第204話
わに(鰐)の語源
【わに(鰐)】 「事
代主(ことしろぬしの)神八尋(やひろ)熊鰐(わに)に化爲(な)りて、、」(神代紀上) 「是
(ここ)に、火火出見尊(ほほでみのみこと)を大鰐≪大鰐=和尓(わに)≫に乗せて、本郷(もとつくに)に送致(おく)りまつる。」(神代紀下) 「鰐
和邇(わに)。鱉(かめ)に似て四足有り。喙(くちばし)の長さ三尺。甚(はなは)た利(と)き歯あり。虎や大鹿が水を渡るとき、鰐これを撃(おそ)ひ
皆中断。」(和
名抄)
「わに」は日本にはいない動物である。ことばも外
国から入ってきたものに違いない。古代中国語の「鰐」は鰐[ngak] である。日本語の「わに」は中国語の鰐[ngak]+魚[ngia] ではなかろうか。中国語の疑母[ng-]は日本語ではワ行にも、ナ行にも転移する。参照:第187話【な(魚)】、
中国語の[ng-]がワ行に転移した例:我[ngai]・吾[nga] わ、鵞[ngai] わし、岳[ngak] をか、 中国語の[ng-]がナ行に転移した例:魚[ngia] な、業[ngyap] なり、額[ngək] ぬか、
【わる(破)】 高
山ゆ出(い)で來る水の石(いは)に觸(ふ)れ破(わ)れてぞ念(おも)ふ妹(いも)に逢(あ)はぬ夕(よ)は(万2716) 石
戸(いはと)破(わ)る手力(たぢから)もがも手弱(たよわ)き女(をみな)にしあればすべの知らなくに(万419)
古代中国語の「破」は破[phai] である。日本語の「わる」は中国語の「破」と関係
のあることばである可能性がある。中国語の[p-][ph-][m-] は両唇音で両唇を急激に開くことによって呼気が発
する音であり、[w-]は両唇をすぼめることによって起こる摩擦音であ
る。[p-][m-]と[w-] は調音の位置が近く、日本語ではワ行に転移しやす
い。唇音[p-][m-][b-] が日本語でワ行であらわれる例がいくつかみられる。 例:沸[piuət](フツ・わく)、忘[miuang](ボウ・わすれる)、綿[mian](メン・わた)、 罠[mien](ミン・わな)、尾[miuəi](ビ・を)
【ゐる(居)】 雲
隱(くもがく)り鳴くなる雁(かり)の去(ゆ)きて居(ゐ)む秋田の穂立(ほたち)繁(しげ)くし念(おも)ほゆ(万1567) 難
波邊(なにはべ)に人の行ければ後(おく)れ居(ゐ)て春菜(わかな)採(つ)む兒(こ)を見るが悲しさ(万1442)
古代中国語の「居」は居[kia] である。日本語の「ゐる」は居[kia] の語頭音[k-] が脱落したものである可能性がある。語頭の[k-] は[-i-] 介音の影響でしばしば脱落する。 例:今[kiəm] いま、禁[kiəm] いむ、弓[kiuəm] ゆみ、寄[kiai] よる、 「居」は古代日本語では居(ゐ
る)・居(をる)として、ワ行であらわれる。 参照:【をる(居)】
【ゑ(繪)】 わ
が妻を畫(ゑ)に描(か)きとらむ暇(いとま)もが旅行くあれは見つつ偲はむ(万4327) 「畫
師(ゑし)矜(めぐ)みて共に同じく發心し、繪(ゑ)に絢(あや)に圖(うつ)し畢(をは)りぬ。因(よ)りて齊會(さいゑ)を設く。」(霊異記)
日本語の「ゑ」には「繪」「會」「畫」が用いられ
ている。これらの漢字の日本漢字音は繪・會(ヱ・クワイ)、畫(グワ・クワク・ゑがく)である。古代中国語音は繪・會[huat] あるいは繪・會[huai]、畫[hoek] である。日本語では繪(ヱ)は呉音とされ、現在でも盂蘭盆会(うらぼんえ)など仏教用語に使われている。
呉音は5~6世紀に南宋からもたらされた江南音に
準拠したものであり、漢音は音博士などによってもたらされた唐代の正音だとされている。唐の都は長安であるから、中国では長安の発音が正音とされた。呉音
は仏教で主に使われる日本漢字音であり、漢音は儒教で使われる日本漢字音である。 呉音も漢音も日本語の音韻構造にあわせて転移しているから、正音といって
も日本語化された日本漢字音であることには変わりがない。
ちょうど、日本人がキングズ・イングリシュだ、アメ
