第174話  さす(射)の語源

 
【さす(紗・挿・指・刺・差)】
渡 津海(わたつみ)の豐旗雲(とよはたぐも)に入日紗(さ)し今夜(こよひ)の月夜清明(きよら)けくこそ(万15)
秋 芽子(あきはぎ)は盛(さか)り過ぐるを徒(いたづら)に頭挿(かざし)を挿(さ)さず還(かへ)りなむとや(万1559) 

 万葉集では「さす」に紗、挿、指、刺、差などの漢 字が使われている。これらの漢字の古代中国語御は紗[sjiô]、挿[tsheap]、指[tjiei]・刺[tsiek]、差[tsheai]であり、音義ともに日本語の「さす」に近い。最初の歌の「入り日紗し」は現代日本語の表記でいえば「入り日射し」であろう。

 中国語には動詞の活用はないが、日本語の動詞は活 用するので「-す」で日本語として活用するようになった。また、古代日本語には紗(シャ)、挿(ソウ)などの音節はなかったので紗(さ)す、挿(さ)すと なった。 
 さらに、中国語の[-i-]介音は隋唐の時代に至って発達してきたものである ことが知られている。指(シ)、刺(シ)は隋唐以前の上古中国語音では[-i-]介音が発達しておらず、指(サ)[tsəi]、刺(サ)[tsək]に近い音であったものと思われる。そのため、奈良時代以前の日本漢字音では紗(さ す)、指(さす)、刺(さす)となった。  

葛 城(かづらぎ)の高間(たかま)の草野(かやの)早領(はやし)りて標(しめ)指(さ)さましを今ぞ悔(くや)しき(万1337)
ひ さかたの天ゆく月を網に刺(さし)吾が大君は蓋(かさ)にせり(万240)
請 (ねが)はくは、良家(うまひと)の子を差(さ)して使者(つかひ)と爲(せ)む
(欽明紀21年)

 【さか(尺)】
魂 (たま)合はば君來ますやと吾(わ)が嗟(なげ)く八尺(やさか)の嗟き、、
(万3276)
朝 霧の思ひ惑(まど)ひて杖(つえ)足らず八尺(やさか)の嘆き嘆けども、、(万3324)

  「八尺(やさか)の 嘆き」とは大きなため息のこと である。ため息が八尺も吹きだされるという意味であろう。さか(尺)は現代の日本語では尺(シャク)である。古代中国語では尺[thjyak]である。古代日本語には「シャ」という音節はな かったので尺(さか)となった。中国の度量衡の単位である
 声符「尺」の読み方は択(タク)、尺(シャク)、訳(ヤク)、駅(エキ)などがある。択(タク)が古く尺(シャク)は-i-]介音の影響で唐代以降に発達した音である。訳(ヤク)、駅(エキ)は頭子音が脱落したものである。

 積(さか)という単位もあった。「積」の古代中国 語音は積[tziek]であり、日本漢字音は積(シャク・セキ)である。 百積の船は百石積みの船の意味であろう。「石」の日本漢字音も石(シャク・セキ・コク)である。 

百 積(ももさか)の船漕ぐ浦の八占(やうら)さし母は問ふとも其の名は告(の)らじ
(万2407)

 【さか(逆)】
宇 治川の水泡(みなわ)逆(さか)巻き行く水の事返らずぞ思ひ始(そ)めてし
(万2430)
堀 江より水脈(みを)左香能保流(さかのぼる)梶の音(と)の間なくぞ奈良は戀しかりける
(万4461)

  「逆」の日本漢字音 は逆(ギャク)だとされてい る。「逆立ち」などの逆(さか)は訓だと考えられている。しかし、同じ声符「屰」を持つ漢字「朔」「遡」「溯」の音は朔(サク)、遡・溯(ソ・ス)であ る。「逆」の古代中国語音は逆[ngyak]であったとされている。しかし、中国語音にも逆[sak]に近い上古音があったと考えるべきであろう。逆[sak]がなぜ逆[ngak]に変化したのか、現段階では不明である。

 【さが(性・祥)】
此 (これ)則ち神性(かむさが)雄健(たけ)きが然(しか)らしむなり。(神性 加美左加(かみさか))(神代紀、上)
二 十四歳にして、夢の祥(さが)によりて、立ちて皇太子(ひつぎのみこ)と爲(な)りたまふ
(垂仁前紀)

 
 「性」「祥」の古代 中国語音は性[sieng]、祥[ziang]である。中国語の韻尾[-ng]は調音の位置が[-k][-g]と同じであり、隋・唐の時代以前の上古音は性[sek]、祥[zak]に近かったと考えられる。
 同じ声符をもった漢字でも広(コウ)・拡大(カ ク)、交(コウ)・比較(カク)、容(ヨウ)・欲(ヨク)などのように中国語の韻尾が
[-ng]のものと[-k]のものがみられる。[-k]が古く、[-ng]が新しい。

 日本漢字音でも茎(くき・ケイ)、楊(やぎ・やな ぎ・ヨウ)、嗅(かぐ・キュウ)、影(かげ・エイ・ケイ)などが見られる。訓は「やまとことば」ではなく、奈良時代以前の借用語で弥生時代あるいは古墳時 代に日本語にとり入れられた、いわゆる弥生音である。

