれ)し(万105)

三吉野(みよしの)の御船(みふね)の山(やま)に立(たつ)雲(くも)の常(つねに)将在(あらむ)と我(わが)思(おもは)莫(な)くに(万244)

 

 古代中国語の「立」は立[liəp] である。古代日本語ではラ行音が語頭に立つことがなかったので中国語の頭音[l] は日本語のタ行に転移した。[l] [t] は調音の位置が同じである。韻尾の[p] は日本漢字音ではタ行に転移することが多い。

例:立[liəp] リツ、湿[sjiəp] シツ、執[tiəp] シツ、接[tziap] セツ、摂[siap] セツ、

    [dzəp] ザツ、

○同源語:

吾(わが)、夜(よ)、更(ふける・<深>)、暁時(あかとき・<鶏鳴>)、濡(ぬれる・<霑>)、三・御(み)、野(の)、盤(ふね・<船>)、山(やま)、雲(くも)、常(つね)、我(わが)、莫(な)く、

 

【断[duan/duat*]・たつ・<絶>】

人(ひとの)子(こ)は 祖(おやの)名(な)絶(たたず) 大君(おほきみ)に まつろふ物(もの)と 伊比(いひ)都雅(つげ)る、、(万4094)

吾妹兒(わぎもこ)が結(ゆひ)てし紐(ひも)を将レ解(とかめ)やも絶(たえ)ば絶(たゆ)とも直(ただ)に相(あふ)までに(万1789)

 

 古代中国語の「絶」は絶[dziuat] である。「絶」の祖語(上古音)は絶[diuat*] に近かったものと考えられる。白川静の『字通』によると「絶[dziuat]、斷[duan] は声義近く、糸などの切断をいう字」であるという。「断」の古代中国語音は斷[duan] であり、上古音は斷[duat*] であったと考えられる。中国語には同義語を重ねて強調することが多く、「断絶」という成句もある。日本語の「たつ」は中国語の「断」「絶」と同系のことばであろう。

○同源語:

子(こ)、名(な)、君(きみ)、物(もの)、吾妹兒(わぎもこ)、絆・繙(ひも・<紐>)、合(あふ・<相>)、●云(いふ)、

 

【鶴(たづ・つる)】

櫻田(さくらだ)へ鶴(たづ)鳴(なき)渡(わたる)年魚市方(あゆちがた)塩(しほ・潮)干(ひ)にけらし鶴(たづ)鳴(なき)渡(わたる)(万271)

 

 鶴(つる)は歌語としては鶴(たづ)である。「つる」は「相見(あひみ)鶴鴨(つるかも)」(万81)のように借訓として用いられることからして、「鶴」は万葉集の時代にも鶴(つる)とも呼ばれていたことが分かる。

● 朝鮮語の「つる」はtu ru miであり、日本語の「つる」に音義ともに近い。日本語の鶴(つる)は朝鮮語のtu ru miと同源であろう。

○同源語:

田(た)、鳴(なく)、潮(しほ・<塩>)、干(ひる)、             

 

【楯[djiuən/duət*]・たて】

大夫(ますらを)の鞆(とも)の音(おと)為(す)なり物部(もののふ)の大臣(おほまへつきみ)楯(たて)立(たつ)らしも(万76)

 

 古代中国語の「楯」は楯[djiuən] である。「楯」と同じ声符をもつ漢字に遁[duən] がある。「楯」の祖語(上古音)は楯[duən*] あるいは楯[duət*] のような音であったと思われる。日本語の「たて」は中国語の楯[duət*] と同源である。中国語音韻史では韻尾の[n] は隋・唐の時代以前には[t]であったと考えられている。中国語の韻尾[n]は音では「ン」であらわれ、訓ではタ行であらわれるものが多い。訓の方が古く、音の方が新しい。

 例:音(オン・おと)、断(ダン・たつ)、管(カン・くだ)、幡(ハン・はた)、

   肩(ケン・かた)、腕(ワン・うで)、堅(ケン・かたい)、言(ゲン・こと)、

   満(マン・みちる)、

○同源語:

音(おと)、物(もの)、君(きみ)、立(たつ)、

 

【壇[dan]・段[duan]・たな・<棚>】

海(あま)未通女(をとめ)棚(たな)無(なし)小舟(をぶね)榜(こぎ)出(づ)らし客(たび)の屋取(やどり)に梶(かぢの)音(おと)所聞(きこゆ)(万930)

天漢(あまのがは)棚橋(たなはし)渡(わたせ)織女(たなばた)のい渡(わたら)さむに棚橋(たなはし)渡(わたせ)(万2081)

 

 古代中国語の「棚」は棚[beang] である。「たななし小舟」は、底板だけあってふなだなのない小舟である。日本語の「たな」の語源は段[duan] あるいは壇[dan] と関係のあることばではなかろうか。古代日本語では濁音が語頭に立つことがないので語頭の[d-]は清音になった。

○同源語:

海(あま)、無(なし)、小(を)、盤(ふね・<舟>)、出(いづ)、音(おと)、天(あめ)、漢(かは・<河>)、

 

【種[diong]・たね】

水(みづ)を多(おほみ)上(あげ)に種(たね)蒔(まき)比要(ひえ・稗)を多(おほみ)擇擢(えらえ)し業(わざ)ぞ吾(わが)獨(ひとり)宿(ぬる)(万2999)

 

 古代中国語の「種」は種[diong] である。「種」と同じ声符をもつ「重」は重(ジュウ・チョウ)という読みがある。種(たね)は介音[i] の発達によって種(シュ)に転移した。

 韻尾の[ng]は調音の方法(鼻濁音)がナ行と同じであり、ナ行であらわれることがある。

 例:常[zjiang] つね、嶺[lieng] みね、梁[liang] やな、胸[hmiong*] むね、

○同源語:

播(まく・<蒔>)、稗(ひえ)、吾(わが)、寐(ぬる・<宿>)、●水(みづ)、

 

【塔[təp]・たふ】

香(こり)塗(ぬれ)る塔(たふ)に莫(な)依(よりそ)川(かは)隅(くま)の屎鮒(くそふな)喫有(はめる)痛(いたき)女(め)奴(やつこ)(万3828)

 

