第246話・ 万葉集のなかの中国語 

 
◎あ行

【あ・あれ(我・吾)】
吾 (あ)を待(まつ)と君(きみ)が沾(ぬれ)けむあしひきの山(やま)の四附(しずく)に成(なら)益(まし)物(もの)を(万108)

紫 草(むらさき)の尓保敝類(にほへる)妹(いも)をにくく有(あら)ば人嬬(ひとづま)故(ゆえ)に吾(あれ)戀(こひ)めやも(万21)

春 (はる)去(され)ば水草(みづくさ)の上(うへ)に置(おく)霜(しも)の消(け)つつも我(あれ)は戀(こひ)度(わたる)かも(万1908)

 「我」「吾」の古代中国語音は我[ngai]、吾[nga]である。日本漢字音は我(ガ)、吾(ゴ)でとかん がえられている。しかし、中国語の原音は鼻濁音(我<カ゜>吾<コ゜>であり、日本語では鼻濁音が語頭にくることがない。そのため、中国語の疑母[ng-]は脱落して我・吾(あ)となって万葉集にはあらわ れている。朝鮮漢字音では中国語の疑母[ng-]規則的に脱落して、我(a)、吾(o)となる。古代日本語の音韻体系は朝鮮語に近く、我 (あ)、吾(あ)は我(a)、吾(o)に近い。
 語頭の
[ng-]が脱落した例としては魚(うお)御(お)などがあ る。魚(うお)、御(お)の朝鮮漢字音は魚(eo)、御(eo)である。
 「我」「吾」は我・吾(あれ・われ)としても使わ れる。音表記の歌では「阿礼、安礼、阿例、 和礼、和例」のような表記もみられる。中国語の疑母
[ng-]は合口音であり、発音の方法が日本語のワ行に近 い。

○同源語:
君(きみ)、沾(ぬれる・濡)、山(やま)、草 (くさ)、妹(いも)、嬬(つま・妻嬬)、春(はる)、置(おく)、霜(しも)、消(きえる)、度(わたる・渡)、

 

【あか(赤)】
赤 帛(あかきぬ)の純裏衣(ひたうらごろも)長(ながく)欲(ほり)我(わが)思(おもふ)君(きみ)が不見 (みえぬ)ころかも(万 2972)

  「赤」の古代中国語音は赤[thjyak]である。日本語の赤(あか)は中国語の赤[thjyak]の語頭子音が口蓋化の影響で脱落したものだと考え られる。同じ声符をもった漢字で語頭の[th-]あるいは[d]が脱落した例をいくつかあげることができる。
例:脱
[thuat]・悦[jiuat]、抽[thiu]・由[jiu]、多[tai]・侈[thjiai]・移[jiai]、除[dia]・餘[jia]、秩[diet]・佚[jiet]、  台[də]・飴[jiə]、除[dia]・予[jia]、澤[deak]・驛[jyak]、談[dam]・炎[jiam]、誕[dan]・延[jian]、濯  
   [di
ôk]・躍[jiôk]、桶[dong]・甬[jiong]など

  この歌では「不見(みえぬ)」と中国語と同じ語順で表記してい る。万葉集では中国語由来の語彙が多く使われているばかりでなく、表記も中国語に準拠しているものが多くみられる。

○同源語:
帛(きぬ・巾)、裏(うら)、長(なが)き、我 (われ)、思(おもふ・念)、君(きみ)、見(みる)、


 【あたり(當)】
未 通女(をとめ)等(ら)が放(はなりの)髪(かみ)を木綿山(ゆふのやま)雲(くも)莫(な)蒙(たなびき)家(いへの)當(あたり)将見 (みむ)(万 1244)

飛 鳥(とぶとりの)明日香(あすか)の里(さと)を置(おき)て伊奈(いな・去)ば君(きみ)が當(あたり)は不見 (みえず)かもあらむ(万 78)

  上記の二首の歌では當(あたり)は「付近」の意 味で、動詞の「当たる」には使われていない。しかし、當[tang]に「あたり」の読みがあったことは確かであろう。 當(あたり)の「あ」は母音添加であり、「り」は[-ng]に対応している。
 古代日本語の地名に當麻というのがある。万葉集 の時代には「當麻」は「たぎま」と読んだ。現在では「當」は「たぎ」とは読めなくなり、「当麻寺」は「たいまでら」である。「當」の読みは「たぎ」→「あ たり」→「たい」あ るいは「とう」と変化してきたのであろう。

○同源語:
未通女(をとめ・女)、放(はな)つ、山(や ま)、雲(くも)、莫(な)、家(いへ)、見(みる)、飛(とぶ・跳飛)、鳥(とり)、置(おく)、伊奈(いな・行)ば、君(きみ)、

 【あつし(熱)】
二 並(ふたならぶ) 筑波(つくば)の山(やま)を 欲見 (みまくほり) 君(きみ)來(き)座(ませり)と 熱(あつげく)に 汗(あせ)かきなげ 木根(このね)取(とり)、、
(万1753)

  「熱」の古代中国語音は熱[njiat]である。中国語の声母[nj-]は朝鮮語音では規則的に脱落する。
例:熱
(yeol)、肉(yuk)、児(a)、耳(i)、乳(yo)、日(il)、若(yak)、柔(yu)、譲(yang)、入(ip)など、
 日本語の熱(あつい)、若(わかい)、柔(やわ ら)、譲(ゆずる)、入(いる)などは中国語の日母
[nj-]の脱落したものである。

同源語:
山(やま)、見(みる)、君(きみ)、来(く る)、熱(あつ)き、木(き・枝)、根(ね)、取(とる)、

 

【あはれ([忄可]*怜)】
家 (いへ)有(なら)ば妹(いも)が手(て)将纏 (まかむ)草枕(くさまくら)客(たび)に臥有(こやせる)此(この)旅人(たびびと)[忄 可]*怜 (あはれ)(万 415)

住 吉(すみのえ)の崖(きし)に向有(むかへる)淡路嶋(あはぢしま)[忄 可]*怜 (あはれ)と君(きみ)を不言 (いはぬ)日(ひ)は无(なし)(万3197)

  [忄可]*怜(あはれ)の[忄可]*は一字でである。日本語の「あはれ」は可怜(可 憐)である。古代中国語音は可[hai][lieng] で ある。「可」と同じ声符をもった漢字に阿[ai]があり、「あはれ」の「あ」は頭音が脱落したもの である。「怜」は「あはれぶ」「かなしむ」などの意味がある。「可怜(憐)」(あはれむべし)の意である。

○同源語:
家(いへ)、妹(いも)、手(て)、草(くさ)、 臥(こやす)、此(こ)れ、住(すむ)、向(むか)ふ、嶋(しま・洲)、君(きみ)、無(な)し、

 
【あふ(相・合・ 逢・會・遇)】
左 散難弥乃(ささなみの)志我(しが)の大和太(わだ)与杼六(よどむ)とも昔人(むかしのひと)に亦(また)も相(あは)めやも(万31)

戀 (こひし)けく氣(け)長(ながき)物(もの)を可合 有(あふべかる)夕(よひ)だに君(きみ)が不來 益有 (きまさざる)らむ(万 2039)

風 (かぜ)不吹 (ふかぬ)浦(うら)に浪立(なみたち)無(なき)名(な)をも吾(われ)は負(おへる)か逢(あふ)とは無(なし)に(万2726)

月 かさね吾(わが)思(おもふ)妹(いもに)會(あへる)夜(よ)は今(いま)し七夜(ななよを)續(つぎ)こせぬかも(万2057)

中 々(なかなか)に 辭(こと)を下延(したばへ)不遇 (あはぬ)日(ひ)の 數多(まねく)過(すぐれ)ば、、(万1792)

 万葉集では日本語の「あふ」に相[siang]・合[həp]・逢[biong]・會[huat]・遇[ngio]が使われている。「相」がもっとも多く使われてい るが、「相」は日本語の「あふ」とは音が乖離している。相[siang]は省[sieng]と音義が近く、「視る」という意味である。万葉集 で多く使われている相(あふ)は訓借である。日本語の「あふ」は古代中国語の合[həp]の語頭音が脱落したものであろう。中国語の[h-][x-]は喉音であり脱落することもある。
例:回(カイ・ヱ)、懐(カイ・ヱ)、禍(カ・ ワ)、黄(コウ・オウ)、行(コウ・ゆく)、横   (オウ・ゆく)、恨(コン・うらむ)、

○同源語:
難弥・浪(なみ)、与杼六(よどむ・澱)、長(な がい)、物(もの)、夕(よひ・夜)、君(きみ)、來(くる)、立(たつ)、無(な)き、名(な)、吾(われ・わが)、思(おもふ・念)、妹(いも)、夜 (よる)、今(いま)、續(つぐ)、辭(言・こと)、


【あふぐ(仰)】
ひ さかたの天(あめ)見(みる)如(ごとく)仰(あふぎ)見(み)し皇子(みこ)の御門(みかど)の荒(あれ)まく惜(をし)も(万168)

  古代中国語の「仰」は仰[ngiang]である。日本語の「あふぐ」は仰[ngiang]の頭音[ng-]が失われたものである可能性がある。「仰」の朝鮮 漢字音は仰(ang)であり、やはり頭音[ng-]は失われている。
 韻尾の
[-ng]の上古音は[-g]に近かった。日本漢字音でも北(ホク)が北条(ホ ウジョウ)、卓が追悼(ツイトウ)などと音便化することがある。

 ○同源語:
天(あめ)、見(みる)皇子(みこ・御子)、御 (み)、門(かど)、


【あま(天)】
秋 風(あきかぜの)吹(ふき)ただよはす白雲(しらくも)は織女(たなばたつめ)の天(あま)つ領巾(ひれ)かも(万2041)

天 原(あまのはら)振(ふり)放(さけ)見(みれ)ば大王(おほきみ)の御壽(みいのち)は長(ながく)天足(あまたらし)たり(万147)

 「天」の古代中国語音は天[thyen]である。中国語の声母[th-]は有気音(閉鎖音のあと強い吐気を発する)であ り、日本語にはない音である。声母[th-]は後に[-y-]などの介音が来るとき脱落することがある。日本語 の天(あま)は古代中国語の声母透[th-]が脱落したものである。同じ声符をもった漢字でも 口蓋化の影響で頭音の 脱落したものがみられる。
声母
[th-]脱落の例:脱[thuat]・悦[jiuat]、痛[thong]・俑[jiong]、他[thai]・也[jia]、湯[thang] [jiang]
  抽
[thiu]・由[jiu]

○同源語:
雲(くも)、女(め)、天(あめ)、原(はら)、 見(みる)、大王(おほきみ・君)、御(み)、長(なが)き、

 

【あま(海子・海部)】
網 引(あびき)する海子(あま)とや見(みらむ)飽浦(あくのうらの)清(きよき)き荒礒(ありそを)見(みに)來(こし)吾(われを)(万1187)

後 (おくれ)居(ゐて)戀(こひ)つつ不レ有(あらずは)田籠(たご)の浦(うら)の海部(あま)ならましものを玉藻(たまも)苅(かる)苅(かる)(万3205)

  「海」の古代中国語音は海[xuə]である。海の声符は毎[muə]であり、隋唐の時代以前の上古中国語音には語頭に 入り渡り音[x-]あるいは[h-]があったものと考えられる。毎[hmuə*]の入り渡り音が発達したものが海[xuə](カイ)であり、入り渡り音が退化したものが毎[muə](マイ)になった。
 海女(あま)は海
[muə]の頭音に母音(あ)を添加したものであろう。マ行 音の語頭には母音(う)が添加されることもある。海(うみ)、梅(うめ)、馬(うま)、などがその例である。

○同源語:
網(あみ)、見(みる)、清(きよき)、荒(あ れ)る、來(くる)、吾(われ)、居(ゐ)る、田(た)、籠(こ)、苅(かる)、

 

【あみ(網)】
ひ さかたの天(あま)歸(ゆく)月(つき)を網(あみ)に刺(さし)我大王(わごおほきみ)は蓋(きぬがさ)にせり(万240)

霍 公鳥(ほととぎす)雖聞 (きけども)不足 (あかず)網取(あみとり)に獲(とり)てなづけなかれず鳴(なく)がね(万4182)

  「網」の古代中国語音は網[miuang]である。日本語の網(あみ)は頭子音[m-]の前に母音「あ」が添加されたものである。韻尾の[-ng]は失われている。[m-]の前に母音(あ)が添加された例としては、網[miuang]のほかに、虻[meang](あむ)、母[mə](あも)、海[hmuə*]人(あま)などをあげることができる。

○同源語:
天(あめ)、
歸 (ゆく・行)、刺 (さ)す、我(わが)、大王(おほきみ・君)、 霍公鳥(ほととぎす・隹)、取(とる)、鳴(なく)、

 

【あも(母)】
都 乃久尒(津の國)の宇美(うみ・海)の奈伎佐(なぎさ)に布奈餘曾比(ふなよそひ・船装)たしでも等技(とき・時)に阿母(あも)が目(め)もがも(万4383)

  母[mə] は母(おも)と呼ばれることが多いが、この歌は音 表記であり阿母(あも)とも呼ばれていたことがわかる。これも母音添加の例である。

○同源語:
津(つ)、久尒(くに・國)、宇美(うみ・海)、 布奈(ふな・盤)、等技(とき・時)、目(め)、

 

【あや(綾)】
錦 (にしき)綾(あや)の 中(なか)につつめる 齊兒(いはひご)も 妹(いも)に将及 (しかめや)、、(万 1807)

  「綾」の古代中国語音は綾[liəng]である。綾は光る部分と光らない部分をつくり、模 様を織りだす絹織物で、飾り、ことばの綾にも使われる。日本語の綾(あや)は中国語の綾[liəng]の頭音が介音[-i-]の影響で脱落したものである。
例:柳(やなぎ)、梁(やな)、陸(をか)、陵 (をか)、良(よき)、

 朝鮮漢字音では中国語の[l-]は次に介音[-i-]を伴う場合は規則的に脱落する。(介音[-i-]を伴わない場合は[n-]に転移する。)
例:柳
(yu)、梁(yang)、陸(yuk)、良(yang)、両(yang)、旅(yeo)、力(yeok)、歴(yeok)、連(yeon)、練 
   (yeon)
、 戀(yeon)、列(yeol)、劣(yeol)、猟(yeop)、領(yeong)、零(yeong)、例(ye)

○同源語:
中(なか)、兒(こ)、妹(いも)、

 

【あゆ(鮎・年魚)】
毎 年(としのはに)鮎し走(はしら)ば左伎多河(さきたがは)鸕(う)八頭(やつ)可頭氣(かづけ)て河瀬(かはせ)多頭祢(たづね)む(万4158)

櫻 田(さくらだ)へ鶴(たづ)鳴(なき)渡(わたる)年魚市方(あゆちがた)塩(しほ・潮)干(ひ)にけらし鶴(たづ)鳴(なき)渡(わたる)(万271)

  「鮎」の古代中国語音は鮎[niem]である。日本語の「あゆ」は鮎[niem] [ngia] に由来することばである可能性がある。鮎[niem] は鮎[njiem] に近く、頭音が脱落した。また、魚[ngia]の現代北京音は魚(yu)であり、「あゆ」の「ゆ」に近い。
 鮎を年魚と書くのは年
[nyen]と鮎[niem]と通じるかである。鮎が一年で生を終えるからとい のは俗説であろう。鮎は中国では「なまず」のことであるが、日本では鮎(あゆ)は万葉集の時代から食用として珍重されてきた。鸕(う)で鮎をとる漁法も今 と同じである。

○同源語:
河(かは)、鸕(う・烏)、瀬(せ・湍)、田 (た)、鳴(なく)、渡(わたる)、塩(しほ・潮)、干(ひる)、

 

【あらし(下風・嵐)】
窓 (まど)超(ごし)に月(つき)おし照(てり)てあしひきの下風(あらし)吹(ふく)夜(よ)は公(きみ)をしぞ念(おもふ)(万2679)        

  「嵐」の古代中国語音音は嵐[lam]である。古代日本語ではラ行音が語頭にくることは なかったので、母音「あ」を添加して、「あらし」とした。「嵐」と同じ声符をもった漢字に風[piuəm]がある。李思敬の『音韵』(商務印書館、1985)によると「風」の上古音は風[plam*]であったという。現代の朝鮮語で「風」はpa ramであり、上古中国語音の痕跡を留めている。

○同源語:
照(てる)、夜(よ)、公(きみ)、念(おもふ)

 

【あれる(荒)】
風 吹(かぜふきて)海荒(うみはあるとも)明日(あすと)言(いはば)應久 (ひさしかるべき)公(きみが)随(まにまに)(万1309)

 荒[xuang]は日本語では荒(コウ・あれる)となる。日本語に は喉音[x-]がないので日本漢字音ではカ行であらわれる。訓の 荒(あれる)は中国語の喉音[x-]が脱落したものである。
喉音
[h-][x-]が脱落した例:顕[xian](あらはす)、漢[xan](あや)、現[hyan](あらはす)、合[həp]
  会
[huai](あふ)、或[hiuək](ある)、汚垢[hiua-ko](あか)、など

○同源語:
海(うみ)、公(きみ)、

 

【あらはす(顕)】
隠 (こもり)耳(のみ)戀(こふれ)ば辛苦(くるし)山葉(やまのは)ゆ出(いで)來(くる)月(つき)の顕(あらはさ)ば如何(いかに)(万3803)

 顕[xian]の日本漢字音は顕(ケン)である。古代中国語音の 喉音は日本漢字音ではカ行であらわれる。しかし、古代日本語には喉音がないから訓(弥生時代・古墳時代の借用音)では頭音が脱落している。頭音は次に[-y-]あるいは[-i-]の介音が続くときに脱落しやすい。
例:許
[xia](キョ・ゆるす)、訓[xiuən](クン・よみ)、穴[hyuet](ケツ・あな、休[xiu](キュウ・やす  む)、など

○同源語:
隠(こもる・籠)、苦(くる)し、山(やま)、出 (いで)、來(くる)、如何(いか)に、

 

【いき(息・氣)】
日 (ひる)は うらさび 晩(くら)し 夜(よる)は息(いき)衝(づき)明(あか)し雖歎 (なげけども) 為便(せむすべ)不知 (しらに)、、(万 213)

黒 (くろ)かりし 髪(かみ)も白(しら)けぬ ゆなゆなは 氣(いき)さへ絶(たえ)て 後(のち)遂(つひに) 壽(いのち)死(しに)ける、、(万1740)

 万葉集では「いき」は息、伊企、伊伎、伊吉、氣 などと表記されているが、日本語の「いき」は中国語の息[siək]と同源であろう。心母[s-]、山母[sh-]などの頭音は脱落しやすい。
頭音が
[-i-]介音の前で脱落した例:秈[shean](セン・いね)、山[shean](セン・やま)、色[shiək]   (ショク・いろ)、生[sheng](セイ・ショウ・いく・いきる)、宵[siô](ショウ・よい)、夕
  [zyak](セキ・ゆう)、矢[sjiei](シ・や)、世[sjiat/sjiai](セ・よ)、逝[zjiat/zjiai](セイ・ゆく)、  洗 [syən](セン・あらう)、舎[sjia](シャ・や)、相[siang](ソウ・あふ)など

  日本語でサ行で発音される漢字のなかには中国語 音が照母[tj-]、神母[dj-]のものもある。
例:射
[djyak/djyai](シャ・いる)、折[tjiat](セツ・おる)、織[tjiək](ショク・おる)、植(ショク・  うえる)など

 同じ声符の漢字をサ行とヤ行に読みわけている漢 字もある。同じ声符号の漢字の音に頭音の脱落したものとそうでないものがあることから、このような頭音の脱落は日本に来てからおこったものではなく、なく 中国で隋唐の時代以前に起こっていたものと考えられる。
例:除(ジョ)・餘(ヨ)、序(ジョ)・予 (ヨ)、施(シ)・也(ヤ)、侈(シ)・移(イ)、
  失(シツ)・佚(イツ)など

○同源語:
夜(よる)、衝(つく)、歎(なげ)く、知(し) る、黒(くろ)い、絶(たえる)、死(し)ぬ、

 

【いきる(生)】
生 死(いきしに)の二海(ふたつのうみ)を厭(いとはし)み潮干(しほひ)の山(やま)を之努比(しのび)つるかも(万3849)

死 (しに)も生(いき)も 公(きみ)がまにまと 念(おもひ)つつ 有(あり)し間(あひだ)に、、(万1785)

 古代中国語の「生」は生[sheng]である。日本漢字音は生(セイ・ショウ・いきる) である。中国語の[sh-][sj-][si]などの音は口蓋化によって頭音が脱落することが多 い。
例:釋
[sjyak]・驛、舒[sjia]・預[jia]、錫[syek]・易、秀[siu]・誘[jiu]、詳[ziang]・羊[jiang]、誦[ziong]
  甬
[jiong]、涎[zian]・延[jian]

 日本漢字音でも訓では頭母音が脱落した例がいく つかみられる。
例;山
[shean](セン・やま)、矢[sjiei](シ・や)、世[sjiat](セ・よ)、宵[siô](ショウ・よひ)、
  洗
 [syən](セン・あらふ)、相[siang](ソウ・あふ)、赦[sjyak](シャク・ゆるす)、逝[zjiat]
  (セイ・ゆく)、
 日本語の「いきる」も、生
[sheng]の頭音が脱落し、韻尾の[-ng]がカ行に転移したと考えれば、中国語の「生」と同 系のことばである可能性がある。

○同源語:
死(しに)す、海(うみ)、厭(いとふ)、潮(し ほ)、干(ひる)、山(やま)、公(きみ)、念(おもふ)、

 

【いく(幾)】
相 (あひ)見(み)ては幾日(いくか)も不經 (へぬ)をここだくも久流比(くるひ)に久流必(くるひ)所念 (おもほゆる)かも(万 751)

白 浪(しらなみ)の濱松(はままつ)が枝(え)の手向(たむけ)草(くさ)幾代(いくよ)までにか年(とし)を經(へ)ぬらむ(万34)

  「幾」の古代中国語音は幾[kiəi]である。日本語の「いく」は幾[kiəi]に母音「い」を添加したものであろう。

○同源語:
相(あふ・合)、見(みる)、經(へる)、久流 比・久流必(くるひ・狂)、念(おも)ふ、浪(なみ)、濱(はま)、枝(え)、手(て)、向(むけ)る、草(くさ)、代(よ・世)、

 

【いたし(痛)】
今 朝(けさ)の旦開(あさけ)鴈(かり)が鳴(ね)聞(きき)つ春日山(かすがやま)黄葉(もみちに)けらし吾(わが)情(こころ)痛(いた)し(万1513)

霞 (かすみ)立(たつ) 長(ながき)春日(はるひ)の 晩(くれに)ける わづきも之良受(しらず) 村(むら)肝(きも)の 心(こころ)を痛(いた) み、、、(万 5) 

 「痛」の古代中国語音は痛[thong]である。日本語の痛(い+たし)は中国語の痛[thong]の語頭に母音「い」を添加したものであろう。悼 (い+たむ)も悼[dô]の語頭に母音「い」が添加されたものである。
 古代日本語では濁音が語頭にくることはなかっ た。そのため、語頭に濁音のある語には母音が添加された。出
[thiuət] 出(い+づる)となり、泉[dziuan] は泉(い+づみ)となったと考えることができる。

○同源語:
鴈(かり)、鳴(ね・音)、山(やま)、吾 (わ)、情(こころ・心)、霞(かすみ・霞霧)、長(なが)い、晩(くれ・昏)、知(し)る、村(むら・郡)、肝(きも)、

 

【いたる(至・到・及)】
渡 守(わたりもり)船(ふね)度(わた)せをと呼(よぶ)音(こゑ)の不至 (いたらね)ばかも梶聲(かぢのおと)の不為 (せぬ)(万 2072)

待 (まつらむ)に到(いたら)ば妹(いも)が懽(うれしみ)と咲(ゑまむ)儀(すがた)を徃(ゆき)て早(はや)見(みむ)(万2526)

吾 (わが)背子(せこ)が著(はける)衣(きぬ)薄(うすし)佐保風(さほかぜ)は疾(いたく)莫(な)吹(ふきそ)及家 (いへにいたる)まで(万 979)

  「いたる」には至[tjiet]、到[tô]、及[giəp]が使われている。至[tjiet]、到[tô]は音義が近い。日本語の「いたる」は至[tjiet]に母音が添加されたものであろう。韻尾の[-t][-l]に転移している。及[giəp] は意味は「いたる」に近いが、音が対応していな い。訓借である。

○同源語:
渡(わたる)、守(もり・護)、船(ふね・盤)、 音(こゑ・聲)、聲(おと・音)、妹(いも)、徃(ゆく・行)、見(みる)、吾(わが)、背子(せこ)、衣(きぬ・巾)、家(いへ)、

 

【いづ(出)】
あ しひきの従山 (やまより)出(いづ)る月(つき)待(まつ)と人(ひと)には言(いひ)て妹(いも)待(まつ)吾(われ)を(万3002)

椋 橋(くらはし)の山(やま)を高(たかみ)か夜隱(よごもり)に出(いで)來(くる)月(つき)の光(ひかり)乏(ともし)き(万290)

  古代中国語の「出」は出[thjiuət]である。中国語の頭音[th-]は中国語音韻学で次清音と呼ばれるもので、有気音 である。次清音は日本語では濁音であらわれる。古代日本語では語頭に濁音がくることがなかったから、母音「い」を添加した。
 母音を添加する例は梅(バイ・うめ)、馬(バ・ うま)などにもみられる。出(いづる)の「る」は中国語の韻尾
[-t]の転移したものである。

○同源語:
山(やま)、妹(いも)、吾(われ)、椋(くら・ 倉)、夜(よる・よ)、隠(こもる・籠)、來(くる)、光(ひかり)、

 

【いづみ(泉)】
家 人(いへひと)に戀(こひ)過(すぎ)めやも川津(かはづ)鳴(なく)泉(いづみ)の里(さと)に年(とし)の歴(へ)去(ぬれ)ば(万696)

山 代(やましろ)の泉(いづみの)小菅(こすげ)なみなみに妹(いもが)心(こころを)吾(わが)不念 (おもはなくに)(万 2471)

 古代中国語の「泉」は泉[dziuan]である。日本語の「いづみ」は一般に「出(いづ) +水(みづ)」と解釈されているが、音韻的には古代中国語の泉[dziuan]の語頭に「い」が添加されたものであろう。

○同源語:
家(いへ)、過(すぎる)、川津(かはづ・蝦)、 鳴(なく)、歴(へる・經)、山(やま)、小(こ)、菅(すげ)、妹(いも)、心(こころ)、吾(わが)、念(おもふ)、

 

【いとふ(猒・厭)】
何 為(なにす)とか君(きみ)に将猒 (いとはむ)秋芽子(あきはぎ)の其(その)始花(はつはな)の歎(うれし)き物(もの)を(万2273)

霍 公鳥(ほととぎす)厭(いとふ)時(とき)無(なし)菖蒲(あやめぐさ)蘰(かづらに)将為 (せむ)日(ひ)従此 (こゆ)鳴(なき)度(わた)れ(万1955)

  「猒」「厭」の古代中国語音は猒・厭[iap]であり、日本漢字音は猒・厭(エン・ヨウ・アツ・ オウ・オン)である。猒・厭[iap]の祖語(上古音)は猒・厭[diap*]のような音であったのではなるまいか。上古音の[d-]は介音[-i-]の前ではしばしば脱落する。
例:除・余、脱・悦、桃・姚、湯・陽、蝶・葉、 談・炎、

 中国語の韻尾[-p]は日本漢字音ではタ行で現われることが多い。
例:立
[liəp]・リツ、湿[siəp]・シツ、接[tziap]・セツ、摂[siap]・セツ、など

○同源語:
君(きみ)、芽子(はぎ)、其(そ)の、花(は な)、物(もの)、霍公鳥(ほととぎす・隹)、時(とき)、無(な)し、蘰(かづら・葛)、此(こ)れ、鳴(なく)、度(わたる・渡)、

 

【いぬ(犬・狗)】
吾 (わが)待(まつ)公(きみを) 犬(いぬ)莫(な)吠(ほえ)そね(万3278)

狗 上(いぬかみ)の鳥籠山(とこのやま)なる不知也河(いさやがは)不知(いさ)二五(とを)寸許瀬(きこせ)余(わが)名(な)告(のらす)な(万2710)

  「犬」古代中国語音は犬[khyuan]である。見母[k-]、渓母[kh-]の語頭音も次に[-i-][-y-]などの介音が来ると脱落することが多い。王力は 『同源字典』で影[yang]と景[kyang]は同源であるとしている。
頭音脱落の例:弓
[kiuəm]・(キュウ・ゆみ)、丘[khiuə]・(キュウ・おか)、今[kiəm]・(コン・
  いま)、寄
[kiai]・(キ・よる)、居[kia]・(キョ・ゐる)、挙[kia]・(キョ・あげる)、吉[kiet]・  (キツ・よき・よし)、禁[kiəm]・(キン・いむ)など

 同じ声符をもった漢字でカ行とア行に読みわける ものもいくつかあげることができる。
例:奇
[kiai](キ)・椅[iai](イ)、季[kiuet/kiuei](キ)・委[iuai](イ)、貴[kiuəi](キ)・遺[jiuəi]    (イ・ユイ)などである。国[kuək](コク)・域[hiuək](イキ)、廣[kuang](コウ)・黄 [huang]   (コウ・オウ)・横[hoang](オウ・よこ)

 日本語の「いぬ」は犬[khyuan]の頭音が脱落したものであり、「犬」と同源であ る。狗[ko]は現代の中国語では「犬」一般に使われているが、 原義は「子犬」である。

○同源語:
吾(わが)、公(きみ)、莫(な)、吠(ほえ) る、鳥(とり)、籠(こ)、山(やま)、川(かは・河)、余(わが・我)、名(な)、

【いぬ・ぬる(寐)】
阿 騎(あき)の野(の)に宿(やどる)旅人(たびびと)打(うち)靡(なびき)寐(い)も宿(ね)らめやも古部(いにしへ)念(おもふ)に(万46)

山 (やま)越(こし)の風(かぜ)を時(とき)じみ寐(ぬる)夜(よ)不落 (おちず)家(いへ)なる妹(いも)を懸(かけ)てしのびつ(万6)

  「寐(い)も寝(ねら)め」では 「寐」を寐(い)、「寝」を寝(ねる)と読ませているが、寐[muət]も寝[tsiəm]も意味は「ねる」である。日本語の「いぬ」は寐[muət]の語頭に母音が添加されたものである。中国語の[m-]は日本語ではしばしばナ行であらわれる。
例:無
[miua]ない、名[mieng]な、鳴[mieng]なく、眠[myen]ねむる、

 日本語の「ねる」に近いことばには眠[myen]がある。「眠」は「ねむる」ことである。

○同源語:
野(の)、打(うつ)、靡(なびく)、念(おも ふ)、山(やま)、越(こす)、時(とき)、夜(よる)、落(おちる・堕)、家(いへ)、妹(いも)、懸(かける)、

 

【いね(稲・秈)】
住 吉(すみのえ)の岸(きし)を田(た)に墾(はり)蒔(まきし)稲(いね)さて及苅 (かるまでに)不相 見(あ はぬ)公(きみ)かも(万 2244)

戀 (こひ)つつも稲葉(いなば)搔(かき)別(わけ)家(いへ)居(をれ)ば乏(ともしくも)不有 (あらず)秋(あき)の暮(ゆふ)風(かぜ)(万2230)

  「稲」の古代中国語音は稲[du]であり、日本語の稲(いね)とは音韻的に関係はな さそうである。しかし、弥生時代に稲(いね)が中国から朝鮮半島を経由して日本に入ってきたことはほぼ間違いないことである。スウェーデンの言語学者カー ルグレンは、日本語の「いね」の語源は秈[shean]の語頭音が脱落したものではないかと提案してい る。「秈」は「うるち米」のことである。山[shean]の声母は脱落することが多いので、この説明はかな り説得力がある。
例:山
[shean](サン・やま)、色[shiək](シキ・いろ)、生[sheng](セイ・ショウ・いきる)、
  矢
[sjiei](シ・や)、舎[sjya](シャ・や)、世[sjiat](セ・よ)、小[siô](ショウ・を)、
  宵
[siô](ショウ・よひ)、夕[zyak](セキ・ゆうべ)、石[zjyak](セキ・いし)、相[siang]
  (ソウ・あ ふ)、息[siək](ソク・いき)、

 同じ声符をもった漢字でもサ行の頭音が脱落する ものがみられる。
例:説・悦、徐・余、舒・野、涎・延、詳・羊、

同源語:
田(た)、墾(はり)、蒔(まく・播)、苅(か る)、相(あふ・合)、公(きみ)、葉(は)、搔(かく)、家(いへ)、居(を)る、暮(ゆふ・夜)、

 

【いのる(禱・祈)】
哭 澤(なきさは)の神社(もり)に三輪(みわ)すゑ雖禱 祈(い のれども)我王(わごおほきみ)は高日(たかひ)所知 (しらし)ぬ(万 202)

乾 坤(あめつち)の神(かみ)を禱(いのり)て吾(わが)戀(こふる)公(きみ)い必(かならず)不相 在(あはざらめ)やも(万 3287)

  万葉集では「いのる」に禱[tu]、祈[giəi]が使われている。日本語の「いのる」は中国語の禱[tu]に母音を添加したものであろう。[t-][d-][n-]は調音の位置が同じであり、転移しやすい。祈禱と いう成句があるごとく、「祈」と「禱」は義(意味)が近い。祈(いのる)は訓借である。

○同源語:
哭(なく・泣)、我王(わごおほきみ、君)、知 (しる)、乾坤(あめつち、天・地)、神(かみ)、吾(わが)、公(きみ)、相(あふ・合)、

 

【いへ(家)】
此 (この)岳(をか)に 菜(な)採(つま)す兒(こ) 家(いへ)吉閑(きかな) 名(な)告(のら)さね、、(万1)

戀 死(こひしなば)戀(こひも)死(しねと)や我妹(わぎもこが)吾家(わぎへの)門(かどを)過(すぎて)行(ゆくらむ)(万2401)

  「家」の古代中国語音は家[kea]であり、[k-][h-]と調音の位置が近く、転移しやすい。
例:姫
[kiə](キ・ひめ)、機[kiei](キ・はた)、蓋[kat](ガイ・ふた)、干・乾[kan](カン・
  ひる)、果
[kuai](カ・はて)、光[kuang](コウ・ひかり)、広[kuang](コウ・ひろい)、
  經
[kyeng](ケイ・へる)、頬[kyap](キョウ・ほお)、

 日本語の「いへ」は家(へ)の語頭に母音が添加 されたものである可能性がある。二番目の歌(万2401)では吾家(わぎへ)で あり、「家」は家(へ)である。万葉集では家(いへ)は単語の語頭にあらわれ、語中では家(へ)となる。

○同源語:
此(こ)の、岳(をか)、菜(な)、兒(こ)、死 (しぬ)、我・吾(われ)、過(すぎる)、行(ゆく)、

 

【いま(今)】
今 更(いまさらに)何(なに)をか将念 (おもはむ)打(うち)靡(なびく)情(こころ)は君(きみ)に縁(より)にし物(もの)を(万505)

月 (つき)累(かさね)吾(わが)思(おもふ)妹(いもに)會(あへる)夜(よ)は今(いま)し七夕(ななよを)續(つぎ)こせぬかも(万2057)

  「今」の古代中国語音は今[kiəm]である。日本語の今(いま)も中国語の頭子音が脱 落したものである。

○同源語:
念・思(おもふ)、打(うつ)、靡(なび)く、情 (こころ・心)、君(きみ)、縁(よる・寄)、物(もの)、吾(わが)、妹(いも)、會(あふ・合)、夜・夕(よ)、續(つぐ)、

 

【いまだ(未)】
暁 (あかとき)と夜烏(よがらす)雖鳴 (なけど)此(この)山上(もり)の木末(こぬれ)の於(うへ)は未(いまだ)静(しづけ)し(万1263)

妹 (いもが)門(かど)入(いり)出見(いづみ)川(かは)の床奈馬(とこなめ)に三雪(みゆき)遺(のこれり)未(いまだ)冬(ふゆ)かも(万1695)

 「未」の古代中国語音は未[miuət]である。中国語の明母[m-]は古代日本語では語頭に母音が添加されることが多 い。
例:夢
[miuəng]いめ、妹[muət]いも、馬[mea]うま、味[miuət]うまし、美[miei]うまし、梅[muə]うめ、
  海
[(h)muə*]うみ、埋[məi]うもる、

  日本語の「いまだ」は中国語の「未」と音義ともに 近く、同源である。

○同源語:
暁(あかとき・暁時)、夜(よる)、烏(からす・ 鴉+隹)、鳴(なく)、此(こ)の、木(き・枝)、静(しづか)、妹(いも)、門(かど)、入(いる)、出(でる)、見(みる)、川(かは・河)、床(と こ)、馬(うま・め)、

 

【いむ(忌・禁)】
隠 沼(こもりぬ)の従裏 (したゆ)戀(こふれ)ば無乏(すべをなみ)妹(いもが)名(な)告(のりつ)忌(いむべき)物(もの)を(万2441)

 「忌」の古代中国語音は忌[giə]である。記紀万葉では忌、斎などの文字が用いられ ているが、『名義抄』には「禁、諱、忌、斎・イム」としてあり、日本語の「いむ」は音義ともに禁[kiəm]に近い。「いむ」は禁[kiəm]の頭音が脱落したものであろう。禁忌は成語であ り、日本語の「いむ」は「禁」と同源であろう。

○同源語:
隠(こもる・籠)、無(な)む、妹(いも)、名 (な)、物(もの)、

 

【いめ(夢)】
夢 (いめ)の相(あひ)は苦有(くるしかり)けり覺(おどろき)て掻(かき)探(さぐれ)ども手(て)にも不觸 (ふれね)ば(万 741)

あ しひきの夜麻(やま・山)伎(き・来)敝奈利(へなり・隔)て等保(とほ・遠)けども許己呂(こころ)し遊氣(ゆけ・行)ば伊米(いめ・夢)に美要(み え)けり(万 3981)

  「夢」の古代中国語音は夢[miuəng]である。日本漢字音は夢(ム・ボウ・いめ・ゆめ) である。万葉集の「いめ」は夢[miuəng]の語頭に母音が添加され、韻尾の[-ng]が失われている。「いめ・ゆめ」は中国語の「夢」 と同源である。

○同源語:
相(あふ・合)、苦(くる)しき、掻(かく)、手 (て)、伎(き・來)、許己呂(こころ・心)、遊氣(ゆけ・行)、見(みる)、

 

【いも(妹)】
石 見乃(いはみの・野)や高角山(たかつのやま)の木際(このま)より我(わが)振(ふる)袖(そで)を妹(いも)見(み)つらむか(万132)

言 (こと)不問 (とはぬ)木(き)すら妹(いも)と兄(せ)と有(ありと)云(いふ)を直(ただ)獨子(ひとりご)に有(ある)が苦(くるし)さ(万1007)

 古代日本語の「いも」は男から妻や恋人、姉妹な どの親しい女性を呼ぶ名称である。「妹」古代中国語音は妹[muət]である。しかし、日本語の「いも」は中国語の 「妹」より意味の範囲が広いが、「妹」と同系のことばであろう。

○同源語:
乃(の・野)、山(やま)、木(き・枝)、我(わ が)、袖(そで)、妹(いも)、見(みる)、言(こと)、子(こ)、苦(くるし)さ、

 

【いる(入)】
天 原(あまのはら)雲(くも)無(なき)夕(よひ)にぬばたまの宵(よ)度(わたる)月(つき)の入(いら)まく(を し)も(万 1712)

 古代中国語の「入」は入[njiəp]である。日母[nj-]は広東語や朝鮮語では脱落することが多い。また、 現代北京語では日本(ri ben)の ようにrに転移している。
 古代中国語の韻尾
[-p]は広東語や朝鮮語では保たれているが、上海語では[-p][-t][-k]の区別が失われている。現代北京語では入声韻尾[-p][-t][-k]は完全に失われている。日本漢字音では中国語の韻 尾[-p]はタ行で発音されることが多い。
例:厭
[iap]アツ、立[liəp]・リツ、湿[siəp]シツ、接[tziap]セツ、摂[siap]セツ、

古代中国語音

広東語

上海語

北京語

朝鮮漢字音

[njiəp]

[njiet]

[njiek]

yahp

yuht

yuhk

zek

zek

nik

ru

ri

rou

ip

il

yuk

同源語:
天(あめ)、原(はら)、雲(くも)、無(な) き、宵(よひ・夜)、夕(よる・夜)、度(わたる・渡)、

 

【いや(弥)】
去 年(こぞ)見(み)てし秋(あき)の月夜(つくよ)は雖照 (てらせれど)相(あひ)見(み)し妹(いも)は弥(いや)年(とし)放(さかる)(万211)

蘆 邊(あ しべより)満(みち)來(くる)塩(しほ・潮)の弥(いや)益(まし)に念(おもへ)か君(きみ)が忘(わすれ)かねつる(万617)

昔 (むかひ)見(み)し象(きさ)の小河(をがは)を今(いま)見(みれ)ば弥(いよよ)清(さやけく)成(なり)にけるかも(万316)

  古代中国語の「弥」は弥[miai]である。「弥」の声符は爾[njiai]である。声符「爾」は時代とともに変化したものと 思われる。

 彌[miai]→(介音[-i-]の発達)→邇[njiei]→弥[jiai]

 中国語の日母[nj-]が頭子音が失われることが多い。朝鮮漢字音では中 国語の日母[nj-]は規則的に脱落して爾(i)、邇(i) (i)になる。日本漢字音の彌(や)は朝鮮漢字音の影響 を受けたものである。古代日本語の音韻構造は朝鮮語のそれに似ている。
朝鮮漢字音の例:如
(yeo)、入(ip)、弱い(yak)、柔(yu)
日本語の例:如何
[njia-]いかに、入[njiəp]いる、弱[njiôk]よわし、柔[njiu]やわら、

