第244話
やまとことばの親戚探し~日本語同源字典~ 1. 日本語の語源
を探る 日本で最初の近代国語辞書を作った大槻文彦は『言
海』で日本語の語源にもふれている。
日本語には「やまとことば」と「漢語」がある。 「やまとことば」は日本古来のことばでとされている。「やまとことば」は文字をもたない言語であった。しかし、漢字文化をもった中国文明が日本に入ってく ると漢字で日本語を表記するようになった。 漢字ととともに漢語の語彙も数多く、日本語に取り 入れられるようになった。漢語には日本語に取り入れられた時期などによって漢音と呉音などの異音がある。 漢字の読み方には音と訓がある。漢字を中国語音で 読むことを音といい、漢字に意味をおなじくする「やまとことば」をあてはめて読むことを訓という。馬(バ・マ)は音であり馬(うま)は訓である。竹 (チク)は音であり、竹(たけ)は訓である。 日本語の語源譚には落語や漫談の落とし噺のような
ものが多い。 例:
神(かみ)は上(かみ)、 竹(たけ)は高(たかい)、 烏(からす)は黒(くろい)、
「元来、語源の研究と語源の趣味とは相伴ふものであつて、私は談話に於ては、主として趣味の方 から語源の研究に進んで來た。」 として、言語史の研究と語源談義とを区別してい る。 語源論は日本語はどこから来たのかという、誰でも 興味をもつテーマと深くかかわりあっている。
それではbeechの語源をみると、古代英語はbëceあるいはböcであり、古代高地ゲルマン語のbuohhaを経てドイツ語ではbucheとなった。古代ノルウェー語ではbökである。ラテン語のfägus(木)、ギリシャ語のphëgus(ドングリ)と同源のことばである。 日本語の語源が日本語のなかだけで完結しているの に対して、インド・ヨーロッパ語の語源はヨーロッパ文化圏ないしはインド大陸までも視野に入れてひろがっている。 2. 日本語はどこ
から来たか 戦前は日本語は世界に類例のない特殊なことばであ り、「やおとことば」は神代の時代から日本列島に受け継がれてきたことばである、とい う考え方が多かったのではなかろうか。 ところが、戦後になって皇国史観がくずれてくる と、日本語の独自性とともに、世界の言語との関連を考える見方が出てきた。医師の安田徳太郎は1955年に『万葉集の謎』 (カッパブックス)という本を書いて日本語の祖先はレプチャ語だという説をたててベストセラーとなった。
レプチャ語とはネパールとブータンの中間にある キッシムで使われていることばである。安田徳太郎によれば、日本人の故郷はヒマラヤの山麓だという。1955年といえばまだ日本人が自由に海外旅行をでき る時代ではなかった。しかし、日本人は敗戦によって失った民族としての自信をとりもどそうとしていた時代である。日本人の多くは、謎の国ブータンに万葉集 の日本語をしゃべる人びとがいるという、ロマンに引き込まれた。 国語学者の大野晋は1957年に『日本語の起源(旧版)』を出して、日本語は アルタイ語起源であると主張した。これはヨーロッパの言語学界でも認められている学説に近いものであった。大野晋は日本語と朝鮮語との間には、文化に関する 語彙の類似するものが少なくないとして、次のような例をあげている。
日本語タミル語同系論はほとんど大野晋の独壇場で ある。大野晋は戦後、日本語の起源を新しい視点で求めた先駆者のひとりであり、1957年に初版がでた『日本語の起源(旧版)』(岩波新書)は日本語起源 論のランドマークでもある。その頃の大野晋は日本語アルタイ系説だった。その大野晋が、約半世紀にわたる日本語の起源を求める旅の末にたどり着いたのがタ ミル語である。 大野晋は『日本語以前』のなかで、タミル語の人体 に関する語彙をとりあげて、日本語と対比している。 例:
妻女:mell-iyal、
頭(かしら):kat-ir(穀
物の穂)、顔:ka-vul(頬、
象の両顎)、手:
ことばは変化するので、ことばの祖先をたどれるの は文字文化をもった言語についても、せいぜい3000年前くらいまでで、文字をもたいない言語については、とりわけ祖語の復元は困難である。 3. 方言はことば
の正倉院である。 古代の歴史を探求する考古学にはふたつの方法がある、ひ とつは正倉院遺物のような伝世品から歴史を構築する方法であり、もうひとつは遺跡の発掘などによって歴史の遺物を明らかにする方法である。 方言学は、ことばの伝世品によって過去を探る方法 であり、文字の解読による方法は歴史の遺物から過去のことばを復元する方法である。 民俗学者の柳田国男は『蝸牛考』のなかで、ことば
の時代差と地方差についている。蝸牛(かぎゅう)とは「かたつむり」のことである。柳田国男は日本各地の「かたつむり」の呼び名(方言)を調べて、それが京都を中心とした同心円状に分布
しているという事実に気づいた。 ヨーロッパにはインド・ヨーロッパ語族という言語 の大集団集団があり、19世紀依頼その研究が進んでいる。しかし、アジアの言語は系統論だけでは説明できない複雑さをもっていて、日本語の系統も未だに不 明な点が多い。 日本語には文字がなかった。日本語を最初に記録した文字は漢字である。ことばは変化する。中国語も日本語も時代とともに 変化してきた。中国語にも方言があり、日本語にも方言がある。方言のなかには古い時代のことばの痕跡をとどめているものも多い。 漢字の7割は声符をもっているといわれている。同じ声符をもった漢字も時代により地域により読み方が違うことが多い。漢字の読み方を調べることによっ
ても過去のことばを復元することができる。タ行音またはカ行音が摩擦音化によってサ行音に転
移すことが起こったことはよく知られている。この変化は中国語の中でも起こり、中国語音が日本語に取り入れられる過程でも起こっている。 訓(弥生音)がタ行であらわれる音が日本漢字音で はサ行であらわれる例もある。 4.漢字文化
圏の方言のひろがり アジアの多くの国々は漢字を使っていて、漢字文化 圏というものが形成されている。その読み方は地方により、時代によりさまざまである。スウェーデンの言語学者ベルンハルド・カールグレ ン(1889-1978) はフランス語の論文”Phonologie Chinoise”で26の中国語方言の発音を国際表音記号で比較し ている。
音は漢音も呉音も8世紀に日本が本格的な文字時代 に入ってからの漢字の読み方である。しかし、日本人が中国文明と接触をはじめたのは弥生時代(前2世紀)からのことであり、古事記、日本書紀、万葉集など が成立する1000年も前のことである。その間に弥生時代、古墳時代、飛鳥時代などがあり、この間に日本語のなかに取り入れられた漢語(中国語)があるの ではないかというのが、ここでの問題である。 長安(現在の西安)、洛陽は中国歴代の首都であ り、柳田国男の仮説が正しいとすれば、首都長安から最も離れたベトナム漢字音や朝鮮漢字音、さらには日本語の訓(弥生音)に古代中国語音の痕跡が残ってい るはずである。 ここでは8世紀以前に日本語のなかに取り入れられ たと思われることばの発音を仮に「弥生音」と呼ぶことにする。「弥生音」は「訓」とされている漢字音のなかに埋もれている。図式でしめせば訓には「訓1」と「訓2」とがあっ て、「訓1」は漢字に「やまとことば」をあてはめたものだが、「訓2」は弥生時代以降8世紀までの1000年の間に中国語から日本語に取り入れられた漢語 の読み方であって、弥生音は漢字起源のことばである。
日本語と中国語は統語(文法)、音韻などの面では かなり違う。しかし、日本語のなかにはかなり「弥生音」の中国語語彙が取り入れられている。そこで、中国語のさまざまな方言や漢字文化圏と いわれる国々の漢字音のなかに埋もれた「弥生音」の痕跡を発掘していくことにする。 5.音近けれ ば義近し 方言の音の転移を調べるにしろ、古代の音を復元す
るのにしろ、音韻変化には法則がある。その法則を知らなければ、語源論は語源談義になっ
てしまう。 中国語の音韻学者、王力はその著書『同源字典』
(商務印書館・北京)の冒頭で「音近ければ義近し」と述べている。ことばの源を探す方法論として重要な概念なので、ここで少し長くなるが、王力があげてい
る例をいくつか整理してあげてみたいと思う。[
]は
古代中国語音である。
漢字には声符があって、同じ声符をもった漢字は、ある時期に、同じ発音をしていたことになる。声符が違う漢字でも「音近ければ義近し」である。 例:
人[njien]・
仁[njien]、
暗[əm]・
闇[əm]、
断[duan]・
段[duan]、
獣[sjiu]・
狩[sjiu]、
鍼[tjiəm]・
針[tjiəm]、
祝[tjiuk]・
呪[tjiuk]、
富[piuək]・
福[piuək]、
舞[miua]・
巫[miua]、
清音と濁音は調音の位置が同じであり、転移しやす
い。 例:
花[xoa]・
華[hoa]、
倉[tsang]・
蔵[dzang]、
清[tsieng]・
浄[dzieng]、
屯[duən]・
村[tsuən]、
登[təng]・
昇[sjiəng]、
涕[thyei]・
涙[liuei]、
國[kuək]・
域[hiuək]、
教[keôk]・
校[heôk]、
剛[kang]・
強[giang]、
冬 [tuəm]・
終[tjiuəm]、 中国語には介音[-i-][-u-][-iu-]などがあり、介音の発達により、口蓋化がおこるこ
とがある。同源のことばで介音の発達により異音になった例としてはつぎのようものがある。 例:
冷[leng]・
涼[liang]、
蒼[tsang]・
青[tsyeng]、
看[khan]・
観[kuan]、
家[kea]・
居[kia]、 [-n]と[-t]は調音の位置が同じ(前口蓋)であり転移しやす
い。古代中国語の[-t]は次第に[-n]に変化したと考えられている。 [-m]と[-n]は調音の方法が同じ(鼻音)であり、転移しやす
い。[-m]と[-n]の区別は広東音などでは保たれているが、北京など
北方音では失われている。 韻尾の[-ng]は[-k]であらわれることがある。古代中国語の韻尾[-k]が[-ng]にへんかしたものと考えられている。一般に[-k]のほうが古く、[-ng]のほうが新しい。 韻尾の[-ng]は日本語にはない発音である。介音[-iu-]のあとでは[-m]であらわれる。[-ng]と[-m]は調音の方法が同じ(鼻音)である。 例: 弁[bian]・ 別[biat]、 陰[iəm]・ 隠[iən]、 広[kuang]・ 拡[khuak]、 董[tong]・ 監[tuk]、 鎔[jiong]・ 融 [jiuəm]、 広[kuang]・ 寛[khuan]、 いずれの場合も調音の位置が近いか、調音の方法が
同じである。意味も近く、『同源字典』では中国の古語辞典である『説文解字』などで、その意味を示している。 ○頭音や韻尾が脱落することもある。 頭
音脱落の例:景[kyang]・
影[yang]、
公[kong]・
翁[ong]、
夕[zyak]・
夜[jyak]、
畜[thiuk]・
育[jiuk]、
例:
我[ngai]・
吾[nga]、
汝[njia]・
爾[njiai]、
烏[a]・
鴉[ea]、
半[puan]・
分[piuən]、
蒼[tsang]・
葱[tsong]、
農[nuəm]・
男[nəm]、
独[dok]・
特[dək]、
哮[xeu]・
吼[xo]、
荒[xuang]・
凶[xiong]、 韻尾の入声音([-p][-t][-k])は広東音では今も保たれているが、北京音では完
全にに失われている。上海音では[-p][-t][-k]の区別は失われ、すべてが[-k]あるいは[-t]のような閉鎖音に聞こえる。上海音、西安音では[-n]と[-ng]の区別が失われかけている。北京音、日本漢字音では[-n]と[-m]の区別が失われている。
6.やまとこ
とばの親戚を探す ここでは訓と中国語方言との関係につい て、北京音、西安音、広東音、上海音、朝鮮漢字音、ベトナム漢字音との関係を調べてみることにする。 北京音については拼音(ピンイン)で表記した。西 安音については標準的なアルファベット表記法は見当たらず、ほかに資料がみあたらないのでB.カールグレンの表音記号による表記をアルファベットになおし て表記した。広東語については『現代廣東語辭典』(大学書林)、『東方広東語辞典』(東方書店)によった。上海語は話しことばであり、アルファベットによ る表記法が確立しているとはいえないが『新上海人 学説上海話』(上海大学出版・上海)により、会話に用いられない文字については『上海語常用同音字典』 (宮田一郎編著・光生館)の国際表音記号によるものをアルファベットに変換して表記した。朝鮮漢字音はハングルをアルファベットで表記した。ベトナム語に ついては『漢越詞典』(商務印書館・北京)によった。古代中国語音については白川静『字通』(平凡社)、王力『同源字典』(商務印書館・北京)によった。 順番は拼音(北京音)のアルファベット順を基本とした。 7.やまとこ
とばのなかの中国語方言 [A] 中国語は母音ではじまることばは少ない。弥生音で はwやyを伴うことが多い(後出)。 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 哀[əi]
ai(gae)
oi(e)
ae(ai)
あ
われ(哀憐) 庵[iam]
an(ngae)
am(oe)
am(am)
い
おり 俺[iam]
an(ngae)
--(--)
eom(yem)
お
れ 闇[əm ]
an(ngae)
--(oe)
am(am)
や
み 奥[uk]
ao/yu(ngau)
oi(ao)
o(ao)
お
く ○日本語の「あはれ」「あわれ」は中国語の「哀 憐」に音義ともに近い。 ○庵(いおり)、 俺(おれ)の「り」「れ」は古代中国語の韻尾[-m]の転移したものである。日本語では韻尾の[-m]と[-n]は弁別されない。[-n]と[-l]は調音の位置が同じであり、転移しやすい。[-m]と[-n]は調音の方法が同じ(鼻音)であり、転移しやす い。[-m]と[-l]も調音の位置が近く、転移することがある。 ○「奥」の日本漢字音は奥(オウ)であるが古代中 国語音は奥[uk]であると考えられている。訓の奥(おく)もまた中 国語語源のことばである。日本語の「おき」には現在は「沖」という漢字があ てられているが、「おき」の語源は中国語の「澳」であろう。「おき」にはほかに燠(おき・たね火)ということばもあるが、今はほとんど使われなくなった。 [B] 北京音のbは日本語の弥生音では主にハ行、マ行で あらわれる。p、b、mはいずれも脣音であり、調音の位置が同じである。 調音の方法が同じ音は音価も近く、転移しやすい。 ◎ハ行 現代北京語の頭音bは弥生音ではハ行であらわれ る。古代日本語では濁音が語頭にたつことがなかったので、古代中国語の[b-]はハ行に転移した。
稗[pie]
bai(pae)
bei(bha)
phi(bai)
ひ
え 剥[peok]
bao/bo(po)
mok/bok (bok) pak(boc)
は
ぐ 筆[piet]
bi(pi)
bat(bik)
pil(but)
ふ
で 鄙[piə]
bi(pei)
pei(bi)
pi(bi)
ひ
な 閉[piet]
bi(pi)
bai(bi)
phe(be)
ふ
さぐ(閉塞) 包[peu]
bao(pau)
baau(bao)
pho(bao)
ふ
くむ(包含) 鉢[--]
bo(po)
--(bek)
pal(bat)
は
ち 佛[piuət]
bo/bu/fo/fu(fo)
faht(fhek)
pul(phat)
ほ
とけ 浜[pien]
bin/bang(piae)
ban(bin)
pin(tan)
は
ま 絆[puan]
ban(pae)
buhn(boe)
pan(ban)
ひ
も、ほだす 舨[piuan]
ban(pae)
faan
--(ban)
ふ
ね 辺[pyen]
bian(--)
bin(bi)
pyeon(bien)
へ、
へり 弁[bian]
bian/ban(piae)
bihn(bhi)
pyeon(bien)
ひら(花弁) ○中国語の韻尾(-n)はラ行であらわれることがある。ナ行とラ行は調音 の位置が同じ(前口蓋)であり、転移しやすい。例:辺(へり)、弁(ひら) ○日本語の辺(へ)は中国語の韻尾の-nが脱落したものである。上海音は韻尾の(-n)が脱落することが多く、日本語の川辺(かわべ)な どの辺(へ)も上海音に近い。 ○鄙(ひな)、閉塞(ふさぐ)、包含(ふくむ)は 合成語である。鄙(ひな)の「な」は土の意味であろう。 ○佛(ブツ・ほとけ)の「ほとけ」は訓とされてい るが、日本に仏教が渡来する前からやまとことばのなかに「ほとけ」ということばがあったわけではあるまい。「ほとけ」の「ほと」は外来語の「佛」であり、 それをもとにして「ほと+け」という合成語ができあがったのであろう。 ○「絆」は現代に日本語では絆(きずな)と読まれ、日本語の「ひも」には「紐」があてられているが、語源的には「ひも」は「絆」であろう。 ◎マ行 古代日本語ではバのような濁音が語頭にくることは なかったのでマ行であらわれた。p、b、mは調音の位置が同じであり、転移しやすい。調音の 位置が同じ音は音価も近い。 本[pən/puən]
ben(pae)
bun(ben)
pon(ban)
も
と 鞭[bian]
bian)piae)
bin(bhi)
phyeon(tien)
む
ち ○中国語の韻尾[-n]は、さらに遡ればその祖語は韻尾が[-t]であったものと中国語音韻学では考えられている。 日本語で「本」を「もと」と読むには中国語祖語の韻尾を留めているものあろう。同じ声符をもつ「鉢」は鉢(はち)であり、これも韻尾の[-t]の痕跡を留めている。 ◎母音添加 古代日本語では濁音が語頭にあらわれることがな かったので、濁音の前に母音を添加することがあった。 暴[bôk]
bao(pau)
bouh(bao)
phok/pho(bao)
あ-
ばく、あ-ばれる 病[--]
bing(ping)
bihng/behng
pyeong(benh)
や-
まい ○病(やまい) の「ま」はbの転移したものであり、語頭の「や」は添加された ものであろう。 [C] 現代北京音のcは弥生音ではサ行、タ行などであらわれる。サ行音 はタ行音の摩擦音化したものである。
中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 擦[tsheat]
ca(tsha)
chaat(cak)
chal(sat)
す
る 刺[tsiek]
ci(tshi)
chi(cy)
ja(thu)
さ
す 酢[dzak]
cu(--)
--(cu)
cho(tho)
す 挿[tsheap]
cha(tsha)
chaap(cak)
sap(thap)
さ
す 差[tsheai]
cha/chai (tsha) cha/chaai/chi(ca) cha(sai)
さ
す 潮[diô]
chao(tjiau)
chiuh/jiu(shao) jo(trieu/trao)
し
お、うしお 巣[dzheô]
chao(tshau)
chaauh(shao)
so(sao)
す 鋤[dzhia]
chu(pfhu)
joh(shy/shu)
seo(su)
す-き 蝉[zjian]
chan(sjiae)
sihn(shoe)
seon(thien) せ
み 沈[diəm]
chen(tjiae)
chahm(shen) chim(tram)
し
ずむ 城[zjieng]
cheng(thjiəng) sihng(shen)
seong(thanh)
し
ろ 澄[diəng]
cheng/deng(--)
chihng(shen) jing(trinh)
す
む ○ 中国語の韻尾は[[-p][-t][-k]と[-n][-m][-ng]であり、[-l]という韻尾はない。しかし、訓(弥生音)では中国語の韻尾[- n]や[-ng]がラ行であらわれることが多い。朝鮮漢字音では中国語の韻尾[-t]は規則的に(-l)であらわれる。城(しろ)の「ろ」も中国語の韻尾[-ng]が転移したものであろう。 ◎タ行 弥生音でタ行であらわれることばのなかには古代中 国語音で[d-]または[th-]のものが多い。訓(弥生音)ではタ行であらわれ る。日本漢字音のサ行音はタ行音の摩擦音化したものである。ベトナム漢字音は訓(弥生音)とともに古代中国語音の痕跡を多くとどめているといえる。 採[tsə]
cai(tshae)
choi(ce)
chae(thai)
と
る 撮[tsuat]
cuo(--)
chyut(cok)
chwal(toat)
と
る 徹[diat] che(tshjiə)
chit(cek) cheol(triet)
と
おる 畜[xiuk]
chu/xu(sjiu)
chuk(cok/xiuk)
chuk(suc)
た
くわえる 出[thjiuət]
chu(pfhu)
cheut(cek)
chul(xuat)
で
る 垂[zjiuai]
chui(pfhei)
seuih(shoe)
su(thuy)
た
れる 臣[sjien]
chen(sjiae)
--(shen)
