第237話
日本漢字音と中国語漢字音のあいだ
呉音も漢音も日本が本格的文字時代になった8世
紀の中国漢字音に依拠している。しかし、呉音も漢音も中国漢字音に依拠してはいるものの、中国語と日本語では音韻構造が違うので、日本語の音韻構造に適合
さ
せた、日本語訛りの漢字音、つまり、日本漢字音であることには変わりはない。
日本語は推古時代から推古遺文が残されており、
さらに遡れば古墳時代の遺跡から鉄剣や銅鏡などに古代日本語の痕跡が残されている。埼玉県行田市にある稲荷山古墳から発見された鉄剣には銘文が刻まれてい
た。「辛亥」という年代が記されていることから5世紀のものであることが分かる。そこには「獲加多支鹵」とあることから大長谷若建命「オホハツセワカタケ
ル」すなわち、雄略天皇のことであろうとされている。この文字を書いた人が渡来人であったかどうかは分からないが、少なくとも5世紀の日本列島では漢字が
使い始められていることがわかる。記紀万葉の時代からは、およそ300年前ということになる。
日本の遺跡から金石文が出土することは少ない
が、日本の古地名などには古墳時代以来の日本漢字音の痕跡が残されている。漢字が日本に渡来した時、最初は日本列島のことばは、話しことばは「やまとこと
ば」、書きことばは漢文という状態が続いたと思われる。そのなかで最初に漢字化された「やまとことば」は人名と地名であったと考えられる。古地名の読み方
は古代日本語の解明に、いくつかの鍵を与えてくれる。
例:
(1) 駿
河(するが)、敦賀(つるが)、播磨(はりま)、平群(へぐり)、群馬(くるま)、
(2) 因
幡(いなば)、讃岐(さぬき)、信濃(しなの)、難波(なには)、丹波(たには)、
(3) 浜
名(はまな)、印南(いなみ)、男信(なましな)、安曇(あづみ)、鎌倉(かまくら)、
(4) 相
模(さがみ)、香山(かぐやま)、当麻(たぎま)、楊生(やぎふ)、愛宕(おたぎ)、
(5) 浪
坂(なむさか)、頸城(くびき)、霜見(しもみ)、
「駿河」などでは古代中国語の駿[tziuən]の韻尾[-n]あるいは[-m]にラ行をあてている。
「因幡」などでは古代中国語の因[ien]の韻尾[-n] あるいは[-m]にナ行をあてている。
「浜名」などでは古代中国語の浜[pien]の韻尾[-n] あるいは[-m]にマ行をあてている。
「相模」などでは古代中国語の相[siang]の韻尾[-ng]をカ行にあてている。
「浪坂」などでは古代中国語の浪[liang]の韻尾[-ng]をマ行にあてている。
古代日本語には[-n]・[-m]で終わる音節はなかった。[-n] と[-m] の弁別もなかったから、古代中国語の韻尾[-n] ありは[-m]
は日本語ではナ行音あるいはマ行音に母音をつけてあらわした。また[-
n]・[-m]は
調音の位置が[-l] に近いのでラ行に転移することがあった。
古代日本語には[-ng]
で終わる音節がなかったから、日本語では、調音の位置が[-ng]
に近いカ行であらわれることが多かった。古代中国語の[-ng]
は[-k] に近かったともいわれている。また、[-ng]
は鼻音であり、日本語の鼻音マ行に近かったので、
マ行に転移することもあった。
これらの漢字音は呉音や漢音が日本漢字音の規範
になる以前の読み方だから、これを便宜的に弥生音と呼ぶことにする。日本が中国文明の影響を受けて、稲作や鉄器の製造がはじまるのは、弥生時代以降であ
る。
その後古墳時代になると日本列島は中国文明の影響を大きく受けてさまざまな文明とともに文字も入ってくる。弥生音は日本が本格的な文字時代に入る前の中国
語音だということができる。
○
中国語の韻尾[-m][-n]の
転移
日本語の音韻体系は中国語の音韻体系と違うから、
日本漢字音では中国語音が転移することがある。古代中国語には浜[pien]
、
金[kiəm] などのように[-m]・[-n]で終わる音節があった。古代日本語は開音節(母音
