第17話 日本国憲法の日本語を解剖する 日本書紀によると推古天皇12年(604年)に聖徳太子は憲法十七条を作った。「和をもって貴しとなす」ではじまる憲法である。その原文をみてみると次のようになっている。
一曰、以和為貴、無忤為宗。 人皆有黨。 亦少達者。 是以、或不順君父。 万葉集の成立からおよそ150年前の宮廷では中国語が公用語であったらしい。少なくとも書きことばは中国語であった。現代人はこれを読み下して「和を以て貴 しと為す」とか「和(やわらぎ)を以(もち)て貴(たふと)しと為(な)す」と和語で読んだりしているが、これを当時の宮廷でどのように読んだかは明らか ではない。 憲法といっても当時の憲法は近代の憲法と異なり、官僚や貴族に対する規範を示すものであったから「和をもって貴しとなせ」という意味だったのではないかとも考えられる。聖徳太子憲法第一条は次のように解 される。 第一条 和をもって貴しとなし、忤(さから)うことなきを宗(むね)とせよ。人みな党あり、ま た達(さとれ)るもの少なし。ここをもって、あるいは君父にしたがわ ず、また隣里に違(たが)う。しかれども、上が和し下が睦(むつ)んで、諧(おだやかに)議論をすれば、すなわち事理お のずから通ず。何事か成らざらん。 7世紀初頭の官吏が憲法を棒読みしたにしろ、返り点やレ点をつけて読んだにしろ、漢字だけで書かれた文章を理解できたということは確かであろう。あるいは、 こうも云える。当時の日本にはこれだけの概念を表現できる日本語が成熟していなかった。また、日本語があったとしても、漢字で日本語を表記する体系が整備 されていなかったのである。 聖徳太子の時代からおよそ千二百年後、明治政府はヨーロッパから輸入された新しい概念を、漢語に翻訳して明治憲法を作りあげた。現代の日本国憲法も漢訳語を多く使っている。日本国憲法第9条を例に、日本 語と中国語訳とを比べてみると、つぎのようになる。 [日本語の原文] [中国語訳](原文は中国簡体字) 日本国憲法には英語の原案があったとされているが、できあがった憲法には英語からの借用語はひとつもなく、漢語が多く使われている。日本語の原文と中国訳を対比してみると、日中共通語は次のようにな る。 [日本語]
日本国民、正義、秩序、基調、国際平和、誠実、希求、国権、発動、戦争、 [日本語] 武力、威嚇、行使、国際紛争、解決、手段、永久、放棄 日本語の書きことばは聖徳太子の時代も今も漢字語なしには成り立たないのである。憲法の文章で「やまとことば」といえるのは「て、に、を、は」の部分だけということになってしまう。 これをさらに朝鮮語訳とくらべてみると、どうなるだろうか。 [朝鮮語訳](ローマ字の部分の原文はハングル) 日本語と朝鮮語は語順も同じである。朝鮮語でも漢字の部分は日本語、中国語とほとんど同じである。言語を文法構造と語彙に分けると、日本語の文法構造は朝鮮 語と同じであり、中国語とはかなり違う。語彙は日本語、中国語、朝鮮語に共通のものが圧倒的に多い。日本語が朝鮮語と同じ文法構造を持っていること。日本 語も朝鮮語も漢字文化圏の言語であり、漢字を借りてはじめて文字時代に入ったこと。現代でも漢字語は日本語でも朝鮮語でも抽象概念などをあらわすには欠か せない要素になっていることがよくわかる。 憲法第1条についても調べてみることにする。 [日本語の原文] [中国語訳] [朝鮮語訳] 日本人は、明治時代以降の近代化の過程で、西欧から輸入した新しい概念を漢語に翻訳してきた。それが中国や韓国で使われるようになって、漢字語は日本語、中 国語、朝鮮語に共通な語彙として定着している。西周や福沢諭吉が、西洋の概念を漢語に翻訳しえたのは、中国の古典を読んでいて、西洋の新しい概念に相当す ることばを、中国語のなかに見出しえたからである。「会議」、「演説」などは福沢諭吉が広めたことばだとされている。丸山真男によれば、「主権」などのこ とば、はむしろ上海で早くから翻訳語として使われていたという。 中国では革命後簡体漢字を使っているので、日本で使われている漢字と違うものもある。また韓国は漢字を制限しているので、一般には使われなくなってしまって いる漢字も多い。しかし、漢字で表記してみると、日本語、中国語、朝鮮語は多くの語彙を共有している。もちろん中国語、朝鮮語、日本語はそれぞれ音韻体系 が違うから、同じ漢字を使っても読み方は違う。語彙は共有しているものの、読み方はちがうから、筆談はできるが、はなしことばとして理解できるわけではな い。 例: 戦争 放棄 正義 秩序 希求 武力 ことばを言語の構造からみれば、日本語は朝鮮語に近く、中国語とは疎遠である。しかし、これだけ多数の中国語の語彙を受け入れたということは、文化的、社会 的にみれば、日本語も朝鮮語も漢字文化圏の言語であるということになる。言語の系統の違いよりも、三千年の歴史をもつ漢字文化の力のほうが、圧倒的な力を もっていたからにほかならない。日本語はアルタイ系の文法構造のうえに、中国語の語彙を受け入れたクレオールである。 |
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