第189話
ぬれる(濡)の語源
【ぬる(沾・濡)】
苞
(つと)もがと乞(こ)はば取らせむ貝拾(ひり)ふ吾(われ)を沾(ぬ)らすな奥(おき)つ白波(万1196)
武
庫河(むこがわ)の水脈(みを)を急(はや)みと赤駒の足搔(あが)く激(たぎち)に沾(ぬ)れにけるかも(万1141)
三
川の淵(ふち)瀬(せ)も落ちず小網(さで)刺すに衣手(ころもで)濡(ぬ)れぬ干す兒(こ)は無しに(万1717)
古代中国語の「沾」は沾[tham] である。古代日本語の「ぬる」は中国語の沾[tham]と関係のあることばであろう。頭音の[th-]は[t-][d-][n-] は調音の位置が同じであり、転移しやすい。古代日
本語には濁音ではじまる音節がなかったから沾[tham] は日本語ではナ行に転移した。
日本語の「ぬる・ぬれる」には濡[njio] も使われている。「濡」は口蓋化以前の上古音では
濡[do] に近い音であったものと推定される。日本語の「ぬ
る・ぬれる」は中国語の「沾・濡」と同源である。
語頭の[th-] がナ行であらわれる例:煮[thya] にる、脱[thuat] ぬぐ、呑[thən] のむ、 語頭の[nj-] がナ行であらわれる例:汝[njia] な、如[njia] なす、柔[njiu] にこ・にき、 潤[njiuən] ぬらす、弱竹[njiôk] なゆたけ、 韻尾の[-m] がラ行であらわれる例:降[hoəm] ふる、、沾[tham] ぬる、謙[khyam] へる、
【ね(音)】
朝
(つと)に往(ゆ)く雁(かり)の鳴く音(ね)は吾が如くもの念(おも)へかも聲の悲しき
(万2137)
高
知らす布當(ふたぎ)の宮は河近み湍(せ)の音(と)ぞ清き山近み鳥が鳴(ね)とよむ、、、(万1050)
古代中国語の「音」
は音[iəm] である。日本語の「ね」は中国語の音[iəm]と音義ともに近く同源である。漢字の「音」は日本
漢字音では音(オン・イン・ね・おと)である。「音」の上古音は入声韻尾があり音[əp] あるいは音[ət] に近い音であったものと推定される。日本語の「お
と」は中国語の上古音に依拠している。
【ね(根)】
奥
山の磐本菅(いはもとすげ)を根(ね)深めて結びし情(こころ)忘れかねつも(万397)
大
伴の高師(たかし)の濱の松が根(ね)を枕(まくら)き宿(ぬ)れど家し偲はゆ(万66)
古代中国語の「根」は根[kən] である。中国の頭音[k-]あるいは[k-]は古代日本語では脱落することが多い。頭音の脱落
は[-i-] 介音の発達と関係があるらしい。
頭音[k-] が脱落した例:挙[kia] あげる、甘[kam] あまい、犬[khyuan] いぬ、禁[kiəm] いむ、 今[kiəm] いま、居[kia] いる、弓[kiuəm] ゆみ、吉[kiet] よし、寄[kiai] よる、
頭音[h-] が脱落した例:穴[hyuet] あな、合[həp] あふ、現[hyan] あらはす、恨[hən] うらむ、 往[hiuang]・行[heang] ゆく、横[hoang] よこ、詠[hyuang] よむ、
【ね(嶺)】
妹
(いも)が家を繼(つ)ぎて見ましを大和(やまと)なる大嶋の嶺(ね)に家もあらましを
(万
91)
高き禰(ね)に雲のつくのす我
さへに君につきなな高禰(たかね)と思ひて(万3514)
古代中国語の「嶺」は嶺[lieng] である。日本漢字音は嶺(リョウ・ね・みね)であ
る。日本語では高嶺(たかね)などという形でよく使われる。日本語の「ね」あるいは「みね」は中国語の嶺[lieng] と関係のあることばであろう。朝鮮漢字音では頭音