 日本の古地名には中国語の韻尾[-ng]をカ行あるいはガ行で読むものがかなり見られる。 例:相模(さがみ)、相楽(さがらか)、香山(かぐやま)、伊香(いかご)、當麻(たぎま)、楊生(やぎふ)などである。これらは上古中国語音にもつづく ものである。

 【さかし(賢)】
古 (いにしへ)の七の賢(さか)しき人等も欲(ほ)りてせしものは酒にしあるらし(万340)
賢 (さか)しみともの言ふよりは酒飲みて醉(ゑひ)哭(な)きするし益(まさ)りたるらし
(万341)

  「賢」の日本漢字音 は賢(ケン・かしこい・さか し)である。古代中国語音は賢[hyen]である。古代日本語にも「かしこし」という表現は あるが「恐ろしい」「恐れ多い」という意味であり、賢明なことは「さかし」という。「さかし」は中国語の「賢」と意味は同じである。古代日本語の賢(さか し)と中国語の賢(ケン)とは音韻的には関係がないように見える。しかし、漢字には同じ声符をカ行とサ行に読みわけるものがいくつかある。 

例:賢[hyen](ケン・かしこい)・堅[kyen](ケン・かたい)・宦[huan]官(カン)・臣[sjien](シン・  おみ)・腎[zjiən]臓(ジン)などである。
  勘
[khəm](カン)・甚[zjiəm](ジン)、感[həm](カン)・鍼[tjiəm](シン・はり)、逆[ngyak]    (ギャク)・朔[sak](サク)、牙[ngea](ガ・きば)・邪[zya](ジャ)、活[huat](カツ)・舌     [djiat](ゼツ・した)、嗅[thjiuk](キュウ・かぐ)・臭[thjiu](シュウ・くさい)、狭[heap](キョ   ウ・せまい)・陝[thjiam](セン)、言[ngian](ゲン・こと)・信[sjien](シン)、喧[xiuan](ケ   ン)・宣[siuan](セン)などもその例である。

 さらに、神[djien](シン・かみ)、辛[sien](シン・からい)のように訓がカ行で音がサ行であ らわれるものもみられる。また、汲[xiəp](キュウ・くむ)、吸[giəp](キュウ・すう)のように音がカ行であらわれ、訓 がカ行とサ行にわたってあらわれるものもある。 

 現代の北京音では臣chen(シン)、宦huan(カン)、堅jian(ケン・かたい)、腎shen(ジン)、賢xian(ケン・かしこい)に分かれていて、このような音 がどのように形成されていったかはまことに分かりにくい。王力の古代中国語音は隋唐の時代の漢字音を基にして、かなりの確信をもって遡れる音を復元してい るが、同じ声符をもった漢字がさまざまな発音に転移する前にその基となった上古音があったはずである。「臣」音の場合、恐らく宦[huan](カン)という喉音が先にあって、それが口蓋化し て賢[hyen](ケン)、堅[kyen](ケン)になった。その後、介音[-i-]の影響で調音の位置が前に移って摩擦音となり、臣[sjien](シン)・腎[zjiən](ジン)になったのではないかと考えられる。カ行 音が古く、サ行音のほうが新しい。 

 日本語の「さかし」は中国語の賢[hyen](ケン)が摩擦音化して賢[sjien]に近い音に変化していく過程の痕跡を留めているの ではあるまいか。これも確実なことは分からない。ただヨーロッパの言語でも、例えばscheduleはイギリス英語では「シェジュール」であり、アメ リカ英語では「スケジュール」であるというようなことはある。英語のshipは古代英語ではscipであり、それが現代ではskipperschoonerなどに痕跡を留めているという事実がある。英語の ことは日本語と関係がないかもしれないが、摩擦音化という音韻現象はどの言語でも起こりうる。参照:【さか(逆)】

 【さがし(峻・嶮)】
狭 (さ)き國は廣く、峻(さが)しき國は平らけく、遠き國は八十綱(やそづな)うち挂(か)けて引き寄する事の如く(祝詞、祈年の祭)
「甚 だ嶮(さがしき)坂有り」(霊 異記)
梯 立の倉梯山は佐賀斯祁(さがしけ)ど妹(いも)と登れば佐賀斯玖(さがしく)もあらず(記歌謡)

  「峻」も「嶮」も、 峻(たかい)、嶮(けわしい) だり意味は近い。古代中国語音は峻[tziuən]、嶮[heam]である。古代日本語の「さがし」も中国語の「嶮」 あるいは「峻」と関係のあることばであろう。
参照:【さか(逆)】、【さかし(賢)】

 【さかゆ・さかる(盛・栄)】
吾 (わ)が背子(せこ)に吾が戀ふらくは奥山の馬醉木(あしび)の花の今盛(さか)りなり
(万1903)

酒 (さか)みづき栄流(さかゆる)今日のあやに貴さ(万4254)
「然 (しか)して國ぞ栄(さか)えむ我家ぞ栄(さか)むや、おしてや。」(霊異記)