sin(than)
た
み、とみ、おみ 辰 [zjiən]
chen(sjiae)
sahn(shen)
sin(thin)
た
つ 塵[dien] chen(thjae)
chahn(shen)
jin(tran)
ち
り 椿[thjiuən]
chun(pfae)
--(cen)
chun(xuan)
つ
ば-き 傳[diuan] chuan/zhuan(pfae)
chyuhn/jyuhn(shoe) jeon(truyen) つ
たえる 常[zjiang]
chang(tjiae)
seuhng(shang)
sang(thuong) つ
ね・とこ 衝[thjiong]
chong(pfhəng) chung(cong)
chung(xung つく 舂[siong]
chong(--)
--(cong)
teung/song(thung) つく 床[dzhiang]
chuang(pfhae)
chohng(shang)
sang(sang)
とこ、ゆか ○日本漢字音ではサ行であらわれるもので、弥生音 ではタ行であらわれるものは多い。弥生音は摩擦音化される以前の古い形をとどめている。 例:採(サイとる)、撮(サツ・とる)、出 (シュツ・でる)、垂(スイ・たれる)、臣(シン・とみ)、辰(シン・たつ)、塵(ジン・ちり)、常(ジョウ・つね)、唱(ショウ・となえる)、衝(ショ ウ・つく)、床(ショウ・とこ)など 現代日本語ではサ行の濁音「ジ」とタ行の濁音 「ヂ」の区別は失われている。 ○傳(デン)と同じ声符をもつ「専」の日本漢字音 は専(セン)である。専(セン)は傳(デン)の摩擦音化したものである。 ◎カ行 カ行とサ行は現代の日本語ではかなり発音だが、カ 行音はしばしば摩擦音化してサ行に転移する。 ヨーロッパの言語は同じ起源をもつもとばをカ行で 発音するかサ行で発音するかによってcentum language(ケ ントウム語)とsatem language(サテム語)というふたつのグループに分かれる。 ケントウム語は印欧語族のうち主として西方の言語群、ギリシャ語、イタリック語、ケルト諸語、ゲルマン諸語などであり、東方のインド・イラン語、アルメニ ア語、アルバニア語、バルト語、スラヴ語などで、k音をs系列に変えたて発音する。 印欧祖語の百(kmtom)はラテン語ではcentum、 イラン系の言語ではsatemである。日本漢字音でサ行であらわれることばが弥生音では カ行であらわれることがある。 草[tsu]
cao(tshau)
chou(cao)
cho(thao)
く
さ 此[tsie]
ci(tshi)
chi(cy)
cha(thu) こ
れ 蹴[tziuk]
cu(--)
jauh(cok)
chwi(xuc)
け
る 蔵[dzang]
cang/zang(tshae)
chohng/johng(shan)
jang(tang)
く
ら 倉[tsang]
cang/chuang(pfhae)
chong(cang)
chang(tuong)
く
ら 超[thiô]
chao(tshiau)
chiu(cao)
cho(sieu)
こ
える 車[kia]
che(tshə)
che(co)
cha/keo(xa)
く
るま(庫) 臭[thjiu] chou/xiu(tsjiou)
chau(cou)
chwi(xu/ khuu) か
ぐ・くさい(嗅) 川[thjyuən]
chuan(pfhae)
chyun(coe)
cheon(xuyen) かは、 か
わ 釧[thjyuən]
chuan(fphae)
--(coe)
--(xuyen)
く
しろ ○同じ声符をカ行とサ行に読み分ける漢字もある。 カ行音が古く、サ行音はカ行音が口蓋化によって摩擦音化したものである。 例: 庫(コ)・車(シャ)、技(ギ)・枝(シ)、嗅 (キュウ)・臭(シュウ)、訓(クン)・ 川(セン)、 ○倉(ソウ・くら)、蔵(ゾウ・くら)、神(シ ン・かみ)も訓(弥生音)が古く、日本漢字音はカ行音が摩擦音化したものである。 ○「車」の古代中国語音は車[kia]とされている。同じ声符をもった「庫」は庫(こ) であり、「車」の朝鮮漢字音には車(keo)という読みがある。日本語の「くるま」は中国語の 「車」あるいは「車輪」と関係の深いことばであろう。 ○日本漢字音では同じ声符をもった漢字をカ行とサ 行に読み分けることがある。サ行音はタ行音が口蓋化したものである。
轉(テン)→専(セン)、 窒(チツ)→室(シツ)、 鉄(テツ)→失(シツ)、 ◎ナ行 ナ行音はタ行音の転移したものである。タ行とナ行 は調音の位置が同じ(前口蓋音)であり、転移しやすい。 日本漢字音がサ行であらわれ、訓(弥生音)がナ行 であらわれるものもある。日本漢字音のサ行音は古代中国語のタ行音が摩擦音化したものである。ベトナム漢字音は古代中国語音の痕跡をよくとどめている。 除[dia]
chu/zhu(pfhu)
cheuih(shy)
jae(tru)
の
ぞく 陳[dien]
chen/zhen(tsiae) chahn(shen)
jin(tran) の
べる 長[diang]
chang(tjiae)
cheung/jeung(shan)
jang(truong) な
がい 嘗[zjiang]
chang(tjiae)
seuhng(shang)
sang(thuong) な
める 成[zjeng]
cheng(tshəng) sihng/sehng(shen)
seong(thanh) な
る 乗[djiəng]
cheng(thəng) sihng(shen) jeung(thua)
の
る ○中国語韻尾の[-ng]は日本語にはない音であり、日本漢字音では長 (チョウ)、嘗(ショウ)、成(セイ・ジョウ)、乗(ジョウ)などと表記されている。 中国語音韻学では、古代中国語をさらに遡る祖語で は[-k]に近い音であったとされている。長(ながい) はその痕跡をとどめている。中国語韻尾の[-ng]は鼻音であり、[-n]や[-m]とも近い。嘗(なめる) は[-ng]の転移したものである。 中国語韻尾の[-ng]は上海音では[-n]であらわれることが多い。上海音では韻尾の[-ng]と[-n]はほとんど弁別われていない。日本語の成(なる)、 乗(のる)は韻尾の(-n)が転移したものである。(-n)と(-l)は調音の位置が同じであり、転移しやすい。 ◎ハ行 古代中国語の有気音hは訓(弥生音)ではハ行であらわれることがある。 ベトナム漢字音では喉音xであらわれる。 歯[thjiə]
chi(tshi)
chi(cy)
chi(xi)
は 吹[thjiuai]
chui(pfhei)
cheui(cy)
chwi(xuy)
ふ
く 春[thjiuən]
chun(pfhae) cheun(cen)
chun(xuan)
は
る ○日本語の歯(は)、吹(ふく)、春(はる)など は古代中国語の有気音hの発達したものであろう。 ○「歯」には同じ系列のことばに「牙」がる。牙 (ガ)もまた牙(は)に近く、中国では歯科のことを牙科という。 ○「春」には同じ系列のことばに椿(つばき)があ る。古代中国語の春[thjiuən]のtが椿(チン・つばき)になり、hが発達したものが春(はる)になった。春(シュ ン)は介音[-i-]の影響で摩擦音化したものである。西安音では吹(pfhei)、春(pfhae)ともに日本語の吹(ふく)、春(はる)に近い。 ◎頭音脱落 赤[thjyak]
chi(tshi)
chek(cak)
jeok(xich)
あ
か 臣[sjien]
chen(sjiae)
--(shen)
sin(than)
お
み、たみ 床[dzhiang]
chuang(pfhae)
chohng(shang)
sang(sang)
ゆか、とこ ○赤(あか)、臣(おみ)、床(ゆか)はいずれ も、介音[-i-]の影響で頭音が脱落したものである。 ◎母音添加 潮[diô]
chao(tjiau)
chiuh/jiu(shao) jo(trieu/trao)
う-
しお・しお 出[thjiuət]
chu(pfhu)
cheut(cek)
chul(xuat)
い-
づる・でる [D] 古代日本語では濁音が語頭に立つことはなかったの で、弥生音ではタ行またはナ行であらわれる。
中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 倒[tô]
dao(tau) dou(dao)
to(dao)
た
おれる 地[diet]
di(ti)
deih(dhi)
ji(dia)
つ
ち(土地) 堤[tye]
di(ti)
taih(dhi)
je(de)
つ
つみ 釣[tjô]
diao(tjiau)
diu(diao)
jo(dieu)
つ
る 吊[tyô]
diao(tjiau)
diu(diao)
jo(dieu)
つ
る 畳[dyap]
die(tjiae)
dihp(dhik)
cheop(diep)
た
たみ 蝶[thyap]
die(tjiae)
dihp(dhik)
jeop(diep)
て
ふ、チョウ 蛋[dan]
dan(--)
daahn(de/dhe)
tan(dan)
た
まご(蛋子) 弾[dan]
dan(tae) daahn/taahn(dhe) than(dan)
た
ま 点[tyam]
dian(tiae)
dim(di)
jeom(diem)
と
もす 店[tyəm] dian(tiae)
dim(di)
jeom(diem)
た
な(大店) 殿[dyən] dian(tiae)
dihn(dhi)
jeon(dien)
と
の 逗[do]
dou(tou)
dauh(dhou)
tu(dau)
と
どまる 盾[djiuən]
dun(tuae)
teuhn(dhen)
sun(thuan)
た
て 断[duan]
duan(tuae)
dyuhn/tyuhn(dhoe) tan(doan)
た
つ 段[duan]
duan(tuae)
dyuhn(dhoe)
tan(doan)
た
な 党[tang]
dang(tae)
dong(dang)
tang(dang)
と
も 灯[təng]
deng(deng)
dang(den)
teung(dang)
と
もる ○堤(つつみ)、
畳(たたみ)逗(とどまる)は中国語の濁音を日本では清音を重複して転写
したものである。古代日本語では濁音が語頭にたつことがなかったので、子音を重複して中国語の原音である濁音に近づけようとした。続(ゾク・つづく)、進
(シン・すすむ)などもその例である。 ○「蝶」の旧かなづかい蝶(てふ)は古代中国語の 韻尾[-p]を忠実に表記しようとしたものである。 ○「蛋白」の「蛋」は「ピータン」の蛋(タン)で もある。日本語の「たまご」は「蛋子」であろう。蛋[dan]はまた卵[luan]とも声義ともに近い。 ○古代日本語には[-n]や[-m]で終わる音節がなかったので母音をつけて店(たな)、 殿(との)、段(たな)などとした。 ○盾[djiuən] 、断[duan]の韻尾[-n]がタ行であらわれて、盾(たて)、 断(たつ)は中国語の祖語の韻尾[-t*]の痕跡をとどめたものである。 ○点[tyam]と灯[təng]は声義ともに近く、「点灯」などの成語としても使 われる。韻尾の[-ng]はマ行であらわれることがある。[-ng]は調音の方法(鼻音)がマ行と同じであり、転移し やすい。 ◎ナ行 タ行・ダ行・ナ行は調音の位置が同じ(前口蓋)で あり、転移しやすい。 戴[--]
dai(tae)
daai(da/de)
tae(doi/dai)
の
る・のせる 典[tyen]
dian(tiae)
din(di)
jeon(dien)
の
り 鈍[zjiuən]
dun(tuae)
deuhn(dhen)
tun(don)
に
ぶい 登[təng]
deng(təng)
dang(den)
teung(dang)
の
ぼる ○鈍(にぶい)、 登(のぼる)の韻尾が訓(弥生音)でバ行であらわれるのは、古代中国語の韻尾[-n]あるいは[-ng]が鼻音であり[-m]に近いためである。日本漢字音でも三郎(サブロ ウ)のように三[səm]の韻尾がバ行であらわれることがある。 ◎母音添加 古代日本語では濁音が語頭にくることはなかったの で、母音を添加して発音しやすくした。 打[tyeng]
da(ting)
da(dan)
tha(da)
う-
つ 到[dô]
dao(tau) dou(dao)
to(dao)
い-
たる 悼[dô]
dao(tiau)
douh(dhao)
to(dieu)
い-
たむ 禱[tu]
dao(tau)
tou(dao)
to(dao)
い-
のる 弟[dyei]
di(ti)
daih(dhi)
je(de) お- と<古語> 澱[dyən]
dian(tiae)
dihn(dhi)
jeon(dien)
よ-
どむ 当[təng]
dang(tae)
dong(dang)
tang(dang)
あ-
たる
古代中国語の声母のうち疑母[ng-]と日母[nj-]は朝鮮漢字音では脱落する。北京音や弥生音でも脱 落することが多い。
顎[ngak]
e(--)
ngohk(ngok)
ak(ngac)
あ
ご 額[ngeak]
e(gei)
ngaahk(ngak)
i(ngach)
ぬ
か<古語> 爾[njiai]
er(er)
yih(er)
i(nhi)
な
んじ 而[njiə]
er(or)
yih(er/ni)
i(nhi)
な
んじ 餌[njiə]
er(or)
yih(ni)
i(nhi)
え-さ 耳[njiə]
er/reng(or)
yih(er/ni)
i(nhi)
み
み ○顎(あご)は中国語の疑母[ng-]の頭音が脱落したものである。 ○額田(ぬかた)などの額(ぬか)は中国語の疑母[ng-]がナ行に転移したものである。疑母[ng-]は鼻音であり、調音の方法がナと同じであり、転移 しやすい。 ○中国語の日母[nj-]は日本語ではナ行またはマ行であらわれる。日母[nj-]の祖語は[m-*]であり、それが古い時代に口蓋化して[nj-]になったものと考えられる。 例:馬(むま・うま)、梅(むめ・うめ)、鰻(むなぎ・うなぎ)、、
古代日本語のハ行はファ、フィフ、フェ、フォだっ たといわれている。現代北京語、広東語、上海語などではfであらわれる。中国語のfは古代中国語のpが口蓋化して起こったものであり、唐代以降の音だ とされている。 ◎ハ行 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 妃[phiuəi]
fei(fi)
fei(fi)
pi(phi)
ひ-め(妃女) 吠[biuat]
fei(fi)
fai(fhi)
phae(phe)
ほ
える 佛[--]
fo(fo)
faht(fhek)
pul(phat)
ほ
とけ 拂[piuət]
fu(fo)
fat(fhek)
pul(phat)
は
らう 祓[buat]
fu(pa)
baht(bek)
pul(phat)
は
らう 腹[piuk]
fu(fu)
fuk(fok)
pok(phuc)
は
ら
へ-そ(腹臍) 鮒[pio]
fu(fu)
fuh(fu)
pu(phu)
ふ-な(鮒魚) 鰒[biuk]
fu(fu)
fuk(fhok)
pok(phuc)
ふ
ぐ 帆[biuəm]
fan(fae)
faahn(fhe)
peom(pham)
ほ 幡[phiuan]
fan(fae)
faan(fhe)
peon(phan
はた 繙[buan]
fan(fae)
--(--)
peon(phien)
ひ
も 奮[piuən]
fen(fae)
fahn(fen)
pun(phan)
ふ
るう 方[piuang]
fang(fae)
fong(fang)
pang(phuong)
へ 舫[piuang]
fang(fae)
fong(fang)
pang(phang)
ふ
ね 鋒[phiong]
feng(fəng)
fung(fong)
pong(phung)
ほ
こ ○拂(はらう)、祓(はらう)はいずれも韻尾の[-t]がラ行に転移したものである。朝鮮漢字音では中国 語の韻尾[-t]は規則的に(-l)に転移する。 ○古代中国語の韻尾が[-k]のものも、腹(ふく・はら)のように韻尾が日本語 でラ行であらわれるものがあるが、上海語では韻尾の[-p][-t][-k]の区別が失われているので、日本語でも韻尾が弁別 されにくかった可能性がある。日本語の「へそ」は中国語の「腹臍」と同源であ る。 ○帆(ほ)は帆(ハン)の韻尾が脱落したものであ る。上海語では「帆」は帆(fhe)であり、韻尾が脱落している。日本語の帆(ほ)は 上海音に近い。日本語の方(へ)、辺(へ)も中国語の韻尾が脱落 したものである。 ○幡(はた)は中国語の韻尾[-n]が祖語で[-t*]に近かった古い時代の中国語音の痕跡をとどめてい る。 [G]
北京語のgは古代中国語のkばかりでなく喉音h、xの転移したものを含む。北京語のgは訓(弥生音)ではカ行またはハ行であらわれる。
古代日本語では濁音が語頭にくることがなかったの で、日本語では清音に転移する。 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 葛[kat]
ge(ko)
hot(gek)
kal(cat)
か
ず-ら・くず 蛤[həp]
ge(ko)
gap/ha(gek)
hap(cap) か
い・かひ(貝) 購[ko]
gou(kou)
gau(gou)
ku(cau) か
う 鉤[ko]
gu(xou)
kok(gu)
hak(co)
か
ぎ 狐[kua]
gu(ku)
wuh(gu)
ho(co)
き-つね 掛[ke]
gua(kua)
gwa(go)
kwae(quai)
か
ける 括[kuat]
gua(xuo)
kut(guak)
kwal(quat)
く
くる 桂[kyue] gui(kuei)
gwai(gue)
ke(que)
か-つら 亀[kiuə]
gui(kuei)
gwai(gue/ju)
kwi/ku/kyun(quy)か
め 肝[kan]
gan(kae)
gon(goe) kan(can)
き
も 坩[kam]
gan(kae)
gam(goe)
kam(cam)
か
め(甕) 罐(缶)[xuan]
guan(--)
gun(guoe)
kwan(quan)
かめ 、かま 管[kuan]
guan(kuae)
gun(guoe)
kwan(quan)
くだ 光[kuang]
guang(kuae)
gwong(guang)
kwang(quang)
か
げ<古語>
公[kong]
gong(kuong)
gung(gong)
kong(cong)
き
み<古語> ○日本語の葛(かづら・かずら)、桂(かつら)狐 (きつね)は中国語の「葛」「桂」「狐」を語幹として合成語である。 ○蛤[həp]は現代では「はまぐり」とされているが、語源的に は日本語の「かひ」にあたる文字であろう。 ○日本語の「かう」には現代では「買」があてられ ているが、語源的には「購」であろう。 ○日本語の鉤(かぎ)、掛(かける)、 括(くくる)は中国語の頭子音を重複させて日本語に取り入れたものである。中国語は漢字一字が一音節をなし、それ が単語の単位にもなっているが、日本語の単語は二音節ないし三音節で構成されているという特色がある。 ○日本語の「かへる・かえる」は中国語の帰[kiuəi] あるいは還[hoan]と関係の深いことばである。換[xuan]も日本語の「かえる」と関係のあることばであろ う。 ○「亀」の朝鮮漢字音には亀(kyun)という読みもあり、日本語の「かめ」は中国語の亀[kiuə]あるいは甲[keap]と関係のあることばであろう。 ○管(くだ)は中国語祖語の韻尾が[-t*]であった古い時代の中国語の韻尾の痕跡をとどめて いる。 ○日本語の「かげ」は月光(つきかげ)のように光 にも使う。古代中国語の光[kuang]の韻尾[-ng]は中国語祖語では[-k*]に近かったと中国語音韻学では考えられている。 日本語の古地名には相模(さがみ)、當麻(たぎ ま)など中国語の韻尾[-ng]がガ行であらわれるものがある。また、「かぐや 姫」の「かぐ」は「光」であり「かぐやひめ」は「光姫」であろう。日本語の「かがやく」は中国語の「光耀」と同源で ある。また、日本語の「ひかり」も光[kuang]の頭音がハ行に転移したものである可能性がある。 ○日本語の古語で「公」を公(きみ)とするのは中 国語の韻尾[-ng]がマ行であらわれたものである。[-ng]は調音の方法がマ行と同じ鼻音であり、転移しやす い。
◎ハ行 古代日本語のハ行は中国語の咽音[h]にもあてられている。古代中国語の[k-]や[g-]も訓(弥生音)ではハ行であらわれる場合がある。 カ行とハ行は調音の位置が近かった。中国語の[h-]は喉音であり、調音の位置が日本語のカ行(後口蓋 音)に近い。 蓋[kat]
gai(kae)
goi(ge)
kae(cai)
ふ
た 古[ka]
gu(ku)
gu(gu) ko(co)
ふ
るい 骨[--]
gu(ku)
kwat(guek)
kol(cot)
ほ
ね 櫃[giuət]