 日本語の弥(や・いや)は弥[miai]が介音[-i-]の影響で弥[njiai]になり、さらにその頭音が脱落したものであろう。

○同源語:
見(みる)、夜(よる)、照(てる)、相(あふ・ 合)、妹(いも)、邊(へ)、満(みつ)、來(くる)、潮(しほ)、念(おもふ)、君(きみ)、忘(わす)る、小(を)、河(かは)、今(いま)、清(さ やけ)し、

 

【いる・いゆ(射)】
大 夫(ますらを)の得物矢(さつや)手挿(たばさみ)立(たち)向(むかひ)射(い)る圓方(まとかた)は見(みる)に清潔(さやけ)し(万61)

射 (いゆ)鹿(しし)をつなぐ河邊(かはべ)の和草(にこぐさの)身(みの)若(わか)かへに佐宿(さね)し兒(こ)らはも(万3874)

  「射」の古代中国語音は射[djyak]である。日本語の射(いる)は語頭子音が脱落した ものである。日本漢字音では韻尾の[-k]は失われている。また、現在の上海語音では韻尾の[-p][-t][-k]は弁別されていない。「いる」の「る」は韻尾の[-k]が転移したものであろう。

○同源語:
矢(や)、插(はさむ・挟)、立(たつ)、向(む か)ふ、見(みる)、清潔(さやけし)、河(かは)、邊(へ)、和(にこ・柔)、草(くさ)、身(み)、若(わか)き、宿(ねる・寐)、兒 (こ)、

 

【いろ(色)】
秋 時(あきの)花(はな)種(くさぐさ)に有(あれ)ど色(いろ)ごとに見(め)し明(あき)らむる今日(けふ)の貴(たふと)さ(万4255)

色 (いろに)出(いで)て戀(こひ)ば人(ひと)見(み)て應知 (しりぬべし)情(こころの)中(うち)の隠妻(こもりづま)はも(万2566)

 「色」の古代中国語音は色[shiək]である。日本語の色(いろ)は語頭子音が脱落した もので、韻尾の[-k][-l]に転移している。

同源語:
花(はな)、見(みる)、今日(けふ)、出(い づ)、知(し)る、情(こころ・心)、隠(こもる・籠)、妻(つま・妻女)、

 

【うぐひす(鸎・鶯)】
春 野(はるのの)に霞(かすみ)たなびきうら悲(かなし)この暮影(ゆふかげ)に鸎(うぐひす)奈久(なく)も(万4290)

春 山(はるやま)の霧(きり)に惑(まと)へる鸎(うぐひすも)我(われに)益(まさりて)物(もの)念(おもはめ)や(万1892)

  「鸎」「鶯」の古代中国語音は鸎・鶯[eng]である。「ウグヒス」の「ウグ」は中国語の鶯[eng]に対応する。古代中国語の韻尾[-ng]は調音の位置が[-k][-g]と同じであり、上古音は[-k][-g]に近かったと考えられている。
 「ス」は隹
[tjiuəi]で鳥を意味する。朝鮮語では鳥のことを(sae)という。朝鮮語の鳥(sae)も「ウグヒス」の「ス」も中国語の「隹」と同源で あろう。「ス」のつく鳥には鴉「カラス」、雉「キギス」、百舌鳥「モズ」、「カケス」、「ホトトギズ」などがある。「ウグヒス」の「ヒ」は不明である。

  日本語の古地名には中国語の韻尾[-ng]をカ行であらわしているものが多い。
例:相模(さがみ)、相楽(さがらか)、伊香(い かごが)、當麻(たぎま)、望多(まぐた)、

 本居宣長は『地名字音転用例』で、地名を二字で 書くようになったために、漢字音を転じて用いるようになったとしている。 

  尋常(ヨノツネ)の假字ノ例ニテハ。二字に約(ツゞ)メガタク。字ノ本音ノマゝニテ ハ、其名ニ 叶ヘ難キガ多キ故ニ。字音ヲサマザマニ轉ジ用ヒテ。尋常ノ假字ノ例トハ。異ナルガ多キコオト。相 模(サガミ)の相(サガ)、信濃(シナノ) の信(シナ)ナドノ 如シ。

  本居宣長は「相」は相(ソウ)が本音であり、相 (サガ)が転音であるとしている。しかし、相(ソウ)は唐の時代の中国語音に準拠したものであり、相(さが)のほうが中国の上古音の痕跡を伝えているとい える。日本漢字音は唐代の音を正音としているから、唐 代の中国語音と異なるものは、本居宣長にいうように轉音といことになってしまう。

○同源語:
野(の)、霞(かすみ・霞霧)、暮(ゆふ・夜)、 影(かげ)、奈久(なく・鳴)、惑(まと)ふ、我(われ)、物(もの)、念(おもふ)、

 

【うし(牛)】
馬 (うま)にこそ 布毛太志(ふもだし・絆)可久(かく・掛)物(もの) 牛(うし)にこそ 鼻縄(はななは)はくれ、、、(万3886)

  「牛」の古代中国語音は牛[ngiuə]である。朝鮮漢字音では語頭子音が脱落して牛(u)となる。また、朝鮮語では牛のことを牛(so)という。日本語の「うし」は朝鮮漢字音の牛(u)と朝鮮語の牛(so)を合わせたものであろう。
 新羅の万葉集といわれる郷歌(ヒヤンガ)には両 点といって中国語+朝鮮語訳を併記する方法がしばしば用いられている。日本でも『千字文』の冒頭にある「天地玄黄 宇宙洪荒」を「テンチのあめつちは ク エンクワウとくろく・きなり。ウチウのおほぞらは コウクワウとおほいにおほきなり」などと読んだ。これも朝鮮半島の両点と同じく音訓両読で、「文選読 み」といった。

○同源語:
馬(うま)、布毛(ひも・絆)、可久(かく・ 懸)、物(もの)、

 

【うし(厭)】
鸎 (うぐひす)の徃来(かよふ)垣根(かきね)の宇(う・卯)の花(はな)の厭(うき)事(こと)有(あれ)や君(きみ)が不來 座(き まさぬ)(万 1988)

  「厭」の古代中国語音は厭[iap]である。「厭」と同じ声符の「壓(圧)」の日本漢 字音は壓(アツ)であり、中国語韻尾の[-p]は日本語では[-t]に転移しやすい。また、[-t][-l]と調音の位置が同じであり転移しやすい。日本語の 「うし」は中国語の「厭」が転移したものであろう。「厭」は「うし」にも「いとふ」にも使われる。

○同源語:
鸎(うぐひす、隹)、根(ね)、花(はな)、君 (きみ)、來(くる)、

 

【うぢ(氏)】
伊 尒之敝(いにしへ)よ 伊麻(いま)の乎追通(をつつ・現)に 奈我佐敝流(ながさへる・流) 於夜(おや・親)の子(こ)等毛(ども)ぞ 大伴(おほと も)と佐伯(さへき)の氏(うぢ)は、、(万4094)

物 乃部(もののふ)の八十氏(やそうぢ)河(かは)の阿白木(あじろぎ)にいさよふ浪(なみ)の去邊(ゆくへ)白不(しらず)も(万264)

  古代中国語の「氏」は氏[zjie]である。古代日本語では濁音が語頭に來ることがな かったので、語頭に母音を添加した。
 なお、中国語音は氏
[zjie]であるが、日本語では氏(うじ)となることが期待 されるのだが、万葉集では氏(うぢ)とタ行になっている。同じ声符の文字に底[tyei]がある。「氏」の祖語(上古音)は氏[tjie*]であった可能性がある。タ行音とサ行イ段の音は万 葉集の時代から混同されることがあったようである。現代の日本語では「ジ」と「ヂ」の区別は失われている。

○同源語:
伊麻(いま・今)、子(こ)、物(もの)、河(か は)、浪(なみ)、去(ゆく・行)、邊(へ)、白(しら・知)ず、

 

【うつ(打)】
面 (おも)忘(わすれ)だにも得為(えす)やと手(た)握(にぎり)て雖打 (うてども)不寒 (こりず)戀(こひと)云(いふ)奴(やつこ)(万2574)

打 (うつ)田(たに)稗(ひえは)數多(あまた)雖有 (ありといへども)擇(えらえ)し我(われそ)夜(よを)一人(ひとり)宿(ねる)(万2476)

 「打」の古代中国語音は打[tyeng]である。日本漢字音は打(ダ・うつ)である。日本 漢字音が濁音の打(ダ)であることから、「打」は日本に入って来た時の音は打[dyeng]に近いものであったのではないかと考えられる。日 本語は濁音ではじまることばがなかったので、語頭に「う」を添加して打(うつ)とした可能性がある。

○同源語:
面(おも)、忘(わす)る、手(て)、田(た)、 稗(ひえ)、我(われ)、夜(よる)、宿(寐・ねる)、

 

【うま・むま(馬)】
日 雙斯(ひなみしの)皇子(みこの)命(みこと)の馬(うま)副(なめ)て御(み)獦(かり)立(たた)しし時(とき)は來(き)向(むかふ)(万49)

馬 音(うまのおと)のとどともすれば松陰(まつかげ)に出(いでて)そ見(み)つる若(けだし)君(きみ)かと(万2653)

  「馬」の古代中国語音は馬[mea]である。スウェーデンの言語学者ベルンハルト・ カールグレン(1889-1978)は『言語学と古代中国』(1920年・オスロ)のなかで、「馬(うま)、梅(うめ) は文化史的にも音韻学的にも、中国語からの借用語である。古代中国語の[m-]は唇を突き出して発音した。そのため日本語では語 頭に「う」が添加された。」としている。
 朝鮮語では「馬」は
malである。「馬」は本来騎馬民族であるアルタイ系の ことばであろう。古代日本語では馬(むま)であった。万葉集には馬(むま)という表記もみられる。鼻濁音である[m-]は古代日本語では語頭に立ちにくかった。「うま」 は「宇麻」「宇万」「牟麻」とも表記されている。

 牟 麻(むま・馬)の都米(つめ・爪) 都久志(つくし)の佐伎(さき)に 知麻利(ちまり・留)為弖(ゐて・居) 阿例(あれ)は伊波々牟(いははむ・ 齊)、、(万 4372)

○同源語:
皇子(みこ・御子)、命(みこと・命人)、獦(か り)、立(たつ)、時(とき)、來(くる)、都米(つめ・爪)、居(ゐ)る、音(おと)、陰(かげ・影)、出(いづ)、見(みる)、君(きみ)、佐伎(さ き・崎)、阿礼(あれ・我)、

 

【うまし(味)】
飯 (いひ)喫(はめ)ど味(うまく)も不在 (あらず)雖行 徃(ゆ きゆけど)安(やす)くも不有 (あらず)あかねさす君(きみ)が情(こころ)し忘(わすれ)かねつも(万3857)

  「味」の古代中国語音は味[miuət]である。唐の時代には韻尾の[-t]は脱落して味[miuəi]になっていたと思われる。日本語の「うまし」「う まい」は中国語の味[miuəi]の語頭に母音を添加したものである。
 古代日本語では「うましくに」などということば もある。「美しい国」の意味である。「うまし国」の「うまし」はやはり中国語の美
[miei]と同源である。

○同源語:
君(きみ)、情(こころ・心)、忘(わする)、

 

【うみ(海)】
有 (あり)通(かよふ)難波(なには)の宮(みや)は海(うみ)近(ちか)み漁(あま)童女(をとめ)らが乗船(のれるふね)所見 (みゆ)(万 1063)

樂 浪(ささなみ)の平山(ひらやま)風(かぜ)の海(うみ)吹(ふけ)ば釣(つり)為(する)海人(あま)の袂(そで)變(かへる)所見 (みゆ)(万 1715)

  「海」の古代中国語音は海[xuə]であるとされている。しかし、「海」の声符である 「毎」は毎[muə]である。隋唐の時代より前の時代の中国語音には入 り渡り音[h-]があり、海・毎[hmuə*]であったのではないかと理論上想定される。入りわ たり音[h-]が脱落したものが毎[muə]になり、入りわたり音[h-]が発達したものが海[xuə]になったと考えることができる。日本語の海(う み)は海[muə]に由来するものであろう。海(カイ)は海[hmuə*]を継承するものものである。

 宮田一郎編著『上海語常用同音字典』(光生館) によると上海語では現在でも「毎」「美」「馬」などの前に入り渡り音[?](咽頭閉鎖音)が聞こえるという。同じ声符の漢字 がマ行とカ行に読み分けられているものには物[miuət]・惚[xuət]]、黒[xək]・黙[mək]・墨[mək]などがある。これらのことから古代中国語の[m-]には語頭に入り渡り音があり[hm-]に近い音であったことが想定できる。

 また、古代中国語音の[m-]の前に入り渡り音があったと想定されるものに、米[mei]・(ベイ・マイ・こめ)、門[muən](モン・かど)、買[me](バイ・かふ)、毛[mô](モウ・け)などがある。

○同源語:
宮(みや)、漁・海人(あま・海女)、童女(をと め・女)、乗(のる)、船(ふね・盤)、見(み)ゆ、浪(なみ)、平(ひら)、山(やま)、釣(つり)、袖(そで)、

 

【うめ(梅)】
吾 (わが)勢子(せこ)に令見 (みせむ)と念(おもひ)し梅花(うめのはな)それとも不見 (みえず)雪(ゆき)の零(ふれ)れば(万1426)

引 (ひき)攀(よぢ)て折(をら)ば可落 (ちるべみ)梅花(うめのはな)袖(そで)にこき入(れ)つ染(しま)ば雖染 (しむとも)(万 1644) 

 古代中国語の「梅」は梅[muə]であった。日本語の「うめ」は梅[muə]に母音を添加したものである。[m-]は鼻濁音であり、古代日本語では語頭に立つことが むすかしかった。現代の日本語でも五十音図の最後の「ン」は語頭に立つことはない。馬(うま・むめ)のように、「梅」も梅(うめ)として日本語に受け入れ られた。万葉集では「うめ」は梅、烏梅、宇梅、宇米、汙米、などと表記されている。

○同源語:
吾(わが)、勢子(せこ・背子)、見(みる)、念 (おもふ)、花(はな)、零(ふる・降)、折(をる)、落(ちる・散)、袖(そで)、入(いる)、染(しむ)、

 

【うも(宇毛・芋蕪)】
蓮 葉(はちすは)は如是(かく)こそある物(もの)意吉麻呂(おきまろ)が家在(いへなる)物(もの)は宇毛(うも)の葉(は)に有(あら)し(万3826)

 「芋」の古代中国語音は芋[hiua]である。上古中国語の頭音の喉音[h-]が随唐の時代になって介音[-i]の影響で脱落したものが芋(ウ)である。
 また、芋
[hiua]には入りわたり音があり、「芋」の祖語は芋[hmiua*]であったと考えることもできる。スウェーデンの言 語学者カールグレンは古代中国語には語頭に二重子音があったと考えている。音ではカ行で読み、訓ではま行で読む漢字がいくつかある。

例:見[kyan](ケン・みる)、観[kuan](カン・みる)、京[kyang](キョウ・みやこ)、宮[kiuəm]    (キュウ・みや)、看[khan](カン・みる)、曲[khiok](キョク・まがる)、群[giuən](グン・
    むれ)、御
[ngia](ギョ・み)、迎[ngyang](ゲイ・むかえる)、眼[ngean](ガン・め)、元       [ngiuan](ゲン・もと)、詣[ngyei](ケイ・もうでる)、胸[xiong](キョウ・むね)、向[xiang]
  (コウ・むかふ)、護
[hoak](ゴ・まもる)、丸[huan](ガン・まる)、回[huəi](カイ・まわ    る)、廻[huəi](カイ・めぐる)、

 これらの漢字の祖語は入りわたり音[h-]があり、入りわたり音が発達したものがカ行にな り、入りわたり音が脱落したものがま行になったと考えると整合的に説明ができる。 日本語の「いも」は芋[hmiua]の入り渡り音が脱落して芋[miua]になり、馬(うま)や梅(うめ)のように母音が添 加されたものであると考えることができる。

 もう一つの想定は、日本語の「いも」は中国語の 芋[hiua]+蕪[miua]ではないかと考えることもできる。「蕪」は現代中 国語では大根である。

○同源語:
蓮(はす・荷子)、葉(は)、家(いへ)、物(も の)

 

【うもる(埋)】
真 鉇(まかな)持(もち)弓削(ゆげの)河原(かはら)の埋木(うもれぎ)の不顕 (あらはるましじき)事(こと)に不有 (あらな)くに(万 1385)

  古代中国語の「埋」は埋[məi]である。日本語の「うもる」は中国語の埋[məi]の語頭に母音が添加されたものである。中国語には 「埋没」という成句があって没[muət]も「うもる」という意味である。日本語の「うも る」は没[muət]の韻尾の[-t][-l]に転移したものである可能性がある。朝鮮漢字音で は韻尾の[-t]は規則的に[-l]に転移する。古代日本語でも中国語の韻尾[-t]がラ行に転移する例は多い。
例:苅
[ngiat]かる、出[thjiuət]でる、拂[piuət]はらう、祓[buat]はらう、滅[miat]ほろぶ、絶[dziuat]たえ
  る、越
[huat]こえる、列[liat]つらなる、擦[tsheat]する、

○同源語:
真(ま)、弓(ゆみ)、河(かは)、原(はら)、 木(き・枝)、顕(あらは)る

 

【うら(裏)】
夏 影(なつかげ)の房(つまや)の下(した)に衣(きぬ)裁(たつ)吾妹(わぎも)裏(うら)まけて吾(わが)為(ため)裁(たた)ばやや大(おほに)裁 (たて)(万 1278)

  古代中国語の「裏」は裏[liə]である。日本語の「うら」は中国語の裏(リ)の前 に母音「ウ」が添加されたものである。古代日本語や朝鮮語では語頭にラ行の音がくることがないから、語頭に母音を添加することによって日本語として受け入 れられた。

○同源語:
影(かげ)、衣(きぬ・ 巾)、吾(わが)、妹(いも)、

 

【うらむ(怨・恨)】
黄 葉(もみち)をば 取 (とり)てぞ思努布(しのぶ) 青 (あをき)をは 置 (おき)てぞ歎(なげ)く そ こし恨(うらめ)し 秋 山(あきやま)吾(われ)は(万 16)

相 (あはず)とも吾(われ)は不怨 (うらみじ)此(この)枕(まくら)吾(われ)と念(おもひ)て枕(まき)て左宿座(さねませ)(万2629)

 古代中国語の怨[iuan]、恨[hən]は音義ともに近い。日本語の「うらむ」は中国語の 怨[iuan]と同源であろう。「うらむ」は恨[hən]の頭音[h-]は脱落したものでもある。韻尾[-n]がラ行に転移した。韻尾の[-n][-l]と調音の位置が同じであり、転移しやすい。
例:巾
[kiən]きれ、群[giuən]むれ、春[thjiuən]はる、昏[xuən]くれ、玄[hyuen]くろ、閏[njiuən]うるふ、
  潤
[njiuən]うるおふ、濡[njio]ぬれる、練[lian]ねる、見[hmyan*]みる、

○同源語:
取(とる)、置(おく)、歎(なげ)く、山(や ま)、吾(われ)、相(あふ・合)、此(こ)れ、念(おもふ)、宿(ね・寐)る、

 

【うれふ(憂)】
草 枕(くさまくら) 客(たび)の憂(うれへ)を 名草漏(なぐさもる) 事(こと)も有(あり)やと、、(万1757)

妻 子(めこ)等母(ども)は 足(あと)の方(かた)に 圍(かくみ)居(ゐ)て憂(うれへ)さまよひ、、(万892)

  古代中国語の「憂」は憂[iu]である。憂[iu]は欝[iuət]と音義ともに近い。日本語の「うれふ」は憂欝の鬱[iuət]に近い。「うれふ」の「れ」は鬱[iuət]の韻尾[-t][-l]に転移したものであろう。

○同源語:
妻子(めこ・女子)、居(ゐ)る、

 

【うを(宇乎・魚)】
思 可能宇良(しかのうら・浦)に伊射里(いざり)する安麻(あま)伊敝妣等(いへびと)の麻知(まち)古布(こふ)らむに安可思(あかし)都流(つる・釣) 宇乎(うを・魚)(万 3653)

  この歌の「うを」は音表記であるが、『和名抄』 には「魚、宇乎(うを)、俗云、伊遠(いを」とあり、古代日本語では「魚」は「うを」であった。古代中国語の「魚」は魚[ngia]である。古代日本語では濁音が語頭にくることがな かったので魚(ギョ)という読みはなかった。朝鮮漢字音では疑母[ng-]は脱落して魚(eo)となる。日本語の「うを」は朝鮮漢字音の魚(eo)の影響を受けたものである。

○同源語:
海人(あま)、家(いへ)、釣(つる)、

 

【え・えだ(枝)】
槻 木(つきのき)の こちごちの枝(え)の 春葉(はるのは)の 茂(しげき)が如(ごと)く、、(万210)

古 (いにしへ)に樑(やな)打(うつ)人(ひと)の無有(なかり)せば此間(ここに)も有益(あらまし)柘(つげ)び枝(えだ)はも(万387)

 漢字の「支」は中国語の音韻史を象徴するような 文字である。「支」は「シ」であり、「技術」の「技」は技(ギ)である。そして、「枝」は音が枝(シ)、訓が枝(え・えだ)である。「枝」の古代中国語音 は枝[tjie]であり、「技」は技[gie]であるとされている。同じ声符「支」がカ行とサ行 に読み分けられている。

 埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣の銘の「獲 加多支鹵」は「ワカタケル」と解読されている。「支」は古墳時代には「カ」と読まれていたことが分かる。声符「支」次のように音価が変化したと考えられ る。 日本語の木(き)は古代中国語の枝[gie]である可能性がある。また、樹[zjio]も祖語(上古音)は樹[gio*]であった可能性がある。万葉集の時代の日本語では 「枝」は枝(シ・え・えだ)であり、「枝」を枝(き)とは読めなくなっていたに違いない。

 枝[gie*](き)→(口蓋化)→枝[tjie](シ)→(頭音脱落)→枝[jie](え)

 日本語の枝(え)は中国語の枝[tjie]の頭音が日本に来てから脱落したものであろう。正 確にいえば枝(え)はア行の「え」ではなく、古代日本語にあったヤ行の「イエ」である。「えだ」の「だ」は不明である。

○同源語:
木(き・枝)、春(はる)、葉(は)、樑(や な)、打(うつ)、無(な)き、此(こ)れ、

 

【おきる(起・興)】
吾 (わが)門(かど)に千鳥(ちどり)數(しば)鳴(なく)起(おき)よ起(おき)よ我(わが)一夜妻(いとよづま)人(ひと)に所レ知(しらゆ)な(万3873)

人 眼(ほとめ)守(もる)君(きみ)がまにまに余(われ)さへに夙(つとに)興(おき)つつ裳裾(ものすそ)所沾 (ぬれぬ)(万 2563)

  古代中国語の「起」「興」は起[khiə]、興[xiəng]である。白川静の『字通』によれば「起[khiə]、興[xiəng]、熙[xiə]は声義近く、[説文]に「興は起すなり」、[爾雅、釈詁]に「熙は興なり」とあってみな興起の意がある。」 とある。「起」「興」は日本語の「おきる」に音義ともに近い。
 起
[khiə]の頭音は有気音であり、興[xiəng]の頭音は喉音であり、いずれも日本語にはない音で ある。そのため語頭に母音(お)をつけて、日本語として発音しやすくした。

○同源語:
吾・我(わが)、門(かど)、千(ち)、鳥(と り)、鳴(なく)、夜(よる)、妻(つま・妻女)、知(しる)、眼(め)、守(まもる・護)、君(きみ)、余(われ・我)、沾(ぬれ・濡)る、

 

【おく・おき(奥)】
奥 山(おくやま)の於石 (いはに)蘿(こけ)生(むし)恐(かしこみ)と思(おもふ)情(こころ)を如何(いかにか)もせむ(万1334)

淡 海(あふみ)の海(み)邊多(へた)は人(ひと)知(しる)る奥浪(おきつなみ)君(きみ)を置)(おきて)は知(しる)人(ひと)も無(なし)(万3027)

  古代中国語の「奥」は奥[uk]である。現代の北京語音は奥(ao)である。日本語では音が奥(オウ)訓が奥(おく) である。日本語の訓とされている奥(おく)は古代中国語と同源である。
 日本語の「沖」もまた、語源は中国語の「澳」で ある。また、今はもう使われなくなったことばであるが燠(おき)もまた中国語語源である。「燠」は火種を火鉢の灰の中などに貯えておくもので、マッチの普 及とともに死語になってしまった。

○同源語:
山(やま)、思(おもふ・念)、情(こころ・ 心)、如何(いか)に、海(うみ)、邊(へ)、知(し)る、浪(なみ)、君(きみ)、無(な)し、

 

【おく(置)】
夕 凝(ゆふごりの)霜(しも)置(おきに)来(けり)朝(あさ)戸(と)出(で)に甚はなはだ)踐(ふみ)て人(ひと)に所知 (しらゆ)な(万 2692)

宇 (う・卯)の花(はな)の過(すぎ)ば惜(をしみ)か霍公鳥(ほととぎす)雨間(あまま)も不置 (おかず)従此 間(こゆ)喧(なき)渡(わたる)(万1491)

  古代中国語の「置」は置[tjiək]である。日本語の「おく」は置[tjiək]の頭音が口蓋化の影響で脱落したものであろう。
例:灼
[tjiôk](シャク・やく)、射[djyak](シャ・いる)、織[tjiək]おる、折[tjiat]をる、熟[tjiuk]
  (ジュク・うれる)、真
[tjien]ま、矢[sjiei](シ・や)、舎[sjya](シャ・や)、赦[sjyak](シャ・ゆ  るす)、淑[zjiuk](シュク・よき)、身[sjien]み、色[shiək]いろ、山[shean]やま、

○同源語:
夕(ゆふ・夜)、霜(しも)、出 (で・でる)、知(し)る、花(はな)、過(すぎ)る、霍公鳥(ほととぎす・隹)、間(ま)、喧(なく・鳴)、渡(わた)る、

 

【おす(押)】
春 日山(かすがやま)押(おし)て照有(てらせる)此(この)月(つき)は妹(いも)が庭(にはに)も清有(さやけかり)けり(万1074)

  「押し照る」は万葉集では成句になっていて本来 の「押す」の意味は希薄である。「押」の古代中国語音は押[eap]である。日本語の「おす」と中国語の「押」は同義 である。同義であり、音韻の対応があれば同源語ということになる。日本語の「おす」と中国語の「押」は同義であり、音も似ている。日本語の「おす」は「押 (オウ)+す(日本語の動詞語尾)」である可能性がある。

○同源語:
山(やま)、照(てる)、此(こ)れ、清(さや か)、

 

【おつ(堕・落)】
其 (その)雪(ゆき)の 時無(ときなきが)如(ごと) 其(その)雨(あめ)の 間無(まなきが)如(ごと) 隈(くま)も不堕 (おちず) 念(おもひ)つつぞ來(こし) 其(その)山道(やまみち)を(万26)

狛 錦(こまにしき)紐(ひもの)片方(かたへ)ぞ床(とこ)に落(おち)にける明夜(あすのよ)し将來 (こむ)と云(いは)ば取(とり)置(おきて)待(またむ)(万2356)

  古代中国語の堕[duai]である。古代日本語では濁音が語頭に立つことがな いから語頭に母音を添加した。落[lak]は義(意味)は近いが、音が対応していない。訓借 であろう。

○同源語:
其(そ)の、時(とき)、間(ま)、無(な)き、 思(おもふ・念)、來(くる)、山(やま)、取(とる)、置(おく)、紐(ひも・繙・絆)、方(へ)、床(とこ)、夜(よる)、

 

【おと(音・聲)】
大 王(おほきみ)の御笠山(みかさのやま)の帯(おび)に為(せ)る細谷川(ほそたにがは)の音(おと)の清(さやけ)さ(万1102)

一 松(ひとつまつ)幾代(いくよ)か歴(へぬ)る吹風(ふくかぜ)の聲(おと)の清(きよき)は年(とし)深(ふかみ)かも(万1042)

 古代中国語の「音」は音[iəm]である。日本語では音[iəm]も恩[en]も「オン」であり、中国語の韻尾[-m][-n]は弁別されていない [-n]は調音の位置が[-t]と同じであり、転移しやすい。日本語の音(おと) は古代中国語の音[iəm]と同源でああろう。琴[giəm](キン・こと)なども韻尾の[-m]がタ行に転移した例である。
 二番目の歌では聲
[thjieng]が日本語の「おと」にあてられている。借訓であ る。

○同源語:
大王(おほきみ、君)、御(み)、山(やま)、川 (かは・河)、清(さやか)、幾(いく)、代(よ・世)、歴(へる・經)、

 

【おと(弟)】
父 母(ちちはは)が 成(なし)のまにまに 箸(はし)向(むかふ) 弟(おと)の命(みこと)は、、(万1804)

 古代中国語の「弟」は弟[dyei]である。古代日本語は濁音ではじまることばはな かったので語頭に母音が添加されて弟(おと)となった。男女の別なく、弟と妹について使われたという。現代日本語の「おとうと」は「弟人」、「いもうと」 は「妹人」である。

○同源語:
母(はは)、向(むか)ふ、命(みこと・命人)、

 

【おふ(負)】
此 (これ)や是(こ)の倭(やまと)にしては我(わが)戀(こふ)る木路(きぢ)に有(ありと)云(いふ)名(な)に負(おふ)背(せ)の山(やま)(万35)

名 (な)耳(のみ)を 名兒山(なごやま)と負(おひ)て 吾(わが)戀(こひ)の千重(ちへ)の一重(ひとへ)裳(も)なぐさめなくに(万963)

  古代中国語の「負」は負[biua]である。古代日本語では濁音が語頭に立つことがな いから語頭に母音が添加されて負(おふ)となった。日本語の表記では「負(お)ふ」となるが、「お」は接頭辞で語源的には「お負(ふ)」である。
 最初の歌(万35)では「名に負(おふ)背の 山」は「あの有名な背(兄)の山」と「背(兄)に会うという名の山」の両方の意味が込められているのであろう。

○同源語:
此(こ)れ、是(こ)の、我(わが)、名(な)、 背(せ)、山(やま)、兒(こ)、千(ち)、

 

【おみ(臣)】
物 部(もののふ)の臣(おみ)の壮士(をとこ)は大王(おほきみ)の任(まけ)のまにまに聞(きく)と云(いふ)物(もの)ぞ(万369)

  古代中国語の「臣」は臣[zjien]である。日本語の臣(しん)は口蓋化の影響で中国 語の頭音が脱落したものである。「臣」には豊臣(とよとみ)のように「とみ」という読み方もある。「臣」のベトナム漢字音は臣(than)であり、臣[zjien]の祖語(上古音)は臣[than*]であった可能性がある。

○同源語:
物(もの)、部(ふ)、臣(おみ)、大王(おほき み、君)、

 

【おも(母・乳母)】
祖 名(おやのな)も 繼(つぎ)徃(ゆく)物(もの)と 母父(おもちち)に 妻(つま)に子等(こども)に 語(かたらひ)て 立(たち)にし日(ひ)よ り たらちねの 母(ははの)命(みこと)は、、(万443)

緑 兒(みどりご)の為(ため)こそ乳母(おも)は求(もとむと)云(いへ)乳(ち)飲(のめ)や君(きみ)が於毛(おも・乳母)求(もとむ)らむ(万2925)

  古代中国語の「母」は母[mə]である。日本語音は母(ボ・はは・おも)である。 母[mə]は語頭音が半濁音[m-]であるため母音「お」が添加された。弟[dyei](おと)、堕[duai](おつ)に準ずる。朝鮮語の母(eo-mi-ni)も同源であろう。
 「おも」には「乳母」という表記も使われてい る。「乳」の古代中国語音は乳
[njia]である。乳[njia]の祖語(上古音)は乳[mia*]に近い音であったものと考えられる。母[mə]と乳[mia*]は同系のことばであろう。

  万葉集のなかには「母」を母(はは)と読む場合 もある。「はは」は母[mə]と調音の位置が同じ(唇音)であり音価が近い。古 代日本語では濁音が語頭に立つことがなかったので清音の「は」を重ねたものであろう。「はは」も母[mə]から派生したことばであろう。

 母(おも)が最もふるく、母(はは)→母(ボ) と変化したものと考えられる。

 憶 良(おくら)等(ら)は今(いま)は将罷 (まからむ)子(こ)将哭 (なくらむ)其(そを)被(おふ・負)母(はは)も吾(あ)を将待 (まつらむ)ぞ(万 337)

○同源語:
名(な)、繼(つぎ・續)、徃(ゆく・行)、物 (もの)、妻(つま・妻女)、子(こ)、語(かたる)、立(たつ)、命(みこと・命人)、緑(みどり)、兒(こ)、飲(のむ・呑)、君(きみ)、今(い ま)、哭(なく・泣)、其(そ)、吾(あ)、

 

【おも(面)】
陸 奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)雖遠 (とほけれど)面影(おもかげに)為(し)て所見 (みゆと)云(いふ)物(もの)を(万396)

對 面(あひみて)は面(おも)隠(かくさる)る物(もの)からに繼(つぎ)て見(み)まくの欲(ほしき)公(きみ)かも(万2554)

  古代中国語の「面」は面[mian]である。日本語の面(おも)は語頭に母音(お)が 添加されたものである。
 「面」は面(おもて)ともいう。面を面(おも て)と読んだ例はま万葉集にはないが、音表記の例がある。中国語の祖語(上古音)面
[miat*]を継承したものである。歴史的には[-t]が古く[-n]が新しい。韻尾の上古入声音[-t*]は隋唐の時代に入って[-n]に変化した。

久 礼奈為(くれなゐ)の 意母提(おもて)の宇倍(うへ)に 伊豆久由(いづくゆ)か 斯和(しわ・皺)が伎多利(きたり)し、、(万804)

 ○同源語:
奥(おく)、真(ま)、野(の)、草(くさ)、原 (はら)、影(かげ)、見(みる)、物(もの)、隠(かく)す、繼(つぎ・續)、公(きみ)、斯和(しわ・皺)、伎多利(きたり・來)、

 

【おもふ(思・念・憶)】
霜 (しも)雪(ゆき)も未(いまだ)過(すぎね)ば不思 (おもはぬ)に春日里(かすがのさと)に梅花(うめのはな)見(み)つ(万1434)

阿 騎(あき)の野(の)に宿(やどる)旅人(たびびと)打(うち)靡(なびき)寐(い)も宿(ね)らめやも古部(いにしへ)念(おもふ)に(万46)

春 鳥(あるとり)の さまよひぬれば 歎(なげき)も 未(いまだ)過(すぎぬ)に 憶(おもひ)も 未(いまだ)不盡 (つきね)ば、、(万 199)

  日本語の「おもふ」には万葉集では思[siə]、念[niəm]、憶[iək]などが使われている。念[niəm]は頭音の[n-][m-]に転移し、母音が添加されたものとすれば、音義と もに日本語の「おもふ」に近い。「念」と同じ声符をもった漢字に稔[njiən]がり、日本漢字音は稔(ネン・みのる)である。
 「思」「念」「憶」はいずれも義(意味)は日本 語の「おもふ」に近いが、音が一番近いのは念
[niəm]であろう。音義ともに近いことばは同源である。

○同源語:
霜(しも)、未(いまだ)、過(すぎ)る、梅(う め)、花(はな)、見(みる)、野(の)、靡(なびく)、寐(ねる)、鳥(とり)、歎(なげ)く、

 

【おる(織)】
我 (わがため)と織女(たなばたつめ)の其(その)屋戸(やど)に織(おる)白布(しろたへは)織(おり)てけむかも(万2027)

未 通女(をとめ)等(ら)が織(おる)機(はた)の上(うへ)を真(ま)櫛(くし)もち掻上(かかげ)𣑥嶋(たくしま)波間(なみのま)従(ゆ)所見 (みゆ)(万 1233)

   古代中国語の「織」は織[tjiək]である。日本語の「おる」は中国語の織[tjiək]が口蓋化の影響で頭子音が脱落したものである。韻 尾の[-k]はラ行に転移した。中国語の韻尾[-t]はラ行に転移することが多いが、韻尾[-k]がラ行に転移することもある。
例:腹
[piuk]はら、原[ngiuan]はら、色[shiək]いろ、黒[xək]くろ、夜[jyak]よる、殻[khək]から、悪[ak]
  るい、或
[hiuək]ある、

○同源語:
我(わが)、女(め)、其(そ)の、真(ま)、島(しま・洲)、波(なみ・浪)、間(ま)、見(みる)、

 

【あ行のまとめ】

 古代日本語のア行のことばを整理してみるとつぎ のようになるのではあるまいか。

1.古代中国語の頭音が母音であるもの。

[eng]うぐひす、厭[iap]うし・いとふ、怨[iuan]うらむ、憂[iu]うれふ、奥[uk]おく、押[eap]おす、音[iam]おと、

2.中国語の声母が口蓋化などの影響で脱落したもの。

○(日母[nj-]、疑母[ng-]、明母[m-]、来母[l-]の脱落)
 我
[ngai]あ、吾[nga]あ、仰[ngiang]あふぐ、牛[ngiuə]う+し<朝鮮語・牛(so)>、魚[ngia]うを、
 熱
[njiat]あつし、入[njiəp]いる、乳母[njia]おも、
 綾
[liəng]あや、鮎[niəm]あゆ<鮎魚>、彌[mia]いや、

○(喉音[h-][x-]の脱落)
 可
[hai][lieng]あはれ、合[həp]あふ、会[huat]あふ、荒[xuang]あらし、恨[hən]うらむ、
 海子・海部
[xmuə*]あま、顕[xian]あらはす、

○(介音[-i-]などによる頭音の脱落)
 赤
[thjyak]あか、天[thyen]あま・あめ、息[siək]いき、生[sheng]いきる、犬[khyuan]いぬ、秈[shean] いね、今[kiəm]いま、禁[kiəm]いむ、射[djyak]いる・いゆ、色[shiək]いろ、枝[tjie]え・えだ、置    [tjiək]お く、臣[sjien]おみ、織[tjiek]おる、

3.語頭に母音が添加されたもの。

○(頭音が濁音などの場合)
 痛
[thong]いたし、出[thiuət]いづ、泉[dziuan]いづみ、氏[djie*]うぢ、堕[duai]おつ、弟[dyei]おと、
 負
[biua]おふ、
 當
[tang]あたり、至[tjiet]・到[tô]いたる、禱[tu]いのる、打[tyeng]うつ、
 幾
[kiəi]いく、家[kea]いへ、起[khia]おきる、興[xiəng]おきる、

○(頭音が[m-]の場合)
 海女
[(h)muə*]あま、網[miuang]あみ、寐[muət]いぬ、未[miuət]いまだ、夢[miuəng]いめ、妹[muəi]
 いも、馬
[mea]うま・むま、味[miuəi]うまし、海[(h)muə*]うみ、梅[muə]うめ、蕪[miuə]うも、埋  [məi]うもる、母[mə]おも・あも、面[mian]おも、念[niəm]おもふ、

○(頭音が[l-]の場合)
 嵐
[ləm]あらし、裏[liə]うら、

*は再構した上古音をあらわす。

 日本語のア行音は上古中国語の頭子音が脱落した ものや、頭音に母音が添加されたものがあるので見逃されやすい。しかし、言語のたどった長い歴史のなかで、中国語音も変化し、日本語の音韻構造も変化し た。そして、音韻構造の違う日本語の音韻構造に合わせて中国語原音は転移して受け入れられてきた。
 日本語は母音では じまることばが多い。『広辞 苑』では2588ページ中ア行は375ページで14.5%をしめている。これにたいして中国語は、小学館 の『中日辞典』では1%にもみたない。そのため、中国語の語彙が日本語に借用されるときは、中国語の頭母音が脱落するか、頭に母音を添加することが多くな る。朝鮮語ではア、ヤ、ワ行を合わせて15%で、日本語に近い。
 岩波の古語辞典ではア行が
18%あり、時代別国語大辞典(上代編)では20%ある。古代日本語の方が現代の日本語より、母音 ではじまることばが多い傾向がみられる。

 

◎か行

【か(香)】
宇 梅(うめ)の波奈(はな)香(か)を加具波之美(かぐはしみ)等保(とほ)けども己許呂(こころ)もしのに伎美(きみ)をしぞ於毛布(おもふ)(万4500)

神 風(かむかぜ)の伊勢(いせ)の國(くに)は奥(おき)つ藻(も)も靡(なびき)足(し)波(なみ)に塩氣(しほけ・潮)のみ香乎礼流(かをれる)國(く に)に味凝(うまこり)あやに乏(とも)しき高照(たかてらす)日(ひ)の御子(みこ)(万162)

 古代中国語の「香」は香[xiang]である。喉音[x-]は日本語ではカ行で現われる。現代中国語の[x-]は摩擦音であるが、古代中国語では破裂音であった と考えられる。香(か)は中国語の韻尾[-ng]が脱落したものである。日本語は開音節(母音で終 わる音節)なので中国語の韻尾[-ng]は脱落しやすい。
 万葉集では香久山を「香具山」「香來山」「香 山」んどと表記しているが、「香山」は香
[xiang]を「かぐ」と読んだものであり、「香具山」「香來 山」は香[xiang]の韻尾[-ng]を「具」あるいは「來」であらわしたものである。 万葉集の時代には、すでに香[xiang]の韻尾が失われかけていたことが分かる。

○同源語:
宇梅(うめ)、波奈(はな・花)、加具波之美(か ぐはしみ・香)、己許呂(こころ・心)、君(きみ)、思
(おもふ・念)、神(かみ)、國(くに)、奥(おき・澳)、靡 (なび)く、波(なみ・浪)、塩(しほ・潮)、氣(き・け)、香乎礼流(かをれる、香)、味(うま)し、照(てる)、御
(み)、子(こ)、

 

【かがみ(鏡)】
白 銅鏡(まそかがみ)手(て)に取(とり)持(もち)て見(みれ)ど不レ足(あかぬ)君(きみ)に所贈 (おくれ)て生(いけり)とも無(なし)(万3185)

