第132話
『日本書紀』の解読
現代の日本では大学までの過程で『万葉集』は読んでも、『古事記』や『日本書紀』を読む人はほとんどいない。私自身も、そんな普通の日本人のひとりだっ
た。会社を定年近くなったある日、『古事記』、『日本書紀』を読んでみようと思いたった。日本の古典を読んで、日本人の来た道を検証しようという思いも
あった。戦後、日本の歴史教育からは皇国史観は消えた。『古事記』、『日本書紀』に描かれた神話の世界は、日本の歴史の世界ではないというのである。しか
し、その神話を書き留めた文字をたどることによって、日本の古代世界における文字のありよう、ことばのありようを確かめることはできないだろうか、と思っ
た。
そんなあるとき、森博達著の『古代の音韻と日本書紀の成立』という本に出会った。素人の私には、目から鱗が落ちるような思いであった。森博達氏によれば、
日本書紀の歌謡に使われている漢字の中国語音を解析していけば、日本書紀が中国人によって書かれたか、中国語の音韻体系をもっていない日本人によって書か
れたかが分かる、というのである。私は、この方法を古事記や万葉集にも応用してみようと思った。この世界はごく限られた専門家の世界である。専門家も分野
が分かれていて、古代中国語の専門家と日本の古典の専門家の間にはほとんど接点がない。門外漢には閉ざされた世界である。しかし、閉ざされた世界だけに、
専門家が見逃している視点もあるのではないか、と思うようになった。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごめに 八重垣作る
その八重垣ゑ」の歌は日本書紀では次のように表記されている。
夜句茂多菟 伊弩毛夜覇餓岐 菟磨語昧爾 夜覇
餓枳菟倶廬 贈廼夜覇餓岐廻
森博達氏によると、これらの漢字の唐の時代の音
価は次のようになる。
夜(以麻開三去)、句(見虞合三去)、茂(明候
開一去)、多(端歌開一平)、
菟(透模開一去)、伊(影脂開A平)、弩(泥模開一去)、毛(明豪開一平)、
覇(幇麻開二去)、餓(疑歌開一去)、岐(群支開A平)、磨(明戈合一平)、
語(疑魚開三上)、昧(明灰合一去)、爾(日支三上)、 枳(見支開A上)、
倶(見虞合三平)、廬(来魚開三平)、贈(従登開一去)、廼(泥咍開一上)、
廻(匣灰合一平)、
は
じめの二文字が頭音と韻尾音をあらわす。「夜」の頭音は「以」と同じであり、韻尾は「麻」と同じである。「句」、「枳」、「倶」の頭音は「見」と同じであ
ることをあらわしている。次の「開」・「合」は口を開いて発音するのか、唇を閉じて発音するのかの区別をあらわす。「句」、「磨」、「倶」、「廻」は合音
であり、中国語では句(クウ)、磨(ムア)のように発音する。次にくる一、二、三、は中国語音韻学の用語で一等、二等、三等をあらわし、三等音には母音の
前にわたり音(i)があることを示している。三等音のなかには二種類
あってAというのは三等音の異種を示す。平・上・去は中国語の四声をしめしている。
こ
れを調べることによって、この日本語の歌謡を写すのにどのような中国語音をもつ漢字が使われているかが明らかになる。しかし、これだけ見ても素人には音価
を復元するのはむずかしい。多(端歌開一平)の頭音と菟(透模開一去)の頭音がどう違うのかは専門的な知識がなければ分からない。また、岐(群支開A平)
と餓(疑歌開一去)あるいは語(疑魚開三上)との頭音がどのように違うのか、あるいは似ているのかも類推することは簡単ではない。弩(泥模開一去)にい
たっては「泥」が泥(デイ)なのか泥(ネイ)なのかによって、全く音価がちがってしまう。