の[l-] は介音[-i-] の前では規則的に脱落する。 例:李(i)、立(ip)、陸(yuk)、柳(yu)、龍(yong)、良(yang)、梁(yang)、
古代日本語でもラ行イ段の頭母音が脱落する例は多
い。 例:陸(をか)、柳(やなぎ)、降(おる)、良(よき)、梁(やな)、 また、韻尾の[-ng] は常[zjiang] つね、種[diong] たね、梁[liang] やな、などのように日本語ではナ行であらわれるこ
ともある。[-ng] と[-n]・[-m] は調音の方法が同じ鼻音である。
【ねこ(猫)】
「我、
正月一日、狸≪禰古・ねこ≫に成りて汝が家に入りし時、供養せし宍(しし)、種(くさぐさ)の物に飽きき。」(霊異記)
「猫
禰子麻、野王案ずるに、猫は虎に似て小、能(よ)く鼠を捕へて粮と為(な)す。」
(和名抄)
古代日本語では「狸」をも「ねこ」とよませてい
る。古代中国語の「猫」は猫[miô] である。日本語の「ねこ」は中国語の「猫」と同源
であろう。中国人には猫の泣き声は「ミャーオ」と聞こえ、日
本人には「ニャーゴ」と聞こえるということだろうか。 夏目漱石の『吾輩は猫である』の中国語訳は『吾是猫』であり、そのなかの「ニャーニャーと泣く」とい
う部分の訳は「猫猫地叫」あるいは「猫猫地哭泣」となっていることから
も、中国語の「猫」が猫の泣き声を模したものであることが分かる。 猫[miô] の韻尾の[-ô] は[ôk] と近く、王力の『同源字典』によれば超[thiô] と卓[teôk]、少[sjiô]と叔[sjiuk] は同源であるという。 語頭の[m-]が日本語でナ行であらわれる例:勿[miuəi]】な、名[mieng] な、鳴[mieng] なく、 眠[myen] ねむる、撫[miua] なでる、靡[mea] なびく、苗[miô] なへ、
大槻文彦が『言海』のなかで「猫」の語源について
考察していることは第160話「古代日本語語源字典序」で述べた。参照:第160話
古代日本語語源字典序
【ねぶる(眠)】
「穴
穂天皇(あなほのすめらみこと)皇后(きさき)の膝(ひざ)に枕したまひて晝酔(ゑ)ひて眠臥(みねぶり)したまへり。」(雄略前紀)
「人
有りて、三輪山にして猿の昼睡(ひるねぶ)るを見て、窃(ひそか)に其の臂(ただむき)を執(とら)へて、其の身を害(やぶ)らず。」(皇極紀3年)
古代中国語中国語の「眠」は眠[myen] である。古代中国語の頭音[m-] は古代日本語ではしばしばナ行であらわれる。逆に
二音節目の韻尾[-n] はマ行やバ行であらわれることがある。
参照:前項【ねこ(猫)】 「ねぶる」は現代日本語の「ねむる」である。な
お、眠(ねむる)は古代日本語では眠(なす)とも読まれている。「睡眠+する」のいみであろう。
参照:第187話【なす(眠)】
【ねる(練)】
百
千遍(ももちたび)戀ふと云ふとも諸弟(もろと)らが練(ねり)の言葉は吾は信(たの)まじ(万774)
古代中国語の「練」
は練[lian] である。古代日本語ではラ行音が語頭に立つことは
なかったので、日本語ではナ行に転移した。古代朝鮮語でもラ行音が語頭に立つことはなかった。朝鮮漢字音では中国語の[l-]は規則的に[n-] に転移した。古代日本語も朝鮮語と似た音韻構造を
もっていて語頭の[l-]はナ行に転移している。
朝鮮語の例:羅(na)、来(nae)、落(nak)、蘭(nan)、涙(nu)、冷(naeng)、路(no)、浪(nang)、
日本語の例:流[liu] ながれ、梨[liet] なし、浪[liang] なみ、など。
