第164話
うぐひす(鶯)の語源
【うぐひす(鶯)】 「鶯」の古代中国語音は鶯[eng]である。日本漢字音は鶯(オウ)であるが、上古音
は鶯(オグ)あるいは「ウグ」に近かったと思われる。「ウグイス」の「ス」は隹[tjiuəi]で鳥を意味する。朝鮮語では鳥のことを(sae)という。「ウグ+ヒ+ス」は「鶯+鳥」つまり「ウ
グ鳥」であろう。「ス」のつく鳥には鴉「カラス」、雉「キギス」、鴃・百舌鳥「モズ」、鷲「ワシ」、「カケス」、「ホトトギズ」などがある。
「牛」の古代中国語音は牛[ngiuə]である。朝鮮漢字音では語頭子音が脱落して牛(u)となる。また、朝鮮語では牛のことを牛(so)という。日本語の「うし」は朝鮮漢字音の牛(u)と朝鮮語の牛(so)を合わせたものであろう。新羅の万葉集といわれる 郷歌(ヒヤンガ)には両点といって中国語+朝鮮語訳を併記する方法がしばしば用いられている。 日本でも『千字文』の冒頭にある「天地玄黄 宇宙
洪荒」を「テンチのあめつちは クエンクワウとくろく・きなり。ウチウのおほぞらは コウクワウとおほいにおほきなり」などと読んだ。これも朝鮮半島の両
点と同じく音訓両読で、「文選読み」といった。 【うし(厭・憂)】 「厭」の古代中国語音は厭[iap]である。「厭」と同じ声符の「壓(圧)」の日本漢
字音は壓(アツ)であり、中国語韻尾の[-p]は日本語では[-t]に転移しやすい。また、[-t]は[-l]と調音の位置が同じなので朝鮮漢字音では[-t]は[-l]に規則的に転移する。日本語の「うし」は中国語の
「厭」が転移したものと考えられる。
「腕」の古代中国語音は腕[uan]である。[-n]と[-t]は調音の位置が同じであり転移しやすい。中国語音
韻史では上古の入声音[-t]は隋唐の時代になって[-n]に変化したと考えられている。日本語では第二音節
の[-t]は濁音になり[-d]となることが多い。日本語の「うで」は「腕+手」
の連想も働いているかもしれない。韻尾の[-n]がタ行に転移する例としては次のようなものがみら
れる。
肩[kyan]・
(かた)、琴[giəm]・
(こと)、言[ngian]・
(こと)、幡[phiuan]・
(はた)、楯[djiuən]・ 【うま・むま(馬)】
牟
麻(むま)の爪筑紫の崎に留(ちま)り居て、、(万4372) 【うまし(味・美)】 「味」の古代中国語音は味[miuət/miuəi]である。味[miuət]が古く味[miuəi]の方が新しい。日本語の「うまい」あるいは「うん
まい」は中国語の「味」が語源である。古代日本語では「うましくに」などということばもある。美しい国、の意味である。「うまし国」のうましの語源は美[miei]であろう。 【うみ(海)】 「海」の古代中国語音は海[xuə]であるとされている。しかし、「海」の声符である
「毎」は毎[muə]である。隋唐の時代よりさらに古い時代の上古中国
語では「海」あるいは「毎」には入り渡り音として喉音[x-]があり、「海」は海[xmuə]あるいは海[hmuə]であったのではないかということが理論上想定され
る。その喉音が脱落したものが日本語の「うみ・海[muə]」であり、喉音が発達したものが上海の海(hai)であり、日本漢字音の海(カイ)であるということ
になる。 古代中国語音の[m-]の前に入り渡り音があったと想定されるものに、米[mei]・(ベイ・マイ・こめ)、滅[miuat](メツ・ほろぶ)、毛[mô](モウ・け)などがある。 王力は『漢語語音史』のなかで[m]の前に入り渡り音あがる漢字として次のようなもの
をあげている。 【うめ(梅)】 古代中国語の「梅」は梅[muə]であった。中国語の[m-]は日本語のマ行よりも両唇の閉鎖性が強かったため
馬(うま・むめ)のように、「梅」も梅(うめ)として日本語に受け入れられた。 【うも(芋)】 古代中国語の「芋」は芋[hiua]であった。日本漢字音は芋(ウ)である。上古中国
語の頭音の喉音[h-]が随唐の時代になって介音[-i]の影響で脱落したものが芋(ウ)である。また、芋[hiua]の上古音は芋[hmiua]であったと考えることもできる。胸[xiong](キョウ・むね)、護[hoak/huək](ゴ・まもる)、向[xiang]・(コウ・むかふ)のように喉音[x-/h-]には[xm-]あるいは[hm-]という入り渡り音があったのではないかとも考えら
れる。 その場合は日本語の「いも」は芋[hmiua]の入り渡り音が脱落した芋[miua]に、馬(うま)や梅(うめ)のように母音が添加さ れたものであると考えることができる。 もう一つの想定は、日本語の「いも」は中国語の芋[hiua]+蕪[miua]ではないかという考え方である。「蕪」は「かぶ
ら」であり、「いも」は根菜類を示すことばであった、といことになる。しかし、これには傍証もない。 【うもる(没)】 古代中国語の「没」は没[muət]である。日本語の「うもる」は中国語の没[muət]の語頭に母音「う」が添加され、韻尾の[-t]が[-l]に転移したものであるということができる。朝鮮漢
字音では韻尾の[-t]は規則的に[-l]に転移する。[-t]と[-l]は調音の位置が同じである。古代日本語でも中国語
の韻尾[-t]や[-n]がラ行に転移する例は多い。埋没の埋[məi]も声義ともに「没」に近い。 【うら(裏)】 古代中国語の「裏」は裏[liə]である。日本語の「うら」は中国語の裏(リ)の前
に母音「ウ」が添加されたものである。古代日本語や朝鮮語では語頭にラ行の音がくることがないから、中国語の語頭の[l-]は脱落することが多い。裏(うら)の場合は語頭に
母音を添加することによって日本語として受け入れられた。 【うらむ(怨・恨)】 古代中国語の「怨」「恨」は音義ともに近く、それ
ぞれ怨[iuan]、恨[hən]である。日本語の「うらむ」は中国語の「怨」ある
いは「恨」の転移したものである。韻尾の[-n]は[-l]と調音の位置が同じであり、転移しやすい。 【うれふ(憂)】 古代中国語の「憂」は憂[iu]である。憂[iu]は欝[iuət]と音義ともに近い。日本語の「うれう」は憂欝の
「鬱」に音は近い。「うれう」の語源は、といえば鬱[iuət]だろう。韻尾の[-t]は[-l]に転移することが多い。「憂」の字があてられるよ
うになったのは音義ともに近かったからであろう。 【うを(魚)】 古代中国語の「魚」は魚[ngia]である。朝鮮漢字音では疑母[ng-]は脱落して魚(eo)となる。日本語の「うを」は朝鮮漢字音の魚(eo)の影響を受けたものである。 |
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