リカン・イングリシュだといっても、おおかたはジャパニーズ・イングリシュであることに変わりないのと似ている。中国の漢字音には日本語の音節にはない音もあるから、日本の漢字音は中国の漢字音からは転移していることが多い。 呉音には朝鮮漢字音の影響がしばしば見ら
れる。5~6世紀の文化交流は朝鮮半島経由であり、日本の漢字文化を支えた史(ふひと)も多くが朝鮮半島出身者であったことを考えれば当然ともいえる。 例えば、「繪」の中国語音は繪[huai] であるが、日本語では呉音が繪(ヱ)で、漢音が繪(カイ)である。喉音[h-] は日本語にない発音だから、呉音では脱落して繪
(ヱ)になり、奈良時代になり唐から正音が入ってくるようになると、日本人も中国語の咽音[h-] を聞きわけられるようになり、それをカ行で写し
た、というのが歴史の流れである。
【ゑ(餌)】 「是
(ここ)に、皇后、針を勾(ま)げて鈎(ち)を爲(つく)り、粒(いひぼ)を取りて餌(ゑ)に爲(つく)る。」(神功前紀) 「餌
恵(ゑ)、食をもて魚鳥を誘ふものなり。」(和名抄)
古代中国語の「餌」は餌[njiə] である。日本語の「ゑ」は中国語の日母[nj-]が脱落したものであろう。日母[nj-]の祖語は[m] であり、それが口蓋化して[nj-] になったと考えられている。日本語の餌(ゑ)の祖語は餌[mə] であったと考えられる。マ行はワ行と調音の方法が近いから「餌」は倭行に転移した。[nj-]は日本語でマ行であらわれる例が多い。 例:稔[njiəm] みのる、女[njia] め、汝[njia] みまし、耳[njiə] みみ、燃[njian] もえる、
【を(尾)】 念
(おも)へども念(おも)ひかねつあしひきの山鳥の尾(を)の永(なが)き此の夜(よ) (万2802) 「其
の山に入りたまへば亦尾(を)生(お)ふる人に遇(あ)へり。」(記、神武)
古代中国語の「尾」は尾[miuəi] である。日本漢字音は尾(ビ・を)である。[m-] は鼻音であり、両唇を閉じて呼気は鼻に抜ける。[w-] は合音であり、両唇をせばめてその間を呼気が抜け
る。尾[miuəi] は[-u-]介音をともなっていることもあって[w-] に音が近い。日本語の「を」は中国語の尾[miuəi]の転移したものである。両唇音[p-][b-][m-] がワ行に転移する例としては、次のようなものをあ
げることができる。 例:沸[piuət] わく、忘[miuang] わする、綿[mian] わた、罠[mien] わな、海(pa-da) わた、
【を(雄)】 杜
若(かきつはた)衣(きぬ)に摺(す)りつけますら雄(を)のきそひ獦(かり)する月は來にけり(万3921) 天
地にすこし至らぬ大夫(ますらを)と思ひし吾や雄心(をこころ)も無き(万2875)
古代中国語の「雄」は雄 [hiuəng] である。日本漢字音は雄(ユウ・を・をす)であ
る。古代中国語の語頭の喉音[h-]は[-iu-]介音の前では規則的に失われて、随・唐の時代には雄[uəng] に近い音になっていた。日本漢字音の雄(を)は中
国語音上古音の[h-]が失われたものであり、韻尾の[-ng] も失われている。古代日本語で韻尾の[-ng]が失われた例としてはつぎのような例をあげることができる。、 例:網[miuag] あみ、夢[miuəng] いめ、名[mieng] な、嶺[lieng] ね、氷[pieng] ひ、瓶[pieng] へ、 方[piuang] へ・も、湯[thang] ゆ、
雄 [hiuəng] は日本漢字音では雄(ユウ)では韻尾の[-ng] が転写されている。しかし訓のほうが古く、音のほうが新
しいはずでえある。それなのに、中国語の上古音には韻尾の[-ng ] がなくて、唐代に[-ng] が生じたものとは考えにくい。古代日本語には[-ng] のような音節がなかったので訓では雄(を)となっ
て[-ng] が脱落し、音では雄(ユウ)のように転写したので
あろうか。 中国語の韻尾[-ng] は日本語にはない音である。そのため、初期の日本語(訓)では失われて、中国語の語彙が数多く受け入れられるようになる8世紀の日本語では雄(ユウ)として受け入れられるようになったのであろう。
【を(小)】 武
庫(むこ)の浦に榜(こ)ぎ轉(た)む小舟(をぶね)粟嶋(あはしま)を背(せがひ)に見つつ乏(とも)しき小舟(をぶね)(万358) 言
