第4話 漢
字で外国語を書く方法
北京の街を歩くと漢字で書かれたさまざまな看板
に出会う。なかには外国語を漢字で表記したものもあり、漢字で外国語を書くことのむずかしさを実感する。可口
可楽(コカコーラ)、麦当労(マクドナルド)、肯徳基(ケンタッキー)などは漢字の音を使って外国語をあらわしたものである。稲荷山鉄剣や万葉集もこれと
同じ方法で書かれていると考えることができる。
韓国の街角はハングルの看板でいっぱいである。し
かし、ハングルが読めるようになってみると、韓国語のなかに漢語起源の単語が多いのに驚かされる。ハングルの文字をアルファベットになおしてみるとyak,i-bal,sik-dang,ta-bangと読める。これは漢字で書けば「薬」つまり薬局、
「理髪」、「食堂」、「茶房」つまり喫茶店である。朝鮮語では語頭にラ行の音が来ることがないから「理髪」はi-balとなる。中国語の韻尾(-t)は朝鮮語では記録的に(-l)であらわれる。地下鉄ji-ha-cheol、万年筆man-nyeon-pilのごとくである。
朝鮮漢字音は日本漢字音(呉音や漢音)とかなり違うことがわかる。人名でも李明博(イ・ミョンバク)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)、金大中(キム・デジュ
ン)、
金泳三(キム・ヨンサム)、盧泰愚(ノ・テウ)、金日成(キム・イソソン)、金正日(キム・ジョンイル)、金成哲(キム・ジョンチョル)などと読む。ス
ケートのキム・ヨナは金妍児、サッカーのチョンテセは鄭大世、アン・ヨンハは安英学である。
これらの読み方は朝鮮語訛りということがいえるだ
ろう。しかし、朝鮮漢字音と中国語原音との間には対応関係があり、しかもその対応は規則的である。中国語の語頭音のriの音は規則的に脱落して理髪(イ・バル)、李
(イ)となり母音がi以外の場合は盧(ノ)となる。古代日本語も現代の
朝鮮語と同じようにラ行の音が語頭にくることはなかった。だから、陸は陸(リク・おか)になり、梁は梁
(リョウ・やな)、粒は粒(リュウ・いぼ)などになり、梨(リ・なし)、浪(ロウ・なみ)、練(レン・ねる)などに転移して、やまおとことばのなかに借用
語として受け入れられた。
中国語韻尾の-ngは日本漢字音では堂(ドウ)、房(ボウ)、あるい
は泳(エイ)、成(セイ)などの音便形であらわれるが、朝鮮語では中国語原音の-ngを保っている。金日成、金正日の日(イル)は地下
鉄の鉄、万年筆の筆と同じで中国語韻尾の-tが-lに転移したものである。日本は朝鮮語では日本(イ
ルボン)である。日本語のなかにも中国語原音の-tがラ行音に転移して受け入れられたと思われること
ばがある。払(フツ・はらう)、祓(バツ・はらう)、擦(サツ・する)、徹(テツ・とおる)、没(ボツ・うもる)などである。
朝鮮語では韻尾の-mと-nの区別が保たれていて、金は金(キム)、緊は緊(キン)と区別されているが、日本語では韻尾の-mと-nの区別は失われて金も緊も金(キン)、緊(キン)である。韻尾の-mと-nの区別は現代の広東方言には残っているが、北京音ではすでに失われている。朝鮮漢字音で-mと-nの区別が保たれているのは、中国の江南地方の発音に準拠した音を受け継いでいるからだといえる。朝鮮漢字音に訛りがあると同じように呉音や漢音と呼ばれる日本漢字音にも相当な訛りがある。しかし、その訛り方は規則的である。
漢字の発音は
中国3千年の歴史のなかで、時代により、地方により大きく変化している。漢字文化圏のなかで、日本語や朝鮮語は漢の武帝が朝鮮半島に楽浪郡などの植民地を
おいて以来、さまざまな中国語音を受け入れてきた。これらの借用語は「やまとことば」のなかに埋れていて、一見外来語とは気がつかないことがある。しか
し、「やまとことば」のなかに、隋唐以前の時代の中国語や朝鮮語からの借用語が数多く見られたとしても、これらの地域の交流の歴史からみて、何の不思議も
ないのではなかろうか。
|