第2話 日本語の ルーツをたどる

古事記によれば日本は神代から始まり、神武天皇にいたって人代、つ まり人の世になる。神武天皇は「やまとことば」を話していたのだろうか。また、イザナギ・イザナミはどのようなことばを話したのだろうか。そのことばは 「やまとことば」と現在呼ばれているものと同じだったのだろうか。日本の神話のなかにでてくることはば、西欧の神話にあるアダムやイヴのことばと起源が同 じなのだろうか。バベルの塔以前の世界には人類共通の言語があってヘブライ語も日本語も起源は同じなのだろうか。

  現代の歴史観では歴史時代になる前には先史時代があり、文字時代以 前から人類の歴史ははじまっている。文字以前の時代にも人間はことばを話していた。しかし、そのことばは記録に残っていないから、それを復元する手がかり はない。日本列島をナウマン象がかけめぐり、マンモスハンターが象を追っていた時代の日本語については何もわかっていない。

その頃の人類が言語を話していたことについては、学者の間に異論は ない。ただ、「おーい、象が来たぞ」というようなことを日本語で叫んだとは考えにくい。まして、「おーい、ナウマン象がきたぞ」などという日本語はなかっ た。マウマンは明治時代に象の骨を発見した人の名である。象(ぞう)は中国語からの借用語であり、万葉集の時代には象(きさ)と呼ばれていたことが知られ ている。しかし、古代日本語の「きさ」が3万年前までさかのぼることができることばかどうかは分からない。日本列島にはまず「きさ」ということばがあり、 現在の日本語の象は中国語からの借用語であることまでは分かっている。しかし、マンモスハンターがナウマン象を「きさ」と呼んでいたかどうかについては何 も分かっていない。

古代の日本語についての記録が 現れるのは弥生時代になってからである。中国の文献には日本は「邪馬台国」として記録されている。しかし、古事記や日本書紀には邪馬台国や卑弥呼の記録 はない。古事記、日本書紀の記録を調べてみると、記紀歌謡「やまとは 国のまほろば たたなづく青垣山隠れる やまとし美し」という歌がある。同じ歌が 古事記にも日本書紀にも載録されているのだが、古事記では「夜麻登」と表記されているが、日本書紀では「夜摩苔」と書いて「やまと」と読む。
 
 夜麻登波 久爾能麻本呂婆 多々那豆久 阿袁加岐 夜麻碁母禮流 夜麻登志宇流波斯
 夜摩苔波 區珥能摩保邏摩 多多儺豆久 阿烏伽枳 夜摩許莽例屢 夜摩苔之于漏破試

記紀の時代にはまだ漢字で日本 語を表記する標準方式は確立されていない。上が古事記の表記であり、下が日本書紀の表記である。日本書紀で「夜摩苔」と書いて「やまと」と読ませているの であれば、魏志倭人伝の「邪馬台」も「たまたい」ではなくて「やまと」のことをさしているのではないだろうかという疑問が当然わいてくる。現在の日本語史 の研究によれば古代日本語には「たい」のような二重母音はなかったことが知られている。また、古代日本語ではタ行オ段の音にはト(甲)とト(乙)の二種類 があり、ト(甲)には刀・斗などの文字が使われており、ト(乙)には等・登・苔などが使われていることが明らかになっている。つまり、苔の漢字音は苔(タ イ)かもしれないが、苔は日本語のト(乙)を表記するために使われた漢字である。しかし、中国の文献をあつかう漢学者は「邪馬台国」を「やまと国」とは決 して読まないし、国学者は日本書紀の「夜摩苔」が邪馬台国のことであるとは言わない。

もくじ

☆第12話 邪馬台国は「やまと」である

★第32話 マンモスハンターのことば

☆第33話 縄文時代の日本語

★第34話 稲作文化の伝来と日本語

☆第35話 弥生時代の日本語

★第36話 金印の国「奴国」とは何か

☆第37話 魏志倭人伝の日本語