そこで、参考になるのが白川静の『字通』である。
『字通』では一部音声記号は使ってあるものの、ローマ字に近い形で漢字の音価が示されている。
夜
句
茂
多
菟
jyak ko
mu tai tho
伊
弩
毛
夜
覇
餓
岐
iei no
mô jyak peak ngai
gie
菟
磨
語
昧
爾
tho muai
ngia muət njiai
夜
覇
餓
枳
菟
倶
廬
jyak peak
ngai kie tho
kio la
贈
廼
夜
覇
餓
岐
廻
dzəng nə jyak peak
ngai gie
huəi
「多」と「菟」、「岐」・「餓」・「語」の違いに
ついてはローマ字表記してみれば一目瞭然である。多[tai]と菟[tho]、岐[gie]と餓[ngai]・語[ngia]は日本語では同じだが中国語音が違う。菟[tho]は中国語音韻学では次清音と呼ばれ、濁音に近い。
「岐」と「餓」・「語」の違いは濁音と鼻濁音の違いである。日本語や朝鮮語では鼻濁音が語頭に立つことはないが、中国語では濁音も鼻濁音もと唐に立つこと
ができる。
『字通』の漢字音は古代中国語音を表しているの
で、修正を加えなければならいものもある。
○「夜」の声符は「液」と同じで古代中国語音は夜[jyak]である。しかし、唐代には韻尾の[-k]が失われ、夜/jya/となっていた。日本語の「夜」には夜(ヤ)、夜
(よる)、夜(よ)がある。古代中国語音の夜[jyak]は弥生時代に夜(よる)として受け入れられた。韻
尾の[-k]は江南音では[-t]に近く、現代の上海語音では液、頁、葉は弁別され
ていない。朝鮮漢字音では筆(ppil)、鉄(cheol)と(-l)であらわれる。日本漢字音や朝鮮漢字音は中国語原
音のまま受け入れられるわけではなく、借用するときに転移が起こる。日本語の夜(よる)も古代中国語音が転移したものである可能性が高い。
夜(や)も夜(よ)と関係のあることばであろ
う。漢和辞典によれば「夜」は呉音も漢音も夜(ヤ)である。夜(よ)も夜(よる)も訓であるという。しかし、中国語の「夜」は夜[yak]→夜[ya]→夜[jya]と変化したものと思われる。隋唐の時代には韻尾の[-k]が失われ、わたり音の[j-]が発達してきたものと考えられている。日本語の夜
(よる・よ・ヤ)は、いずれも中国からの借用音であると考えることができる。
覇の覇[peak]も韻尾の[-k]が失われて、唐代には覇/pea/となっていたと考えられる。
○「弩」は日本書紀歌謡では日本語の弩(づ)に対
応している。漢和辞典によると「奴」は奴(呉 音)ヌ・(漢音)ド、である。努(呉音)ヌ・(漢音)ド、弩(呉音)ヌ・ノ・(漢音)ド、怒 (呉音)ヌ・(漢
音)ド、とされている。「弩」の古代中国語音は弩[no]であり、隋唐の時代の中国 語音は弩/do/である。[n-]と[d-]は調音の位置が同じであり、転移しやすい。また、
古代日本語のオ段 はウ段と近かったと考えられている。万葉集では「野」は「ぬ」とも「の」とも読まれている。
○「爾」は漢和辞典によると爾(呉音)ニ・(漢
音)ジ、とされている。「爾」の古代中国語音は爾 [njiai]であり、隋唐の時代の中国語音は爾/djiai/に近い音に変化したものと考えられている。日本書
紀 では「爾」は爾「ニ」であり、古代中国語音に近い。
○「廻」は漢和辞典によると廻(呉音)ヱ・(漢
音)カイである。「廻」の古代中国語音は廻[huəi]で あり、語頭の喉音[h-]は
