第227話 1年生の「こくご」 私たちは日常日本語で話したり、書いたり、読んだ りしているので、ことばは生活とともにあり、空気のように、あたりまえのこととして、意識されなくなっているのではなかろうか。 現代の日本語はどのようなことばなのか、あらため て考えてみるために、今回は小学校の「こくご」の教科書をとりあげてみたい。もう一度、小学校の一年生にたちかえって、ことばをはじめて学ぶ立場から日本 語を眺めてみると、日本語はどのような姿にうつるのか、見直してみることにする。 はる
はるの はな
おはよう 現代の日本語は漢字仮名交じり文で書くが、小学校 では「ひらがな」から教える。ここで注目されるのは文章が分かち書きされていることである。小学校の「こくご」教科書は3年生くらいまでは、分かち書きさ れている。 漢字は中国語を表記するために発明された文字であ
り、「ひらがな」は日本語を書くために発明された文字であるが、「ひらがな」だけで書くと読みにくい。 はる
はるのはなさいた。あさのひかりきらきら。おはよう。おはよう。みんなともだちいち ひらがなだけの表記では単語の単位が分かりにくい
ことが分かる。小学校の1年生がつぎのように読んだとしても、文字を追って読んでいるのだからしかたがない。
はるのは なさいた。あさのひ かりきらきら。おはよう。おはよう。みんなともだ 「ひらがな」は音節文字で、たしかに日本語の音節 はあらわしてはいるが、語の単位を示すには十分でない。文字は口で話し、耳で聞く音声を、手で書いて目で見れるようにしたものだから、声の調子やアクセン ト、あるいは息つぎなどを再現できないことが多い。そこで、世界の多くの言語では単語ごとに分かち書きが行われている。アクセント記号をつけた文字もあ る。 英語でもフランス語でも、ドイツ語でも分かち書き
によって単語の単位がわかるから、外国人でも辞書を引けば意味がわかる。しかし、「ひらがな」で書いた日本語はどこに意味の単位である単語が隠れているの
か判別するのがむずかしい。漢字仮名交じり文が読みやすいのは漢字を挿入することによって単語の単位を明らかにすることができる、という機能があることが
わかる。 中国語では分かち書きは行われていない。それは、 漢字そのものが音節文字であるとともに意味の単位である単語そのものでもあるからである。ちなみに、現代の中国の小学校1年生の「語文」YUWENの教科書の第1課をみてみると次のようになってい る。(中国の教科書は簡体字で書かれているが、漢字は日本で使われている字体に改めた。)
漢字も一字は中国語の一音節をあらわしているが、 日本語の「ひらがな」との違いは、中国語では一字がそのまま意味の単位になっているということである。だから、中国語は分かち書きしなくても意味の単位を 自動的に把握できる。 「ひらがな」の場合も平安時代に「ひらがな」がで
きたときは毛筆で書いていたから、或る程度文字をつないで一筆書きにすることによって、語や句の切れ目を示すことはできた。しかし、活字印刷の時代になっ
て、一文字一文字が切り離されてしまったので、語の切れ目やつながり方を示すことがむずかしくなってしまった。 小学校の教科書を一年生になったつもりで読んでみ
ることにする。 あかい とり ことり
あかい とり、ことり、
しろい とり、ことり、
あおい とり、ことり、 小学校低学年の教科書では漢字はあまり使われてい
ないから、分かち書きをしないと意味がとりにくい。しかし、これを漢字仮名交じり文で書くと単語の単位は明白になる。
赤い鳥小鳥、なぜなぜ赤い。赤い実を食べた。 「ひらがな」は日本語を表記するために平安時代に
発明された文字である。しかし、漢字を交えた文章のほうが読みやすい。それは意味の単位である単語を際だたせてくれるからである。「ひらがな」は表音文字
だから分かりにくいのではなく、分かち書きをしないから声の言語の息つかいをうまく再現できないのだ、ということがいえそうである。 「ひらがな」は表音文字であるという。しかし、完
全な表音文字であるともいえない。「あおい みを たべた」はどうであろう。ローマ字で書いてみると次のようになる。 aoi
mio
