第121話 朝鮮語音の影響 日本語は朝鮮語と同じく膠着語であり、助詞などの接尾辞を多用するほか用言の活用がある。敬語・謙譲語をつかうことなども中国語よりは朝鮮語に近い。日本語のなかには朝鮮語と同源と考えられるこ とばがいくつかある。( )内は朝鮮語 例:日・ひ(hae)、 水・みず(mul)、 森・もり(moi)、 畑・はた(pat)、 古代の日本語は時代を遡れば、遡るほど朝鮮語に似ている。古代日本語には朝鮮語と同じように母音調和があったことが知られている。古代日本語では濁音が語頭にくることがなかった。鼻濁音、ラ行音ではじ まることばはなかった。これらの特徴はいずれも朝鮮語と同じである。 日本語と朝鮮語は同じく膠着語であり、助詞などの接尾辞を多用するほか、用言の活用がある。敬語・謙譲語を使うことなども朝鮮語に近い。日本語のなかには 朝鮮語と同源と考えられることばがいくつかある。 ( )内は朝鮮語 (1) 朝鮮語ではラ行音が語頭に立つことはない 朝鮮語では中国語のラ行で始まる言葉はナ行音に転移する。朝鮮語の古語辞典である『李朝語辞 典』をみると羅(na)、藍(nan)、老(no)、両(nyang)、李(ni)、のごとく表記されている。現代の朝鮮語 でも盧武鉉(ノ・ムヒョン)、盧泰愚(ノ・テウ)であり、蝋燭(nap-chop)、蘭(nan)、櫓(no)、轆 轤(nok-ro)のごとくである。 (2) 朝鮮語ではガ行鼻濁音が語頭にくることはない 朝鮮語では中国語の疑母[ng-]は規則的に脱落する。 例:我 (a)、 顎 (ak)、 岳(ak)、 魚 (eo)、 御(eo)、 日本語の我(あ)、顎(あご)、岳(おか)、魚(うお)、御(お)などは古代中国語の我[ngai]、顎[ngak]、岳[ngiok]、魚[ngia]、御[ngia]の朝鮮語読みである。古事記歌謡にある「阿(あ)はもよ 賣(め)にしあれば 那(な)をきて をはなし 那(な)をきて つまはなし、、」の阿(あ)は我[ngai]の 朝鮮語読みであり、賣(め)は女[njia]の古い形、那(な)は汝[njia] であり、いずれも中国語起源であろう。 (3) 朝鮮語では中国語の韻尾の[-t]は規則的に[-l]に転移する 現代の朝鮮語では地下鉄(jiha-cheol)
、
万年筆(man-nyeon-ppil) のように韻尾の[-t] は規則的に(-l) であらわれる。日本語の擦(サツ・する)、刷(サツ・する)、払(フツ・はらう)、祓(バツ・はらう)なども、朝鮮漢字音
は擦(chal)、刷(swal)、払(pul)、
祓(pul)であり、朝鮮漢字音と同じ転移を示している。 朝鮮語の語彙のなかにも文字時代以前の中国語からの借用語が数多く含まれている。例えば風は朝鮮語では風(param) であるが、古代中国語には語頭に[pl-] という複合母音があったと考えられている。隋唐の時代の風[piung] は、『詩経』では侵部[-m] と6回押韻しているが、東部[-iung] とは押韻していない。古代中国語では風は風[pliuəm] であったと考えられる。その古代中国語の風[pliuəm] が朝鮮語の風(param) になった。風と同じ声符をもつ嵐は嵐[ləm] である。また、タイ語では風は風(lom) である。いずれも古代中国語の風[pliuəm] と関係のあることばであろう。 大野晋は『日本語の起源』(旧版176頁~180頁)のなかで日本語と朝鮮語の音韻の対応を指摘して、いくつかの単語をあげている。そのなかには起源が中国語であろうと思われるものがいくつか含まれている。[
]内は古代中国語音。( )内は朝鮮語音。 例:雲[hiuən]く
も(kurum)、
熊[hiuə m]く
ま(kom)、
蟹[he]かに(köi)、
咲[siô]さく(sak)、 これらのことばの共通の祖先は中国語であろう。日本語も朝鮮語も本格的な文字時代に入るはるか前から中国語の洗礼を受けており、中国語からの借用語だと意識されない語彙のなかにも、かなりの数の中国語か
らの借用語が含まれている。 昭和54年に奈良市で『古事記』の編者である太安万侶の墓誌が発見された。銅版には、次のように記されていた。 左京四條四坊従四位下勲五等太朝臣安萬侶以癸亥 「卒之」とある「之」は漢文としては異例である。李基文によれば、これと同じ「之」の用法が朝鮮半島で行われていたという。「壬申誓記石」(552年)にみられるもので、漢字で新羅語を表記したものであ
る。 壬申年六月十六日 二人并誓記、、、可容行誓之 「誓之」の「之」は動詞の終止形をあらわすという(李基文『韓国語の歴史』p.60)。太安万侶の墓碑の「卒之」は、朝鮮半島で使われていた誓記体の「誓之」と同じ表記法である。 |
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