第84話 新井満の『自由訳 般若心経』

「千の風になって」で大ヒットした新井満が自由訳『般若心経』など自由訳シリーズを次々に手がけている。自由訳『般若心経』の導入部分はつぎのようになっている。

  ある時、 仏(ほとけ)は、 おたずねになった。
 「大いなる智恵とは、 何だろうね。
 さとりに至る究極の智恵とは、何だろうね。
 さらに問う。
 その智恵と言葉の霊力によって、さとりに導いてくれる、
 聖なる呪文(じゅもん)があるとすれば、
 それは、 どんなものだろうね。」

般若心経ほど日本人に親しまれたお経は少ないのではなかろうか。それにもかかわらず般若心経は難解である。漢文は普通はレ点をつけて日本語に翻訳しながら読むものだが、お経はレ点や返り点は使わず棒読み する。

観自在菩薩 行深般若波羅密多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子
 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子
 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄

 「カンジザイボサツ ギョウシンハンニャハラミッタジ ショウケンゴウンカイクウド イッサイクヤク シャリシ」と読んでいる。しかし、これではさっぱり意味がわからない。だから、いろいろな解説書がでている。それでも理解できないのが普 通である。その原因のひとつはインド哲学の難解さにもある。「色即是空 空即是色」を『論語』風に返り点をつけて読んでみる。「色(いろ)は即(ソク)是 (これ)空(そら)である。空(そら)は即(ソク)是(これ)色(いろ)である。」と読み下して全く理解できない。それを新井満の『自由訳 般若心経』で 読んでみると、つぎのようになる。

  観自在菩薩は、おもむろに話し始めた。
 「この世は、五つの要素から成りたっている。
 五つの要素のことを五蘊と呼ぶのだが、
 それらは、すべて空(くう)なのだ。そして、
 すべてが空(くう)であると見極めるならば、 
 一切の苦悩や災難から、万人は救われるのだ」
 観自在菩薩は、修行僧の中でも知恵者第一番と目されている人物に向かって言った。
 「舎利子よ、、、この世に存在する形あるものはすべて、空にほかならないのだよ。
 そして、空であるからこそ、すべてのものが、この世に生じてくるのだよ」
 「あのう、、、」舎利子は、首をかしげながら言った。
 「空の意味が、よくわからないのですが、、、」
 「よろしい。ではもっとわかりやすく説いてあげよう」
 

 このように展開していく。お経は難解だからありがたい、ということもあるようだ。キリスト教でも聖書は長い間ラテン語から翻訳されることはなかった。「色即是空 空即 是色」も「色(いろ)はすなわち空(そら)であり、空(そら)はすなわち色(いろ)である」ではチンプンカンプンであるばかりか、少しもありがたくない。 しかし、せっかくの観音さまのことばも日本語になっていなければ馬耳東風というものだ。

『般若心経』が難解な理由のひとつは、『般若心経』がサンスクリットの経典からの漢訳であり、音訳と訓訳が混在していることにもある。般若心経の原文は四世紀には鳩摩羅什(344-412)によって中国語に翻訳され、現在一般に親しまれている玄奘三蔵(600-665)訳も唐代にはできあがっている。サンスクリットの文字をアルファベットで表記してみると原文と漢訳はつぎのようになる。

 Ā ryā valokite śvara  bo dhi sa ttvo
  
聖  観  自在 菩薩

   Ga mbhī ra pra jñā pā ra mi tā yāɱ
 深    般若 
波羅密多

 Grū paɱ yadrū paɱ sā  śū nya tā
 色   即  色 是
 

 Yā  śū nya tā tadrū paɱ
   即 空   是  色

 観自在菩薩は鳩摩羅什の訳では観世音菩薩となっている。つまり観音さまのことである。般若心経の中国語訳は意訳の部分と、パーリ語をそのまま漢字音に置き換えた音写の部分がある。パーリ語の部分をアル ファベットで表記するとつぎのようになる。