 「塔」の古代中国語音は塔[təp] である。「塔」は仏教伝来とともに日本にもたらされたものである。中国語の「塔」は梵語のstupa に由来することばである。英語のtowerもサンスクリットのstupaが起源であろう。サンスクリットのstupaは西へ進んでtowerとなり、東に進んだものは中国で塔[təp]となり、さらに東へ仏教とともに日本にいたり、塔(たふ)となった。

○同源語:

香(こり)、塗(ぬ)る、莫(な)、依(よる)、川(かは・<訓>)、鮒(ふな・<付+魚(な)>)、痛(いたき)、女(め)、

 

【妙・栲(たへ)】

春(はる)過(すぎ)て夏(なつ)來(きたる)らし白妙(しろたへ)の衣(ころも)乾有(ほしたり)天(あめ)の香來山(かぐやま)(万28)

海部(あま)處女等(をとめらが) 纓有(うながせる) 領巾(ひれ)も光(てる)がに 手(て)に巻(まけ)る 玉(たま)もゆららに 白栲(しろたへ)の 袖(そで)振(ふる)所レ見(みえ)つ 相(あひ)思(おもふ)らしも(万3243)

 

● 白妙(しろたへ)は白栲とも書き、楮(こうぞ)で織った白い布のことである。楮は朝鮮語でtak na muである。na muは「木」である。「たへ」は朝鮮語のtakと同源であろう。万葉集には「栲」を栲(たく)と読む例もある。

 例:「栲縄(たくなは)の長き命を」(万194)、「多具夫須麻(たくぶすま)白山風の、、」 

 (万3509)

○同源語:

春(はる)、來(くる)、天(あめ)、山(やま)、海部(あま)、女(め)、照(てる・<光>)、手(て)、袖(そで)、見(みる)、合(あひ・<相>)、

 

【渟[dyeng]・たまる】

御(み)佩(はかし)を 劔(つるぎ)の池(いけ)の 蓮(はちす)葉(ば)に 渟有(たまれる)水(みづ)の 徃方(ゆくへ)無(なみ)、、、、(万3289)

ひさかたの雨(あめ)も落(ふら)ぬか蓮荷(はちすば)に渟在(たまれる)水(みづ)の玉(たま)に似有(にたる)将見(みむ)(万3837)

 

 古代中国語の「渟」は渟[dyeng] である。韻尾の[ng] [m] と調音の方法が同じであり転移しやすい。日本語の渟(たまる)は上古中国語の「渟」と同源であろう。

 例:霜[shiang](しも)、公[kong](きみ)、灯[təng](ともる)、鏡[kyang](かがみ)、

 日本語の「ためる」には溜[liu]が用いられることがある。これは中国語の[l]が「た行」に転移したものである。

 「渟」と同じ声符をもつ停[dyeng] は日本語では停「とまる」である。

○同源語:

御(み)、荷子(はちす・はす・<蓮>)、葉(は)、行・往(ゆく・<徃>)、方(へ)、無(な)き、降(ふる・<落>)、似(に)る、見(みる)、●水(みづ)、

 

【足・満(たる)】

佛(ほとけ)造(つくる)真朱(まそほ)足(たらず)は水(みづ)渟(たまる)池田(いけだ)の阿曾(あそ)が鼻上(はなのうへ)を穿(ほ)れ(万3841)

山振(やまぶき・吹)の立(たち)儀(よそひ)足(たる)山清水(やましみづ)酌(くみ)に雖レ行(ゆかめど)道(みち)の白鳴(しらなく・不知)(万158)

天地(あめつち) 日(ひ)月(つき)とともに 満(たり)行(ゆかむ) 神(かみ)の御面(みおも)と 次(つぎ)來(きたる)、、(万220)

 

 朝鮮語では「足」を足(ta-ri)という。日本語の「たりる(足)」は朝鮮語のta riの援用である。日本語の「あし(足)」にあたる朝鮮語は二つある。脚(leg)ta riであり、足(foot)palである。日本語の「足りる」は正確にはta ri<脚>である。

 「満」も満(たる)に用いられている。「満足」ということばがあるごとく、「満」と「足」は義(意味)が近い。満(たる)は訓借であろう。

○同源語:

佛(ほとけ)、 造(つく)る、真(ま)、渟(たま)る、田(た)、掘(ほる・<穿>)、山(やま)、立(たつ)、行(ゆく)、知(しる・<白>)、無(なく・<鳴>)、 天(あめ)、地(つち)、神(かみ・<坤>)、御(み)、面(おも)、續(つぐ・<次>)、來(くる)、●水(みづ)、日(ひ)、月(つき)、

 

【垂[zjiuai/diuat*]・たる】

石(いは)激(ばしる)垂見(たるみ)の上(うへ)の左和良妣(さわらび)の毛要(もえ)出(いづる)春(はる)に成(なりに)けるかも(万1418)

袖(そで)垂(たれ)て伊射(いざ)吾(わが)苑(その)に鸎(うぐひす)の木傳(こづたひ)令落(ちらす)梅花(うめのはな)見(み)に(万4277)

竹珠(たけたま)を 密(しじに)貫(ぬき)垂(たり) 齊戸(いはいべ)に 木綿(ゆふ)取(とり)四手(しで)て 忌(いはひ)つつ、、(万1790)

 

 古代中国語の「垂」は垂[zjiuai] である。「垂」と同じ声符をもった漢字に唾[thuai] がある。垂[zjiuai] の祖語(上古音)は垂[thuai]あるいは垂[diuat*] に近い音であり、日本語の垂(たれる)は中国語の「垂」の上古音 の痕跡を留めているとものと思われる。

●「垂」の朝鮮漢字音は垂(su)である。また、訓(古来の朝鮮語)はteu ri eulである。日本語の「たれる(垂)」、朝鮮語のteu ri eulは上古中国語の垂[thuai*] と同系のことばであろう。

○同源語:

見(みる)、萌(もえ)る、出(いづ)る、春(はる)、袖(そで)、吾(わが)、苑(その)、鸎(うぐひす・<鶯+隹>)、散(ちる・<落>)、梅(うめ)、花(はな)、竹(たけ)、取(とる)、手(て)、

 

【誰[zjiəi/tuət*]・たれ】

水門(みなとの)葦(あしの)末葉(うらばを)誰(たれか)手折(たをりし)吾(わが)背子(せこが)振(ふる)手(てを)見(みむと)我(われぞ)手折(たをりし)

(万1288)

 

