第67話 や まとことばは純粋か(3)

スエーデンの言語学者カールグレンが中国語からの 借用語としてあげているのはわずかに24の語彙だが、中国語原音と日本語との音韻の転移の法則を調べてみるといくつかの転移の法則が明らかになってくる。

(1)中国語原音が[-ng] で終る場合。 松(すぎ)

 「松」の古代中国語音は松[ziong] と推定される。万葉集のなかで「すぎ」は杉、椙、 須疑と表記 され、「まつ」は松、麻都、末都などと表記されていて、杉に松をあてたと思われる例はない。

  三輪の祝がいはふ杉(万 葉集)、
     足柄山の須疑の木の間か(万葉集)、
     松が枝を結ぶこころ(万 葉集)、
       木垂る木を麻都と汝が言はば(万葉集)、

 中国語韻尾の[-ng] [-k] と調音の位置が同じである。王力の『同源字典』に よると、つぎの対語は同源だという。

例:[dok]・ 誦[ziong]、  逆[ngyak]・ 迎[ngyang]
       溢
[jiek]・ 盈[jieng]、  督[tuk]・ 蕫[tong]  

  同じ声符をもった漢字でも[-k] の韻尾をもったものと、[-ng] の韻尾をもったものとが並存している。

例:拡(カク)・広(コウ)、 較(カク)・交(コウ)、告(コ ク)・浩(コウ)、
       削(サク)・消(ショウ)、爆(バク)・暴(ボウ)、浴(ヨク)・裕(ユウ)、

 また、祝儀、格子、北条、句読点などのように祝 (シュク・シュウ)、格(カク・コウ)、北(ホク・ホウ)、読(ドク・トウ)などのように、熟語では音便形になるものがみられる。

 「松」の日本漢字音は松「ショウ」である。松[ziong] は発音のうえだけからいえば、弥生時代の 日本語 で松(スギ)となって現れてもおかしくはない。しかし、文献上そのような用例がないの   で、文献時代以降の資料から傍証を得ることはできない。ちなみに、松 は朝鮮語では松(so na    mu) であり、杉は杉(sam na mu) である。「なむ」は朝鮮語の木(na mu) で ある。動物や植物の 名前はヨーロッパの言語でも、はしばしば入れ替わることがある。例えば、ヒマラヤ杉は植物学 的には杉ではなく松科の常緑樹であり、レ バノン杉も松だという。中国の「松」が日本で「杉」 になったとしても、必ずしも的はずれとはいえない。「やまとことば」のなかには、中国語韻尾  [-ng] が日本語でカ行、ガ行になったと思われる例はかな り多い。

  例:[tiong] (つ・チョウ)、性[sieng] (さ・セイ)、   茎[heng] (く・ケイ)、 
   脛 [hyeng] (は・ケイ)、 楊[jiang] (や な・ヨウ)、  羊[jiang] (や・ヨウ)、
  厖
[meong] (む・ボウ)、 行[heang] (ゆ・コウ)、  往[hiuang](ゆ・オウ)、
  撞
[deong](つ・トウ)、  衝[thjiong] (つ・ショウ)、湧[jiong](わ・ユウ)、
  涌
[jiong](わ・ヨウ)、   泳[hyuang] (お よ・エイ)、丈[diang](た・ジョウ)、
  光
[kuang](か・コウ)、  甬[jiong]  (お・ヨウ)、  揚[jiang] (ある・ヨウ)、
  横
[haong](よ・オウ)、  王[hiuang](わ・オウ)、  香[xiang](かわし・コウ)、

  楊(やなぎ)「やなぎ」は現在は柳(やなぎ)の 字をあてているが、日本語の「やなぎ」の語 源は「楊」であろう。万葉集にも「安乎楊木能波良(あをやぎのはら)」 などと用いられている。 楊(やなぎ)を「楊木」と書くのは、万葉集の時代には「楊」の文字は「ヨウ」と発音されるよ うになっており、楊(やぎ)とは読 めなくなってしまっていたので、末音添記したものである。 「楊」が「やぎ」ではなく「やなぎ」となったのは「楊の木」の連想である。