gui(kui)
gwaih(jhu/gue)
kwe(quy)
ひ
つ 檜[huat] gui(xui)
--(gue)
hwi(coi)
ひ
のき 干[kan]
gan(kae)
gon(goe) kan(can)
ひ
る・かわく 更[keang]
geng(kəng)
gang(gen)
kyeong/kaeng(canh)
ふ
ける 広[kuang]
guang(kuae)
gwong(guang)
kwang(quang)
ひ
ろい ○日本漢字音ではカ行であらわれ、訓(弥生音)は ハ行であらわれる。古代中国語音の[k-]と[h-]は日本語では弁別されていない。 例:
蓋[kat](ガ
イ・ふた)、古[ka](コ・
ふるい)、骨[--](コ
ツ・ほね)、櫃[giuət](ギ・
ひつ)、 檜[huat](カ
イ・ひのき)、果[khuai](カ・
はて)、干[kan](カ
ン・ひる)、更[keang](コ
ウ・ふけ る)、広[kuang](コ
ウ・ひろい)、
甘[kam]
gan(kae)
gam(goe)
kam(cam)
あ
まい 根[kən]
gen(kae)
gan(gen)
keun(can)
ね 弓[kiuəm]
gong(kuong)
gung(gong)
kung(cong)
ゆ
み ◎
母音添加 垢[ko]
gou(kou)
--(gou)
ko(cau)
あ-
か 館[kuan]
guan(--)
gun(guoe)
kwan(quan)
や-
かた
古代中国語の喉音[h-]や[x-]は日本語にはない音である。現代北京語のhは訓(弥生音)ではカ行またはハ行であらわれる。 喉音[h-]は調音の位置がカ行(後口蓋)に近い。 ◎ハ行 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 濠[hau]
hao(xau)
houh(hhao)
ho(hao)
ほ
り 荷[hai]
he(xo)
hoh(whu)
ha(ha)
は
す(荷子) 吼[xo]
hou(--)
hau(hou)
hu(hong)
ほ
える 戸[ha]
hu(xu)
wuh(whu)
ho(ho)
へ 惚[xuət]
hu(xu)
fat(whuek)
heul(hot)
ほ
れる 華[hoa]
hua(xua)
wah(ho)
hwa(hoa) は-な 花[xoa]
hua(xua)
fa(ho)
hwa(hoa)
は-な 灰[khua]
hui(xui)
fui(hue)
hui(khoi)
は
い 火[xuəi]
huo(xuo)
fo(hu)
hwa(hoa)
ひ 衡[heang]
heng(sjing) hahng(hhen)
hyeong(hanh/hoanh) は
か-り 宏[hoang]
hong(xuong)
wahng(hhong)
koeng(hoanh/hong) ひ
ろい 弘[huəng]
hong(--)
--(hhong)
heung(hoang)
ひ
ろい 幌[huang]
huang(--)
fong(huang)
huan(hoang)
ほ
ろ ○これらの例では日本漢字語音はカ行であり、訓は ハ行であらわれる。日本語のハ行音は源氏物語の時代にはファ、フィ、フ、フェ、フォであったといわれているが、日本が本格的な文字時代に入る8世紀以前に はカ行音に近い音であったと考えられる。 ○北京音がhの漢字のなかには広東音がfのものもある。咽音(h)は訓(弥生音)だけでなく広東語でも脣音(f)に転移している。 例:惚(fat)、花(fa)、化(fa)、灰(fui)、火(fo)、幌(fong)、 ○中国語で「衡度」といえば「はかり」のことであり、「衡量」は目方や分量をはかることである。日本語の「はかり」は「衡」と同源であろう。 ○宏[hoang] ,、弘[huəng] はいずれも日本語の「ひろい」に音義ともに近い。
現代北京語音のhは古代中国語音の[h-][x-][kh-]が合流したものである。[h-]は濁音であり、[x-]は清音、[kh-]は有気音である。日本漢字音では音訓ともにカ行で あらわれる。 河[hai]
he(xo)
hoh(whu)
ha(ha)
か
は・かわ 鵠[huk]
hu/gu(tshou)
--(--)
kok(hoc) く
げ 画[hoek]
hua/huo(xua)
wa/waahk (hho)
hwa(hoa)
か
く 華[hoa]
hua(xua)
wah(ho)
hwa(hoa)
か
ざる(華飾) 樺[hoa]
hua(xua)
--(--)
hwa(hoa)
か
ば(白樺) 壊[huəi]
huai(xuae)
waih(wha)
kui/hui(hoai)
こ
わす、こわれる 毀[xiuəi] hui(xuei)
wai(hue)
hwe(huy)
こわす 漢[xan]
han(xae)
hon(hhoe)
han(han) か
ら<古語> 韓[han]
han(--)
hon(hhoe)
han(han)
か
ら<古語> 昏[xuən]
hun(xuae)
fan(hun) hon(hon)
く
れ 混[huən]
hun(xuae)
wahn(when)
hon(hon)
こ
む 魂[khuən]
hun(xuae)
wahn(when)
hon(hon)
こ
ころ 換[xuan] huan(xuae)
wuhn(whoe)
hwan(hoan)
か
える 還[hoan] huan(xuae)
waahn(whe)
hwan(hoan) か
える 黄[huang]
huang(xuae)
wohng(whang)
hwang(hoang/huynh)
き・
きいろ ○日本語の「かざる」は中国語の「華飾」と関係の あることばであろう。 ○漢(から)、韓(から)はいずれも漢字音の転移 である。[-n]と[-l]は調音の位置が同じ(前口蓋)であり転移しやす い。奈良時代には漢は唐にかわっていたので「唐」も唐(から)と呼んだ。 ○現代の日本語では「くれ」は「暮」と書くことが 多いが、「くれ」は中国語の「昏」と同系のことばであろう。 ○日本語の「こころ」は中国語の魂(コン)と同源
である可能性がある。「こころ」の「ここ」は古代中国語の頭音[kh-]にあたり、「ろ」は韻尾の[-n]が転移したものであろう。[-n]と[-l]は調音の位置が同じであり、転移しやすい。 魂[khuən]
hun(xuae)
wahn(when)
hon(hon)
こ
ころ ○換[xuan]と 還[hoan]は意味は違うが日本語では同じく「かえる」であ る。 ◎マ行 スウェーデンの言語学者B.カールグレンは古代中国語のmには入りわたり音hがあったのではないかと考えている。 例えば日本語の海(うみ)の日本漢字音は海(カ イ)である。一方、「海」と声符が同じ「毎」は毎(マイ)である。これは「毎」の祖語には毎[hmuə*]のような入りわたり音があって、hが発達したものが海(hai)になり、入りわたり音hが脱落したものが毎(mei)になったのだと考えると、一貫した説明がつく。 現代北京語のhも訓(弥生音)ではマ行であらわれるものがある。 護[hoak] hu(xu)
wuh(whu)
heu(ho)
ま
もる 回・
廻[huəi]
hui(xu)
wuih(whe)
hui(hoi)
ま
わる・めぐる 環[hoan] huan(xuae)
waahn(gue)
hwan(hoan)
め
ぐる ○これらの漢字の古代中国語音は[hu]であるものが多い。広東音では頭音の[h-]が脱落してwであらわれる。マ行音とワ行音はいずれも脣をすぼ めて調音するおとであり、転移しやすい。 ○日本漢字音でカ行であらわれ、訓でマ行であらわ れることばはかなりある。 例:
芽(ガ・め)、回(カイ・まわる)、巻(カン・まき)、看(カン・みる)、観(カン・み る)、眼(ガン・め)、宮(キュウ・みや)、御(ギョ・み)、胸
(キョウ・むね)、京(キョ ウ・みやこ)、曲(キョク・まがる)、群(グン・むれ)、迎(ゲイ・むか える)、見(ケン・みる)、向
(コウ・むく)、 ◎頭音脱落 喉音[h-]は日本漢字音ではカ行であらわれるが、訓ではしば しば脱落してア行、ヤ行、ワ行であらわれる。喉音[h-]は介音などの影響でしばしば脱落する。ヤ行音は古代中国語の介音[-i-]を反映したものが多く、ワ行音は古代中国語の介音[-u-]を反映したものが多い。中国語には[-iu-]という介音もありヤ行とワ行は親和性がある。 合[həp]
he/ge(xo)
hap(hhek)
hap(hop/hiep)
あ
う、あふ 会[huat]
hui/kuai(xui)
wuih(whe)
hui(hoi)
あ
う、あふ 恨[hən]
hen(xae)
hahn(hhen)
han(han)
う
らむ 痕[kən]
hen(xae)
hahn(hhen)
heun(ngan)
あ
と 環[hoan]
huan(xuae)
waahn(gue) hwan(hoan わ 緩[hiuan]
huan(xuae)
wuhn(whe)
wan(hoan)
ゆ
るむ 行[heang]
hang(sjing)
haahng/hong/hang (hhang/hhan)
haeng/hang(hang) ゆ
く
横[hoang]
heng(xuong)
waahng(whan)
huing(hoanh)
よ
こ ○ア行・ヤ行の転移例 例:
右(ウ・ユウ)、有(ウ・ユウ)、憂(うれい・ユウ)、永(エイ)・泳(ヨウ)、役(エ キ・やく)、横(オウ・よこ)、 ○ア行・ワ行の転移例 例:
悪(アク・わるい)、委(イ)・倭(ワ)、域(イキ)・惑(ワク)、液(エキ)・腋(わ き)、宛(エン)・椀(わん)、 ○ヤ行・ワ行の転移例 例:
訳(ヤク・わけ)、湧(ユウ・わく)、涌(ヨウ・わく)、畏(イ)・猥(ワイ)、 ◎母音添加 海[xuə]
hai(xae)
hoi
hae(hai)
う-
み ○「海」の声符は毎[muə]である。声符「毎」の中国語の祖語には毎[hmuə*]の入りわたり音が発達したものが海(カイ)であ
り、入りわたり音を喪失したものが毎(マイ)である。日本語の海(うみ)は「毎」に母音が添加されたものである。 [J]
現代北京語のjは古代中国語の[k-][g-][x-][h-]などが摩擦音かしたものが多い。北京語のjに対応 する訓(弥生音)はカ行とサ行であらわれる。
中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 汲[xiəp]
ji(tsji)
kap(jik)
heup(cap)
く
む 給[xiap]
ji(tsji)
kap(jik)
keup(cap)
く
ばる 假[kea ]
jia(tsjia)
ga(jia/ga)
ka(gia)
か-り 加[keai]
jia(tsjia)
ga(jia/ga)
ka(gia)
く
わえる 架[keai]
jia(tsjia)
ga(jia/ga)
ka(gia)
か
ける 蛺[kyap]
jia(sjiae)
haahp(gak) hyeop(giap)
か
ひ-こ(蛺蠱) 甲[keap]
jia(tsjia)
gaap(jiak)
kap(giap)
か
ぶ-と(甲兜) 掲[kiat]
jie(kho)
kit(jik)
ke(kiet/yet)
か
かげる 焦[tziô]
jiao(tsjiau)
jiu(jiao)
cho(tieu)
こ
げる 解[ke]
jie(tsjia)
gaai(jia/ga)
hae(giai)
こ-
たへ(解答) 菊[kiuk]
ju(tshu)
guk(jiuk)
kuk(cuc) き
く 欅[kia] ju(tshu)
--(ju)
--(cu)
け
や-き 車[kia]
ju(tshə)
che(ju)
cha/keo(xa)
く
るま(車輪) 巾[kiən] jin(tsjiae)
gan(jin)
keon(can)
き
れ 金[kiəm]
jin(tsjiae)
gam(jin)
keum(kim)
か
ね 兼[hyam]
jian(tsjiae)
gim(ji)
kyeom(kiem) か
ねる 堅[kyen]
jian(tsjiae)
gin(ji)
kyeon(kien) か
たい 監[keam]
jian(tsjiae)
gaan(ge)
kam(giam)
か
み<古語> 鑑[keam]
jian(tsjiae)
gaam(ji)
kam(giam)
か
がみ(鏡) 簡[kean]
jian(tshiae)
gaan(ji)
kan(gian)
か
み(紙) 肩[kyan]
jian(tsjiae)
gin(ji)
keon(khien) か
た 健[gian]
jian(tsjiae)
gihn(jhi)
keon(kien)
け
なげ(健気) 検[tsiam]
jian(tshiae)
gim(ji)
keom(kiem)
け
みする<古語> 郡[giuən]
jun(tsyuae)
gwahn(jhun) kun(quan)
こほり・くに・むら 軍[hiuən]
jun(tshuae)
gwan(jun)
kun(quan)
く
め<古語> 君[giuən]
jun(tsyuae)
gwan(jun)
kun(quan)
き
み 絹[kyuan]
juan(tsyae)
gyun(juoe)
kyeon(quyen) き
ぬ 茎[heng]
jing(tsying)
hahng(jin)
kyeong(hanh/kinh)く
き 頸[kieng]
jing(tsjing)
geng(jin)
kyeong(canh) く
び 景[kyang]
jing(tsjing)
ging(jin)
kyeong(canh) か
げ(影) 鏡[kyang]
jing(tsing)
geng(jin)
kyeong(kinh) か
がみ(鑑) ○架(カ・かける)、掲(ケイ・かかげる)、鑑 (カン・かがみ)、鏡(キョウ・かがみ)の訓(弥生音)は中国語の頭音を重複したものである。 ○日本語の「かいこ」、「かぶと」、「こたえ」 「くるま」は「蛺蠱」、「甲兜」、「解答」「車輪」などの複合語であろう。「車」の古代中国語音は車[kia]であり、日本漢字音の車(シャ)は口蓋化音であ る。日本漢字音でも、同じ声符を庫(コ)と読む読み方もある。 ○堅(ケン・かたい)、肩(ケン・かた)の訓(弥 生音)は中国語の祖語の堅[kyet*]、肩[kyat*]の韻尾を継承したものである。古代中国語の韻尾[-n]は、それ以前の時代には[-t*]であったと考えられている。中国の韻書である『韻 鏡』には[-n]と[-t]は同じ韻図に異音として掲げられている。 ○スウェーデンの言語学者B・カールグレンは”Philology and Ancient China”(Oslo,1920)のなかで、日本語の「くに」は古代中国語の「郡」 にあたるのではないかとしている。確かに、朝鮮半島北部には楽浪郡などがおかれ、ひとつの「くに」と考えられていた時代があったかもしれない。 しかし、訓(弥生音)には郡(こほり)という読み もあり、これも郡[giuən]の韻尾[-n]をラ行に転移したものと考えられないことはない。また、「郡」の祖語が郡[hmiuən*]であったと考えれば、頭音が脱落して郡(むら)に なったと考えることもできる。「くに」、「こほり」「むら」は現在の形はかなり 異なるが、語源的には近いのかもしれない。 ○日本漢字音ではサ行であらわれ、訓(弥生音)で はカ行であらわれるものもある。この場合はカ行音の方が古く、サ行音はカ行音の口蓋化によって発生したものである。 例:
焦(ショウ・こげる)、車(シャ・くるま)、浄(ジョウ・きよい)、
北京語のjは古代中国語の頭音[k-]、[g-]などが摩擦音化したものが多く含まれている。 脊[tziek]
ji(tshi)
zhek(jik)
cheok(tich)
せ(背) 酒[tziu]
jiu(tsjiu)
jau(jiu)
ju(tuu)
さ
け 救[giu]
jiu(tsjiu)
gau(jiu)
ku(cuu)
す
くう 浸[tziəm]
jin(tsjiae)
jam(jin)
chim(tam)
し
みる 進[tzien]
jin(tsjiae)
jeun(jin)
jin(tien/tan)
す
すむ 晋[tzien]
jin(tsjiae)
--(jin)
jin(tan)
す
すむ 薦[tzian]
jian(tsjiae)
jin(--)
cheon(--)
す
すめる 漸[dzian]
jian(tsjiae)
jihm(--)
jeom(tiem)
す
すむ ○日本語の背(せ)には「背」が使われているが、 語源的には「脊」であろう。 ○「酒」の中国語祖語は酢[dzak]に近く、酒[tziuk*]のような韻尾をもっていたと考えられる。 ○弥生音のなかにはサ行音を重複して用いているも のもみられる。 例:
進(すすむ)、晋(すすむ)、薦(すすむ)、漸(すすむ)、
現代北京語のjは中国語祖語の[d-]が摩擦音化したと思われるものがある。ベトナム漢 字音は中国語祖語の(t-)の痕跡をよく伝えている。弥生音もまたタ行であら われる。 就[dziuk]
jiu(tsjiu)
jauh(xhiu)
chwi(tuu)
つ
く 絶[dziuat]
jue(tsjyuə)
jyut(xik)
jheol(tuyet)
た
える 津[tzien]
jin(tsjiae)
jeun(jin)
jin(tan)
つ 匠[dziang]
jiang(tsjiae)
jeuhng(xian)
jang(tuong)
た
くみ ○これらの祖語は就[diuk*]、 絶[diuat*]、 津[tiet*] 、匠[diak*]のような音であったと考えられる。それがi介音の影響で摩擦音化し、日本漢字音ではサ行であ
らわれ、北京音ではjであらわれている。 現代中国語のjには日本漢字音ではカ行であらわれ、訓(弥生音) ではハ行であらわれるものもある。これらのことばの古代中国語音には[k-][g-][h-]などが含まれている。古代日本語は古代中国語の候 口蓋音[k-][g-]と喉音[h-]を弁別しなかった。 姫[kiə]
ji(--)
gei(ji)
hui(co)
ひ-め(姫女) 頬[kyap]
jia(tsjia)
haahp(gak)
hyeop(giap)
ほ
お、ほほ 挟[keap]
jia/xie(tsjia)
haahp(gak)
hyeop(hiap)
は
さむ 鋏[kyap]
jia(tsjia)
haahp(gak)
kyeop(hiap)
は
さみ 掘[giuət]
jue/ko(--)
gwaht(jhuk)
kul(quat)
ほ
る 減[həm]
jian(tsjiae)
gaam(ge)
kam(giam)
へ
る 艦[heam]
jian(tsjiae)
laahm(ke)
ham(ham)
ふ
ね 経[kyeng]
jing(tsjing)
ging(jin)
kyeong(kinh)
へ
る 脛[hyeng]
jing(tsjing)
ging(jin)
kyeong(canh)
は
ぎ 降[hoəm]
jiang(tsjiae)
gong(jian/gang)
kang(giang)
ふ
る ○日本語の「ひめ」は中国語の「姫女」に対応する ことばであろう。媛[hiuan]、嬪[pien]も音義ともに日本語の「ひめ」に近い。 ○頬(ほお)は旧仮名使いでは頬(ほほ)と表記し た。「ほほ」の「ほ」は中国語の韻尾[-p]に対応するものである。蝶[thyap]の韻尾を「てふ」 と表記したのと同列である。
現代北京語のjは訓(弥生音)ではマ行であらわれ ることがある。これは現代中国語の方言音を比較するだけでは説明 できない。スウェーデンの言語学者B.カールグレンの仮説によると古代中国語のmには入りわたり音hがあったとされている。 箕[kia] ji(tshi) keih(ji) ki(co) み、みの 見[hyan] jian/xian(tsjiae)
gin(ji)
kyeon/hyeon(kien) み
る 郡[giuən]
jun(tsyuae)
gwahn(jhun)
kun(quan)
む
ら 京[kyang]
jing(tsjing)
ging(jin)
kyeong(kinh)
み
やこ ○日本漢字音のカ行音、箕(キ)、見(ケン)、郡 (グン)、京(キョウ)は、入りわたり音hが発達したものであり、弥生音のマ行音は入りわたり音hが脱落したものだと考えると整合的に説明できる。これらの漢字の祖語はつぎのように再構できる。訓(弥生音)は喉音[h-]が脱落したものである。 例:箕[hmia*] 、見[hmyan*] 、郡[hmiuən*] 、京[hmyang*] 、 ○海(カイ・うみ)のところで説明したように、声 符「毎」の祖語には毎[hmuə*]のような入りわたり音があり、入りわたり音hが発 達したものが海(カイ)であり、入りわたり音hの脱落したものが「毎」となったと考えることがで きる。 例:箕(キ・み)、見(ケン・みる)、郡(グン・むら)、京(キョウ・みや こ) ○日本語の「むら」には現在では「村」が使われて いるが、語源は「郡」であろう。同じ系統のことばに群(むれ)がある。