  古代中国語の「鏡」は鏡[kyang]である。古代の鏡は金属製で中国から渡来したもの である。日本語の「かがみ」は中国語の「鏡」と同源であろう。白川静の『字通』によると、「鏡・景kyangは同声。監・鑑keam、光kuang、曠khuang、煌・晃huangは畳韻で、いずれも音義が近い」という。
 日本語では頭音節が濁音や喉音
[h-]などの場合、語頭に清音をつけて、濁音が語頭にこ ないようにすることがある。
例:鑑
[heam](カン・かがみ)、懸[hiuen](ケン・かかる)、限[hean](ゲン・かぎり)、續[ziok]
  (ゾク・つづく)、
 また、韻尾の
[-ng][-m]と調音の方法が同じ(鼻音)であり、転移しやす い。
例:灯
[təng](トウ・ともる)、停[dyeng](テイ・とまる)、醒[syeng](セイ・さめる)、霜[shiang]   (ソウ・しも)、公[kong](コウ・きみ)、

○同源語:
手(て)、取(とる)、見(みる)、君(きみ)、 生(いきる)、無(な)し、

 

【かぎり(限)】
袖 (そで)振(ふらば)可見 (みゆべき)限(かぎり)吾(われは)雖有 (あれど)其(その)松枝(まつがえに)隠在(かくれたりけり)(万2485) 

 古代中国語の「限」は限[hean]である。頭音の[h-]は日本語にはない喉音であり、濁音なので清音を先 に立てて日本語として発音しやすくした。韻尾の[-n][-l]に転移した。

○同源語:
袖(そで)、見(みる)、吾(われ)、枝(え)、 隠(かくれ)る、

 

【かく(畫、可伎・かき)】
和 我(わが)都麻(つま)も畫(ゑ)に可伎(かき)等良無(とらむ)伊豆麻(いづま・暇)もが多妣(たび)由久(ゆく)阿礼(あれ)は美(み・見)つつ志努 波牟(しのばむ)(万 4327)

  この歌では「絵に描きとらむ」という部分が「畫 尒可伎当良無」と表記されている。「畫」の古代中国語音は畫[hoek]であり、意味は「え」「えがく」である。「畫」は 「画」とも書き絵[huat]とも音が近い。万葉集では「ゑ」は「畫」と書き、 「かき」は「可伎」と表記されているが、「ゑ」も「かき」も畫[hoek]と同源のことばであろう。畫(ゑ)は名詞であり、 畫(かく)は動詞である。
 書
[sjia]は「畫」と字体は似ているが音が対応していない。 「書」も上古音は喉音で書[xjia*]に近い音であった可能性がある。しかし、これはも う少し漢字の音韻史の研究が進まないと確証を得られそうにない。

○同源語:
和我(わが)、都麻(つま・妻女)、畫(ゑ・ 絵)、可伎(かく・畫)、等良無(とらむ・取)、由久(ゆく・行)、阿礼(あれ・我)、美(み・見)る、

 

【かく・かける(闕)】
千 歳(ちとせ)に 闕(かくる)事(こと)無(なく) 万歳(よろづよ)に 有(あり)通将(かよはむ)と、、(万3236)

世 間(よのなか)は空(むなしき)物(もの)と将レ有(あらむ)とそ此(この)照(てる)月(つき)は満(みち)闕(かけ)為(し)ける(万442)

  「闕」の古代中国語音は闕[khiuat]で、缼(欠)と通用する。日本語の「かく」「かけ る」は中国語の闕[khiuat]と音義ともに近く、同源であろう。中国語音の[kh-]は有気音であり、日本語では子音を重ねて「かく」 「かけ」となってあらわれている。
 韻尾
[-t]は日本語ではカ行に転移している。王力は『同源字 典』のなかで遞・逓[dyek]と迭[dyet]は音が近く同源である、としている。中国語でも江 南音では[-p][-t][-k]は区別されていない。

 最初の歌(万323)の「通将(かよはむ)と」 は日本語の語順であり、二番目の歌(万442)の「将有(あらむ)とそ」はレ点があり、中国語 の語順で表記されている。

○同源語:
千(ち)、無(な)き、世(よ)、間(なか・ 中)、物(もの)、此(こ)の、照(てる)、満(みちる)、

 

【かくる・かくす(隠)】
茜 (あかね)刺(さ)す日(ひ)は雖照 有(て らせれど)烏玉(ぬばたま)の夜(よ)渡(わたる)月(つき)の隠(かく)らく惜(をし)も(万169)

三 輪山(みわやま)を然(しか)も隠(かくす)か雲(くも)だにも情(こころ)有(あら)なも可苦佐布(かくさふ)べしや(万18)

  古代中国語の「隠」は隠[iən]である。中国語の古代音は唐代の音を中心に復元さ れている。隠[iən]の祖語(上古音)には入りわたり音音[h-]があり隠[(h)iən*]のような音であったものと考えられる。それが唐代 にはすでに消滅していたものと思われる。喉音[h-]は介音[-i-]の発達によって失われものが隠[iən]であろう。日本漢字音には訓に頭音[h-]の痕跡が残り、音では頭音[h-]を喪失しているものが、いくつか見られる。
例:雲
[hiuən](くも・ウン)、熊[hiuəm](くま・ユウ)、媛[hiuan](ひめ・エン)、羽[hiuə](は・    ウ)、煙[hyen*](けむり・エン)、
 また、音に両方の読みがある例もみられる。
例:絵
[huat](カイ・ヱ)、回[huəi](カイ・ヱ)、黄[huəng](コウ・オウ)、

○同源語:
刺(さ)す、照(てる)、夜(よる)、渡(わた) る、三(み)、山(やま)、雲(くも)、情(こころ・心)、

 

【かげ(影)】
度 (わたる)日(ひ)の陰(かげ)も隠(かくら)ひ照(てる)月(つき)の光(ひかり)も不見 (みえず)、、(万 317)

燈 (ともしび)の陰(かげ)にかがよふ虚蝉(うつせみ)の妹(いも)が咲(ゑ)まひし面影(おもかげ)に所見 (みゆ)(万 2642)

  上の歌はそれぞれ、「大空を渡る太陽の光も隠 れ、照る月の光も見えず、、、」「燈火の陰にちらちらする現実の妹のほほえみが、今、面影に浮かんで見える」という意味である。 
 古代日本語の「かげ」には影(日の当らないとこ ろ)と光(日のあたるところ)という二つの意味がある。現代の日本語でも「月影」といえば「月の光」のことである。中国語には売買(バイバイ)、授受 (ジュジュ)などのように同じ音で反対の意味をもつことばがある。
 古代中国語の影
[yang]は景[kyang]と声符が同じである。「影」もまた「景」と同じ頭 音をもっていたことがあると考えられる。日本語の「かげ」は中国語の影[kyang*]に依拠したものである。
 一方、「光」の古代中国語音は光
[kuang]であり、影[kyang*]と音が近い。「かぐや姫」の「かぐ」は光[kuang]であり、「光姫」ということになる。「陰」は陰[iəm]であり、隠[iən]、暗・闇[əm]に音義が近い。

○同源語:
度(わたる・渡)、陰(かげ・影)、照(てる)、 見(みる)、燈(ともしび・燈火)、妹(いも)、面(おも)、

 

【かける・かかる(懸・繋)】
天 原(あまのはら)振(ふり)離(さけ)見(みれ)ば白眞弓(しらまゆみ)張(はり)て懸有(かけたり)夜路(よみち)は将吉 (よけむ)(万 289)

吾 (わが)戀(こひ)は千引(ちびき)の石(いは)を七(なな)ばかり頸(くび)に将繋 (かけむ)も神(かみ)のまにまに(万743)

  古代中国語の「懸」は懸[hiuen]である。「繋」は繋[kye]であり「かける」という意味である。古代日本語は 語頭に濁音がくることがなかったので、懸(かかる)と清音を重ねて発音しやすくしている。中国語の頭音[h-][k-]は日本語では清音と濁音を重ねてあらわわれること がある。
例:限
[heən]かぎり、係[hye]かかり、鏡[kyang]かがみ、鑑[keam]かがみ、懸[huen]かかり、掲[kiat]か   かげる、掛[kyue]かける、鉤[ko]かぎ、
 韻尾の
[-n][-l]と調音の位置が同じであり、転移した。
例:漢・韓(カン・から)、雁(ガン・かり)、昏 (コン・くれ)、邊(ヘン・へり)、
  玄(ゲン・くろい)、嫌(ケン・きらう)、薫(ク ン・かをり)、

○同源語:
天(あめ)、原(はら)、見(みる)、真(ま)、 弓(ゆみ)、夜(よる)、吾(わが)、千(ち)、頸(くび)、神(かみ)、

 

【かざし(頭刺・挿頭)】
孫 星(ひこほしの)頭刺玉(かざしのたま)の嬬戀(つまごひに)乱(みだれに)けらし此(この)川(かはの)瀬(せに)(万1686)

古 (いにしへ)に有(あり)けむ人(ひと)も如吾 等(わ がごと)か弥和(みわ)の檜原(ひばら)に挿頭(かざし)折(をり)けむ(万1118)

  万葉集では日本語の「かざし」は「頭刺」あるい は「挿頭」と表記されているが、日本語の「かざし・かんざし」は中国語音の冠挿[kuan-tsheap]と同系のことばであろう。

○同源語:
星(ほし)、嬬(つま・妻嬬)、乱(みだれ)、此 (こ)の、川(かは・河))、吾(わが)、檜(ひ)、原(はら)、折(をる)、

 

【かざる(餝・華飾)】
大 殿(おほとの)を 振(ふり)放(さけ)見(みれ)ば 白細布(しろたへに) 餝(かざり)奉(まつり)て、、(万3324)

す がるの如(ごと)き 腰細(こしぼそ)に 取(とり)餝(かざら)ひ 真十鏡(まそかがみ) 取(とり)雙(なめ)懸(かけ)て、、(万3791)

 「餝」は「飾」の異字である。古代中国語の 「飾」は飾[sjiək]である。古事記では「厳餝」と表記されているもの もみられる。日本語の「かざる」は「厳餝」あるいは華飾[hoa-sjiək]に由来することばであろう。

○同源語:
殿(との)、見(みる)、取(と)る、真(ま)、 鏡(かがみ)、懸(かけ)る、

 

【かし(樫・橿)】
橿 實(かしのみ)の 獨(ひとり)か将宿 (ぬらむ) 問(とは)まくの 欲(ほしき)我妹(わぎも)が 家(いへ)の不知 (しらな)く(万 1742)

麻 衣(あさごろも)著(けれ)ば夏樫(なつかし)木國(きのくに)の妹背(いもせ)の山(やま)に麻(あさ)蒔(まく)吾妹(わぎも)(万1195)

  「かし」には「橿」「樫」などの漢字があてられ ている。「橿」の古代中国語音は橿[giang]である。「樫」は国字である。樫の声符「堅」は堅[kyen]である。二番目の歌では日本語の「なつかし」に 「樫」が使われていることから、「樫」が樫(かし)と読まれていたことがわかる。
 堅
[kyen]の祖語(上古音)は堅[kyet*]に近い音であったと考えられている。中国語の韻尾 には[-s]はないが、日本語の「かし」は堅[kyet*]を継承したものであろう。

○同源語:
宿(ねる・寐)、我・吾(われ)、妹(いも)、家 (いへ)、知(し)る、木(き・枝)、國(くに)、背(せ)、山(やま)、蒔(まく・播)、

 

【かすみ(霞)】
霞 (かすみ)立(たち) 春日(はるひ)の霧(きれ)る 百磯城(ももしき)の 大宮處(おおみやどころ) 見(みれ)ば悲(かなし)も(万29)

都 奇(つき・月)餘米婆(よめば)伊麻太(いまだ)冬(ふゆ)なりしかすがに霞(かすみ)たなびく波流(はる)多知奴(たちぬ)とか(万4492)

  古代中国語の「霞」は霞[hea]である。日本語の「かすみ」は中国語の「霞」から 派生したことばであろう。「かすみ」は「霞・霧」である可能性がある。「かすみ」の「す」は「庭つ鳥」「澳つ浪」の「つ」に相当する助詞で、「霞の霧」と いうことになる。
 白川静は『字訓』の「かすみ」の項で次のように 述べている。『華厳音義私記』に「晨霞 可須美」、『最勝王経音義』に「霧 加須美」とあって、霞と霧との区別も明らかでないところがあるという。

○同源語:
立(たつ)、宮(みや)、見(みる)、伊麻太(い まだ・未)、波流(はる・春)、多知(たち・立)、

 

【かた(肩)】
木 綿(ゆふ)手次(たすき) 肩(かた)に取(とり)懸(かけ) 忌戸(いはひべ)を 齊(いはひ)穿(ほり)居(すゑ)、、(万3288)

綿 (わた)も奈伎(なき) 布(ぬの)可多(かた・肩)衣(ぎぬ)の 美留(みる・海松)の其等(ごと・如) わわけさがれる かかふのみ 肩(かた)に打 懸(うちかけ)、、(万 892)

  古代中国語の「肩」は肩[kyan]である。韻尾の[-n][-t]は調音の位置が同じであり、転移しやすい。同じ声 符をもった漢字で[-n][-t]の両方の読み方があるものがみられる。
例:本(ホン)・鉢(ハチ)、吻(フン)・物(モ ツ・ブツ)、因(イン)・嗚咽(オエツ)、    産(サン)・薩摩(サツマ)など、

 中国語音韻史では、入声音[-t]の多くが隋唐の時代には[-n]に転移したことが知られている。肩[kyan]の祖語は肩[kyat*]に近い音であったと思われる。日本語の「かた」は 中国語の上古音、肩[kyat*]に依拠したものであろう。
例:腕
[uan](ワン・うで)、[djiuən](ジュン・たて)、幡[phiuan](バン・はた)、堅[kyen](ケン・  かたい)など

○同源語:
取(とる)、懸(かける)、穿(ほる・掘)、綿 (わた)、奈伎(なき・無)き、打(うつ)、

 

【かた・(形)】
夕 (ゆふ)附(づく)日(ひ)指(さ)すや河邊(かはへ)に構(つくる)屋(や)の形(かた)を宜(よろし)み諾(うべ)所因 (よそり)けり(万 3820)

 「形」の古代中国語音は形[hyeng]である。中国語の韻尾[-ng]はカ行であらわれることが多い。しかし、江南音で は[-ng][-n]の区別が失われており、「形」の江南音が形[hyen]に近い音であったとすれば、タ行であらわれても不 思議はない。[-n][-t]は調音の位置が同じであり、転移しやすい。
韻尾
[-ng]がタ行であらわれる例:龍[liong](たつ)、糧[liang](かて)、幸[kang](さち)、

 日本語の「かた」は「形」と同系のことばである 可能性がある。

○同源語:
夕(ゆふ・夜)、指(さ)す、河(かは)、邊 (べ)、構(つくる・作)、屋(や)、

 

【かたし(堅)】
在 有(ありあり)て後(のち)も将相 (あはむ)と言(こと)耳(のみ)を堅(かたく)要(いひ)つつ相(あふ)とは無(なし)に(万3113)

寒 (さむく)し安礼婆(あれば) 堅塩(かたしほ)を 取(とり)つづしろひ、、(万892)

  古代中国語の「堅」は堅[kyen]である。堅[kyen]の祖語は堅[kyet*]であり、日本語の「かたし」は古代中国語の堅[kyet]に依拠したものである。前出の樫(かし)、や堅魚[kyen-ngia](かつを)も中国語と同源である。

 水 江(みづのえ)の 浦嶋兒(うらしまのこ)が 堅魚(かつを)釣(つり)、、(万1740)

○同源語:
相(あふ・合)、言(こと)、耳(のみ・みみ)、 無(な)し、取(とる)、嶋(しま・洲)、兒(こ)、釣(つる)、

 

【かたる(語・言)】
不 聴(いなと)雖謂 (いへど)語礼(かたれ)々々(かたれ)と詔(のらせ)こそ志斐(しい)いは奏(まをせ)強語(しいがたり)と言(いふ)(万237)

あ しひきの山橘(やまたちばな)の色(いろ)に出(いで)よ語言(かたらひ)繼(つぎ)て相(あふ)事(こと)も将有 (あらむ)(万 669)

大 夫(ますらを)の弓上(ゆずゑ)振(ふり)起(おこし)射(い)つる矢(や)を後(のち)将見 (みむ)人(ひと)は語(かたり)繼(つぐ)がね(万364)

 日本語の「かたる」には語[ngia]、語[ngia][ngian]などが使われている。王力の『同源字典』による と、「語」と「言」は同源であるという。言(こと)は名詞であり、言(かたる)は動詞である。日本語の「かたる」は言[ngian]の韻尾[-n]がタ行に転移したものであろう。

○同源語:
山(やま)、色(いろ)、出(いで)、繼(つぐ・ 續)、相(あふ・合)、弓(ゆみ)、起(おこ)す、射(い)る、矢(や)、見(みる)、

 

【かづら(葛)】
玉 葛(たまかづら)花(はな)耳(のみ)開(さき)て不成 有(ならざる)は誰(たが)戀(こひ)尓有(なら)め吾(あ)は孤悲(こひ)念(おもふ)を(万102)

  古代中国語の「葛」は葛[kat]である。日本語の「かづら」は「葛[kat]+ら」であろう。「ら」は朝鮮語の木(na-mu)と関係のあることばである可能性がある。「ら」と 「な」は調音の位置が同じであり転移しやすい。

○同源語:
葛(かずら)、花(はな)、開(さき・咲)、吾 (あ)、念(おもふ)、

 

【かつを(堅魚)】
水 江(みづのえ)の 浦嶋兒(うらしまのこ)が 堅魚(かつを)釣(つり) 鯛(たひ)釣(つり)矜(ほこり)、、(万1740)

  「かつを」は現代では「鰹」とも書くが堅[kyen]+魚[ngia]である。「堅」の祖語(上古音)堅[kyet*]に近い音だったものと思われる。唐代の韻尾[-n]の上古音は入声音[-t]であったものが多い。
例:本
[puən](もと)、元[ngiuan](もと)、盾[djiuən](たて)、幡[piuan](はた)、管[kuan]
  (くだ)、肩
[kyan](かた)、腕[uan](うで)、言[ngian](こと)、満[muan](みつる)、断[duan]  (たつ)、

 魚[ngia]を「うを」と読むのは中国語の疑母[ng-]が脱落したものである。古代日本語では濁音が語頭 に立つことがなかったので鼻濁音の[ng-]が脱落した。朝鮮漢字音では「魚」は魚(eo)である。古代日本語の音韻構造は朝鮮語に近かっ た。
例:顎
[ngak](あご)、岳[ngək](をか)、御[ngia](お)、吾[nga]・我[ngai](あ・あれ)、暁[ngyô]   (あか+とき・時)、牛[ngiuə](う+し<朝鮮語so>)、蟻[ngiai](あ+り)、鰐[ngak](わ+   に・魚)、

○同源語:
嶋(しま・洲)、兒(こ)、魚(う お)、釣(つる)、鯛(たひ)、

 

【かぬ(兼)】
真 玉(またま)付(つく)をちこち兼(かね)て言(こと)は五十戸(いへ)ど相(あひ)ての後(のち)こそ悔(くい)には有(あり)と五十戸(いへ)(万674)

真 玉(またま)就(つく)をちこち兼(かね)て結(むすび)つる言(わが)下紐(したひも)の所解 (とくる)日(ひ)有米(あらめ)や(万2973)

  古代中国語の「兼」は兼[hyam]である。語頭の喉音[h-]は日本語ではカ行であらわれる。韻尾の[-m]は日本語ではマ行またはナ行であらわれる。
 現代の北京語では
[-m][-n]の区別は失われている。広東語、朝鮮漢字音などで は韻尾の[-m][-n]は弁別されているが、日本語では弁別されない。日 本語の五十音図には最後は「ン」であり、中国語韻尾の[-n][-m]の両方に用いられている。

○同源語:
真(ま)、言(こと)、相(あふ・合)、悔(く い)、就(つく・衝)、紐(ひも・絆・繙)、
.言(わが・我)、

 

【かね(金)】
銀 (しろがね)も金(くがね)も玉(たま)も奈尓(なに)せむに麻佐礼留(まされる)多可良(たから)古(こ・子)にしかめやも(万803)

皆 (みな)人(ひと)を宿(ね)よとの金(かね)は打(うつな)れど君(きみ)をし念(おもへ)ば寐(いね)不勝 (かてぬ)かも(万 607)

 古代中国語の「金」は金[kiəm]である。日本語の「かね」は中国語の「金」の韻尾[-m]に母音を添加したものである。日本語は開音節(母 音で終わる音節)であり、古代日本語には[-m][-n]で終わる音節はなかったので、母音を添加した。
例:兼
[hyam](かねる)、稔[njiəm](みのる)、闇[əm](やみ)、苫[sjiam/tjiam](とま)、染[njiam]   (そめる)、渗[shiəm](しみる)など

 「金」は金属一般であり、黄金(くがね)、銀 (白金)、鉄(眞金)、銅(赤金)などと区別された。二番目の歌の「金」は「鐘」である。

○同源語:
子(こ)、真(ま)、宿(ねる・ 寐)、打(うつ)、君(きみ)、念(おもふ)、寐(いぬ)、

 

【かは(河)】
隠 國(こもりく)の 泊瀬(はつせ)の川(かは)に 舼(ふね)浮(うけ)て 吾(わが)行(ゆく)河(かは)の 川(かは)隅(くま)の 八十(やそ)阿 (くま)不落 (おちず)、、
(万 79)

も ののふの八十氏(やそうでぢ)河(かは)の阿白木(あじろぎ)にいさよふ浪(なみ)の去邊(ゆくへ)白不(しらず・知)も(万264)

天 漢(あまのがは)棚橋(たなはし)渡(わたせ)織女(たなばた)のい渡(わたら)さむに棚橋(たなはし)渡(わたせ)(万2081)

 河(かは)古代中国語の「河」は河[hai]である。日本語の「かは」は中国語の河[hai]と同源であろう。中国語の「かは」には河[hai]のほかに、川[thjyuən]、江[kong]があって、河(カ)と江(コウ)は似ているが、川 (セン)は「河」や「江」とは違う系統のことばのようにみえる。
 しかし、川と同じ声符をもった漢字に訓
[xiuən]があり、「川」の上古音も川[xiuən*]に近い音をもっていたものと考えられる。現代中国 語のxは摩擦音だが、上古音は喉音の破裂音である。川[xiuən*]、江[kong]も河[hai]と同義であり、音も上古音までさかのぼれば同系の ことばであるとみることができる。

 「天漢」は「あまのがは」に使う漢字であり、古代 中国語音は漢[xan]である。「漢」は「漢水」というごとく、もともと 川の名である。漢[xan]も川[xiuən*]・河[hai]に近い。

○同源語:
隠(こもる・籠)、國(くに)、泊(はつ)、舼(ふね・盤)、吾(わが)、行(ゆく)、落(おちる・堕)、物(もの)、木(き・枝)、浪(なみ)、去(ゆ く・行)、邊(へ)、白(しる・ 知)、天(あめ)、渡(わたる)、

 

【かはづ(蝦・河蝦・河津・川豆)】
朝 (あさ)霞(かすみ)鹿火屋(かひや)が下(した)に鳴(なく)蝦(かはづ)聲(こゑ)だに聞(きか)ば吾(われ)将戀 (こひめ)やも(万 2265)

吾 (わが)畳(たたみ)三重(みへ)の河原(かはら)の礒(いその)裏(うら)に如(かく)しもがもと鳴(なく)河蝦(かはづ)かも(万1735)

秋 (あき)の夜(よ)は 河(かは)し清(さやけ)し 旦雲(あさぐも)に 多頭(たづ)は乱(みだれ) 夕霧(ゆふぎり)に 河津(かはづ)は驟(さわ く)、、(万 324)

川 豆(かはづ)鳴(なく)清(きよき)川原(かはら)を今日(けふ)見(み)ては何時(いつ)か越(こえ)來(き)て見(み)つつ偲(しの)ばむ(万1106)

 万葉集では「かはづ」は「蝦」「河蝦」「河津」 などと表記されている。「蝦」の古代中国語音は蝦[hea]である。「蝦」は中国語では「えび」のことだが、 「蝦蟆」ということばもあって「ひきがえる」である。日本語の「かはづ」は「蝦蟆+づ」であろう。それが「河」の連想で「河蝦」「河津」となったものであ ろう。「つ」は不明である。

○同源語:
霞(かすみ・霞霧)、鹿(か)、火(ひ)、屋 (や)、鳴(なく)、聲(こゑ)、吾(われ)、畳(たたみ)、河・川(かは)、原(はら)、裏(うら・浦)、夜(よる)、清(さやか・きよき)、雲(く も)、乱(みだれ)、夕(ゆふ・夜)、津(つ)、今日(けふ)、越(こえる)、來(くる)、

 

【かひ(峡)】
旦 今日(けふ)々々々(けふ)と吾(わが)待(まつ)君(きみ)は石水(いしかは)の貝(かひ)に<一云 谷(たに)に>交(まじり)て有(あり)と不言 (いはず)やも(万 224)

夜 麻我比迩(やまがひに)佐家流(さける)佐久良(さくら・櫻)を多太(ただ)比等米(ひとめ)伎美(きみ)に弥西(みせ)てば奈尓(なに)をか於母(お も)はむ(万 3967)

  最初の歌は「柿本朝臣人麿の死(みまか)りし 時、妻依羅娘子(よさみのをとめ)の作る歌」ということば書きがあるものである。「貝」とあるところには「一云ふ、谷に」という割注がついていることから 「貝」は「峡谷」であると読むことができる。一方、「貝」という文字が使われているため、「今日は来られるか今日は来られるかと、私の待つ君は、石川の貝 にまじっているというではないか」という解釈である。
 古代中国語の「峡」は峡
[heap]である。古代日本語では[-p]は蝶[thyap](てふ)のようにハ行であらわれる。万葉集は平安 時代にはすでに解読できなくなっていて、源順などが注釈したことが知られている。「峡」は音で峡(キョウ)と読まれるようになっていたので「かひ」には 「貝」ではないかという解釈が生まれたのであろう。

 高知県の「いぶすき」は「揖宿」と書いていたが 「いぶすき」とは読めなくなってしまったので、「指宿」と表記するようになった。また、地名の「甲斐」は「山峡」の「峡」であったと思われるが好字を選ん で甲[keap]となり、「甲」一字では「かひ」と読めなくなって しまったので、甲斐(かひ)と漢字の韻尾を「斐」で表記したものである。「斐」は「甲」の末音添記である。甲[keap]府は峡[heap]府と音が近い。

○同源語:
旦今日(けふ)、君・伎美(きみ)、佐家流(さ く・咲)、多太(ただ・直)、米(め・目)、弥西(みせ・見)、於母(おも・念)ふ、

 

【かひ(貝・蛤)】
伊 勢(いせ)の白水郎(あま)の朝(あさ)な夕(ゆふ)なに潜(かづくと)云(いふ)鰒(あはびの)貝(かひ)の獨念(かたもひ)にして(万2798)

暇 (いとま有(あら)ば拾(ひりひ)に将徃 (ゆかむ)住吉(すみのえ)の岸(きし)に因(よると)云(いふ)戀(こひ)忘(わすれ)貝(かひ)(万1147)

  古代中国語の「貝」は貝[puai]であり、日本語の「かい」は中国語の「貝」とは関 係がなさそうである。日本語の「かい」は蛤[həp]と同源のことばであろう。「蛤」は訓では蛤(はま ぐり)にあてられているが、旧仮名使いでは蛤(カフ)である。
 中国語の韻尾
[-p]は旧仮名使いでは蝶(テフ)、答(タフ)、甲(カ フ)、合(ガフ)などのようにハ行であらわれる。

○同源語:
白水郎(あま・海女)、夕(ゆふ・夜)、貝(か ひ・蛤)、念(おもふ)、徃(ゆく・行)、住む(すむ)、因(よる)、忘(わすれ)る、

 

【かひこ(蠶・蛺蠱)】
た らちねの母(ははが)養子(かふこ)の眉(まよ)隱(ごもり)隠在(こもれる)妹(いもを)見(みむ)依(よしも)がも(万2495)

た らちねの母(はは)が養蚕(かふこ)の眉隱(まよこもり)馬聲蜂音石花蜘蛛(いぶせくも)あるか異母(いも・妹)に不相 (あはず)て(万 2991)

  現代の漢字表記では「かいこ」は「蚕」である。 しかし蚕(サン)と「かひこ」とは音が離れすぎている。万葉集では「養蠶」あるいは「養子」と書いて「かひこ」と読ませている。 
 「養子」あるはい「養蚕」と書いて「かひこ」と 読ませるのは、恐らく民間語源説(フォーク・エティモロジー)に近いであろう。日本語の「かひこ」の語源は蛺蠱
[heap-ka]ではなかろうか。蛺(かひ)は蝶であり、蠱(こ) は虫である。万葉集の時代にはすでに「蛺」を蛺(かひ)とは読めなくなっていたので、「養子」あるいは「養蚕」という漢字をあてたのであろう。

○同源語:
母(はは)、子(こ)、眉(まよ)、隠(こもる・ 籠)、妹・異母(いも)、見(みる)、相(あふ・合)、母(はは)、

 

【かへる(還)】
手 (て)もすまに殖(うゑ)し芽子(はぎ)にや還(かへり)ては雖見 (みれども)不飽 (あかず)情(こころ)将盡 (つくさむ)(万 1633)

真 十鏡(まそかがみ)取(とり)雙(なめ)懸(かけ)て己(おの)が杲(かほ)還氷(かへらひ)見(み)つつ、、(万3791)

  古代中国語の「還」は還[hoan]である。日本語の「かえる」は中国語の「還」と同 源であろう。語頭の喉音[h-]は日本語ではカ行であらわれる。韻尾の[-n]は調音の位置が[-l]と同じであり、転移することが多い。
例:漢・韓(カン・から)、雁(ガン・かり)、塵 (ジン・ちり)、昏(コン・くれ、、算盤
  (ソロバン)など、、

○同源語:
手(て)、芽子(はぎ)、見(みる)、情(ここ ろ・心)、真(ま)、鏡(かがみ)、取(とる)、懸(かける)、杲(かほ・顔)、

 

【かほ(皃・容・顔貌)】
石 走(いはばしる)間々(ままに)生有(おひたる)皃花(かほばな)にし有(あれ)けり在(あり)つつ見(みれ)ば(万2288)

容 艶(かほよきに)縁(より)てぞ妹(いも)は、、(万1738)

   最初の歌(万2288)の「皃」は「貌」の異体字 である。日本書紀では顔(かほ)、麗(かほよき)など(神代紀下)などもみられる。日本語の「かほ」は「顔[ngean][mau]」であろう。「貌」は「容貌」の「貌」である。中 国語には「顔貌」という成句もあり、「顔かたち」の意味である。

○同源語:
間(ま)、花(はな)、見(みる)、縁(より)、 妹(いも)、

 

【かま(鎌)】
玉 掃(たまばはき)苅(かり)來(こ)鎌麻呂(かままろ)室(むろ)の樹(きと)與棗 本(な つめがもとと)かき将掃 (はかむ)為(ため)(万 3830)

 鎌は農機具であり、あまり万葉集の歌に出てくる ことばではない。この歌の場合も「鎌」は擬人化されて鎌麻呂と呼ばれている。「鎌麻呂よ、玉箒を刈りとって来い。室の木と棗の木の下を掃き清めるために」 の意である。
 古代中国語の「鎌」は鎌
[liam]であり、日本漢字音は鎌(レン・かま)である。 「鎌」と同じ声符をもった漢字に二通りの読み方がある。兼(ケン)・嫌(ケン):廉(レン)・簾(レン)である。

 スウェーデンの言語学者カールグレンは古代中国 語には複合子音があって、語頭の子音は複合子音で[kl-*]だったのではないかと提案している。確かに同じ声 符をもった漢字でカ行とラ行に読みわけるものは多い。
例:各(カク)・落(ラク)、監(カン)・藍(ラ ン)、京(キョウ)・涼(リョウ) 剣(ケ    ン)・斂(レン)、果(カ)・裸 (ラ)、樂(ガク・ラク)など、、

 「鎌」の祖語は鎌[hliam*]のような入りわたり音をもっていたと考えられる。 鎌(レン)は鎌[hliam*]の入り渡り音が脱落したものであり、鎌(かま)は 入り渡り音が発達したものである。

 中国の音韻学者、王力は『漢語語音史』のなか で、[l-]の前に入り渡り音がくる漢字としてつぎのようなも のをあげている。
例:果・裸、監・藍、兼・廉、験・斂、京・涼、 格・洛、諫・練、楽(ガク・ラク)、

○同源語:
苅(かる)、來(くる)、鎌(かま)、樹(き)、 本(もと)、

 

【かみ(神)】
皇 (おほきみ)は神(かみ)にし坐(ませ)ば真木(まき)の立(たつ)荒山中(あらやまなか)に海(うみ)を成(なす)かも(万241)

韓 国(からくに)の 虎(とらと)云(いふ)神(かみ)を 生取(いけどり)に 八頭(やつ)取(とり)持(もち)來(き) 其(その)皮(かは)を 多々 弥(たたみ・畳)に刺(さし)、、
(万 3885)

  古代の日本では大君も神、虎も雷も神であった。 本居宣長は『古事記傳』のなかで「加微(かみ)とは、古(いにしへの)御典(みふみ)に見えたる天地の諸(もろもろ)の神たちを始めて、其の祀(まつ)れ る社に坐ス御霊(みたま)をも申し、又人はさらにも云ず、鳥獣草木のたぐひ海山など、其餘(ほか)何にまれ、尋常ならずすぐれたる徳ありて、可畏(かし こ)き物を加微(かみ)とは云なり。」としている。

 古代中国語の「神」は神[djien]である。神(シン)と神(かみ)とは関係なさそう に見えるが、「神」と声符が同じ漢字に「坤」があり、「坤」は坤[khuən]である。天地乾坤の「坤」である。「神」の祖語 (上古音)に神[khuən*]という音があったとすれば、日本語の「かみ」は神[khuən*]と同源である可能性がある。
 サ行音は一般にタ 行音(前口蓋音)が摩擦音化し たものだと考えられているが、カ行音(後口蓋音)が摩擦音化したものも多くある。同じ声符号をもった漢字をカ行とサ行に読み分ける漢字がいくつかある。
例:技(ギ)・枝(シ)、耆(キ)・旨(シ)、期 (キ)・斯(シ)、庫(コ)・車(シャ)、赫

     (カク)・赤(セキ・シャク)、牙(ガ)・邪 (ジャ)、合(ゴウ)・拾(シュウ)、嗅(キ
   ュウ)・臭(シュウ)、屈(クツ)・出(シュ ツ)、訓(クン)・川(セン)、拠(キョ)・處
   (ショ)、公(コウ)・松(ショウ)、狭(キョ ウ)・陝(セン)、暁(ギョウ)・焼(ショ     ウ)、宦(カン)・臣(シン)、言(ゲ ン)・信 (シン)、勘(カン)・甚(ジン)、感
  (カン)・
  箴・鍼(シン)、賢(ケン)・腎(ジン)、

 埼玉県行田市の稲荷山鉄剣の刻銘には「獲加多支 鹵大王」というのがあって、「ワカタケル」と読めることが判明した。5世紀の日本では「支」をカ行で読んでいたのである。

 また、インド・ヨーロッパ語族では「百」をあら わすことばカ行であらわすかサ行であらわすかでcenntum languagessatem languagesの 大きな語群に分けることが行われている。インド・ヨーロッパ語族は百(英語のhundred)をcenntum (ケ ンタム)と発音する系統のことばとsatem (サ テム)と摩擦音で発音する系統のことばに大きく二つに分けられ、インド・イランなどのことばはsatem系であり、ラテン語などはcentum系である。

○同源語:
皇(おほきみ・君)、真(ま)、木(き・枝)、立 (たつ)、山(やま)、中(なか)、海(うみ)、韓国(からくに)、取(とる)、來(き)、其(そ)の、多々弥(たたみ・畳)、刺(さ)す、

 

【かめ(亀)】
我 國(わがくに)は 常世(とこよ)に成(なら)む 圖(ふみ)負(おへ)る 神(くすしき)龜(かめ)も 新代(あらたよ)と 泉(いづみ)の河(かは) に 持(もち)越(こせ)る 真木(まき)の嬬手(つまで)を、、(万50)

千 磐破(ちはやぶる) 神にも莫(な)負(おはせ) 卜部(うらべ)座(すゑ) (か め)も莫(な)焼(やき)曾(そ) 戀(こひ)しくに 痛(いたき)吾(わが)身(み)ぞ、、
(万3811)

 亀は中国でも日本でも吉祥の印とされていた。 「龜」の古代中国語音は龜[kiuə]である。藤堂明保の『学研漢和大辞典』によれは 「亀」には 亀(キ)のほかに亀(グ・キュウ・コン・キン)という読みもあるという。日本語の「かめ」は中国語の「亀」と同系のことばであろう。
 「かめ」はまた、甲
[keap]とも関係の深いことばである。[-p][-m]と調音の位置が同じであり転移しやすい。

○同源語:
我・吾(わが)、國(くに)、常(とこ)、世 (よ)、圖(ふみ・文)、負(おふ)、代(よ・世)、泉(いづみ)、河(かは)、越(こす)、真(ま)、木(き・枝)、嬬(つま・妻嬬)、手(て)、千 (ち)、破(やぶ)る、莫(な)、焼(やく)、痛(いたき)、身(み)、

 

【かめ([瓦缶]*・瓦瓶)】
陶 人(すゑひと)の 所作 (つくれる)[瓦 缶]*(か め)を 今日(けふ)往(ゆきて) 明日(あす)取(とり)持(もち)來(き)、、(万3886)

  「かめ」には[瓦缶]* (瓦偏に缶の一字である)という漢字が使われてい る。パソコンに[瓦缶]*という字はないので二字で表記したが、瓦偏に作り が缶である。古代中国語の[瓦缶]*[瓦缶]*[xuan]である。日本語の「かめ」は[瓦缶]*と同源であろう。
 「かめ」には「瓶」という漢字があたられること もある。「瓶」の古代中国語音は瓶
[pieng]であり、日本漢字音は瓶(ヘイ・かめ)である。漢 字の「瓶」は并[pieng]と瓦[ngiuai]からできており、日本語の「かめ」は瓦[ngiuai]+瓶[pieng]と認識されたのであろう。中国語にも瓦瓶というこ とばがある。

○同源語:
作(つく)る、今日(けふ)、徃(ゆく・行)、取 (とる)、來(くる)、

 

【かも(鴨)】
水 鳥(みづとり)の鴨(かも)の羽色(はいろ)の春山(はるやま)のおぼつか無(なく)も所念 (おもほゆる)鴨(かも)(万 1451

あ しひきの山川水(やまかはみづ)の音(おと)に不出 (いでず)人(ひと)の子(こ)ゆゑに戀(こひ)渡(わたる)青頭鶏(かも)(万3017)

  「鴨」の日本漢字音は鴨(オウ・かも)である。 古代中国語音は鴨[ap]とされている。しかし、鴨と同じ声符をもつ「甲」 は甲[keap]である。鴨[ap]にも甲[keap]と同じように頭音[k-]があり、それが後に脱落したのではないかと考えら れる。日本語の「かも」は「鴨」が鴨[keap*]という頭音をもっていた時代の痕跡をとどめている ものであろう。日本語では第二音節は濁音化する傾向があるから 韻尾の[-p][-m]に転移した。

○同源語:
鳥(とり)、羽(は)、色(いろ)、春(はる)、 山(やま)、念(おもふ)、川(かは・河)、音(おと)、出(いづ)、子(こ)、渡(わたる)、

 

【から(漢・韓)】
漢 人(からひと)も筏(いかだ)浮(うかべ)て遊(あそぶと)云(いふ)今日(けふ)そ和我(わが)勢故(せこ・背子)花蘰(はなかづら)せな(万4153)

鴈 (かりが)鳴(ね)の來(き)鳴(なき)しなへに韓(から)衣(ころも)裁田之山(たつたのやま)は黄(もみち)始有(そめたり)(万2194)

  万葉集の時代の中国は唐の時代にあたるが、漢 (から)と呼んでいる。朝鮮半島の國も韓(から)である。古事記などでは「唐錦(からにしき)」「唐鏡(からかがみ)」などと表記することもあるが、読み は唐(から)である。ことばは保守的なのである。
 古代中国語の「韓」「漢」は韓
[han]、漢[xan]である。[h-][-x]はいずれも日本語の発音にはない喉音であり、調音 の位置が近いことから日本語ではカ行であらわれる。韻尾の[n]は調音の位置が[-l]と同じであり、訓ではラ行であらわれることが多 い。

○同源語:
韓・漢(から)、今日(けふ)、和我(わが)、勢 故(せこ・背子)、花(はな)、蘰(かづら・葛)、鴈(かり)、鳴(ね・音)、來(き)、鳴(なく)、田(た)、山(やま)、

 

【からし(辛)】
樂 浪(ささなみ)の思賀(しが)の辛碕(からさき)雖幸 有(さ きくあれど)大宮人(おほみやびと)の船(ふね)麻知(まち)兼(かね)つ(万30)

壮 鹿(しかの)海部(あま)の火氣(けぶり)焼(やき)立(たて)て燎(やく)塩(しほ)の辛(から)き戀(こひを)も吾(われは)為(する)かも(万2742)

  「辛」の古代中国語音は辛[sien]であり、現代中国語音は辛(xin)である。「辛」の祖語(上代音)は辛[xien*]であったのではなかろうか。上古音の[x-]は閉鎖音であり、現代中国語の[x-]は摩擦音である。同じ[x-]であらわすので分かりにくいが、日本漢字音の辛 (からい)は閉鎖音を伝えており、辛(シン)は摩擦音を継承している。

 漢字のローマ字表記は現在は拼音(ピンイン)によって行われているが、それまではWade式という表記法が行われていた。「辛」はWade式では辛(hsin)である。拼音で(x)と表記されている音はWade式では(hs-)と表記される。Wade式で(hs-)と表記される漢字のなかには音がカ行で訓がサ行て あらわれるものが多い。
音がサ行で訓がカ行の例:消
(hsiao)(ショウ・きえる)、小(hsiao)(ショウ・こ)、屑(hsie)(セツ・  くづ)、削(hsue)(サク・けづる)、心(hsin)(シン・こころ)、臭(hsiu)(シュウ・くさい)

