第61話 弥 生音の特色 日本漢字音に は呉音、漢音、唐音などがあることが知られている。しかし、日本が本格的文字時代に入る8世紀よりかなり以前から、中国語の語彙は日本語のなかに入ってき ていた。弥生時代は中国大陸から朝鮮半島をとおして稲や鉄をもたらしたばかりでなく、ことばを含む文化を運んできた時代だった。従来「やまとことば」と考 えられてきたことばのなかにも中国語からの借用語が含まれている。これらの借用語は「やまとことば」の音韻体系のなかに呑みこまれてしまっているので、一 見「やまとことば」と区別がつきにくい。しかし、古代の中国語と規則的に対応しているものがいくつかある。これを「弥生音」と呼ぶことにする。弥生音には いくつかの特色がある。それを文献時代以降の日本漢字音と比較してみると次のようになる。 1.語頭の濁音は清音になる。 舌
(ゼツ・した)、牧(ボク・まき)、麦(バク・むぎ)、幕(バク・まく)、 2.語中の清音は濁音になる。
筆(ヒツ・ふで)、葛(カツ・くず)、麦(バク・むぎ)、剥(ハク・はぐ)、 3.語尾の「ン」はナ行またはマ行で現れる。 君
(クン・きみ)、金(キン・かね)、殿(デン・との)、浜(ヒン・はま)、 4.二重母音は短母音で現れる。 州(シュウ・す)、巣(ソウ・す)、黄(コウ・き)、九(キュウ・く)、 弥生音にこれらの特色がみられるのは、弥生時代 以来の日本語の音韻構造を反映しているからである。中国語からの借用語は「やまとことば」の音韻構造に適合して転移した。
(1) 弥生時代の日本語では、語頭に濁音がくることはな
かった。 弥生音の特色は記紀万葉の時代の日本語にも受け継 がれた。弥生時代の始まりを紀元前3世紀としても、日本が本格的な文献時代に入る7~8世紀との間には約1000年近くの隔たりがある。その間に日本語は中国語か ら多くの語彙を借用した。 文 字に記録された日本語のなかに、弥生時代の中国語からの借用語の痕跡を見つけ出すことは、そう容易ではない。しかし、音韻の変化には一定の法則がある。調 音の位置が同じ音は転移しやすい。また、調音の方法が同じ音も転移しやすい。例えば、ナ行とマ行は交替しやすい。ナ行もマ行も鼻音であり、調音の方法が同 じだからである。バ行とマ行も転移しやすい。バ行とマ行はいずれも唇音であり、調音の位置が同じだからである。 日本語の子音は調音の位置や方法によって、つぎの ように分類できる。縦軸が調音の方法を表わし、横軸に調音の位置を示している。
前口蓋音は硬口蓋音ともいい、歯茎に近い位置で調 音される。後口蓋音は軟口蓋音ともいい、口腔の奥(喉の近く)で調音される。調音の方法には鼻音(空気が鼻に抜ける音)、破裂音(p、t、kなど)、摩擦 音(s、zなど)破擦音(ts、dzなど)がある。この図では横軸に、調音の位置が同 じ音は転移しやすい。また、縦軸に調音の方法が同じ音は転移しやすい。 日 本語の音図では普通ダ行はタ行の濁音であり、バ行はハ行の濁音であると説明されている。しかし、ダ行はタ行の濁音であると同時にナ行の濁音でもある。ま た、バ行はハ行の濁音であると同時にマ行の濁音でもある。中国語音韻学ではナ行、マ行は次濁音あるいは清濁音と呼ばれることもある。 ○ナ行とダ行の関係
那(ナ・ダ)、 儺(ナ・ダ)、 内(ナイ・ダイ)、 男(ナン・ダン)、 ナ行とタ行はいずれも前口蓋音で、調音の位置が同 じである。日本語の音と訓の間にも、ナ行とダ 行の転移がみられる。 濁(ダク・にごる)、呑(ドン・のむ)、鈍(ドン・にぶい)、 中国語の韻尾「ン」をタ行で発音したとみられるも のがある。
音(オン・おと)、管(カン・くだ)、 琴(キン・こと)、
肩(ケン・かた)、 中国の言語学者、王力の『同源字典』によれば中国 語でも韻尾が[-n] と[-t] とは交替することが多く、つぎの中国語は同源語だ という。 例: 判・別、 弁・別、 断・絶、 温・鬱、 遵・率、 また、声符を同じくする漢字のなかにも、韻尾 が[-n]と[-t]で交替するものがみられる。 例:因(いん)・咽(えつ)、 顕(けん)・頁(けつ)、 乾(かん)・乞(こつ)、産(さん)・薩(さつ)、 柵(さん)・冊(さつ)、 本(ほん)・鉢(はち)、 ○マ行とバ行の関係
梅(マイ・バイ)、米(マイ・ベイ)、幕(マク・バク)、 万(マン・バン)、 古代の日本語では濁音が語頭にくることはなかったので、中国語のバ行音は呉音ではマ行となった。呉音は日本人が語頭でバ行の発音ができるようになる前の、 古い音を反映している。弥生音では濁音が語頭にくることがないので、日本漢字音でバ行になることばのなかには、訓ではマ行であらわれるものがみられる。