で終わる音節)であり、「ン」で終わる音節がなかったので、日本語ではマ行、ナ行などであらわれる。
○ 中国語の韻尾[-n] が日本語ではナ行であらわれる。
殿[dyen](との・デン)、段[duan](たな・ダン)、勉[mian](まなぶ・ベン)、
健[gian](けなげ・ケン)、
○中国語の韻尾[-m] が日本語ではマ行であらわれる。
浸[tziəm](しみる・シン)、鎌[liam/kiam](かま・ケン)、侵[tsiəm](せめる・シン)、
沁[tsiəm](しみる・シン)、染[njiam](そめる・セン)、鑑[keam](かがみ・カン)、
○中国語の韻尾[-m] が日本語ではナ行であらわれることがる。
金[kiəm](かね・キン)、兼[kyam](かねる・ケン)、
○中国語の韻尾[-n] が日本語ではマ行であらわれることがある。
文[miuən](ふみ・ブン)、浜[pien](はま・ヒン)、君[kiuən](きみ・クン)、
肝[kan](きも・カン)、鎌[liam/kiam](かま・ケン)、簡[kean](かみ・カン)、
眠[myen](ねむる・ミン)、屯[duən](たむろ・トン)、
○中国語の韻尾[-n]・[-m] がラ行に転移する。
雁[ngean](かり・ガン)、昏[xuən](くれ・コン)、怨[iuan](うらむ・エン)、
韓[han](から・カン)、
漢[xan](から・カン)、申[sjien](さる・シン)、散[san](ちる・サン)、
辺[pyen](へり・ヘン)、原[ngiuan](はら・ゲン)、嫌[hyam](きらう・ケン)、
○中国語の韻尾[-n]・[-m] がタ行へ転移することがある。
幡[phiuan](はた・バン)、言[ngian](こと・ゲン)、肩[kyan](かた・ケン)、
管[kuan](くだ・カン)、堅[kyen](かたい・ケン)、断[duan](たつ・ダン)、
宛[iuan](あてる・エン)、腕[uan](うで・ワン)、盾・楯[djiuən](たて・ジュン)、
辰[sjiən](たつ・シン)、斑[pean](ふち・ハン)、
辺[pyen](ほとり・ヘン)、
本[puən](もと・ホン)、音[iəm](おと・オン)、悶[muən](もだえる・モン)、
満[muan](みつる・マン)、琴[giuəm](こと・キン)、
中国語の韻尾[-n]・[-m]
はいずれも鼻音であり調音の方法が同じであり、転移しやすい。調音の位置も近く、[-n] は歯茎の裏で調音し、[-m] は脣音なので調音の位置も近く、聴覚印象も近い。
中国語でも現代の北京語では[-n] と[-m]
は合流して弁別されなくなっている。広東語、朝鮮漢字音、ベトナム漢字音では弁別されている。
日本書紀歌謡に歌われている「やまとことば」の
なかには、8世紀より以前の漢字音(弥生音)の痕跡をとどめたものもみられる。上に引用した歌のなかでは雁(箇利)をあげることができる。雁の古代中国語
音
は雁[--]である。日本語には[-n]で終わる音節はなかったので韻尾の[-n]は[-n]と調音の位置が同じラ行に転移している。古代日本
語ではラ行で始まることばはなかったが中国語の韻尾がラ行であらわれる例はほかにもあげることができる。
伊辭務邏(石群)、破利摩(播磨)、婆利(榛)、弊遇利(平群)山、柯羅倶爾(韓国)、
日本語の「からくに」は漢国、あるいは韓国の転
移したものである。「唐国」と書いて「からくに」と読ませることもある。「漢」が「唐」という国に変わってしまったから「唐国」という漢字をあてたもの
で、
語源は「漢国」である。
○ 中国語の韻尾[-ng]の転移
中国語の韻尾[-ng]も日本語にはない音である。[-ng]
は後口蓋音なので、古代日本語ではカ行であらわれることが多い。また、[-ng]
は鼻音なので、調音の方法が近いマ行やバ行であらわれることもある。
○中国語の韻尾[-ng] は古代日本語ではカ行であらわれることが多い。