 「誰」の古代中国語音は誰[zjiəi] である。同じ声符をもった漢字に堆[tuəi]、推[thuəi] があり、「誰」の祖語(上古音)は誰[tuəi*] あるいは誰[tuət*] であった可能性がある。日本語の「たれ」は誰[tuət*] に由来することばであろう。

○同源語:

門(かど・と)、葉(は)、手折(たをる)、吾(わが)、手(て)、見(みる)、我(われ)、●水(みづ・み)、

 

【千[tsyen/tyen*]・ち】

百(もも)に千(ち)に人(ひと)は雖言(いふとも)月(つき)草(くさ)の移(うつろふ)情(こころ)吾(われ)将持(もため)やも(万3059)

 

 「千」の古代中国語音は千[tsyen] である。千[tsyen]の祖語(上古音)は千[tyen*] に近い音価をもっていたものと考えられる。日本語の「ち」は「千」と同源であろう。日本漢字音は千(セン)は唐代の音を規範としたもので、訓の千(ち)は上古音に依拠している。

同源語:

心(こころ・<情>)、吾(われ)、●言(いふ)、月(つき)、

 

【千鳥[tsyen tyô/tyen* tyô]・ちどり】

千鳥(ちどり)鳴(なく)佐保(さほ)の河瀬(かはせ)の小浪(さざれなみ)止(やむ)時(とき)も無(なし)吾(わが)戀(こふらく)は(万526)

 

 「千鳥」の千(ち)は中国語の千[tsyen]の祖語(上古音)千[tyen*]と同源である。「鳥」もまた中国語の鳥[tyô]と同源である。

●「千鳥」は朝鮮語ではmul the saeと訳されている。mul<水> the<群れ> sae<鳥>である。saeは中国語の隹[tjuəi] と同源であり、鳥の別名である。日本語のカラス、ウギイスなどの「ス」も朝鮮語のsaeと同源である。

○同源語:

鳴(なく)、河(かは)、浪(なみ)、時(とき)、無(なし)、吾(わが)、

 

【つ(津)】

熟田津(にぎたづ)に船(ふな)乗(のり)せむと月(つき)待(まて)ば潮(しほ)もかなひぬ今(いま)は許藝(こぎ)乞(いで)な(万8)

奥浪(おきつなみ)邊波(へなみ)莫(な)越(こしそ)君(きみ)が舶(ふね)許藝(こぎ)可敝里(かへり)來(き)て津(つ)に泊(はつる)まで(万4246)

 

 古代中国語の「津」は津[tzien] である。日本語の津(つ)は古代中国語の韻尾[-n]が脱落したものである。

例:田(た・デン)、千(ち・セン)、邊(へ・ヘン)、帆(ほ・ハン)、

○同源語:

田(た)、盤(ふね・<船・舶>)、乗(のる)、潮(しほ)、今(いま)、出(いづ・<乞>)、澳(おき・<奥>)、浪(なみ・<波>)、邊(へ)、莫(な)、越(こす)、君(きみ)、還(かへる)、來(くる)、泊(はつ)る、●月(つき)、

 

 「音韻変化に例外なし」というのが西欧音韻学、特に青年文法家と呼ばれる人々の主張である。しかし、これには同じ時代に同じ地方で、しかも同じ音韻環境のなかでという制限がついている。

 中国語の韻尾[-n]だけについてみても、脱落するもの(津・つ)、「な行」であらわれるもの(絹・きぬ)、「ま行」であらわれるもの(浜・はま)、「た行」であらわれるもの(肩・かた)、「ら行」に転移するもの(漢・から)などがみられる。

 中国語の音韻史についてみると、時代は数千年にわたり、地域も長安ばかりでなく、江南、さらには越南、朝鮮半島、日本列島におよぶ。

 漢字音の変化のなかで介音[i]が 重要な役割をはたしていることは明らかである。中国語の声調(四声)が音韻変化に及ぼしている影響も無視できないであろう。同じ日本漢字音のなかでも呉音 と漢音では絵(カイ・ヱ)というくらいに違いが生じる。漢字音の歴史を数千年にわたり追求し、さまざまな地域の発音を正確に把握することは、漢字が表音文 字でないだけに、かなりの困難を伴うことは確かである。

 

【冢[tiong/tiog*]・つか】

玉桙(たまほこ)の 道邊(みちのへ)近(ちかく) 磐(いは)構(かまへ) 作(つくれる)冢(つか)を、、、(万1801)

 

 「冢」は「塚」の正字である。古代中国語の「冢」は冢[tiong] である。「冢」と同じ声符をもった漢字に啄・琢[teok] がり、「冢」の祖語(上古音)は冢[teok*] に近かった。中国語音韻史では、唐代の韻尾[ng] は『詩経』の時代には[k] に近かったと考えられている。介音[i] が発達してきたのも隋唐の時代になる冢[tiong] となった。日本語の冢(つか)は中国語の上古音に依拠しており、冢(チョウ)は唐代の中国語音を規範としている。日本語の「つか」は中国語の「冢」あるいは「塚」と同源である。

○同源語:

邊(へ)、作(つく)る、

 

【束[sjiok/tjiok*]・つか】

紅(くれなゐ)の淺(あさ)葉(ば)の野良(のら)に苅(かる)草(くさ)の束(つか)の間(あひだ)も吾(われ)を忘(わすら)すな(万2763)

夏野(なつの)去(ゆく)小牡鹿(をしか)の角(つの)の束間(つかのま)も妹(いも)が心(こころ)を忘(わすれ)て念(おもへ)や(万502)

 

 古代中国語の「束」は束[sjiok] である。束[sjiok] は束[tjiok*] が口蓋化の影響で変化したものである。日本漢字音の束(つか)は中国語の「束」と同源である。音の束(ソク)は唐代の中国語音に依拠したものであり、訓の束(つか)は上古中国語音の痕跡を留めている。

○同源語:

葉(は)、野(の)、苅(かる)、吾(われ)、行(ゆく・<去>)、小(を)、間(ま)、妹(いも)、心(こころ)、

 

【月(つき)】

東(ひむがしの)野(のに)炎(かぎろひの)立(たつ)所レ見(みえ)て反見(かへりみ)為(すれ)ば月(つき)西渡(かたぶきぬ)(万48)

あらたまの年(としの)緒(を)永(ながく)照(てる)月(つきの)不レ猒(あかざる)君(きみ)や明日(あす)別(わかれ)なむ(万3207)

 