(こと)出しは誰(た)が言(こと)にあるか小山田(をやまだ)の苗代水の中淀(なかよど)にして(万776)
古代中国語の「小」は小[siô] であるとされている。現代の北京音では小(xiao) である。日本漢字音は小(ショウ・こ・お・ちいさ
い)である。「小」祖はは小[xio] あるいは小[xo] に近い音だったものと推定できる。 現代の北京音は
小(xiao)であり、(x)は摩擦音であるが、上古音の咽音は閉鎖音ないし破
裂音の系列のものであったにちがいない。上古音の小[xo] は[-i-]介音の発達によって小[xio] になり、それが摩擦音化して現代北京音の小(xiao) になったと考えられる。 日本漢字音の小(こ)は上古音の小[xo] に対応しており、小(を)は喉音[x-] が[-i-]介音の発達にともなって脱落したものである。日本漢字音の
小(ショウ)は摩擦音化した唐代以降の中国語音に依拠したものである。 「小」の音韻史をたどってみると、次のようになる
のではあるまいか。
小[xo] (喉音)→小[xio](介音[-i-]の発達)
→小[siô] (摩擦音化)
現代の中国語の標準的なローマ字表記では「小」は
小 (xiao)と書いて摩擦音に発音しているが、古代中国語の[x-]は咽喉の閉鎖音であったのでまぎらわしい。日本語では万葉集の時代にもすでに「小」には小(を)と小
(こ)の二つの読み方があった。万葉集には「古須氣(小菅)」(万3369)「乎夫彌(小舟)」(万4006)などの例がある。
【をか(岳)】 こ
の岳(をか)に菜(な)摘(つ)ます兒(こ)家聞くかな告(の)らさね、、、(万1) 霍
公鳥(ほととぎす)鳴く聲聞くや卯の花の開(さ)き落(ち)る岳(をか)に田葛(くず)引く女感*嬬
(をとめ)(万
1942)
古代中国語の「岳」は岳[ngak]である。日本漢字音は岳(ガク・おか・をか)であ
る。古代日本語には[ng-]ではじまる音節はなかったので中国語の疑母[ng-]は日本語ではカ行・ナ行などに転移するか、脱落し
た。朝鮮漢字音では中国語の疑母[ng-]は朝鮮漢字音では規則的に脱落する。日本語の岳(をか)は朝鮮漢字音の岳(ak)に近い。。
脱落した例:我[ngai]・吾[nga] あ・わ・われ、顎[ngak] あご、仰[ngiang] あふぐ、魚[ngia] うを、 焼[ngyô] やく、鵞[ngai] わし、 カ行・ハ行に転移した例:雁[ngean] かり、言[ngian] こと、刈[ngiat] かる、凝[ngiəng] こる、 牙[ngea] は、原[ngiuan] はら、 ナ行などに転移した例:魚[ngia] な、業[ngiap] なり、額[ngək] ぬか、眼[ngean] め、芽[ngea] め、 元[ngiuan] もと、
日本語の「をか」には「陸」の字が用いられることがあ
る。「をか」は陸[liuk]の頭音[l-]が脱落したものでもある。朝鮮漢字音では語頭の[l-]は介音[-i-]が続くとき規則的に脱落する。「陸」の朝鮮漢字音
は陸 (yuk)である。日本語の「をか」は中国語の「岳」「陸」と同系で
あり、朝鮮漢字音の影響で語頭の[ng-][l-] が脱落したものであろう。
【をけ(桶)】 處
女(をとめ)らが麻笥(をけ)に垂れたる紡麻(うみを)なす長門の浦に、、、(万3243) 麻
荢(あさを)らを遠家(をけ)に多(ふすさ)に績(う)まずとも明日着(き)せめやいざせ小床(をどこ)に(万3484) 「桶
乎計≪をけ≫俗に火桶、水菜桶、腰桶などの名あり。井にて水を汲むための器なり。」 (和名抄)
古代中国語の「桶」は桶[dong] である。日本漢字音は桶(ヨウ・をけ・おけ)であ
る。「桶」と同じ声符をもった漢字に甬[jiong]、誦[ziong] がある。桶[dong] は[-i-]介音の発達によって桶[diong] となり、それが摩擦音化して誦[ziong] となり、その頭音の脱落が脱落して桶[jiong] になったものと推定できる。(「 甬*」は声符「甬」のたどった音韻変化を再構したものである)