 中国語音のカ行とサ行の関係については「神」の 項ですでにふれたが、日本語の訓がか行で音がサ行の漢字にはつぎのようなものがある。古代中国語音は日本語のカ行音に対応し、日本漢字音は中国語における 口蓋化の結果をあらわしているものと思われる。

例:神(シン・かみ)、辛(シン・からい)、子 (シ・こ)、此(シ・これ)、斯(シ・これ)、
  事(ジ・こと)、車(シャ・くるま)、樹 (ジュ・き)、鐘(ショウ・かね)、小(ショ
  ウ・こ)、消(ショウ・きえる)、焦(ショ ウ・こげる)、心(シン・こころ)、是(ゼ・
  これ)、声(セイ・こえ)、清(セイ・きよ い)、切(セツ・きる)、屑(セツ・くづ)、
  川(セン・かは)、

○同源語:
浪(なみ)、碕(さき)、幸(さき)、宮(み や)、船(ふね)、兼(かねる)、海部(あま)、火氣(けぶり・煙)、焼・燎(やく)、吾(われ)、

 

【からす(烏・鴉)】
暁 (あかとき)と夜烏(よがらす)雖鳴 (なけど)此(この)山上(もり)の木末(こぬれ)の於(うへ)は未(いまだ)静(しづけ)し(万1263)

可 良須(からす)等布(とふ・云)於保(おほ)乎曾(おそ・愚)杼里(どり)のまさでにも伎(き)まさぬ伎美(きみ)を許呂久(ころく)とぞ奈久(なく)(万3521)

  万葉集では「からす」には烏[a]があてられている。『名義抄』に「鴉、鵲、鸒、烏  カラス」とある。鴉は鴉[ea]であり、烏[a]に音義ともに近い。「鴉」の声符は牙[ngea]であり、「鴉」の祖語(上古音)は鴉[ngea*]であった可能性がある。「からす」の「か」は中国 語の鴉[nga*]であろう。「からす」の「す」は「隹」であり、隹 は鳥である。朝鮮語では鳥のことを鳥(sae)という。語源は中国語の「隹」であろう。「から す」の「ら」は現代日本語の「の」と同じで、「からす」は結局「鴉の鳥」ということになる。
 日本語で「ス」のつく鳥には「からす」のほか 「かけす」「うぐひす」「きぎす(雉)」「はやぶさ」などがある。

○同源語:
暁(あかとき・暁時)、夜(よる)、木(こ・ 枝)、未(いまだ)、静(しづか・静寂)、杼里(とり・鳥)、伎(き・來)、伎美(きみ・君)、奈久(なく・鳴)、

 

【かり(獵・獦)】
朝 獵(あさかり)に今(いま)立(たた)すらし暮獵(ゆふかり)に今(いま)たたすらし御(み)執(とらし)の梓(あづさの)弓(ゆみ)の加奈(かな)弭 (はず)の音(おと)為(す)なり
(万3)

日 雙斯(ひなみしの)皇子命(みこのみこと)の馬(うま)副(なめ)て御獵(みかり)立(たた)しし時(とき)は來(き)向(むかふ)(万49)

か きつはた衣(きぬ)に須里(すり)つけ麻須良雄(ますらを)の服曾比(きそひ)獦(かり)する月(つき)は伎(き・來)にけり(万3921)

 古代中国語の獵は獵[liap]である。スウェーデンの言語学者カールグレンは古 代中国語の[l-]には複合子音があり、獵[kliap*]という原型があったのではないかと分析している。 日本語の「かり」は上古中国語の獵[kliap*]の痕跡を留めているものと考えることができる。 
 中国語の
[l-]が日本語でラ行であらわれるものとしては、鎌[liam]かま、廉[liam]かど、栗[liet]くり、來[lə]くる、などをあげることができる。
 「獦」の古代中国語音は獦
[kat]である。獵[kliap*]と獦[kat]の古代中国語音は音価が近く、日本語の「かり」は 「獵」「獦」と同系のことばであろう。

○同源語:
今(いま)、立(たつ)、暮(ゆふ・夜)、御 (み)、執(とる)、弓(ゆみ)、加奈(かな・金)、音(おと)、皇子(みこ・御子)、命(みこと・命人)、馬(うま)、時(とき)、來・伎(き)、向 (むかふ)、衣(きぬ・巾)、須里(すり・摺)、雄(を)、

 

【かり(雁・鴈)】
家 (いへさかり)旅(たび)にしあれば秋風(あきかぜの)寒(さむき)暮(ゆふべ)に鴈(かり)喧(なき)度(わたる)(万1161)

  古代中国語の「雁」「鴈」はいずれも雁・鴈[ngean]である。日本語の「かり」は中国語の雁・鴈(ガ ン)と同源である。雁[ngean]の頭音[ng-]は鼻濁音であり、日本語では語頭では清音の「カ」 となり語中・語尾では「カ゜」となる。韻尾の[-n]は調音の位置が[-l]と同じであり、転移しやすい。

○同源語:
家(いへ)、暮(ゆふ・夜)べ、喧(なく・鳴)、 度(わたる・渡)、

 

【かる(苅)】
こ のころの戀の繁(しげ)くは夏草(なつくさ)の苅(かり)掃(はらへ)ども生(おひ)しく如(ごとし)(万1984)

中 々(なかなか)に君(きみ)に不戀 (こひず)は枚浦(ひらのうら)の白水郎(あま)ならましを玉藻(たまも)苅(かり)つつ(万2743)

  古代中国語の「苅」は苅[ngiat]である。日本漢字音の刈(ガイ)は韻尾の[-t]は失われているが、古代中国語では韻尾に[-t]があった。韻尾の[-t][-l]と調音の位置がおなじであり、転移しやすい。日本 語の「かる」は古代中国語の「苅」と同源である。

○同源語:
草(くさ)、掃(はらふ・拂)、中(なか)、君 (きみ)、白水郎(あま・海人)、

 

【かれる(涸・枯・干)】
無 耳(みみなし)の池(いけ)し恨(うらめ)し吾妹兒(わぎもこ)が來(き)つつ潜(かづか)ば水(みづ)は将涸 (かれなむ)(万 3788)

夕 (ゆふ)去(されば)野邊(のべ)の秋(あき)芽子(はぎ)末(うら)若(わかみ)露(つゆに)枯(かれけり)金(あき)待(まち)難(がてに)(万2095)

う れたきやしこ霍公鳥(ほととぎす)今(いま)こそは音(こゑ)の干(かる)がに來(き)喧(なき)響(とよめ)め(万1951)

  枯[kha]、涸[hak]は同系である。干[kan]の韻尾[-n][-l]と調音の位置が同じ(歯茎の裏)であり、転移しや すい。日本語の「かる」は古代中国語「枯」「涸」あるいは「干」と同系のことばである。

○同源語:
無(なし)、耳(みみ)、恨(うら)む、我妹兒 (わぎもこ)、來(くる)、涸・枯(かれる)、夕(ゆふ・夜)、野(の)、邊(へ)、芽子(はぎ)、若(わかい)、霍公鳥(ほととぎす・隹)、今(い ま)、音(こゑ・聲)、干(かる)、喧(なく・鳴)、

 

【き・こ(木・樹・枝)】
木 高(こだかく)はかつて木(き)不殖 (うゑじ)霍公鳥(ほととぎす)来(き)鳴(なき)令響 (とよめ)て戀(こひ)令益 (まさらしむ)(万 1946)

玉 葛(たまかづら)實(み)不成 (ならぬ)樹(き)ははちはやぶる神(かみ)ぞ著(つく)と云(いふ)不成 (ならぬ)樹(き)ごとに(万 101)

  日本語の木(き)には樹[zjio]、木[mok]が使われている。樹[zjio]の祖語(上古音)は樹[xio*]だった可能性がある。
 『續後紀承和』12年の条に「草も支(き)も栄 ゆる時に」という表現がある。声符「支」をもった漢字には枝
[tjie]、技[gie]があり、「枝」の祖語(上古音)は枝[gie*]に近い音をもっていた可能性がある。日本語の 「き」は中国語の枝[gie*]と同源である可能性がある。

 埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣には「獲多 支鹵」という印刻があり「わかたける」と解読されている。

○同源語:
霍公鳥(ほととぎす・隹)、来(くる)、鳴(な く)、葛(かづら)、神(かみ)、著(つく)、

 

【き(牙)】
莵 原壮士(うなひをとこ)い 仰レ天(あめあふぎ) 叫(さけび)おらび あしずりし 牙(き)喫(かみ)建怒(たけび)て、、(万1809)

  この歌は「莵原處女(うなひをとめ)の墓を見る 歌一首」という長歌の一部で、莵原處女(うなひをとめ)の死を悲しんで莵原壮士(うなひをとこ)が、天を仰ぎ、叫び、歯ぎしりをする様を詠んでいる。 「牙」は歯のことである。この歌の「牙」は牙 (きば)の連想から牙(き)と読みならわしているが、牙(は)と読むこともできないわけではない。
 古代中国語の「牙」は牙
[ngea]である。現代中国語では歯医者のことを「牙医」と いい、歯科のことを「牙科」という。万葉集では「芽子」とかいて「はぎ」と読む例が数多くみられる。中国語の疑母[ng]は調音の位置が喉音[h-]に近く、音価も近い。臥[ngua](ふす)などもその例である。

○同源語:
原(はら)、天(あめ)、仰(あふぐ)、

 

【きさ(象)】
昔 (むかし)見(み)し象(きさ)の小河(をがは)を今(いま)見(みれ)ば弥(いよよ)清(さやけく)成(なり)にけるかも(万316)

三 吉野(みよしの)の象山(きさやま)の際(ま)の木末(こぬれ)にはここだも散和口(さわく)鳥(とり)の聲(こゑ)かも(万924)

 象山は吉野にある山の名前である。「象」の古代 中国語音は象[ziang]である。象は日本にはいなかった動物であるが、そ の存在は古くから知られ、『和名抄』には「象、岐佐(きさ)、、、大耳、長鼻、眼細、牙長者也」とある。
 日本語の「き+さ」は、「牙
[ngea]so<朝鮮語の牛>」から派生したものである可能性が ある。「象」の祖語(上古音)は喉音[hiang*]であり、それが摩擦音化して象[ziang]になったと考えることもできる。

○同源語:
見(みる)、小河(をがは)、今(いま)、清(さ やけ)し、野(の)、山(やま)、際(ま・間)、木(き・枝)、散和口(さわく・騒)、鳥(とり)、聲(こゑ)、

 

【きつね(狐)】
刺 (さし)名倍(なべ・鍋)に湯(ゆ)和可世(わかかせ)子等(こども)櫟津(いちひつ)の檜橋(ひはし)従(より)來(こ)む狐(きつね)に安牟佐武(あ むさむ・浴)(万 3824)

  古代中国語の「狐」は狐[hua]である。日本語の「きつね」は「狐」から派生した ことばであろう。日本語の「きつね」を「き+つ+ね」とすると「き」は「狐」、「つ」は「沖つ波」「庭つ鳥」の「つ」、「ね」は親しみをもって呼ぶときに つける接尾辞であろう。

○同源語:
刺(さ)す、湯(ゆ)、和可世(わか・沸)せ、子 (こ)、津(つ)、檜(ひ)、來(くる)、

 

【きぬ(絹・衣・巾)】
西 市(にしのいち)にただ獨(ひとり)出(いで)て眼(め)不並 (ならべず)買(かひ)てし絹(きぬ)の商(あき)じこりかも(万1264)

山 藍(やまあゐ)もち 摺(すれる)衣(きぬ)服(き)て 直(ただ)獨(ひとり) い渡(わたら)為(す)兒(こ)は、、(万1742)

衣 (きぬ)こそば 其(それ)破(やれぬれ)ば 継(つぎ)つつも またも相(あふ)と言(いへ)、、(万3330)

 古代中国語の「絹」は絹[kyuan]である。日本語の「きぬ」は中国語と同源である。 「絹」は蚕とともに中国からもたらされた。
 万葉集では「きぬ」に「絹」のほかに「衣」とい う字を使っている。衣(きぬ)は絹(きぬ)と発音は同じだが、意味が少し違う。衣(きぬ)は巾
[kiən]であろう。布巾(ふきん)、雑巾(ぞうきん)の 「巾」である。衣(きぬ)も中国語の巾[kiən]と同源であろう。

○同源語:
酉(とり)、出(いで)、眼(め)、山(やま)、 摺(する)、直(ただ)、渡(わた)る、兒(こ)、其(そ)れ、継(つぐ・續)、相(あふ・合)、

 

【きはみ・きはまる(極)】
吾 (わが)命(いのち)の生(いけらむ)極(きはみ)戀(こひ)つつも吾(われ)は将度 (わた)らむ、、(万 3250)

言 (いはむ)為便(すべ)将為 便(せむすべ)不知 (しらず)極(きはまりて)貴(たふとき)物(もの)は酒(さけ)にし有(ある)らし(万342)

  古代中国語の「極」は極[giək]である。白川静の『字通』によると、極[giək]は窮[giuəm]と通用の義がある、という。中国語の熟語には音義 が近いものが多い。「窮極」もよく使われる熟語である。日本語の「きはみ」「きはまる」は中国語の極[giək]あるいは窮[giuəm]と音義ともに近い。

○同源語:
吾(われ)、度(わたる・渡)、知 (し)る、物(もの)、酒(さけ)、

 

【きみ(君・公)】
茜 草(あかね)指(さす)武良前(むらさき)野(の)逝(ゆき)標野(しめの)行(ゆき)野守(のもり)は不見 (みずや)君(きみ)が袖(そで)ふる(万20)

昨 日(きのふ)こそ公(きみ)は在(あり)しか不思 (おもはぬ)に濱松(はままつ)が於(うへに)雲(くもに)棚引(たなびく)(万444)

  万葉集の時代の「君」は天皇から親しい人まで使 われる。女性から男性に対して使うのが一般的である。古代中国語の「君」は君[giuən]である。古代日本語には「ン」で終わる音節がな かったので[-n]に母音を添加して君(きみ)とした。
例:濱
[pien](はま)、肝[kan](きも)、絆[puan](ひも)、文[miuən](ふみ)、雲[hiuən](くも)、
  呑
[thən](のむ)、困[khuən](こまる)、混[huən](こむ)、

 「公」の古代中国語音は公[kong]である。公(きみ)は韻尾[-ng]がマ行に転移したものである。[-ng][-m]と調音の方法が同じ(鼻音)であり、転移しやす い。[-ng]も日本語にはない音節である。
例:浪
[lang](なみ)、霜[shiang](しも)、状[dziang](さま)、灯[tang](ともる)、澄[diang]
  (すむ)、停[dyeng](とまる)、渟[dyeng](たまる)、醒[syeng](さめる)、

 日本語の五十音図はサンスクリットの音図などの 影響を受けて平安時代に僧侶が作ったものだが、その最後に「ン」がある。「ン」は中国語の韻尾[-n][-m]の両方に用いられている。日本語では韻尾の[-n][-m]を弁別しない。サンスクリットの音図でも[-m]は音図の最後にある。

 日本語に「ン」という音節があらわれるように なったのは中国語音の影響で、平安時代以降のことであろう。日本語には今でも「ン」ではじまることばはない。

○同源語:
指(さ)す、野(の)、逝・行(ゆく)、守(まも る・護)、見(みる)、袖(そで)、公(きみ)、思(おもふ・念)、濱(はま)、雲(くも)、棚(たな・壇・段)、

 

【きも(肝)】
霞 (かすみ)立(たつ)長(ながき)春日(はるひ)の晩(くれに)けるわづ肝(きも)之良受(しらず・知)村肝(むらきも)の心(こころ)を痛(いた) み、、(万 5)

村 肝(むらきも)の情(こころ)くだけて如此(かく)ばかり余(わが)戀(こふ)らくを不知 (しらず)かあるらむ(万 720)

  万葉集の時代の日本語では肝(きも)は内臓一般 のことで、肺、腎臓などはあまり知られていない。「むらきも」は「群肝」で五臓のことである。心は内臓の働きにによると信じられていたことから「むらきも の」は「心」にかかる枕詞である。古代中国語の「肝」は肝[kan]である。日本語の「きも」は中国語の「肝」と同源 である。

○同源語:
霞(かすみ・霞霧)、立(たつ)、長(なが)き、 春(はる)、晩(くれ・昏)、知(し)る、村(むら・群)、心・情(こころ)、痛(いたむ)、余(わが・我)、

 

【きゆ(消)】
暮 (ゆふべ)置(おき)て旦(あした)は消(きゆ)る白露(しらつゆ)の可消 (けぬべき)戀(こひ)も吾(われ)は為(する)かも(万3039)

雪 (ゆき)こそは春日(はるひ)消(きゆ)らむ心(こころ)さへ消失(きえうせ)たれや言(こと)も不徃 來(か よはぬ)(万 1782)

  「消」の古代中国語音は消[siô]である。「消」の祖語(上古音)は消{xiô*]である可能性がある。「消」の現代北京音は消(xiao)である。上古音[xio*]は訓では(消・きゆ)であらわれ、音では摩擦音化 して(消・ショウ)となったと考えることができる。喉音[x-]は現代では摩擦音であるが、上古音は破裂音であっ た。

例:小[siô](こ・ショウ)、子[tzia](こ・シ)、之[tjiə](これ・シ)、此[tsie](これ・シ)、狩
   [sjiu](かり・シュ)、首[sjiu](くび・シュ)、樹[zjio](き・ジュ)、臭[thjiu](くさい・シュ    ウ)、醸 [njiang](かもす・ジョウ)、書[sjia](かく・ショ)、削[siôk](けずる・サク)、焦     [tziô](こげる・ショウ)、鐘(かね・ショウ)、 浄[dzieng](きよい)、情[dziəng](こころ・
  ジョウ)、心
[siəm](こころ・シン)、辛[sien](からい・シン)、

 また、同じ声符をカ行とサ行に読み分けるものも ある。カ行が古く、サ行が新しい。
例:技(ギ)・枝(シ)、祇(ギ)・氏(シ)、耆 (キ)・指(シ)、期(キ)・斯(シ)、睨(ゲ
  イ)・児(ジ)、庫(コ)・車(シャ)、坤 (コン)・神(シン)、言(ゲン)・信(シン)、

○同源語:
暮(ゆふ・夜)べ、置(おく)、吾(われ)、春 (はる)、心(こころ)、言(こと)、

 

【きよし(清・浄)】
千 鳥(ちどり)鳴(なく)佐保(さほ)の河門(かはと)に清(きよき)瀬(せ)を馬(うま)打(うち)和太思(わたし・渡)何時(いつ)か将通 (かよはむ)(万 715)

大 瀧(おほたき)を過(すぎ)て夏箕(なつみ)に傍(そばり)居(ゐ)て浄(きよき)川瀬(かはせを)見(みる)が明(さやけ)さ(万1737)

  古代中国語の「清・浄」は清[tsieng]・浄[dziəng]であり、音義ともに近い。「清・浄」はいずれも摩 擦音であるが、祖語(上古音)は清[xieng*]・浄[hiəng*]であった可能性がある。現代北京語の喉音[h-][x-]は摩擦音であるが、上古音は破裂音であり、日本語 のカ行に近かった。喉音が摩擦音化したのは介音[-i-]の影響によるもので、日本語音の方もそれに対応し てサ行に転移した。

 「清」の現代北京語音は清(qing)である。現代中国語音がqでらわれる漢字のなかには日本漢字音がカ行のもの とサ行のものがみられる。
現代北京語音
qがカ行であらわれる例;期(qi)、其(qi)、旗(qi)、企(qi)、乞(qi)、起(qi)、棄(qi)、器(qi)、  氣(qi)、謙(qian)、乾(qian)、強(qiang)、橋(qiao)、巧(qiao)、勤(qin)、琴(qin)、郷(qing)
  軽
(qing)、慶(qing)、窮(qing)、丘(qiu)、求(qiu)、球(qiu)、區(qu)、屈(qu)、去(qu)、圏(quan)
  権
(quan)、犬(quan)、群(qun)
現代北京語音
qがサ行であらわれる例;漆(qi)、七(qi)、栖・棲(qi)、妻(qi)、凄(qi)、齊(qi)、千(qian)
  前
(qian)、潜(qian)、銭(qian)、浅(qian)、槍(qiang)、切(qie)、親(qin)、侵(qin)、秦(qin)、寝(qin)
  情
(qing)、晴(qing)、請(qing)、秋(qiu)、取(qu)、全(quan)、泉(quan)、鵲(que)、雀(que)

 現代北京語音と日本漢字音の関係を解明すること はむずかしいが、「清」が訓で清(きよい)であらわれ、音で清(セイ)とカ行とサ行にわたってあらわれることと関係があるかもしれない。

 漢字は基本的に象形文字であるため、古代の漢字 音を復元することは容易ではない。しかし、中国語には同じ声符がカ行とサ行にあらわれる漢字がいくつかある。
例:堅(ケン)・臣(シン)、感(カン)・鍼(シ ン)、坤(コン)・神(シン)、庫(コ)・車
  (シャ)、嗅(キュウ)・臭(シュウ)、喧 (ケン)・宣(セン)、など

 また、訓がカ行で、音がサ行であるわれる漢字も ある。
例:神(かみ・シン)、辛(からい・シン)、臭 (くさい・シュウ)、など

 「清・浄」の上古音が清[xieng*]・浄[hiəng*]であったとすれば、清(きよい・セイ)、浄(きよ い・ジョウ)、についても整合的に説明ができる。

 清[tsieng]には「さやか」という読みもある。清(きよし)の 方が古く、清(さやか)の方が新しい。

 吾 背子(わがせこ)が挿頭(かざし)の芽子(はぎ)に置(おく)露(つゆ)を清(さやかに)見(み)よと月(つきは)は照(てる)らし(万2225)

 中国語音韻学では反切という表音法があり、漢字 の頭音と韻尾に分けてその音価を示す方法が古くからおこなわれている。例えば「清」の反切は「七情」であり、「浄」の反切は「疾政」であるという。しか し、反切に使われている文字(例えば、七、疾、情、政)の音価が定まっているわけでもないので、循環論になってしまうことが多い。

  同じ声符に二つの読み方があることについては、言語学者のなかにも疑問を持つ人が多い。それは、西洋言語学では「音韻法則に例外なし」という青年文法家た ちの主張があるからである。しかし、数千年にわたって広い地域で起ころ音韻変化はその転移の方向が複数にわたることがあるのではなかろうか。

  例えば言語学者の小泉保は『縄文語の発見』のなかで「複合対応について納得のいく説明がなされない限り、規則的対応と認めることはできない。」 (p.73)としている。しかし、同じ時代に同じ地域で起こった音韻変化については例外はないにしても、実際にはどうであろうか。「絵」は「カイ」であ り、「ヱ」である。英語でもhundredはcentam系であるが、centuryはsatem系である。
 ○同源語:
千鳥(ちどり)、鳴(なく)、河・川(かは)、馬(うま)、打(うつ)、和太思(わたし・渡)、瀧(たき)、過(すぎ)、見(みる)、明・清(さやか) さ、吾(わが)、背子(せこ)、挿 (さす)、芽子(はぎ)、置(おく)、照(てる)、

 

【きる(鑚・斬)】
然 有(しかれ)こそ 年(とし)の八歳(やとせ)を 鑚髪(きりかみ)の 吾同子(よちこ)を 過(すぎ)、、(万3307)

汝 (な)は如何(いか)に念(おもふ)や 念(おもへ)こそ 歳(としの)八年(やとせ)を 斬髪(きりかみの) 与知子(よちこ)を過(すぎ)、、(万3309)

  「鑚」「斬」の古代中国語音は鑚[tzuan]・斬[tzheam]である。万葉集には日本語の切(きる)の例は見当 たらない。しかし、古事記には「鬚と手足の爪とを切り祓へしめて」(記、上)のように切[tsyet]も使われている。いずれも鑚(きる・サン)、斬 (きる・ザン)、切(きる・セツ)であり、訓がカ行で音がサ行であらわれている。
 古代中国語の
[ts-]はさらに時代をさかのぼると[x-][h-]系の音であった可能性がある。「鑚」「斬」の祖語(上古音) [xuan*]・斬[heam*]に近い音であったと思われる。漢字のなかには同じ 声符をカ行とサ行に読み分けるものがたくさんある。
例:活
[huat](カツ)・舌[djiat](ゼツ)、訓[xiuən](クン)・川[thjyuan](セン)、技[gie](ギ)・
  枝
[tjie](シ)、期[giə](キ)・斯[sie](シ)、耆[giei](キ)・脂[tjiei](シ)、祇[gie]・氏[zjie]
  屈
[khiuət](クツ)・拙[tjiuat](セツ)、庫[kha](コ)・車[kia](シャ)、睨[ngye](ゲイ)・児
   [njie](ジ)、

 また、古代中国語音が摩擦音系の漢字の訓がカ行 であらわれるものがいくつか見られる。
例:此
[tsie]これ、子[tziə](こ)、草[tsu]くさ、叢[dzong]くさ、桑[sang]くは、焦[tziô]こげる、
  蔵
[dzang]くら、倉[tsang]くら、清[tsieng]きよき、

 日本語の「きる」は「鑚」「斬」あるいは「切」 の上古音を継承したことばであろう。

○同源語:
過(すぎ)る、汝(な)、如何(いか)に、念(お もふ)、

 

【くがね(黄金)】
銀 (しろがね)も金(くがね)も玉(たま)もなにせむにまされる多可良(たから)古(こ・子)にしかめやも(万803)

須 賣呂伎(すめろぎ)の御代(みよ)佐可延牟(さかえむ)と阿頭麻(あづま)なる美知乃久(みちのく)夜麻(やま)に金(くがね)花(はな)佐久(さく)(万4097)

吾 大王(わごおおほきみ・君)の 毛呂比登(もろびと)を 伊射奈比(いざなひ・誘)多麻比(たまひ) 善(よき)事(こと)を 波自米(はじめ・始)多麻 比弖(たまひて) 久我祢(くがね・黄金)かも 多之氣久(たしけく)あらむと、、、(万4094)

 日本語の「かね」は中国語の金[kiəm]である。「かね」は金属一般をさす。金(キン)は 金(くがね)であり、銅は「あかがね」、鉄は「くろがね」ということになる。
 「くがね」とは黄金
[huang-kiəm]のことである。「黄」の日本漢字音は黄(コウ・オ ウ・き)であり、訓では韻尾の[-ng]は脱落している。

○同源語:
金・久我祢(くがね・黄金)、古(こ・子)、御 (み)、代(よ・世)、佐可延(さかえ・榮)、夜麻(やま・山)、花(はな)、佐久(さく・咲)、吾(わが)、大王(おほきみ・君)、

 

【くき(莖)】
大 夫(ますらを)と念在(おもへる)吾(われ)や水莖(みづくき)の水城(みづき)の上(うへ)に泣(なみだ)将拭 (のごはむ)(万 968)

秋 風(あきかぜ)の日(ひ)に異(け)に吹(ふけ)ば水莖(みづくき)の岡(をか)の木葉(このは)も色(いろ)づきにけり(万2193)

 古代中国語の「莖」は莖[heng]である。語頭の喉音[h-]は日本語ではカ行であらわれる。韻尾の[-ng]は隋唐の時代以前の上古語では[-k]に近かったと考えられている。日本語の「くき」の 語源は中国語の「莖」である。
 同じ声符の漢字でも二通りの読み方のある漢字が みられる。この場合、拡(カク)、較(カク)のほうが広(コウ)、交(コウ)より古い。
例:広(コウ):拡(カク)、交(コウ):較(カ ク)など

 また、日本語の訓が韻尾[-k]の痕跡を留め、音は音便化ているものもみられる。
例:嗅(キュウ・かぐ)、景・影(エイ・ケイ・か げ)、塚(チョウ・つか)、双六(ソウ すごろ   く)、相模(ソウ・さがみ)など、

○同源語:
念(おもふ)、吾(われ)、岡(をか・岳)、木 (き・枝)、葉(は)、色(いろ)、

 

【くさ(草)】
開 木代(やましろの)來背(くぜの)社(やしろの)草(くさ)勿(な)手折(たをりそ)己(わが)時(ときと)立(たち)雖榮 (さかゆとも)草(くさ)勿(な)手折(たをりそ)
(万 1286)

白 浪(しらなみ)の濱松(はままつ)が枝(え)の手向草(たむけくさ)幾代(いくよ)までにか年(とし)の經(へ)ぬらむ(万34)

 「草」の古代中国語音は草[tsu]であり、日本漢字音は草(ソウ・くさ)である。日 本漢字音では訓がカ行音で音がサ行音であらわれるものがいくつかある。
例:小
[siô](ショウ・こ)、心[siəm](シン・こころ)、辛[sien](シン・からい)、桑[sang]
  (ソウ・くは)、屑
[syet](セツ・くず)、削[siôk](サク・けづる)、消[siô](ショウ・けす)、  勝[sjiəng](ショウ・かつ)、是[zjie](ゼ・これ)、樹[zjiu](ジュ・き)、狩[sjiu](シュ・かり)、  書[sjia](ショ・かく)、此[tsie](シ・これ)、切[tsiet](セツ・きる)、清[tsieng](セイ・
  きよい)、倉
[tsang](ソウ・くら)、子[tziə](シ・こ)、焦[tziô](ショウ・こげる)、叢
   [dzong]
(ソウ・くさ)、蔵[dzang](ゾウ・くら)、情[dzieng](ジョウ・こころ)、浄[dzieng]   (ジョウ・きよい)、 之[tjiə](シ・これ)、鐘[tjiong](ショウ・かね)、神[djien](シン・
  かみ)、声
[thjieng](セイ・こえ)、臭[thjiu](シュウ・くさい)、車[kia](シャ・くるま)、児     [njie](ジ・こ)、

 これらの対応には規則性がないようにもみえる が、同じ声符をカ行とサ行に読み分ける漢字もあるかおとから、サ行音はカ行音が介音[-i-]の影響で摩擦音化したものであろう。
例:支
[tjie]・技[gie]、川[thjyuən]・訓[xiuən]、神[djien]・坤[khuan]、鍼[tjiəm]・感[həm]
  宣
[siuan]・喧[xiuan]、腎[zjiuən]・監[keam]、児[njie]・睨[ngye]、杵[thjia]・午[nga]

  [tsu]の祖語(上古音)は草[xu*]に近い音であった可能性がある。日本語の「くさ」 は上代中国語音の喉音[x-]の痕跡を留めてものであろう。

○同源語:
來(くる)、背(せ)、手(て)、折(をる)、己 (わが・吾)、時(とき)、立(たつ)、榮(さかえ)、浪(なみ)、濱(はま)、枝(え)、向(むけ)る、幾(いく)、代(よ・世)、經(へ)る、

 

【くし(串)】
五 十(いつ)串(くし)立(たて)神酒(みわ)すゑ奉(まつる)神主部(はふりべ)のうずの玉(たま)蔭(かげ)見(みれ)ば乏(ともし)も(万3229)

籠 (こ)もよ 美(み)籠(こ)母乳(もち) 布久思(ふくし・串)もよ 美(み)夫久志(ふくし・串)持(もち)、、(万1)

  「串」の古代中国語は串[hoan]である。日本漢字音は串(カン)である。「串」の 祖語(上古音)は串[hoat*]に近い音であった可能性がある。日本語の「くし」 は中国語の「串」と関係のあることばであろう。中国語音韻史では入声音の[-t]が随唐の時代になって[-n]に変化したものがみられる。

 例:咽(エツ)→因(イン)、鉢(ハツ)→本 (ホ ン)、薩(サツ)→産(サン)など

 中国語には[-s]という韻尾はないが、「串」に串[hoat*]という音があったとすれば、日本語では「くし」は 「串」と同源であろう。中国語の韻尾[-n]はサ行であらわれることがある。
例:岸(ガン・き し)、賢(ケン・かしこい)、干(カン・ほす)、など

 大野晋は岩波の『日本古典文学大系・萬葉集一』 の頭注で「クシは朝鮮語kos(串)と同源」(p.8) としているが、朝鮮語のkosも中国語の串[hoan]と同源である可能性がある。

○同源語:
立(たて)る、神(かみ)、酒(さけ)、座(す わ)る、蔭(かげ・影)、見(み)る、籠(こ・かご)、美(み)、

 

【くず・かづら(葛)】
鴈 鳴(かりがね)の寒(さむく)鳴従(なきしゆ)水莖(みづぐき)の岡(をか・岳)の葛葉(くずは)は色(いろ)づきにけり(万2208)

玉 葛(たまかづら)花(はな)耳(のみ)開(さき)て不成 有(らざる)は誰(たが)戀(こひ)ならめ吾(あは)孤悲(こひ)念(おもふ)を(万102)

  「葛」は日本語の「くず」にも「かづら」にも使 われている。「くづ」はまめ科の多年生植物で、根から葛粉がとれる。「かづら」は植物の「つる」のことだが、「葛」が使われるようになった。古代中国語の 「葛」は葛[kat]である。
 現代の日本語では「づ」と「ず」の弁別は失われ て「ず」に合流しているが、万葉集の時代にも葛(くず)は「久受」と表記され、葛(かづら)は「づ」である。万葉集の時代にも「づ」と「ず」は必ずしも正 確に弁別されていたとは言い難い。
 旧かなづかいでは「屑」は屑(くづ)、「葛」は 葛(くず)として区別している。葛(くず)は韻尾
[-t]が摩擦音化してサ行に転移したものである。

○同源語:
鴈(かり)、鳴(ね・なく)、莖(くき)、岡(を か・岳)、葉(は)、色(いろ)、花(はな)、開(さく・咲)、吾(あ)、念(おもふ)、

 

【くすし(奇・霊・神)】
聞 (きくがごと)真(まこと)貴(たふと)く奇(くすしく)も神(かむ)さび居(をる)かこれの水嶋(みずしま)(万245)

言 (いひも)不得 (えず) 名(なづけも)不知 (しらず) 霊(くすしく)も 座(います)神(かみ)かも、、(万319)

我 國(わがくに)は 常世(とこよ)に成(なら)む 圖(ふみ)負(おへ)る 神(くすしき)龜(かめ)も 新代(あらたよ)と 泉(いづみ)の河(かは) に 持(もち)越(こせ)る 真木(まき)の嬬手(つまで)を、、(万50)

 古代中国語の「奇」は奇[kiai]であり、「霊」は霊[lying]である。「奇」音義ともに日本語の「くすし」に近 い。「霊」の祖語(上古音)は霊[hlying*]のような入りわたり音を伴っていた可能性がある。 霊[hlying*]の頭音[h*]がカ行であらわれたとすれば「霊」もまた「くす し」と関係のあることばである可能性がある。

○同源語:
神(かみ)、居(を)る、嶋(しま・洲)、名 (な)、知(しる)、我(わが)、常世(とこよ)、龜(かめ)、代(よ・世)、泉(いづみ)、河(かは)、越(こす)、真木(まき・枝)、嬬(つま・妻 嬬)、手(て)、

 

【くち(口)】
暮 (ゆふ)獵(かり)に鶉雉(とり)履(ふみ)立(たて)大御馬(おほみま)の口(くち)おさへとめ、、(万478)

波 流(はる・春)の野(の)に久佐(くさ)波牟(はむ)古麻(こま)の久知(くち)やまず安(あ・吾)をしのぶらむ伊敝(いへ)の兒(こ)ろはも(万3532)

  日本語の「くち」は中国語の「口」から派生した ことばであろう。古代中国語の「口」は口[kho]である。現代北京語では「口」のことを嘴(ziu)と言う。日本語の「くち」は口[kho]+嘴[tziue]である可能性がある。

○同源語:
暮(ゆふ・夜)、獵(かり・獦)、鶉雉(とり・ 鳥)、履(ふむ)、立(たてる)、御(み)、馬(うま)、波流(はる・春)、野(の)、久佐(くさ・草)、古麻(こま・駒)、安(あ・吾)、伊敝(いへ・ 家)、兒(こ)、

 

【くつ(履・靴)】
髪 (かみ)だにも 搔(かき)は不梳 (けづらず) 履(くつ)をだに 不著 (はかず)雖行 (ゆけども)、、(万 1807)

信 濃道(しなのぢ)は伊麻(いま)の波里美知(はりみち・墾)可里(かり)ばねに安思(あし)布麻之牟奈(ふましむな)久都(くつ)はけ和我(わが)世 (せ・背)(万 3399)

 万葉集では履[liei]が「くつ」にあてられている。「履」は主に儀礼用 の「くつ」であり、「靴」は革靴である。日本語の「くつ」は中国語の靴[xuai]+沓[dəp]である可能性がある。
 「履」の祖語にもし、入りわたり音があり、履
[hliei*]のような音があったとすれば、「履」も「靴」と音 義ともに近いことばであった可能性もある。

 また、「履」の声符が復[biuk]であることから「履」は「はく」と関係のありこと ばである可能性もある。中国語では声調をかえることによって、名詞から動詞を作る造語法がある。一番目の歌では「はく」に「着」があてられているが訓借で あろう。

○同源語:
著(はく・履)、行(ゆく)、伊麻(いま・今)、 波里(はり・墾)、可里(かる・刈)、和我(わが)、世(せ・背)、

 

【くつ(朽)】
獨 (ひとり)寝(ぬ)と茭(こも)朽(くち)めやも綾(あや)席(むしろ)緒(を)に成(なる)までに君(きみ)をし将待 (またむ)(万 2538)

  古代中国語の「朽」は朽[xiu]である。日本語の「くつ」は「朽+す」の転じたも のであろう。

○同源語:
寝(ぬ・寐)、茭(こも)、綾(あや)、君 (きみ)、

 

【くに(國・地祇・本郷)】
志 貴嶋(しきしまの)倭(やまとの)國(くに)は事霊(ことだま・言)の所佐 (たすくる)國(くに)ぞ真福(まさきく)在(あり)こそ(万3254)

天 神(あまつかみ) 阿布藝(あふぎ)許比(こひ)乃美(のみ・禱) 地祇(くにつかみ) 布之弖(ふして)て額(ぬか)つき、、(万904)

燕 (つばめ)来(くる)時(とき)に成(なり)ぬと鴈(かり)が鳴(ね)は本郷(くに)思(おもひ)つつ雲(くも)隠(がくり)喧(なく)(万4144)

  万葉集では「くに」は國、邦、地祇、本郷などと 表記されている。「國」の古代中国語音は國[kuək]である。「くに」は国家のことも郷土のことも、天 や海にたいして土地のこともさす。「國」の訓は國[kuək](くに)であるが、韻尾が対応していない。
 王力は『同源字典』のなかで「莫
[mak]と晩[miuan]は同源である。」(p.16)。卑近な例では雀(ジャク)・麻雀(マージャ ン)などがあげられるかもしれない。同じ声符の韻尾をカ行とナ行に読み分ける例としては次のようなもの をあげることができる。
例:柵(サク)・冊(サツ)、益(エキ)・溢(イ ツ)、陸(リク)・睦(むつむ)、泊(ハク・
  はつ)、克(コク・かつ)、など

 中国語の「國」は日本語の「くに」と同源である 可能性がある。一方、スウェーデンの言語学者カールグレンは日本語の「くに」の語源は郡[giuən]ではないかとしている。朝鮮半島には漢の時代から 楽浪郡、帯方郡などが置かれて行政の単位として機能していた。
 『名義抄』には「郡 クニ、コホリ」とある。郡
[giuən]ばかりでなく県[huen]も日本語の「くに」に近い。「県」は王畿以外の集 落、農耕地で、郡県制が敷かれてからは郡も県も地方行政の単位である。日本語の「くに」は郡[giuən]、県[huen]と同系のことばであろう。國[kuək]は義(意味)が日本語の「くに」にもっとも近く、 日本語の「くに」は國[kuək]から派生した可能性もある。

○同源語: 
嶋(しま・洲)、事(こと・言)、真(ま)、福 (さき・幸)く、天(あめ)、神(かみ)、阿布藝(あふぐ・仰)、布之弖(ふして・伏)、額(ぬか)、來(くる)、 時(とき)、鴈(かり)、鳴・喧(なく・ね)、思(おもふ・念)、雲(くも)、隠(かくる)、

 

【くび(頸)】
吾 (わが)戀(こひ)は千引(ちひき)の石(いは)を七許(ななばかり)頸(くび)に将繋 (かけむ)も神(かみ)のまにまに(万743)

 古代中国語の「頸」は頸[kieng]である。日本語の「くび」は音義ともに中国語の 「頸」に近い。韻尾の[-ng]は鼻音であり、同じく鼻音である[-m]に転移することも多い。
例:霜(ソウ・しも)、灯(トウ・ともる)、醒 (セイ・さめる)、統(トウ・すめる)、
  登(トウ・のぼる)など

○同源語:
吾(わが)、千(ち)、繋(かけ)る、神(か み)、

 

【くま(熊)】
荒 熊(あらくま)の住(すむと)云(いふ)山(やま)の師齒迫(しはせ)山(やま)責(せめ)て雖問 (とふとも)汝(なが)名(な)は不告 (のらじ)(万 2696)

 「熊」の古代中国語音は熊[hiuəm]である。日本語漢字音の熊(ユウ)は熊[hiuəm]の頭音[h-]が脱落した唐代の漢字音に対応している。 日本語 の熊(くま)は古代中国語の喉音[h-]の痕跡を留めたものである。
 日本語の訓では古代中国語の喉音
[h-]がカ行であらわれる例として、雲[hiuən](くも・ウン)、越[hiuat](こえる・エツ)などをあげることができ。いずれ の場合も訓は喉音[h-]を受け継いでいて、音は喉音[h-]はが脱落したものである。

 同じ声符をもつ漢字でカ行とア行に読み分けるも のもいくつかみられる。
例:緩(カン)・援(エン)、軍(グン)・運(ウ ン)、渇(カツ)・謁(エツ)、禾(カ)・和
  (ワ)、黄(コウ・オウ)

 朝鮮語では「くま」のことを(kom)という。日本語の「くま」の語源は朝鮮語の(kom)であるとする説もあるが、朝鮮語の熊(kom)も日本語の熊(くま)も古代中国語の熊[hiuəm]から派生したものであり、同源であろう。

○同源語:
荒(あらい)、住(すむ)、山(やま)、汝 (な)、名(な)、
 

 