tabeta 「ひらがな」では‘aoi’ の’o’ と’mio’の’o’ では違う文字が使われている。もしも、小学校1年
生に先生が質問されたら、先生はどう答えたらいいのだろう。私たちは助詞のoは「を」と書くことに決まっているのだと知ってい
る。しかし、小学生に助詞ということばを使わずに説明することはなかなか難儀であろう。
例:を(尾)、をとこ(男)、をとめ(乙女)、をどり(踊)、かをり(香)、あを(青)、 しかし、現代の日本語では「お」と「を」の区別が
失われている。だから「あを」ではなく「あお」と書く。ただし、助詞の’o’
は
「を」とかくことに決めている。小学校1年生の教科書でも「お」と「を」の用例がいくつかある。
例:ねずみの おどりを みて ください。 つまり、現代かなづかいは歴史的仮名づかいの一部
を残している。「を」は音は’o’ であるが文法上の機能として助詞に使われているこ
とをあらわす記号でもある。 「おはよう」の「う」は「おはやく」などが音便化
したもので、「ひらがな」のできた平安時代からすでに日本語のなかにあったとされている。
例:ありがとう、おとうさん、おと
うと、いもうと、 現代かなづかいでは、「う」は’u’ ではなく、’o’ の長音をあらわす記号として用いられている。しか
し、これには例外があって、’o’ の長音を「お」であらわす場合もあるからむずかし
い。
例:おおきな かぶ、 昭和61年に告示された「現代仮名遣い」による
と、「次のような語は、オ列の仮名「お」を添えて書く」とある。
例:おおかみ、おおせ(仰)、おおやけ(公)、こおり(氷、郡)、こおろぎ、ほお(頬)、 長音の’o’ は「う」と書くのが原則であるが、「お」と書く場 合もある。「お」と書く場合は、「歴史的仮名遣いでオ列の仮名に「ほ」又は「を」が続くものである」という。つまり、「氷」「頬」「炎」を「こおり」「ほ お」「ほのお」と書くのは、歴史的仮名づかいで「こほり」「ほほ」「ほのほ」だったからである。また、「父さん」は「とうさん」なのに、「十」を「とお」 と書くのは歴史的仮名づかいで十「とを」だったからであるということになる。厳密にいうと、現代仮名づかいは歴史的仮名づかいを知らなければ書けないとい うことでもある。 現代仮名づかいは歴史的仮名づかいの痕跡を留めて
いる。しかし、小学生は当然歴史的仮名づかいを知らないから、個別に暗記しないと「かな」を使いこなせないといことになる。 長音の’o’を「う」で表記するものには漢語起源のことばが多
く、「お」で表記するものは和語のみである。
例:ほうれんそう(草)、とう(唐)もろこし、よう(羊)かん、ごちそう(走)、じど 「う」音便が日本語のなかで発達したのは漢語の輸
入に関係があるものと思われる。中国語の音韻構造は日本語と違い、韻尾に(-ng)などが来ることがあるが、日本語は母音で終わる開
音節なため、「ひらがな」一字では漢字の音を表記することができなかった。これも「ひらがな」を読みにくくしている原因のひとつといえるだろう。
例:草(căo)、
唐(táng)、
羊(yáng)、
走(zŏu)、
動(dòng)、
公(gōng)、
応(yīng)、
装(zhuāng)、
小学校1年生の「こくご」の教科書をよく読むと、
次のような例もある。
例:みんなは、大きな こえで、「おうい。」と よびました。 「ひらがな」では「おーい」と書くことはないが、
「かたかな」では「ヤッホー」と長音記号を使って書くのである。「カタカナ」の表記については特に規則はないようであるが、長音記号を使うことが特徴の一
つとしてあげられる。
例:ヤッホー、ノート、クレーン、ショベルカー、ブレーメン、グレーテル、ホース、 「ヤッホー」、「キャーツ」はひらがなで書くと「やっほう」「きゃあつ」だろうか。長音記号「ー」は五十音図にはない
が、日本語の長音の表記には便利な記号である。日本語の長音は前の音節の母音を繰り返すのが原則である。 [ア
列] お
かあさん、おばあさん、おこめが ざあらざら、あめは ざあざあ、 「ひらがな」も学ぶ方の立場からみると、かなりむ ずかしい文字体系である。 |
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