第89話 日本語と朝鮮語 日本語は朝鮮語と語順も同じであり、敬語や謙譲語を多く使うことなど共通点が多い。しかし、日本語は朝鮮語と共通の語彙が200語くらいしか見出せないこと が、日本語と朝鮮語を同系統とする説のネックになっている。また、日本語が開音節であり母音で終るのにたいして、朝鮮語は子音で終る音節が多いことも、日 本語と朝鮮語の関係を疑問視させるひとつの要因になっている。しかし、朝鮮語も中国語との接触以前は開音節であった可能性もある。朝鮮語は子音で終る音節 が次の音節の母音とリエゾン(連声)して発音されるから、聴覚印象はきわめて開音節に近い。 例: 私は
na neun、
我々は uri neun、
母は eomeoni neun、 朝鮮語では日本語の「~は」にあたることばがneun とeunのふたつの形がある。前の音節が母音で終る場合はneun があらわれて、前の音節が子音で終る場合にはeun という形になる。朝鮮語はリエゾンするから、「本は」はchaek eun だがchae keun と聞こえる。これは「私は」のna neunや「我々は」uri neun と同じで母音で終っているような印象を与える。 このような現象は「~は」neun・eun ばかりでなく、「~を」reul・eul でも、「~が」ka・i、「~と」wa・kwa、「~へ・~で」ro・euro でも起る。朝鮮語はハングル文字で書けば、いかにも子音で終っている音節が多いようにみえるが、聴覚印象は開音節に近い。 朝鮮語を表記するために作られた文字ハングルは音節の末尾の子音を表記するように作られている。-p、-t、-k、-n、-m、-ingなどを表記する記号が用意されている。日本語の仮名では末尾の子音をあらわす文字は「ン」しかない。文字体系からみると日本語の音韻構造と朝鮮語の音韻構造 はかなり違う。しかし、日本語の五十音図に「ン」が加えられたのは平安時代のことであり、古事記や万葉集には子音で終わる音節は使われていない。中国語か らの借用語も金(かね)、浜(はま)のように母音を付加して日本語の音節構造に馴化させていた。 ハングルは15世紀、李朝時代にできたものである。その頃の朝鮮語には中国語からの借用語が多く使われていたからハングルは中国語からの借用語の韻尾を表記 する体系になったと考えられる。朝鮮語も日本語も中国語と出会うまでは母音で終わる開音節の言語であった蓋然性がある。 日本語の語根が開音節かどうかということになると、これも議論のあるところである。大野晋は「万葉時代の音韻」のなかで、日本語の動詞の語幹が子音で終っている可能性を指摘している。
未然形
連用形
終止形
連体形
已然形
命令形 日本語が母音で終る開音節の構造であり、朝鮮語が子音で終る閉音節があるので、日本語の開音節構造は南島語と関係があるのではないかとされることがあるが、 日本語の語幹は子音で終るという考え方もあり、朝鮮語もリエゾンして開音節に近く発音される、となると日本語と朝鮮語の関係はますます深いことになる。 ヨーロッパの言語でもイタリア語やスペイン語は開音節が多く、ドイツ語や英語は子音で終る単語が多い。しかし、いずれも同じインド・ヨーロッパ語族に属する。 同じ系統とされるインド・ヨーロッパ語族のことばのなかにも開音節のことばもあり、閉音節のことばもある。開音節のことばと閉音節のことはは必ずしも系統 の違うことばだということにはならない。 |
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