【くも(雲)】
三 輪山(みわやま)を然(しか)も隱(かくす)か雲(くも)だにも情(こころ)有(あら)なも可苦佐布(かくさふ)べしや(万18)

瀧 上(たきのうへ)の三船(みふね)の山(やま)に居(ゐる)雲(くも)の常(つね)に将有 (あらむ)と和我(わが)念(おもは)なくに(万242)

 古代中国語の「雲」は雲[hiuən]である。中国語の頭音[h-]は次にくる介音[-iu-]の影響で脱落して唐代には雲[jiuən]となった。訓の雲(くも)は、唐代以前の上古中国 語の喉音[h-]の痕跡を留めている。同じような例として熊[hiuəm](ユウ・くま)、運[hiuən]・軍[hiuən]などをあげることができる。

○同源語:
三(み)、山(やま)、隠(かく)す、情(ここ ろ・心)、瀧(たき)、船(ふね・盤)、居(ゐ)る、常(つね)、和我(わが)、念(おもふ)、

 

【くやし・くい(悔)】
悔 (くやしく)も満(みち)ぬる塩(しほ・潮)か墨江(すみのえ)の岸(きし)の浦廻(うらみ)従(ゆ)行(ゆか)まし物(もの)を(万1144)

真 玉(またま)つくをちこち兼(かね)て言(こと)は五十戸(いへ)ど相(あひ)て後(のち)こそ悔(くい)には有(あり)と五十戸(いへ)(万674)

  「悔」の古代中国語音は悔[xuə]である。日本語の「くい」「くやし」は中国語の悔[xuə]と同源である。

○同源語:
相(あふ・合)、満(みち)る、塩(しほ・潮)、 行(ゆく)、物(もの)、真(ま)、兼(かね)る、言(こと)、

 

【くら(倉)】
枳 (からたち)の棘原(うばら)苅(かり)そけ倉(くら)将立 (たてむ)屎(くそ)遠(とほく)まれ櫛(くし)造(つくる)刀自(とじ)(万3832)

荒 城(あらき)田(だ)の子師(しし)田(だ)の稲(いね)を倉(くら)に挙蔵(あげ)てあな干稲(ひね)々々(ひね)し吾(わが)戀(こふ)らくは(万3848)

  古代中国語の「倉」は倉[tsang]である。「倉」の祖語(上古音)は倉[xang*]に近い音であったものと再構できる。それが、介音[-i-]の発達により倉[xiang*]になり、唐代には摩擦音化して倉[tsang]になったものと考えることができる。
 「蔵」は蔵
[dzang]であり、倉[tsang]と音義ともに近い。また、「くら」には庫[kho]も使われることがある。庫(コ)・車(シャ)の関 係も、庫(コ)が古い音であり、車(シャ)は介音[-i-]の発達によって摩擦音化したものである。

○同源語:
原(はら)、苅(かる)、立(たて)る、造(つく る)、荒(あら)き、田(た)、稲(いね・秈)、干(ひる)、吾(わが)、
 

 

【くり(栗)】
宇 利(うり・瓜)はめば 胡(こ・子)ども意母保由(おもほゆ) 久利(くり・栗)はめば ましてしのばゆ いづくより 枳多利斯(きたりし・来)物能(も の)そ、、(万 802)

 
 『和名抄』には 「栗 久利、一名撰子」とある。 栗は縄文時代以来重要な食糧源だったと思われる。万葉集には「くり」を「栗」と表記した例はないが、古代中国語音は栗[liet]である。「栗」の祖語(上古音)には入りわたり音があり栗[hliet*]のような音であったと推定される。日本語の「く り」は入りわたり音の[h-]をカ行音であらわしたものであり、日本漢字音の栗 (リツ)は入りわたり音[h-]が失われたものであろう。同じような例としては来[hlə*](くる)、輪[hliuən*](くるま)をあげることができる。
 中国語には同じ声符の漢字をカ行とラ行に読みわ けているものがいくつかみられる。
例:果(カ)・裸(ラ)、各(カク)・落(ラ ク)、監(カン)・藍(ラン)、剣(ケン)・斂(レ
  ン)、兼(ケン)・簾(レン)、京(キョ ウ)・涼(リョウ)など、、

○同源語:
胡(こ・子)、意母保由・(おもほ・念)ゆ、枳多 利斯(きたりし・來)し、物能(もの)、

 

【くる(來)】
倭 (やまと)には鳴(なき)てか来(く)らむ呼兒鳥(よぶこどり)象(きさ)の中山(なかやま)呼(よび)ぞ越(こゆ)なる(万70)

來 (こむと)云(いふ)も不来 (こぬ)時(とき)有(ある)を不來 (こじと)云(いふ)を将來(こむ)とは不待 (またじ)不來 (こじと)云(いふ)物(もの)を(万527)

 古代中国語の「來」は來[lə]である。來[lə]の祖語は來[hlə*]に近い発音だったと考えられる。日本語の「くる」 は古代中国語の來[hlə*]と同源であろう。

○同源語:
鳴(なく)、來(くる)、兒(こ)、鳥(とり)、 象(牙(き)+<
朝鮮語の牛so>)、中山(なかやま)、越(こゆる)、時(と き)、物(もの)、

 

【くるし(苦)】
念 (おもひ)絶(たえ)わびにし物(もの)を中々(なかなか)になにか辛苦(くるし)く相(あひ)見(み)始(そめ)けむ(万750)

す べも無(な)く苦志久(くるしく)阿礼(あれ)ば出(いで)波之利(はしり)去(いな)なと思(おもへ)ど許(こ・子)らに佐夜利奴(さやりぬ)(万899)

  古代中国語の「苦」は苦[kha]である。日本語の「くるし」の「く」は中国語の苦[kha]と一致するが「く+るし」の「るし」については少 し無理があるように思われる。同じ声符をもった「涸」に涸[hak]があり、訓は涸(かれる)であることから「苦」に も苦[khak*]のような韻尾があり、それがラ行に転移したものと 考えられないだろうか。

○同源語:
念(おもふ)、絶(たえる)、物(もの)、中(な か)、辛苦・苦志(くるし)、相(あふ・合)、見(みる)、無(な)き、出(いで)、去(いく・往)、思(おもふ・念)、許(こ・子)、佐夜利(さやり・ 障)、

 

【くるふ(狂)】
相 (あひ)見(み)ては幾日(いくか)も不経 (へぬ)をここだくも久流比爾久流必(くるひにくるひ)所念 (おもほゆる)かも(万 751)

  久流比爾久流必(くるひにくるひ)は「狂ひに狂 ひ」であろう。古代中国語の「狂」は狂[giuang]である。日本語の「くるふ」は古代中国語の「狂」 に依拠したものであろう。韻尾の[-ng]は日本語ではラ行であらわれることがしばしばあ る。
例:経
[kyeng](へる)、萌[meang](もえる)、軽[kyeng](かるい)、広[kuang](ひろい)、
  平
[being](ひら)、幌[huang](ほろ)、頃[khiueng](ころ)、香[xiang](かをり)、

○同源語:
相(あひ・合)、見(みる)、幾(いく)、経(へ る)、念(おもふ)、

 

【くるま(車)】
古 部(いにしへ)の 賢(さかしき)人(ひと)も 後(のち)の世(よ)の 竪監(かがみに)将為 (せむ)と 老人(おいびと)を 送(おくり)為(し)車(くるま) 持(もち)還(かへり)けり(万3791)

戀 草(こひくさ)を力車(ちからぐるま)に七車(ななくるま)積(つみ)て戀(こふ)らく吾(わが)心(こころ)から(万694)

  古代中国語の「車」は車[kia]である。同じ声符をもつ「庫」は庫[kho]である。日本漢字音の車(シャ)は車[kia]が介音[-i-]の影響で口蓋化してサ行に転移したものであろう。 朝鮮漢字音では「車」は車(keo) で あり、古代中国語音車[kia]に近い。日本語の「くるま」は車[kia]+輪[liuən]から派生したことばである可能性がある。

 一方、「輪」の祖語(上古音)には入りわたり音 があり輪[hliuən*]に近い音であったと考えられる。日本語の「くる ま」は上代中国語の輪[hliuən*]に由来するものであると考えることもできる。

○同源語:
賢(さか)し、世(よ)、竪監(かがみ・鏡)、送 (おくる)、還(かへる)、吾(わが)、心(こころ)、

 

【くれ(晩・闇・昏)】
霞 (かすみ)立(たつ) 長(ながき)春日(はるひ)の 晩(くれに)ける、、(万5)

明 (あけ)闇(くれ)の朝霧(あさぎり)隠(がくり)鳴(なき)て去(ゆく)鴈(かり)は言戀(あがこひ)於妹 (いもに)告(つげ)こそ(万 2129)

豊 國(とよくに)のきくの長濱(ながはま)去(ゆき)晩(くらし)日(ひ)の昏(くれ)去(ゆけ)ば妹(いもに)をしぞ念(おもふ)(万3219)

  万葉集では日本語の「くれ」に晩[miuan]、闇[əm]、昏[xuən]などがあてられている。日本語の「くれ」に音義が 対応するのは中国語の昏[xuən]であろう。
 晩
[miuan] の祖語(上古音)には入りわたり音[h-]があった可能性があり、[hmiuan*]の入りわたり音[h-]が発達したものであると考えることもできる。

○同源語:
霞(かすみ・霞霧)、立(たつ)、長(なが)き、 春(はる)、隠(かく)れる、鳴(なく)、去(ゆく・行)、鴈(かり)、言(わが・我)、妹(いも)、國(くに)、濱 (はま)、念(おもふ)、

 

【くろ(黒・玄)】
若 有(わかかり)し 皮(はだ)も皺(しわみ)ぬ 黒有(くろかり)し 髪(かみ)も白斑(しらけ)ぬ ゆなゆなは 氣(いき)さへ絶(たえ)て、、(万1740)

黒 玉(ぬばたま)の玄髪山(くろかみやま)を朝(あさ)越(こえ)て山下(やました)露(つゆ)に沽(ぬれに)けるかも(万1241)

  万葉集では日本語の「くろ」に黒[xək] [hyen]があてられている。日本語の「くろ」は中国語の 「玄」あるいは「黒」に音義ともに近い
 中国語の喉音[h-][-x-]は日本語にはない音であり、日本語ではカ行であら われることが多い。また、韻尾の[-n][-l]と調音の位置が同じであり、転移しやすい。黒[xək]の韻尾[-k]は江南音では[-t]に合流するので、[-l]に転移することがある。
例:夜
[jyak]よる、腹[piuk]はら、色[shiək]いろ、織[tjiək]おる、

○同源語:
若(わか)い、皺(しわ)、黒・玄(くろい)、氣 (いき・息)、絶(たえ)る、山(やま)、越(こえる)、沽(ぬれ・濡)る、

 

【け(毛)】
吾 (わが)毛(け)等(ら)は 御(み)筆(ふで)はやし 吾(わが)皮(かは)は 御(み)箱(はこの)皮(かは)に、、(万3885) 

  「毛」の古代中国語音は毛[mô]である。古代中国語の[m-]には入りわたり音[h-]があったことが知られている。「毛」の祖語(上古 音)は毛[hmô]に近い音であったと考えることができる。
 日本語の毛(け)は入りわたり音
[h-]が発達したものであり、毛(モウ)は入りわたり音[h-]が脱落したものである可能性がある。

○同源語:
吾(わが)、等(ら)、御(み)、筆 (ふで)、箱(はこ・筐)、

 

【けだし(蓋)】
山 主(やまもり)は蓋(けだし)雖有 (ありとも)吾妹子(わぎもこ)が将結 (ゆひけむ)標(しめ)を人(ひと)が将解 (とかめ)やも(万 402)

人 目(ひとめ)太(おほみ)直(ただ)不相 (あはず)して蓋(けだし)くも吾(わが)戀(こひ)死(しな)ば誰(たが)名(な)将有(ならむ)も(万3105)

 「蓋」の古代中国語音は蓋[kat]である。日本語の「けだし」は漢文訓読風のニュア ンスがあり、「仮に」というような場合に使われる。音義ともに中国語の蓋[kat]に近く、同源であろう。

○同源語:
山(やま)、主(もり・護)、吾妹子(わぎも こ)、標(しめ)、目(め)、直(ただ)、相(あふ・合)、死(し)ぬ、名(な)、

 

【けふ(今日・今)】
川 豆(かはづ)鳴(なく)清(きよき)川原(かはら)を今日(けふ)見(み)ては何時(いつ)か越(こえ)來(き)て見(み)つつ偲(しの)ばむ(万1106)

秋 津野(あきづの)に朝(あさ)居(ゐる)雲(くも)の失(うせ)去(ゆけ)ば前(きのふ)も今(けふ)も無(なき)人(ひと)所念 (おもほゆ)(万 1406)

た まかぎる昨(きのふの)夕(ゆふべ)見(みし)物(ものを)今(けふの)朝(あしたに)可戀 (こふべき)物(ものか)(万 2391)

  「今日」は旧かなづかいでは今日(けふ)とな る。「今」の古代中国語音は今[kiəm]であり、「今」と同じ声符をもった漢字に矜[kiəp]がある。「矜」は矜持などに使い、一時で矜(キョ ウ)と読む。二番目の歌(万1406)と三番目の歌(万2391)では「今」を一字で「けふ」と読ませている。
 「今」の祖語(上代中国語音)は今
[kiəp*]に近い音であったと思われる。「今」はそれ自体で 今(けふ)という読みがあったと思われるが、今[kiəm]の頭音が脱落して、今(いま)と読まれるように なったため、「けふ」は「今日」と表記するようになったのではあるまいか。

 「今日(けふ)」の「日」の朝鮮語は日(hae)であり、「け+ふ」の「ふ」は日(hae)の連想である可能性もある。

○同源語:
川豆(かはづ・蝦)、鳴(なく)、清(きよき)、 川(かは・河)、原(はら)、見(みる)、越(こえる)、來(くる)、津(つ)、野(の)、居(ゐ)る、雲(くも)、去(ゆく・行)、今(けふ・今日)、 無(な)き、念(おもふ)、夕(ゆふべ・夜)、物(もの)、

 

【けぶり(煙・烟)】
天 (あめ)の香具山(かぐやま) 騰(のぼり)立(たち) 國見(くにみ)を為(すれ)ば 國原(くにはら)は 煙(けぶり)立(たち)龍(たつ・立)、、(万2)

我 (わが)王(おほきみ)を 烟(けぶり)立(たつ) 春日(はるのひ)暮(くらし)、、
(万3324)

春 日野(かすがの)に煙(けぶり)立(たつ)所見 (みゆ)[女 感]*嬬 (をとめ)等(ら)し春野(はるの)のう芽子(はぎ)採(つみ)て煑(に)らしも(万1879) 

  「煙」の日本漢字音は煙(エン・けむり)であ る。古代中国語は煙[yen]であり、「烟」も烟[yen]である。「煙」「烟」の祖語(上古音)には喉音[h-]があって、煙・烟[hyen*]に近い音であったと思われる。日本語の「けむり」 は中国語の煙・烟[hyen*]の頭音[h-]の痕跡を伝えるものであろう。煙(エン)は唐代の 中国語音を反映したもので、頭音[h-*]が脱落したものである。

 日本漢字音には同じ声符がカ行とア行であらわれ るものがある。ア行音は頭音が脱落したものである。
例:國・域、奇・椅、貴・遺、軍・運、乞・乙、 緩・援、景・影、区・欧、甲・鴨 絵(カイ・    ヱ)、懐(カイ・ヱ)、黄(コウ・ オウ)、

○同源語:
天(あめ)、香(か)、山(やま)、騰(のぼる・ 登)、立・龍(たつ)、國(くに)、見(みる)、原(はら)、我(わが)、王(おほきみ・君)、春(はる)、野(の)、
[女感]*嬬(をとめ・嬬)、等(ら)、芽子(はぎ)、煑 (にる・茹)、

 

【こ(籠)】
籠 (こ)もよ美籠(みこ)母乳(もち) 布久思(くし・串)もよ 美夫君志(みふくし・串)持(もち) 此(この)岳(をか)に 菜(な)採(つま)す兒 (こ)、、(万 1)

 万葉集の第一番目に載せられている歌である。 「籠」の古代中国語音は籠[long]である。「籠」の祖語には入りわたり音があって、 「籠」は籠[hlong*]に近い音であったと想定できる。日本語の籠(こ) は上代中国語音籠[hlong*]の入り渡り音[h-]が発達したものであろう。
 「籠」は「かご」の意味であり、「籠」は籠 (こ、こも、かご、こもる)などと読む。籠(こもる)は韻尾の
[-ng]がマ行に転移したものであり、籠(かご)は韻尾の[-ng]がカ行に転移したものである。[-ng]は鼻音であり[-m]と調音の方法が同じである。[-ng]はまた、調音の位置が[-k][-g]と同じであり、カ行に転移しやすい。籠(こ、こ も、かご、こもる)はいずれも中国語の籠[hlong*]から派生したことばである。唐の時代には籠(ロ ウ)という発音になっていたので、「籠毛」と「毛」をつけて韻尾の読み方を示したものであろう。

○同源語:
美(み・御)、此(こ)の、岳(をか)、兒 (こ)、

 

【こ(子・兒)】
秋 芽子(あきはぎ)を 妻(つま)問(とふ)鹿(か)こそ 一子(ひとりご)に 子(こ)持有(もてり)と五十戸(いへ) 鹿兒(かこ)じ物(もの) 吾 (わが)獨子(ひとりご)の 草枕(くさまくら) 客(たび)にし徃(ゆけ)ば、、(万1790)

直 (ただ)獨(ひとり) い渡為(わたらす)兒(こ)は 若草(わかくさ)の 夫(つま)か有(ある)らむ、、(万1742)

  万葉集では日本語の「こ」に「子」「兒」などの 文字があてられている。これらの漢字の古代中国語音は子[tziə]、兒[njie]である。
 子
[tziə]の祖語(上古音)は子[xiə*]のような音であった可能性がある。子[xiə*]は摩擦音化して子[tziə]になったと考えられる。漢字には同じ声符をもった 文字がカ行とサ行に読み分けられるのもがある。サ行音はカ行音の口蓋化したものである。
例:嗅(キュウ)・臭(シュウ)、庫(コ)・車 (シャ)、感(カン)・鍼(シン)、喧伝(ケ    ン)・宣伝(セン)、など
 「兒」と同じ声符をもった漢字に「睨」があり、 睥睨(へいげい)などに使われる。「睨」の古代中国尾音は睨
[ngye]である。日母[nj-]と疑母[ng-]とは音が近い。児(こ)は上代中国語の兒[ngiə*]に依拠したものであろう。

○同源語:
芽子(はぎ)、妻(つま・妻女)、鹿(か)、吾 (わが)、物(もの)、徃(ゆく・往)、直(ただ)、渡(わたる)、若(わか)き、草(くさ)、

 

【こ(蚕・蛺蠱)】
た らちねの母(はは)が養(かふ)蚕(こ)の眉(まよ)隠(ごもり)いぶせくもあるか異母(いも・妹)に不相 (あはず)して(万 2991)

  万葉集の時代の日本語では蚕(かいこ)のことを 「こ」ともいう。この歌では「かひこ」は「養ふ子」と表記されている。そのため、日本語の「かひこ」は「飼う子」であるという説もあるが、「かひこ」の 「かひ」は蛺[kyap]であり、「こ」は古代中国語の蠱[ka]に依拠したものであろう。「蛺」は蝶の仲間の総称 であり、中国では紀元前15世紀からすでに蚕を飼っていたという。

○同源語:
母(はは)、眉(まゆ)、隠(こもる・籠)、異母 (いも・妹)、相(あふ・合)、

 

【こ(小)】
浪 間従(なみのまゆ)所見 (みゆる)小嶋(こじま)の濱(はま)久木(ひさぎ)久(ひさ)しく成(なり)ぬ君(きみ)に不相 (あはず)して(万 2753)

真 野(まのの)池(いけ)の小菅(こすげ)を笠(かさ)に不縫 (ぬはず)為(して)人(ひと)の遠名(とほな)を可立 (たつべき)物(もの)か(万 2772)

 古代中国語の「小」は小[siô]である。現代北京語の「小」は小(xiao)であり、中国語の「小」の祖語(上古音)は小[xiô*]であったものと考えられる。現代中国語の(x-)は摩擦音であるが、古代中国語の喉音[x-]は閉鎖音であった。日本語の小(こ)も小[xiô*]から発達したものであろう。

  インド・ヨーロッパ系の言語ではCentum language(ケントウム語)とSatem language(サテム語)という言語群がある。ケントウム語群 というのは英語のhundredにあたることばを[k-](または[h-]で発音する語群である。 ケントウム語群はラテン 語、ギリシャ語、イタリア語、ドイツ語(ドイツ語ではhになる)、英語、ケルト語、トカラ語、ヒッタイト 語などである。ラテン語では「百」をcentumというところからケントウム語群と名づけられた。
 サテム語群というのは
[s-]であらわす語群である。サテム語群はインド・イラ ン語、アルメニア語、アルバニア語、リトアニア語、バルト語、ロシア語、アヴェスト語などである。アヴェスタ語(イラン語系の言語)で「百」をsatemというところからサテム語群と名づけられた。カ行 音がサ行音に変化することは世界の言語でかなり多くみられる現象なのである。 

 「小」には小(を)という読みもある。小(を) は小[xiô*]の頭音が脱落したものでる。

 佐 丹(さに)塗(ぬり)の 小船(をぶね)もがも、、(万1520)

 ○同源語:
浪(なみ)、間(ま)、見(みる)、嶋(しま・ 洲)、濱(はま)、木(き・枝)、君(きみ)、相(あふ・合)、真(ま)、野(の)、名(な)、立(たつ)、物(もの)、塗(ぬる)、小(を)、船(ふ ね・盤)、

 

【こころ(心・情)】
他 辭(ひとごと)を繁(しげみ)言痛(こちたみ)不相 有(あはざり)き心(こころ)在(ある)如(ごと)莫(な)思(おもひ)吾(わが)背子(せこ)(万538)

淡 海(あふみ)の海(み)夕浪(ゆふなみ)千鳥(ちどり)汝(なが)鳴(なけ)ば情(こころ)もしのに古(いにしへ)所念 (おもほゆ)(万 266)

  万葉集では日本語の「こころ」に心、情、意、許 己呂、己許呂、許々呂、などの漢字が当てられている。古代中国語の「心」は心[siəm]であり、現代北京語では心(xin)である。「心」の上古音は心[xiəm*]であったと考えられる。現代の中国語の喉音[x-]は摩擦音であるが、古代中国語の喉頭[x-]は閉鎖音であったと思われる。日本語の「こころ」 は上古中国語の心[xiəm*] の痕跡を留めたことばであろう。
 中国語の喉音
[x-][h-]は日本語にはない発音である。そのため、日本語で は「ここ・ろ」とカ行音を二つ重ねて、日本語の音韻体系になじむように発音した。また、韻尾の[-n][-l]と調音の位置が同じであり転移した。
 「情」の古代中国語音は情
[dzieng]である。「心情」ということばがあるごとく「心」 と「情」は義(意味)が近い。情[dzieng]の上古音は情[hieng*]に近い音であった可能性があり、情[dzieng]は介音[-i-]の影響で摩擦音化したものであると考えることもで きる。

○同源語:
辭・言(こと)、痛(いた)し、相(あふ・合)、 莫(な)、思・念(おもふ)、吾(わが)、背子(せこ)、海(うみ)、夕(ゆふ・夜)、浪(なみ)、千鳥(ちどり)、汝(な)、鳴(なく)、

 

【こたへ(答・解答)】
答 (こたへぬ)に勿(な)喚(よび)動(とよめ)そ喚子鳥(よぶこどり)佐保(さほ)の山邊(やまべ)を上(のぼり)下(くだり)に(万1828)

道 守(みちもり)の 将問 (とはむ)答(こたへ)を 言(いひ)将遣 (やらむ) 為便(すべ)を不知 (しらに)と 立(たち)て爪(つま)衝(づく)(万543)

  古代中国語の「答」は答[təp]である。日本語の「こたへ」の「たへ」は中国語の 答[təp]に酷似している。中国語には「解答」あるいは「回 答」という成句がある。日本語の「こたへ」は中国語の解答[ke-təp]から派生したものではなかろうか。

○同源語:
子(こ)、鳥(とり)、山(やま)、邊(へ)、上 (のぼる・登)、守(もり・護)、知(し)る、立(たつ)、爪(つめ)、衝(つく)

 

【こと(琴)】
琴 (こと)取(とれ)ば嘆(なげき)先立(さきだつ)蓋(けだしく)も琴(こと)の下樋(したび)に嬬(つま・妻嬬)や匿(こも・籠)れる(万1129)

  「琴」の古代中国語音は琴[giəm]である。日本語では中国語の[g-]は頭音では清音になる。また、韻尾[-m][-n]は弁別しないので[-m][-n]もタ行であらわれる。[-n][-t]と調音の位置が同じであり、転移しやすい。日本語 の「こと」は中国語の「琴」と同源である。

○同源語:
取(とる)、歎(なげ)く、立(たつ)、蓋(けだ し)、嬬(つま・妻嬬)、匿(こも・籠)る、

 

【こと(言・事・辞)】
吾 (われ)耳(のみ)ぞ君(きみ)には戀(こふ)る吾(わが)背子(せこ)が戀(こふと)云(いふ)事(こと)は言(こと)の名具左(なぐさ)ぞ(万656)

松 影(まつかげ)の浅茅(あさぢ)が上(うへ)の白雪(しらゆき)を不消 (けたずて)将置 (おかむ)言者(ことば)かも奈吉(なき・無)(万1654)

葦 原(あしはらの) 水穂(みづほの)國(くに)は 神(かむ)ながら 事擧(ことあげ・言)不為 (せぬ)國(くに) 雖然 (しかれども) 辞擧(ことあげ・言)ぞ吾(わが)為(する) 言(こと)幸(さきく) 真(ま)福(さきく)座(ませ)と つつが無(なく) 福(さき く)座(いまさ)ば 荒礒(ありそ)浪(なみ) 有(ありて)も見(みむ)と 百重(ももへ)波(なみ) 千重(ちへ)浪(なみ)に敷(しき) 言上(こ とあげ)為(す)吾(われは) 言上(ことあげ)為(す)吾(われは)(万3253)

  「言」の古代中国語音は言[ngian]である。「言」の祖語(上古音)は言[ngiat*]に近い音だったものと考えられる。日本語の「こ と」は上古中国語音の言[ngiat*]と同源である。

 「ことば」の「こと」も「言」である。また、 「かたる」も言[ngiat*]の動詞化したことばである。

○同源語:
吾(われ)、君(きみ)、背子(せこ)、影(か げ)、置(おく)、奈吉(なき・無)、穂(ほ)、神(かみ)、事・辞(こと・言)、真(ま)、浪・波(なみ)、見(みる)、千(ち)、

  

【こま(駒)】
青 駒(あをこま)の足掻(あがき)を速(はやみ)雲居(くもゐに)そ妹(いも)が當(あたり)を過(すぎ)て来(きに)ける(万136)

乞 (いで)吾(わが)駒(こま)早(はやく)去(ゆき)こそ亦打(まつち)山(やま)将待 (まつらむ)妹(いも)を去(ゆき)て速(はや)見(み)む(万3154)

  「駒」の古代中国語音は駒[kio]である。万葉集では「古馬」と書いて駒(こま)と 読ませているものもある(万3387)。また、『和名抄』では「駒 古万(こま)、馬子也」としているので、「駒」とは仔馬のことだという説もある。しか し、『時代別国語大辞典・上代編』(三省堂)では「駒は子馬のことをいったが、転じて馬一般に用いられる。」としている。

 宮田一郎編著の『上海語常用同音字典』(光生 社)によると、現代上海語音では「馬」には入りわたり音があり、「馬」は馬(hma)と聞こえるという。「馬」の古代中国語音は馬[mea]であるが、「馬」の祖語(上古音)には入りわたり 音があって馬[hmea*]に近い音であったと思われる。日本語の馬(こま) の「こ」は江南音の馬(hma)あるいは中国語上古音の馬[hmea*]の入りわたり音[h-]をカ行であらわしたものである可能性が高い。
 馬(うま)馬
[hmea*]の入りわたり音[h-]が失われたものであり、駒(こま)は馬[hmea*]の入りわたり音[h-]が唐代には失われて「馬」は「こま」とは読めなく なってしまったため、「句」を添加して「句+馬」としたものであろう。

 上代の中国語音に入りわたり音があったことは 「海」についてもいえる。「海」の古代中国語音は海[xuə]である。同じ声符をもた「毎」は毎[muə]である。海の祖語(上古音)は海[hmuə*]のような音であり、海(カイ)は入りわたり音[h-]の痕跡を留めたものであり、毎(マイ)は入りわた り音[h-]の失われたものである。日本語の海(うみ)は海[muə]の前に母音「う」が添加されたものである。

○同源語:
雲(くも)、居(ゐる)、妹(いも)、當(あた り)、過(すぎ)る、來(くる)、吾(わが)、去(ゆく・行)、打(うつ)、山(やま)、見(みる)、

 

【こま(高麗)】
高 麗(こま)錦(にしき)紐(ひも)の結(むすび)も解(とき)不放 (さけず)齊(いはひ)て待(まて)ど驗(しるし)無(なき)かも(万2975)

 「高麗」の古代中国語音は高麗[kô-lyai]である。古代日本語ではラ行音が語頭に来ることが なかったので、マ行に転移したものと思われる。[l-][m-]は調音の位置が近く転移しやすい。
例:陸(リク)・睦(ムツ)、來(ライ)・麥(バ ク)、令(レイ)・命(メイ)、漏(ロウ
  もる)、戻(レイ・もどる)、乱(ラン・みだ る)、両(リョウ・もろ)、緑(リョク
  みどり)、嶺(レイ・みね)、

 一方、古代中国語の[m-]は、時代を更に遡ると、入りわたり音[h-]を持っていたと考えらる。麗[hmyai*]は一字だけで麗(こま)と読めた時代があったので はなかろうか。「高麗」の「高」は入りわたり音[h-]が失われてから後の添加である可能性がある。
例:海
[xuə]・毎[muə]、買[hme*](バイ・かふ)、米[hmei*](ベイ・こめ)、門[hmuən*]
  (モン・か ど)、毛[hmô](モウ・け)、馬[hmea*](バ・こま)、黙[hmək*]・黒[xək]

○同源語:

紐(ひも・絆・繙)、無(な)き、

 

【こめ(米)】
巻 向(まきむく)の檜原(ひばら)に立(たて)る春霞(はるがすみ)おほにし思(おもは)ば名積(なづみ)米(こめ・来)やも(万1813)

 万葉集の歌の「米」は訓借の助動詞で「なづみ来 めやも」という意味である。米(こめ)は歌の題になりにくかったのか、万葉集には米(こめ)を読んだ歌はない。しかし、この歌から万葉集の時代に「米」と いう字を米(マイ)ではなく米(こめ)と読んでいたことがわかる。
 「米」の古代中国語音は米
[myei]である。「米」の祖語には語頭に入り渡り音[h-]があって、「米」は米[hmyei*]だったと考えられる。日本語の「こめ」は祖語(上 古音)の米[hmyei*]の痕跡を留めたことばであり、米(ベイ・マイ)は 入りわたり音の脱落したものである。日本書紀歌謡には次のような歌がある。これは音表記であるが、「渠梅」は「米」である。

 伊 波(いは)の杯(へ)に古佐屢(こさる)渠梅(こめ)野倶(やく)渠梅(こめ)だにもたげて騰褎囉(とほら)せ歌麻之々(かましし)の烏膩(をぢ)(日本書紀歌謡)

○同源語:
向(むく)、檜(ひ)、原(はら)、 立(たつ)、春(はる)、霞(かすみ・霞霧)、思(おもふ・念)、名(な)、米(こめ)、來(くる)

 

【こもる(隠)】
た らちねの母(はは)が養(かふ)蚕(こ)の眉(まよ)隠(こもり)隠在(こもれる)妹(いも)を見(みむ)依(よしも)がも(万2495)

色 (いろに)出(いで)て戀(こひ)ば人(ひと)見(み)て應知 (しりぬべし)情(こころ)の中(なか)の隠妻(こもりづま)はも(万2566)

  古代中国語の「隠」は隠[iən]である。「隠」の祖語(上古音)は隠[(h)iən*]であった可能性がある。上古中国語の喉音[h-]は唐代になると脱落することが多かった。
例:緩
[huan](カン)・援[hiuan](エン)、禾[hua](カ)・和[huai](ワ)、曷[hat](カツ)・
  謁
[iat](エツ)、
 日本漢字音でも同じ声符をカ行とア行(あるいは ワ行)に読み分けるものがある。
例:黄
[huang](オウ・コウ)、絵・會[huat](ヱ・カイ)、回[huəi](ヱ・カイ)、壊[hoəi](ヱ・
  カイ)、
 また、音と訓でカ行とア行(またはヤ行、ワ行) に読み分けるものがある。
例:雲
[hiuən](ウン・くも)、熊[hiuəm](ユウ・くま)、越[hiuat](エツ・こえる)、恨[hən]
  (コン・うらむ)、行
[heang](コウ・ゆく)、合[həp](ゴウ・あふ)、

 このことは隠[iən]の祖語(上古音)に隠[hiən*]に近い音があったことを示唆している。日本語の 「こもる」は中国語の隠[hiən*]と同源であろう。

 「隠」は「かくる」にも使われている。喉音[h-]は濁音であり、日本語にはない音なので清音を重ね たものであろう。

 茜 (あかね)刺(さす)日(ひ)は雖照 有(て らせれど)ぬば玉(たま)の夜(よ)渡(わたる)月(つき)の隠(かく)らく惜(をし)も(万169)

 ○同源語:
母(はは)、養蚕(かふこ・蛺蠱)、眉(まよ)、 妹(いも)、見(みる)、色(いろ)、出(いづ)、知(し)る、情(こころ・心)、中(なか)、妻(つま・妻女)、刺(さ)す、照(てる)、夜(よる)、 渡(わたる)、

 

【こやす(臥)】
お とづれの狂言(たはごと)とかも高山(たかやま)の石穂(いほ)の上(うへ)に君(きみ)が臥有(こやせる)(万421)

  古代中国語の「臥」は臥[ngai]である。古代日本語の「こやす」は中国語の臥[ngai]に依拠したものであろう。古代日本語では鼻濁音[ng-]が語頭にくることはなかった。そのため「臥 (カ゜)す」とは発音できず、「臥(こや)す」となったものと思われる。
 「臥」には「ふす」という読みもある。「ふす」 は臥
[ngai]の頭音[ng-]がハ行に転移したものである。疑母[ng-]は調音の位置が喉音[h-]に近く、転移することがある。

 蒸 被(むしぶすま)奈胡也(なごや)が下(した)に雖レ臥(ふせれども)与妹 (いもとし)不宿 (ねねば)肌(はだ)し寒(さむ)しも(万524)

 ○同源語:
言(こと)、山(やま)、穂(ほ)、君(きみ)、 奈胡也(なごや・柔)、妹(いも)、宿(ねる・寐)、

 

【こゆ(越)】
川 豆(かはづ)鳴(なく)清(きよき)川原(かはら)を今日(けふ)見(み)ては何時(いつ)か越(こえ)來(き)て見(み)つつ偲(しの)ばむ(万1106)

泊 瀬川(はつせかは)流(ながるる)水尾(みを)の湍(せ)を早(はやみ)井提(いで)越(こす)浪(なみ)の音(おと)の清(きよけ)く(万1108)

  「越」の古代中国語音は越[jiuat]である。日本漢字音は越(エツ・こゆ)である。 「越」の祖語(上古音)には喉音[h-]があって越[hiuat*]に近い音であったと考えられる。それが隋唐の時代 には脱落して越[jiuat]になった。日本漢字音の越(こゆ)は上古音の頭音[h-]を継承している。越(エツ)は唐代の音に近い。頭 音[h-]が日本語でカ行あるいはハ行であらわれた例として は次のようなものをあげることができる。
例:雲
[hiuən](くも・ウン)、熊[hiuəm](くま・ユウ)、羽[hiuə](は・ウ)、
 また、同じ声符をもった漢字でも喉音
[h-]が脱落したものと発音されるものがみられる。
例:軍
[hiuən](グン)・運[hiuən](ウン)、國[kuək](コク)・域[hiuək](イキ)、完[huan](カン)・
  院
[hiuan](イン)など

○同源語:
鳴(なく)、清(きよき)、川(かは・河)、原 (はら)、今日(けふ)、來(くる)、見(みる)、流(ながるる)、尾(を)、浪(なみ)、音(おと)、
 

【これ(此・是)】
五 更(あかとき)の目不酔草(めさましぐさ)と此(これ)をだに見(み)つつ座(いまし)て吾(われ)を偲(しのば)せ(万3061)

此 (これ)や是(こ)の倭(やまと)にしては我(わが)戀(こふ)る木路(きぢ)に有(ありと)云(いふ)名(な)に負(おふ)勢能山(せのやま)(万35)

  「此」の古代中国語音は此[tsie]である。日本語の「これ」には是[zjie]や之[tjiə]が用いられることもある。「此」「是」の祖語(上 古音)は此[xie*]、是[hie*]に近い音であったと思われる。中国語の喉音[x-][h-]は上古音は破裂音であったものが、隋唐の時代に なって介音[-i-]の発達によって摩擦音化した。日本語の「これ」は 中国語の「此」あるいは「是」の上代音を継承したものであり、此(シ)、是(ゼ)は唐代の音に依拠している。
   二番目の歌の「名に負ふ勢(せ)の山」というの は「有名な背の山」で山の名前に男性に対する親愛の呼称である兄(せ)をかけたものである。

○同源語:
五更(あかとき・暁時)、目(め)、不酔(さめ る・醒)、草(くさ)、見(みる)、吾(われ)、我(わが)、木(き・枝)、名(な)、負(おふ)、勢(せ・背)、山(やま)、


【こゑ(聲)】
朝 霞(あさがすみ)鹿火屋(かひや)が下(した)に鳴(なく)蝦(かはづ)聲(こゑ)だに聞(きか)ば吾(われ)将戀 (こひめ)やも(万 2265)

氏 河(うぢかは)は与杼(よど)湍(せ)無(なから)し阿自呂(あじろ)人(ひと)舟(ふね)召(よばふ)音(こゑ)をちこち所聞 (きこゆ)(万 1135)

  「聲」の古代中国語音は聲[sjieng]あるいは聲[thjieng]とされている。同じ声符をもった漢字に馨[xyeng]、罄[khyeng]などがあり、「聲」の祖語(上古音)は声[xieng*]に近い音があったものと推測できる。声[xieng*]は介音[-i-]の発達によって聲[thjieng]となり、さらに聲[sjieng]になった。日本語の声(こえ)は上古音[xieng*]を継承したものであり、声(セイ)は唐代の漢字音 に依拠したものである。音(こえ)は訓借である。
 董同龢は『上古音韻表稿』のなかで「聲」の上古 音を聲
[xieng]と再構している。

○同源語:
霞(かすみ・霞霧)、鹿(か)、火(ひ)、屋 (や)、鳴(なく)、蝦(かはづ)、吾(われ)、氏(うぢ)、川(かは・河)、与杼(よど・淀)、無(な)き、舟(ふ ね・盤)、音(こゑ・聲)

 

【か行のまとめ】

ここで古代中国語と日本語のカ行の関係を整理して みると次のようになる。

1.古代中国語の後口蓋音[k-][kh-][g-][ng-]に依拠したもの。

[kyang]かがみ、闕・欠[khiuat]かく、影[(k)yang*]かげ、冠[kuan][tsheap]かざし、樫[kyen]かし、肩[kyan]かた、堅[kyen]かたい、葛[kat]かづら、堅魚[kyen gnia]かつを、金[kiəm]かね、蛺[kyap][ka]かひこ、、龜[kiuə]かめ、鴨[(k)eap*]かも、獦[kat]かり、干[kan]かれる、絹[kyuan]きぬ、巾[kien]きぬ、公[kong]きみ、肝[kan]きも、葛[kat]くづ・かずら、奇[kiai]くし、國[kuək]くに、頸[kieng]くび、軍[kiuən]くめ、車[kia][liuən]くるま、蓋[kat]けだし、今日[kiəm/kiəp*]けふ、煙[yen/(k)yen*]けぶり、解[ke][təp]こたへ、[kio]こま、高麗[kô lyai]こま、枯[kha]かる、口[kho][tziue]くち、枯[kha]かれる、苦[kha]くるし、
木(枝
[tjie/gie*])き、窮[giuəm]・極[giək]きはむ、君[giuən]きみ、,[giuang]くるふ、琴[giəm]こと、
[ngian]かたる、顔[ngean][mau]かほ、瓦[nguai][pieng]かめ、鴉[(ng)ea*]からす、雁・鴈[ngean]かり、苅[ngiat]かる、牙[ngea]き・は、象(牙[ngea](き)・牛(so)<朝鮮語>)きさ、兒[njie/ngye*]こ、言[ngian]こと、臥[ngai]こやす、

2.古代中国語の喉音[x-][h-]が日本語ではカ行であらわれるもの。

[xiang]か、漢[xan]から、靴[xuai][dəp]くつ、朽[xiu]くつ、悔[xuə]くゆ、昏[xuən]くれ、黒[xək]くろ、限[hean]かぎる、懸[hiuen]かける、華[hoa][sjiək]かざる、霞[hea][miu]かすみ、兼[hyam]かぬ、河[hai]かは、蝦[hea]かはづ、峡[heap]かひ、蛤[həp]かひ、蛺蠱[heap-ka]かひこ、還[hoan]かへる、韓[han]から、涸[hak]かる、狐[hua]きつね、黄[huang][kiəm]くがね、莖[heng]くき、串[hoan]くし、熊[hiuəm]くま、雲[hiuən]くも、玄[hyen]くろ、越[(h)iuat*]こゆ、

