第182話  たて(楯・盾)の語源

 
【たて(楯・盾)】
大 夫(ますらを)の鞆(とも)の音すなり物部(もののふ)の大臣(おほまへつきみ)楯(たて)立つらしも(万76)
「物 部(もののべの)麻呂(まろの)朝臣(あそみ)大盾(おほたて)を樹(た)つ。」
(持統紀4年)

  古代中国語の「楯」 は楯[djiuən]で ある。日本漢字音は楯(ジュン・たて)である。日本漢字音の楯(ジュン)は唐代の中国語音に準拠している。楯(たて)は隋唐の時代以前の中国語音に準拠し ている。日本の時代でいると弥生時代あるいは古墳時代にあたるから楯(たて)は弥生音であるといってもいい。上古中国語では[-i-]介音の影響による頭音の口蓋化が起こっていなかっ た。また韻尾の[-n][-t]に近かった。「楯」の上古中国語音は楯[duət]*に近かったものと推定できる。日本語の「たて」は 上古中国語音の痕跡を留めている。

 【たな(棚)】
海 (あま)未通女(をとめ)棚(たな)無し小舟(をぶね)榜(こ)ぎ出(づ)らし客(たび)の宿りに梶(かぢ)の音(と)聞こゆ(万930)
「時 に未申(ひつじさるの間に段雲(たなくも)り雨降る。」(霊異記下18)

 古代中国語の「棚」 は棚[beang]である。日本語では「たな」に棚[beang]の字が使われることが多い。しかし、音の棚(ボ ウ)と訓の棚(たな)では音韻対応しない。日本語の「たな」の語源は段[duan]あるいは壇[dan]であろう。中国語の段は階段であり、壇は祭壇であ る。古代日本語では濁音が語頭に立つことがないので語頭の[d-]は清音になった。

 【たな(店)】
古代日本語には用例は見えないが大店(おおだ な)、店子(たなこ)などの「店」も中国語の店
[tyəm]と同源であろう。

 【だにをち(檀越)】
檀 越(だにをち)や然(しか)も勿(な)言ひそ里長(さとをさ)が課役(えつき)徴(はた)らば汝(いまし)も泣かむ(万3847)

  檀越は寺や僧尼に財 物を施す信者で、梵語が語源で ある。「檀越」の古代中国語音は檀越[dan-jiuat]である。万葉集には仏教用語はあまり多くみられな いが、餓鬼などととともに数少ない用例である。古代日本語には「ン」で終わる音節がなかったので母音を添加して檀(だに)として日本語に受け入れられた。

 【たね(種)】
水 を多み高田(あげた)に種(たね)蒔き稗(ひえ)を多み擇擢(えら)ゆる業(なり)ぞ吾(わ)が獨り宿(ぬ)る(万2999)
「稲 種(いなだね)を此處(ここ)に堕(お)としたまひき。」(出雲風土記、飯石郡)

  古代中国語の「種」 は種[diong]である。隋唐の時代の中国語音では[-i-]介音は未発達だったので上古音は種[dong]*に近かったものと推定される。古代日本語では語頭 に濁音がくることがなかったので中国語の[d-]は日本語ではタ行の清音に転移した。韻尾の[-ng][-n]と調音の方法が同じであり鼻音である。江南地方の 中国語音では[-ng][ñ]に近く、ロンドンを「竜動」などと書く。日本語の 「たね」は恐らく江南地方の古代中国語音を反映したものであろう。

 【たふ(塔)】
香 (こり)塗(ぬ)れる塔(たふ)に莫(な)依(よ)りそ川隅(くま)の屎鮒(くそふな)喫(は)める痛き女奴(めやつこ)(万3828)
大 海(おほうみ)に嶋もあらなくに海原(うなばら)のたゆ塔(たふ)浪に立てる白雲
(万1089)

  「塔」の古代中国語 音は塔[təp]である。万葉集1089の歌の「塔(たふ)」は音 借であるが、「たゆ塔(たふ)」とあることによって、「塔」の字が音で塔(たふ)と読まれていたことがわかる。中国語の韻尾[-p]は日本漢字音ではタ行で現われることもあるが、蝶 (てふ)、塔(たふ)のようにハ行であらわれることもある。日本語の塔(たふ)の語源は中国語の塔[təp]であり、中国語の「塔」の語源は梵語のstupa である。英語のtowerも恐らく中国語の「塔」と同源であろう。

 【たふ(堪)】
吾 が郷(さと)に今咲く花の女郎花(をみなへし)堪(た)へぬ情(こころ)に尚(なほ)戀ひにけり(万2279)