漢音ではカ行で発音されているが、呉音では失われている。このような例は ほかにもある。会(ヱ・カイ)、絵(ヱ・カイ)、回(ヱ・カイ)、壊(ヱ・カ
イ)、恵(エ・ケ イ)などで、仏教では回向(ヱコウ)、盂蘭盆会(ウラボンヱ)、会得(ヱトク)など呉音が使わ れる。壊疽(ヱソ)も呉音である。
一般に日本書紀では漢音が使われ、古事記では呉音
が使われているといわれている。確かに日本書紀歌謡で使われている漢字は漢音で読まれるものが多い。しかし、なかには呉音で読み、漢音では読まない漢字も
ある。
○呉音で読む漢字の例
日本書紀歌謡
辞書の呉音
辞書の漢音
許
コ(乙)
コ
キョ
虚
コ(乙)
コ
キョ
居
コ(乙)
コ
キョ
慮
ロ(乙)
ロ
リョ
呂
ロ(乙)
ロ
リョ
爾
ニ
ニ
ジ
禰
ネ
ネ・ナイ
デイ
奴
ヌ・ノ(甲)
ヌ
ド
弩
ヅ・ノ(甲)
ヌ・ノ
ド
恵
ヱ
ヱ
ケイ
廻
ヱ
ヱ
カイ
乎
ヲ
ヲ・ゴ
コ
日本書紀の時代の日本語の音節には「キョ」・
「リョ」などのような音節はなかったので「コ」・「ロ」のように単音節として使われている。中国語のわたり音(i介音)は隋唐の時代以降に発達してきたものだとも
いわれている。日本書史歌謡の漢字はかなり古い時代の中国語音に準拠したものも見られる。爾(○ニ×ジ)、奴(○ノ&
times;ド)など中国語の日母[nj-]および泥母[n-]の漢字は呉音で読まれている。
また、恵、廻、乎などは漢語ではカ行であらわれる
音がワ行であわわれる。恵、廻、乎の古代中国語音は恵[hyuei]、廻[huəi]、乎[ha]であり、語頭に日本語にはない喉音がある。古代中
国語の喉音は呉音では脱落し、漢音ではカ行であらわれる。
さらに、同じ漢字が呉音にも漢音にも使われてい
る例もかなりみられる。
○呉音にも漢音にも使われている例
<マ行とバ行>
日本書紀歌謡
辞書の呉音
辞書の漢音
弥
ミ・ビ
ミ
ビ
磨
マ・バ
マ
バ
魔
マ・バ
マ
バ
謎
メ・ベ
マイ
ベイ
(慣用)メイ
朋
ホ・ボ
ボウ
ホウ
倍
ハ・バ
バイ・ベ
ハイ
陪
ハ・ホ・バ
べ
ハイ
(慣用)バイ
比
ヒ・ホ・ビ
ビ
ヒ
符
フ・ブ
ブ
フ
弭
ミ・ビ・ニ
ミ
ビ
ハ行・バ行・マ行は調音の位置が同じであり、転移
しやすい。呉音から漢音への移行はある時一斉に起こったものではなく、マ行音とバ行音が並列していた時代があったようである。
<タ行・ダ行・ナ行>
日本書紀歌謡
辞書の呉音
辞書の漢音
陀
タ・ダ
ダ
タ
柁
タ・ダ
ダ
タ
駄
タ・ダ
ダ
タ
怒
ド(甲)・ヌ
ヌ
ド
タ行・ダ行・ナ行は調音の位置が同じであり、転移
しやすい。日本書紀の時代にはナ行音とダ行音が並列して使われていた。
日本書紀歌謡に使われている漢字の読み方は漢和辞
典に載っていないものもある。例えば、次のようなものをあげることができる。呉音でも漢音でもないとすればこれは和音ということになる。
○和音の例
<入声音韻尾脱落>
日本書紀歌謡 辞書の呉音
辞書の漢音
憶
オ
オク
ヨク
乙
オ
オツ・オチ
イツ
吉
キ(甲)
キチ
キツ
賊
ソ(乙)
ゾク
ソク
涅
デ・ネ
ネチ
デツ
(慣用)ネ
必
ヒ(甲)
ヒチ
ヒツ
末
マ
マチ・マツ
バツ
楽
ラ
ガク・ラク
ガク・ラク
<韻尾-n/-mの脱落>
鐏
ゾ(乙)
ゾン
ソン
幡
ハ
ホン
ハン
絆
ハ
ハン
バン
煩
ボ
ボン
ハン
綿
メ(甲)
メン
ベン
<韻尾の脱落>
贈
ソ(乙)
ゾウ
ソウ
蔵
ザ
ゾウ
ソウ
装
ザ
ショウ
ソウ
黨
タ
トウ
トウ
藤
ト(乙)
ドウ
トウ
等
ト(乙)
トウ・タイ
トウ・タイ
囊
ダ
ノウ
ドウ
農
ヌ
ノ・ノウ
ド
濃
ヌ
