第166話
かがみ(鏡・鑑)の語源 【かがみ(鏡・鑑)】 古代中国語の「鏡」は鏡[kyang]である。現代では「かがみ」に「鏡」の字があてら
れているが「かがみ」の語源は「鑑」であろう。鑑[keam]も音義ともに「鏡」に近い。鑑は鑑[heam]に音が近く、そのために日本語では頭音が「かが+
み」となったのであろう。 【かかやく(光耀)】 日本語の「かがやく」には光[kuag/kuang](コウ)、曄[hiep/iep](ヨウ)、 煜[hiəp/iəp](イク・ユウ)、耀[jiôk/iông](ヨ
ウ)などの漢字があてられている。「かがやく」の語源は「光耀」であろう。古代日本語では光も影も「かげ」である。「かぐや姫」は「光姫」、つまり光かが
やく姫である。また、耀(ヨウ)は同じ声符をもった漢字に飛躍(ヒ・ヤク)などの読みがあり、古音は耀(ヤク)であったと考えられる。 【かかる(懸)】
【がき(餓鬼)】 「餓鬼」は仏教用語でサンスクリットから漢語を経て日本語に取りいれられた。日本最初の漢詩集『懐風藻』の作者には僧侶も多く、仏教用語がかなり見られるが『万葉集』に用いられた例は少ない。ほかには「布施(ふせ)」などがあるくらいである。 【かぎり(限)】 古代中国語の「限」は限[hean]である。頭音の[h-]は日本語にはない喉音の濁音であるから「かぎ+
り」と清音を先に立てて日本語として発音しやすくしたものである。韻尾の[-n]は[-l]に転移した。 【かく(畫・画)】 古代中国語の「畫・画」は畫・画[heok]である。日本語の「書く」も「描く」も語源は畫[heok]であろう。「えがく」は「絵+かく」の連想もある
が、語頭の[h-]が濁音であり、日本語にはない喉音であるために母
音を添加したものと思われる。韻尾の[-k]はやがて脱落して日本漢字音は画(ガ)となった。
八世紀には「畫・画」が畫・画(カク)とは読めなくなってしまったので「かく」に畫・画は使われなくなったものと思われる。「カク」の読みは「劃」には
残っている。 【かく(欠・缺・闕)】 古代中国語の「欠・缺・闕」はいずれも欠・缺・闕[khiuat]である。日本語の「かく」は「欠・缺・闕」の韻尾[-k]が[-t]に転移したものである。王力は『同源字典』のなか
で遞・逓[dyek]と迭[dyet]は音が近く同源である、としている。中国語でも江
南音では[-p][-t][-k]は区別されず、いずれも[-k]に近い閉鎖音になる。 【かぐ(嗅)】 古代中国語の「嗅」は王力の『同源字典』によれば
嗅[thjiuk]だとされている。日本漢字音は嗅(シュウ・かぐ・
におい・くさい)である。同じ声符を持った漢字に臭(キュウ・くさい・かぐ)がある。王力は「臭」の古代中国語音も臭[thjiuk]であるとしている。つまり、「嗅」「臭」は同源で
あるということである。 現代の北京語では「臭」には①臭(chou)と②臭(xiu)の二つの発音がある。中国語のchouには抽(チュウ)、酬・愁・醜・臭(シュウ)のほ
かに仇(キュウ)などがある。また、中国語のxiuには羞・修・袖・秀・臭・嗅(シュウ)のほかに休
(キュウ)がある。中国語の喉音[h-][x-]は咽喉の奥で呼氣をとめる閉鎖音であったが、介音[-i-]な
どの影響で摩擦音に変わったものがある。摩擦音に変わったことによって調音の位置が前へ移動したものが、タ行音、サ行音になり、調音の位置が移動せず口腔
の咽喉に近い部分で発音され続けたものがカ行で嗅(キュウ)、休(キュウ)などとして残ったものであろう。いずれにしても日本語の嗅(かぐ)の語源は古代
中国語である。 【かぐはし・か(香)】 古代中国語の「香」は香[xiang]である。頭音の[x-]は喉音で日本語ではカ行で現われる。介音の[-i-]は隋唐の時代に発達してきたものであるから、それ
以前の上古音は香[xang]に近い音であったと思われる。韻尾の[-ng]は調音の位置が[-k]と同じであり、中国語では[-k]から[-ng]へ変化したものも多い。欲(ヨク)→容(ヨウ)、
爆莫(バク)→暴(ボウ)、拡(カク)→広(コウ)などのように変化する。これらはいすれも[-k]が古く[-ng]が新しい形である。また、日本語では第二音節の[-k]は濁音になるので、「香」は香(かぐ)になった。
香(か)は韻尾の[-ng]が脱落した形である。日本語は開音節(母音で終わ
る音節)なので中国語の[-n]や[-ng]は脱落しやすい。 「香」には香港(ホンコン)、香菜(シャンツア
イ)、香車(キョウシャ)などの読みがある。「香港」は広東語では香港(heung-gong)であり、広東・福建方面では今でも喉音である。
「香菜」は北京語では香菜(xiang-cai)である。「香」は介音[-i-]の影響で現代北京語では摩擦音になったが、本来は
喉音であった。将棋の駒の香車(キョウシャ)は「香」が喉音であったときの痕跡を留めている。 【かけ(家鶏)】 「庭つ鳥」は「庭の鳥」である。「かけ」は「家
鶏」であろう。「家鶏」の古代中国語音は家鶏[kea-hyei]である。「かけ」は漢語である。記紀万葉の時代に
は漢語はあまり多くは使われてはいない。仏教の用語などで法師(はふし)、餓鬼(がき)、檀越(だんをち)、袈裟(けさ)、婆羅門(ばらもん)、塔(た
ふ)、菊(きく)、轆轤(ろくろ)などである。 【かげ(影)】 古代日本語の
「かげ」には影(日の当らないところ)と光(日のあたるところ)という二つのいみがある。現代の日本語でも「月影」といえば「月の光」のことである。上の
歌はそれぞれ、「大空を渡る太陽の光も隠れ、照る月の光も見えず、、、」「燈火の陰にちらちらする現実の妹のほほえみが、今、面影に浮かんで見える」とい
う意味である。 古代中国語の「影」は影[yang]だとされている。「影」の声符は「景」である。
「景」の古代中国語音は景[kyang]である。影[yang]は景[kyang]の頭子音の脱落したものである。「影」も上古中国
語では影[kyang]という音があったものと考えられる。日本語の「か
げ」は中国語の影[kyang]にいきょしたものであろう。
万葉集では日本語の「かざし」は「頭刺」あるいは
「挿頭」と表記されているが、日本語の「かざし・かんざし」の語源は冠挿だろう。「冠挿」の古代中国語音は冠挿[kuan-tsheap]である。
古代中国語の「飾」は飾[sjiək]である。『古事記』では「厳餝」を「かざる」にあ
てている。餝は飾の異字である。「厳餝」は古代中国語では厳餝[ngiam-sjiək]である。日本語の「かざる」は「厳餝」あるいは華
飾[hoa-sjiək]であろう。
【かすみ(霞霧)】 古代中国語の「霞」は霞[hea]である。また、「霧」は霧[miu]である。日本語の「かすみ」の語源は「霞霧」であ
る可能性がある。「かすみ」の「す」は「庭つ鳥」の「つ」に相当する助詞で「霞の霧」ということになる。 |
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