第50話 日本語のなかの朝鮮語 現代日本語では、さまざまな朝鮮語語源のことばが使われている。「のっぽ」、「ちょんが」、「しゃり」、「ちゃりんこ」はいずれも朝鮮語である。「ちゃりんこ」は自転車の朝鮮語読み自転車(ja-jeon-geo) からきたものであり、「しゃり」は朝鮮語の米(ssal) である。朝鮮語の「しゃり」はさらに語源をたどれば、仏舎利の「舎利」にいたる。俗語ばかりでなく、日本語として定着していることばのなかにも、朝鮮語と同源と思われることばはある。専門家は次のような 朝鮮語を同源語としてあげている。 例:水(mul)、
涙(nun-mul)、
日(hae)、
火(pul)、
朝(a-chim)、
春(pom)、
雲(ku-reum)、
島(seom)、 朝鮮語の姉(eon-ni)、俺(u-ri)も日本語の姉「あね」、俺「おれ」に似ている。古語では徒歩「かち」、子どもという意味の「あぎ」などが朝鮮語と同源であるといわれている。「あぎ」は朝鮮語では赤ん坊(a-gi) であり、記紀万葉の歌にも詠まれている。 馬買はば 妹(いも)徒歩(かち)ならむ よしゑやし 石は踏むとも 吾(あ)は二人行かむ いざ吾君(あぎ) 野に蒜(ひる)摘みに 蒜摘みに 我(わ)が行く道に 香はし 花橘 弥 生時代以来、朝鮮半島も日本列島も強力な漢字文化圏のなかに飲み込まれて、中国語から数多くの語彙を借用した。日本語と朝鮮語は、語順が同じであり、助辞 (てにをは)を使い、動詞や形容詞に活用があり、敬語を使うなど共通点が多い。日本語と朝鮮語はともにアルタイ系の言語だと考える学者も多い。しかし、日 本語と朝鮮語に共通な語彙をくわしく調べてみると、もとは両方とも中国語からの借用語である場合もある。 ○ 馬(うま) 日本語の馬(うま)は朝鮮語の馬(mal)、古代中国語の馬[mea] と 共通の語源にたどりつく。日本語や朝鮮語が中国語の語彙を借用したのか、中国語が騎馬民族である朝鮮族からアルタイ系のことばを借用したのか、現存する資 料からは判定できない。アルタイ系の騎馬民族である朝鮮民族のほうが早くから馬に親しんでいたであろうから、中国語のほうがアルタイ語から借用した可能性 がたかい。 ○ 雲(くも) 日本語の雲(くも)は朝鮮語の雲(ku-reum) と同源だと考えられている。しかし、朝鮮語も日本語もその源をたどれば中国語にたどりつく可能性がある。「雲」の古代中国語音は雲[hiuən] である。「雲」は日本漢字音では雲(ウン)であり、朝鮮漢字音でも雲(un)である。しかし、日本語の雲(くも)も朝鮮語の雲(ku-reum)も、随唐の時代以前の古代中国語音である雲[hiuən]にたどりつく可能性がたかい。古代中国語の喉音[h-] は隋唐の時代になると介音[-i-]、あるいは[-iu-] の前では規則的に失われて雲(yun)になった。日本語の雲(くも)、朝鮮語の雲(ku-reum)はいずれも、古代中国語音の喉音[h-]が転移したものである。喉音[h-]は調音の位置が[k-]に近く、転移しやすい。 熊(くま)も古代中国語音は熊[hiuəng] あるいは[hiuəm] と推定されるから、熊(くま)が古代中国語音の痕跡を伝える古い形であり、熊(ユウ)は唐代以降の発音である、と考えることができる。 ○ 寺(てら) 日本語の寺(てら)は中国語の刹[sheat]と関係があるかも知れない。「刹」の朝鮮漢字音は刹(chal)である。古代中国語の刹[sheat]が朝鮮語では刹(chal)になり、日本語では刹(てら)になった可能性は十分にある。 また、「寺」は「特」と声符が同じであり、古代中国語の「寺」は「特」と同じ発音であった可能性もある。古代中国語の「寺」に寺[dək] という発音があったのであれば、寺[dək] が朝鮮漢字音では寺(jeol)になり、日本語の寺(てら)になった可能性もある。いずれにしても、仏教が中国から朝鮮半島を経て日本に伝えられたことは、歴史的事実であり、「寺」もまたその道を通って日本に伝えられたことは間違いない。 ○ 蛇(へび) 日本語の「へび」には「蛇」の字があてられているが、中国語には「蟠」という字もある。古代中国語の蟠[buan]が朝鮮語では蟠(paem) になり、日本語では蟠(へみ・へび)になった可能性がある。沖縄の「はぶ」、あるいは魚の鱧「はも」なども中国語の「蟠」を語源としていると考えることができる。 ○ 袖(そで) 日本語の袖(そで)は朝鮮語の袖(so-mae) に近い。朝鮮漢字音では「袖」(so) である。日本語の袖(そで)も朝鮮語の袖(so-mae)も、中国語の「袖」と関係のあることばであろう。日本語の袖「そで」は朝鮮漢字音の袖(so)を継承している。袖(そで)の「で」は「手」の連想であろう。 古代中国語を語源として、朝鮮語、日本語に入ったと考えられる語彙はかなり多い。日本語、朝鮮語を古代中国語と比較対照してみると、つぎのようになる。
こ のなかには、現在慣用で使われている漢字と違う漢字が原音になっているものも見受けられる。寺(=刹)、蛇(=蟠)、島(=洲)、舟(=舨)、酒(= 酢)、靴(=靴沓)、唾(=唾沫)、袖(=袖手)、爪(=爪牙)などである。中国語から、朝鮮語あるいは日本語への借用は、文字時代に入る前からも行なわ れているため、現在用いられている漢字が原音になっているとは限らない。 日本語で「足りる」、「足りない」に「足」の字を使うのは朝鮮語の足(ta-ri)の転用である。藤原鎌足の名前が鎌足(かまたり) と読めるのは、鎌足自身の出自はともかくとして、鎌足の一族が朝鮮語で「足」のことを「たる」と言うことを知っていたからにほかならない。 借用語は、古 代中国語の原音と、一定の法則にしたがって対応している。日本は弥生時代から古墳時代にかけて、朝鮮半島を通して中国文化を受け入れてきた。弥生時代の日 本語のなかには、まだ文字が普及する以前に、話しことばとして中国語から朝鮮語に借用され、朝鮮語として定着したあと、日本語のなかに取り入れられたこと ばがかなりある。 |
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