第171話
くも(雲)の語源
古代中国語の「雲」は雲[hiuən]である。中国語の頭音[h-]は日本語にはない喉音であり、調音の位置が[k-]に近いことから日本漢字音ではカ行で現われる。上
古音の語頭の[h-]は次に介音[-iu-]がくるものは隋唐の時代に至って脱落した。日本漢
字音は雲(くも・ウン)である。日本漢字音の雲(ウン)は古代中国語の頭音[h-]が介音[-i-]の発達によって脱落したものである。
「悔」の古代中国語音は悔[xuə]である。古代中国語音の[x-]は喉音である。現代北京語では悔(hui)である。日本漢字音は「悔」は悔(くいる・カイ)
である。
古代中国語の「喫」は喫[khyat]である。日本語の「くらう」の語源は中国語の
「喫」である。韻尾の[-t]は[-l]と調音の位置が同じであり、転移しやすい。現代朝
鮮語では中国語の[-t]は規則的に[-l]になってあらわれる。例:日本(il-bon)、地下鉄(ji-ha-cheol)、万年筆(man-nyeon-ppil)な
ど、、
古代中国語の「位」は位[hiuət]だとされている。日本漢字音は位(くらい・イ)で
ある。「位」と同じ声符をもつ「立」の古代中国語音は立[liəp]である。中国語音韻史では隋唐時代以前の上代中国
語の頭音[l-]には入り渡り音[h]があったことが知られている。このことから「位」
の上代中国語音は位[hliəp]に近い音であったと想定することもできる。日本語
の「くらい」の語源は古代中国語の位[hliəp]だったと考えられる。
「栗」の古代中国語音は栗[liet]である。隋唐時代以前の上代中国語の頭音[l-]の前には入り渡り音[h-]があったと考えられるから、栗[liet]のさらに古い形、上古音は栗[hliet]であったと想定できる。中国語には同じ声符の漢字をカ行とラ行に読みわけ
ているものがいくつかみられる。 例:果(カ)・裸(ラ)、各(カク)・落(ラク)、監(カン)・
藍(ラン)、 カ行は入り渡り音[h-]が発達したものであり、ラ行は入り渡り音が脱落し
たものである。日本語の「くり」の語源は中国語の「栗」である。
古代中国語の「來」は來[lə]であった。來[lə]は隋唐の時代以前の上代中国語では入り渡り音[h-]があって、來[hlə]*に近い発音だったと考えられる。日本語の「くる」
の語源は上代中国語の來[hlə]*である。中国語には活用形はないが、日本語の
「來」はカ行変格活用で來(こ・き・く・くる・くれ・こ(よ))と活用する。
古代中国語の「苦」は苦[kha]である。同じ声符をもった「涸」に涸[hak]の音があることから「苦」もある地方、あるいはあ
る時代には苦[khak]に近い音であったに違いないと考えることができ
る。日本語の「くるし」は古代中国語の苦[khak]に依拠したものであろう。
古代中国語の「狂」は狂[giuang]である。韻尾の[-ng]は鼻音であり、[-n]に近い。また、[-n]は調音の位置が[-l]と同じであり、転移しやすい。日本語の「くるふ」
は古代中国語の「狂」に依拠したものであろう。
「車」の日本漢字音は車(くるま・シャ)であり、 音と訓はかなり違うことばのように見える。古代中国語の「車」は車[kia]であり、「輪」は輪[liuən]である。日本語の「くるま」は古代中国語の車輪[kia-liuən]に由来するものであろう。「車」は日本漢字音では 車(シャ)であるが、朝鮮漢字音では車(keo) であり、古代中国語音車[kia]に近い。日本漢字音の車(シャ)は車[kia]が介音[-i-]の影響で口蓋化したものであろう。日本語でも同じ 声符をもった「庫」は庫[khia]である。 一方、隋唐の時代以前の上古音では輪[liuən]の語頭に入り渡り音[h-]があったとも考えられる。その仮説が正しければ
「輪」の上古音は輪[hliuən]であり、日本語の「くるま」の語源は「輪」だとい
うことになる。日本語の「くるま」の語源は上古中国語の「輪」で
あろう。しかし、輪[hliuən]の頭の入り渡り音[h-]が失われたため、中国語では「くるま」のことを
「車輪」と書くようになった、と考えることができる。
万葉集では日本語の「くろ」に「黒」「玄」などの 漢字があてられている。「黒」も「玄」も意味は「くろい」「くらい」である。古代中国語の「玄」「黒」は玄[hyen]、黒[xək]である。日本語の「くろ」は音義ともに中国語の 「玄」あるいは「黒」に近い。現代の日本語では「くろ」に「黒」の字が使われているが、語源的には日本語の「くろ」の語源は「玄」・「黒」だと考えられ る。 |
||
☆ もくじ |