 朝鮮語の「月」はtalである。朝鮮語のtalは日本語の「つき(月)」に音義ともに近い。日本語の「つき」は朝鮮語のtalと同系のことばであろう。

 二番目の歌(万3207)の「照る月」はtalと訳されているが、「年の緒(を)」はse weolと訳されている。se<年>weol<月>は直訳すれば「歳月」である。朝鮮語の「月」の訓はtalであり、朝鮮漢字音は月(weol)である。例えば九月(ながつき)はku weol<九月>(万3223)という。月(tal)は朝鮮古来のアルタイ系のことばであり、月(weol)は漢語系のことばである。

○同源語:

野(の)、立(たつ)、見(みる)、照(てる)、君(きみ)、

 

【舂[sjiong/diong*]・衝[thjiong]・つく】

天(あま)光(てる)や  日(ひ)の異(け)に干(ほし)  さひづるや  辛(から)碓(うす)に舂(つき) 庭(にはに)立(たつ) 手碓子(てうす)に舂(つき)、、

(万3886)

鮪(しび)衝(つく)と海人(あま)の燭有(ともせる)伊射里漁火(いさりび)の保尒可(ほにか)将レ出(いでなむ)吾(わ)が下念(したもひ)を(万4218)

 

 古代中国語の「舂」は舂[sjiong] である。「衝」は衝[thjiong] である。「舂」は「衝」は音義ともに近い。舂[sjiong] の祖語(上古音)は舂[diong*] に近い音であり、それが口蓋化して舂[sjiong] になったものであろう。

 白川静は『字通』のなかで「衝[thjiong]、踵(鐘)[tjiong]、また舂[sjiong]、撞[deong]はみな声近く、勢いよく衝撃を加える意の字。」としている。中国の音韻学者、王力は「音近ければ義近し」といっているが、まさにそのよい例である。 

○同源語:

天(あめ)、照(てる・<光>)、干(ほす)、辛(から・<空>)、立(たつ)、手(て)、海人(あま)、燈(ともす・<燭>)、火(ひ・ほ)、出(いづ)、吾(わが)、●日(ひ・<異)、

 

【作[tzak]・造[dzuk]・つくる】

吾(わが)勢子(せこ)は借廬(かりほ)作(つく)らす草(かや)無(なく)は小松(こまつが)下(もと)の草(かや)を苅(から)さね(万11)

大夫(ますらを)の伏(ふし)居(ゐ)嘆(なげき)て造有(つくりたる)四垂(しだり)柳(やなぎ)の蘰(かづら)為(せ)吾妹(わぎも)(万1924)

 

 古代中国語の「作」「造」は作[tzak]・造[dzuk] であるとされている。「造」はその後に音便化して造(ゾウ)となった。中国語では音義の近い漢字を併記して成語を作ることが多い。「造作」もそのひとつである。日本語の「つくる」は中国語の「作」あるいは「造」と同源である。

○同源語:

吾(わが)、假(かり・<借>)、無(なく)、小(こ)、苅(かる)、伏(ふす)、垂(たれる・<唾>)、柳(やなぎ)、葛(かづら・<蘰>)、吾妹(わぎも)、

 

【土[tha]・地[diet]・つち】

吾(わが)屋前(やど)の花(はな)橘(たちばな)を霍公鳥(ほととぎす)來(き)不喧(なかず)地(つち)に令落(ちらしてむ)とか(万1486)

徊徘(たもとほり)徃箕(ゆきみ)の里(さと)に妹(いも)を置(おき)て心(こころ)空(そら)なり土(つち)は蹈(ふめ)ども(万2541)

 

 古代中国語の「土」「地」は土[tha]・地[diet] である。日本語の「つち」は中国語の「土」あるいは「地」と同系のことばである。

○同源語:

吾(わが)、花(はな)、霍公鳥(ほととぎす・<隹・す>)、來(くる)、鳴(なく・<喧>)、散(ちる・<落>)、往・行(ゆく・<徃>)、妹(いも)、置(おく)、心(こころ)、

 

【突[thuət]・つつく】

机(つくゑ)の嶋(しま)の 小螺(しただみ)を い拾(ひりひ)持(もち)來(き)て 石(いし)もち 都追伎(つつき)破夫利(やぶり)、、(万3880)

 

 都追伎(つつき)は突[thuət] であろう。中国語の突[thuət] は有氣音であるため日本語では清音を重ねて「つ+つく」とした。

○同源語:

卓(つくゑ<机>)、洲(す・<嶋>)、來(くる)、●嶋(しま)、

 

【續[ziok/diok*]・つづき・つぎ】

年月(としつき)は 奈何流々(ながるる)其等斯(ごとし) 等利(とり)都々伎(つづき・續) 意比(おひ・追)久留(くる・来)母能(もの)は、、(万804)

波利(はり・針)夫久路(ぶくろ・袋)應婢(おび・帯)都々氣(つづけ・續)ながら 佐刀(さと・里)其等迩(ごとに)、、(万4130)

血沼(ちぬ)壮士(をとこ) 其夜(そのよ)夢見(いめにみ) 取(とり)次寸(つつき・續) 追(おひ)去(ゆき)ければ、、(万1809)

 

 万葉集で「都々伎(つづき)」、「都都氣(つづけ)」あるいは「次寸」とあるのは續[ziok] である。「續」の祖語(上古音)は續[diok*] である。古代日本語では濁音が語頭に来ることはなかったので清音を語頭に添加して(つ+づく)とした。日本語の「つづく」は中国語の「續」と同源である。

 中国語には「継続」という成句があって、繼(つぎ・つぐ)は「續」と義(意味)が近い。

 

妹(いも)が家(いへ)も繼(つぎ)て見(み)ましを大和(やまと)なる大嶋の嶺(ね)に家(いへ)もあらましを(万91)

 

○同源語、

取(とる)、來(くる)、物(もの)、鍼(はり)、其(そ)の、夜(よ)、夢(いめ)、見(みる)、行(ゆく・<去>)、妹(いも)、洲(しま・<嶋>)、嶺(みね)、●月(つき)、嶋(しま)、

 

【集[dziəp/diəp*]・つどふ】

あどもひて 未通女(をとめ)壮士(をとこ)の 徃(ゆき)集(つど)ひ かがふ嬥謌(かがひ)に 他妻(ひとづま)に 吾(わ)も交(まじはら)む、、、(万1759)