観自在bo dhi sa ttvo(菩薩) 行深般pā ra mi tā (若波羅密多)時
 

  「般若」はprajňā、「波羅密多」はpāramitāの音写である。パーリ語を知らなければ理解できなくて当然である。「般若」は直訳すると「智恵」のことであり、「波羅密多」は「彼岸に至る」となる。新井満はこれを「さとりに至る智恵」と訳している。

 一方、「色」と「空」は漢語訳である。しかし、その意味はそう簡単ではない。「色」はパーリ語に漢語をあてただけのものであり、日本語の「いろ=色彩」では ない。まして、色恋の「いろ」でもない。仏教では「色」とは「形あるもの」のことである。「空」の意味はさらに深淵で「実体のないもの」を指すらしい。そ うすると「色即是空 空即是色」は漢訳から直訳すると「形あるものは実体のないものであり、実体がないからこそ形あるものにもなれるのである」ということ になる。「仏教では因縁により生じる一切の法は、ことがとく空である」と説く。形あるものはすべて滅び、冬は枯れた木も春にはまた芽生える、これが「空即 是色」である。

新井満はここを「この世に存在する形あるものはすべて、空にほかならないのだよ。そして、空であるからこそ、すべてのものが、この世にしょうじてくるのだよ」としている。そして、さらに続けて次のように 自由訳している。

観自在菩薩は、話をつづけた。
 「この世に存在する形あるものとは、喩(たと)えて言えば、見なさい、
 あの大空に浮かんだ雲のようなものなのだ。
 雲は刻々とその姿を変える。そうして、いつのまにか消えてなくなってしまう。
 雲がいつまでも同じ形のまま浮かんでいるなどということがありえないように、
 この世に存在する形あるものすべてに、永遠不変などということはありえないのだ。」

ちなみに般若心経の英訳ではThe Heart Sutra “Emptiness is not other than form. Form is not other than emptiness.”となっている。これはきわめて即物的な訳だが、少なくともパーリ語がそのまままじっていたり、漢語が特殊な意味で使われたりしていないから、誰が読んでも意 味を取り違えることはない。ところが、日本では般若心経に注釈をつけることは盛んに行われたが、翻訳されることはなかったようである。

日本人は明治以来、翻訳をひとつの文化としてきた。Ars longa vita brevis 芸術は長く人生は短いというラテン語を「命短し恋せよ乙女」と訳した名訳もある。戦後にいたってもLove is a Many Splendored Thingという映画を「慕情」と訳すようなこともあった。 仏教の世界で経典の翻訳が行われてこなかったのも不思議である。

キリスト教では民衆のことばで神のことばを伝えることが布教には必要だと考えてきた。聖書は現在では世界のほとんどの言語に翻訳されている。最初に英語の聖書が翻訳されたのは1300年代の後半のことであり、1611年には『欽定訳聖書』ができている。

イスラム教の『コーラン』はアラビア語から翻訳されることなく神のことばとしての神秘性を保ってきた。イスラム教徒は『コーラン』を読むためにアラビア語を 習う。中国人はサンスクリットの聖典を音訓をまじえた中国語に翻訳した。日本では円仁などの僧が中国でサンスクリットを習ったことはあるが、サンスクリッ トの原典からの直接の翻訳は行われず、中国語訳の訓古学だけが発達した。日本の仏教では中国語訳を原典としてその神秘性を守ってきた。

新井満は般若心経ばかりでなく、老子や良寛の漢詩、イマジンなどの自由訳も手がけている。般若心経の自由訳は10万部を突破したという。経典が翻訳されるこ とによって仏教の復興が起こる可能性はないのだろうか。もっとも自由訳では木魚を叩きながら読経するには不便かもしれない。

もくじ

☆第18話 五十音図の来た道

★第20話 いろは歌の誕生

☆ 第21話 万葉人の言語生活

★第28話 対訳万葉集

☆第78話 キリシタン宣教師の日本語研究

★第98話 はじめにことばありき考