第44話 美国漢字地名地図 日本語にはカナがあるため外国の地名は表音文字であるカナで表記することになっている。しかし、中国語にはカナがないため、漢字だけで表記しなければならない。アメリカは日本では米国と書くこともあるが、中国では美国である。米国も美国もA-mer-i-caのなかのアクセントを伴う音節(mer)の音をとりだして表記したものである。しかし、漢字は一字一字が意味をもっているから、日本式表記ではアメリカはRice Countryであり、中国式ではBeautiful Countryという意味を伴うことになる。フルネームで書けば「美利堅合衆国」となる。 漢字の音を使って地名を表記するとはいえ、意味のうえでもよい字を選ぶ傾向はある。ハリウッドはHollywood(シイラギ林)であるが、故意にか間違ってか、漢字では「聖林」と書く。世界に何千、何万とある地名にひとつひとつ漢字をあてはめるのだから、中国の地図作りは大変である。中国の「世界地図冊」で美国州名を調べてみると次のようになる。 阿拉巴馬(アラバマ)州、阿拉斯加(アラスカ)州、亜利桑那(アリゾナ)州、加利福尼亜 このなかにも日本漢字音で読むとどの州なのかわからないものがある。しかし、その違和感をつきつめてみると、日本漢字音の特質がみえてくる。 ジョージア州は喬治亜(qiao-zhi-ya)である。ジョージ・ブッシュ大統領は喬治布什(qiao-zhi-bu-shi)となる。喬の日本漢字音は喬(キョウ)でありジョージとは読みにくい。喬の古代中国語音は喬[giô]であり、日本漢字音の方が古代中国語音に近い。わたり音(i介音)の影響で北京語音のほうが変化したのである。青島は青島(qing-dao)であり、この場合は日本漢字音が青(セイ)であり、サ行であらわれる。広東語音では喬(kiuh)、青(ching)であり、カ行イ段、サ行イ段、タ行イ段はわたり音 (i介音)の影響で転移しやすい。 ハワイは夏威夷である。布哇とも書く。夏威夷のほうは意味もこめられているのであろう。しかし、夏威夷と書いてなぜハワイと読めるのだろうか。夏威夷の現代北京語音は夏威夷(xia-wei-yi)である。夏はハとは読みにくい。ニューハンプシャーは新罕布夏(han-bu-xia)であり、夏は夏(シャー)にあてられている。夏の古代中国語音は夏[hea]であり、広東語音は夏(hah)である。夏威夷は広東語音の夏威夷(hah-wai-yih)に依拠しているといえる。日本漢字音の夏(カ)は古代中国語の喉音[h]が転移したものである。ホノルルは火奴魯魯(huo-nu-lu-lu)である。日本語では火は火(カ)が音で、火(ひ)あるいは火(ほ)はやまとことばであるとされているが、ホノルルでは火(huo)がホノルルの「ホ」に対応している。火(ひ)、火(ほ)も古代における中国語からの借用語である可能性が高い。 イリノイ州は伊利諾と書いたのでは日本漢字音では伊利諾(イリダク)になってしまう。伊利諾の現代北京音は伊利諾(yi-li-nuo)である。諾の古代中国語音は諾[nak]である。広東語音は諾(nohk)である。t・d・nは調音の位置が同じであり転移しやすい。日本漢字音の諾(ダク)はナ行音が濁音に転移したものである。古代中国語の韻尾[-k]は広東語音、日本漢字音はたもっているが北京音では失われている。モンタナの蒙大拿(meng-da-na)でも北京語の拿(na)は日本漢字音では拿(ダ)であらわれる。 アイダホ・愛荷華(ai-he-hua)、オクラホマ・奥克拉荷馬(ao-ke-la-he-ma)では「荷」は「ダ」・「ホ」であらわれている。荷の古代中国語音は荷[hai]と推定されている。広東語音は荷(hoh)であり、日本語のハスも荷子が語源である。愛荷華(アイダホ)の荷(ダ)は転移であろう。日本語の荷(に)も転移である可能性がある。 