 

 「集」の古代中国語音は集[dziəp] である。集[dziəp] の祖語(上古音)は集[diəp*] に近い音であったものと想定できる。古代日本語では濁音が語頭に立つことがなかったので、中国語の集[diəp*]の語頭に清音「つ」をつけて集(「つ」+「どふ」)と日本語の音韻体系に適合させた。「つどふ」の「ふ」は集[diəp*]の韻尾[p] に対応している。

○同源語:

女(め)、雄(を)、行・往(ゆく・<徃>)、妻女(つま・<妻>)、吾(われ)、

 

【常[zjiang/djiang*]・つね・とこ】

常磐(ときは)成(なす)石室(いはむろ)は今(いま)もありけれど住(すみ)ける人(ひと)ぞ常(つね)無(なか)りける(万308)

吾(わが)御門(みかど)千代(ちよ)常(とこ)とばに将レ榮(さかえむ)と念(おもひ)て有(あり)し吾(われ)し悲(かなし)も(万183)

 

 古代中国語の「常」は常[zjiang] である。常[zjiang] の祖語(上古音)は常[djiang*] に近いものであったと推定できる。日本語の「とこ」は上古中国語の常[djiang*] のに依拠したものである。

 「常」は常(つね)という訓もある。常(つね)は[djiang*] の韻尾[ng] がナ行に転移したものである。韻尾の[ng]はナ行に転移した。[ng] [n] はともに鼻音であり転移しやすい。

 中国語の韻尾[-ng]がナ行であらわれる例:種(たね)、嶺(みね)、梁(やな)、など

○同源語:

今(いま)、無(なし)、吾(われ)、御(み)、門(かど)、千(ち)、世(よ・<代>)、盛(さかえ・<榮>)、

 

【椿[thiuən]・つばき】

巨勢山(こせやま)の列々(つらつら)椿(つばき)都良々々(つらつら)に見(み)つつ思(しのば)な許湍(こせ)の春野(はるの)を(万54)

 

 椿(つばき)の古代中国語音は椿[thiuən] である。日本語の「つばき」は「椿(つま)+木」に由来するものであろう。

● 朝鮮漢字音は椿(chun)である。金思燁の『韓訳萬葉集』では「つばき(椿)」をtong paek と訳している。日本語の「つばき」は朝鮮語のtong paekと同系のことばであろう。「つばき」の「き」は、楊(やなぎ)の「ぎ」と同様に「木」の連想である。

○同源語:

山(やま)、列(つら)なる、見(みる)、春(はる)、野(の)、

 

【妻女[tsyei njia/mia*]・つま】

鴨(かも)すらも己(おの)が妻(つま)どち求食(あさり)して所遺(おくる)間(あひだ)に戀(こふると)云(いふ)物(もの)を(万3091)

千早人(ちはやひと)宇治(うぢの)度(わたりの)速瀬(せをはやみ)不相(あはずこそ)有(あれ)後(のちも)我(わが)嬬(つま)(万2428)

若草(わかくさ)の 夫(つま)か有(ある)らむ 橿實(かしのみ)の 獨(ひとり)か将レ宿(ぬらむ)(万1742)

 

 古代日本語の「つま」は万葉集の時代には、夫からは妻、妻からは夫を呼ぶことばであった。古代中国語の「妻」「嬬」「夫」はそれぞれ妻[tsyei]、嬬[njio]、夫[piua] である。

 日本語の「つま」は古代中国語の「妻+嬬」、あるいは「妻+女」から派生したことばであろう。「嬬」上古音は嬬[njio] であり、「女」は女[njia] であった。日母[nj] は明母[m] の口蓋化したものであり、隋唐の時代以前には明母[m]に近い音であったと考えられる。日本語では古代中国語の日母[nj-]がマ行であらわれる例をいくつかあげることができる。

 例:乙女[njia] をとめ、耳[njiə] みみ、乳[njia]母・めのと、壬[njiəm]生・みぶ、

   燃[njian] もえる、認[njiən] みとめる、

 日本語の「つま」の「ま」は嬬[mio*] あるいは「女」は女[mia*]と同源であろう。

○同源語:

鴨(かも)、物(もの)、千(ち)、合(あふ・<相>)、我(わが)、若(わか)い、樫(かし・<橿>)、寐(ぬ・ねる・<宿>)、●云(いふ)、

 

【爪女[tzheu njia/mia*]・つめ】

吾(わが)爪(つめ)は御(み)弓(ゆみ)の弓波受(ゆはず)、、(万3885)

梓弓(あづさゆみ)爪引(つまびく)夜(よ)音(おと)の遠(とほ)音(おと)にも君(きみ)が御幸(みゆき)を聞(きかく)し好(よし)も(万531)

塩津山(しほつやま)打(うち)越(こえ)去(ゆけ)ば我(わが)乗有(のれる)馬(うま)そ爪突(つまづく)家(いへ)戀(こふ)らしも(万365)

 

● 万葉集では「爪」は爪引(つまびく)、爪突(つまづく)などの形でも使われている。 朝鮮語の「つめ(爪)」はthopである。金思燁の『韓訳萬葉集』ではson thop(手の爪)と訳されている。韻尾の[p] [m] と調音の位置が同じ(脣音)であり、日本語の「つめ」の「め」にあたる。日本語の「つめ(爪)」は朝鮮語のthopも同源であり、中国語の爪[tsheu] とも同系のことばであろう。

○同源語:

吾・我(わが)、御(み)、弓(ゆみ)、夜(よ)、音(おと)、君(きみ)、潮(しほ・<塩>)、津(つ)、山(やま)、打(うち)、越(こえ)る、行(ゆく・<去>)、乗(のる)、馬(うま)、突(つく)、

 

【釣[tyô]・つり】

朝(あさ)開(びらき)滂(こぎ)出(いで)て我(われ)は湯羅(ゆらの)前(さき)釣(つり)為(する)海人(あま)を見(みて)反(かへり)将來(こむ)(万1670)

縄(なはの)浦(うら)ゆ背向(そがひ)に所見(みゆる)奥(おきつ)嶋(しま)滂(こぎ)廻(みる)舟(ふね)は釣(つり)為(する)らしも(万357)

 

 古代中国語の「釣」は釣[tyô] である。日本語の「つり」は中国語の「釣」と同源である。

 中国語の韻尾[ô]がラ行であらわれる例としては、吊[tyô](つる)、鳥[tyô](とり)、照[tjiô](てる)、倒[tô](たおれる)、揺[jiô](ゆれる)、などをあげることができる。