古代中国語の頭音[k-]や[h-]は次に[-i-]介音が続く場合、弥生音では脱落する場合が多い。 寄[kiai]
ji(tshi)
gei(ji)
ki(ky)
よ
る 及[ giəp]
ji(tsji)
kahp(jhik)
keup(cap)
お
よぶ 拠[kia]
ju(tsyu)
geui(ju)
keo(cu)
よ
る 居[kia]
ju(tsyu)
geui(ju)
keo(cu)
い
る 今[kiəm]
jin(tsjiae)
gam(jin)
keum(kim)
い
ま 禁[kiəm]
jin(tsjiae)
gam(jin)
keum(cam)
い
む 間[kean]
jian(tshiae)
gaan(ji)
kan(gian)
ま 檻[heam]
jian(tsjiae)
laahm(--)
ham(ham)
お
り、
幾[kiəi]
ji(tshi)
gei(ji)
ki(ky) い-く 挙[kia]
ju(tsyu)
geui(ju)
keo(cu)
あ-
げる [K]
現代北京語のkは訓(弥生音)ではカ行またはハ行にあらわれるこ とが多い。
現代北京語のkは日本漢字音でも訓(弥生音)でも カ行であらわれ例が多い。 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 克[khək] ke(khei)
hak(kek)
kuek(khac)
か
つ(勝) 殻[kok]
ke(ku)
hok(kok)
kak(xac)
か
ら 口[kho]
kou(khou)
hau(kou)
ku(khau)
く-
ち(口嘴) 庫[--]
ku(khu)
fu(ku)
ko(kho)
く-
ら 苦[kha]
ku(khu)
fu(ku)
ko(kho)
く
るしい 枯[kha]
ku(khu)
fu(ku)
ko(kho)
か
れる 括[kuat]
kuo(xuo)
kut(guak)
kwal(quat)
く
くる 困[khuən]
kun(khuae)
kwan(kuen)
kon(khon)
こ
まる 狂[giuang]
kuang(khuae)
kwohng(guang) kwang(cuong) く
るう ○日本語の「かつ」には現代では「勝」の字があて られているが、語源は「克」であろう。 ○日本語の「くち」は中国語の「口」と関係のある ことばであろう。「くち」の語源は「口嘴」なども一つの候補であろう。 ○括[kuat](くくる) は古代中国語の頭音を重複したものである。韻尾の[-t]は調音の位置がlと同じであり、訓(弥生音)では転移することが多 い。
墾[khən]
ken(khae)
han(ken)
kan(khan)
はり(新墾)<古語> 堀[giuət]
ku(--)
gwaht(kok)
kul(quat)
ほ
り 誇[khoa]
kua(khua)
kwa(ko)
kwa(khoa)
ほ
こる 拡[khuək]
kuo(khuo)
kong(kok)
hawk(khuech)
ひ
ろげる 寛[khuan]
kuan(kuae)
fun(kuoe)
kwan(khoan)
ひ
ろい 控[khong]
kong(khuong)
hung(kong)
kong(khong)
ひ
かえる 筐hiuang] kuang(khuae) ong(khuang) wang(hang/khuong)
は
こ・かご ○古語にみられる新墾(にひばり)の「はり」は開墾の墾(コン)と同源のことばである。堀(クツ・ほり)も同系のことばであろう。 ○誇(ほこる)、控(ひかえる)などのようにハ行 とカ行が重複してあらわれている。 ○「筐」はカ行(かご)でもハ行(はこ)でもあらわれる。古代日本語のハ行音にはファ・フィ・フ・フェ・フォのほかに喉音[h-]に近い音があったと考えられる。 ◎マ行 看[khan]
kan(khae)
hon(koe)
kan(khan)
み
なす ○「看」も「見」と同じく、祖語は看[hman*]のような入りわたり音[h-*]があったと考えることができる。看(カン)は入り
わたり音hが発達したものであり、看(みなす)は入りわたり
音hが脱落したものである。
古代日本語や朝鮮語にはラ行ではじまることばはな かった。そのため中国語のラ行音は弥生音ではタ行あるいはナ行であらわれるものが多い。また、カ行、あるいはマ行に転移してあらわれるものもみられる。
中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 頼[lat]
lai(lae)
laaih(la/le)
noe/roe(lai)
た
よる 立[liəp]
li(li)
laahp(lik)
ip/rip(lap)
た
つ 粒[liəp]
li(li)
lap(lik)
ip/rip(lap)
つ
ぶ 力[liək]
li(li)
lihk(lik)
yeok/ryoek(luc)
ち
から 例[liat]
li(li)
laih(lek)
ye/re(le)
た
とえる 蓼[lyu]
liao(--)
liuh(liao) yo/ryo(lieu)
た
で 列[liat]
lie(leae)
liht(lek)
yeol/ryeol(liet) つ
らなる 留 [liu]
liu(leu)
lauh(liu)
yu/ryu(luu)
と
める・とまる 溜[liu]
liu(leu)
lauh(liu)
yu/ryu(luu)
た
める・とどまる 爛[lan]
lan(lae)
laahn(le)
nan/ran(lan)
た
だれる 隣[lien]
lin(lea)
leuhn(lin)
in/rin(--)
と
なり 聯・
連[lian]
lian(leae)
lyuhn(li)
yeon/ryeon(lien)
つ
らなる 卵[luan]
luan(luae)
leuhn(le)
nan/ran(noan)
た
まご(蛋子) 嶺[lieng]
ling(--)
lihng(len)
yeong/ryeong(lanh/linh)
た
け 霊[lyeng]
ling(leng)
lihng(lin)
yeong/ryeong(linh)
た
ま 龍[liong]
long(luong)
luhng(long)
yong/ryong(long)
た
つ 滝[leong]
long(luong)
luhng(long)
rong(lung)
た
き 壟[liong]
long(luong)
luhng(long)
nong/rong
つ
か ○「立」と「粒」の古代中国語音はともに立[liəp]・粒[liəp]であり同じであるが、訓(弥生音)は立(たつ)・ 粒(つぶ)となり、異なっている。古代中国語の韻尾[-p]は日本漢字音ではタ行であらわれることが多い。 例:接[tziap]セツ、湿[sjiəp]シツ、雜[dzap]ザツ、立[liəp]リツ、 ○卵たまご)は「卵子」であろう。中国語には 「蛋」ということばもあり皮蛋(ピータン)の「蛋」である。「卵」と「蛋」は音義ともに近い。 ○弥生音のなかにはタ行音が重複して用いられてい
るものや、ラ行音の前にタ行音をつけたものもみられる。古代日本語には濁音ではじまる音節やラ行音ではじまる音節はなかったのでタ行音を語頭にたてて弥生
時代の日本語の音韻体系にあわせたものである。 例:禮(レイ)・體(タイ)、頼(ライ)・獺(ダツ)、 ◎ナ行 古代日本語にはラ行ではじまることばはなかった が、中国語との接触により、やがて日本語もラ行ではじまる音節を発音できるようになった。 梨[liet]
li(li)
leih(li)
i/ri(le)
な
し(梨子) 練[lian]
lian(leae)
lihn(li)
yeon/ryeon(luyen) ね
る 浪[lang]
lang(lae)
lohng(lang)
nang/rang(lang)
な
み ○これらの漢字の日本漢字音はラ行であり、訓(弥 生音)はナ行で対応している。 例:
梨(リ・なし)、練(レン・ねる)、浪(ロウ・なみ)、 ○朝鮮漢字音では古代中国語のlはnであらわれ、i介音を伴うものは頭音が脱落する。 頭
音が脱落する例:梨(i)、
流(yu)、
臨(im)、
練(yeon)、 日本語の弥生音では[-i-]介音の影響は少なく、梨(なし)、練(ねる)もナ 行であらわれる。
古代日本語にはラ行ではじまる音節はなかったの で、中国語の頭音lは訓(弥生音)ではマ行に転移することが多かっ た。 李[liə]
li(li)
lei(li)
i/ri(ly)
も
も 戻[lyei]
li(li)
lai(li)
yeo/ryeo(le)
も
どる 漏[lo]
lou(lou)
lauh(lou)
nu/ru(lau)
も
る 濫[lam]
lan(lae)
laahm(le)
nam/ram(lam) み
だら 乱[luan]
luan(luae)
lyuhn(le)
nan/ran(loan) み
だれる 嶺[lieng]
ling(--)
lihng(lin)
yeong/ryeong(lanh/linh)
み
ね 椋[liang]
liang(leae)
leuhng(--)
yang/ryang(luong) む
く 両[liang]
liang(leae)
leuhng(lian)
yang/ryang(luong) も
ろ ○李(もも)はマ行音を重複させている。 ○訓(弥生音)ではマ行とタ行を重複させているも のもある。ラ行音とタ行音は調音の位置が同じであり転移しやすい。また、ラ行音とマ行音は調音の位置が近く(ラ行音は前口蓋音・マ行音は唇音)転移しやす い。 例: 戻(レイ・もどる)、緑(リョク・みどり)、濫(レン・み だら)、乱(レン・みだれる) ○、陸(リク)・睦(ボク・むつ)なども同じ声符をもつ文字をラ行とマ行に読み分けている。古代中国語のl は調音の位置がmに近く、音価もlとmは近かったと思われる。 東北地方のことを陸奥と書いて「むつ」と読ませているが、「陸」にはもともと陸(むつ)という読みがあった、と考えられる。陸(むつ)が陸(リク)と発音されるようなったため、「むつ」には「陸奥」の字をあてたものである。 「高麗」を「こま」と読むのも、l 音がマ行に転移した例である。 ◎カ行音 辣[lat]
la(la)
laat(lak)
nal/ral(lat)
か
らい 来[lə]
lai(lae)
loih(le)
nae/rae(lai)
く
る(麥) 栗[liet]
li/lie(li)
leuht(lik)
yul/ryul(lat)
く
り 鎌[liam]
lian(leae)
lihm(li) nyeom(liem)
か
ま 廉[liam]
lian(leae)
lihm(li)
yeom/ryeom(liem) か
ど 糧[liang]
liang(leae)
leuhng(lian)
yang/ryang(luong) か
て 籠[long]
long(luong)
luhng(long)
nong/rong(lung) か
ご ○「辣」「来」「栗」などの祖語は辣[hlat*]、来[hlə*]、栗[hliet*]、鎌[hliam*]、廉[hliam*]、糧[hliang*]、籠[hlong*]のような音であり、訓(弥生音)では入りわたり音[h-]をカ行で日本語の語彙に受け入れた。日本漢字音 (音)ではラ行であらわれる。カ行音が古く、ラ行音のほうが新しい。 例:
辣(ラツ・からい)、来(ライ・くる)、栗(リツ・くり)、鎌(レン・かま)、廉(レン・かど)、糧(リョウ・ かて)、籠(ロウ・かご) ○「來」「麥」は声符が同じであり、祖語はそれぞ れ來[hlə*]あるいは麥[hmuək*]に近い音価をもっていたもの考えることができる。 入りわたり音hが発達したものが來(くる)になり、入りわたり音 の脱落したものが麥(バク・むぎ)になったと考えることができる。 ○日本漢字音のなかには同じ声符をラ行とカ行に読み分けているものがかなり見られる。 例: 樂(ラク・ガク)、裸(ラ)・果(カ)、洛(ラク)・格(カク)、濫(ラン)・監(カン)、斂(レン)・剣(ケ ン)、錬(レン)・諫(カン)、簾(レ ン)・兼(ケン)、聯(レン)・關(カン)、立(リツ)・泣(キュウ)、涼 (リョウ)・京(キョウ)、漁(リョウ)・魚(ギョ)、
療[liô]
liao(leau)
liuh(liao)
yo/ryo(lieu)
い
やす 柳[liu]
liu(leu)
lauh(liu) yu/ryu(lieu)
や
なぎ 陸[liuk]
lu(lou)
luhk(lok)
yuk/ryuk(luc) お
か 綾[liəng] ling(leng)
lihng(lin)
neung/reung(lang) あ
や 陵[liəng] ling(leng)
lihng(lin)
neung/reung(lang) お
か・つか 良[liang]
liang(leae)
leuhng(lian)
yang/ryang(luong) よ
き 梁[liang]
liang(leae)
leuhng(lian)
yang/ryang/nyang(luong)
や
な ○柳(やなぎ)は楊(やなぎ)とも書かれる。 「柳」の古代中国語音は柳[liu]であり、「楊」の古代中国語音は楊[jiang]である。「楊」は「かわやなぎ」にあてられること もあるが、「柳」と「楊」は音義ともに近い。楊[jiang]は楊(やぎ)と読まれることもあり楊(やなぎ)と 読まれることもある。楊(やなぎ)は楊木(ヤン+の+木)の連想であろう。 ◎母音添加 裏[liə]
li(li)
leih(li)
i/ri(ly)
う-
ら 麗[lyai]
li(li)
laih(li)
yeo/ryeo (ly)
う-
るわし 炉[la]
lu(lou)
louh(lu)
no/ro(lu) い- ろり 廬[la]
lu(lou)
louh(lu)
no/ro(lu)
い-
おり 嵐[--]
lan(--)
--(le)
nam/ram(lam)
あ-
らし ○裏(リ・うら)、麗(レイ・うるわし)、炉 (ロ・いろし)、廬(ロ・いおり)、嵐(ラン・あらし)の訓(弥生音)はいずれも語頭に母音を添加したものである。 ○朝鮮語で風のことを風(param)という。古代中国語の「風」の祖語は風[pliuəm*]のような音であり、p が発達したものが風(フウ)であり、p が脱落にたものが嵐(ラン)だと考えられている。 [M] ◎マ行 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 麦[muək]
mai(mei)
mahk(mek)
maek(mach)
む
ぎ 眉[miei]
mei(mei)
meih(mi/me)
mi(mi)
ま
ゆ 迷[myei]
mi(mi)
maih(mi)
mi(me)
ま
よう 廟[miô]
miao(miau)
miuh(miao)
myo(mieu)
み
や(宮) 黙[mək ]
mo(mei)
mahk(mek)
muk(mac)
も
だす 磨[muai]
mo(mo)
moh(mu/mo)
ma(ma)
み
がく 模[ma]
mo/mu(mu)
mouh(mo)
mo(mo)
ま
ねる 眸[miu]
mou(--)
--(mou)
mo(mau)
め 目[miuk]
mu(mu)
muhk(mok)
mok(muc)
め 睦[miuk]
mu(--)
muhk(mok)
mok(muc)
む
つ-む 牧[miuək]
mu(mu)
muhk(mok)
mok(muc)
ま
き(牧場) 満[muan]
man/men(mae)
muhn(moe)
man(man)
み
ちる 鰻[miuan]
man(mae)
maahn(moe)
man(man)
む
なぎ・うなぎ 悶[muən]
men(mae)
muhn(men)
min(muon)
も
だ-え
る 免[mian]
mian(miae)
mihn(mi)
myeon(mien)
ま
ぬ-か
れる 勉[mian]
mian(miae)
mihn(mi)
myeon(mien)
ま
なぶ 萌[meang]
meng(məng)
mahng(mang)
maeng(manh)
も
える ○麥[muək]は日本漢字音では麥(バク)であり、訓(弥生音) では麥(むぎ)である。古代日本語では濁音が語頭に立つことがなかったので麥(むぎ)となった。p、b、mは調音の位置が同じであり、転移しやすい。 ○日本語の「みや」は古代中国語の廟[miô]の弥生音であろう。宮[kiuəm]も祖語に入りわたり音があったと考えれば祖語は宮[hmiuəm*]となり、その入りわたり音が脱落したとすれば宮[miuəm]であり、訓(弥生音)の宮(みや)に近い。 ○目、眼、眸、の古代中国語音は目[miuk]、眼[ngean]、眸[miu]であり、音義ともに近い。日本語の「め」も中国語 と同源であろう。中国の音韻学者王力は「目」と「眸」は同源であるとしている。(王力『同源字典』) ○牧[miuək]は日本漢字音では牧場(ボクジョウ)の牧「ボク」 となり、訓(弥生音)では牧場(まきば)の牧「マキ」となってあらわれる。古代日本語では濁音が語頭に立つことはなかった。p、b、mは調音の位置が同じ(脣音)であり、転移しやす い。 ○「満」の祖語は韻尾が[muat*]に近かったものと考えられている。日本語の満(み
ちる)は中国語の韻尾の古い形の痕跡をとどめたものである。 ○鰻(うなぎ)は万葉集では鰻(むなぎ)と呼ばれ ている。現代日本語の「うなぎ」は鰻[muan]に魚[ngia]がついた複合形であろう。 ○「まなぶ」は現代では「学」と書かれているが、 語源的には勉[mian]であろう。 ◎ナ行 中国語のマ行音は日本語ではナ行音に転移すること がある。中国語の韻尾の[-n][-m]は日本語では弁別されていない。マ行とナ行は調音 の方法が同じ(鼻音)であり、調音の位置も近い。ベトナム漢字音ではnあるいはdであらわれるものもみられる。 猫[miô]
mao(miau)
maau(mao)
myo(mieu/meo)
ね
こ 寐[muət]
mei(phi)
--(mi)
mae(mi)
ね
る 靡[--]
mi(pi)
--(mi)
--(mi)
な
びく 苗[miô]
miao(miau)
miuh(miao)
myo(mieu/neo) な
え 眠[mien]
mian(miae)
mihn(mi)
myeon(mian)
ね
むる 名[mieng]
ming(ming)
mihng/meng(min) myeon(dang) な 鳴[mieng]
ming(ping)
mihng(min)
myeong(minh)
な
く ○中国語の「猫」は猫の鳴き声にも使われる。古代中国語の猫は擬声語である。中国の猫は「ミャオ」と鳴き、日本語では「ニャオ」となる。日本の猫(ねこ)は古代中国語の猫[miô] と同源である。 ○ベトナム漢字音と苗(neo)は日本語の苗(なえ)に近い。 ◎ハ行 秘[piuet]
mi(--)
bei(bi/mi)
pi(bi)
ひ
める(秘密)
滅[miat]
mie(miae)
miht(mik)
myeol(diet)
ほ
ろびる(滅亡) 墓[mak]
mu(mu)
mouh(mu/mo)
myo(mo) は
か ○日本語の「ひめる」「ひそむ」なども中国語の秘[piuet]密[miet](ひめる)、秘[piuet]潜[tsyəm](ひそむ)などのような複合語であろう。 ○日本語の「ほろびる」は中国語の滅[miat]亡[miuang]に対応することばであろう。古代日本語ではmは語頭では清音(ハ行)になり、語中では濁音(バ 行)であらわれている。 ○「墓」の古代中国語音は墓[mak]である。訓(弥生音)は墓(はか)であり、日本漢 字音は墓(ボ)である。一見別系統のことばのようにみえるが、日本漢字音 の墓(ボ)はmが濁音化したものであり、韻尾の[-k]は脱落している。 ◎カ行 蟇[mak]
ma(mo)
--(ma)
--(mo)
が
ま 毛[mô]
mao(mau)
mouh(mao)
mo(mao)
け 茅[meu]
mao(mau)
maauh(mao)
mo(mao)
か
や 媚[miuet]
mei(mei)
meih(mi)
mi(mi)
こ
びる 米[myei] mi(mi)
maih(mi)
mi(me)
こ
め 門[muən]
men(mae)
muhn(men)
mun(mon)
か
ど ○これらの中国語の祖語には入りわたり音があり、 蟇[hmak*]、毛[hmô*]、茅[hmeu*]、媚[hmiuet*]、米[hmyei*]、門[hmuən*]のような音であった。 毛(モウ・け)、茅(ボウ・かや)、米(マイ・こ め)、門(モン・かど)の音は入りわたり音[h-]が脱落したものであり、訓(弥生音)の毛(け)、 蟇(がま)、茅(かや)、米(こめ)、門(かど)は入りわたり音[h-]の痕跡を伝えるものである。同じ声符号の漢字をマ行とカ行に読み分けている例 もみられる。 例:
綿(メン)・錦(キン)、黙(モク)・黒(コク)、毎(マイ)・海(カイ)、 ◎タ行 妙[miô]
miao(miau)
miuh(miao)