3.中国語上古音が喉音[x-][h-]であり、日本語の訓ではカ行であらわれ、音では摩 擦音化してサ行であらわれるもの。

     神[djien/khuan*](シン・かみ)、辛[sien/xien*](シン・からし)、樹[zjio/hio*](ジュ・き)、
  消
[siô/xio*](ショウ・きゆ)、清[tsieng/xieng*](セイ・きよし)、浄[dzieng/hieng*](ジョウ・
  きよし)、鑚
[tzuan/xuan*](サン・きる)、斬[tzheam/heam*](ザン・きる)、草[tsu/xu*](ソウ・  くさ)、[tsang/xang*](ソウ・くら)、蔵[dzang/hang*](ゾウ・くら)、子[tziə/xiə*](シ・    こ)、小[siô/xiô*](ショウ・こ)、心[siəm/xiəm*](シン・こころ)、此[tsie/xie*](シ・これ)、
  是
[zjie/hie*](ゼ・これ)、聲[thjieng/hjieng*](セイ・こゑ)、

4.上古中国語の[m-]の前の入り渡り音[h-]の痕跡を留めたもの。

  隠[(h)iəm*]かくす・かくれる、門[(h)muən*]かど、[(h)mô*]け、駒[(h)mea*]こま、米[(h)myei*]
  こめ、

5.上古中国語の[l-]の前の入り渡り音[h-]の痕跡を留めたもの。

[(h)liam*]かま、猟[(h)liap*]かり、履[(h)liei*]くつ、栗[(h)liet*]くり、來[(h)lə*]くる、輪[(h)liuən*]くるま、梳[(h)liu*]けづる、籠[(h)long*]こ・こもる、駒(馬[(h)ma*])こま、

  *は再構した祖語の上古音をあらわす。

 

  鏡[kyang](かがみ)、限[hean](かぎる)、懸[hiuen](かける)、などはカ行音が繰り返されている。中 国語と日本語では音韻構造が違うので、中国語で一音節のことばが日本語でも一音節になるというわけではない。英語の場合でもstrikestreetなどは英語では一音節だが、日本語では「ストライ ク」「ストリート」のように五音節になる場合もある。

 

  ことばは声として発音された瞬間に消えてしま う。古代の中国語や日本語がどうのように発音されていたかを知る手がかりは漢字の音を復元することによってしかできない。復元は仮説をともなうから、かな り確実に復元できるものと、検証のむずかしいものとがでてくる。音韻変化には法則性があるから、いくつかの例をあげて法則性を探しだすことが必要である。 法則性が立証できれば仮説の蓋然性は高まる。

 

さ 行

【さか(尺)】
玉 (たま)相(あは)ば 君(きみ)來(き)ますやと 吾(わが)嗟(なげく) 八尺(やさか)の嗟(なげき)、、(万3276)

朝 霧(あさぎり)の 思(おもひ)惑(まどひ)て 杖(つゑ)不足 (たらず) 八尺(やさか)の嘆(なげき) 嘆(なげけ)ども、、(万3344)

  「八尺(やさか)の嘆き」とは大きなため息のこ とである。古代中国語の「尺」は尺[thjyak]である。古代日本語には「シャ」という音節はな かったので直音で尺(さか)となった。
 声符「尺」の読み方は択(タク)、尺(シャ ク)、訳(ヤク)、駅(エキ)などがある。択(タク)が古く、尺(シャク)は
[-i-]介音の影響で後に発達した音である。
 「尺」の朝鮮漢字音は尺
(sak)で直音である。古代日本語の音韻構造は朝鮮語に近 かったようである。

○同源語:
相(あふ・合)、君(きみ)、來(くる)、吾(わ が)、嗟・嘆(なげく)、思(おもふ・念)、杖(つゑ)、

 

【さか(逆)】
是 川(うぢかはの)水阿和(みなあわ)逆(さか)纏(まき)行(ゆく)水(みずの)事(こと)不反 (かへらずぞ)思(おもひ)始(そめ)たる(万2430)

保 里江(ほりえ)より美乎(みを・澪)佐香能保流(さかのぼる)梶(かぢの)音(おと)の麻(ま・間)奈久(なく)そ奈良(なら)は古井(こひ・戀)しかり ける(万 4461)

 「逆」の古代中国語音は逆[ngyak]であると考えられている。日本漢字音には「逆立 ち」などのように逆(さか)という読み方もある。
 「逆」と同じ声符を持つ漢字に、朔(サク)、 遡・溯(ソ)がある。逆
[ngyak]の頭音[ng-]は喉音[x-]に調音の位置が近く、逆[xyak*]に近い音価をもっていたものと思われる。中国語の 喉音[x-]の上古音は破裂音でカ行であらわれるが、現代の北 京音では摩擦音でサ行であらわれる。

○同源語:
川(かは・河)、行(ゆく)、反(かへる・還)、 思(おもふ・念)、佐香(さか・遡)、能保流(のぼる・登)、音(おと)、麻(ま・間)、奈久(なく・無)、

 

【さかし(賢)】
古 (いにしへ)の七(ななの)賢(さかしき)人等(ひとたち)も欲(ほり)せし物(もの)は酒(さけ)にし有(ある)らし(万340)

賢 (さかしみ)と物(もの)言(いふ)よりは酒(さけ)飲(のみ)て酔(ゑひ)哭(なき)するし益(まさり)たるらし(万341)

 「賢」の古代中国語音は賢[hyen]である。日本漢字音は賢(ケン・かしこい・さか し)で、音はカ行だが、訓ではカ行とサ行にあらわれる。漢字には同じ声符をカ行とサ行に読みわけるものがいくつかある。サ行音はカ行音が介音[-i-]の発達によって摩擦音化したものであろう。
例:賢
[hyen](ケン)・腎[zjiən](ジン)、宦[huan](カン)・臣[sjien](シン)、感[həm](カン)・
  鍼
[tjiəm](シン)、活[huat](カツ)・舌[djiat](ゼツ)、狭[heap](キョウ)・陝[thjiam](セン)、  喧[xiuan](ケン)・宣[siuan](セン)、逆[ngyak](ギャク)・朔[sak](サク)、牙[ngea](ガ)・  邪[zya](ジャ)、言[ngian](ゲン)・信[sjien](シン)、勘[khəm](カン)・甚[zjiəm](ジン)、
  嗅
[thjiuk](キュウ)・臭[thjiu](シュウ)、

 日本語の賢(さかし)は臣[sjien](シン)のサ行音の要素と賢[hyen](ケン)のカ行音の要素を重複させたものではある まいか。問題は、前項の逆[ngyak](ギャク・さか)や、賢[hyen](ケン・さかし)、吸[giəp](キュウ・すう)、狭[heap](キョウ・せまい)のように音がカ行で訓がサ行の ものと、神[djien](シン・かみ)、辛[sien](シン・からい)のように訓がカ行で音がサ行であ らわれるものがあることである。
 音韻変化の法則の一般論としてはカ行音(喉音ま たは後口蓋音)からのサ行音への転移とサ行音からカ行音への転移が同時に起こることはない。むしろ、カ行音からサ行音への転移(
[h-][k-]などの摩擦音化)が起これば、それによって押し出 されたサ行音がタ行音など前口蓋音に転移するのが一般的である。
 漢字音に訓がカ行で音がサ行のものと、訓がサ行 で音がカ行のものがあるということは、中国語の音韻史に二つの逆の流れがあったということであろうか。それとも長い中国語音韻史のなかで、こと二つの流れ は別の時代に、別々の地域でおこったものだろうか。

 インド・ヨーロッパ語族でも「百」をラテン語の ようにとカ行(またはハ行)で発音するcentum語群と、サ行で発音するsatem語群がある。この場合は地域による違いが明らかで ある。 

○同源語:
物(もの)、酒(さけ)、飲(のむ・呑)、哭(な く・泣)、

 

【さかり・さかゆ(盛・榮)】
吾 (わが)瀬子(せこ)に吾(わが)戀(こふ)らくは奥山(おくやま)の馬酔木(あしびの)花(はな)の今(いま)盛(さかり)なり(万1903)

酒 (さか)見附(みづき・宴) 榮(さかゆ)る今日(けふ)の あやに貴(たふと)さ
(万4254)

開 木代(やましろの)來背(くぜの)社(やしろの)草(くさ)勿(な)手折(たをりそ)己(わが)時(ときと)立(たち)雖レ榮(さかゆとも)草(くさ)勿 (な)手折(たをりそ)
(万 1286)

 日本語の「さかり」には盛[zjieng]が使われている。古代中国語語の「盛」は盛[zjieng]、であり、盛(さかり)は盛[zjieng]の韻尾[-ng]がカ行であらわれたものである。

 一方、「榮(エイ)」は榮[hiueng]の語頭の喉音[h-]が介音[-i-]の影響で摩擦音化したものであろう。 日本漢字音 の盛(セイ)と榮(エイ)はかなり違 うが、古代中国語音では音価は近い。日本語の「さかり」は中国語の盛[zjieng]・榮[hiueng]と同系のことばであろう。

○同源語:
吾(わが)、瀬子(せこ・背子)、奥(おく)、山 (やま)、花(はな)、今(いま)、酒(さけ)、今日(けふ)、來(くる)、手(て)、折(をる)、己(わが・我)、時(とき)、草(くさ)、立(た つ)、

 

【さき(埼・前・先)】
三 埼(みさき)廻(み)の荒礒(ありそ)に縁(よする)五百重(いほへ)浪(なみ)立(たちて)も居(ゐて)も我(わが)念(おもへ)る吉美(きみ・君)(万568)

礒 (いその)前(さき)榜(こぎ)手廻(たみ)行(ゆけ)ば近江(あふみ)の海(うみ)八十(やそ)の湊(みなと)に鵠(たづ)さはに鳴(なく)(万273)

辱 (はぢ)を忍(しのび)辱(はぢ)を黙(もだして)無事 (こともなく)物(もの)不言 (いはぬ)先(さき)に我(われ)は将依 (よりなむ)(万 3795)

  万葉集では「さき」に「﨑」「前」「先」などの 文字が使われている。「三崎」の「さき」と「磯の前(さき)」の「さき」は岬のことであり、「物言はぬ先(さき)」の「さき」は前のことである。
 「埼」「前」「先」の古代中国語はそれぞれ埼
[kiai]、前[tzian]、先[syen]である。前[tzian]、と先[syen]は音義ともに「さき」に近い。韻尾の[-n][-k]に転移するのはやや変則だが、王力の『同源字典』 によると、間[kean]・隙[khyak]、顔[ngean]・額[ngeak]、暮[mak]・晩[miuan]、近[kiən]・迫[peak]などは音義ともに近く同源だという。

 埼[kiai]を埼(さき)と読むことについては少し説明が必要 である。同様の例は賢[hyen](さかし)、栄[hiueng](さかゆ)、幸[heang](さき・さち)、などにもみられる。中国語の喉音[h-]は上代には破裂音であったものが唐代以降に摩擦音 化した。埼(さき)も摩擦音化の痕跡を留めたものであろう。

 地名の埼玉(さいたま)は古代には埼玉(さきた ま)であった。しかし「埼」は埼(キ)は埼(さき))とは読めなくなってしまった。そこで埼玉県は「埼玉県」と書くが「埼玉市」は「さいたま市」とひらが なで書かれるようになった。

○同源語:
三(み)、埼(さき)、廻(みる)、縁(よする・ 寄)、浪(なみ)、立(たつ)、居(ゐ)る、我(わが)、念(おもふ)、吉美(きみ・君)、手(て)、行(ゆく)、海(うみ)、鳴(なく)、黙(もだ) す、事(こと・言)、無(な)く、物(もの)、依(よる)、

 

【さき・さち(幸・福)】
言 (こと)幸(さきく) 真(ま)福(さきく)座(ませ)と 恙(つつが)無(なく) 福(さきく)座(いまさ)ば 荒礒(ありそ)浪(なみ) 有(あり て)も見(みむ)と、、(万 3253)

  「幸」の古代中国語音は幸[heang]であり、現代北京語音は摩擦音化して幸(xing)である。日本語の幸(さき)は幸[heang]が摩擦音化する過程をサ行音とカ行音を重ねてあら わしたたものであろう。
 「福」を「さき」と読ませているのは訓借であ る。「福」は「幸福」であり、「幸」と「福」は同義である。

○同源語:
言(こと)、真(ま)、無(な)く、荒(あら き)、浪(なみ)、見(みる)、

 

【さぎ(鷺・鵲)】
池 神(いけがみの)力士(りきし)儛(まひ)かも白鷺(しらさぎ)の桙(ほこ)啄(くひ)持(もち)て飛(とび)渡(わたる)らむ(万3831)

白 鳥(しらとり)の鷺坂(さぎさか)山(やま)の松影(まつかげに)宿(やどり)て徃(ゆか)な夜(よ)も深(ふけ)徃(ゆく)を(万1687)

  「鷺」の古代中国語音は鷺[lak]である。万葉集などでは日本語の「さぎ」には 「鷺」が使われているが、日本語の「さぎ」は中国語の鵲[syak]と対応することばであろう。現代の日本語では 「鵲」は鵲(かささぎ)に使われている。

 動物や植物の名前は必ずしも現代の生物学的分類 の一致しないことがある。例えば、鮎は「なまず」であり、羊は「やぎ」であり、「こほろぎ」は現代の「きりぎりす」である。「朝顔」は現代の「桔梗」であ り、「あやめぐさ」は「しょうぶ」であり、「うのはな」は「うつぎ」であるという。

○同源語:
神(かみ)、力士(リキシ)、儛(まひ)、桙(ほ こ)、飛(とぶ)、渡(わたる)、鳥(とり)、山(やま)、影(かげ)、徃(ゆく・往)、夜(よる)、

 

【さく(咲)】
青 丹(あをに)吉(よし)寧樂(なら)の京師(みやこ)は咲(さく)花(はな)の薫(にほふが)如(ごとく)今(いま)盛(さかり)なり(万328)

  「咲」の古代中国語は咲[syô]である。中国語の韻母宵[ô]の上古音は[ôk*]に近く、咲[syô]は咲[syôk*]に近い音をもっていたと考えられる。王力の『同源 字典』によると超[thiô]と卓[teôk]、少[sjiô]と叔[sjiuk]は音義が近く同源だという。
 日本漢字音でも猫
[miô]ねこ、暁[ngiô]あけ・あかつき、焼[ngyô]やく、焦[tziô]こげる、など宵韻[ô]の漢字の韻尾がカ行であらわされている。日本語の 「さく」は中国語の咲[syô]と同源であろう。

○同源語:
京師(みやこ・京)、花(はな)、今(いま)、盛 (さかり)、

 

【さけ(酒)】
中 々(なかなか)に人(ひと)と不有 (あらず)は酒壺(さかつぼ)に成(なり)にてしかも酒(さけ)に染(しみ)なむ(万343)

酒 (さけの)名(な)を聖(ひじり)と負(おはせ)し古昔(いにしへの)大(おほき)聖(ひじり)の言(こと)の宣(よろし)さ(万339)

 「酒」の古代中国語は酒[tziu]である。「酒」の祖語(上古音)は酒[tziuk*]に近かったのではなかろうか。
 白川静の『字通』によると「酒
[tziu]は就[dziuk]、造[dzuk]と旁紐・対転の関係の字ではあるが、声義において 通ずるところはない」という。王力の『同源字典』によると柔[njiu]と弱[njiôk]、臭[thjiu]と嗅[thjiuk]、捜[shiu]と索[sheak]、報[pu]と復[biuk]は音義ともに近く同源だという。つまり、韻尾の[-k]は脱落することがあるということである。日本語の 「さけ」は中国語の酒[tziuk*]と同源であろう。

○同源語:
中(なか)、染(しむ)、名(な)、負(おふ)、 言(こと)、

 

【さす(紗・刺・挿・指)】
渡 津海(わたつみ)の豐旗雲(とよはたぐも)に伊理比(いりひ)紗(さ)し今夜(こよひ)の月夜(つくよ)清明(きよらけく)こそ(万15)

秋 芽子(あきはぎ)は盛(さかり)過(すぐる)をいたづらに頭刺(かざし)に不挿 (ささず)還去(かへりな)むとや(万1559)

葛 城(かづらぎ)の高間(たかまの)草野(かやの)早(はや)知(し)りて標(しめ)指(ささ)ましを今(いまぞ)悔(くや)しき(万1337)

  万葉集では「さす」に紗[sjiô]、刺[tsiek]、挿[tsheap]、指[tjiei]などが使われている。いずれも日本語の「さす」に 音義ともに近い。
 中国語には動詞の活用はないが、日本語の動詞は 活用するので「-す」を添加して日本語として活用するようになった。また、古代日本語には紗(シャ)、挿(ソウ)などの音節はなかったので紗(さ)す、挿 (さ)す、となった。

○同源語:
津(つ)、海(うみ)、旗(はた・幡)、雲(く も)、伊理(いり・入)、紗(さし・射)、今夜(こよひ)、夜(よ)、清(きよき)、芽子(はぎ)、盛(さか)り、過(すぐ)る、頭刺(かざし・冠刺)、 挿(さす)、還去(かへる)、葛(かづら)、間(ま)、草(くさ)、野(の)、知(し)る、標(しめ)、指(さす)、今(いま)、悔(くや)し、

 

【さつや(矢)】
大 夫(ますらを)が得物矢(さつや)手(た)挿(はさみ)立(たち)向(むかひ)射(いる)圓方(まとかた)は見(みる)に清潔(さやけ)し(万61)

あ しひきの山(やまに)も野(のに)も御(み)獦人(かりびと)得物矢(さつや)手(た)挟(はさみ)さわきて有(あり)所見 (みゆ)(万 927)

  得物矢(さつや)とは狩猟に用いる矢のことであ る。猟(しし)矢であるという説もある。「矢」の古代中国語音は矢[sjiei]である。同じ声符をもった漢字に疾[dziet]があり、「矢」の祖語(上古音)は矢[sjiet*]に近い形であったものと思われる。日本語の「さつ や」は「矢[sjiet*](さつ)+矢[jiei](や)」(韻尾が脱落した形)の複合語ではなかろ うか。

○同源語:
手(て)、挿・挟(はさむ)、立(たつ)、向(む かふ)、射(いる)、見(みる)、清潔(さやか・清)、山(やま)、野(の)、御(み)、獦(かり)、

 

【さはる・さやる(障)】
湊 (みなと)入(いり)の葦別(あしわけ)小舟(をぶね)障(さはり)多(おほ)み吾(わが)念(おもふ)公(きみ)に不相 (あはぬ)頃者(ころ)かも(万 2745)

他 言(ひとごと)は真(まこと)言痛(こちたく)成(なりぬ)ともそこに将障 (さはらむ)吾(われ)に不有 (あらな)くに(万 2886)

  「障」の古代中国語音は障[tjiang]であり、日本漢字音は障(ショウ)である。日本語 の「さはる」は音義ともに「障」に近く、同源であろう。「障」には障(さやる)という読みもある。

 あ しひきの 八峰(やつを)布美(ふみ・踏)越(こえ) さしまくる 情(こころ)不障 (さやらず) 後(のちの)代(よ)の 可多利(かたり・言)都具(つぐ)べく 名(な)を多都(たつ)べしも(万4164)

毛 々可(ももか・百日)しも由加奴(ゆかぬ)麻都良遅(まつらぢ・松浦)家布(けふ)由伎(ゆき)て阿須(あす)は吉奈武(きなむ・來)を奈尓可(なにか) 佐夜礼留(さやれる・障)
(万 870)

 ○同源語:
入(いり)、小(を)、舟(ふね・盤)、吾(わ が)、念(おもふ)、公(きみ)、相(あふ・合)、言痛(こちた)き、越(こえる)、情(こころ・心)、代(よ・世)、 可多利(かたり・言)、都具(つぐ・續)、名(な)、多都(たつ・立)、毛々可(ももか・百日)、由伎(ゆき・行)、家布(けふ・今日)、吉(來・き)、

 

【さやか(清)】
小 竹(ささ)の葉(は)は三山(みやま)も清(さや)に乱(みだる)とも吾(われ)は妹(いも)思(おもふ)別(わかれ)來(きぬ)れば(万133)

吾 (わが)背子(せこ)が挿頭(かざし)の芽子(はぎ)に置(おく)露(つゆ)を清(さやかに)見(み)よと月(つき)は照(てる)らし(万2225)

  古代中国語の「清」は清[tsieng]である。「清」には清(さやか・すがし・きよし) などの訓がある。清(さやか)、清(すがし)はともに古代中国語の清[tsieng]と同源であろう。韻尾の[-ng]はカ行であらわれている。
 「清」は清(きよし)という読みもある。清(き よし)は上古音の清
[xieng*]を継承したことばであり、清[tsieng]は清[xieng*]が摩擦音化したものである。清(きよし)のほうが 清(さやか)あるいは清(すがし)より古い。

○同源語:
葉(は)、三(み・御)、山(やま)、乱(みだ る)、吾(われ)、妹(いも)、思(おもふ・念)、來(くる)、背子(せこ)、挿頭(かざし・冠挿)、芽子(はぎ)、置(おく)、見(みる)、照(て る)、

 

【さる(猿)】
あ な醜(みにく)賢(さかし)らを為(す)と酒(さけ)不飲 (のまぬ)人(ひと)をよく見(みれ)ば猿(さる)にかも似(にる)(万344)

  古代中国語の「猿」は猿[hiuan]である。日本語の猿(さる)は古代中国語の喉音[h-]が摩擦音化したものであろう。日本漢字音の猿(エ ン)は猿[hiuan]の頭音[h-]が介音[-iu-]の影響で脱落したものである。
 頭音
[h-]がサ行であらわれる例としては、園[hiuan](エン・その)、狭[heap](キョウ・せまい)、寒[han](カン・さむい)、幸[hiəng](コウ・さき・さち)、などをあげることができ る。喉音[h-]が介音などの影響で摩擦音化したものである。干支 では「さる」には申[sjien]である。申[sjien]も音義ともに「さる」に近い。

○同源語:
賢(さか)し、酒(さけ)、飲(のむ・呑)、見 (みる)、似(に)る、

 

【しか・か(鹿)】
暮 (ゆふ)去(され)ば小倉(をぐら)の山(やま)に鳴(なく)鹿(しか)は今夜(こよひ)は不鳴 (なかず)寐宿(いねに)けらしも(万1511)

頃 者(このごろ)の朝開(あさけ)に聞(きけ)ばあしひきの山(やま)呼(よび)令響 (とよめ)狭尾壮鹿(さをしか)鳴哭(なくも)(万1603)

山 妣姑(やまびこ)の相(あひ)響(とよむ)まで妻戀(つまごひ)に鹿(か)鳴(なく)山邊(やまべ)に獨(ひとり)耳(のみ)して(万1602)

  古代中国語の「鹿」は鹿[lok]である。『和名抄』によると「鹿 賀(か)、斑獣 也。牡鹿を左乎之加(さをしか)と曰ふ。牝鹿を米賀(めか)と曰ふ。其の子を加呉(かご)と曰ふ。」とある。「鹿」は「か」であるという。牡を「さをし か」、牝を「めか」、小鹿を「かご」という、ということになる。雄は「を-しか」であるが、雌は「め-か」、小鹿も「か-こ」であり、「か」が語根である。
 「鹿」の祖語(上古音)には入りわたり音
[h-]があり鹿[hlok*][h-]が日本語の「か」になったと考えることができる。 朝鮮語では「鹿」のことをsa seumという。「しか」の「し」は朝鮮語の鹿sa seumと関係のあることばである可能性もある。

○同源語:
暮(ゆふ・夜)、小(を)、倉(くら)、山(や ま)、鳴(なく)、今夜(こよひ)、寐宿(いぬ)、相(あふ・合)、妻(つま・妻女)、邊(へ)、耳(みみ・のみ)、

  万葉集の長歌に鹿を詠ったものがあり、万葉時代 の人と鹿とのかかわりがよく分かる。

 宍 (しし)待(まつ)と 吾 (わが)居(ゐる)時(とき)に 佐 男鹿(さをしか)の 來 (き)立(たち)嘆(なげか)く たちまちに 吾 (われは)可死 (しぬべし) 王(おほきみ・君)に 吾 (われは)仕へむ 吾(わが)角(つの)は 御 笠(みかさ)のはやし 吾(わが)耳(みみ)は 御 墨(みすみ)の坩(つぼ) 吾(わが)目らは 真 墨(ますみ)の鏡(かがみ) 吾(わが)爪(つめ)は 御 弓(みゆみ)の弓波受(ゆはず) 吾(わが)毛(け)らは 御 筆(みふで)はやし 吾(わが)皮(かは)は 御 箱(みはこの)皮に 吾(わが)宍(しし)は 御 (み)奈麻須(なます)はやし 吾(わが)伎毛(きも・肝)も 御(み)奈麻須(なます)はやし 吾(わが)美義(みげ・胘)は 御 塩(みしほ)のはやし 耆(おい)はてぬ 吾(わが)身(み)一(ひとつ)に 七 重(ななへ)花(はな)佐久(さく)、、(万3885)

 この歌は鹿狩りに行って、打たれる鹿の立場に たって詠んだという珍しい歌である。万葉集の時代には、鹿の角は笠の飾りにして、耳は墨壺にし、目は鏡となし、爪は弓の弦をはる時の留め具として使い、毛 は筆に仕立て、皮は箱に張り、宍(肉)は鱠(なます)の材料にし、肝(きも)も鱠(なます)にし、胘(胃)は塩辛にする、とある。鹿の肉は狩猟時代から日 本人の大切な食糧だった。

○同源語;
居(ゐる)、時(とき)、來(くる)、立(た つ)、嘆(なげく)、吾(われ)、死(しぬ)、王(おほきみ・君)、御(み)、耳(みみ)、目(め)、真墨(ますみ・澄)、鏡(かがみ)、爪(つめ・ 爪)、弓(ゆみ)、毛(け)、筆(ふで)、箱(はこ・筐)、伎毛(きも・肝)、塩(しほ・潮)、身(み)、花(はな)、佐久(さく・咲)、

 

【しし(鹿猪)】
朝 (あさ)獦(かり)に 鹿猪(しし)踐(ふみ)起(おこし) 暮(ゆふ)獦(かり)に 鶉雉(とり)履(ふみ)立(たて)、、(万478)

朝 (あさ)獦(かり)に 十六(しし)履(ふみ)起(おこ)し 夕(ゆふ)狩(かり)に十里(とり)蹋(ふみ)立(たて)、、(万926)

  「しし」とは、猪や鹿など狩猟の対象となる動物 一般やその肉をあらわす。「鹿猪」と書いて「しし」と読ませている。二番目の歌の「十六」は掛け算で4x4=16、つまり「しし」を表すいわゆる戯書である。
 戯書とはいっても戯れに書いたものではない。例 えば、有名は広開土王碑には「國岡上廣開土境平安好太王二九登祚號永樂太王」とあり、広開土王は「二九」つまり
2x9=18、つまり「十八歳で王位についた」とあり、正式の 碑文にも用いられている書記法なのである。
 「猪」の古代中国語音は猪
[tjio]である。古代日本語には猪(チョ)という音節はな かったので、猪(し)として受け入れられたのであろう。日本語の「しし」は「鹿(しか)+猪(し)」である可能性がある。

 朝鮮語では「鹿」のことを鹿(sa seum)という。これも、日本語の「しし」と同系のことば であろう。

○同源語:
獦・狩(かり)、起(おこ)す、暮・夕(ゆふ)、 鶉雉・十里(とり・鳥)、立(たつ)、

 

【した(舌)】
百 年(ももとせ)に老(おい)舌(した)出(いで)てよよむとも吾(われ)は不猒 (いと)はじ戀(こひ)は益(ます)とも(万764)

  古代中国語の「舌」は舌[djiat]である。日本漢字音は舌(ゼツ・した)である。古 代日本語では濁音が語頭にくることがなかったので舌(した)とした。

○同源語:
出(いで)、吾(われ)、猒(いと)ふ、

 

【しづか(静)】
静 (しづけく)も岸(きしに)は波(なみ)は縁(よせ)けるか此(この)屋(いへ)通(とほし)聞(きき)つつ居(をれ)ば(万1237)

暁 (あかとき)と夜烏(よがらす)雖鳴 (なけど)此(この)山上(をか)の木末(こぬれ)の上(うへ)は未(いまだ)静(しづけ)し(万1263)

  古代中国語の「静」は静[dzieng]である。記紀万葉時代には日本語の「しづか」には 寂[tzyek]も使われている。「静」と「寂」は音義ともに近 く、「静寂」という熟語もある。日本語の「しづか」は中国語の静寂[dzieng-tzyak]から派生したものであろう。 

「幽 宮(かくれみや)を淡路の洲(くに)に構(つく)りて寂然(しづか)に長く隠れましき。」
(神代紀上)

○同源語:
静(しづか・静寂)、波(なみ・浪)、縁(よせ・ 寄)る、此(こ)の、屋(いへ・家)、通(とはる)、居(を)る、暁(あかとき・暁時)、夜(よる)、烏(からす・隹)、鳴(なく)、山上(をか・岳)、 木(き・枝)、未(いまだ)、

 

【しづむ(沈)】
難 波(なには)方(がた)塩(しほ)干(ひ)勿(な)有(あり)そね沈(しづみに)し妹(いも)が光儀(すがた)を見(み)まく苦(く)るしも(万229)

古 (ふりに)し嫗(をみな)にしてや如此(かく)ばかり戀(こひ)に将沈 (しづまむ)如手 童
(た わらわのごと)(万 129)

  古代中国語の「沈」は沈[diəm]である。日本語の「しづむ」の「し」は前項の鎮 (し+づめ)の場合と同じは、語頭の濁音を避けるために清音をつけたものである。

○同源語:
塩(しほ・潮)、干(ひる)、妹(いも)、見(み る)、苦(く)るしい、古(ふる)き、嫗(をみな・女)、手(て)、

 

【しづめ(鎮)】
真 木(まき)柱(ばしら)太(ふとき)心(こころ)は有(あり)しかど此(この)吾(わが)心(こころ)鎮(しづ)めかねつも(万190)

  古代中国語の「鎮」は鎮[tien]である。白川静の『字通』によると「鎮[tien]、塡、寘[dyen]は声義近く、塡、寘はともに塡塞の意」とある。古 代日本語では語頭に濁音が来ることがないので、語頭に清音「し」を添加したものと考えられる。韻尾の[-n]は日本語ではしばしばマ行であらわれる。
例:浜
[pien]はま、君[giuən]きみ、文[miuən]ふみ、雲[hiuən]くも、困[khun]こまる、眠[myen]ねむる、呑[thən]のむ、など

○同源語:
真(ま)、木(き・枝)、心(こころ)、此(こ) れ、吾(わが)、

 

【しぬ(死)】
鯨 魚(いさな)取(とり)海(うみ)や死(しに)する山(やま)や死(しに)する死(しぬれ)こそ海は潮(しほ)干(ひ)て山(やま)は枯(かれ)すれ(万3852)

戀 (こひ)死(しなば)戀(こひ)も死(しねと)や我妹(わぎもこが)吾家(わぎへ)の門(かど)を過(すぎて)行(ゆくらむ)(万2401)

  古代中国語の「死」は死[siei]である。日本語の「しぬ」は中国語の「死」をナ行 変格活用に活用させたものである。「死」は古代日本語では「死する」とか「死にする」といった。

○同源語:
魚(な)、取(とる)、海(うみ)、山(やま)、 潮(しほ)、干(ひる)、枯(かれ)る、我・吾(われ)、家(いへ)、妹(いも)、過(す ぎる)、行(ゆく)、

 

【しね・いね(秈・稲)】
「右 の一首は、或は云はく、吉野の人味稲(うましね)の柘枝(つみのえ)の仙媛(やまひめ)に与へし歌なり。」(万385左注)

住 吉(すみのえ)の岸(きし)を田(た)に墾(はり)蒔(まきし)稲(いね)さて及苅 (かるまでに)相(あは)ぬ公(きみ)かも(万2244)

伊 祢(いね・稲)都氣(つけ)ばかかる安我(あが)手(て)を許余比(こよひ)かも等能(との)の和久胡(わくご)が等里(とり)て奈氣可武(なげかむ)(万3459)

  古代中国語の稲[du]である。万葉集では「稲」と書いて「しね」あるい は「いね」と読んでいる。稲(トウ)は中国語であり、稲(いね・しね)は弥生時代から日本にあった「やまとことば」なのだろうか。
 スウェーデンの言語学者カールグレンは
”Philology and Ancient China”(1920)の なかで、日本語の「いね」は中国語の「秈」と関係のあることばではないかとしている。「秈」はうるち米のことで、古代中国語音は秈[shean]である。頭音が脱落して日本語の「いね」になった 可能性がある。サ行音はイ段では[-i-]介音の影響で脱落することが多い。
例:赤
[thyjak](シャク・あか)、上[zjiang](ジョウ・あがる)、枝[tjie](シ・え)、臣(シン・お    み)、織[tjiək](ショク・おる)、射[djyak](シャ・さす)、折[thjiat](セツ・をる)、矢[sjiei]    (シ・や)、世[sjiatt](セ・よ)、山[shean](サン・やま)、 

 弥生時代の初期に稲作が伝わってきたとすれば、 ことばも一緒に使わってきた可能性がある。日本語の「いね」は中国語の「秈」と同源であると考えるのが穏当であろう。

○同源語:
野(の)、味(うまし)、枝(え)、仙(やま)、 媛(ひめ)、田(た)、墾(はり)、蒔(まく・播)、苅(かる)、相(あふ・合)、公(きみ)、都氣(つき・舂)、安我(あが)、手(て)、許余比(こよ ひ・今夜)、等能(との・殿)、和久胡(わくご・王子)、等里(とり・取)、奈氣可武(なげか・歎)む、  

 

【しば(柴)】
住 吉(すみのえの)出見(いづみの)濱(はまの)柴(しば)莫(な)苅(かり)そね未通女(をとめ)らが赤裳(あかもの)下(すその)閏(ぬれて)将徃 (ゆかむ)見(みむ)(万 1274)

  古代中国語の「柴」は柴[dzhe]である。日本語の「しば」は中国語の柴[dzhe]あるいは芝[tjiə]から派生したことばであろう。「しば」は「柴葉」 である可能性がある。

○同源語:
出(いづ)、見(みる)、濱(はま)柴(しば)、 莫(な)、苅(かる)、未通女(をとめ・女)、
赤(あか)い、閏(ぬれる・濡)、徃(ゆく・ 行)、

 

【しひ(椎)】
家 (いへに)有(あれ)ば笥(け)に盛(もる)飯(いひ)を草枕(くさまくら)旅(たび)にし有(あれ)ば椎(しひ)の葉(は)に盛(もる)(万142)

片 岡(かたをか)の此(この)向(むかつ)峯(をに)椎(しひ)蒔(まか)ば今年(ことしの)夏(なつ)の陰(かげ)に将化 (ならむ)か(万 1099)

 「椎」の古代中国語の「椎」は椎[diuəi]である。声符の「隹」には隹[tjiuəi]、推[thuəi]、堆[tuəi]、唯・惟・維[jiuəi]、などの発音もある。中国語の[t-][d-]は介音[-i-]の前では口蓋化してサ行に転移することが多い。日 本語の「しひ」は古代中国語の椎[diuəi]から派生したことばであろう。「し+ひ」の「ひ」 については不明である。

○同源語:
家(いへ)、草(くさ)、葉(は)、岡(をか・ 岳)、此(こ)の、向(むか)ふ、蒔(まく・播)、夏(なつ・熱)、陰(かげ・影)、

 

【しぶし(澁)】
衣 手(ころもで)に水澁(みしぶ)つくまで殖(うゑ)し田(た)を引板(ひきた)吾(わが)はへ眞守有(まもれる)栗子(くるし・苦)(万1634)

澁 谿(しぶたに)の二上山(ふたかみやま)に鷲(わし)ぞ子(こ)産(む)と云(いふ)指羽(さしは)にも君(きみ)の御(み)為(ため)に鷲(わし)ぞ子 (こ)生(む)と云(いふ)
(万 3882)

  「澁」と書いて澁(しぶ)と読むのは古代中国語 音の澁[shiəp]に依拠したものである。日本語の「しぶい」も中国 語の渋[shiəp]と同源である。奈良時代の日本語では韻尾の[-p]は音便化して澁(ジュウ)となった。澁(しぶ)は 韻尾の[-p]が音便化する以前の古い発音である。播磨風土記に は「渋」を渋(しぶい)という意味に使った明らかな用例がある。

 「此 の栗の子(み)もと刊(けづ)れるに由(よ)りて後(のち)も澁(しぶ)なし。」(播磨風土記楫保郡)

 ○同源語:
手(て)、田(た)、吾(わが)、真守(まもる・ 護)、栗子(くるし・苦)、山(やま)、鷲(わし・鵞鷲)、子(こ)、云(いふ)、指(さ)す、羽(は)、君(きみ)、御(み)、

 

【しほ(潮・塩)】
𤎼 田津(にぎたつ)に船(ふな)乗(のり)せむと月(つき)待(まて)ば潮(しほ)もかなひぬ今(いま)はこぎ乞(いで)な(万8)

櫻 田(さくらだ)へ鶴(たづ)鳴(なき)渡(わたる)年魚市方(あゆちがた)塩(しほ・潮)干(ひ)にけらし鶴(たづ)鳴(なき)渡(わたる)(万271)

 古代中国語の「潮」は潮[diô]である。日本語の潮(しほ・うしほ)は古代中国語 の潮[diô]の頭音が介音[-i-]の影響で摩擦音化したものであろう。「し+ほ」の 「ほ」は不明であるが、古代中国語の母音[ô]が日本語でハ行であらわれる例としては鯛[dyô](たひ)宵[siô](よひ)をあげることができる。
 「潮」は「う+しほ」ともいう。古代日本語では 語頭に濁音がくることがなかったので、潮
[diô]の前に「う」をつけて潮(う+しほ)として、日本 語の音韻構造になじむ形で受け入れたものである。日本語の「しほ」には「塩」も使われる。

志 賀の安麻(あま)の一日(ひとひ)もおちず也久(やく)之保(しほ)の可良伎(からき)戀をも安礼(あれ)はするかも(万3652)

志 賀の海人(あま)は軍布(め)苅(かり)塩(しほ)焼(やき)暇(いとま)無(な)み髪梳(くしげ)の小櫛(をぐし)取(とり)も見(み)なくに(万278)

 「塩」の古代中国語音は塩[iem]であるとされているが、董同龢は「塩」の上古音を 塩[d’iɔg*]と再構している。日本漢字音では潮(チョウ)・塩 (エン)でかなりかけ離れているが、上古音にさかのぼると潮[diô]・塩[d’iɔg*]であり、ほとんど同系統のことばである。

○同源語:
𤎼(にき・柔)、田(た)、津(つ)、船(ふ ね・盤)、乗(のる)、今(いま)、乞(でる・出)、鳴(なく)、渡(わたる)、年魚(あゆ)、干(ひる)、安麻・海人(あま)、也久・焼(やく)、可良 伎(からき・辛)、安礼(あれ・我)、苅(かる)、無(な)み、小(を)、取(とる)、見(みる)、

 

【しま(嶋・洲)】
を ちこちの 嶋(しま)は雖多 (おほけど) 名(な)ぐはし 狭岑(さみね)の嶋(しま)の 荒礒面(ありそも)に 廬作(いほり)て見(みれ)ば、、(万220)

春 (はる)去(され)ばををりにををり鸎(うぐひす)の鳴(なく)吾(わが)嶋(しま)そ不息 (やまず)通(かよは)せ(万 1012)

  万葉集の時代には「しま」は島にも築山などにも 用いられている。二番目の歌の「しま」は築山である。古代中国語の「嶋」は嶋[tô]である。白河静は『字通』のなかで「島[tô]、州・洲[tjiu]は声近く、海中にあるものを島、水中に居るべきと ころを州という。わが国では、みな「しま」という。」としている。
 董同龢によれは「州」「島」の上古中国語音は州
[tiog*]、島[tog*]であり、「島」と「州」は音義ともに近い。島[tog*][-i-]介音の発達によって州[tiog*]になったものと考えることができる。

 日本語の島(しま)はまた、朝鮮語のseomと同源だとも言われている。

○同源語:
名(な)、狭(せまい)、岑(みね・嶺)、荒(あ ら)き、面(も・おも)、見(みる)、春(はる)、鸎(うぐひす・隹)、鳴(なく)、吾(わが)、

 

【しむ・そむ(染)】
中 々(なかなか)に人と不有 (あらず)は酒壺(さかつぼ)に成(なり)にてしかも酒(さけ)に染(しみ)なむ(万343)

浅 緑(あさみどり)染(そめ)懸有(かけたり)と見(みる)るまでに春楊(はるのやなぎ)は目生(もえに)けるかも(万1847)

  古代中国語の「染」は染[njiam]である。中国語の音韻学では日母[nj-]は唐代以降に[dj-][zj-]に変化したとされている。万葉集の染(しむ)ある いは染(そむ)は染[djiam](あるいは染[zjiam])に依拠したものであろう。意味は現代の日本語で は「染める」と「滲みる」の両方にあたる。
 日本漢字音の日(ニチ)は唐代の中国語音に依拠 しており、「元日」の日(ジツ)は唐代以降の中国語音に依拠しているものである。日本を
Japanとするのも日(ジツ)に依拠したものである。

○同源語:
中(なか)、酒(さけ)、懸(かける)、見(み る)、春(はる)、楊(やなぎ)、目生(もえる・萌)、

 

【しめ(標)】
茜 草(あかね)指(さす)武良前(むらさき)野(の)逝(ゆき)標野(しめの)行(ゆき)野守(のもり)は不見 (みずや)君(きみ)が袖(そで)布流(ふる)(万20)

葛 城(かづらき)の高間(たかま)の草野(かやの)早(はや)知(しり)て標(しめ)指(ささ)ましを今(いまぞ)悔(くや)しき(万1337)

  標(しめ)は土地などの縄張りを示す標識であ る。「標」の古代中国語音は標[piô]である。東京の下町ことばでは「ひ」と「し」の区 別がつきくいというが、ハ行音はイ段で摩擦音化することがある。標(ヒョウ)には標(しめす)という読みがあり、表[piau]は表(しるし)という読みがある。また、同じ声符 をもった漢字をハ行とサ行に読み分けているものもある。
例:秒(ビョウ)・少(ショウ)、品(ヒン・し な)、