  「盛」の日本漢字音 は盛(セイ)、「栄」は栄(エ イ)でかなり隔たりがある。しかし、古代日本語ではいずれも同じ意味に使われている。古代中国語音は盛[zjieng]、栄[hiueng]である。「栄」の上古中国語音には喉音[h-]が語頭にあった。頭音の[h-]は隋唐の時代になると[-iu-]介音の影響で脱落した。古代日本語の「さかゆ」 「さかる」は上古中国語音の[h-]の痕跡を残しているものであろう。頭音[h-]の脱落例としては雲[hiuən](ウン・くも)、熊[hiuəm](ユウ・くま)などがある。
参照:【さか (逆)】、【さかし(賢)】、【さがし(峻・嶮)】

 【さがる(懸)】
其 の弟王(おとみこと)二柱は、、、山代國の相樂(さがらか)に到る時、樹の枝に取り懸(さが)りて死なむと欲(おも)ひき。故(かれ)、其地(そこ)を號 (なづ)けて懸木(さがりぎ)と謂ふ。(記、垂仁)

 
 「懸」の古代中国語 音は懸[hiuen]である。立ちても居ても我(わ)が念(も)へる君(万568)
三 前山(みさきやま)此の山前(さき)三つ有り、かれ、三前山(みさきやま)と曰ふ
(播磨風土記、楫保 郡)

  「埼」の古代中国語 は埼[kiai]である。日本語の「さき」には「埼」「前」「先」 などの文字が用いられている。声符の「奇」には椅(イ)という読みは知られているが「シ」という読みの文字はない。しかし、日本語の埼(さき)は古代中国 語の「埼」と関係の深いことばであろう。「埼」は古代日本語では埼(さき)という読みもあったが埼(キ)という読みだけになってしまった。地名の埼玉(さ いたま)は古代には埼玉(さきたま)であった。しかし「埼」は埼(キ)という読みだけんいなってしまって、埼玉(さいたま)とは読みにくくなってしまっ た。そこで「さいたま」とひらがなで書かれることも多くなった。

 「前」「先」の古代中国語音は前[tzian]・先[syen]であり、サ行の頭音をもっている。韻尾の[-n][-k]に転移するのはやや変則だが、王力の『同源字典』 によると間[kean]・隙[khyak]、顔[ngean]・額[ngeak]、暮[mak]・晩[miuan]、近[kiən]・迫[peak]などは音義ともに近く同源だという。江南地方の発 音では[-n][-ng]に近いから、調音の位置の近い[-k]に転移したとしても不思議ではない。
参照:【さか (逆)】、【さかし(賢)】、【さがし(峻・嶮)】、【さかゆ・さかる(盛・栄)】、【懸(さがる)】

 【さき・さち(幸)】
吾 (われ)は是汝が幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)なりといふ。(神代紀上)
「兄 (あに)火闌降命(ほのすそりのみこと)自(おの)づからに海幸(左知(さち))有(ま)します。弟(おと)彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)、自 (おの)づからに山幸(やまさち)有(ま)します。」(神代紀下)

 「幸」の古代中国語 音は幸[heang]であり、現代北京語音は摩擦音化して幸(xing)である。日本漢字音は幸(コウ・さき・さち)であ る。日本語の幸(さき)は中国語の「幸」と関係の深いことばであろう。幸(さち)は「き(ki)」の母音(i)の影響で調音の位置が前へ移動したものであろう。
参照:【さか(逆)】、【さかし(賢)】、【さが し(峻・嶮)】、【さかゆ・さかる(盛・栄)】、【さき(埼)】

 【さぎ(鵲・鷺)】
池 神(いけがみ)の力士舞(りきしまひ)かも白鷺(しらさぎ)の桙(ほこ)啄(く)ひ持ちて飛びわたるらむ(万3831)
「鷁 住山(さぎすみやま)、鷁住(さぎすみ)と号(なづ)くる所以(ゆゑ)は、昔鷁(さぎ)多(さは)に此の山に住めり、故(か)れ因(よ)りて名と爲す」(播磨風土記楫保郡)

 
 「鷺」の古代中国語 音は鷺[lak]、「鷁」は鷁[ngyek]である。万葉集などでは日本語の「さぎ」に鷺、、 鷁がつかわれているが、「さぎ」の語源は鵲[syak]であろう。「鵲」は現代日本語では鵲(かささぎ) に使われているが、語源と通称とは必ずしも一致しないことがある。

 【さく(咲)】
青 丹(あを)によし寧樂(なら)の京師(みやこ)は咲(さ)く花の薫(にほ)ふが如く今盛りなり(万328)

  「咲」の古代中国語 は咲[syô]である。咲[syô]は咲[syôk]に近い。王力の『同源字典』によると超[thiô]と卓[teôk]、少[sjiô]と叔[sjiuk]は音義が近く同源だという。日本語の「さく」は中 国語の「咲」と同源であろう。「咲」は古代日本語では咲(ゑむ)とも読む。「咲」と「笑」は同音である。
 

☆もくじ

★第161話 古代日本語語源字典索引

☆つぎ 第175話 さけ(酒)の語源