myo(dieu)
た
え 民[mien
]
min(miae)
mahn(min)
min(dan)
た
み ○妙(ミョウ)の声符をもった漢字に少(ショウ) がある。「少」のベトナム漢字音は少[thieu]であり、タ行音の痕跡を残している。音符「少」の 祖語は少[dieu*]に近かったのではないかと考えられる。 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
日
本語字音 妙[miô]
miao(miau)
miuh(miao)
myo(dieu)
た
え 少[shao]
miao(sjau)
siu(sao)
so(thieu)
ショ
ウ
◎ワ行 罠[mien]
min(miae)
--(--)
min(--)
わ
な 綿・
棉[mian]
mian(miae)
mihn(mi)
myeon(mien)
わ
た ○尾[miuəi](ビ・を)などもその例である。 ◎頭音脱落 彌[miai]
mi(mi)
neih(mi)
mi(di)
や
(弥生) ○「爾」の声符をもつ漢字には爾(ジ・デイ)、邇 (ジ)、彌(ビ・ミ・や)、瀰(ビ・デイ・ベイ)、禰(デイ・ね)などがある。中国語の日母[nj-]ほど変化のはげしい音はおそらくほかにない。 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
日
本漢字音 日[njiet]
ri(yuə)
yaht(shek/nik)
il(nhat)
ニ
チ・ジツ(ひ) 人[njien] ren(zjiae)
yahn(shen/nin)
in(nhan)
ニ
ン・ジン(ひと) 中国語の日母[nj-]はおそらく[mi]の口蓋化したものであり、その後[dzi]に変化したものと考えられる。たとえば次のように
図式化できる。 日[miet*]→
日[njiet]→
日[dziet]→
日[zjiet]
朝鮮語では「日」は日(hae)であり、日(ひ)は朝鮮語系のことばではないかと
いう考えが強い。
埋[məi]
mai/man(mae)
maaih(ma)
mae(mai)
う-
もる 没[muət]
mei/mo(mo)
muht(mek)
mol(mot)
う- もる 梅[muə]
mei(mei)
muih(me)
mae(mai)
う-
め 妹[muət] mei(mei)
muih(me)
mae(muoi)
い-
も<古語> 美[miei]
mei(mei)
meih(mi)
mi(my)
う-
まし<古語> 母[mə]
mu(mu)
mouh(mu)
mo(mau)
お-
も<古語> 面[main]
mian(miae)
mihn(mi)
nyeon(dien/mien) お-
も・お-もて 網[miuang]
mang(mang)
mohng(mang)
mang(vong)
あ-
み 夢[miuəng]
meng(məng)
muhng(mong/mang) mong(mong)
い-
め、ゆ-め ○古代中国語のmの祖語にはは入りわたり音[h-]があった。宮田一郎編『上海語常用同音字典』によ ると、上海語では現在でも「馬」には馬(hmo)のような入りわたり音があるという。「馬」を日本 語で母音を添加して馬(うま)と呼ぶのは、入りわたり音[h-]の痕跡であると考えることもできる。 ○母(おも)は朝鮮語の母(オモニ)とも関係のあ ることばである。万葉集などでは「おも」という形で出てくることがあるが、現代語でも母屋(おもや)などのように使われることがある。 ○「面」は能などでは面(おもて)といわれる。中
国語の祖語では面[main]の韻尾[-n]は[-t]に近かったものと考えられている。面(おもて)の
「て」は中国語の祖語の韻尾の痕跡をとどめている。 ○万葉集の時代には馬(むま)、梅(むめ)などの 読みもみられる。
現代北京語のnは訓(弥生音)でもナ行であらわれるものが多い。 しかし、古代音の祖語に遡ると、現代北京音のnは疑母[ng-]あるいは日母[nj-]に由来するものもある。
悩[nu]
nao(nau)
nouh(nao)
noe(nao)
な
やむ 睨[ngye]
ni(ər)
--(ni)
e(nge)
に
らむ 粘[--]
nian(ngiae)
nihm(ni)
jeom(niem)
ね
ばる 鮎[tjiam]
nian(tjae)
--(--)
--(niem)
な
ま-ず ○「睨」の古代中国語音の声母は疑母[ng-]であり、日本漢字音は睨(ゲイ)である。しかし訓 (弥生音)はナ行で睨(にらむ)となってあらわれる。同じ音符をもった「児」と「睨」は児(ジ)と睨(ゲイ)に読み分けられているが、日母[nj-]と疑母[ng-]は音価が近い。児童の「児」も小児科のときは児(ニ)である。 ○「鮎」は現代の日本語では鮎(あゆ)とされてい るが、古代日本語では鮎(なまず)であった。 ◎タ行 耐[nə]
nai/neng
noih(ne)
nae(nai)
た
える 撓[nô]
nao(nau)
kiu/naau(nao)
nyo(nao)
た
わむ 泥[nyei]
ni/nie(ngi)
naih(ni)
i/ni(ne)
ど
ろ 鳥[nyu]
niao(niao)
niuh(diao/niao) jo(dieu) と
り 蔦[tyô]
niao(niao)
niuh(--)
--(dieu)
つ
た ○「鳥」の発音は現代北京語では鳥(niao)であるが、日本漢字音ではも鳥(とり・チョウ)で ありタ行である。日本語の鳥(とり)はベトナム漢字音と同源である。
女[njia]
nyu/ro(ngyu)
neuih(nyu)
yeo/nyeo
(nü)
め・
おみな 南[nəm]
nan(nae)
naahm(noe)
nam(nam)
み
なみ 稔[njiəm]
nian(ngiae)
nihm(ni)
yeon/nyeon(nam)
み
のる 娘[njiang]
niang(ngiae)
neuhng(niang/nian) nang/rang(nuong) む
すめ(娘女) 嬢[njiang]
niang(ngiae)
--(nian)
yang(nuong) む
すめ(嬢女) ○乙女(おとめ)などの女(め)は古い中国語音の 痕跡であろう。 ○娘・嬢(むすめ)は娘女・嬢女であろう。「娘 (む)+つ+女(め)」であり、「つ」は「沖つ鳥」などの「つ」と転じたものである可能性が高い。 ◎頭音脱落 牛[ngiu]
niu(ngiu)
ngauh(niu)
u(nguu)
う
し ○日本語の牛(うし)は「牛」の朝鮮漢字音、牛(u)に、朝鮮語で「牛」を意味する牛(so)をあわせた、いわゆる両点であろう。両点は音と訓を重ねて読む方法で、朝鮮語ではしば しばみられる。古代日本語でも文選読みというのがあり、これも音と訓を重ねて読む方法である。
尼[niei]
ni(ngi)
neih(ni)
i/ni(ni)
あ-
ま 念[niəm]
nian(ngiae)
nihm(ni)
yeom/nyeom(niem) お-
もふ 唸[niəm]
nian(ngiae)
nihm(ni)
--(niem)
う-
なる
中国語では母音ではじまる音節が少ない。中国語祖 語には頭子音があって、それが脱落したものと考えられる。 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
日
本漢字音 欧[o]
ou(ngou)
ngau(ou)
ku(au)
オ
ウ 鴎[o]
ou(ngou)
--(ou)
ku(au)
オ
ウ 偶[ngo]
ou(ngou)
ngauh(ngou)
u(ngau)
グ
ウ ○「欧」「鴎」と同じ声符をもった漢字に区(ク) がある。「欧」「鴎」なども中国語祖語にあった頭子音が脱落したものであろう。広東語音の「欧」は欧[ngau]であり、朝鮮漢字音は欧(ku)、鴎(ku)であり、それぞれ頭音の痕跡をとどめている。
現代北京語のpは日本漢字音でも訓(弥生音)でもハ行であらわれ るものが多い。しかし、訓(弥生音)ではハ行であらわれるが、日本漢字音ではカ行などであらわれるものもある。
中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 抛[phieô]
pao(phau)
paau(pao)
po(pho/phao)
ほ
うる 屁[piei]
pi(pi)
pei(pi)
pi(ty/thi)
へ 婆[buai]
po(pho)
poh(bhi)
pha(ba)
ば
ば 匍[piua]
pu(--)
pouh(bhu)
pho(bo)
は
う(匍匐) 朴[pok]
pu(po)
pok(pok)
pak(phac)
ほ
お(木) 蟠[buan]
pan(fu)
pun(bhe)
pan(ban)
へ
み・へび 盤[buan]
pan(phae)
puhn(bhe)
pan(ban)
ふ
ね 盆[piuən]
pen(phae)
puhn(ben)
pun(bon)
ふ
ね 片[phian]
pian(phiae)
pin(pi)
phyeon(phien)
ひ
ら 平[being]
ping(phing)
pihng/pehng(bhin)phyeong(binh)
ひ
ら ○日本語の「はう・はふ」は匍匐前進の「匍匐」と 関係のあることばであろう。 ○日本語の「へび」には現在は「蛇」の文字があて られているが、語源的には蟠[buan]である。日本語の古語では「へみ」とも呼ばれてい る。 ○B.カールグレンは日本語の「ふね」は盆(ボ ン)が祖語であろう、としている。日本語の「ふね」と関係のあることばとしては、盆[piuən]、舨[piuan]、舫[piuang]、艦[heam]などをあげることができる。「舫」はもやい舟であ り二そう並んだ舟である。「艦」は戦艦である。「盆」は一寸法師の舟であり、「舨」は舢舨などといって川の小舟である。「盤」もたらいの舟である。日本語 の「ふね」の語源は明らかでないが、これらのことばと関係のあることばであろう。 ○片(ひら)、 平(ひら)の「ら」は古代中国語の韻尾[-n]あるいは[-ng]がラ行に転移したことばである。中国語には[-l]という韻尾はないが、[-n]と[-l]は調音の位置が同じであり、転移しやすい。
配[phuəi]
pei(phei)
pui(pe)
pae(phoi)
く
ばる 蒲[bua]
pu(phu) pou(bhu)
po(bo)
か
ま・がま ○「配」「蒲」の祖語は配[hpuəi*]、蒲[hmua*]のような音であったと考えることができる。入りわ たり音[h-*]が発達したものが配(くばる)、蒲 (がま)であろう。
○品(ヒン・しな)は音がハ行、訓はサ行である。 よく、江戸では「ひ」と「し」の区別がつかないというが、「品川」は「ヒナガワ」ではなく「しながわ」である。品(ヒン)が口蓋化したものが品(しな)で あろう。ヒとシの混同は江戸弁だけでなく、中国語のなかに もみられるのである。同じ声符をもった漢字でハ行とサ行に読み分けるものには次のような例がある。 例:市(シ)・肺(ハイ)、
少(ショウ)・秒(ビョウ)・妙(ミョウ)、 日本漢字音でサ行であらわれる音が訓(弥生音)で
ハ行であらわれるものとしては、ほかに次のような例をあげることができる。ハ行音は有気音hを継承したものであり、サ行音はth-が摩擦音化したものである。 北京語のqは弥生音ではカ行であらわれるものとサ行であらわ れるものがある。
乞[khiət]
qi(tshi)
hat(qik)
geol(khat)
こ
う 奇[kiai]
qi/ji(tshi)
keih(jhi)
ki(ky)
く
し<古語> 殻[--]
qiao/ke(ku)
hok(kok)
kak(xac)
か
ら 切[tsyet] qie(tshiae)
chit/chai(qik) jeol/cheol(thiet) き
る 駆[khio]
qu(tshyu)
keui(qu)
ku(khu)
か
ける 琴[giəm]
qin(tshiae)
kahm(jhin)
keum(cam)
こ
と 強[giang]
qiang/jiang(tshiae)keuhng(jhian)
kang(cuong)
こ
わ飯 清[tsieng]
qing(tshing)
ching(qin) cheong(thanh) き
よい・きよく 請[tsieng]
qing(tshing)
ching/cheng(qin) cheong(thinh) こ
う 軽[kyeng]
qing(tshing)
hing/heng(qin)
kyeong(khinh)
か
るい 頃[khiueng]
qing(tshing)
king(qin)
kyong(khoanh)
こ
ろ 傾[khiueng]
qing(tshing)
king(qin)
kyeong(khuynh) か
たむく(傾向) 窮[giuəm]
qiong(kuong)
kuhng(qiong)
kung(khung)
き
わめる ○上の漢字のうち、音がサ行で、訓がカ行のものが ある。これらの例ではカ行が古く、サ行はカ行音が摩擦音化したものである。 例:
切(セツ・きる)、清(セイ・きよい)、請(セイ・こう)、 これらのことばの祖語は切[kyet*] 、清[kieng*]、請[kieng*]に近い形であり、それが摩擦音化して切[tsyet] 、清[tsieng]、請[tsieng]になったと考えることができる。
鞘[siô]
qiao(tshiau)
--(qiao)
cho(sao)
さ
や 去[khia]
qu(tshyu)
heui(qu/qi)
keo(khu)
さ
る 鵲[syak]
que(tshuo)
chok/zhok(qiak)
jak(thuoc)
さ
ぎ・かささぎ 芹[giən]
qin(tshiae)
kan(jhin)
keun(can)
せ
り 侵[tsiəm]
qin(tshiae)
chan(qin)
chim(xam)
せ
める 沁[tsiəm]
qin(sjiae)
jam(qin)
--(tam)
し
みる 親[tsien]
qin/qing(tshiae) chan(qin)
chin(than)
し
たしい ○上の漢字のなかには、音がカ行で、訓がサ行のも のがある。 例:其(キ・それ)、棄(キ・すてる)、去 (キョ・さる)、芹(キン・せり)、 これらの漢字の古代中国語音は其[giə]、棄[khiet]、去[khia]、芹[giən]であり、訓(弥生音)は中国語原音が摩擦音化した ものである。摩擦音化は中国語のなかでも起こり、日本語に借用される段階でも起こっている。摩擦音化は中国語でも、日本語でも、そのほかの言語でも起こる 一般的な音韻変化である。摩擦音化には[-i-]介音がかかわっているものと思われる。 ○日本語の「さぎ」には「鷺」の字があてられてい る。「鵲」の訓は鵲(かささぎ)とされているが、語源的には鵲(さぎ)であろう。 ○日本語の「せり」は古代中国語の芹[giən] の頭音が摩擦音化し、韻尾の[-n]がラ行に転移したものである。[-n]と(-l)は調音の場所が同じであり、転移しやすい。 ○親(した-しい)は「親」の祖語、親[tsiet*]の韻尾を継承したものである。語尾の「しい」は日 本語の形容詞の活用語尾として付加されたものである。
◎タ行 取[tsio]
qu(tshiu)
cheui(qu)
chwi(thu)
と
る 千[tsyen]
qian(tshiae)
chin(qi)
cheon(thien) ち ○この例では日本漢字音はサ行であり、訓(弥生 音)はタ行である。タ行音が古く、サ行音のほうが新しい。ベトナム漢字音は古い中国語音の痕跡をとどめている。日本漢字音のサ行音はタ行音の摩擦音化によって起 こったものである。
○古代中国語の祖語には入りわたり音があったこと が知られている。「泣」の祖語は泣[のような音であったと考えられる。入りわたり音が 発達した方が泣(キュウ)系の音になり、入りわたり音が脱落した方が立(リツ・リュウ)系の音になった。泣(なく)は泣[hliəp*]の入りわたり音[h-]が脱落して泣[liəp]のlがナ行に転移したものである。ラ行とナ行は調音の 位置(前口蓋)が同じであり転移しやすい。
曲[khiok]
qu(tshyu)
kuk(quik)
kok(khuc)
ま
がる 群[giuən]
qun(tshuae)
kwahn(jhun)
kun(quan)
む
れ 蜷[kiuan]
quan(tsyuae)
--(jhuoe)
--(quyen)
み
な・にな 慶[khyang]
qing(tshing)
hing(qin)
kyeong(kanh)
み
やこ ○この例では音がカ行であらわれ、訓(弥生音)は マ行であらわれる。現在の中国語方言ではマ行音の発音はみられなくなっているが、日本漢字音のカ行は中国語祖語の入りわたり音[h-]が発達したものであり、訓(弥生音)のマ行は入り わたり音[h-]が脱落したものである。これらの漢字の祖語はつぎのように再構できる。音 韻学では再構された音には*をつけることになっている。 例:
求[hmiu*]、
曲[hmiok*]、
群[hmiuən*]、
蜷[hmiuan*]、
慶[hmyang*] これらの漢字は日本漢字音ではカ行であらわれ、訓 (弥生音)ではマ行であらわれる。 例:
求(キュウ・もとむ)、曲(キョク・まがる)、群(グン・むれ)、蜷(ケン・みな)、慶(ケ イ・みやこ)、 慶(ケイ)は京(キョウ)に近く、韓国の慶州は都 (みやこ)の意味である。
晴[tsyeng]
qing(tshing)
chihng(xhin) cheong(tinh)
は
れ ○日本漢字音でサ行あらわれるのは中国語祖語に あった[k-]あるいは[h-]が摩擦音化したものであり、訓(弥生音)は摩擦音 化する前の音をとどめている。榛名(はるな)山の榛[tzhen]などもこの系統のことばである。
槍[tshiang]
qiang(tshiae)
cheung(qian)
chang(thuong)
や
り 犬[khyuan]
quan(--)
hyun(quoe)
kyeon(khuyen)
い
ぬ
憩[khiat]
qi(--)
hei(--)
ke(khe)
い-
こい 泉[dziuan]
quan(tshuae)
chyuhn(xi)
cheon(tuyen)
い-
ずみ 例:痛[thong]い-たい、出[thjiuət] い-づる、 姓では井出、伊達、和泉などと表記する場合があるが、訓(弥生音)の痕跡であろう。 [R] 古代中国語の日母[nj-]は現代北京語ではrであらわれる。朝鮮漢字音や日 本語の訓(弥生音)では頭音が脱落してア行・ヤ行・ワ行であらわれることが多い。
熱[njiat]
re(zjiə)
yiht(nik)
yeol(nhiet)
あ
つい 入[njiəp]
ru(vu)
yahp(shek)
ip(nhap)
い
る 如[njia]
ru(vu)
yuh(shy)
yeo(theo)
い-か
ん(如何) 茹[njia]
ru(sjiu)
yuh(shy)
yeo(nhu)
ゆ
でる 柔[njiu]
rou(zjiou)
yauh(shou)
yu(nhu)
や
わら 弱[njiôk]
ruo(vo)
yeuhk(shak) yak(nhuoc)
よわき、よ
わい 若[njiak]
ruo/re(vo)
yeuhk(shak) yak(nhuoc)
わ
かい 潤[njiuən]
run(vae)
yeuhn(shen) yun(nhuan)
う
るおう 閏[njiuən]
run(vae)
yeuhn(nin)
yun(nhuan)
う
るう 軟[njiuan]
ruan(--)
yuhn(nyuoe) yeon(nhyuen)
や
わら-か 譲[njiang]
rang(zjiae)
yeuhng(nian/shan) yang(nhuong) ゆ
ずる 容[jiong] rong(yung)
yuhng(yhong) yong(dung)
い
れる ○介音[-i-]は介音[-u-]とも親和性があり、ヤ行とワ行に転移することがあ る。介音には[-iu-]もあり、柔[njiu](やわら)となってあらわれている。
燃[njian]
ran(zjiae)
yihn(shoe)
yeon(nhien)
も
える 認[njiən]
ren(zjiae)
yihng(nin/shen)
in(nhan)
み
とめる 稔[njiəm]
ren(ngiae)
nam(--)
nyeom/yeom(nam) み
のる ○中国語の日母[nj-]はマ行であらわれることもある。中国語の日母[nj-]の祖語は[m-*]であり、それが口蓋化して[nj-]になったものと考えられる。日本語の訓(弥生音) は古い中国語音の痕跡をとどめたものである。 祖語の例:揉[miu*]もむ、燃[mian*]もえる、認[miət*]みとめる、稔[miəm*]みのる、 「認」の祖語では認[miət*]であった。燃(もえる)の「る」は韻尾[-n]が弥生音で転移したものである。稔(みのる)の 「の」は中国語韻尾の[-m]が転移したものである。日本語では韻尾の[-m]と[-n]は弁別されていない。