逆に韻尾の[-n ]はラ行に転移して練(ね+る)となっている。古代
日本語では語頭に立つことはなかったが、第二音節ではラ行音を許容した。
例:韓[han]・漢[xan] から、雁[ngean] かり、塵[dien] ちり、潤[njiuən] ぬらす、など。
【の(野)】
霞
立つ野(の)の上(へ)の方(かた)に行きしかば鶯鳴きつ春に成るらし(万1443)
秋
の野(の)のみ草刈り葺(ふ)き宿(やど)れりし宇治の京(みやこ)の假廬(かりいほ)し思ほゆ(万7)
霞
立つ野(の)の上(へ)の方(かた)に行きしかば鶯鳴きつ春になるらし(万1443)
古代中国語の「野」は野[jya] である。「野」と同じ声符を持つ漢字には預・予[jya]、序・杼・舒[zia]などがある。「予」は[zia]→[jya] のように、介音[-i-] の影響で頭音が脱落したものと思われる。ところが「野」と同じ声符をもつ「杼」が古代日本
語の「と」または「ど」にあてられている例が多い。記紀歌謡は漢字の音だけを使って表記されているが「杼」は「と・ど」に用いられている。
古事記歌謡の「杼」の用例: 和杼理
邇阿良米(あどりにあらめ)、那杼理尒阿良牟遠(などり
にあらむを)、蘇邇杼理能(そに どりの)、袁佐
閉比迦礼杼(をさへひかれど)、袁登賣杼母
(をとめども)、知杼理(ちどり)、
那杼佐祁流斗米(などさけるとめ)、阿礼波須礼杼(あれはすれど)、阿礼波意母閉杼(あ
れはも へど)、邇本杼理能(にほどり
の)、美保杼理能(みほどりの)、伊耶古杼
母(いざこども)、岐 許延斯迦杼母(きこえしかども)、許々呂波母閉杼(こころはもへど)、賣杼理
能(めどりの)、 佐賀斯祁杼(さがしけど)、志多杼比尒(したどひに)、加流袁登賣杼母
(かるをとめども)、阿 加斯弖杼富礼(あかしてとほ
れ)、
このことから「予」は杼[da]→[dia]→序[zia]→野[jya] という音韻変化の過程を経たのではないかという想
定が成り立つ。日本語の「の」は上古中国語の野[da] に依拠したものであろう。古代日本語には濁音[d-] ではじまる音節がなかったから[d-] は日本語ではナ行に転移した。日本語の「の」は中
国語の「野」と同源である。
【のむ(呑)】
「毎
年(としごと)に八岐(やまたの)大蛇(をろち)の爲に呑(の)まれき。今此の少童(をとめ)且臨被呑(のまれ)むとす。」(神代紀上)
青
柳(あをやなぎ)梅との花を折りかざし能彌(のみ)ての後は散りぬともよし(万821)
古代中国語の「呑」
は呑[thən] である。日本漢字音は呑(ドン・のむ)である。現
代日本語では「のむ」は「飲」を用いるが、日本語の「のむ」の語源は「呑」であろう。古代中国語音の呑[thən] の頭音[th-] は次清音と呼ばれ、日本語の音では濁音であらわれ
ることが多い。古代日本語では濁音が語頭に立つことはなかったのでナ行に転移した。韻尾の[-n] は日本語では[-m] と弁別されない。前項の古事記歌謡でも語頭の
「に」と「み」が弁別されていないと思われる例がみられる。 例:邇本杼理能(にほどりの)(記歌謡38)、美保杼理能(みほどりの)(記歌謡42)、
【のる(乗)】
鹽
津山(しほつやま)うち越え去(ゆ)けば我(わ)が乗(の)れる馬ぞ爪づく家戀ふらしも
(万365)
「其
の國より上(のぼ)り幸(いでま)す時、龜甲(かめのせ)に乗(の)りて釣しつつ打羽擧(うちはふ)り來る人速吸門(はやすひのと)に遇(あ)ひぬ。」(記、神武)
古代中国語の「乗」