○同源語:

出(いづ)、我(われ)、海人(あま)、見(みる)、還(かへる・反)、來(くる)、澳(おき・<奥>)、洲(しま・<嶋>)、盤(ふね・<舟>)、●朝(あさ)、嶋(しま)、

 

【手[sjiu/tjiu*]・て】

和我(わが)勢故(せこ)は多麻(たま)にもがもな手(て)に麻伎(まき)て見(み)つつ由可牟(ゆかむ)を於吉氐(おきて)伊加婆(いかば)乎思(をし)(万3990)

去来(いざ)兒等(こども)倭(やまと)へ早(はやく)白菅(しらすげ)の真野(まの)の榛原(はりはら)手折(たをり)て将歸(ゆかむ)(万280)

 

 古代中国語の「手」は手[sjiu] である。「手」の祖語(上古音)は手[tjiu*] に近かったと考えられる。「手」を構成要素の一部とする漢字には「拿捕」の拿(ダ・ナ)、拏(ダ・ナ)などがある。日本語でも「手」は手力(たぢから)、手枕(たまくら)、手折る(たをる)、などでは手(た)となってあらわれる。

 また、現在のベトナム漢字音は手(thue)である。これは江南地方の古い中国語音の痕跡を伝えているものと考えられる。日本語の「て」は中国語の「手」と同源であろう。

○同源語:

我(わが)、見(みる)、行(ゆく・<歸>)、兒(こ・<睨>)、真(ま)、野(の)、榛(はり)、原(はら)、折(をる)、

 

【寺[ziə/dək*]・てら】

相念(あひおもはぬ)人(ひと)を思(おもふ)は大寺(おほでら)の餓鬼(がき)の後(しりへ)に額(ぬか)衝(つく)如(ごと)し(万608)

寺々(てらでら)の女(め)餓鬼(がき)申(まをさ)く大神(おほみわ)の男(を)餓鬼(がき)被害給(たばり)て其(その)子(こ)将レ播(うまはむ)(万3840)

相(あひ・<合>)、念・思(おもふ・<念>)、餓鬼(ガキ)、額(ぬか)、衝(つく)、女(め)、男(を・<雄>)、其(そ)の、子(こ・<兒>)、

 

 古代中国語の「寺」は寺[ziə] だとされている。しかし、「寺」を声符とした漢字には特[dək] などがあり、「寺」の祖語(上古音)は寺[dək*] のような入声音の韻尾をもっていたものだったと考えることができる。日本語の寺(てら)は中国語の「寺」の上古音寺[dək*] の痕跡を留めていることになる。  

 寺(てら)は仏教伝来とともに日本にもたらされたものであろう。日本に仏教伝来以前から「やまとことば」に「てら」ということばがあって、その後中国から寺(ジ)ということばが入ってきたとは考えにくい。

 餓鬼(ガキ)は仏教用語で漢語である。古代日本語では餓(ガ)のような濁音ではじまることばはなかったが、中国語の影響で語頭に濁音のくることばも使われるようになってきた。

 同じ寺をあらわすことばに古刹などというときの「刹」があり、刹の古代中国語音は刹[sheat] がある。中国語の寺[ziə] も刹[sheat] も、さらに遡れば、バーリ語のtheraに行きつく。日本語の寺(てら・ジ)・刹(てら・サツ)もバーリ語のtheraから派生したことばであろう。

○同源語:

餓鬼(ガキ)、額(ぬか)、衝(つく)、女(め)、其(そ)の、子(こ)、

 

【照[tjiô]・てる】

茜(あかね)刺(さす)日(ひ)は照有(てらせれど)烏玉之(ぬばたまの)夜(よ)渡(わたる)月(つき)の隠(かく)らく惜(をし)も(万169)

味酒(うまざけ)三輪(みわ)の祝(はふり)の山(やま)照(てらす)秋(あき)の黄葉(もみぢ)の散(ちら)まく惜(をし)も(万1517)

 

 古代中国語の「照」は照[tjiô] である。日本漢字音は照(てる・ショウ)である。中国語音韻史のなかで知照系は[t] が介音[i] の発達によって口蓋化したものであることが知られている。日本語の照(てる)は「照」の祖語(上古音)照[tiôk*] の痕跡を留めている。中国の音韻学者、王力は『同源字典』のなかで照[tjiô]と耀[jiôk] とは同源だとしている。

○同源語:

刺(さす)、夜(よ)、隠(かくる)、味(うま)し、酒(さけ)、山(やま)、散(ちる)、●日(ひ)、月(つき)、

 

【時[zjiə/dək*]・とき】

三吉野(みよしの)の 耳我(みみがの)嶺(みね)に 時(とき)無(なく)そ 雪は落(ふり)ける 間(ま)無(なく)そ 雨は零(ふり)ける 其(その)雪(ゆき)の 時(とき)無(なきが)如(ごと)、、(万25)

波々(はは・母)に麻乎之(まをし・申)て 等伎(とき・時)も須疑(すぎ・過) 都奇(つき・月)も倍奴礼(へぬれ・経)ば、、(万3688)

 

 「時」の古代中国語音は時[zjiə] である。時と同じ声符をもった漢字に特[dək]があり、「時」の上古音は時[dək*] に近い音であったものと考えられる。日本語の「とき(時)」は上古音の時[dək*] を継承したものである。

○同源語:

野(の)、耳(みみ)、嶺(みね)、無(な)く、降(ふる・<落・零>)、間(ま)、其(そ)の、経(へる)●月(つき)、

 

【床[dziang/diang*]・とこ】

彼方(をちかた)の赤土(はにふの)少屋(をや)にこさめ零(ふり)床(とこ)さへ所沾(ぬれぬ)於身(みに)副(そへ)我妹(わぎも)(万2683)

蟋蟀(こほろぎ)の吾(わが)床(とこの)隔(へ)に鳴(なき)つつもとな起(おき)居(ゐ)つつ君(きみ)に戀(こふる)に宿(いね)不勝(かてなく)に(万2310)

 

 古代中国語の「床」は床[dziang] である。床の祖語(上古音)は床[diang*] に近い音であったものと推定できる。床[diang*] は介音[i] の影響で摩擦音化して唐代には床[dziang] になった。日本語の床(とこ)は上古中国語音、床[diang*] を継承したものであり、床(ショウ)は唐代の漢字音、床[dziang] に依拠している。