    羊(やぎ) 「羊」は現代の日本語では羊(ひつ じ)である。古代中国語音は羊[jiang] で あり、 日本語の「やぎ」の語源である。「羊」は日本書紀に記録があり「百済、駱駝一匹、驢一匹、羊 二頭、白雉一隻を貢れり」(推古七年九月)とある。 これは「ひつじ」ではなく「ぎぎ」を指し ている可能性がある。中国の羊は英国のヨークシャー種のようにふっくらと羊毛につつまれたも のは見かけない。 山羊かと思えば羊である。奈良時代になって、「羊」の発音が変化し羊(ヨ  ウ)となったため、「やぎ」は「山羊」と書くようになったものと考えられる。日 本語「ひつじ」 の原義は不明である。

  光(かげ) 「光」は「ひかり」と「かげ」のふた つの意味がある。月影「つきかげ」は月の光    [kuang] の ことであり、太陽の影(かげ)は日の当たらないところである。「かぐや 姫」の「か ぐ」は「光(かぐ)や姫」である。日本語の「かげ」には光と影で正反対の意味がある。中国語 の影[yang](あるいは景[kyang])は光[kuang]と発音が近い。中国語には同じ発音で反対の意味を  表すことばがいくつかある。光・影、授・受、売・買などの例があげられる。「光」の意味の  「かげ」も、「影」の意味の「かげ」もともに中国語からの 借用語であり、「かがやく」は光耀    [kuang-jiôk] であろ う。

  王(わけ) 「王」は古代日本の王や皇子の名にあ る王(ワケ)で、古代中国語の王[hiuang] に  由来する。「王」は古代中国語の頭音の[h-] が失われて、隋唐の時代には王/uang/ となり、現代   中国語音は(wang)である。日本漢字音は隋唐の時代の中国語音を反映 して王(オウ)である。し かし、文字時代以前の弥生音は古代中国語音に準拠して王(わけ)となった。
 中国語音の喉音
[h-]は唐の時代には失われて。行[heang]、往[hiuang] 、泳[hyuang]、横[hoang]も、 頭音が失われて行(ゆく)、往(ゆく・オ ウ)、泳(およぐ・エイ)、横(よこ・オウ)になっ た。中国語の韻尾[-ng]は日本漢字音では翁(オウ)、命(メイ)、鶯(オ ウ)、双(ソウ)、光 (コウ)であるが、弥生音では翁[ong]女( な)、 命[mieng]人( と)、 鶯[hiueng]   ぐひス)、双六[seong-liuk] (すろく)、光耀[kuang-jiôk](かや く)なども中国語の韻尾[-ng]  が弥生音でカ行であらわれたものである。

  ○  翁(おきな) 「翁」の古代中国語音は翁[ong] である。日本語の「おきな」の「な」は女[njia]   である。

    ○  命(みこと) 「命」の古代中国語音は命[mieng] であり、「みこと」の「みこ」にあたる。日 本語 の「みこと」は「命人」であり、「妹人」が「いもひと」になり、妹「いもうと」になるの と同じ造語法である。

   鶯(うぐひす)「鶯」の古代中国語音は鶯[hiueng] と推定される。語頭の喉音[h] は唐代になる  と失われて、日本漢字音では鶯 「オウ」となる。日本語の「うぐひす」は鶯/ueng/ の 「うぐ」       である。「うぐひす」の「す」は朝鮮語の鳥( sae)である。「うぐひす」は「鶯(中国語)の鳥(朝  鮮語)」ということになる。「うぐす」の 「」については不明である。日本の古地名でも、  中国語の韻尾[-ng] がカ行音であらわれる例が多くみられる。

    例:相模(さみ)、 相楽(さらか)、英多(あた)、 當麻(たま)、
            楊生(やふ)、愛宕(おた)、 久良(くら)、望多(また)、
            香山(かやま)、

 賀茂真淵は『語意』のなかで、「佐我美の國は、 牟佐我美の牟を畧き、牟佐斯の國は、牟佐斯毛の毛を畧きたり」として、相模は「ムサガミ」の略であるとしている。「相模」、「相楽」の「相」の古代中国語 音は相[siang] である。「相」は上[zjiang]に音が近く、朝鮮漢字音では「相」も「上」もとも に相(sang)、上(sang) である。「相模」は「上模」であり、「相楽」は 「上洛」であろう。「相」が「上」の音をあらわすとすれば、「相模」は「上模」の略だと考えることができる。