○同源語:
指(さ)す、野(の)、逝・行(ゆく)、守(まも る・護)、見(みる)、君(きみ)、袖(そで)、葛(かづら)、間(ま)、草(くさ)、知(しる)、今(いま)、悔(くや)し、

 

【しも(霜)】
葦 邊(あしべ)行(ゆく)鴨(かも)の羽(は)我比(がひ・交)に霜(しも)零(ふり)て寒(さむき)暮夕(ゆふべは)倭(やまと)し所念 (おもほゆ)(万 64)

在 (あり)つつも君(きみ)をば将待 (またむ)打(うち)靡(なびく)吾(わが)黒髪(くろかみ)に霜(しも)の置(おく)までに(万87)

  古代中国語の「霜」は霜[shiang]である。中国語韻尾の[-ng]は調音の方法が[-m]と同じ鼻濁音であるために、日本語ではマ行であら われることもある。日 本語の「しも」は中国語の「霜」と同源であろ う
例:醒[syeng](さめる)、公[kong](きみ)、相[siang](さま)、灯[təng](ともる)、[kiuəng]
  (ゆみ)、夢
[miuəng](ゆめ)、浪[lang](なみ)、

○同源語:
邊(へ)、行(ゆく)、鴨(かも)、羽(は)、我 比(がひ・交)、霜(しも)、零(ふる・降)、暮夕(ゆふべ・夜)、念(おもふ)、君(きみ)、打(うつ)、靡(なび)く、吾(わが)、黒(くろ)、

 

【しる(知)】
借 (かり)薦(こも)の 心(こころ)もしのに 人(ひと)不知 (しれず) 本名(もとな)ぞ戀(こふ)る 氣(いき)の緒(を)にして、、(万3255)

葛 城(かづらぎ)の高間(たかまの)草野(かやの)早(はや)知(しり)て標(しめ)指(さし)ましを今(いまぞ)悔(くや)しき(万1337)

 古代中国語の「知」は知[tie]である。日本語の「しる」は中国語の知[tie]が介音[-i-]の影響で摩擦音化してサ行に転移したものである。 日本漢字音でも同じ声符の文字をタ行とサ行に読み分ける例を数多くあげることができる。サ行音はタ行音が摩擦音化したものである。
例:多・侈、他・施、途・除、都・者、陀・蛇、 楕・随、堆・推、隊・墜、唾・垂 澤・釋、
  脱・説、獨・蜀、直・植、的・酌、 秩・失、窒・室、蟄・執、探・深 壇・氈、単・戦、
  探・深、傳・専、顛・真、 屯・純、冬・終、透・秀、統・充 湯・場、抽・袖、

 二番目の歌の「知(しり)」は治[diə]で「治める」「占有する」の意味である。

○同源語:
借(かり・苅)、心(こころ)、知 (しる)、本(もと)、名(な)、氣(いき・息)、葛(かづら)、間(ま)、草(くさ)、野(の)、標(しめ)、指(さ)す、今(いま)、悔(くや)し、

 

【しわ(皺)】
若 有(わかかり)し 皮(はだ)も皺(しわみ)ぬ 黒有(くろかり)し 髪(かみ)も白斑(しらけ)ぬ、、(万1740)

  古代中国語の「皺」は皺[tzhio]である。日本語の皺(しわ)は中国語の皺[tzhio]から派生したことばであろう。

同源語:
若(わか)き、黒(くろ)き、

 

【す(栖)】
可 麻度(かまど・竈)には 火氣(ほけ)布伎(ふき・吹)多弖(たて・立)ず 許之伎(こしき・甑)には 久毛(くも・蜘蛛)の須(す・巣)かきて、、(万892)

鳥 座(とくら)立(たて)飼(かひ)し鴈(かり)の兒(こ)栖(す)立(たち)なば檀(まゆみの)岡(をか)に飛(とび)反(かへり)来(こ)ね(万182)

  一番目の歌では須[sio]が使われている。「久毛(もの)の須(す)」とあ るから「蜘蛛の巣」のことであろうが、「須」の原義は「ひげ」のことであり、音借である。
 二番目の歌では「栖(す)立(たち)」とあるか ら現代の日本語では「巣立ち」である。古代中国語の「栖」は栖
[syei]である。「栖」は現代では栖(すむ)に使われてい るが、「栖」は「木+酉(とり)」であり「鳥の巣」のことである。
 万葉集には用例はないが、現在よく用いられてい る巣
[dzheô]も鳥の巣である。日本語の「す」は栖[syei]、巣[dzheô]と同系のことばである。

○同源語:
火氣(ほけ)、多弖・立(たて)、須・栖(す・ 巣)、鳥(とり)、鴈(かり)、兒(こ)、岡(をか・岳)、飛(とぶ)、反(かへる・還)、來(くる)、

 

【す(洲・渚)】
夏 麻(なつそ)引(ひく)海上(うなかみ)滷 (かた)の 奥(おきつ)洲(す)に鳥(とり)は簀(す)だけど君(きみ)は音(おと)も不為 (せず)(万 1176)、

三 沙呉(みさご)居(ゐる)渚(す)に居(ゐる)舟(ふね)の榜(こぎ)出(で)なばうら戀(こひ)しけむ後(のち)は會(あひ)ぬとも(万3203)

 古代中国語の「洲」「渚」は洲[tjiu]・渚[tjia]である。古代日本語には洲(シュウ)、渚(ショ) という音節はなかったので、日本語では直音で洲(す)、渚(す)として定着した。「渚」は現代の日本語では渚(なぎさ)と読まれている。日本語の 「なぎさ」は「浪+渚」であろう。

多 麻(たま)之家流(しける)伎欲吉(きよき)奈藝佐(なぎさ)を之保(しほ)美弖婆(みてば・満)安可受(あかず)和礼(われ)由久(ゆく)可反流(かへ る)さに見(み)む(万 3706)

○同源語:
海(うみ)、奥(おき・澳)、鳥(とり)、簀 (す・巣)、君(きみ)、音(おと)、居(ゐ)る、舟(ふね・盤)、出(でる)、會(あふ)、伎欲吉(きよき・清)、之保(しほ・潮)、美弖婆(みつ・ 満)ば、和礼(われ・我)、由久(ゆく・行)、可反流(かへる・還)、見(み)る、

 

【す(酢)】
醤 (ひしほ)酢(す)に蒜(ひる)つき合(かて)て鯛(たひ)願(ねがふ)吾(われ)に勿(な)所見 (みせそ)水葱(なぎ)の煮物(あつもの)(万3829)

 古代中国語の「酢」は酢[dzak]である。日本語の酢(す)は古代中国語の酢[dzak]の韻尾[-k]が脱落したものである。日本漢字音には同じ声符を もった漢字を入声音[-k]で読むものと、[-k]が脱落するものが数多くみられる。
例:悪・亞、億・意、獲・護、核・該、割・害、 式・試、祝・呪、的・約、特・時 莫・墓、
  福・富、壁・避、北・背、

○同源語:
鯛(たひ)、酢(す)、願(ねがふ)、吾(わ れ)、見(みる)、煮(あつ・熱)、物(もの)、

 

【す(簀)】
夏 麻(なつそ)引(びく)く海上滷(うなかみがた)の奥洲(おきつす)に鳥(とり)は簀(す)だけど君(きみ)は音(おと)も不為 (せず)(万 1176)

 簀竹(すだく)は借訓で「集まってさわぐ」とい うほどの意味だという。『和名抄』によれば「簀須乃古、床上藉竹名也」とある。
 古代中国語の「簀」は簀
[tzhek]である。日本語の簀(す)は中国語の簀[tzhek]の韻尾[-k]が脱落したものである。日本語の簀(す)は中国語 の簀[tzhek]と同源である。

○同源語:
夏(なつ・熱)、海(うな・うみ)、奥(澳・お き)、州(す)、鳥(とり)、簀(す・巣)、君(きみ)、音(おと)、

 

【すぎる(過)】
春 (はる)過(すぎ)て夏(なつ)來(きたる)らし白妙(しろたへ)の衣(ころも)乾有(ほしたり)天(あめ)の香來山(かぐやま)(万28)

 「過」の古代中国語音は過[kuai]である。中国語中国語では同じ声符の漢字がカ行と サ行にわたってあらわれることがある。
例:技
[gie](ギ)・枝[tjie](シ)、逆[ngyak](ギャク・さからふ)、遡[sak](ソ・さかのぼる)、
 また、日本漢字音では音ではカ行音であらわれ、 訓ではサ行音であらわれるものがある。
例:救
[kiu](キュウ・すくふ)、菅[kean](カン・すげ)、境[kyang](キョウ・さかい)、界[keat]
  (カイ・さかい)、埼
[kiai](キ・さき)、幸[hiəng](コウ・さき・さち)、

 カ行音は介音[-i-]などの影響で摩擦音化して、サ行音に転移した。過[kuai](カ・すぎる)はカ行音がサ行音を重ね合わせたこ とばである可能性がある。

○同源語:
春(はる)、夏(なつ・熱)、來(きたる)、乾 (ほす)、天(あめ)、香(か)、山(やま)、

 

【すくなし・すこし(少・小)】
塩 (しほ・潮)満(みて)ば入(いりぬ)る礒(いそ)の草有(くさなれ)や見(み)らく少(すくなく)戀(こふ)らくの太(おほ)き(万1394)

さ につらふ色(いろに)は不出 (いでず)小(すくなく)も心(こころの)中(うちに)吾(わが)念(おもは)なくに(万2523)

 古代中国語の「少」「小」は少[sjiô]・小[siô]である。「少」「小」の祖語(上古音)は少[xiôk*]、小[xiôk*]に近い発音であったと思われる。少(すく‐な)、 小(すく‐な)は上古音[x-][s-]を重ねたものと思われる
 日本語の「すくな し」は、上代中国語の少[xjiôk*]・小[siôk*]に音義ともに近く、中国語の「少」「小」から派生 してできたことばであろう。「小」は日本語では「すこし」にも使われる。

 玉 篋(たまくしげ) 小(すこし)披(ひらく)に 白雲(しらくも)の 自レ箱(はこより)出(いで)て 常世邊(とこよへに) 棚引(たなびき)ぬれ ば、、(万 1740)

○同源語:

塩(しほ・潮)、満(みつ)、入(いる)、草(く さ)、見(みる)、色(いろ)、出(いづ)、心(こころ)、吾(わが)、念(おもふ)、雲(くも)、箱(はこ・筐)、常(とこ)、世(よ)、 邊(へ)、棚(たな・壇・段)、

 

【すげ(菅)】
押 (おし)照(てる) 難波(なには)の菅(すげ)の 根(ね)もころに、、(万619)

見 渡(みわたしの)三室山(みむろのやまの)石穂(いはほ)菅(すげ)ねもころ吾(われは)片念(かたもひぞ)為(する)(万2472)

  古代中国語の「菅」は菅[kean]である。中国語音韻史では技[gie]系の音が摩擦音化によって枝[tjie]系の音に変化していったことが知られている。日本 語の菅(すげ)も中国語の菅[kean]の頭音が摩擦音化したものである可能性がある。現 代の北京語の「菅」は菅(jian)であり、摩擦音化している。
 同じ声符をもった漢字でカ行とサ行に読み分ける ものも多く、漢字音の歴史のなかではかなり早い時期から摩擦音化が始まったことを示唆している。
例:期・斯、技・枝、祇・氏、企・止、貴・遺、 拠・處、睨・児、耆・指、坤・神 訓・川、言・   信、感・鍼、活・舌、賢・腎、 勘・甚、宦・臣、牙・邪、絢・旬、など

 中国語の[k-][h-]などが摩擦音化して日本語のサ行音になったと考え られるものには次のようようなものがある。
例:賢
[hyen](ケン・さかし)、幸[hiəng](コウ・さき・さち)、寒[han](カン・さむい)、
  狭
[heap](キョウ・せまい)、懸[hien](ケン・さがる)、埼[kiai](キ・さき)、
  吸
[xiəp](キュウ・すふ)、去[khia](キョ・さる)、逆[ngiak](ギャク・さか)、

 菅(カン・すげ)もこの一連の流れのなかに位置 づけられるものであろう。

○同源語:
 押(おす)、照(てる)、根(ね)、見(み る)、渡(わたす)、三(み)、山(やま)、穂(ほ・恵)、吾(われ)、念(おもふ)、

 

【すごろく(雙六)】
吾 妹兒(わぎもこ)が額(ぬか)に生(おふ)る雙六(すぐろく)のことひの牛(うし)の倉(くらの)上(うへ)の瘡(かき)(万3838)

一 二(いちに)の目(め)耳(のみに)不有 (あらず)五六三(ごろくさむ)四(し)さへ有(あり)けり雙六(すごろく)の佐叡(さえ)(万3827)

  双六は大陸渡来の遊戯で賭けごととして万葉集の 時代にも行われていた。サイコロを二つ使うことから「双六」という。正倉院には紫檀の盤など豪華な道具が伝えられている。双六は「雙六」の簡略字である。
 古代中国語の「雙六」は雙六
[sheong-liuk]である。しかし、同じ声符をもった漢字に隻[tjyak](セキ)がある。日本語の「すごろく」は中国語の 上古音、雙六[sheong-tjyak]に依拠したものであろう。

 地名の相模(さがみ)なども上古音を継承してい る。日本漢字音には訓がカ行であらわれ、音が音便化しているものが多い。
例:床(とこ・ショウ)、影(エイ・かげ)、茎 (くき・ケイ)、筺(かご・キョウ)、
  塚(つか・チョウ)、丈(たけ・じょう)、楊(や ぎ・やなぎ・ヨウ)、桶(おけ・トウ)、

○同源語:
吾妹兒(わぎもこ)、額(ぬか)、目(め)、耳 (のみ)、佐叡(さえ・賽)、

 

【すすぐ(濯)】
小 螺(しただみ)を い拾(ひりひ)持(もち)來(き)て 石(いし)以(もち) 都追伎(つつき)破夫利(やぶり) 早川(はやかは)に 洗(あらひ)濯 (すすぎ)、、(万 3880)

  古代中国語の「濯」は濯[diôk]である。日本語の「すすぐ」は中国語の語頭の濯[diôk] の頭音[d-][-i-]介音の影響で摩擦音化したものであろう。古代日本 語には濁音ではじまることばはなかったので清音を重複させて「すす+ぐ」とした。
 中国語の濁音の頭音を日本語では清音を重複させ て対応する例もいくつかみられる。
例:静
[dzieng](しずか)、沈[diəm](しずむ)、畳[dyap](たたみ)、停[dyeng](とどめる)、
  続
[ziok](つづく)、雀[tziok](すずめ)、進[tzien](すすむ)、限[hean](かぎり)、
  響
[xiang](ひびく)、

○同源語:
來(くる)、都追伎(つつき・突)、川(かは・河)、

 

【すすむ(進)】
家 (いへおもふ)と情(こころ)進(すすむ)莫(な)風候(かざまもり)好(よく)為(し)ていませ荒(あらし)其(その)路(みち)(万381)

  古代中国語の「進」は進[tzien]である。日本語の「すすむ」は中国語の進[tzien]と音義ともに近く、同源であろう。頭子音が重複す る例としては、続[ziok](つづく)、雀[tziok](すずめ)などがある。

○同源語:
家(いへ)、思(おもふ・念)、情(心・ここ ろ)、莫(な)、候(まもる・護)、好(よく・良)、荒(あらし)、其(そ)の、

 

【すむ(住)】
御 (み)立為(たたし)の嶋(しま)をも家(いへ)と住(すむ)鳥(とり)も荒(あら)び勿(な)行(ゆきそ)年(とし)替(かはる)まで(万180)
荒 熊(あらくま)の住(すむと)云(いふ)山(やま)の師歯迫(しはせ)山(やま)責(せめ)て雖問 (とふとも)汝(なが)名(な)は不告 (のらじ)(万 2696)

  「住」の古代中国語音は住[dio]である。栖[syei]・棲[syei]とも音義が近い。日本語の「すむ」は住[dio]の摩擦音化したものであろう。現代の日本語では 「ヂ」と「ジ」の区別は失われている。万葉集の時代にもタ行イ段とサ行は音価が近かった。

○同源語:
御(み)立(たつ)、嶋(しま・洲)、家(い へ)、住(すむ)、鳥(とり)、荒(あら)ぶる、勿(な)、行(ゆく)、熊(くま)、山(やま)、汝(な)、名(な)、

 

【する(揩・摺)】
鴨 頭草(つきくさ)に服(ころも)色(いろ)取(どり)揩(すら)めども移變(うつろふ)色(いろ)と偁(いふ)が苦(くるし)さ(万1339)

 古代中国語の「摺」は摺[ziuəp]である。日本語の「する」には擦[tziat]、刷[shoat]がある。韻尾の[-t][-l]と調音の位置が同じであり、転移しやすい。「摺」 の韻尾は摺[ziuəp]であるが、日本漢字音では、中国語の韻尾[-p]はタ行であらわれることが多い。
例:立
[liəp](リツ)、湿[sjiəp](シツ)、雜[dziəp](ザツ)、接[tziap](セツ)、

 日本漢字音では中国語の韻尾[-p][-t]が弁別されない場合が多い。日本語の「する」は中 国語の摺[ziuəp]、擦[tziat]、刷[shoat]などと音義ともに近く、同系のことばであろう。

○同源語:
草(くさ)、色(いろ)、取(とる)、苦(くる し)、
 

 

【せき・せく(塞・關)】
出 (いでて)行(ゆく)道(みち)知(しら)ませば豫(あらかじめ)妹(いも)を将留 (とどめむ)塞(せき)も置(おか)ましを(万468)

愛 (うつくし)と吾(わが)念(おもふ)情(こころ)速河(はやかは)の雖塞 々(せ きにせく)とも猶(なほ)や将崩 (くえなむ)(万 687)

關 (せき)無(なく)は還(かへり)にだにも打(うち)行(ゆき)て妹(いも)が手枕(たまくら)卷(まき)て宿(ね)ましを(万1036)

  現代日本語の「せき」には「関」の字があてられ ている。しかし、万葉集では日本語の「せき」に「塞」「關」の文字が使われている。「塞」の古代中国語音は塞[sək]であり、意味は「とりで」「せき」である。日本語 の「せき」は中国語の塞[sək]と音義ともに近く、同源であろう。

 「塞」は名詞(せき)にも動詞(せく)にも使わ れている。日本語の「ふさぐ」は中国語の「閉塞」から派生したことばであろう。關[koan](せき)が現在では常用されているが借訓である。

○同源語:
出(いづ)、行(ゆく)、知(し)る、妹(い も)、留(とどめ・停)る、置(おく)、吾(わが)、念(おもふ)、情(こころ・心)、河(かは)、無(な)き、還(かへる)、打(うつ)、手(て)、宿 (ねる・寐)、

 

【せこ(背子・兄子)】
我 (わが)背子(せこ)が朝明(あさけの)形(すがた)よく不見 (みずて)今日(けふの)間(あひだを)戀(こひ)暮(くらす)かも(万2841)

人 言(ひとごと)を繁(しげ)みこちたみ我(わが)兄子(せこ)を目(めに)は雖見 (みれども)相(あふ)因(よし)も無(なし)(万2938)

  「せこ」は万葉集では「背子、背兒、世子、世 古、勢子、勢故、瀬子、兄子」などと表記されていて、女が夫や恋人、兄弟など、男に対して親しみをこめて呼ぶ呼称である。
 「背」の古代中国語音は背
[puək]である。中国語の古語辞典にあたる『説文』による と「背は脊(せき)なり」とある。「脊」の古代中国語音は脊[tziek]であり、万葉集では「背」を「せ」と読ませている が、日本語の「せ」にあたる中国語は脊[tziek]であろう。しかし、脊[tziek][xiə*]では日本語の「せこ」と音は対応するが、義(意 味)が対応しない。「背子」は音借であろう。

 「兄」の古代中国語音は兄[xyuang]である。「兄」の現代北京音は兄(xiong)であり、摩擦音である。中国語の喉音[h-][x-]の上古音は摩擦音であるが、介音[-i-]などの発達により、しだいに摩擦音化した。兄 「せ」は兄[xyuang]が摩擦音化したものである可能性がある。
 「せこ(兄子)」は「いも(妹)」に対すること ばである。中国語と日本語では使われる意味の範囲が多少違うが、「せこ」も「いも」も古代中国語の「兄」「妹」と同系のことばであろう。

○同源語:
我(わが)、明(あけ・暁)、見(みる)、今日 (けふ))、言(こと)、目(め)、相(あふ・合)、無(な)し、

 

【せばし・せし(狭・迫)】
天 (あめ)地(つち)は比呂之(ひろし)と伊倍(いへ)ど 安我(あが)多米(ため)は狭(さく)や奈里(なり)ぬる 日(ひ)月(つき)は安可之(あか し)と伊倍(いへ)ど 安我(あが)多米(ため)は 照(てり)や多麻波(たまは)ぬ、、(万892)

谷 (たに)迫(せばみ)峯(みね)邊(へに)延(はへ)る 玉葛(たまかづら) 令蔓 (はへて)し有(あら)ば 年(とし)に不來 (こず)とも(万 3067)

  万葉集では「狭」は「せし」と読んでいる。『名 義抄』では「狭」を「せばし」としている。「狭」の古代中国語音は狭[heap]であり、現代の北京語音は摩擦音になって狭(xia)である。日本語の「せばし」は中国語の狭[heap]の頭音[h-]が介音の発達によって摩擦音化したものであろう。 「夾」と同じ声符をもった漢字に「陝」があり陝 西省と書いて陝西省(センセイショウ)と読む。漢字のなかには同じ声符をカ行とサ行に読み分けるものがある。サ行音はカ行音が摩擦音化したものである。
例:技・枝、企・止、期・斯、耆・旨、臼・舅、 嗅・臭、拠・処、暁・焼、

 狭[heap]の韻尾[-p]はバ行であらわれている。韻尾の[-p][-m]が日本語でバ行・マ行であらわれる例としては次の ようなものをあげることができる。
例:渋
[shiəp]しぶい、甲兜[keap-to]かぶと、鴨[keap]かも、甲[keap]かぶと、湿[sjiəp]しめる、
  粘
[tjiam]ねばる、三[səm]郎さぶろう、

○同源語:
天(あめ)、地(つち)、比呂之(ひろし・広)、 安我(あが)、照(てる)、峯(みね・嶺)、邊(へ)、葛(かづら)、來(くる)、

 

【せみ(蝉)】
伊 波婆之流(いはばしる)多伎(たき・瀧)もとどろに鳴(なく)蝉(せみ)の許恵(こゑ・聲)をし伎氣(きけ・聞)ば京師(みやこ)し於毛保由(おもほゆ)(万3617)

  日本語の「せみ」は中国語の蝉[zjian]と同源であろう。韻尾の[-n]に母音を添加して一音節に発音した。日本語では[-n][-m]を弁別しないので、中国語の韻尾[-n]はナ行であらわれるものもあり、マ行であらわれる こともある。
マ行の例:肝
[kan]きも、浜[pien]はま、文[miuən]ふみ、君[kiuən]きみ、
ナ行の例:絹
[kyuan]きぬ、殿[dyən]との、段[duan]たな、秈[shean]しね・いね、

○同源語:
多伎(たき・瀧)、鳴(なく)、許恵(こゑ・ 聲)、京師(みやこ)、於毛保由(おもほゆ・念)、

 

【そで(袖)】
茜 (あかね)指(さす)武良前(むらさき)野(の)逝(ゆき)標野(しめの)行(ゆき)野守(のもり)は不見 (みず)や君(きみ)が袖(そで)布流(ふる)(万20)

敷 妙(しきたへ)の袖(そで)易之(かへし)君(きみ)玉垂(たまだれ)の越野(をちの)過去(すぎゆく)またも将相 (あはめ)やも(万 195)

 日本語の「そで」は古代中国語の袖[ziəu]から派生したことばであろう。「そで」は「袖」+ 「手」の類推から生まれたことばである可能性がある。同じような造語の例として、楊[jiang]から派生した「やなぎ」などをあげることができ る。「やなぎ」は「楊(ヨウ・やぎ)の+木」の連想から生まれている。

○同源語:
指(さす)、野(の)、逝・行・去(ゆく)、標 (しめ)、守(もり・護)、見(みる)、君(きみ)、垂(たれ)る、越(をち)、過(すぎ)る、相(あふ・合)、

 

【その(苑)】
春 (はる)の苑(その)紅(くれなゐ)尓保布(にほふ)桃(ももの)花(はな)下照(したてる)道(みち)に出(いで)立(たつ)[女 感]*嬬 (をとめ)(万 4139)

 古代中国語の「苑」は苑[iuan]である。「苑」は北京音では苑(yuan)であり、苑(yuan)と同じ発音の漢字に園、遠、猿、怨、縁、援、媛、 淵、院、員、圓、元、原、願などがあることがわかる。
 これらの漢字の古代中国語音は、園
[hiuan]、遠[hiuan]、猿[hiuan]、援[hiuan]、媛[hiuan],院[hiuan]、員[hiuən]、圓[hiuən]、元[ngiuan]、原[ngiuan]、願[ngiuan]、縁[djiuan]、淵[yuen]、怨[iuan]であり、頭音が脱落したものが多いことがわかる。 中国語の「苑」にも語頭に喉音[h-]があった可能性がある。「苑」の祖語(上古音)は 苑[hiuan*]であり、頭音[h-]が摩擦音化して苑(その)となったものであろう。

 日本語の「その」には「苑」のほかに「園」があ てられることもある。「園」の古代中国語は園[hiuan]であり、日本漢字音は園(エン・その)である。園 (その)も園[hiuan]の頭音が摩擦音化したものであろう。

○同源語:
春(はる*)、花(はな)、照(てる)、出(い づ)、立(たつ)、
[女感]*嬬(をとめ・嬬)、

 

【さ行のまとめ】

 ここで、日本語のサ行音の形成について整理して みると、摩擦音系、破擦音系のもののほか[t-][d-]から転移したもの、喉音[h-][x-]、後口蓋音[k-][ng-]が摩擦音化したものがみられる。

1.  古代中国語の摩擦音[s-][z-]にあたるもの。

[zjiəng]さかゆ・さかる、先[syen]さき、鵲[syak]さぎ、咲[syô]さく、矢[sjiei]さつや、死[siei]しす・しぬ、秈[shean]しね・いね、澁[shiəp]しぶし、霜[shiang]しも、栖[syei]す・すむ、雙[sheong]六・すごろく、摺[ziuəp]する、塞[sək]せき、蝉[zjian]せみ、袖[ziəu]そで、

2.古代中国語の破擦音[tz][ts]にあたるもの。

[tzian]さき、酒[tziu(k)*]さけ、挿[tsheap]さす、刺[tsiek]さす、清[tsyeng]さやか、、猪[tjio]しし、静[dzieng][tzyek]しづか、柴[dzhe]しば、皺[tzhio]しわ、酢[dza(k)*]す、簀[tzhek]す、進[tzien]すすむ、

3.上古中国語の[t-][d-]などが[-i-]介音の影響で摩擦音化したもの。

[thjyak]さか、指[tjiei]さす、障[tjiang]さはる・さやる、猪[tjio]しし、舌[djiat]した、沈[diəm]しづむ、鎮[tien]しづめ、椎[diuəi]しひ、潮[diô]しほ、島[tô]・洲[tjiu]しま、知[tie]しる、洲[tjiu]す・しま、渚[tjia]す、濯[diôk]すすぐ、住[dio]すむ、

4. 中国語の喉音[h-][x-][-i-]介音の影響で摩擦音化したもの。

[hyen](ケン・さかし)、栄[hiueng](エイ・さかゆ)、幸[heang](コウ・さき・さち)、猿[hiuan](エン・さる)、狭[heap](キョウ・せばし)、兄[xyuang](ケイ・せ)、塩[(h)iem*](エン・しほ)、苑[(h)iuan*](エン・その)、

5.中国語の喉音[h-][x-]が口蓋化して訓では(サ行音+カ行音)であらわれ るもの。

[zjiəng/hiəng*](セイ・さかゆる・さかん)、 [sjiô/xiô*](ショウ・すくなし)、小[siô/xiô*](ショウ・すくなし・すこし)、

6.中国語の後口蓋音[k-][ng-]などが訓では(サ行音+カ行音)であらわれるも の。

[kiai](キ・さき)、過[kuai](カ・すぎる)、菅[kean](カン・すが)、逆[ngyak](ギャク・さか)、

 中国語の喉音[h-][x-]は破裂音であったものが摩擦音に変化したものと考 えられる。日本語の訓のなかにはカ行音とサ行音を重ね合わ せた発音がいくつかみられる。これらは摩擦音化の過程を示しているのではあるまい か。

  日本語は万葉集ができる約1000年も前から中 国の文化や中国語の語彙を受け入れてきており、「やまとことば」はさまざまな地方や時代の発音を継承しているものと思われる。しかも、中国語の発音は日本 語の音韻構造にあわせて転移するので、「やまとことば」のなかに痕跡を留めた中国語の語彙を見わけるのはそう簡単ではない。

 

◎た行

【た(田)】
秋 田(あきのたの)吾(わが)苅(かり)婆可(ばか)の過去(すぎぬれ)ば鴈(かり)が喧(ね)所聞 (きこゆ)冬方(ふゆかた)設(まけ)て(万2133)

秋 田(あきのた)の穂田(ほだ)の苅(かり)ばか香(か)縁(より)相(あは)ば彼所(そこ)もか人(ひと)の吾(わ)を事(こと・言)将成 (なさむ)(万 512)

 古代中国語の「田」は田[dyen]である。日本語の「た」は中国語の田[dyen]の韻尾が脱落したものである。古代日本語には濁音 ではじまることばはなかったので田[dyen]の頭音は清音になった。古代日本語には[-n]で終わる音節はなかった。
韻尾の
[-n][-m]が脱落した例:眼[ngean] め、千[tsyen] ち、津[tzien] つ、辺[pyen] へ、
    帆
[biuəm] ほ、など

 古事記、日本書紀には歌謡がそれぞれ120首あ まりおさめられており、すべて漢字の音だけで書かれているが、漢字の韻尾[-n][-m]は失われている例が多い。
韻尾
[-n][-m]の喪失例:存・鐏 ぞ、傳 で、幡・泮・絆 は、弁 べ、本 ほ、煩 ぼ、綿 め、
  延 イエ、涴 わ、遠・袁・惋 を、
 
○同源語:
吾(わが)、苅(かり)、過(すぎ)る、鴈(か り)、喧(ね・音)、穂(ほ)、縁(より)、相(あふ・合)、事(こと・言)、

 

【たき(瀧)】
田 跡河(たどかは)の瀧(たき)を清(きよ)みか従古 (いにしへゆ)官仕(みやつかへ)けむ多藝(たぎ)の野(の)の上(うへ)に(万1035)

高 山(たかやま)の石本(いはもと)瀧千(たぎち)逝(ゆく)水(みづ)の音(おと)には不立 (たてじ)戀(こひ)て雖死 (しぬとも)(万 2718)

  一番目の歌の「瀧」は名詞であり、二番目の歌の 「瀧」は動詞であり、「たぎる」という意味である。「瀧」の古代中国語音は瀧[leong]である。古代日本語にはラ行ではじまる音節はな かったため、古代中国語の[l-]は調音の位置が同じ[t-]に転移した。中国語の[l-]がタ行に転移した例としては次のようなものがあ る。
例:龍
[liong](リュウ・たつ)、立[liəp](リツ・たつ)、陵[liəng](リョウ・つか)、
  蓼
[liu](リョウ・たで)、粒[liəp](リュウ・つぶ)、留(リュウ・とどまる)、
  霊
[lyeng](レイ・たま)、嶺[lieng] (レイ・たけ)、列[liat](レツ・つらなる)、
  連
[lian](レン・つらなる)、など

 また、漢字音でも禮[lyei]・體[thyei]、頼[lat]・獺[that]などのように同じ声符を[l-][t-]に読み分けられるものがある。

○同源語:
田(た)、河(かは)、清(きよ)き、官(みや・ 宮)、野(の)、山(やま)、本(もと)、千(ち)、逝(ゆく・行)、音(おと)、立(たつ)、死(し)ぬ、

 

【たけ(竹)】
御 苑布(みそのふ)の竹(たけの)林(はやし)に鸎(うぐひす)は之浪(しば)奈吉(なき)にしを雪(ゆき)は布利(ふり・降)つつ(万4286)

烏 梅(うめ)の波奈(はな)知良(ちら)まく怨之美(をしみ)和我(わが)曾乃(その)の多氣(たけ)の波也之(はやし)に于具比須(うぐひす)奈久(な く)くも(万 824)

  「竹」は丈が高いから「たけ」とうのだという語 源説があるが、民間語源説であろう。スウェーデンの言語学者カールグレンはその著書 『言語学と古代中国』のなかで「日本語の竹(たけ)は文化史的に見ても中国語からの借用語であることは間違いない」としている。カールグレンは「竹は東ア ジア一帯で育てられている植物であり、利用範囲が広いことから、日本人が中国人からその利用法を学ばなかったとは考えにくい。」とも述べている。

 これに対して国語学者の亀井孝は「竹は日本人の 祖先が日本列島に住み始めた太古の時代から日本にあったものである。日本人の祖先は筍を食べていたに違いなく、竹には日本古来の名前がついていたはずであ る。」だから竹(たけ)が中国語からの借用語であることは多分に疑わしい、と反論している。カールグレンは音韻論で立証しようとしているのに対して亀井孝 は文化論で反論している。

 「竹」の古代中国語音は竹[tiuk]であり、日本語の「たけ」とは母音が一致しない。 しかし、介音[-i-]は隋唐の時代に発達っしてきたものでり、日本語の 竹(たけ)は介音[-i-]が発達する前のかなり古い時代の中国語音を反映し ている可能性がある。

○同源語:
御(み)、苑・曾乃(その)、鸎・于具比須(うぐ ひす・隹)、奈吉・奈久(なき・なく・鳴)、布利(ふり・降)、烏梅(うめ)、波奈(はな・花)、知良(ちら・散)まく、和我(わが)、

  現在の日本語には英語からの借用語が氾濫してい る。そのなかには日本語の語彙になかったものばかりでなく、もともと日本語にあった語彙が捨てられて外来語に置き換わったものも少なくない。ある日の新聞 記事からランダムに拾ってみると、規則(ルール)、事例(ケース)、制度(システム)、挿絵(イラスト)、流行(ファッション)、文化(カルチャー)、鞄 (バッグ)、上着(コート)、座席(シート)、余暇(レジャー)、海岸(ビーチ)、球(ボール)、洗面所(トイレ)など限りがない。西洋文明の流入によっ て漢語がヨーロッパのことばに入れ変わった例は枚挙にいとまもない。

 中国文明は古代において東アジア唯一の文字を もった高度な文明であり、弥生時代から古墳時代にかけて、記紀万葉が成立するまでの約千年の間に日本列島に大きな影響を与え続けた。縄文時代には「たけ」 に対して別のことばがあったとしても、弥生時代の日本語では中国語から入って来た語彙に置き換えられた可能性が高い。「たけ」は音義ともに「竹」に近く、 中国語との同源語であろう。

  

【ただ(直)に】
直 (ただに)相(あは)ば相(あひ)不勝 (かつましじ)石川(いしかは)に雲(くも)立(たち)渡(わた)れ見(み)つつ将偲 (しのばむ)(万 225)

三 熊野(みくまの)の浦(うら)の濱(はま)木綿(ゆふ)百重(ももへ)成(なす)心(こころ)は雖念 (おもへど)直(ただ)に不相 (あはぬ)かも(万 496)

  古代中国語の「直」は直[diək]である。古代日本語には濁音ではじまる音節はな かったので語頭に清音(た)をおいて(た+だ)として日本語に受け入れやすくしたものであろう。古代にほんごには濁音ではじまることばはなかったので、中 国語の濁音を日本語では語頭に清音を添加して受け入れた例は多い。
例:雀(ジャク・すずめ)、續(ゾク・つづく)、 畳(ジョウ・たたみ)、限(ゲン・かぎり)、

○同源語:
相(あふ・合)、川(かは・河)、雲(くも)、立 (たつ)、渡(わたる)、見(みる)、三(み・御)、熊(くま)、野(の)、濱(はま)、心(こころ)、念(おもふ)、

 

【たたみ(畳)】
畳 (たたみ)薦(こも)隔(へだて)編(あむ)數(かず)通(かよはさ)ば道(みち)の柴草(しばくさ)不レ生有(おひざら)ましを(万2777)

韓 國(からくに)の 虎(とらと)云(いふ)神(かみ)を 生取(いけど)りに 八頭(やつ)取(とり)持(もち)來(き) 其(その)皮(かは)を 多々 弥(たたみ・畳)に刺(さし) 八重(やへ)畳(だたみ) 平群(へぐり)の山(やま)に、、(万3885)

吾 (わが)畳(たたみ)三重(みへ)の河原(かはら)の礒(いその)裏(うら)に如(かく)しもがもと鳴(なく)河蝦(かはづ)かも(万1735)

  中国には「畳・たたみ」はない。中国語の原義は 「たたむ」、「折重ねる」で、「吾が畳」は「八重」「三重」などにかかる枕詞である。日本では薦を編んだものを畳(たたみ)という。
 古代中国語の「畳」は畳
[dyap]である。語頭の濁音は清音を重ねて畳音としたもの である。、韻尾の[-p]はマ行に転移した。

○同源語:
柴(しば)、草(くさ)、韓(か ら)、國(くに)、神(かみ)、生(いきる)、取(とる)、來(くる)、刺(さ)す、平群(へぐり)、山(やま)、吾(わが)、三(み)、河(かは)、原 (はら)、裏(うら)、鳴(なく)、河蝦(かはづ)

 

【たち(大刀・刀薙)】
大 御身(おほみみ)に 大刀(たち)取(とり)帯(はか)し 大御手(おほみて)に 弓(ゆみ)取(とり)持(もた)し 御(み)軍士(いくさ)を あども ひ賜(たまひ) 齊(ととのふ)る 鼓(つづみ)の音(おと)は 雷(いかづち)の 聲(こえ)と聞(きく)くまで、、(万199)

 古代中国語の「太刀」は太[dat][tô]である。日本語の「たち」は中国語の太[dat][tô]あるいは、刀薙[-thyei]であろう。「薙」は日本語では「なぎなた」に用い られている。

○同源語:
御(み)、身(み)、取(とる)、手(て)、弓 (ゆみ)、音(おと)、聲(こえ)、

 

【たつ(龍)】
白 雲(しらくも)の 龍田山(たつたのやま)の 露(つゆ)霜(しも)に、、春(はる)去(さり)行(ゆか)ば 飛(とぶ)鳥(とり)の 早(はやく)御來 (きまさね) 龍田道(たつたぢ)の 岳邊(をかべ)の路(みち)に、、(万971)

多 都(たつ・龍)の馬(ま)も伊麻(いま・今)も愛(え・得)てしか阿遠尓(あをに)よし奈良(なら)の美夜古(みやこ)に由吉(ゆき・行)て己牟(こむ・ 来)ため(万 806)

  「龍」の古代中国語音は龍[liong]である。古代日本語ではラ行音が語頭に立つことが ないから、中国語の[l-]が日本語ではタ行であらわれる。中国語の[l-]は日本語のタ行と調音の位置が同じであり、タ行に 転移しやすい。
 「多都(たつ)の馬(ま)」は「龍馬」で、駿馬 のことである。龍は中国で古代から神獣とされた動物である。中国の「龍」が日本漢字音は龍(リュウ)である。日本に古代から龍(たつ)という動物があっ て、中国語の龍(リュウ)にあてたというものではなく、日本語の「たつ」は古代中国語の龍
[liong]が転移したものである。
例:立(リツ・たつ)、瀧(ロウ・たき)、留 (リュウ・とどまる)、粒(リュウ・つぶ)、  

 同じ声符をもった漢字でもラ行とタ行に読み分け るものがみられる。
例:禮(レイ)・體(タイ)、頼(ライ)・獺(ダ ツ)、

○同源語:
雲(くも)、田(た)、山(やま)、霜(しも)、 春(はる)、行(ゆく)、飛(とぶ)、鳥(とり)、來(くる)、岳(をか)、邊(へ)、馬(うま)、伊麻(いま・今)、美夜古(みやこ・京)、由伎(ゆ き・ 行)、己牟(こむ・來)、

 

【たつ(立)】
吾 (わが)勢祜(せこ)を倭(やまと)へ遣(やる)と佐夜(さよ)深(ふけ)て鶏鳴(あかとき)露(つゆ)に吾(あが)立(たち)所霑 (ぬれ)し(万 105)

三 吉野(みよしの)の御船(みふね)の山(やま)に立(たつ)雲(くも)の常(つねに)将在 (あらむ)と我(わが)思(おもは)莫(な)くに(万244)

  古代中国語の「立」は立[liəp]である。古代日本語ではラ行音が語頭に立つことが なかったので中国語の頭音[l-]は日本語のタ行に転移した。[l-][t-]は調音の位置が同じである。韻尾の[-p]は日本漢字音では[-t]に転移することが多い。
例:立
[liəp]リツ、湿[sjiəp]シツ、執[tiəp]シツ、接[tziap]セツ、摂[siap]セツ、雜[dzəp]ザツ、

○同源語:
吾・我(われ)、勢祜(せこ・背子)、遣(や る)、夜(よ)、鶏鳴(あかとき・暁時)、立(たつ)、霑(ぬれる・濡)、三・御(み)、野(の)、船(ふね・盤)、山(やま)、雲(くも)、常(つ ね)、思(おもふ・念)、莫(な)く、

 

【たつ・たゆ(絶・断)】
人 (ひとの)子(こ)は 祖(おやの)名(な)不絶 (たたず) 大君(おほきみ)に まつろふ物(もの)と 伊比(いひ)都雅(つげ)る、、(万4094)

吾 妹兒(わぎもこ)が結(ゆひ)てし紐(ひも)を将レ解(とかめ)やも絶(たえ)ば絶(たゆ)とも直(ただ)に相(あふ)までに(万1789)

 古代中国語の「絶」は絶[dziuat]である。「絶」の祖語(上古音)は絶[diuat*]に近かったものと考えられる。白川静の『字通』に よると「絶[dziuat]、斷[duan]は声義近く、糸などの切断をいう字」であるとい う。日本語の「たゆ」「たつ」は上古中国語絶[diuat*]あるは斷[duan]と同源であろう。中国語は同義語を重ねて強調する ことが多く、「断絶」という成句もある。