甬[dok*] →通[thong](ツウ・とほる)→甬[diok*]→誦[ziong](ショウ)→甬[jiong](ヨウ)、 →桶[jiok](をけ)
日本語の桶(をけ)が上古音の韻尾[-k] の痕跡を留めていることから、頭音[d-] の脱落は、韻尾が[-ng] に変化する前の時期に起こったことを示唆している。 参照:【を(雄)】、第201話【ゆ(湯)】、
【をち(遠)】 遠
近(をちこち)の磯の中なる白玉(しらたま)を人に知らえず見むよしもがも(万1300) 眞
珠(またま)つく遠(をち)をし豫(か)ねて念(おも)へこそ一重衣(ひとへのころも)一人(ひとり)服(き)て寐(ぬ)れ(万2853)
古代中国語の「遠」は遠[hiuan] と同源である。頭音の[h-] は介音[-iu-] の発達によって失われた。また、韻尾の[-n] はさらに時代を遡ると[-t] であった。日本語の「をち」は遠[hiuan] と同源である。 これによって、頭音[h-]の脱落のほうが韻尾の[-t] が[-n] に変化するよりも早かったことがわかる。したがっ
て、音韻変化の順序としては次のようになるものと思われる。
① 遠[huat]→②遠[hiuat]→③遠[jiuat] をち→④遠[jiuan] エン
遠(をち)は③の痕跡を留めており、遠(エン)は④の段階の音を反映している。古代日本語では「袁」が「を」に使われている。袁(を)は遠[jiuan]の韻尾[-n] がさらに脱落したものである。
【をとめ(乙女)】 未
通女(をとめ)らが放(はなり)の髪を木綿(ゆふ)の山雲莫(な)たなびき家のあたり見む (万1244) 女
感*嬬
(をとめ)らに行會(ゆきあひ)の速稲(わせ)を刈る時に成りにけらしも芽子(はぎ)の花咲く(万2117)
万葉集では「をとめ」を「未通女」「處女」「女感*(女+感)+嬬」などの表記が用いられている。音
表記では「遠等咩」「乎登女」「乎登賣」「乎等賣」「乎等女」「越等賣」などと表記されている。 「をとめ」の「め」は女[njia] である。女[njia] の祖語は女[mia] あるいは女[ma] に近い音であったものと推定できる。疑母[nj-] は[m-] が口蓋化したものである。「をと+め」の「をと」が何に由来するかは明
らかでない。「をとめ」を「乙女」と書くのは音借で、字義とは無関係であろう。 「未通女」は未[miuət] 通[thong] 女[njia] であり、日本語の「をとめ」の語源は「未通女」で
ある可能性もある。未[miuət] の語頭の[m-] は日本語のワ行と親和性があり、女[njia] の祖語は女[ma] であった。
【をどる(踊)】 「須
佐能袁命(すさのをのみこと)佐世(させ)の木の葉を頭刺(かざ)して踊躍(をど)らしし時刺(さ)させる佐世の木の葉地(つち)に堕(お)ちき。故(か
れ)佐世と云ふ。」 (出
雲風土記、大原郡) 杉
の野にさ乎騰(をど)る雉いちしろく啼(ね)にしも哭(な)かむ隠妻(こもりづま)かも (万4148)
『出雲風土記』では「踊躍」と書いて「をどる」と
読ませている。古代中国語の「踊」は踊[jiong] であり、「躍」は躍[jiôk] である。漢字の「踊」「躍」はそれぞれ次のような音韻変化を経てきているのではないかと思われる。 「踊」:桶[dok] →通[thong]→○[diong]→誦[ziong]→踊[jiong] 「躍」:翟[dôk]→濯[diôk] →躍[jiôk]→曜[jiông]
「踊」も「躍」も意味は「おどる」であ り、「踊」と「躍」は音義ともに近い。日本語の「をどる」の語源は踊[jiong]+躍[dôk] である蓋然性が高い。参照:【をけ(桶)】
【をみな(女)】 石
戸破(わ)る手力(たぢから)もがも手弱(たよわ)き女(をみな)にしあればすべの知らなくに(万419) 呉
床(あぐら)居(ゐ)の神の御手(みて)もち弾(ひ)く琴(こと)に儛(まひ)する袁美那(をみな)常世(とこよ)にもかも(記歌謡)
古代中国語の「女」は女[njia]である。「女」は日本漢字音は(ジョ・ニョ・め・
おんな・をみな・むすめ)である。「女」と同じ声符をもった「汝」は汝(な)である。マ行とナ行はともに鼻音であり、調音の方法が同じである。中国語日母[nj-]は日本語ではア行、ナ行、マ行、ワ行にも転移することがある。