  「堪」という漢 字の日本漢字音は呉音が堪(コン)、漢音が堪(カン)、慣用音が堪(タン)、常用訓が堪(たえる)とある。勘忍の堪(カン)である。「堪」の声符は甚(ジ ン)である。
同じ声符をもった
「堪」は堪[khəm] である。「甚」は甚[zjiəm]、「湛」は湛[təm]であり、「斟酌」の「斟」は斟[tjiəm]である。辞書はなぜ同じ声符がこのように読み分けられるのかについては何も語ってくれない。
 古代中国語の
声符「甚」は「勘定」と同じ勘[khəm] であったと考えられる。「甚」は介音[-i-]の発達によって前口蓋音に近くなり、甚[khəm] →甚[tjiəm]→甚[zjiəm]と変化したものと思われる。 

 日本語の堪(たふ)は「堪」が[təm]に近い音価をもっていた時代の中国語音をとどめているものと考えられる。現代の日本語では「たえる」には「耐」をあてることが多い。「耐」の古代中国語音は耐[nə]であり、「耐」も日本語の「たえる」と音義ともに 近く、同源である。

 【たまる(渟)】
御 佩(みはかし)を劔(つるぎ)の池の蓮葉(はちすは)に渟(たま)れる水の往方(ゆくかた)無み、、、、(万3289)
「敇 (みことのり)したまひしく能(よ)く渟(たま)れる水かなとのりたまひき、是に由りて里の名を今田餘(たまり)と謂(い)ふ。」(常陸風土記、茨城郡)

  古代中国語の「渟」は渟[dyeng]である。上古中国語音では[-i-]介音が発達していなかったから上古音は渟[deng]*に近い発音だったものと推定できる。韻尾の[-ng][-m]と調音の方法が同じであり転移しやすい。日本語の 渟(たまる)は上古中国語の「渟」と同源である。また、日本語の「とまる」は中国語の停[dyeng]と同源である。
参照:第185話 【とまる(停)】

【たゆ(絶)】
見 れども飽(あ)かぬ吉野の河の常滑(とこなめ)の絶(た)ゆること無く復(また)還(かへ)り見む(万37)
吾 妹兒(わぎもこ)が結(ゆ)ひてし紐(ひも)を解かめやも絶えば絶ゆとも直(ただ)に逢(あ)ふまでに(万1789)

古代中国語の「絶」は絶[dziuat]である。「絶」は[-i-]介音の発達によって摩擦音化したものであり、上古 音は絶[duat]に近かったものと推定できる。日本語の「たつ」は 上古中国語の「絶」の痕跡を留めている。斷[duan]もまた音義ともに日本語の「たつ」に近い。中国語 では音義の近い文字を二つならべて「斷絶」のように、成句を作ることが多い。
参照:第181話【たつ(斷・絶)】

 【たる(足)】
佛 造る眞朱(まそほ)足(た)らずは水渟(たま)る池田の朝臣(あそ)が鼻の上に掘れ
(万 3841)
「『地 の勢は少しくあれども食物豐けく足(た)らはす。豐足(たらひ)の村と謂(い)ふべし』とのりたまふ。今託羅(たら)の郷(さと)と謂(い)ふは訛(よこ なま)れり。」
(肥 前風土記、藤津群)

  古代中国語の「足」は足[tziok]である。日本漢字音は足(ソク・あし・たる・た す)である。朝鮮語では「足」を足(ta-ri)という。日本語の「たる」は朝鮮語の足(ta-ri)と同源であろう。
 古代中国語の足
[tziok][-i-]介音の発達以前の上古音は足[tok]に近い発音であった可能性があり、朝鮮語の足(ta-ri)も日本語の足(たる)も上古中国語音が語源である 可能性もある。

 【たる(垂)】
石 走(いはばし)る垂(たる)水(み)の上のさ蕨(わらび)の萌え出(い)づる春に成りにけるかも(万1418)
袖 垂(た)れていざ吾(わ)が苑(その)に鶯の木傳(こづた)ひ落(ち)らす梅の花見に
(万4277)
 

 古代中国語の「垂」は垂[zjiuai]である。日本漢字音は垂(スイ・たれる)である。 白川静の『字通』によれば垂[zjiuai]と「堕[duai]、墜[diet]、隤[duəi]はみな下垂の意があり、声義の近い語である。」と している。垂[zjiuai][-i-]介音の発達によって摩擦音化したもので上古音は垂[duai]あるいは垂[duat]に近い発音であった可能性がある。日本語の垂(た れる)は中国語の上古音の痕跡を留めているといえる。
参照:【しだる(垂)】
 
 


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