ニュウ
ジョウ
(慣用)ノウ
朋
ホ・ボ
ボウ
ホウ
用
ヨ(甲)
ユウ
ヨウ
遥
ヨ(甲)
ヨウ
ヨウ
稜
ロ(乙)
ロウ
ロウ
(慣用)リョウ
弘
ヲ
グ
コウ
<拗音の単音化>
舎
サ
シャ
シャ
周
ス
シュ
シュウ
秀
ス
シュ
シュウ
酒
ス
シュ
シュウ
諸
ソ(乙)
ショ
ショ
儒
ズ
ニュウ
ジュ
茹
ゾ(乙)
ニョ
ジョ
叙
ゾ(乙)
ジョ
ショ
序
ゾ(乙)
ジョ
ショ
<二重母音の短縮>
愛
エ
オ・アイ
アイ
介
カ
ケ
カイ
芸
ギ(甲)
ゲ
ゲイ
西
セ
サイ
セイ
細
セ
サイ
セイ
題
テ
ダイ
テイ
苔
ト(乙)
ダイ
タイ
泥
ヂ・デ・ネ
ナイ
デイ
尼
ニ・ネ
ニ・ネイ
ジ・デイ
謎
べ(甲)
マイ
ベイ
(慣用)メイ
<母音の転移>
屠
ツ
ド・ズ
ト
努
ノ(甲)
ヌ
ド
日本書紀歌謡
に使われている漢字は中国語音に準拠してはいるものの和風に転移しているものが多い。辞書では中国音から乖離しているもんは、ほとんどすべて訓(やまとこ
とば)としていることが多い。しかし、日本語の単音節語を調べてみると、中国語音の韻尾が脱落したり、語頭音が脱落したもの、母音が転移しているものが多
くみられる。
【韻尾脱落】
香(か)、黄(き)、紅(く)、名(な)、氷(ひ)、巣(す)、洲(す)、栖(す)、酢(す)、 簀(す)、目(め)、田(た)、千(ち)、津(つ)、
辺(へ)、帆(ほ)、眼(め)、
○名(な・メイ)では頭音が転移している。マ行と
ナ行は調音の方法が同じであり、調音の位置も近 いので転移しやすい。他に鳴(なく・メイ)、苗(なえ・ビョウ)などがある。
○千(ち・セン)、津(つ・シン)はタ行音がわた
り音(i介音)が発達した影響で摩擦音化したもの である。
○眼(め・カ゜ン)の古代中国語音は眼[ngean]である。疑母[ng-]は調音の位置がカ行に近く、調音の 方法はマ行と同
じである。調音の位置が近いものや、調音の方法が同じものは転移しやすい。
【語頭音転移】
手(て)、野(の)、羽(は)、火(ひ・ほ)、桧(ひ)、御(み)、眼(め)、芽(め)、
眸(め)、女(め)、屁(へ)、尾(を)、
○手(て・シュ)はタ行音がわたり音(i介音)が発達した影響で摩擦音した可能性がある。
同じ声符 をもった漢字「拿」は拿捕(ダホ)であり、タ行で読む。
○野(の・ヤ)
は音と訓を較べてみる限り何の関係もないようにみえる。野の声符「予」は序 (ジョ)、予(ヨ)であるが、杼(ジョ)には杼(ド)という音もある。ナ行とダ
行は調音の位置 が同じであり、転移しやすい。野は野(ド)に対応している可能性がある。野(ヤ)はわたり音(i 介音)の発達の影響で頭母音が脱落したものであ
る。
○火(ひ・カ)、桧(ひ・カイ)、妃(ひ・キ)の
古代中国語音は火[xuəi]、桧[huəi]は喉音である。中 国語の喉音は音ではカ行であらわ
れるが、和音ではハ行であらわれることがある。
○御(み・ギョ)、眼(め・ガン)、芽(め・
ガ)、眸(め・ボウ)、目(め・モク)の古代中国語 音は御[ngia]、眼[ngean]、芽[ngea]、眸[miu]、目[miuk]である。中国語の疑母[ng-]は調音の方法が明母 [m-]と同じであり転移しやすい。 眸(め・ボウ)、目(め・モク)も日本語の目(め)と同源であろう。また、女[njia]の日母[nj-]も明 母[m-]に近く、女(め)も中国語音の転移したものであろ
う。日母の漢字にはマ行であらわれるもの が、ほかにもある。壬生(ミブ)、任那(ミマナ)はマ行である。日母[nj-]は明母[m-]がわたり音(i 介音)の発達によって転移したものである可能性が