楊[jiang](やなぎ・ヨウ)、揚[jiang](あげる・ヨウ)、盛[zjieng](さかん・セイ)、
影[yeng](かげ・ケイ・エイ)、光[kuang](かげ<古語>・コウ)、茎[heng](くき・ケイ)、
脛[hyeng](はぎ・ケイ)、清[tsieng](すがし<古語>・セイ)、塚[tiong](つか・チョウ)、
咲[seong](さく・ショウ)、翁(おきな・オウ)、撞[deong](つく・トウ)、
衝[thjiong] (つく・ショウ)、
○中国語の韻尾[-ng] はマ行やバ行であらわれることもある。
霜[siang](しも・ソウ)、相[siang](さま・ソウ)、状[dziang](さま・ジョウ)、
様[jiang/zjiang](さま・ヨウ)、醒[syeng](さめる・セイ)、公[kong](きみ・コウ)、
停[dyeng](とまる・テイ)、命[mieng](みこと・メイ)、頸[kieng](くび・ケイ)、
○中国語の韻尾[-ng] はラ行へ転移することもある。
城[zjeng](しろ・ジョウ)、軽[kyeng](かるい・ケイ)、経[kyeng](へる・ケイ)、
凝[ngiəng](こる・ギョウ)、通[thong](とほる・とおる・ツウ)、
中国語音韻学の知見によると、中国語の韻尾[-ng] は古代中国語では入声音[-k]に近かったものと考えられている。日本語の格(カ
ク)が格子(コウシ)になり、拍(ハク)が拍子(ヒョウシ)になるように、中国語でも唐代に[-ng] と発音されていたもののなかには[-k]
が音便化したものがあるというのである。古代日本語で、中国語の韻尾[-ng]
がカ行であらわれるのは、古代中国語音の痕跡をとどめているともいえる。
また、「奥」は音が奥(オウ)、訓が奥(おく)とされているが、古代中国語音は奥[uk]であり、訓は古代中国語音準拠している。「奥」と
同じ声符をもった漢字には「澳」、「燠」などがある。「澳」は現代では普通「沖」と表記されているが、日本語の「おき」は中国語の「澳」と同源である。燠
(おき)は現代ではほとんど死語になっているが、灰のなかにうずめた種火のことで、これも中国語の「燠」と同源である。
○中国語の韻尾[-t] の転移
中国語の韻尾[-t]
は日本の漢字音ではタ行であらわれるものが多い。
なかには、漢字音が訓としても定着しているものもある。
蜜[miet](ミ
ツ)、鉄[thyet](テ
ツ)、室[sjiet](シ
ツ)、熱[njiat](ネ
ツ)、列[liat](レ
ツ)、
札[tzheat](サ
ツ)、
中国語の韻尾[-t][-k]などは日本語にはない音節であったから、なかに
は、匹[phiet](ヒキ・ヒツ)、冊[tshek](サク・サツ)などのようにタ行・カ行の両方にあ
らわれるものもある。
○中国語の韻尾[-t] はタ行であらわれることが多い。
葛[kat](かづら・くづ・カツ)、地[diet](つち・チ)、仏[piuət](ほとけ・フツ)、
筆[piet](ふで・ヒツ)、舌[djiat](した・ゼツ)、薩[sat]摩(さつま)、
○中国語の韻尾[-t] はナ行へ転移することもある。
撥[puat](はねる・ハツ)、物[miuət](もの・ブツ)、
○中国語の韻尾[-t] はラ行へ転移することも多い。
撮[tsuat](とる・サツ)、奪[duat](とる・ダツ)、払[piuət](はらう・フツ)、
祓[buat](はらう・バツ)、掘[giuət](ほる・クツ)、出[thjiuət](でる・シュツ)、
刷[shoat](する・サツ)、滅[miat](ほろびる・メツ)、越[hiuat](こえる・エツ)、
没[muət](うもる・ボツ)、帯[tat](たらし・タイ)、
タ行、ナ行、ラ行はいずれも歯茎の裏(前口蓋)
で調音される音であり、調音の位置が同じである。調音の位置が同じ音は聴覚的にも近く、転移しやすい。日本語ではとくに語頭の清音は語中・語尾では濁音に
な