 「床」には床(ゆか)という読みもある。床(ゆか)は頭音が脱落したものである。

○同源語:

降(ふる・<零>)、濡(ぬれる・<沾>)、身(み)、我妹(わぎも)、吾(わが)、邊(へ・<隔>)、鳴(なく)、起(おき)る、君(きみ)、寐(いぬ・<宿>)、

 

【停[dyeng]・留[liu]・とどまる】

家(いへさかり)います吾妹(わぎも)を停(とどめ)かね山(やま)隠(かくし)つれ情神(こころど)もなし(万471)

嶋(しま)傳(づたひ) い別(わかれ)徃(ゆか)ば 留有(とどまれる) 吾(われ)は幣(ぬさ)引(ひき) 齊(いはひ)つつ 公(きみ)をば将(またむ) 早(はや)還(かへり)ませ(万1453)

 

 古代っ中国語の「停」は停[dyeng] である。古代日本語は濁音が語頭に立つことがなかったのでと清音を添加して「と+どむ」とした。韻尾の[ng] は調音の方法が[m] と同じなので、ま行に転移しやすい。

 「留」の古代日本語音は留[liu] である。古代日本語にはラ行で始まる音節がなかったので[l] はタ行に転移した。[l] [t] は調音の位置が同じ(前口蓋)であり、転移しやすい。  

 中国語では音義の近いことばを重ねて成句をつくることがある。「停留」は「停」と「留」を重ねている。停[dyeng] と留[liu] は同義であり、定母[d] と来母[l] は調音の位置が同じであるため、音価も近い。

○同源語:

吾妹(わぎも)、山(やま)、心(こころ・<情>)、洲(しま・<嶋>)、行・往(ゆく・<徃>)、吾(われ)、公(きみ)、還(かへる)、●嶋(しま)、

 

【殿[dyən]・との】

津礼(つれ)も無(なき) 城上(きのへの)宮(みや)に 大殿(おほとの)を 都可倍(つかへ)奉(まつり)て 殿(との)隠(こもり) 隠(こもり)座(いませ)ば、、

(万3326)

 

 古代中国語の「殿」は殿[dyən] である。「殿」は貴族の住む御殿のことである、転じて貴人のこともいう。古代日本語では語頭に濁音がくることがなかったので語頭の[d-]は清音になった。また、古代日本語には[n] で終わる音節がなかったのて韻尾に母音をつけて殿(と+の)とした。

 古代中国語の君[giuən] は古代日本語では君(きみ)になり、殿[dyən] は殿(との)になったのは古代日本語に「ン」という音節がなかたからである。

○同源語:

連(つれ)、無(な)き、廟(みや・<宮>)、隠(こもる)、●城(き)、

 

【通[thong]・とほる】

石(いはほ)すら行應通(ゆきとほるべき)建男(ますらをも)戀(こひと)云(いふ)事(ことは)後(のちの)悔(くい)在(あり)(万2386)

隱處(こもりどの)澤泉(さはいづみ)在(なる)石根(いはねゆも)通(とほして)念(おもふ)吾(わが)戀(こふらく)は(万2443)

 

 古代中国語の「通」は通[thong] である。「と+ほ+る」の「ほ」は有気音[h] に対応し、「る」は韻尾の[ng] の転移したものである。日本語の「とほる」は中国語の「通」と同源である。

 有氣音がハ行音であらわれる例:禿[thuk] はげ、恥[thiə] はぢ、唾[thuai] つば、

    [thu] とほる、

 韻尾[-ng]がラ行であらわれる例:幌[huang] ほろ、平[bieng] ひら、軽[kieng] かるい、

  広[kuang] ひろい、乗[djiəng] のる、凝[ngiəng] こる、

○同源語:

行(ゆく)、悔(くい)、隠(こもる)、泉(いづみ)、根(ね)、吾(わが)、●云(いふ)、

 

【党[tang]・同朋[dong meang]・とも・<友>】

さ夜中に友(とも)呼ぶ千鳥もの念(おもふ)とわび居(をる)時に鳴きつつもとな

(万618)

大夫(ますらを)は友(とも)の驂(さわぎ)に名草溢(なぐさもる)心(こころ)も将レ有(あらむ)我(われ)ぞ苦(くるし)き(万2571)

 

 日本語の「とも」は中国語の同朋[dong meang] あるいは党[tang] と関係のあることであろう。しかし、万葉集にはそのような表記は見あたらない。万葉集では「とも」は音表記では「等母(とも)」(万4465),「等毛(とも)」(万4189)などと記されている。

● 金思燁の『韓訳萬葉集』では「友(とも)」(万2571)は朝鮮語でtong muと訳されている。朝鮮語のtong muは「友達」「仲間」である。tong muは日本語の「とも(友)」に音義ともに近い。

 朝鮮語のtongの韻尾が日本語の「とも」では脱落してと考えることができる。

同源語:

夜(よる)、中(なか)、千鳥(ちどり)、時(とき)、鳴(なく)、騒(さわぎ・<驂>)、名(な)、漏(もる・<溢>)、心(こころ)、我(われ)、苦(くるしい)、

 

【燈[təng]・ともる】

燈(ともしび)の陰(かげ)にかがよふ虚蝉(うつせみ)の妹(いも)が笑(ゑ)まひし面影(おもかげ)に所見(みゆ)(万2642)

鈴寸(すずき)取(とる)海部(あま)の燭火(ともしび)外(よそに)だに不見(みぬ)人(ひと)故(ゆえ)に戀(こふる)比日(このころ)(万2744)

 

 万葉集では日本語の「ともす」にあたる漢字として「燈」と「燭」が用いられている。古代中国語の「燈」は燈[təng] である。日本語の「ともす」は古代中国語の燈[təng]と同源であろう。古代中国語の韻尾[ng] は調音の方法が[m] と同じ鼻音であり、転移することが多い。

 日本語の「ともる」には点[tyam] も使われることもある。日本語の「ともす」は中国語の「燈」「点」と同系のことばであろう。

○同源語:

火(ひ)、影・光(かげ・<陰>)、蝉(せみ)、妹(いも)、面(おも)、見(みる)、取(とる)、海部(あま)、此(こ)の、

 

