第92話 台湾原住民のことば

台湾には、日本統治時代に高砂族と呼ばれた原住民が住んでいる。中国大陸から大量の移住者がやってきたために、今では人口のわずか2パーセントをしめる少数 民族になってしまったが、台湾原住民のことばはオーストロネシア(南島)系である。オーストロネシア語族は四つの下位類に分かれることが学者によって認め られているが、そのうち三つは台湾にある。このためフイリピン、インドネシア、マレーシアから東はポリネシア、西はマダガスカルまで広がるオーストロネシ ア系の言語の発祥地は台湾ではないかと考えられている。

台湾原住民のことばにはアミ語(14万人)、アタヤル語(8万6千人)、パイワン語(6万6千人)、ブヌン語(4万人)など12の言語がある。しかも、それ ぞれの言語はほとんど意志の疎通ができないほど異なっている。日本順益台湾原住民研究会編の『台湾原住民研究への招待』によると、語順は動詞が先にくるの が通例である。主語が代名詞の場合は、動詞+主語(代名詞)+目的語となり、主語が普通名詞の場合は、動詞+目的語+主語(普通名詞)となる。動詞が最後 にくる日本語とはかなり違う。

例:(アミ語)mafana’ay  kiso   to sowar  no  dipong?
          分かる  あなた を 言葉  の  日本

  (アタヤル語)baq-un      su            ke’      zipun?
                                      
分かる あなた 言葉 日本

   (パイワン語)kmelyang   sun     toa  Dinipungan?
    
                 分かる  あなた を 日本語

   (プヌン語)hayap-as     malaslipun?
                              
分かる-あなた 日本語話す

台湾原住民のことばでは、チャモロ語と同じように、接中辞が使われる。例えば、パイワン語で「食べる」はk-m-anとなる。パイワン語の-m-はチャモロ語の-um-と同じで名詞を動詞にするはたらきをもっている。主語や目的語を表わす代名詞が多用されるところはアイヌ語にも似ている。

台湾原住民のことばには、チャモロ語にみられる焦点形がある。焦点形というのは日本語にはない形で名詞や動詞の強調したいところに焦点をあてる。英語でいえば受動態に似ている。たとえば、ツオウ語の場 合、つぎのようになる。 

      ①      mo                     mo-fi                     to   peisu     to     oko-si                  ‘o   ino.
(行為者焦点形・非過去)与える(行為者焦点形)を 金      に 子ども-彼女の は 母

意味は「お母さんが子どもに(いくらかの)お金をあげた」である。この文章では主語は「お母さん」であり、目的語は「お金」「子ども」である。「お母さん」 「子ども」「お金」という構成要素のうち動作主である「お母さん」に焦点があたっていることを行為者焦点形によって示している。

   ②      i-si         fi-i               to   peisu  to   ino    ‘o  oko-si.
(非行為者焦点形・非過去)与える(場所焦点形) を 金  に 母 は 子ども-彼女の

意味は「自分の子どもにお母さんは(いくらかの)お金をあげた」である。この場合「お母さん」「子ども」「お金」という三つの要素のうち非行為者であるお金をもらった人、この場合は「子ども」に焦点があ てられていることをi-siによって示している。英語では受動態が使われて”Her children were given money by mother.”となるところである。ツオウ語では主語、述語という概念でこれをあらわすのではなく、行為者(動作主)・非行為者(動作をされる人)という概念でこの関係をあらわす。

   ③      i-si        fa-eni                  to   oko-si        to    ino    ‘o     peisu.
(非行為者焦点形・非過去)与える(道具焦点形)に 子ども-彼女の に 母  は 金

  意味は「お母さんは子どもにそのお金をあげた」である。この場合焦点は動作主である「お母さん」ではなくて、非行為者である「お金」である。
(日本順益台湾原住民研究会編『台湾原住民研究への招待』
p.146による。)