ある。
○屁(へ・ヒ)は中国語の屁と同源である。
○尾(を・ビ)の古代中国語音は尾[miuəi]である。マ行とワ行はいずれも唇を丸くして発音す
る音な ので転移しやすい。綿(わた・メン)などもその1例であろう。
【語頭音脱落】
音(ね)、根(ね)、真(ま)、間(ま)、身(み)、矢(や)、家(や)、邪(や)、世(よ)、 夜(よ)、和(わ)、絵(ゑ)、
○
音(ね・オン)、根(ね・コン)、真(ま・シン)、間(ま・カン)、身(み・シン)。古代日本 語は音節が母音で終わる開音節であり、日本語に「ン」が定着
してきたのは平安時代以降である。 それまでは「ね」・「ま」・「み」のようにナ行あるいはマ行音に母音を添加して和音にした。
○矢(や・シ)、家(や・カ)、邪(や・ジャ)、
世(よ・セ)。頭母音が脱落しているのはわたり 音(i介音)の発達の影響であろう。同じ声符をもった漢
字でも頭子音が脱落したもの、摩擦音化し たものがみられる。
例:多(タ)・侈(シ)・移(イ)、
途(ト)・除(ジョ)・余(ヨ)、
この場合、「多」・「途」が古く、それが隋の時
代にわたり音(i介音)が発達したことにより、一方では摩擦音化し
て「侈」・「除」になり、他方では頭子音が脱落して「移」・「余」に変化したものと考えられる。「移」・「余」の音もかなり古く、「移」・「余」が
「侈」・「除」から生れたとは考えにくい。
○夜(よ・ヤ)。「夜」には夜(よる・よ・ヤ)の
読みがある。「夜」の古代中国語音は夜[jyak]であ ると考えられている。「夜」は「液」や「腋」
と同じように韻尾に子音があった。韻尾の[-k]が和音 では「る」となり、夜(よる)となった。夜
(よ)はその韻尾が脱落した形である。夜(ヤ)は隋 の時代にわたり音(i介音)が発達してきた結果変化した音である。
○和(わ・カ)、絵(ゑ・カイ)。「和」、「絵」
の古代中国語音は和[huai]、絵[huat]であると考えら れている。中国語の喉音[h-]は日本語にはない音であり、調音の位置がカ行に近
いので日本漢字音で はカ行であらわれる。しかし、呉音では語頭の[h-]は失われて和/uai/、絵/uai/となってワ行に転移す る。「絵」の韻尾の[-t]は隋唐の時代には中国でも失われていた。
一音節単語のうち日(ひ)と城(き)は朝鮮語語
源だと云われている。日の現代朝鮮語音は日/hae/である。朝鮮語の日/hae/の頭音も日本語にはない喉音であり、「日」は日
(か)に転移する。城(き)は李基文によれば百済語起源だという。(『韓国語の歴史』p.48)
辞
書は文字の用法の規範を示す。漢和辞書の場合、呉音とは中国の江南地方の漢字音に準拠したものであり、漢音とは隋唐の時代の長安の正音に準拠したものだと
いうことになっている。中国にも呉音という呼び方があり、隋唐の都の音からはずれた方言音という意味で使われているという。日本の漢和辞典には漢字の反切
や韻が示されている場合が多い。例えば、「苔」は「徒哀」あるいは「駝孩」であり、韻は「灰」と同じであることが示されている。これは唐詩の韻を正しく見
分けるには不可欠な情報である。しかし、日本書紀歌謡では日本語のト(乙)にあてられていて呉音の苔(ダイ)、漢音の苔(タイ)でもない。苔(ト(乙))
は日本語訛りであり、和音である。漢和辞典はこれを載せていない。だから日本書紀の「夜摩苔」は「ヤマト」であり、魏志倭人伝の邪馬台国も中国語音では
「ヤマタイ」国であるが日本語の「ヤマト」を写したものであることが分からなくなってしまう。
|