○同源語:
子(こ)、名(な)、君(きみ)、物(もの)、都 雅(つげる・續)、吾妹兒(わぎもこ)、紐(ひも・絆・繙)、直(ただ)、相(あふ・合)、

 

【たて(楯)】
大 夫(ますらを)の鞆(とも)の音(おと)為(す)なり物部(もののふ)の大臣(おほまへつきみ)楯(たて)立(たつ)らしも(万76)

 古代中国語の「楯」は楯[djiuən]である。「楯」と同じ声符をもつ漢字に遁[duən]がある。「楯」の祖語(上古音)は楯[duən*]あるいは楯[duət*]のような音であったと思われる。日本語の「たて」 は中国語の楯[duət*]と同源である。韻尾の[-n]がタ行であらわれる漢字は数多くある。
例:断(ダン・たつ)、管(カン・くだ)、幡(ハ ン・はた)、肩(ケン・かた)、腕(ワン・ 
  うで)、堅(ケン・かたい)、言(ゲン・こと)、満(マン・みちる)、など

○同源語:
音(おと)、物(もの)、部(ふ)、大臣(おほま へつきみ・君)、楯(たて)、立(たつ)、

 

【たな(棚・壇・段)】
海 (あま)未通女(をとめ)棚(たな)無(なし)小舟(をぶね)榜(こぎ)出(づ)らし客(たび)の屋取(やどり)に梶(かぢの)音(おと)所聞 (きこゆ)(万 930)

天 漢(あまのがは)棚橋(たなはし)渡(わたせ)織女(たなばた)のい渡(わたら)さむに棚橋(たなはし)渡(わたせ)(万2081)

  古代中国語の「棚」は棚[beang]である。日本漢字音は棚(ボウ)であり、訓の棚 (たな)とは音が対応しない。「たななし小舟」は、底板だけあってふなだなのない小舟である。日本語の「たな」の語源は段[duan]あるいは壇[dan]と関係のあることばではなかろうか。古代日本語で は濁音が語頭に立つことがないので語頭の[d-]は清音になった。

○同源語:
海(あま)、未通女(をとめ・女)、無(なし)、 小(を)、舟(ふね・盤)、出(いづ)、音(おと)、天漢(あまのかは)、棚(たな・壇・段)、渡(わたす)、

 

【たね(種)】
水 (みづ)を多(おほみ)上(あげ)に種(たね)蒔(まき)比要(ひえ・稗)を多(おほみ)擇擢(えらえ)し業(わざ)ぞ吾(わが)獨(ひとり)宿(ぬる)(万2999)

  古代中国語の「種」は種[diong]である。「種」と同じ声符をもつ「重」は重(ジュ ウ・チョウ)という読みがある。タ行音は介音[-i-]の発達によってタ行に転移した。日本語の「たね」 は古代中国語の種[diong]と同源であろう。
 韻尾の子音
[-ng]は調音の方法(鼻濁音)がナ行と同じであり、ナ行 であらわれることがある。
例:常
[zjiang]つね、嶺[lieng]みね、梁[liang]やな、胸[hmiong*]むね、舫[piuang]ふね、

○同源語:
蒔(まく・播)、比要(ひえ・稗)、吾(わが)、宿(ぬる・寐)、

 

【たふ(塔)】
香 (こり)塗(ぬれ)る塔(たふ)に莫(な)依(よりそ)川(かは)隅(くま)の屎鮒(くそふな)喫有(はめる)痛(いたき)女(め)奴(やつこ)(万3828)

大 海(おほうみ)に嶋(しま)も不在 (あらなく)に海原(うなばらの)絶(たゆ)塔(たふ)浪(なみ)に立有(たてる)白雲(しらくも)(万1089)

  「塔」の古代中国語音は塔[təp]である。「塔」は仏教伝来とともに日本にもたらさ れたものである。中国語の「塔」は梵語のstupa で ある。英語のtowerも恐らく同源であろう。
 二番目歌の「絶塔(たゆたふ)浪(なみ)」は訓 というよりはむしろ音表記であろう。

○同源語:
香(こり)、塗(ぬ)る、莫(な)、依(よる・ 寄)、川(かは・河)、鮒(ふな・付魚)、痛(いたき)、女(め)、海(うみ)、嶋(しま・洲)、原(はら)、絶(たゆ・断)る、浪(なみ)、立(た つ)、雲(くも)、

 

【たふ(堪)】
吾 (わが)郷(さと)に今(いま)咲(さく)花(はな)の娘部四(をみなへし)不堪 (たへぬ)情(こころ)に尚(なほ)戀(こひ)にけり(万2279)

  「堪」の日本漢字音みは堪(カン)と堪(タン) という二つの読み方がある。「堪」と同じ声符「甚」をもった漢字に勘[khəm]、堪[khəm]、甚[zjiəm]、湛[təm]、斟[tjiəm]という読みがある。 恐らく湛[təm]→斟[tjiəm]→甚[zjiəm]という音韻変化の流れがあったのだろう。日本語の「たえる」は堪[khəm]ではなく、古代中国語の湛[təm]と関係の深いことばであろう。

○同源語:
吾(わが)、今(いま)、咲(さく)、花(は な)、娘部四(をみなへし・女)、情(こころ・心)、


【たまる(渟)】
御 (み)佩(はかし)を 劔(つるぎ)の池(いけ)の 蓮(はちす)葉(ば)に 渟有(たまれる)水(みづ)の 徃方(ゆくへ)無(なみ)、、(万3289)

ひ さかたの雨(あめ)も落(ふら)ぬか蓮荷(はちすば)に渟在(たまれる)水(みづ)の玉(たま)に似有(にたる)将見 (みむ)(万 3837)

 古代中国語の「渟」は渟[dyeng]である。韻尾の[-ng][-m]と調音の方法が同じであり転移しやすい。日本語の 渟(たまる)は上古中国語の「渟」と同源であろう。
 また、停
[dyeng]は日本語では停「とまる」である。渟(たまる)、 停(とまる)は同系のことばであろう。

○同源語:
御(み)、佩(はく)、劔(つるぎ)、蓮(はち す・はす・荷子)、葉(は)、徃(ゆく・往)、方(へ)、無(な)き、落(ふる・降)、似(に)る、見(みる)、

 

【たる(足・満)】
佛 (ほとけ)造(つくる)真朱(まそほ)不足 (たらず)は水(みづ)渟(たまる)池(いけだ)の阿曾(あそ)が鼻上(はなのうへ)を穿(ほ)れ(万3841)

山 振(やまぶき・吹)の立(たち)儀(よそひ)足(たる)山清水(やましみづ)酌(くみ)に雖レ行(ゆかめど)道(みち)の白鳴(しらなく・不知)(万158)

天 地(あめつち) 日(ひ)月(つき)とともに 満(たり)将行 (ゆかむ) 神(かみ)の御面(みおも)と 次(つぎ)來(きたる)、、(万220)

  古代中国語の「足」は足[tziok]である。「足」の祖語(上古音)は摩擦音ではな く、足 [tiok*]に近い発音であった可能性がある。日本語の「た る」は上古中国語の足 [tiok*]と 同系のことばであろう。

 朝鮮語では「足」を足(ta-ri)という。日本語の「たる」は朝鮮語の足(ta-ri)と同源であろうともいう。しかし、朝鮮語の足(ta-ri)も日本語の足(たる)も上古中国語音の足[tiok*]と同源である可能性もある。

 「満」も満(たる)に用いられている。「満足」 ということばがあるごとく、「満」と「足」は義(意味)が近い。満(たる)は訓借であろう。

○同源語:
佛(ほとけ)、造(つく)る、真(ま)、渟(た ま)る、田(た)、穿(ほる・掘)、山(やま)、立(たつ)、行(ゆく)、白(しる・知)、天(あめ)、地(つち)、神(かみ)、御(み)、面(おも)、 次(つぐ・續)、來(くる)、

 

【たる(垂)】
石 (いは)激(ばしる)垂見(たるみ)の上(うへ)の左和良妣(さわらび)の毛要(もえ)出(いづる)春(はる)に成(なりに)けるかも(万1418)

袖 (そで)垂(たれ)て伊射(いざ)吾(わが)苑(その)に鸎(うぐひす)の木傳(こづたひ)令落 (ちらす)梅花(うめのはな)見(み)に(万4277)

  古代中国語の「垂」は垂[zjiuai]である。「垂」と同じ声符をもった漢字に唾[thuai]がある。白川静の『字通』によれば「堕[duai]、墜[diet]、隤[duəi]はみな下垂の意があり、声義の近い語である。」と している。垂[zjiuai]の祖語(上古音)は垂[diuai*]に近い音であり、日本語の垂(たれる)は中国語の 「垂」の上古音、垂[diuai*]の痕跡を留めているとものと思われる。
 二番目の歌(万4277)では「令落(ちら す)」のように中国語の語順に従って表記された部分がある。また、「梅花(バイカ)」のように中国語で成句になっているものは「梅(うめ)の花(はな)」 の「の」は省かれていて、表記されていない。語彙に中国語と同源のことばが使われているばかりでなく、表記法もかなり中国語の影響を強く受けている。

○同源語:
毛要(もえ・萌)る、出(いづ)、春(はる)、袖 (そで)、吾(わが)、苑(その)、鸎(鶯(うぐひす・隹)、木(き・枝)、傳(つた)ふ、落(ちる・散)、梅(うめ)、花(はな)、見(みる)、

 

【たれ(誰)】
水 門(みなとの)葦(あしの)末葉(うらばを)誰(たれか)手折(たをりし)吾(わが)背子(せこが)振(ふる)手(てを)見(みむと)我(われぞ)手折 (たをりし)(万 1288)

  「誰」の古代中国語音は誰[zjiəi]である。同じ声符をもった漢字に堆[tuəi]、推[thuəi]があり、「誰」の祖語(上古音)は誰[thuəi*]あるいは[thuət*]であった可能性がある。日本語の「たれ」は誰[thuəi*]あるいは[thuət*]に由来することばであろう。

○同源語:
葉(は)、手折(たをる)、吾・我(われ)、背子 (せこ)、見(みる)、

 

【ち(千)】
百 (もも)に千(ち)に人(ひと)は雖言 (いふとも)月(つき)草(くさ)の移(うつろふ)情(こころ)吾(われ)将持 (もため)やも(万 3059)

 「千」の古代中国語音は千[tsyen]である。千[tsyen]の祖語(上古音)は千[tyen*]に近い音価をもっていたものと考えられる。タ行イ 段の音は摩擦音化によってえサ行に転移しやすい。日本語の「ち」は「千」と同源であろう。日本漢字音は千(セン)は唐代の音を規範としたもので、訓の千 (ち)は上古音に依拠している。

同源語:
草(くさ)、情(こころ・心)、吾(われ)、

 

【ちり(塵・散)】
吾 (わが)岡(をか)のおかみに言(いひ)て令落 (ふらしめし)雪(ゆき)の摧(くだけ)しそこに塵(ちり)けむ(万104)

此 (この)夕(ゆふべ)零(ふり)來(くる)雨(あめ)は男星(ひこぼし)の早(はや)滂(こぐ)船(ふね)の賀伊(かい)の散(ちり)かも(万2052)

  一番目の歌(万104)の「塵」は「散(ちり)」であり、二 番目の歌の「散」は「櫂のしぶき」のことである。
「塵」の古代中国語音は塵
[dien]であり、「塵」の日本漢字音は塵(ジン・ちり)で ある。タ行のイ段の「ヂ」とサ行のイ段の「ジ」とは音価が近く、現代の日本語では弁別されていない。日本語の「ちり」は中国語の塵[dien]と同源であろう。韻尾の[-n]は調音の位置が[-l]と同じであり、日本語ではラ行に転移することが多 い。
例:雁(ガン・かり)、巾(キン・きれ)、漢(カ ン・から)、など

 「散」の古代中国語音は散[san]である。散[san]が塵[dien]と同じように使われていることから、「散」にほ散[sian]あるいは散[tian]に近い音であったのではないかと推定できる。日本 語の散(ちる)も中国語の散[san]と同系のことばである可能性がある。

○同源語:
吾(わが)、岡(をか・岳)、落・零(ふる・ 降)、此(こ)の、夕(ゆふ・夜)べ、來(くる)、星(ほし)、船(ふね・盤)、

 

【つ(津)】
熟 田津(にぎたづ)に船(ふな)乗(のり)せむと月(つき)待(まて)ば潮(しほ)もかなひぬ今(いま)は許藝(こぎ)乞(いで)な(万8)

奥 浪(おきつなみ)邊波(へなみ)莫(な)越(こしそ)君(きみ)が舶(ふね)許藝(こぎ)可敝里(かへり)來(き)て津(つ)に泊(はつる)まで(万4246)

  古代中国語の「津」は津[tzien]である。日本語の津(つ)は古代中国語の韻尾[-n]が脱落したものである。
例:田(た・デン)、千(ち・セン)、邊(へ)、 帆(ほ・ハン)、

○同源語:
田(た)、津(つ)、船・舶(ふね・盤)、乗(の る)、潮(しほ)、今(いま)、乞(いづ・出)、奥(おき・澳)、浪・波(なみ)、邊(へ)、莫(な)、越(こす)、君(きみ)、可敝里(かへり・還)、 來(くる)、泊(はつ)る、

 中国語の韻尾[-n]は日本語では脱落する場合のほか、ナ行・マ行・タ 行・ラ行に転移する場合などがある。マ行は調音の方法が同じ(鼻音)であり、タ行・ナ行は調音の位置が同じであり、音価も近く転移しやすい。古代日本語に は「ン」で終わる音節はなかった。

(1) 脱落の例:津[tzien] つ、田[dyen] た、眼[ngean] め、千[tsyen] ち、津[tzien] つ、邊[pyen] へ、

(2) ナ行の例:絹[kyuan] きぬ、殿[dyən] との、秈[shean] しね・いね、苑[iuan] その、

(3) マ行の例:浜[pien] はま、肝[kan] きも、君[kiuan] きみ、文[miuən] ふみ、

マ行[-m]とナ行[-n]はいずれも鼻音であり、調音の方法が同じ音は転移 しやす。現代の北京音では韻尾の[-n][-m]は弁別されず、[-n]に吸収されててる。

(4) タ行の例:楯[djiuən] たて、幡[phiuan] はた、肩[kyan] かた、堅[kyen] かたい、

タ行[-t]とナ行[-n]は調音の位置が同じ(前口蓋)であり、調音の位置 が同じ音は転移しやすい。唐代に韻尾が[-n]であった漢字のうち去声のものの上古音は[-t*]であったと考えられている。

(5) ラ行の例:漢[xan] から、雁[ngean] かり、猿[hiuan] さる、塵[dien] ちり、

  ラ行[-l] とナ行[-l]は調音の位置が同じ(前口蓋)であり、転移しやす い。しかし、中国語には[-l] で 終わる音節はないから、この転移は日本に来てか ら起こったことになる。朝鮮漢字音では中国語の韻尾[-t] は規則的に[-l] に転移する。

 「音韻変化に例外なし」というのが西欧音韻学、 特に青年文法家と呼ばれる人々の主張である。しかし、これには同じ時代に同じ地方で、しかも同じ音韻環境のなかでという制限がついている。
 中国語の音韻史についてみると、時代は数千年に わたり、地域も長安ばかりでなく、江南、さらには越南、朝鮮半島、日本列島におよび、同じ日本漢字音のなかでも呉音と漢音では絵(カイ・ヱ)というくらい に違いがある。漢字の同源語はさまざまな時代、さまざまな地域の発音を反映しているので、綿密に検証していく必要がある。

 

【つか(冢)】
玉 桙(たまほこ)の 道邊(みちのへ)近(ちかく) 磐(いは)構(かまへ) 作(つくれる)冢(つか)を、、、(万1801)

  「冢」は「塚」の正字である。古代中国語の 「冢」は冢[tiong]である。韻尾の[-ng]はカ行であらわれている。「冢」と同じ声符をもっ た漢字に啄・琢[teok]がり、「冢」の祖語(上古音)は冢[teok*]に近かったものと考えられる。中国語音韻史では、 唐代の韻尾[-ng]は『詩経』の時代には[-k]に近かったと考えられている。介音[-i-]が発達してきたのも隋唐の時代になる冢[tiong]となった。日本語の冢(つか)は中国語の上古音に 依拠しており、冢(チョウ)は唐代の中国語音を規範としている。日本語の「つか」は中国語の「冢」あるいは「塚」と同源である。

○同源語:
桙(ほこ)、邊(へ)、構(かまへ)る、作(つ く)る、

 

【つか(束)】
紅 (くれなゐ)の淺(あさ)葉(ば)の野良(のら)に苅(かる)草(くさ)の束(つか)の間(あひだ)も吾(われ)を忘(わすら)すな(万2763)

夏 野(なつの)去(ゆく)小牡鹿(をしか)の角(つの)の束間(つかのま)も妹(いも)が心(こころ)を忘(わすれ)て念(おもへ)や(万502)

  古代中国語の「束」は束[sjiok]である。束[sjiok]は束[tjiok*]が口蓋化の影響で変化したものである。日本漢字音 の束(ソク・つか)は音訓ともに中国語の「束」と同源である。音の束(ソク)は唐代の中国語音に依拠したものであり、訓の束(つか)は上古中国語音の痕跡 を留めている。
 一番目の歌では「間」は間(あいだ)と読み、二 番目の歌(万502)では間(ま)と読にならわしている。

○同源語:
葉(は)、野(の)、苅(かる)、草(くさ)、吾 (われ)、忘(わする)、去(ゆく・行)、小(を)、鹿(しか・猪鹿)、間(ま)、妹(いも)、心(こころ)、念(おもふ)、

 

【つく・つける(著・着)】
わ すれ草(ぐさ)吾(わが)下(した)紐(ひも)に著(つけ)たれど鬼(しこ)のしこ草(ぐさ)事(こと・言)にしありけり(万727)

針 (はり)は有(あれ)ど妹(いも)し無(なけれ)ば将レ著(つけめ)やと吾(われ)を令煩 (なやまし)絶(たゆる)紐(ひも)の緒(を)(万2982)

  古代中国語の「著」は著[tia]である。「著」は着[diak] の正字とされており、著には着(きる)の意味もあ る。日本語の「つく」は中国語の「著」「着」と音義ともに近く、同系のことばであろう。

○同源語:
草(くさ)、吾(わが)、紐(ひも・絆・繙)、著 (つけ)る、針(はり・箴)、妹(いも)、無(な)き、煩(なやむ・悩)、絶(たゆる)、

 

【つく(舂・衝・突)】
天 (あま)光(てる)や  日 (ひ)の異(け)に干(ほし)  さ ひづるや  辛 (から)碓(うす)に舂(つき) 庭(にはに)立(たつ) 手碓子(てうす)に舂(つき)、、(万3886)

鮪 (しび)衝(つく)と海人(あま)の燭有(ともせる)伊射里漁火(いさりび)の保尒可(ほにか)将レ出(いでなむ)吾(わ)が下念(したもひ)を(万4218)

  古代中国語の「舂」は舂[sjiong]である。「衝」は衝[thjiong] である。「舂」は「衝」は音義ともに近い。舂[sjiong] の祖語(上古音)は舂[diong*] に近い音であり、それが口蓋化して舂[sjiong] になったものであろう。白川静は『字通』のなかで 「衝[thjiong]、踵(鐘)[tjiong]、また舂[sjiong]、撞[deong] はみな声近く、勢いよく衝撃を加える意の字。」と している。中国の音韻学者、王力は「音近ければ義近し」といっているが、まさにそのよい例である。日本語の「つく」は舂[sjiong]、衝[thjiong] と同系のことばであろう。「つく」には突[thuət] が使われることもある

 塩 津山(しほつやま)打(うち)越(こえ)去(ゆけ)ば我(わが)乗(のれ)る馬(うま)そ爪突(つまづく)家(いへ)戀ふらしも(万365)

○同源語:
天(あめ)、光(てる・照)、干(ほす)、辛(か ら)、立(たつ)、手(て)、海人(あま)、燭(ともす)、火(ひ)、保(ほ・火)、出(いづ)、吾・我(わが)、念(おもひ)、塩(しほ・潮)、津 (つ)、山(やま)、打(うつ)、越(こえる)、去(ゆく・行)、乗(のる)、馬(うま)、爪(つめ)、家(いへ)、

 

【つくる(作・造)】
吾 (わが)勢子(せこ)は借廬(かりほ)作(つく)らす草(かや)無(なく)は小松(こまつが)下(もと)の草(かや)を苅(から)さね(万11)

大 夫(ますらを)の伏(ふし)居(ゐ)嘆(なげき)て造有(つくりたる)四垂(しだり)柳(やなぎ)の蘰(かづら)為(せ)吾妹(わぎも)(万1924)

  古代中国語の「作」「造」は作[tzak]・造[dzuk]であるとされている。「造」はその後に音便化して 造(ゾウ)となった。中国語では音義の近い漢字を併記して成語を作ることが多い。「造作」もそのひとつである。日本語の「つくる」は中国語の「作」あるい は「造」と同源である。

○同源語:
吾(わが)、勢子(せこ・背子)、借(かり・ 假)、草(かや)、無(な)き、小(こ)、苅(かる)、伏(ふす)、居(ゐ)る、嘆(なげ)く、四(し・枝)、垂(たれる)、柳(やなぎ)、蘰(かづら・ 葛)、妹(いも)、

 

【つくゑ(机)】
机 (つくゑ)の嶋(しま)の 小螺(しただみ)を い拾(ひりひ)持(もち)來(き)て、、高坏 (たかつき)に盛(もり) 机(つくゑ)に立(たて)て 母(はは)に奉(まつり)つや、、
(万3880)

  「机」の古代中国語音は机[kiei] である。日本語の「つくゑ」は卓[teôk]と関係のあることばではなかろうか。中国語では 「机」のことを「卓子」ともいう。

○同源語:
嶋(しま・洲)、拾(ひりふ)、來(くる)、立 (たて)て、母(はは)、

 

【つたふ(傳)】
ぬ ばたまの宵(よ)霧(ぎりに)隠(こもり)遠(とほく)とも妹(いもが)傳(つたへは)速(はやく)告(つげ)こそ(万2008)

  古代中国語の「傳」は傳[diuen] である。古代日本語では濁音が語頭に立つことはな かったので、日本語では語頭に清音を添加して(つ+たふ)としたものである。日本語の「つたふ」は中国語の「傳」と同源である。

○同源語:
宵(夜・よ)、隠(こもる・籠)、妹(いも)、

 

【つち(土・地)】
吾 (わが)屋前(やど)の花(はな)橘(たちばな)を霍公鳥(ほととぎす)來(き)不喧 (なかず)地(つち)に令落 (ちらしてむ)とか(万 1486)

徊 徘(たもとほり)徃箕(ゆきみ)の里(さと)に妹(いも)を置(おき)て心(こころ)空(そら)なり土(つち)は蹈(ふめ)ども(万2541)

  古代中国語の「土」「地」は土[tha]・地[diet] である。日本語の「つち」は中国語の「土」あるい は「地」と同系のことばである。
 中国語では音義の近い漢字を併記して成語を作る ことが多い。「土地」もそのひとつである。

○同源語:
吾(わが)、花(はな)、霍公鳥(ほととぎす・ 隹)、來(くる)、喧(なく・鳴)、落(ちる・散)、徃(ゆく・往)、妹(いも)、置(おく)、心(こころ)、

 

【つつ(筒)】
妹 (いも)がりと馬(うま)に[木 安](く ら)置(おき)て射駒山(いこまやま)撃(うち)越(こえ)來(くれ)ば紅葉(もみち)散(ちり)筒(つつ)(万2201)

  古代中国語の「筒」は筒[dong] である。古代日本語では濁音が語頭にくることがな かったので日本語では清音を重ね筒(つつ)と発音した。この歌では借訓として使われているが、万葉集の時代にも名詞として使われた例もみられる。

 「筒 (つつ)に入れて山の石の中に蔵(をさ)め置く。」(霊異記)

○同源語:
妹(いも)、馬(うま)、置(おく)、射(い る)、駒(こま)、山(やま)、撃(うつ・打)、越(こえる)、來(くる)、散(ちる)、入(いる・いれる)、中(なか)、

 

【つつき(都追伎・突)】
机 (つくゑ)の嶋(しま)の 小螺(しただみ)を い拾(ひりひ)持(もち)來(き)て 石(いし)もち 都追伎(つつき)破夫利(やぶり)、、(万3880)

  都追伎(つつき)は突[thuət]であろう。中国語の突[thuət]は有氣音であるため日本語では清音を重ねて「つ+ つく」とした。

○同源語:
机(つくゑ・卓)、嶋(す・洲)、拾(ひりひ)、 來(くる)、

 

【つづき(都々伎・續)】
年 月(としつき)は 奈何流々(ながるる)其等斯(ごとし) 等利(とり)都々伎(つづき・續) 意比(おひ・追)久留(くる・来)母能(もの)は、、(万804)

波 利(はり・針)夫久路(ぶくろ・袋)應 婢(お び・帯)都々氣(つづけ・續)ながら 佐刀(さと・里)其等迩(ごとに)、、(万4130)

血 沼(ちぬ)壮士(をとこ) 其夜(そのよ)夢見(いめにみ) 取(とり)次寸(つつき・續) 追(おひ)去(ゆき)ければ、、(万1809)

 万葉集で「都々伎(つづき)」、「都都氣(つづ け)」あるいは「次寸」とあるのは續[ziok] である。「續」の祖語(上古音)は續[diok*] であったと考えられる。古代日本語では濁音が語頭 に来ることはなかったので清音を語頭に添加して(つ+づく)とした。日本語の「つづく」は中国語の「續」と同源である。中国語には「継続」という成句が あって、繼(つ ぎ・つぐ)は「續」と義(意味)が近い。

 妹 (いも)が家(いへ)も繼(つぎ)て見(み)ましを大和(やまと)なる大嶋の嶺(ね)に家(いへ)もあらましを(万91)

○同源語:
奈何流(なが・流)る、等利・取(取・とり)意比 (おひ・追)、久留(くる・來)、母能(もの・物)、波利(はり・鍼)、都々氣(つづけ・續)、其(そ)の、夜(よ)、夢(いめ)、見(み)る、取(と る)、次寸(つつき・續)、去(ゆく・行)、妹(いも)、家(いへ)、繼(つぐ・續)、嶋(しま・洲)、嶺(ね)

 

【つどふ(集)】
あ どもひて 未通女(をとめ)壮士(をとこ)の 徃(ゆき)集(つど)ひ かがふ嬥謌(かがひ)に 他妻(ひとづま)に 吾(わ)も交(まじはら)む、、、(万1759)

  「集」の古代中国語音は集[dziəp] である。集[dziəp] の祖語(上古音)は集[diəp*]に近い音であったものと想定できる。それが摩擦音 化して唐代には集[dziəp] になった。古代日本語では濁音が語頭に立つことが なかったので、「つ+どふ」と清音「つ」をつけて日本語の音韻体系に適合させた。
 「つどふ」の「ふ」は中国語の韻尾
[-p]に対応している。日本語の「つどふ」は中国語の上 古音を継承している。

○同源語:
未通女(をとめ・女)、徃(ゆく・往)、妻(つ ま・妻女)、吾(わ)、

 

【つね・とこ(常)】
常 磐(ときは)成(なす)石室(いはむろ)は今(いま)もありけれど住(すみ)ける人(ひと)ぞ常(つね)無(なか)りける(万308)

吾 (わが)御門(みかど)千代(ちよ)常(とこ)とばに将レ榮(さかえむ)と念(おもひ)て有(あり)し吾(われ)し悲(かなし)も(万183)

  古代中国語の「常」は常[zjiang] である。常[zjiang]の祖語(上古音)は常[djiang*] に近いものであったと推定できる。日本語の「と こ」は上古中国語の常[djiang*] のに依拠したものである。日本語の「つね」は上古 音の常[djiang*] と対応している。日本語では語頭に濁音が立つこと はんかったので、頭音の[d-*]は日本語では清音になった。

 「常」は常(つね)という訓もある。常(つね) は[djiang*] の韻尾[-ng]がナ行に転移したものである。日本漢字音の常(ジョウ)は唐代の中国語音であ る常[zjiang] に唐代の音に依拠している。韻尾の[-ng] はナ行に転移した。[-ng][-n] はともに鼻音であり転移しやすい。
[-ng] がナ行であらわれる例:種(たね)、嶺(みね)、 梁(やな)、など

○同源語:
今(いま)、住(すむ)、無(なし)、吾(わ が)、御(み)、門(かど)、千(ち)、代(よ・世)、榮(さかえ)る、念(おもふ)、

 

【つま(妻・嬬・夫)】
鴨 (かも)すらも己(おの)が妻(つま)どち求食(あさり)して所遺 (おくる)間(あひだ)に戀(こふると)云(いふ)物(もの)を(万3091)

千 早人(ちはやひと)宇治(うぢの)度(わたりの)速瀬 (せをはやみ)不相 (あはずこそ)有(あれ)後(のちも)我(わが)嬬(つま)(万2428)

若 草(わかくさ)の 夫(つま)か有(ある)らむ 橿實(かしのみ)の 獨(ひとり)か将レ宿(ぬらむ)(万1742)

 古代日本語の「つま」は夫からは妻、妻からは夫 を呼ぶことばであった。後に夫から妻を呼ぶにだけ用いられるようになった。
 古代中国語の「妻」「嬬」「夫」はそれぞれ妻
[tsyei]、嬬[njio]、夫[piua]である。日本語の「つま」は古代中国語の「妻+ 嬬」、あるいは「妻+女」から派生したことばであろう。「嬬」上古音は嬬[mjio*]に近い音であり、「女」の上古音は女[mjia*]であったと考えられる。それが、唐代には口蓋化に よって嬬[njio]、女[njia]になった。

 日本語では古代中国語の日母[nj-] がマ行であらわれる例をいくつかあげることができ る。
例:乙女
[njia] をとめ、耳[njiə] みみ、乳[njia] 母 めのと、壬[njiəm] 生 みぶ、燃[njian] もえる、
  認
[njiən] みとめる、

○同源語:
鴨(かも)、物(もの)、千(ち)、度(わたり・ 渡)、相(あふ・合)、我(わが)、嬬(つま・妻嬬)、若(わか)い、草(くさ)、橿(かし・樫)、宿(ぬる・寐)、

 

【つめ(爪)】
吾 (わが)爪(つめ)は御(み)弓(ゆみ)の弓波受(ゆはず)、、(万3885)

梓 弓(あづさゆみ)爪引(つまびく)夜(よ)音(おと)の遠(とほ)音(おと)にも君(きみ)が御幸(みゆき)を聞(きかく)し好(よし)も(万531)

塩 津山(しほつやま)打(うち)越(こえ)去(ゆけ)ば我(わが)乗有(のれる)馬(うま)そ爪突(つまづく)家(いへ)戀(こふ)らしも(万365)

 万葉集では「爪」は爪引(つまびく)、爪突(つ まづく)などの形でも使われている。古代中国語の「爪」は爪[tzheu] である。日本語の「つめ」の「つ」は中国語の 「爪」であろう。「つ+め」の「め」は小さいものに対する愛称で、中国語の「女」である可能性がある。

○同源語:
吾・我(わが)、御(み)、弓(ゆみ)、夜(よ る)、音(おと)、君(きみ)、塩(しほ・潮)、津(つ)、山(やま)、打(うち)、越(こえる)、去(ゆく・行)、乗(のる)、馬(うま)、突(つ く)、家(いへ)、

 

【つらぬ(列)】
河 上(かはのへ)の列々(つらつら)椿(つばき)都良々々(つらつら)に雖見 (みれども)安可受(あかず)巨勢(こせ)の春野(はるの)は(万56)

  古代中国語の「列」は列[liat]である。日本語では語頭にラ行音がくることがな かったので、タ行音を添加した。ラ行音とタ行音は調音の位置が同じであり、転移しやすい。列(つら・つらぬ)は中国語の列[liat]と同源である。

○同源語:
河(かは)、椿(つばき)、見(みる)、春(はる)、野(の)、

 

【つり(釣)】
朝 (あさ)開(びらき)滂(こぎ)出(いで)て我(われ)は湯羅(ゆらの)前(さき)釣(つり)為(する)海人(あま)を見(みて)反(かへり)将來 (こむ)(万 1670)

縄 (なはの)浦(うら)ゆ背向(そがひ)に所見 (みゆる)奥(おきつ)嶋(しま)滂(こぎ)廻(みる)舟(ふね)は釣(つり)為(する)らしも(万357)

  古代中国語の「釣」は釣[tyô]である。日本語の「つり」は中国語の「釣」と同源 である。古代中国語の母音[ô]の祖語(上古音)は[-ôk] に近く、唐代の釣[tyô]は時代を遡れば釣[tyôk]であったと考えられる。
 中国語の韻尾
[ô] がラ行であらわれる例としては、吊[tyô] つる、鳥[tyô] とり、照[tjiô] てる、倒[tô] たおれる、揺[jiô] ゆれる、などをあげることができる。

○同源語:
出(いづ)、我(われ)、湯(ゆ)、 海人(あま)、見(みる)、反(かへる・還)、來(こ)、背(せ・そ)、向(むかふ)、奥(おき・澳)、嶋(しま・洲)、廻(みる)、舟(ふね・盤)、

 

【つるぎ(劒)】
劒 (つるぎ)太刀(たち)身(み)に取(とり)副(そふ)と夢(いめに)見(み)つ何如(なに)の恠(さが)ぞも君(きみ)に相(あはむ)為(ため)(万604)

高 麗(こま)劒(つるぎ)己(な)が景迹(こころ)故(から)外(よそ)耳(のみに)見(み)つつや君(きみ)を戀(こひ)渡(わたり)なむ(万2983)

  古代中国語の「劒」は劒[kiam] である。「劒」と同じ声符をもった漢字に斂[liam] がある。「劒」の祖語(上古音)は劒[hliam*] のような音であり、入りわたり音[h-]が発達したものが劒[kiam] になり、入りわたり音[h-]が脱落したものが斂[liam] になった。スウェーデンの言語学者カールグレンは 上古中国語の[l-]は二重母音の[kl-] のような音であったのではないかと指摘している。

 日本語の「つるぎ」は中国語の刀[tô]+劒[liam*] に由来することばではなかろうか。「つるぎ」の 「ぎ」は鼻濁音「キ゜」であろう。韻尾の[-m][-ng] と調音の方法が同じ(鼻音)であり、転移しやす い。

○同源語:
太刀(たち・太薙)、身(み)、取(とる)、夢 (いめ)、見(みる)、君(きみ)、相(あふ・合)、高麗(こま)、景迹(こころ・心)、渡(わたる)、

 

【つゑ(杖)】
天 (あめ)地(つち)の 至(いたれ)るまでに 杖(つゑ)策(つき)も 不衝 (つかず)も去(ゆき)て、、(万420)

杖 (つゑ)衝(つき)も不衝 (つかず)も吾(われ)は行(ゆか)めども公(きみ)が将來 (きまさむ)道(みち)の不知 (しらな)く(万 3319)

 「杖」の古代中国語音は杖[diang] である。日本語の「つゑ」は「杖」と同源であろ う。同じ声符をもった漢字に丈[diang]があり、日本漢字音は丈(ジョウ・たけ)である。 「たけ」も丈[diang] と同源であろう。

○同源語:
天(あめ)、地(つち)、至(いたる)、衝(つ く)、去・行(行・ゆく)、吾(われ)、公(きみ)、來(くる)、知(しる)、

 

【て(手)】
和 我(わが)勢故(せこ)は多麻(たま)にもがもな手(て)に麻伎(まき)て見(み)つつ由可牟(ゆかむ)を於吉氐(おきて)伊加婆(いかば)乎思(をし)(万3990)

去 来(いざ)兒等(こども)倭(やまと)へ早(はやく)白菅(しらすげ)の真野(まの)の榛原(はりはら)手折(たをり)て将歸 (ゆかむ)(万 280)

  古代中国語の「手」は手[sjiu]である。「手」の祖語(上古音)は手[tjiu*] に近かったと考えられる。「手」を構成要素の一部 とする漢字には「拿捕」の拿(ダ・ナ)、拏(ダ・ナ)などがある。日本語でも「手」は手力(たぢから)、手枕(たまくら)などでは手(た)となってあらわ れる。
 また、現在のベトナム漢字音は手
(thue)で、古い中国語音の痕跡を伝えているものと考えら れる。日本語の「て」は中国語の「手」と同源であろう。

○同源語:
和我(わが)、勢故(せこ・背子)、手(て)、見 (みる)、由可牟・伊加婆(ゆく・行)、於吉氐(おきて・置)、兒(こ)、菅(すげ)、真(ま)、野(の)、榛(はり)、原(はら)、折(をる)、歸(ゆ く・行)、

 

【てら(寺)】
相 念(あひおもはぬ)人(ひと)を思(おもふ)は大寺(おほでら)の餓鬼(がき)の後(しりへ)に額(ぬか)衝(つく)如(ごと)し(万608)

寺 々(てらでら)の女(め)餓鬼(がき)申(まをさ)く大神(おほみわ)の男(を)餓鬼(がき)被害給 (たばり)て其(その)子(こ)将レ播(うまはむ)(万3840)

  古代中国語の「寺」は寺[ziə] だとされている。しかし、「寺」を声符とした漢字 には特[dək] などがあり、「寺」の祖語(上古音)は寺[dək*] のような入声音の韻尾をもっていたものだったと考 えることができる。日本語の寺(てら)は中国語の「寺」の上古音寺[dək*] の痕跡を留めていることになる。
 寺(てら)は仏教伝来とともに日本にもたらされ たものであろう。日本に仏教伝来以前から「やまとことば」に「てら」ということばがあって、その後中国から寺(ジ)ということばが入ってきたとは考えにく い。

 餓鬼(ガキ)は仏教用語で漢語である。古代日本 語では餓(ガ)のような濁音ではじまることばはなかったが、中国語の影響で語頭に濁音のくることばも使われるようになったきた。

○同源語:
相(あひ・合)、念・思(おもふ)、餓鬼(ガ キ)、額(ぬか)、衝(つく)、女(め)、男(を・雄)、其(そ)の、子(こ)、

 

【てる(照)】
茜 (あかね)刺(さす)日(ひ)は雖照 有(て らせれど)烏玉之(ぬばたまの)夜(よ)渡(わたる)月(つき)の隠(かく)らく惜(をし)も(万169)

味 酒(うまざけ)三輪(みわ)の祝(はふり)の山(やま)照(てらす)秋(あき)の黄葉(もみぢ)の散(ちら)まく惜(をし)も(万1517)

  古代中国語の「照」は照[tjiô] である。日本漢字音は照(てる・ショウ)である。 中国語音韻史のなかで知照系は[t-] が介音[-i-] の発達によって口蓋化したものであることが知られ ている。日本漢字音の照(ショウ)は古代中国語の照[tjiô] が口蓋化によってサ行に転移したものである。照 (てる)は「照」が隋・唐の時代に口蓋化する前の祖語(上古音)照[tiôk*] の痕跡を留めている。中国の音韻学者、王力は『同源字典』のなかで照[tjiô] と耀[jiôk] とは同源だとしている。

○同源語:
刺(さす)、照(てる)、夜(よる)、渡(わた る)、隠(かくれ)る、味(うま)、酒(さけ)、三(み)、山(やま)、散(ちる)、

 

【とこ(床)】
彼 方(をちかた)の赤土(はにふの)少屋(をや)にこさめ零(ふり)床(とこ)さへ所沾 (ぬれぬ)於身 (みに)副(そへ)我妹(わぎも)(万2683)

蟋 蟀(こほろぎ)の吾(わが)床(とこの)隔(へ)に鳴 (なき)つつもとな起(おき)居(ゐ)つつ君(きみ)に戀(こふる)に宿(いね)不勝 (かてなく)に(万 2310)

  古代中国語の「床」は床[dziang] である。床の祖語(上古音)は床[diang*] に近い音であったものと推定できる。床[diang*] は介音[-i-] の影響で摩擦音化して唐代には床[dziang]になった。日本語の床(とこ)は上古中国語音、床[diang*] を継承したものであり、床(ショウ)は唐代の漢字 音、床[dziang] に依拠している。
 「床」には床(ゆか)という読みもある。床(ゆ か)は頭音が脱落したものである。

○同源語:
少(を)、零(ふる・降)、沾(ぬれる・)、身 (み)、我・吾(わが)、妹(いも)、隔(へ・邊)、鳴(なく)、起(おき)る、居(ゐ)る、君(きみ)、宿(いぬ・寐)、

 

【とし(利)】
劔 刀(つるぎたち)諸刃(もろはの)利(ときに)足(あし)蹈(ふみて)死々(しなばしなむよ)公(きみに)依(よりては)(万2498)

  古代中国語の「利」は利[liet] である。古代日本語ではラ行音が語頭に立たなかっ たので、タ行に転移した。利(とし)は「するどい」という意味に使われている。

 日本語で「リ」という音が語頭にくるようになっ たのは外来語の影響で、轆轤(ろくろ)など当時の文明の利器とともに入ってきた。万葉集ではラ行ではじまることばが使われているのは「力士儛」だけであ る。

 池 神(いけがみの)力士儛(りきしまひ)かも白鷺(しらさぎ)の桙(ほこ)啄(くひ)持(もち)て飛(とび)渡わたる)らむ(万3831)

○同源語:
劔(つるぎ)、刀(たち・刀薙)、死 (し)ぬ、公(きみ)、依(よ)る、神(かみ)、力士(リキシ)、儛(まひ)、鷺(さぎ・鵲)、桙(ほこ)、飛(とび)、渡(わたる)、

 

【とどむ・とどまる(停・留)】
家 (いへさかり)います吾妹(わぎも)を停(とどめ)かね山(やま)隠(かくし)つれ情神(こころど)もなし(万471)

嶋 (しま)傳(づたひ) い別(わかれ)徃(ゆか)ば 留有(とどまれる) 吾(われ)は幣(ぬさ)引(ひき) 齊(いはひ)つつ 公(きみ)をば将