第257話 漢字の音と訓 の類似

 
  漢字音の読 み方には「音」と「訓」があり、「音」は中国語の発音を写したものであり、「訓」は漢字と意味の同じ「やまとことば」をあてたものであるとされている。し かし、漢和辞典を引いてみると菊(きく)、肉(にく)などは音と訓が同音であるという。また、音と訓の間には類似したものが数多くみられる。

  菊(キク・きく)、肉(ニク・にく)、竹(チ ク・たけ)、築(チク・つく)、剥(ハク・はぐ)、索(サク・さがす)、屁(ヒ・へ)、 稗(ヒ・ひえ)、巣(ソウ・す)、差(サ・さす)、指(シ・さす)、刺(シ・さす)、挿 (ソウ・さす)、死(シ・しす)、舌(ゼツ・した)、筆(ヒツ・ふで)、鉢(ハツ・は ち)、葛(カツ・かづら、枯(コ・かれる)、苦(ク・くるしい)、迷(メイ・まよふ)、座・ 坐(ザ・すわる)、

 日本の漢字音は奈良時代から平安時代にかけて唐 代の中国語音を規範として定着したものであり、訓のなかには中国語音が日本語の音韻構造にあわせて変化したものものも含まれていものと考えられる。 例え ば、「座」「坐」の唐代中国語音は座・坐であり、日本語と中国語の音韻構造は違うから、日 本語の「すわる」の「わ」は座の[-u-]を写したものだと考えられる。中国語には頭子音と 母音の間に介音[-u-][-i-]などがあり、「菊」「肉」の場合も唐代の中国語音 は菊[kiuk]、肉[njiuk]であり、介音[-i-]は日本語では脱落している。それに対して座[dzuai]の場合は訓では[-u-]が「わ」に なり、音では座(ザ)となって脱落した。 また、日本語の拗音(シャ・シュ・ショ)などは 古代日本語にはない発音なので、訓では直音であらわれる。 

  洲(シュウ・す)、射(シャ・さす)、着 (チャク・つく)、鵲(ジャク・さぎ)

、 「鵲」は今は「かささぎ」にあてられているが、 語源的には中国語の「鵲」が「さぎ」となって日本語に取り入れられ、それが後に中国語音の影響で鵲(さぎ)と呼ばれるようになったものであろう。動物の名 前などは中国語と日本語では一致しないものが、しばしばみられる。「鮎」は中国語では「なまず」を指すという。

 「佛」の場合も仏教渡来以前から佛(ほとけ)と いうやまとことばがあり、それが中国語の佛(ブツ)にあてられたとは考えられない。佛(ほとけ)は中国語の佛[buət]から転移したものであろう。それ をさらに遡るとバーリ語のbuddhaにたどり着き、中国語では佛陀あるいは浮屠などとも表記された。

 関所の「せき」は今では関の字があてられている が、語源は意味のうえからも、音の対応からみても中国語の塞(サイ・ソク・せき)と関係のあるもとばであろう。

 また、「つくえ」は現代では「机」があてら れているが、語源的には「卓」の転移したものであろう。

 





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