 「香山」は香久山、香具山、香来山などとも書か れる。文字時代になって「香」が香「コウ」となり、香(かぐ)とは読めなくなってしまったので、「久」「具」「来」などの字を末音添加したのである。「香 具山」の意味は不明だが、香[xiang] は光[kuang]に近く「光山」である可能性がある。「高」、 「光」の日本漢字音はいずれも「コウ」であり、弥生音は「かぐ」であろう。

  同じような末音添記の例として、「高句麗」をあげることができる。「高句麗」の「句」は末音添記である。『日本書紀』の表記はすべて「高麗」であり、『三 国史記』は「高句麗」である『三国遺事』では「高麗」と「高句麗」が混用されているという。「高句麗」の「句」は「高」の韻尾を古音で高[kôk] と読ませるための工夫である。また、『古事記』に は「新羅」を「新良」と表した例がある。日本の古地名「久良」の「くら」 も良[liang] の末音を「ギ」と読ませている。このことは、末音 を添記しなくても良[liang] の末音を「ギ」と読むことのできる時代があったこ とを示している。 

(2)古代中国語の韻尾が[-m] で ある場合。

 熊(くま)「熊」の古代中国語音は熊[hiuəm] であったと考えられている。日本語の熊(くま)は古代中国語に依拠している。ところが熊[hiuəm]の韻尾[-m] は介音[-iu-] の後では規則的に/-ng/ に変化した。そのため、唐代の中国語音に依拠し ている日本漢字音は唐代の中国漢字音である熊/hiuəng/    に 対応して熊(ユウ)となった。万葉集では「熊」は熊、久麻と表記されている。

  荒熊の住むとふ山の(万 葉集)、
   久麻吉(くまき)をさして(万 葉集)、

 古代中国語の喉音[h] は唐代以降はi介音の前で失われた。古代中国語の喉音[h-] は、『古事記』『日本書紀』歌謡では、つぎのよう な日本語音にあてられている。

 ア行<う>[hiua]・ 于[hiua]・ 禹[hiua]・ 羽[hiuə]・ 雨[hiua]
 カ行<か>[hai]・ 河[hai]<が>[hai]<け[hyei]<こ>[ha]
 ワ行<わ>[huai]<ゐ>[hiuəi]・ 謂[hiuət]・ 偉[hiuəi]、 位[hiuət]・ 為[hiuai]
   
<ゑ> 恵[hyuet]・ 衞[hiuat]・ 慧[hyuət]・ 廻[huəi]<を> 袁[hiuan]・ 遠[hiuan]・ 弘[huəng]
      乎
[ha]

 記紀歌謡では、i介音を伴わない喉音[h-]をもつ「賀」、「何」、「鶏」、「胡」はカ行、ガ 行であらわれ、i介音を伴ったものは、ア行あるいはワ行であらわれ ることがわかる。唐代の韻図である『韻鏡』を見ると、古代中国語音でi介音を伴う「于」、「韋」、「位」、「為」、 「衞」、「袁」、「遠」などは匣母[h-] ではなく、喩母[j-] の音として分類されている。

 熊[hiuəm] や雲[hiuən] は日本語に取り入れられて、弥生時代には熊(く ま)、雲(くも)と発音され、奈良時代になると熊(ユウ)、雲(ウン)と発音されるようになったものと考えられる。「熊」の韻尾は唐代には熊/hiuəng/ と発音されていたが、「熊」の古代中国語音は熊[hiuəm]であると考えられている。「風」も古代中国語音は 風[piuəm] であり、隋唐の時代に風/piuəng / になった。現代の朝鮮語で「風」は風(pa ram) である。朝鮮語の風(pa ram) は、中国語の「風」の古音を留めていると言語学者 は考えている。唐詩では「風」は東[tong] と韻を踏んでいる。ところが、『詩経』(紀元前 600年ころ成立)では「風」は心[siəm] と押韻している。このことから、中国語における 「風」の発音は、つぎのように変化したものと推測できる。 

  『詩経』の時代 (過渡期) 隋唐の時代
     風       piuəm               piuəng      piung 

 朝鮮語の風(pa ram) は詩経の時代の古代中国語音を継承している。日本 漢字音の風「フウ」は唐代の中国語音を反映している。熊(くま)は『詩経』の時代の中国語音を反映した弥生音である。日本語の風「かぜ」は中国語の「風」 とも、朝鮮語の風(pa ram) とも別の系統のことばであろう。