は乗[djəng] である。「乗」の口蓋化する前の上古音は乗[dəng] だと推定できる。日本語には濁音ではじまる音節は
なかったから[d-] は日本語ではナ行に転移した。日本語の「のる」は
中国語の上古音乗[dəng] と同源である。
語頭の[d-]がナ行であらわれる例:長[diang] ながし、逃[do] にげる、濁[diok] にごる、塗[da]ぬる、 韻尾の[-ng]がラ行であらわれる例:狂[giuang] くるふ、凝[ngiəng] こる、通[[thong] とほる、 乗[djiəng] のる、平[bieng] ひら、經[kyeng] へる、萌[məng] もへる、
【のぞく・のく(除)】
「大
御足跡(おほみあと)を見に來る人の去(い)にし方(かた)千世の罪さへ滅ぶとぞいふ乃曾久(のぞく)とぞ聞く」(仏足石歌)
鵼
鳥(ぬえどり)ののどよひ居(を)るにいと乃伎(のき)て短き物を端きると言へるが如く、、、(万892)
古代日本語では
「除」は除(のぞく・のく)である。古代中国語の「除」は除[dia] である。同じ声符をもった漢字に途[da]・除[dia]・餘[jia] がある。途[da] が[-i-] 介音の発達によって除[dia] となり、除[dia] の頭音が脱落して餘[jia]となったものである。董同龢は「除」の上古音を除[dhiag] と再構している。日本語の「のぞく」は中国語の
「除」と同源であろう。古代日本語には濁音ではじまる音節がなかったので中国語の[d-] はナ行音に転移した。
日本語のナ行は中国語の[t-][d-][n-] のほか[l-]・[m-] や[ng-]・[nj- ]が合流してできあたっている。
1.中国語の[d-]・[th-]・[n-] がナ行に転移したもの。 長[diang] ながし、逃[do] にげる、濁[diok] にごる、塗[da] ぬる、除[dia] のぞく、乗[djiəng] のる、煮[thya] にる、脱[thuat] ぬぐ、沾[tham] ぬれる、呑[thən] のむ、脳[nu] なやむ、難波[nan-]なには、
2.中国語の[m-]がナ行に転移したもの。
名[mieng] な、勿[miuəi] な、鳴[mieng] なく、無[miua] なし、眠[myen] ねむる、撫[miua] なでる、靡[miai] なびく、苗[miô] なへ、寐[muət] ねる、猫[miô] ねこ、
3.中国語音の[l-]がナ行に転移したもの。
流[liu] ながる、梨[liet] なし、浪[liang] なみ、涙[liuei] なみだ、嶺[lieng] ね、練[lian] ねる、
4.中国語の日母[nj-]、疑母[ng-]がナ行に転移したもの。
汝[njia] な、弱[njiôk]竹・なゆたけ、柔[njiu] にこ・にき、潤[njiuən] ぬらす、濡[njio] ぬれる、
魚[ngia] な、業[ngiap] なり、額[ngək] ぬか、
5.中国語の上古音[d- ] に依拠しているもの。
嘗[zjiang]・[dang] なむ、馴[ziuən]・[duən] 、似[ziə]・[də] にる、野[jya]・[da] の、
6.頭音が脱落したものなど。
根[kən] ね、音[iəm] ね、
古代日本語のナ行音は中国語の[d- ]に対応するものが多い。五十音図ではダ行はタ行の
濁音になっているがナ行の濁音でもある。日本語の音韻構造はつぎのように音図化できるのではなかろうか。
清音[t-]
鼻獨音[n-]
濁音[d-]
タ行
ナ行
ダ行
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