   上の三つの文章で主語と動詞の関係を見てみるとつぎのようになる。

 ①    ’o ino(母は)mo-fi(与える)

    oko-si(彼女の子ども)fi-i(与えられる)

    ‘o peisu(お金)fa-eni(与えられる)

 焦点形は日本語や英語にはない文法形式だが、オーストロネシア(南島)系言語には多く見られる文法形式であり、英語のボイス(受動態、能動態)に近い。神戸夙川学院大学の野本泰氏によるとブヌン語で は動作主ボイスと対象ボイスがあるという。

    ma-pataz        kaimin        mas      hanvang
  殺す(動作主ボイス)私たち(包含形) (目的格) 鹿

    pataz-un        dau=s        ‘isbabanal     a maaz=a  ‘ivut
  殺す(対象ボイス)だそうだ(伝聞)ババナル姓の人 その     ヘビ 

 最初の文章は動詞ma-patazmaという接頭辞がついているので動作主ボイスだということが分かる。また、②の文章は動詞pataz-ununという接尾辞がついていることで対象ボイスだということが分かる。それぞれの文章の意味はつぎのようになる。 

  ①    「私たちは鹿を殺した」

  ②    「ババナル姓の人がそのヘビを殺したそうだ」

 最初の文章では動作主ボイスの接頭辞ma-が動詞についているので、主格名詞kaimin(私たち)が「殺す」という行為の動作主、つまり殺す側であることが分かる。それに対して②では、対象ボイスを示す接尾辞-unが動詞についていることで主格名詞句である「ヘビ」が「殺す」という行為の対象で、つまり殺される側だということが分かる。

 動詞に接辞をつけることによって動作主と対象を表す方法はアイヌ語の語法にも近いように思われる。(参照:第87話 日本語とアイヌ語、第88話 『アイヌ神謡集』を読む)アイヌ語では動詞に人称格表 示をする接辞がつけられる。

   我が・君に・与える    a-e-kore
   君が・我に・与える    e-i-kore
   我が・彼に・与える    a-kore
   彼が・我に・与える    i-kore

南島語は日本列島の南、沖縄の目と鼻の先まで広がっている。台湾原住民のことばはオーストロネシア語(南島語)に属することは学者の一致した意見である。沖 縄語、日本語、アイヌ語はオーストロネシア語とどのような関係にあるのだろうか。日本の学者のなかには沖縄語とアイヌ語は関連があると論ずる学者もいる。 また、言語学者のなかには日本語はオーストロネシア語と同系であるとする学者も何人かいる。台湾原住民のことばは縄文時代の日本語とつながっていた可能性 もある。しかし、素人の目からみると台湾原住民のことばの構造はずいぶん現代の日本語とは違うように見える。

 アイヌ語と南島語の間にはかなりの相違点もあり、アイヌ語と南島語が同系であるという説は、一般には受け入れられるまでにいたっていない。たとえば、アイヌ語は動詞が 文末にくるが、南島語では動詞が文の最初にあらわれる。アイヌ語は接尾辞だけしかもっていないが、南島語は主に接頭辞を使い、接中辞も使う。アイヌ語は所 有形を前置するが、南島語は後置する。これらの相違点を乗り越えて共通性が見出せるかどうかは、これからの課題である。

もし日本語と台湾原住民のことば、さらにはミクロネシアからポリネシアに広がる言語群共通の特徴が見られ、それがさらにアイヌ語からイヌイット語(エスキ モー語)へと広がり、南北アメリカのインディアンのことばとも共通な特徴が見いだせるのであれば、北海道からサハリン、アメリカ・インディアンへと広がる 言語族は、台湾を通して南島語ともつながり、環太平洋のミッシング・リングが結ばれることになる。

もくじ

☆第80話 沖縄語入門

★第86話 日本語の系統論

☆第91話 日本に一番近い南島のことば~チャモ ロ語~

★第95話 言語の類型

☆第97話 日本語の座標軸

★ 第103話 チャモロ語訳の聖書

☆第106話 日本語と近い言語・遠い言語