 現代の中国語では、広東方言では-n-m-ngは区別されているが、北京語では-n -m が合流している。また、福建方言では-n-m-ngの三つが合流して-ng ひとつだけになっている。

 現代中国語方言の韻尾
    北京語              福建語    広東語
    -n                           -ng                       -n
    -n                           -ng                       -m
       -ng                         -ng                       -ng

  朝鮮漢字音では-n-m-ngの区別が保たれているが、日本漢字音では-n-mの区別は失われて「ン」に合流している。中国語の 韻尾[-ng] に相当する音は古代日本語にはなかった。そのた め、熊(ユウ)、風(フウ)のように、音便形で代替された。韻尾の[-n][-m][-ng] は、いずれも鼻音であり、調音の方法が同じである ため転移しやすい。

 日本語のなかで中国語の[-ng] がマ行、ナ行で表れているものには、つぎのような ことばがある。

例:[hiuəm](く・ユウ)、[dyeng](とる・テイ)、  [kong](き・コウ)、
      浪
[liang] (な・ロウ)、     [hyuang](よ・エイ)、  痛[thong](い た・トウ)、
      醒
[syeng](さる・セイ)、灯[təng](とる・トウ)、  [shiang](し・ソウ)、
      頸
[kieng](く・ケイ)、  [zjiang](つ・ジョウ)、  [diong](た・シュ)、
      峯
[phiong](み・ホウ)、 舨[piuan](ふ・ホウ)、

 また、日本の古地名では、つぎのような例がみら れる。

     頸城 くき、 浪坂 なさか、 霜見 しみ、 養訓 やくに、

  これらの事実を総合すると日本語の「熊」は、 ほとんど間違いなく弥生時代の借用語だといえる。

 カールグレンが指摘した日本語のなかで、弥生時 代の借用語である可能性の高いと思われるものは、若干の修正も含めてつぎの通りである。

   馬 (うま)、梅(うめ)、築(つく)、槅(かき)、析(さく)、絹(きぬ)、(し ね)、
蛺蠱(かひこ)、竹(たけ)、麦(むぎ)、松(すぎ)、琢(つつく)、剥(はぐ)、
湿(しめる)、郡(くに)、舨(ふね)、坩(かめ)、鎌(かま)、熱(あつい)、熊(くま)、酒(さけ)、

  日本人は弥生時代のはじめから中国文化の影響を受けて、ことばも中国語から借用してきた。弥生時代の借用音は古代中国語音に依拠している。また、弥生時代 はまだ文字が普及していなかったため、借用語は話しことばを通して入ってきたものが多かったものと思われる。弥生音のなかには、現在慣用として使っている 漢字と違う漢字を語源とすると考えられえるものもある。たとえば、日本語の「せき」は「関」ではなく、塞[sək] に由来するものであろう。「へび」は「蛇」ではな くて蟠[buan] が語源であろう。

 カールグレンが指摘した以外の日本語も含めて、 弥生時代あるいは古墳時代における中国語からの借用語だと思われることばを音韻の転移の法則にしたがって列挙すれば、つぎのようになる。

(1)中国語の[m-] の前に母音がくることば。

馬 (うま)、梅(うめ)、味(うまし)、美(うまし)、牧(うまき)、没(うもる)、
 鰻魚(うなぎ)、網(あみ)、虻(あぶ)、妹(いも)、夢(いめ)、未(いまだ)、
 母(おも)、面(おも)、海(うみ)、

・中国語の[m-] あるいは[l-] の前に[k-] がくることば。

馬 (こま)、米(こめ)、裸体(からだ)、栗(くり)、来(くる)、輪(くるま)、

(2)中国語の韻尾[-n] あるいは[-m] のあとに母音がつくことば。

郡 (くに・こほり)、絹(きぬ)、巾(きれ)、秈(しね)、舨(ふね)、坩(かめ)、
罐(かめ)、鎌(かま)、壇(たな)、段(たな)、殿(との)、浜(はま)、君(きみ)
文(ふみ)、蝉(せみ)、簡(かみ)、蟠(へみ・へび)、呑(のむ)、染(そめる)、
肝(きも)、雲(くも)、困(こまる)、混(こむ)、闇(やみ)、暗(やみ)、
沁(しみる)、滲(しみる)、浸(しみる)、侵(せめる)、占(しめる)、兼(かねる)、
金(かね)、