汝[njia]
ru(vu)
--(shy)
yeo(nhu)
な、な
んじ 柔[njiu]
rou(zjiou)
yauh(shou)
yu(nhu)
に
こ<古語> 潤[njiuən]
run(vae)
yeuhn(shen)
yun(nhuan) ぬ
れる、うるおう ○中国語の日母[nj-]は日本語ではナ行であらわれることもある。日本漢 字音の肉[njiuk]にく、熱[njiat]ねつ、などもその例である。ベトナム漢字音では現 在でも(nh-)であらわれる。
染[njiam]
ran(zjia)
yihm(shoe/ni) yeom(nhiem)
そ
める、しみる 忍[njiən]
ren(zjiae)
yahn(shen)
in(nhan)
し
のぶ ○日母[nj-]は唐代以降[dj-]に変化し、さらに摩擦音化して[zj-]に変化した。日本語では日(ニチ・ジツ)のように
サ行に転移した。
融[jiuəm]
rong(--)
yuhng(yhong)
yung(dung)
と
ける ○北京語のrのなかには祖語がdのものも含まれている。ベトナム漢字音は祖語の頭 音をよくとどめている。「溶」「融」の祖語は溶[djiong*]、融[djiuəm*]であったと考えられる。 [S] 北京音のsは訓(弥生音)ではサ行、タ行、ナ行などにあらわ
れる。タ行音は摩擦音化する以前の古い中国語音の痕跡を
とどめており、ナ行音はタ行音が転移したものである。タ行音とナ行音は調音の位置(前口蓋)が同じであり、転移しやすい。 ◎サ行 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 塞[sək]
se(sei)
sak(sek)
sae(tac)
せ
き(関) 渋[shiəp]
se(--)
sap/saap(sek) sap(xat)
し
ぶい 死[siei]
si(shi)
sei(xi)
sa(tu)
し
す、しぬ 索[sheak]
suo(so)
saak/sok(sok)
saek(sach/tac)
さ
がす 酸[tziuən]
suan(suae)
syun(soe)
san(toan)
す、
すい 砂[shieai]
sha(sa)
sa(so)
sa(sa)
す-な 舌[djiat]
she(sjiə)
siht(shek)
seol(thiet)
し
た 射[djyak]
she(sjiə)
she(sho)
sa(xa)
さ
す、いる 識[tjiək]
shi(sji)
sik(sek)
jik/ji(thuc)
し
る 湿[sjiəp]
shi(--)
sap(sak/sek)
seup(thap)
し
める 刷[shoat]
shua(sjiua)
chaat(sek)
swae(loat)
す
る 沈[--]
shen(--)
chahm(sen)
chim(tham)
し
ずむ 滲[shiəm]
shen(sae)
sam(sen)
sam(tham)
し
みる 勝[sjiəng]
sheng(sjiəng) sing(sen)
seung(thang)
す
ぐれる 盛[zjieng]
sheng/cheng(cheng/sheng)
sihng(shan)
seong(thinh/tanh) さ
かり 霜[shiang]
shuang(fae)
seung(sang)
sang(suong)
し
も 双[sheong]
shuang(fae)
seung(sang)
ssang(song)
す
ご(双六) ○日本語の「せき」は現在では「関」の字があてら れているが、語源的には「塞」である。また、日本語の「ふさぐ」は中国語の「閉塞」と関係のあることばであろう。 ○日本語の「しぶい」は中国語の渋[shiəp]と同源である。また、「しめる」は中国語の湿[sjiəp]と同源である。古代中国語の韻尾[-p]が渋(しぶい) では「ぶ」であらわれ、湿(しめる) では「め」であらわれている。中国語の清音は、日本語では語頭では清音であらわれるが、語中・語尾では濁音あるいは半濁音になることが多い。 ○酸(サン・す)の酸(す)は古代中国語音の韻尾[-n]が脱落したものである。西安音の酸(suae)、上海音の酸(soe)は日本語の訓(弥生音)に近い。 ○日本語の「すな」の「す」は中国語の「砂」であ る。「すな」の「な」は土[tha]である可能性がある。 ○日本語の「する」は刷[shoat]の韻尾[-t]がナ行に転移したものである。タ行とナ行は調音の
位置が同じ(前口蓋)であり転移しやす。 ○中国語の韻尾[-ng]は弥生音ではカ行であらわれる場合とマ行であらわ れる場合がある。古代中国語の韻尾[-ng]の祖語は[-k*]であったと考えられている。また、 [-ng]は鼻音であり、マ行音と調音の方法が同じである。 調音の方法が同じ音は音価も近く、転移しやすい。 カ行であらわれる例:勝[sjiəng]すぐれ
る、盛[zjieng]さかり、
双六[sheong]すごろ
く、 ○現代北京語でsであらわれることばのなかには、古代中国語のd、tが摩擦音化したものもみられる。これらのことばは 訓(弥生音)ででもサ行であらわれる。 例:
舌[djiat]し
た、射[djyak]さ
す、識[tjiək]し
る、
寺[ziə]
si(shi)
jih(shy)
sa(tu)
て
ら 散[san]
san(sae)
saan(se)
san(tan)
ち
る 釋[sjyak]
shi(sek)
sik(sek)
seok(thich)
と
く 束[sjiok]
shu(fu)
chuk(sok)
sok(thuc)
つ
か<古語> 時[zjiə]
shi(sji)
sih(shy)
si(thi/thoi)
と
き 手[sjiu]
shou(sjiou)
sau(sou)
su(thu)
て 説[jiuat]
shuo(sjiə)
syuht(sek)
seol/sae(thuyet/thue) と
く 苫[sjiam]
shan(tjiae)
--(--)
seom(thiem)
と
ま ○これらの漢字の日本漢字音はサ行であらわれ、訓 (弥生音)はタ行であらわれる。 例:寺(ジ・てら)、散(サン・ちる)、釋(シャ ク・とく)、束(ソク・つか)、時(ジ・と き)、手(シュ・て)、説(セツ・とく)、苫(セン・とま)、 ○寺(てら)と同じ声符をもった漢字に「特」があ り、読みはタ行で特(トク)である。また、「時」は音は時(ジ)であるが訓は時(とき)である。「寺」「時」の中国語祖語はそれぞれ、寺[tiək*]、時[tiək]と再構することができる。訓(弥生音)の時(とき)は中国語祖語を継承した ものであり、寺(てら)は韻尾がラ行に転移したものである。 ○「散」の中国語祖語は散[tan*]に再構できる。ベトナム漢字音はそのことを裏づけ ている。韻尾の[-n]は[-t]と調音の位置が同じであり、転移しやすい。また、 中国語の韻図である『韻鏡』では[-n]と[-t]は同じ韻図のなかに位置づけられている。歴史的に は[-t]のほうが古く、[-n]のほうが新しい。 ○「手」の中国語祖語は手[thu*]に近い音であったと思われる。ベトナム漢字音はそ の傍証となる。訓(弥生音)の手(て)は中国語祖語の手[thu*]を継承したものであろう。日本漢字音でも拿(ダ)のように声符「手」をタ行で読むものもある。 ○「説」の古代中国語音は説[jiuat] とされており、訓(弥生音)の説(とく) とは韻尾が一致しない。しかし、現代上海音では説(sek)であり、韻尾の[-p][-t][-k]は弁別されていない。日本語の訓(弥生音)は江南 音の影響を受けている可能性がある。 ○苫(とま)は万葉集の時代から使われていること ばである。「苫」の祖語も苫[thiam*]に近い音であったと思われる。
似[ziə]
shi(sji)
chih(shy)
sa(tua)
に
る 申[sjien]
shen(sjie)
san(sen)
sin(than)
の
べる 伸[sjien]
shen(sjie)
san(sen)
sin(than)
の
びる 昇[sjiəng]
sheng(sjieng)
sing(sen)
seung(thang)
のぼる 縄[djiəng]
sheng(thəng) sihng(shen)
seung(thang) な
わ 乗[djiəng]
sheng/cheng(tjiəng)
sihng(shen/shan) seung(thang) の
る ○似[ziə]、申・伸[sjien]、昇[sjiəng]の中国語祖語の頭音は[d-*]あるいは[th-*]と再構できる。ベトナム漢字音はその痕跡を伝えている。 例:似[diə*]、申・伸[djien*]、昇[djiəng*] 「似」の祖語は似[diə*]であり、それがベトナム漢字音では似(tua)になり、訓(弥生音)では似(にる)になった。古 代中国語では摩擦音化して似[ziə]になり、北京音では似(shi)として受け継がれている。 ○申[sjien]の訓(弥生音)である申(のべる) の韻尾は[-n]とかなり乖離しているようにも思えるが、「三郎」 と書いて「さぶろう」とバ行で発音するごとく、申(のべる)の「べ」は[-n]あるいは[-m]の転移したものであろう。ベトナム漢字音は申(than)であり、古代中国語音がタ行あるいはナ行に近かっ たことを示唆している。伸(のびる)も同じ系統のことばであろう。 ○「縄」、「乗」の古代中国語音は縄・乗[djiəng]である。古代日本語では濁音が語頭にくることはな かったので、訓(弥生音)では縄(なわ)、乗(のる)となったものと思われる。日本漢字音の縄・乗(ジョウ)は頭音が摩擦音化したものである。
桑[sang]
sang(sae)
song(sang)
sang(tang)
く
わ 是[zjie]
shi(sji)
sih(shy)
si(thi)
こ
れ 樹[zjio]
shu(fu)
syuh(shy)
su(thu/tho)
き 狩[sjiu]
shou(sjiou)
sau(sou)
su(thu)
か
り 神[djien]
shen(sjiae)
sahn(shen)
sin(than)
か
み(坤・コン) 声[thjieng]
sheng(sjiəng) sing/seng(sen) seong(thanh)
こ
え(馨・ケイ) ○日本漢字音でサ行であらわれる音が弥生音ではカ 行であらわれることが多い。このことについてはすでに北京音cの項で述べた。 参照:草(ソウ・くさ)、蔵(ゾウ・くら)、倉 (ソウ・くら)、臭(シュウ・くさい)など ○「神」の声符である「申」には乾坤(ケンコン) のごとくカ行音もある。日本語の神(かみ)は中国語祖語の神[than*]と同源であろう。日本漢字音の神(シン)、北京音 の神(shen)はそれが摩擦音化したものである。坤(コン)は神[than*] の有気音[h] が転移したものである。 ○「声」の音符である「声」は「馨」では馨(ケ イ)と読まれる。日本語の声(こえ)は古代中国語の声[thjieng]と同源であろう。日本漢字音の声(セイ)、北京音 の声(sheng)は古代中国語の声[thjieng]が摩擦音化したものであり。 ○日本漢字音のなかにも同じ声符がカ行とサ行に読 み分けられているものがみられる。 例:
支(シ)・技(ギ)、車(シャ)・庫(コ)、臭(シュウ)・嗅(キュウ)、舅(シュウ)・臼 (キュウ)、川(セン)・訓(クン)、信(シン)・言(ゲ
ン)、止(シ)・企(キ)、朔(サ ク)・逆(ギャク)、陝(セン)・峡(キョウ)、舌(ゼツ)・活(カツ)、 ○日本漢字音ではサ行であらわれ、訓(弥生音)で はカ行であらわれることばでは弥生音の方が古く、日本漢字音の方が新しい。 例:
神(シン・かみ)、声(セイ・こえ)、車(シャ・くるま)、臭(シュウ・くさい)、川(セ ン・かわ)、 ○カ行音の痕跡は現在生きている中国語方言にはみ あたらないが、中国語祖語にあった有気音[h]が影響しているように思われる。ベトナム漢字音や 「声」の古代中国語音、声[thjieng]はその痕跡であろう。
色[shiək]
se(sei)
sik(sek) saek(sac)
い
ろ 誦[ziong]
song(sung)
--(shong)
song(tung)
よ
む 焼[ngiô]
shao(sjiau)
siu(sao)
so(thieu)
や
く 舎[sjya]
she(sjiə)
se(so)
sa(xa)
や、
やど 折[tjiat]
she(tsjia)
jit(shek)
jeol(triet)
お
る 赦[sjyak]
she(sjiə)
se(so)
sa((xa)
ゆ
るす 射[djyak]
she(sjiə)
she(sho)
sa(xa)
い
る 世[sjiat]
shi(sji)
sai(sy)
sae(the)
よ 矢[sjiei]
shi(sji)
chi(sy)
si(thi)
や 淑[zjiuk]
shu(fu)
suk(shok)
suk(thuc)
よ
き、よい 熟[tjiuk]
shu(fu)
suhk(shok)
suk(thuc)
う
れる 山[shean]
shan(sae)
saan(soe)
san(son/san)
や
ま 身[sjien]
shen(sjiae)
san(sen)
sin(than)
み 生[sheng]
sheng(səng)
sang/saang(san/sen)
saeng(sinh)
い
きる ○現在生きている中国語方言のなかには[sj-]の頭子音が脱落するものはほとんど認められない。 わずかに朝鮮漢字音の折(jeol)をあげることができるくらいである。 ○誦[ziong](ショウ・よむ)の声符「甬」は甬(ヨウ)であ り、日本語の「よむ」は誦[ziong]の語頭子音が脱落し、韻尾の[-ng]がマ行に転移したものであろう。 ○同じ声符をもった漢字で頭子音が脱落する例はみ られる。 例:
余(ヨ)・除(ジョ)、予(ヨ)・序(ジョ)、羊(ヨウ)・詳(ショウ)、約(ヤク)・酌 (シャク)、誘(ユウ)・秀(シュウ)、佚(イツ)、失(シ
ツ)、訳(ヤク)・釈(シャク)、悦 (エツ)・説(セツ)、 ○これらのことばのかなには古代中国語の韻尾[-k]や[-t]がラ行であらわれているものがある。中国語の韻尾は[-p][-t][-k]であり[-l]はない。古代中国語の韻尾[-t]は朝鮮漢字音では規則的に(-l)であらわれる。訓(弥生音)では[-t][-k][-n]などがラ行であらわれることがある。 例:
色[shiək]い
ろ、赦[sjyak]ゆ
るす、射[djyak]い
る、熟[tjiuk]う
れる、折[tjiat]お
る、
氏[zjie]
shi(sji)
sih(shy)
shi(thi)
う-
じ
現代中国語の北京音tは訓(弥生音)ではタ行、ま たはナ行であらわれる。タ行とナ行は調音の位置(前口蓋)が同じであり、転移しやすい。
中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 跳[dyô]
tiao(tjau)
tiu(tiao)
to(khieu)
と
ぶ(跳飛) 透[thu]
tou(thou)
tau(tou)
ttu(thau)
と
おす 土[tha]
tu/du’tou)
tou(tu)
tho(tho)
つ
ち(土地) 突[thuat]
tu(tu)
daht(dhek)
tol(dot)
つ
く 唾[thuai]
tuo(tho)
teu/tou(tu)
tha(toa/xoa)
つ
ば(垂沫) 弾[dan]
tan(tae)
daahn/taahn(dhe)than(dan)
た
ま 壇[tan] tan(thae) taahn(dhe) tan(dan) た な 嘆[than]
tan(--)
taan(te)
than(than)
ため-いき(嘆息)
填[dyen] tian/chen/zhen(--)tihn(dhi)
jeon(dien) つ
める 天[thyen]
tian(tiae)
tin(ti)
cheon(thien)
ひ
らがな・「て」 田[dyen]
tian(thiae)
tihn(dhi)
jeon(dien)
た 屯[duən]
tun/zhun(thuae) teuhn(ten)
tun(don)
た
むろす 停[dyeng]
ting(thing)
tihng(dhin)
jeong(dinh)
と
まる 渟[dyeng]
ting(thing)
thing(dhin)
jeong(dinh)
た
まる 通[thong]
tong(thuong)
tung(tong)
thong(thong)
と
おる 筒[dong]
tong(thuong)
tung(dhong)
thong(dong)
つ
つ ○日本語の「とぶ」、「つち」、「つば」などは中 国語の「跳飛」「土地」「唾沫」などに由来することばであろう。 ○突(つく)の古代中国語音は突[thuat]であり、韻尾が訓(弥生音)と対応していない。し かし、上海音では突(dhek)であり、日本語の突(つく)に近い。上海音では韻 尾の[-p][-t][-k]を弁別せずに、みんな[-k]に近い音になってしまう。訓(弥生音)でも中国語 の韻尾をかならずしも正確に弁別しなかったようである。日本漢字音では中国語の韻尾[-p]はさまざまなあらわれ方をすることが知られてい る。 例:
立[liəp]リ
ツ・リュウ、泣[khiəp]キュ
ウ、接[tziap]セ
ツ・ショウ、など 日本語は開音節(音節が母音で終わる)であり、子 音で終わることがないことばなので、中国語の入声音([-p][-t][-k])は必ずしも正確に反映されていない。 ○日本語の「たな」は古代中国語の壇[tan] 、あるいは段[duan]と同源であろう。 ○「天」はひらがなの「て」の元字であり、古代中
国語の天[thyen]韻尾[-n]が脱落している。中国語でも西安語では天(tiae)であり、上海語でも天(ti)で韻尾の(-n)は失われている。西安語や上海語では母音が鼻母音
化することがある。 ○日本語の田(た)は中国語の田[dyen]と同源であろう。「田」の西安音は田(thiae)であり、上海音は田(dhi)であり、いずれも訓(弥生音)に近い。 ◎ナ行音 鉈[thuai]
ta(tho)
toh(ta)
tha(tha)
な
た 塗[da]
tu(thou)
touh(dhu)
to(do)
ぬ
る 脱[thuat]
tuo(tho)
tyut(tek)
thal(thoat)
ぬ
ぐ 灘[than]
tan(thae)
taan(tan)
than(than)
な
だ 担[tan]
tan(thae)
taan(te)
tam(than)
に
なう 呑[thən]
tun(thae)
tan(ten)
than(thon)
の
む ○鉈(なた)は朝鮮語でも鉈(tha)である。大野晋の『日本語の起源』(旧版)によれ ば「鉈」にあたる朝鮮語はnatであり、「鎌」を意味するという。しかし、日本語 の「なた」も朝鮮語のnatも源をたどれば古代中国語の鉈[thuai]に行きつくのではあるまいか。 ○脱(ぬぐ)の古代中国語音は脱[thuat]であり、訓(弥生音)と韻尾が異なる。しかし、上 海音は脱(tek)であり、日本語の脱(ぬぐ)に近い。 ○呑(ドン)は剣呑(ケンノン)、呑気(ノンキ) などでもナ行であらわれる。 ◎ハ行音 踏[thap]
ta(tha)
daahp
tap(dap)
ふ
む 貼[thjiəp]
tie(tjiae)
tip(tik)
cheop(thiep) は
る 吐[tha]
tu(tou)
tou(tu)
tho(tho)
は
く 禿[thuk]
tu(thou)
tuk(tok)
tok(thuc)
は
げ-る ○踏[thap] 、貼[thjiəp] 、吐[tha]、禿[thuk] のth の部分が訓(弥生音)のハ行に反映されているものと思われる。 甜[--]
tian(thiae)
tihm(dhi)
cheon(diem)
あ
まい 湯[thang]
tang/shang/yang(tae)
tong(tang)
thang(thang)
ゆ 桶[dong]
tong(thuong)
tung(dhong)
thong(thong)
お
け ○天(あめ)は古代中国語の天[thyen]の頭音がわたり音[-y-]の影響で脱落したものである。ひらがなの「て」は 天[thyen]の韻尾が脱落したものである。 ○湯(トウ・ゆ)は楊(ヨウ)や陽(ヨウ)と声符 が同じである。弥生音では語頭音が脱落して湯(ゆ)であらわれる。 ○桶(トウ・おけ)は甬(ヨウ)あるいは用(ヨ ウ)と声符が同じである。弥生音では語頭音が脱落して桶(おけ)であらわれる。古代中国語の韻尾[-ng]はさらに時代を遡ると[-k*]に近かったとされている。
禱[tu]
tao(tau)
touh(dhao)
to(dao) い - いのる 挑[dyô]
tiao(tjiau)
tiu(tiao)
to(khieu)
い-
どむ 疼[duəm]
teng(thuong) tahng(ten)
tong(dong)
い-
たむ 痛[thong]