ア行転移の例:入[njiəp] いる、 ナ行転移の例:熱[njiat] ねつ、汝[njia] な、柔[njiu] にき・にこ、潤[njiuən] ぬらす、濡[njio] ぬれる、 マ行転移の例:稔[njiəm] みのる、耳[njiə] みみ、汝[njia] みまし、女[njia] め・むすめ、 燃[njian] もえる、 ヤ行転移の例:柔[njiu] やはらか、譲[njiang] ゆづる、弱[njiôk] よわし、 ワ行転移の例:若[njiak] わかし、餌[njia] ゑ、
日本語の「をみな」は中国語の女[njia] と関係のあることあであろう。中国語の祖語[m-] が「を」に転移し、そこに「みな」を重複させたものではなかろうか。 日母[nj-] や[m-] に対応する日本語にマ行・ナ行を重複させ
てものとしては、耳(みみ・のみ)、南(みなみ)などをあげることができる。梅(うめ・むめ)、馬(うま・むま)なども語頭音が重ねたものといえる。 参照:第187話【な(汝)】、第199話【むす
め(女)】、【め(女)】、
【をり(居)】 念
(おも)ひ出(い)でてすべ無き時は天雲の奥處(おくか)も知らず戀ひつつ居(を)る (万3030) 「我
が女(むすめ)須世理毘賣(すせりびめ)は適女(むかひめ)と爲(し)て、、、高天の原に氷椽高知(ひぎたかし)りて居(を)れ。」(記、上)
古代日本語「をり」は中国語の居[kia] の頭子音が[-i-]介音の発達により脱落したものであろう。「居」はまた居(ゐる)にも使われている。頭子音が[-i-]介音の影響で脱落した例としては小[siô](を)、折[tsyet](をる)などをあげることができる。参照:【ゐる(居)】
【をる(折)】 時
毎(ときごと)に彌(いや)めづらしく咲く花を折(を)りも折(を)らずも見らくしよしも (万4167) 暇
(いとま)あらばなづさひ渡り向(むか)つ峯(を)の櫻(さくら)の花も折(を)らましものを(万1750)
古代中国語の「折」は折[tsyet] である。日本語の「をる」は折[tsyet]の頭子音が介音[-y-]が引き金となって脱落したものであろう。介音[-y-] は中国の韻書『韻鏡』では四等音と呼ばれ、三等音
の[-i-] に近い。韻尾の[-t] は[-l] と調音の位置が同じであり、朝鮮漢字音では規則的
に[-l] に転移する。
朝鮮漢字音の例:折(jeol)、切(jeol)、雪(seol)、舌(seol)、一(il)、越(wol)、乙(ul)、活(hwal)、掘(kul)、 骨(kol)、札(chal)、室(sil)、鉄(cheol)、突(tol)、日(il)、八(ppal)、仏(pul)、物(mul)、
古代日本語の音韻構造は朝鮮語に近かったる。それは、古代の史(ふひと)たちが朝鮮半島出身者だったからというだけでなく、日本語そのものが朝鮮語と近い言語だったからではなかろうか。
日本語のワ行は中国語の頭音が[-i-]介音などの影響で脱落したものが多い。
1.中国語の頭音[ng-][m-][p-] が日本語でワ行に転移した例。
我[ngai]・吾[nga] わ・われ、鵞[ngai] わし、鰐[ngak] わに、岳[ngak] をか、 忘[miuang] わすれる、綿[mian] わた、罠[mien] わな、尾[miuəi] を、未通女[miuət-] をとめ、 破[phai] やぶる、海(pa-da) わた、
2.中国語の頭音[h-] などが脱落して、[-u-][-iu] などの介音がワ行に転移した例。
雄[hiuəng] を、遠[hiuan] をち、絵[huai] ゑ、沸[piuət] わく、
3.中国語の頭音が脱落して、介音が日本語でワ行であらわれた例。
若[njiak] わかし、餌[njiə] ゑ、女[njia] をみな、 腋[jyak] わき、涌・湧[jiong] わく、踊躍[jiong-] をどる、 居[kia] ゐる・をる、小[siô] を、折[tsyet] をる、
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