麦(バク・むぎ)、幕(バク・まく)、物(ブツ・もの)、鞭(ベン・むち)、 「音」と「訓」は一定の法則にしたがって対応して いる。これは両者が同源であることを示唆している。マ行の音が古く、バ行の音のほうが新しい。 ○ナ行とラ行の関係 梨子(リ・なし)、練(レン・ねる)、泣(キュウ/リュウ・なく)、狼(ロウ・のろ)、 また、訓読みの日本語のなかには、中国語韻尾 「ン」をラ行で発音していると思われるものがかな りある。
俺(アン・おれ)、 庵(アン・いおり)、漢(カン・から)、 韓(カン・から)、 達磨(だるま)、算盤(そろばん)などもこの系列 のことばである。日本の古地名でも敦賀は(つ るが)、平群は(へぐり)、駿河(するが)などがある。 ○ナ行とマ行(バ行)の関係 無
(ム・ない)、 名(メイ・な)、
鳴(メイ・なく)、
眠(ミン・ねむる)、 これらの日本語はいずれも弥 生時代における中国語からの借用語である可能性がある音読みの日本語も訓読みの日本語も、古代中国語の同一の語源から、一定の法則にしたがって変化したと 推測するに十分な音韻対応がみられる。 それはなぜ金(キン) は金「かね」となり、漢(カン)は漢「から」 となり、肩(ケン)は肩「かた」となったのかという点になると、答 えはそう簡単ではない。「金」、「漢」、「肩」の古代中国語音は金[kiəm]、漢[xan]、肩[kyan]だと考えられているから、介音(わたり音)の違い が影響している可能性がある。肩[kyan]は肩(ケン・かた)であり、堅[kyen] も 堅(ケン・かた)である。「肩」も「堅」も、古代中国語音の段階で肩[kyat]、堅[kyet] という異音があった可能性がある。漢[xan]は古代中国語音に漢[xat]に近い発音があり、それが朝鮮半島で漢(hat)になり、日本語では漢(から)になったと想定する こともできる。「金」の韻尾[-m]は古代中国でも朝鮮でも[-n]、[-m] を区別している。現代の北京音では[-n]と[-m]が合流して[-n]になっている。日本の弥生音で[-m]がナ行に転移して金(かね)になっているのは日本語に「ン」で終わる音節がなく、[-n]と[-m]が弁別されていなかったとめだと考えられる。 弥生時代のはじめから8世紀に日本が本格的な文字時代に入るまでには千年近い時代の流れがあり、中国語も江南地方の方言や朝鮮半島の言語の影響を受けてい る。これらのことばが弥生時代のいつごろ、どのような経路で「やまとことば」のなかに入ってきたかを特定することはほとんどの場合、残念ながら、今となっ ては不可能に近い。 ○ア行、ヤ行、ワ行の関係
( )内の音については、ア行、ヤ行、ワ行の音の 区別は失われている。 日本漢字音でもア行、ヤ行、ワ行は相通じる場合が 多い。 ア行 ヤ行
ワ行 日本語の音と訓の間でもア行、ヤ行、ワ行の間 のゆれがみられる。 ア行
ヤ行
ワ行 これらの音と訓も同源であり、両方ともに中国語か らの借用語である可能性がたかい。 ○語頭音の脱落 [カ行] 絵
(カイ・え)、 甘(カン・あまい)、今(コン・いま)、 根(コン・ね)、 これらの「やまとことば」は弥生時代における中国 語からの借用語で、日本語の音韻構造に適応するために、語頭の子音が脱落したものである可能性がある。日本語は中国語にくらべて、母音で始まる単語がはる かに多いことが知られている。 「ことば」はいつの時代に、どのような経路を経て、日本語のなかに入ってきたかによって発音は異なる。弥生時代、古墳時代は少なくと1千年続いたから、そ のなかで、いつ、どのような経路をへてことばが日本語に入ってきたかを、文字時代以降に残されたわずかな資料から類推することは、きわめて困難である。楽 浪郡を経て日本に入ってきたのか、高句麗あるいは新羅を通って入ってきたのかによっても、発音が違ってしまう。また、中国語の原音そのものが、江南地方な どの発音に依拠している可能性もあり、「やまとことば」の語源探しは、不確定な要素が多い。しかし、「やまとことば」と一般に考えられていることばのなか に、中国語や朝鮮語と語源を同じくすることばが、かなり多く含まれているという事実は否定しがたい。 |
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