ネヴァダ・内華達(nei-hua-da)、ワシントン・華盛頓(hua-sheng-dun)では華が「ヴァ」と「ワ」に使われている。華の古代中国語音は[hoa]であり、広東語音は華(wah)である。中国語の喉音[h-]はしばしば脱落する。華盛頓(ワシントン)は頭音が脱落した例であり、広東語音に近い。内華達(ネヴァダ)は広東語音の華(wah)が、中国語音にはないvに転用された例である。喉音の越[hiuat]は越南では越南(Viet Nam)となる。日本語の花(はな)も中国語の華、あるいは花と関係のあることばであろう。 ニュージャジー・紐澤西(niu-ze-xi)、ニューヨーク・紐約(niu-yue)では紐が紐(ニュー)に使われている。紐は日本漢字音では紐(チュー)である。干支で牛を丑とするのは牛(ギュウ)と丑(チュウ)の中国語音が近いからである。現代の北京音では牛(niu)、丑(chou)であるが、牛と丑は北京音では調音の位置が同じである。 オハイオ・俄亥俄(e-hai-e)、オレゴン・俄勒岡(e-lei-gang)、ウィオミング・懐俄明(huai-e-ming)の俄の古代中国語音は俄[ngai]であるが現代北京音は俄(e)であり、広東語音は俄(ngoh)である。同じ声符をもつ我は北京音は我(wo)、広東語音は我(ngoh)である。万葉集などの日本語で我を「あ」あるいは「わ」といのは中国語の我と同源である。 ペンシルヴァニア・賓夕法尼亜(bin-xi-fa-ni-ya)、ヴァーモント・仏蒙特(fo-meng-te)、ヴァージニア・維吉尼亜(wei-ji-ni-ya)では英語のvをあらわすのに法(fa)、仏(fo)、維(wei)が使われている。いずれの場合も中国語の両唇音を英語の歯唇音に転用している。 漢字による地名の表記には一部字義が使われることもある。新罕布夏(ニューハンプシャー)州、新墨西哥(ニューメキシコ)州、南北・ 卡羅来納(カロライナ)州羅徳島(ロードアイランド)などである。聖路易斯(セントルイス)、聖安東尼奥(サンアントニオ)などの聖は聖(Saint)である。費城(フィラデルフィア)、堪薩斯城(カンサスシティー)の「城」も義を生かしている。洛杉磯(ロスアンゼルス)、長灘(ロングビーチ)も漢字によって土地のイメージを伝えようとしている。匹慈堡(ピッツバーク)、聖彼得斯堡(セント・ピータースバーク)、聖何塞(サンディエゴ)も義をいかそうとする工夫がみられる。サンフランシスコは今は聖弗朗西斯科と書くが、ゴールドラッシュの名残で「金山」と表記したこともあった。イギリスではOxford牛津、Cambridge剣橋なども使われている。 次の地名はいずれもアメリカの地名である。このうちいくつ解読できるだろうか。 1.芝加歌、2.底特律、3.布法羅、4.康科徳、5.奥克蘭、6.波徳蘭、 漢字は中国語 を表記することを目的として作られた音節文字だから、音節構造の違う外国語を表記するのは困難である。古事記や万葉集を漢字だけで書いた史(ふひと)の苦 心がしのばれる。表記するのがむずかしいばかりでなく、解読するのはさらに困難である。現代では地名や人名の表記はかなり標準化されているが、倫敦と竜 動、あるいは巴里と巴黎のように書記者によって使う漢字が違う場合もあるので、それが同じロンドンあるいはパリを指すのか、字が違うから違う都市を指すの かの判断も求められる。ちなみに、上記のアメリカの地名はそれぞれ次のようになる。 1.
芝加歌(シカゴ)、 2.底特律(デトロイト)、 3.布法羅(バッファロー)、 最近は中国の新聞などでは外国の地名や人名をローマ字で表記することも多くなってきている。中国の新聞は横書きであり、ローマ字は国民が小学校の低学年から慣れ親しんでいる。 |
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