(3)中国語の韻尾[-k] のあとに母音がつくことば。

築 (つく)、槅(かき)、床(ゆか・とこ)、析(さく)、竹(たけ)、麦(むぎ)、
 啄(つつく)、続(つづく)、剥(はぐ)、酒(さけ)、酢(さけ)、菊(きく)、
 肉(にく)、額(ぬか)、束(つか)、塞(せき)、奥(おく)、着(つく)、
 作(つくる)、濁(にごる)、漬(つける)、直(すぐ・じき)、索(さがす)、
 閉塞(ふさぐ)、仇敵(かたき)、

(4)中国語の韻尾[-t] のあとに母音がつくことば。

蜜 (みつ)、室(しつ)、熱(ねつ・あつい)、鉄(てつ)、筆(ふで)、舌(した)、
 仏(ほとけ)、

・中国語の韻尾[-t] がラ行になることば。

払 (はらう)、刷(する)、擦(する)、奪(とる)、没(うもる)、惚(ほれる)、
   滅(ほろびる)、

・中国語の韻尾[-t] がナ行になることば。

物 (もの)、穴(あな)、骨(ほね)、

(5)中国語の韻尾[-p] がハ行、マ行になることば。

蛺 蠱(かひこ)、湿(しめる)、吸(すふ)、合(あふ)、甲(かめ・かひ)、甲兜
(かぶと)、鴨(かも)、汲(くむ)、渋(しぶい)、粒(つぶ・いぼ)、

そのほか、潮(しほ)、鯛(たひ)もこの類推形で あろう。

(6)中国語の[-ng] がカ行になることば。

松 (すぎ)、塚(つか)、性(さが)、茎(くき)、脛(はぎ)、楊(やなぎ)、
羊(やぎ)、厖(むく)、行(ゆく)、往(ゆく)、撞(つく)、衝(つく)、湧(わく)、
涌(わく)、泳(およぐ)、丈(たけ)、光(かげ)、影(かげ)、桶(おけ)、
揚(あげる)、横(よこ)、王(わけ)、香(かぐ・わし)、翁女(おき・な)、
命人(みこ・と)、鶯(うぐ・ヒ・ス)、双六(すご・ろく)、光耀(かが・やく)、

(7)中国語の[-ng] がマ行、ナ行になることば。

熊 (くま)、停(とまる)、公(きみ)、浪(なみ)、詠(よむ)、痛(い・たむ)、
  醒(さめる)、灯(ともる)、霜(しも)、頸(くび)、常(つね)、種(たね)、
  峰(みね)、

カー ルグレンは24の単語をあげ、亀井孝はそのうち「一見あるいは、認めてもよいかと思われる例」は郡(くに)、絹(きぬ)、馬(うま)、梅(うめ)の四つし かないと反論した。しかし、古代中国語音を基点として日本語への転移の法則をたてて精査してみると弥生時代における中国語からの借用語はかなりの数にのぼ るであろうことは認めざるをえない。これらの単語が文字時代以前の中国語からの借用語であるかどうかは、今のところ仮説である。仮説は最小限の規則によっ て、なるべく多くの事象を説明できるものでなければならない。しかし、これらの例は古代日本語にはかなりの数の中国語からの借用語があるというカールグレ ンの仮説を支持しているように見える。

「や まとことば」のなかには、かなりの数の借用語があることがわかる。これらのことばは中国語音と規則的に対応しており、意味が同じである。そして、これらの 例のほとんどは、初期の文字資料である記紀万葉によって傍証が得られる。「やまとことば」は純粋で世界の言語から隔絶したことばではなく、東アジアの三角 地帯である中国大陸、朝鮮半島、日本列島の交流のなかで形成されてきたのである。これだけたくさんの語彙が弥生時代に中国語から日本語に取り入れられたと すれば、中国語を話す人びととアルタイ語を話す人びとが、共同生活をしていて、言語の混交が起こったことも想定される。

もくじ

☆第56話 言語学者カールグレンの卓見

★第60話 弥生音の痕跡

☆ 第61話 弥生音の特色

★第62話 やまとことばのなかの中国語

☆第63話 国語学者亀井孝の反論

★第65話 やまとことばは純粋か(1)

☆第66話 やまとことばは純粋か(2)