りやすいという特質があるので、転移することが多い。なお、朝鮮漢字音では中国語の韻尾[-t] は規則的に[-l] に転移する。
血[xyuet](ち・ケツ)、穴[hyuet](あな・ケツ)なども介音[-y-] のはったつによって頭音[h-]が脱落したものである可能性が高い。喉音[h-] は介音[-i-] などの前で脱落することが多かった。
例:雲[hiuən](くも・ウン)、熊[hiuəm](くま・ユウ)など、
○
中国語の韻尾[-k]の
転移
中国語の韻尾[-k]は日本の漢字音ではカ行であらわれるものが多い。
なかには、漢字音が訓としても定着しているものもある。
菊(キク)、肉(ニク)、席(セキ)、毒(ドク)、僕(ボク)、役(ヤク)、駅(エキ)、
○ 中国語の韻尾[-k] はカ行であらわれることが多い。
竹[tiuk](たけ・チク)、麦[muək](むぎ・バク)、塞[sək](せき・ソク)、
作[tzak](つくる・サク)、剥[peak](はぐ・ハク)、続[ziok](つぎ・つづく・ゾク)、
報[pu]復[biuk](むくいる・ホウ・フク)、
○ 中国語の韻尾[-k] はラ行へ転移することもある。
腹[piuk](はら・フク)、黒[xək](くろい・コク)、夜[jyak](よる・ヨ・ヤ)、
悪[ak](わる・アク)、識[tjiək](しる・シキ)、
○ 中国語の韻尾[-k] はハ行・バ行へ転移することもある。
度[dak](たび・ド)、束[sjiok](たば・ソク)、夕[zyak](ゆふ・セキ)、
○ 中国語韻尾の[-k]
は比較的安定した韻尾であるが、それでもタ行へ転移した例もみられる。
柵[tshek](さく)・冊[tshek](さつ)、黙[mək](もだす・モク)、泊[beak](はて・ハク)、
陸[liuk](むつ・リク)・睦[miuk](むつむ)、六[liuk](むつ・ロク)、
また、刺[tsiek](さす)、伏[biuək](ふす)、などのように「す」が動詞の活用語尾と
してあらわれることもある。
日本語の夜(よる)は中国語韻尾[-k]
がラ行に転移したものである。古代日本語ではラ行音が語頭にくることはなかったが、中国語韻尾の[-t][-k][-p]
などがラ行であらわれることはしばしばある。夜(よる)、夕(ゆふ)などはいずれも中国語と同源である。
○
中国語の韻尾[-p]
の転移
中国語の韻尾[-p] は蝶[thyap](てふ)などの旧仮名使いにその痕跡をとどめてい
るものの、ほとんどが[-t] あるいは[-ng] と合流してしまっている。
○中国語の韻尾[-p]
は古代日本語(弥生音)ではハ行であらわれることがある。
頬[kyap](ほほ・ほお・キョウ)、甲[keap](かぶと・コウ)、渋[shiəp](しぶい・ジュウ)、
吸う[xiəp](すう・すふ・キュウ)、及[giəp](およぶ・キュウ)、葉[jiəp](は・ヨウ)、
集[dziəp](つどふ・つどう・シュウ)、合[həp](あう・あふ・ゴウ)、
○中国語の韻尾[-p]
は古代日本語(弥生音)ではマ行であらわれることもある。
鴨[keap](かも・オウ)、汲[giap](くむ・キュウ)、
○中国語の韻尾[-p] はタ行に転移するこおとが多い。
立[liəp](たつ・リツ)、合[həp]体(ガッタイ)、納[nəp]得(ナットク)、納[nəp]豆(ナットウ)、 入[njiəp]唐(ニットウ)、法[piuap]華経(ホッケキョウ)、
○中国語の韻尾[-p]
は古代日本語(弥生音)ではラ行であらわれることもある。
汁[tjiəp](しる・ジュウ)、執[tjiəp](とる・シツ)、
ハ行とマ行はいずれも脣音であり、調音の方法が
同じである。調音の方法が同じ音は聴覚的にも似ていて転移しやすい。中国語韻尾の[-p] がタ行に転移するのは、中国語韻尾の[-p][-t][-k]
が古代日本語にない音なので弁別されにくかったこ
とによるものと思われる。韻尾の[-p][-t][-k]