【寅[jien/djien*]・とら・<虎>】

韓國(からくに)の 虎(とらと)云(いふ)神(かみ)を 生取(いけどり)に 八頭(やつ)取(とり)持(もち)來(き) 其(その)皮(かは)を 多々弥(たたみ)に刺(さし)、、(万3885)

吹(ふき)響(なせ)る 小角(くだ)の音(おと)も 敵(あた)見有(みたる) 虎(とら)か叫吼(ほゆる)と 諸人(もろびと)の 恊(おびゆ)るまでに、、(万199)

 

 古代中国語の「虎」は虎[xa] で、その吼える声によって虎[xa] と呼ばれたものと思われる。虎は日本にはいない動物だから、日本に「とら」という「やまとことば」があったとは考えにくい。

 大槻文彦は『言海』のなかで、「虎 朝鮮語ナラムカ、人ヲ捕ル意ノ名トイフハイカガ。或云、支那ニテ、楚人、虎を於莵(オト)トイフ、於ハ發聲ニテ、〔越ノ於越ノ如シ〕其莵を傳ヘテ、らノ助語ヲ添ヘテイヘルナリト云、此ノ説モ附會ナラムカ。」としている。

 十二支に寅[jien] があって「とら」と読む。「寅」の古代中国語音は寅[jien]である。「寅」の祖語(上古音)は寅[djien*] であった可能性がある。董同龢の『上古音韻表稿』は「寅」の上古音を寅[djien*] としている。日本語の「とら」は「寅」に関係のあることばである可能性がある。

○同源語:

韓(から)、國(くに・<県・郡>)、神(かみ・<坤>)、生(いきる)、取(とる)、來(くる)、其(そ)の、畳(たたみ)、刺(さ)す、音(おと)、見(みる)、吼(ほゆ)る、●云(いふ)、

 

【鳥[tyô]・とり】

三吉野(みよしの)の象山(きさやまの)際(ま)の木末(こぬれ)には幾許(ここだ)散和口(もさわく)鳥(とり)の聲(こゑ)かも(万924)

鶏(とりが)鳴(なく) 吾妻(あづま)の國(くに)に 古昔(いにしへ)に 有(あり)ける事(こと)と 至レ今(いままでに) 不レ絶(たえず)言(いひ)ける 勝壮鹿(かつしか)の 真間(まま)の手兒奈(てこな)が、、(万1807)

 

 古代中国語の「鳥」は鳥[tyô] である。現代の北京語では鳥(niao)でウミネコの鳴き声に似ている。日本語の「とり」は中国語の鳥[tyô] と同源であろう。

 鳥[tyô]の韻尾[ô]は時代を遡れば鳥[tyôk*]に近い音であった。董同龢は『上古音韻表稿』で「鳥」の祖語を鳥[tiog*] と再構している。鳥(とり)の「り」は上古音の韻尾[-k] が転移したものであろう。

 韻尾[ô] がラ行であらわれる例:倒[tô] たおれる、到[tô] いたる、

 韻尾[-k] がラ行であらわれる例:腹[piuk] はら、殻[khək] から、夜[jyak] よる、

  色[shiək] いろ、織[tjiək] おる、赦[sjyak] ゆるす、など

 日本語の「とり」は野鳥にも鶏にも使われる。「鶏」は万葉集の時代の日本語では「庭つ鳥」ともいう。 

 二番目の歌(万1807)の「鶏(とり)が鳴く」は「吾妻(東)」にかかる枕詞である。中国語には「南蛮鴂舌」ということばがある。「鴂」とは百舌鳥(もず)のことで、中国でも中原の域外にある蛮人の方言は「鳥が鳴く」ようで理解できないということばがある。

万葉集の「鶏(とり)が鳴く吾妻」は中国語の成句を下敷きにしていることは明らかである。

 中国では中原の域外の東は東夷、南は南蛮、西は西戎、北は北狄として侮蔑していた。

○同源語:

野(の)、山(やま)、騒(もさわく)、聲(こゑ・<馨>)、鳴(なく)、國(くに・<県・郡>)、今(いま)、断(たえる・<絶>)、眞(ま)、間(ま)、手(て)、兒(こ・<睨>、女(な)、●言(いふ)、

 

【取[tsio/tuat*]・執[tshiəp]・とる】

不レ開有(さかざり)し 花(はな)も佐家(さけ)れど 山(やま)を茂(しげみ) 入(いり)ても取(とらず) 草(くさ)深(ふかみ) 執(とり)ても不見(みず)、、、(万16)

伊勢(いせの)海(うみ)の白水郎(あま)の嶋津(しまつ)が鰒玉(あはびたま)取(とり)て後(のち)もか戀(こひ)の将繁(しげけむ)(万1322)

 

 古代中国語の「取」「執」は取[tsio]、執[tshiəp] である。万葉集では「取」も「執」もほとんど同義に使っている。

 取[tsio]、執[tshiəp] の祖語(上古音)は取[tio*]、執[thiəp*] に近い音であったと思われる。それが唐代には摩擦音化して取[tsio]、執[tshiəp] になった。「取」と同じ声符をもつ撮[tsuat] は韻尾に[t]があり、「取」の祖語(上古音)にも取[tiot*] のような入声韻尾[-t] があった可能性がある。「とる」の「る」は中国語の韻尾[t] あるいは[p] の痕跡であろう。

 韻尾[p] のラ行転移例:汁[tjiəp] しる、入[njiəp] いる、貼[thiəp] はる、摺[tjiəp] する、

 韻尾[t] のラ行転移例:出[thjiuət] でる、拂[piuət] はらふ、掘[giuət] ほる、擦[tsheat]

  する、惚[xuət] ほれる、括[kuat] くくる、

○同源語:

咲(さく・<開>)、花(はな)、山(やま)、入(いる)、見(みる)、海(うみ)、海人(あま・<白水郎>)、洲(しま・<嶋>)、津(つ)、鮑鰒(あはび・<鰒>)、●嶋(しま)、

 


 





もくじ

第265話 同源語

第266話 弥生語

第267話 万葉語辞典・あ行

第268話 万葉語辞典・か行

第269話 万葉語辞典・さ行

第271話 万葉語辞典・な行

第272話 万葉語辞典・は行

第273話 万葉語辞典・ま行

第274話 万葉語辞典・や行

第275話 万葉語辞典・ら行

第276話 万葉語辞典・わ行

第277話 参考文献など