はいずれも内破音であり、調音の方法が同じである。調音の方法が同じ音は聴覚的にも似ていて、転移しやすい。
現代の中国語では広東語では[-p][-t][-k]の区別が保たれているが、上海語では[-p][-t][-k] の区別はなくなり、声門閉鎖音の[?] に吸収されてしまっている。北京語では入声音[-p][-t][-k] が失われている。
日本の古地名で揖宿(いぶすき)の「揖」の中国
語音は揖[iəp]
であり、「揖宿」と書いて、すくなくとも読書音で
は揖宿(いぶすき)と読めたはずだが、「揖」が揖(ユウ)に変化して、揖宿(ユウシュク)としか読めなくなってしまったので、漢字そのものをかえて「指
宿」としている。
揖保の糸でしられる揖保(いひほ)は揖[iəp]
が揖(ユウ)に変化してしまったので「保」を補って揖保(いぼ)と読ませている。
甲斐の国の「かひ」も「甲」だけで甲(かひ)と読めたはずだが、「甲」は甲(コウ)に変化してしまったので、「斐」を補って甲斐(かひ)と読めるように
したものである。「かひ」は山峡(やまかひ)の峡
(かひ)からきたものであろう。
日本漢字音は漢音は唐代の長安の正音に依拠して
おり、呉音は江南音に依拠していると、一般にいわれているが、いずれも日本語の音韻体系に合わせてかなり転移していることが分かる。
また、訓は漢語が日本に入ってくる前の日本固有の言葉(やまとことば)を漢字にあてはめたものだといわれている。そのため、訓と中国語音との関係が論じ
られることはほとんどなかった。しかし、「やまとこ
とば」のなかには、弥生時代以来、日本が中国文明を受け入れるなかで、日本語のなかに定着してしまった漢語起源のことばがかなり含まれていることは認めざ
るをえない。 漢和字典には漢字の読み方が示されているが、音と
訓が同じ例がいくつかみられる。
菊(きく・キク)、肉(ニク・にく)、剥(ハク・はぐ)、竹(チク・たけ)、
服(フク・ふく)、鉄(テツ・てつ)、蜜(ミツ・みつ)、列(レツ・れつ)、
室(シツ・しつ)、
これらの例は「やまとことば」がたまたま中国語
音と同じだということではなく、訓読みの漢字のなかに、日本が本格的な文字時代に入る以前に中国語から借用された借用語があることを示唆している。
一般に「音」は中国式の読み方であり、「訓」は漢
字にやまとことばをあてはめたものだと説明されている。しかし、「音」と「訓」が類似しているものも数多くみられる。これらは偶然の一致なのだろうか。
幕[mak](まく・バク)、舞[miua](まう・ブ)、眉[miei](まゆ・ビ)、巢[dzheô](す・ソウ)、
死[siei](しぬ・しす・シ)、闇[am](やみ・アン)、横[hoang]
(よこ・オウ)、
癒[jio](いやす・ユ)、憂[iu](うれい・ユウ)、揺[jio](ゆれる・ヨウ)、
窮[giuəm](きわめる・キュウ)、岸[ngan](きし・ガン)、坐[dzuai]・
座[dzuai](すわる・ザ)、
指[tjiei](さす・シ)、伏[biuək](ふす・フク)、挿[tsheap](さす・ソウ)、
九[kiu](く・キュウ)、仮[kea](かり・カ)、刈[ngiat](かる・ガイ)、
これらの例でも訓は弥生時代以降の中国語から借用語であることを示しているのではなかろうか。古代日本語では語頭に濁音がくることはなかった。だから、弥生音(訓)では濁音が鼻音に転移している。また、
古代日本語では巢(ソウ)のような音節はなかった。だから、弥生音(訓)では巢(す)と「子音+母音」の構造に転移して、古代日本語の音韻構造に適合したものになっている。
国語学の常識では訓読みは漢字に「やまとことば」をあてはめたものであり、中国語と日本語(やまとことば)とは言語系統の違ったものだから、日本語の訓と中国語の関係について対応を検討したものはほとん
ど皆無である。しかし、「やまとことば」とされている日本語の訓も、唐代以前の中国語の痕跡をとどめている可能性が高い。
|