tong(thuong) tung(tong)
thong(thong) い-
たい [W] 現代北京語のwは古代中国語のmが転移したものが多くみられる。また、古代中国語の声母[h-]や[ng-]が脱落して[-u-]介音などが転移したものもみられる。 ◎マ行 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 圍[hiuəi]
wei(uei)
waih(yhu/whe)
wi(vi)
ま
わり 衛[hiuat]
wei(ui)
waih(whe)
wi(ve)
ま
もる 物[miuət]
wu(vo)
math(mek/fhek)
mul(vat) も
の 舞[miua]
wu(vu)
mouh(whu)
mu(vu/vo)
ま
い 巫[miua]
wu(vu)
mouh(wu)
mu(vu)
み
こ(巫子) 丸[huan]
wan(xuae)
yuhn(whoe)
hwan(hoan)
ま
る ○古代中国語音に介音[-iu-]がある場合、頭音[h-]または[m-]が脱落する。 [h-]の
例:圍[hiuəi]ヰ・
イ、衛[hiuat]ヱ
イ・エイ、 いずれの場合も訓(弥生音)ではマ行であらわれ る。 ○日本語の「まる」は古代中国語の丸[huan]の頭音だ脱落し、介音[-u-]がmに転移したものである。圓[hiuən]、萬[muan]も音義ともに丸[huan]に近い。
偽[hiuai]
wei(uei)
ngaih(whe)
wi(nguy)
に
せ 無[miua]
wu(vu)
mouh(whu) mu(vo)
な
い 亡[miuang]
wang/wu(vae)
mohng(whang)
mang(vong) なき ◎カ行 瓦[ngai]
wa(ua)
ngah(ngo)
wa(ngoa)
か
わら(瓦礫) 蛙[--]
wa(kuei)
wa(o)
wa(oa)
か
える 囲[hiuəi]
wei(uei)
waih(whe)
wi(vi)
か
こむ 蕪[miua]
wu(vu)
mouh(whu)
mu(vu)
か
ぶ 呉[nga]
wu(u)
yuh(whu)
o(ngo)
く
れ ○弥生音の瓦(かわら)、呉(くれ)のカ行音は古
代日本語の疑母[ng-]の転移したものである。日本語では[ng-]は鼻濁音であり語頭にくることがないのでカ行に転
移した。 ○囲[hiuəi](かこむ)などのカ行音は、古代中国語の喉音[h-]を継承したものである。日本漢字音では語頭の[h-]は脱落している。 ○弥生音の蕪(かぶ)は中国語祖語にあった入りわ たり音[h-*]の痕跡をとどめている。「蕪」の祖語は蕪[hmiua*]のようなものであったろうと再構される。参照: 海:毎 ◎ハ行 文[miuən]
wen/min(vae)
mahn(fhen)
mun(van)
ふ
み 吻[miuət]
wen(vae)
man(fhen)
pun(van)
く
ちびる(口吻) 刎[miuət]
wen(vae)
--(fhen) mun(van)
は
ねる
尾[miuai]
wei(vei)
meih(whi/fhi)
mi(vi)
お・
を 忘[miuang]
wang(vae)
mohng(mang/whang)
mang(vong)
わ
する、わすれる ○日本語の尾(ヲ)はワ行音だったものがア行音、 尾(お)に変化したものである。 ◎介音[-i-][-u-][-iu-]などの脱落 宛[iuan]
wan(uae)
yunh(woe)
wan(uyen)
あ
て 腕[uan]
wan(uae)
wun(woe)
wan(uyen)
う
で 穏[iən]
wen(uae)
wan(wen)
on(on)
お
だやか 翁[ong]
weng(uong)
--(wong)
ong(ong) お
きな(翁女) ○宛(あて)、腕(うで)は韻尾の[-n]が中国語祖語で[-t*]であった古い時代の痕跡をとどめている。 例:宛[iuat*] 、腕[uat*] 、穏[iət*] 、翁[ok*]
我[ngai]
wo(ngo)
ngoh(gna)
a(nga)
わ
れ・あ 吾[nga]
wu(u)
ngh(ngu)
o(ngo)
わ
れ・あ 王[hiuang]
wang(uae)
wohng(whang)
wang(vuong)
わ
け<古語> ◎母音添加 味[miuət]
wei(vei)
meih(mi)
mi(vi)
う-
まい 網[miuang]
wang(vae)
mohng(mang)
mang(vong)
あ-
み ○日本語の未(いま だ)、味(うまし)、網(あみ) は語頭に母音が添加されたものである。
現代北京語のxは日本語弥生音ではカ行、あるいはサ行などであら われる。
係[hye]
xi(sji)
haih(xi/yi)
ke(he)
か
かり 霞[hea]
xia(sjia)
hah(ya)
ha(ha)
か
すみ(霞霧) 峡[keap
]
xia(sjia)
haahp(hhak)
hyeop(hiep)
か
ひ(山峡) 効・
效[heô]
xiao(sjiau)
haauh(yhao)
hyo(hieu)
き
く 小[siô]
xiao(sjiau)
siu(xiao)
so(tieu)
こ 消[siô]
xiao(sjiau)
siu(xiao) so(tieu)
け
す、きえる 蟹[he]
xie(sjiae)
haai(ha) hae(giai)
か
に 屑[syet]
xie(--)
--(xik)
seol(tiet)
く
ず 嗅[thjiuk]
xiu(--)
chau(xiu/hen/hong) hu(khuu) か
ぐ
削[siôk]
xue(shuo)
seuk(xiak)
sak(tuoc)
け
ずる 靴[xuai]
xue(xua)
heu(xu)
hwa(ngoa)
く
つ(靴沓) 辛[sien]
xin(sjie)
san(xin)
sin(tan)
か
らい 心[siəm]
xin(sjiae)
sam(xin)
sim(tam)
こ
ころ(魂) 限[heən] xian(sjiae)
haahn(hhe)
han(han)
か
ぎり 嫌[hyam]
xian(sjiae)
yihm(yi)
hyeom(hiem)
き
らう 嶮[tsiam]
xian(tshiae)
--(xi)
hyeom(hiem) け
わしい 県[huyen]
xian(sjiae)
yuhn(yhoe)
hyeon(huyen)
く
に・あがた 象[ziang]
xiang(sjiae)
jeuhng(xian)
sang(tuong)
かた・きさ<古語> 香[xiang]
xiang(sjiae)
heung(xian)
hyang(huong)
か
おり 熊[hiuəm]
xiong(syung)
huhng(yhong)
ung(hung)
く
ま 熏[xiuən]
xun(shuae)
fan(xun)
hun(huan)
か
おる 懸[huyen]
xuan(syuae)
yuhn(yhoe)
hyeon(huyen)
か
ける・かかる 玄[hyuen]
xuan(shuae)
yuhn(yhoe)
hyeon(huyen)
く
ろ ○日本漢字音がサ行で訓(弥生音)がカ行で、音が サ行であらわれる例がある。 例:
小[siô](ショ
ウ・こ)、消[siô](ショ
ウ・きえる)、屑[syet](セ
ツ・くず)、削[siôk](サ
ク・ けずる)、辛[sien](シ
ン・からい)、象[ziang](ショ
ウ・きさ)、 これらは祖語が小[xiô*]、消[xiô*]、屑[xyet*]、削[xiôk]、辛[xien*]、象[xiang*]であったと考えれば、訓(弥生音)がカ行であるこ とは何の不思議もない。中国語の喉音[x-*]は摩擦音化されて[s-]に近い音になったものと考えられる。 ○係[hye]かかり、懸[huyen]かける、限[heən]かぎる、の訓(弥生音)では頭音が重複してあらわ れている。古代中国語の喉音[h-]は日本語にない音であり、しかも濁音であったため であろう。古代日本語には濁音ではじまる音節はなかったので、清音を重複させてあらわしたものと考えられる。 ○心[siəm] (こころ)の場合も、祖語は心[xiəm*] のような喉音であったと考えられる。 ○日本語の霞(かすみ)、靴(くつ)などは中国語 の「霞霧」、「靴沓」などの複合語であろう。蟹(かに)も複合語である可能性がある。 ○峡(かひ)は万葉集にも使われていることばであ る。 今日今日とわが待つ君は石川の峡(かひ)に交(ま
じ)りてありとはいはずやも(万224) 最初の歌は柿本人麻呂が亡くなった時、妻依羅(よ さみの)娘子が作った歌である。「かひ」は峡[keap ]で山と山の間のことである。中国の三峡ダムなども 「峡」である。 山梨県のことを甲斐の国といったのも、原義は「峡 の国」であろう。「峡」は「狭」に通じるため、好字を選んで「甲斐」に改めたものである。 ○嗅(キュウ・くさい)と臭(シュウ・かぐ)は同 じ声符をもっているが、日本漢字音は嗅(キュウ)、臭(シュウ)とサ行とカ行に分かれている。嗅(キュウ)のほうは古代中国語の臭[thjiuk]の[h]が転移したものであり、臭(シュウ)のほうは口蓋 化によりサ行に転移したものである。 同じ声符をもった漢字をカ行とサ行に読み分けるも のもある。中国語の歴史のなかでもカ行音の摩擦音化が進行していたことがわかる。
音と訓で読み方がカ行とサ行に分かれる例もある。 例:
臭(シュウ・くさい)、狭(キョウ・せまい)、吸(キュウ・すう)、 ○辛(シン・からい)も日本漢字音がサ行で、訓 (弥生音)がカ行であらわれる例としてあげることができる。音は異なるが、義は日本語も中国語も同じである。 ○日本語の「こころ」は中国語の「心」あるいは魂 (コン・たま)と関係のあることばであろう。「心」のベトナム漢字音は心(tam)であり、「心」も魂(たま)と関係の深いことばで ある。 ○「象」は万葉集などでは象潟(きさがた)などと 読まれている。 昔
見し象(きさ)の小川を今見ればいよよ清(さや)けくなりにけるかも(万316) 地名にも象潟(きさがた)という地名があり、歌枕 にもなっている。 象
潟(きさがた)や雨に西施(せいし)がねぶの花(芭蕉) ○熊(くま)は古代中国語の喉音[h-]の痕跡を伝えている。同じような例として雲[hiuən](ウン・くも)をあげることができる。
吸[xiəp]
xi(sji)
kap(xik)
heup(hap)
す
ふ 狭[heap]
xia(sjia)
haahp(hhak)
hyeop(hiep)
せ
まい 咲[siəng]
xiao(shau)
--(xiao)
so(tieu)
さ
く 醒[syeng]
xing(sjing)
sing(xin)
seong(tinh)
さ
める 性[sieng]
xing(sjing)
sing(xin)
seong(tinh)
さ
が 幸[hiəng]
xing(sjing)
hahng(hhin)
haeng(hanh)
さ
ち、さきはひ 祥[ziang]
xiang(sjiae)
cheuhng(xian)
sang(tuong)
さ
きわい 相[siang]
xiang(sjiae)
seung(xian)
sang(tuong)
さ
が(相模) 像[ziang]
xiang(sjiae)
jeuhng(xian)
sang(tuong)
す
がた ○これらの漢字のなかには日本漢字音がカ行で、訓
(弥生音)がサ行のものもみられる。 これは日本漢字音がサ行で、訓(弥生音)がカ行の ものとは逆である。 例:
例:小[siô](ショ
ウ・こ)、削[siôk](サ
ク・けずる)、辛[sien](シ
ン・からい)、象[ziang] (ショ
ウ・きさ)、 前者の例は古代中国語の[h-][x-]は日本語音(弥生音)になる過程で摩擦音化された
ものと考えられる。後者の例では訓(弥生音)が摩擦音化される前の古
い中国語音の痕跡を伝えていて、日本漢字音は摩擦音化した後の新しい中国語音を伝えていると考えられる。 ◎タ行音 続[ziok]
xu(tshi)
zhuk(shok)
sok(tuc)
つ
づく 蓄[xiuk]
xu(shiu)
chuk(xiuk)
chuk(suc)
た
くわえる 尋[ziəm]
xun(shiae)
chahm(xhin)
sim(tam)
た
ずねる 涎[zian]
xian(shiae)
--(yi)
yeon(diem)
た
れる ○続(ゾク・つづく)、尋(ジン・たずねる)、涎 (セン・たれる)では、いずれもタ行音が古くサ行音は新しい。サ行音はタ行音の摩擦音化したものである。
習[ziəp]
xi(sji)
jaahp(xik)
seup(tap)
ならふ、な
らう 馴[ziuən]
xun(shuae)
seuhn(xhin)
sun(tuan)
な
れる
暇[hea]
xia(sjia)
hah(xia)
ka(ha)
ひ-ま 匣[heap]
xia(sjiə)
haahp(hhak)
hap(kap)
は
こ 挟[hyap]
xie(sjiae)
haaahp(hyak) hyeop(hiep) は
さむ 哮[xeu]
xiao(sjiau)
haau(xiao)
hyo(hao)
ほ
える 閑[kean]
xian(sjiae)
haahn(hhe)
han(nhan)
ひ
ま 響[xiang]
xiang(sjiae)
heung(xian)
hyang(huong) ひ
びく 降[hoəm]
xiang/jiang(tsjiae)gong(hhang/jian/gang) kang(giang)
ふ
る・おりる ○古代中国語の喉音[h-][x-]は日本語にはない音であり、訓(弥生音)ではハ行 であらわれ、日本漢字音ではカ行であらわれる。喉音[h-][x-]はカ行音と調音の位置(後口蓋音)が近く、転移し やすい。 例:
暇(カ・ひま)、匣(コウ・はこ)、閑(カン・ひま)、響(キョウ・ひびく)、降(コウ・ ふる)、 古代日本語のハ行はファ・フィ・フ・フェ・フォに なったのは平安時代くらいのことで、それ以前には中国語の喉音[h][x]に近かったものと思われる。
希[xiəi]
xi(sji)
hei(xi)
hui(hy)
ま
れ 稀[xiəi]
xi(sji)
hei(xi)
hui(hy)
ま
れ 巡[ziuən]
xun(shuae)
cheuhn (xhin) sun(tuan)
め
ぐる 向[xiang]
xiang(--) heung(xian)
hyang(huong)
むかふ、む
かう 胸[xiong]
xiong(syung)
hung(xiong)
hyung(hung)
む
ね ○「巡」については古代中国語音が巡[ziuən]とされているが、祖語は巡[xiuən*]に近い音であったのではなかろうか。 ◎頭音脱落 息[siək]
xi(sji)
sik(xik)
sik(tuc)
い
き 暁[ngiô]
xiao(sjiau)
hiu(xiao)
hyo(hieu)
あ
け、あかつき 宵[siô]
xiao(sjiau)
ssiu(xiao)
so(tieu)
よ
い 許[xa]
xu/su(syu)
heui(xu)
heo(hua)
ゆ
るす 洗[syən]
xian(sjiae)
sai(xi)
se(tien)
あ
らう 現[hyan] xian(sjiae)
yihn(yi)
hyeon(hien)
あ
らわれる 顕[xian]
xian(sjiae)
hin(xi)
hyeon(hien)
あ
らわれる 秈[shean]
xian(sjiae)
--(xi)
seon(tien)
い
ね・しね 訓[xiuən]
xun(shuae)
fan(xun) hun(huan)
よ
み 行[heang]
xing/hang(sjing) haahng/hahng/hohng(hhan/hhang/yhin)
haeng/hang(hanh) ゆ
く 雄[hiuəng]
xiong(syung)
huhng(yhong)
ung(hung)
を
<古語>・おす ○暁(あけ)は暁(あかつき)ともいう。日本語の 「あかつき」は「暁時」の複合語であろう。「暁」と声符を同じくする「焼」も訓(弥生音)は焼(やける)であり、頭音が脱落している。 ○B.カールグレンは、日本語の「いね」は中国語 の秈(うるち)と同源であるとしている。「いね」は秈[shean]の頭音が脱落したものである可能性がある。
襲[ziəp]
xi(sji)
jaahp(xik)
seup(tap)
お-
そう 惜[syak]
xi(sji)
sik(xik)
seok(tich)
お-
しい 写[sya]
xie(sjia)
se(xia)
sa(ta)
う-
つす 県[huyen]
xian(sjiae)
yuhn(yhoe)
hyeon(huyen)
あ-
がた
興[xiəng]
xing(sjing)
hing(xin)
heung(hung)
お-
こる
現代北京語でyであらわれる音古代中国語の疑母[ng-]あるいは喉音[h-]が脱落したものが多い。日本語ではア行、ヤ行、ワ
行であらわれものが多い。
要[iô]
yao(iau)
yiu(yao)
yo(yeu)
い
る 揺[jiô]
yao(iau)
yuih(yhao)
yo(dao)
ゆ
れる 夜[jyak]
ye(ia)
yeh(yhia)
ya(da) よ
る 医[--]
yi(i)
yi(yi)
ui(y)
い
やす 訳[jyak]
y(i)i
yihk(yhik)
yeok(dich)
わ
け 憂[iu]
you(iu)
yau(yhou)
u(uu)
う
れい、うれう 優[iu]
you(iu)
yau(you)
u(uu)
や
さしい 癒[jio]
yu(yu)
yuh(yhu)
yu(du)
い
える 魚[ngia]
yu(yu)
yuh/yu(yhu/ng)
eo(ngu)
う
お・な 御[ngia]
yu(yu)
--(nyu)
eo(ngu)
お、
み、ゴ、ギョ 岳[ngiok]
yue(--)
ngohk(ngok)
ak(nhac)
お
か 厭[iap]
yan/ya/yi(iae)
yim(yi)
yeom(yem)
い
とう・いや 音[iəm]
yin(iae)
yam(yin)
eum(am)
お
と 縁[djiuan]
yuan(yuae)
yuhn(yhoe)
yeon(duyen)
え
に-し 怨[iuan]
yuan(yuae)
yun(yoe) won(oan)
う
らむ 羊[jiang]
yang(iae)
yeuhng(yhan)
yang(duong)
や
ぎ 揚[jiang]
yang(iae)
yeuhng(yhan)
yang(duong)
あ
げる 楊[jiang] yang(iae)
yeuhng(yhan)
yang(duong)
や
ぎ・やなぎ 仰[ngiang]
yang(iae)
yeuhng(nian)
yeong(nguong)
あ
おぐ 鴬[hiueng]
ying(ing)
--(yin)
aeng(oanh)
う
ぐひす(隹) ○現代北京語でyであらわれることばのなかには、古代中国語の疑母[ng-]、喉音[h-]などの脱落したものがみられる。 [ng-]の
脱落例:魚[ngia]う
お、御[ngia]お、
岳[ngiok] お
か、仰[ngiang]あ
おぐ、 ○古代中国語の「夜」は液[jyak]と同じ韻尾をもっていた。韻尾の[-k]や弥生音では夜(よる) であらわれる。夜(ヤ)、夜(よ)は韻尾が脱落したものである。同じ声符をもった漢字に腋(エキ・わき)がある。 ○漢和辞典では訳(ヤク)は音、訳(わけ)は訓と している。しかし、漢字には同じ声符をワ行とヤ行に読み分けるものもある。ヤ行とワ行は同じ声符の異音である。 例:
委[iuai](イ)・
倭[iuai](ワ)、
域[hiuək](イ
キ)・惑[hiuək](ワ
ク) ○魚(うお)は古代中国語の魚[ngia]の頭音が脱落したものであり、魚(な)は[ng-]がナ行に転移したものである。朝鮮漢字音の魚(eo)は日本語の魚(うお)に近い。朝鮮語、古代日本語 では鼻濁音[ng-]は語頭に立たない。 ○御(お・おん)は古代中国語の御[ngia]の頭音が脱落したものであり、御(み)は[ng-]がマ行に転移したものである。 ○日本語の「おか」は「岡」「丘」などと表記され るが、語源的には中国語の岳[ngak]、陸[liuk]、陵[liəng]などと近い。 ○古代中国語の音[iəm]の祖語は音[iəp*] であったと考えられる。古代中国語の韻尾[-p] は日本漢字音ではタ行にあらわれることが多い。訓(弥生音)の音(おと) は中国語祖語[iəp*]の韻尾音を継承している。 例:立[liəp] リツ、接[tziəp] セツ、摂[siap] セツ、湿[sjiəp] シツ、雜[dzəp] ザツ、 ○怨(うらむ) は韻尾[-n]がラ行に転移したものである。ナ行とラ行は調音の 位置が同じ(前口蓋)であり、転移しやすい。 例:
恨(コン・うらむ)、閏(ジュン・うるう)、潤(ジュン・うるおう)、 ○「羊」は現代では「ひつじ」に用いられている が、語源的には羊[jiang]の韻尾[-ng]がカ行であらわれたもので羊(やぎ)である。古代 中国語の韻尾[-ng]は中国語祖語では[-k*]あるいは[-g*]に近かったと考えられている。このほかにも中国語の韻尾[-ng]が弥生音でガ行であらわれえる例はある。 例:
揚[jiang]あげる、
楊[jiang]やぎ・
やなぎ、仰[ngiang]あ
おぐ、鴬[hiueng]うぐい
す、 ○鴬(うぐいす)の「す」は中国語の「隹」であ り、鳥を意味する。鴉(からす)の「す」なども同じである。「うぐいす」は「鴬隹」であり、「からす」は「鴉隹」である。、 牙[ngea]
ya(ia)
ngah(gna)
a(nha)
き
ば、は 鴉[ea/ngea]
ya(ia)
a(ya)
a(a/uha)
か
らす 崖[nge]
ya(--)
ngaai(yha)
ae(nhai)
が
け 越[jiuat]
yue(yue) yuht(yhuik)
weol(viet)
こ
える 言[ngian]
yan/yin(iae)
yihn(yi)
eon(ngon)
こ
と-ば 顔[ngean]
yan(iae)
ngaahn(nge)
an(nhan)
か
ほ(顔貌) 烟・
煙[yen]
yan(iae)
yin(yi)
yeon(yen)
け
む、けむり 雁[ngean]
yan(iae)
ngaahn(nge/yi)
an(nhan)
か
り 雲[hiuən]
yun(yuae)
wahn(yhun)
un(van)
く
も 影[yang]
ying(ing)
ying(yin)
yeong(anh)
か
げ(景) ○古代中国語音の疑母[ng-]は日本漢字音でも訓(弥生音)でもカ行であらわれ る。 例:
牙[ngea]き
ば、鴉[ea/ngea] か
らす、崖[nge]が
け、 言[ngian]
こ
と-ば、
顔[ngean] か
ほ、雁[ngean] か
り、 ○越(エツ・こえる)の祖語は越[hiuat*]のような音であった可能性がある。日本語の越(こえ る)、ベトナム漢字音の越(viet)はその痕跡であろう。 ○日本語の「かほ・かお」は中国語の「顔貌」に対 応することばであろう。 ○雁(ガン・かり)の訓(弥生音)は雁[ngean]の頭音が清音になり、韻尾[-n]が転移したものである。古代日本語には濁音ではじ まる音節がなかったので転移した。 古代中国語の韻尾[-n]がラ行に転移する例は数多くみられる。 例:
巾(キン・きれ)、春(シュン・はる)、怨(オン・うらむ)、閏(ジュン・うるう)、潤 (ジュン・うるおす)、玄(ゲン・くろ)、など、 ○雲(ウン・くも)は古代中国語の雲[hiuən]である。訓(弥生音)では喉音[h-]がカ行であらわれ、日本漢字音では頭音が脱落して いる。 ○影(エイ・かげ)の古代中国語音は影[yang]とされているが、同じ声符をもった漢字に景[hyang]がり、祖語は影[hyag*]であった可能性が高い。訓(弥生音)の影(かげ) は祖語の頭音[h-]を継承したものであろう。
喩[jio]
yu(yu)
--(yhu)
yu(du)
さ
とす 園[hiuan]
yuan(yuae)
yuhn(yhoe)
won(vien)
そ
の 苑[iuan]
yuan(yuae)
--(yoe)
won(uyen)
そ
の 猿・
猨[hiuan]
yuan(yuae)
yuhn(yhoe)
won(vien)
さ
る 様[jiang] yang(iae)
yeuhng(yhan)
yang(dang)
さ
ま ○「喩」の声母「兪」には輸[sjio]のような音もある。「輸」の日本漢字音は輸(ユ) であるが頭音が脱落したものである。ちなみに「輸」の方言音はつぎの通りである。喩(さとす)は祖語の喩[sjio*]の頭音を継承したものであろう。
輸[sjio]
shu(fu)
syu(sy)
su(tau/du)
ユ ○苑[iuan]は園[hiuan]に音義ともに近く、日本漢字音の苑(エン)、園 (エン)は古代中国語の喉音[h-]の脱落したものである。訓(弥生音)の苑(そ の)、園(その)は[h-]が介音[-iu-]の影響で口蓋化して摩擦音になったものである。 ○猿・猨[hiuan]の訓(弥生音)は喉音[h-]が介音[-iu-]の影響で摩擦音化したものである。 ○「様」の声符「羊」には詳[ziang]、祥[ziang]のような頭子音をもった音もある。訓(弥生音)の 様(さま)は頭子音の痕跡を残している。
寅[jien]
yin(iae)
yahn(hhin)
in(dan)
と
ら ○酉(とり)、寅(とら)のベトナム漢字音酉(dau)、寅(dan)は弥生音に近い。ベトナム漢字音は古い中国語音の 痕跡を多く伝えており、弥生音の酉(とり)、寅(とら)も同源である可能性がある。
魚[ngia]
yu(yu)
yuh/yu(hyu/ng)
eo(ngu)
な・
うお 延[jian]
yan(iae)
yihn(yi)
yeon(dien)
の
びる 咽[yen]
yan/ye/yuan(--)
yan(yik) yeon(yen/nuot) の
ど ○日本語の野(の)、咽(のど)延(のびる)は中 国語祖語は野[dia*]、延[dian*]、咽[dyen*]ののような音であり、d がナ行に転移したものである。ベトナム漢字音には 中国語祖語のdの痕跡がみられる。 ○「野」の声符である「予」には序(ジョ)などが あり、中国語の祖語には頭子音があったことがわかる。ベトナム漢字音の野(da)は古い中国語音の痕跡をとどめている。日本でも古事記のなかで、「野」と同じ声符 を持つ「杼」を杼(ど)と読ませている例がある。 例:
袁登賣杼母(乙女ども)<記歌謡15>、知杼理
(千鳥)<記歌謡17>、邇保杼理(鳰鳥) <記歌謡38>、伊耶古杼母
(いざ子ども)<記歌謡43>、 「野」の中国語祖語は野[djya*]と再構することができ、日本語の野(の)は中国語 祖語と同源である。 ○「延」と同じ声符をもつ漢字に誕(タン)があ り、古代中国語音は誕[dan]である。誕(のびる) の「び」は韻尾[-n]の転移したものである。日本語では[-n]と[-m]は弁別されない。[-m]は語中では濁音になって[b]のごとく発音される。 例:
三郎(サンロウ・サブロウ) ○「咽」に頭子音があったことはベトナム漢字音の
咽(nuot)が示唆している。「咽」の祖語は咽[et*]のような音であったものと考えられる。その痕跡は
日本漢字音の嗚咽(オエツ)にも見られる。 ◎ハ行 牙[ngea] ya(ia) ngah(nga) a(nha) は・ きば 芽[ngea] ya(ia)
ngah(nga)
a(nha)
はぎ(芽子) 羽[hiua] yu(yu)
yuh(yhu)
u(vu)
は 原[ngiuan]
yuan(yuae)
yuhn(nyuoe)
won(nguyen)
は
ら 媛[hiuan]
yuan(xuae)
wuhn(yhoe)
won(vien)
ひ
め ○羽(ウ)、媛(エン)の日本漢字音は頭子音が失 われているが、古代中国語音は羽[hiua]、媛[hiuan]であり、訓(弥生音)は頭子音[h-]を羽(は)、媛(ひめ)として伝えている。 ○中国語の疑母[ng-]は後口蓋音であり、調音の位置が咽音[h-]に近い。そのため、訓(弥生音)ではハ行であらわ れることがある。中国では歯科のことを牙科という。 例:
牙[ngea]は、
原[ngiuan]は
ら、 ◎マ行 芽[ngea]
ya(ia)
ngah(nga)
a(nha)
め 雅[ngea]
ya(ia)
ngah(ya)
a(nha)
み
やび(雅美) 御[ngiak]
yu(yu)
--(nyu)
eo(ngu)
み・
おん 眼[ngean]
yan(ngiae)
ngaahn(gne) an(nhan)
め 圓[hiuən]
yuan(yuae)
yuhn(yhoe)
weon(vien)
ま
る 元[ngiuan]
yuan(yuae)
yun(nyuoe/yhoe) won(nguyen)
もと 迎[ngyang]
ying(ing)
yihng(nin)
yeong(ngenh)
む
かえる ○「芽」の日本漢字音は芽(ガ)である。鼻濁音と
濁音を区別して書けば芽(カ゜)である。「芽」と同じ声符をもつ「牙」は牙(ガ・は)であり、「芽」は芽(ガ・め)である。 ○日本語の「みやび」は中国語の「雅美」であろ う。 ○日本語の眼(め)は古代中国語の眼[ngean]と関係の深いことばであろう。「眼」の上海語音は 眼(nge)であり、日本語の眼(め)に近い。上海語では韻尾 の[-n]がしばしば脱落する。 ○圓[hiuən]の頭音[h-]は日本語にはない音であり、調音の位置が[ng-]に近い。「丸」の北京音は丸(wan)である。圓[hiuən]の介音[-iu-]は北京音では圓(yuan)となり、丸[huan]の介音[-u-]は北京音では丸(wan)となってあらわれている。 中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 ○元[ngiuan]の韻尾[-n]は中国語祖語では[-t*]であったと考えられている。中国の韻図である『韻 鏡』には韻尾の[-t]は[-n]の入声音として、[-n]と同じ表のなかに示されている。
中
国古代音
現
代北京音
現
代広東音
朝
鮮漢字音
弥
生音 ○中国語のyはwに転移することがある。 例:
委(イ)・倭(ワ)、惑(ワク)・域(イキ)、涌(ヨウ・わく)、湧(ユウ・わく)、
音[iəm]
yin(iae)
yam(yin)
eum(am)
ね・
おと ○日本語の葉(は)は中国語祖語の頭音dが脱落したものでる。韻尾の[-p]が日本語の葉(は・はっぱ)になった。 ○音(ね)は中国語の音[iəm]の韻尾が転移したものである。日本漢字音では[-m]と[-n]が弁別されていない。 [-m]と[-n]はともに鼻音であり、調音の位置も近い。韻尾の[-m]と[-n]は現代北京音、上海音でも弁別されていない。
踊[jiong]
yong(yung)
--(yong)
yong(dong)
お-
どる 泳[hyuang]
yong(--)
wihng(yong)
yeong(vinh)
お-
よぐ ○「与」「踊」の祖語は与[dia*]、踊[diog*]であったと考えられる。ベトナム漢字音の与(du)、踊(dong)はそれを示唆している。古代日本語では濁音が語頭 にたつことがなかったので、訓(弥生音)では母音を添加した。日本漢字音でも同じ声符をもった漢字に頭音がみられる。 例:
與(ヨ)・嶼(ショ)、甬(ヨウ)・桶(トウ)、 ○「泳」の朝鮮漢字音は泳(yeong)である。古代中国語音は語頭に濁音[h-]があったため、日本語では泳(およ ぐ)と語頭に母音が添加されたものであろう。 [Z] 現代北京語のzは弥生音ではサ行、タ行などであら われる。
簀[tzhek]
ze(tsei)
--(--)
chaek(trach)
す
(生簀) 坐[dzuai]
zuo(tso)
choh(shu)
jwa(toa)
す
わる 座[dzuai]
zuo(tso)
joh(shu)
jwa(toa)
す
わる 遮[sjiak]
zhe(tshiə)
je(zo)
cha(gia)
さ
ける、さえぎる 摺[ziəp]
zhe(tshiə)
zhip(zek)
jeop(--)
す
る 指[tjiei]
zhi(tshi)
ji(zy)
ji(chi)
さ
す 芝[tjiə]
zhi(tsji)
ji(zy)
ji(chi)
し-
ば(芝葉) 知[tie]
zhi(tshi)
ji(zy)
ji(tri)
し
る 汁[tjiəp]
zhi(tshi)
jap(zek)
jeup/jip(trap)
し
る 直[diək]
zhi(tsji)
jihk(shek)
jik(truc)
じ
き-に、
じか-に 州・
洲[tjiu]
zhou(tshiou)
jau(zou)
ju(chau)
す 椎[diuəi]
zhui(tshui)
zhouh(zoe)
chu(chuy)
し
い 占[tjiam]
zhan(tshia)
jim(zoe)
seon(chiem)
し
める 鎮[tien]
zhen(--)
jan(zen)
jin(tran) し
ずめる 状[dziang]
zhuang(--)
johng(shang)
san/jang(tang)
さ
ま ○サ行音は古代中国語の[t-]あるいは[d-]が摩擦音化したものが多い。古代中国語音がtまたはdで日本漢字音がサ行のものには次のようなものがあ る。 例:
指[tjiei](シ・
さす)、芝[tjiə](シ・
しば)、汁[tjiəp](ジュ
ウ・しる)、州・洲[tjiu](シュ
ウ・ す)、椎[diuəi](ス
イ・しい)、占[tjiam](セ
ン・しめる)、
○摺[ziəp] 、汁[tjiəp]では古代中国語の韻尾[-p]はラ行に転移して摺(する)、汁(しる)となって あらわれている。朝鮮漢字音では中国語韻尾[-t]は規則的に(-l)であらわれる。訓(弥生音)では中国語の韻尾[-n]や[-t]がラ行に転移することおが多いが、[-p]もラ行であらわれることがある。中国語韻尾には[-l]はない。 ○弥生音がサ行で、日本漢字音がタ行であらわれる ものには次のようなものがある。サ行音はタ行音の摩擦音化したものである。 例:
知(チ・しる)、直(チョク・じき)、鎮(チン・しずめる) ◎タ行音 古代中国語音では[t-]または[d-]であらわれ、ベトナム漢字音でも(t-)または(tr-)であらわれるものが多い。ベトナム漢字音は、弥生 音とともに古い中国語の痕跡を多く残している。 造[dzuk] zao(tsau)
jouh(shao)
jo(tao)
つ
くる 漬[dziek]
zi(tsae)
zhik(--)
--(--)
つ
ける 足[tziok]
zu/ju(tsou)
juk(zok)
jok(tuc)
た
る・たりる 作[tzak]
zuo(tso)
jok(zak)
jak(tac)
つ
くる 撮[tsuat]
zuo(--)
chyut(zak)
chwal(toat)
と
る 樽[dzuən]
zun(tsuae)
--(zen)
jun(ton)
た
る 照[tjiô] zhao(tshiau)
jiu(zao)
jo(chieu)
て
る 着[diak] zhao(--)
jeuk(shak)
chak(truoc)
つ
く 執[zjio]
zhi(tsji)
jap(zek)
jip(chap)
と
る 著[tia]
zhu(pfhu)
jyu(zy)
jeo(tru/truoc) つ
く 竹[tiuk] zhu(pfu)
juk(zok)
ju(truc)
た
け 隹[tjiuəi]
zhui/cui(pfhu)
--(--)
chu(chuy)
と
り 綴[tiuat]
zhui/chuo(--)
--(zoe)
cheol(xuyet/chuc)
つ
づる 啄[teok ]
zhuo(pfo)
deuk(zok/shok) thak(trac)
つ
つく 拙[tjiuat]
zhuo(pfiae)
jyut(zok)
jol(chuyet)
つ
たない 卓[teôk]
zhuo(pfo)
cheuk(zok)
thak(trac)
つ
く-え 酌[tjiôk]
zhuo(tshio)
jeuk(zak)
jak(chuoc)
つ
ぐ 湛[təm]
zhan(--)
--(--)
tam/chim(tram) た
たえる 傳[tyam]
zhuan(pfae)
chyuhn/jyuhn(shoe) jeon(truyen) つ
たえる 丈[diang]
zhang(tshiae)
jeuhng(shan)
jang(truong) た
け 杖[diang]
zhang(tshiae)
jeuhng(shan)
jang(truong) つ
え 種[diong]
zhong(pfəng) jung(zong)
jong(chung)
た
ね 塚[tiong]
zhong(pfəng) --(zong)
chong(trung) つ
か 撞[deong]
zhuang(pfhae)
johng(shang)
tang(chang)
つ
く ○訓(弥生音)は古い中国語音を継承したものであ
り、音はそれが摩擦音化したものである。これらの漢字の祖語がベトナム漢字音に近かったものとおもわれる。 例:
造[duk*](ゾ
ウ・つくる)、漬[dek*](シ・
つける)、足[tok*](ソ
ク・たる)、作[tak*](サ
ク・ つくる)、撮[tat*](サ
ツ・とる)、樽[dət*](ソ
ン・たる)、照[tôk*](ショ
ウ・てる)、執[to*]
(シ
ツ・とる)、 ○「足」を足(たる・たりる)とするのは朝鮮語語
源だという説がある。たしかに「足」の朝鮮漢字音は足(jok)であり、足(たる)とは関係なさそうにみえる。 ○古代中国語のさまざまな韻尾が訓(弥生音)では ラ行音であらわれることがある。中国語の韻尾にはもともと[-l]という音はない。 例:
足[tziok]たる、
撮[tsuat]とる、
樽[dzuən]たる、
照[tjiô]てる、
隹[tjiuəi]と
り、湛[təm]た
たる、傳 [tyam]つ
たえる、
朝鮮漢字音では中国語の韻尾[-t]は規則的に(-l)であらわれる。それと比較して訓(弥生音)の対応 は不規則にみえる。しかし、中国語の韻尾は時代とともに弱くなり、地 域によっても南から北へ行くにしたがって弱くなっている。例えば、入声音韻尾[-p][-t][-k]は広東音では弁別されているが、上海音では一つに なり、北京音では完全に失われている。日本漢字音でも[-p]は[-t]あるいは[-ng]に転移している。 ○古代中国語のtは日本語では二音節であらわれることがある。 例:
綴[tiuat]つ
づる、
啄[teok ]つ
つく、
拙[tjiuat]つ
たな
い、湛[təm]た
たえ
る、傳[tyam]つ
たえ
る、 外国語音の音節の数は、受け入れる側の音韻構造に よって変化することがある。アルファベットのxは喉音であるが、英語ではx(エックス)に近い発音になる。聖書の「ヨハネ伝」は「ヨ・ハ・ネ」と三音節だが 英語ではJohnと一音節である。また、英語のsaladは二音節だが、日本漢字音では「サ・ラ・ダ」と三 音節になり、中国語の記念日は「キ・ネン・ビ」と三音節だが、日本語の表記では「キ・ネ・ン・ビ」と四文字になる。 ○北京語でzであらわれる漢字のなかには、日本漢字音がタ行で 訓(弥生音)がサ行であらわれるものがあることは前項でみた。 例:
知(チ・しる)、直(チョク・じき)、鎮(チン・しずめる)、 造(ゾウ・つくる)音がサ行で、訓はサ行であるの に対して、知(チ・しる)は逆である。口蓋化による摩擦音化は言語一般に広くみられる現 象であり、中国語のなかでも、さまざまな地域で、長い時間をかけて進行したものであり、日本漢字音のなかでも摩擦音化は起こったと考えられる。
載[tzə]
zai(tsae) joi(ze)
jae(tai)
の
る・のせる 煮[tjya]
zhu(tshə)
jyu(zy)
ja/jeo(chu)
に
る 濁[diok]
zhuo(pfo)
juhk(shok)
thak(troc)
に
ごる 粘[tyam]
zhan(ngiae)
nihm(--)
jeom(chiem)
ね
ばる 展[tian]
zhan(tshiae)
jin(zoe)
jeon(trien)
の
べる 長[diang]
zhang(tshiae)
cheuhng/jeung(zang)
jang(truong) な
がい 中[tiuəm]
zhong(pfəng) jung(zong)
jung(trung)
な
か ○これらの漢字のベトナム漢字音は古代中国語音を(t-)あういは(tr-)としてよくとどめている。訓(弥生音)は古代中国
語音やベトナム漢字音にあるtがナ行に転移したものである。 ○古代日本語には濁音ではじまる単語はなかったの で、古代中国語の濁[diok]、長[diang]などは半濁音であるナ行に転移した。
子[tziə]
zi(tsji)
ji(zj)
ja(tu/ty)
こ 蔵[dzang]
zang(tshae)
chohng/johng(shan) jang(tang) く
ら 之[tjiə]
zhi(tsji)
ji(zy)
ji(chi)
こ
れ 雉[thyei]
zhi(tshi)
chi(zy)
chi(tri)
き
じ 粥[kiuəng]
zhou/zhu(pfu)
zhuk(zok)
--(chuc)
か
ゆ 築[tiok]
zhu(pfu) juk(zok)
chuk(truc)
き
ずく 鐘[tjiong]
zhong(pfəng) jung(zok)
jong(chung)
か
ね ○一般にサ行音はタ行音の摩擦音化されたものであ
ると考えられているが、古代中国語の後口蓋音 これはあくまでも仮説であるが、これらのことばの 祖語はつぎのような音であったのではなかろうか。古代中国語音は祖語が摩擦音化したものである。 例:
子[xiə*]、
蔵[hang*]、
債[hek*]、 之[xiə*]、 雉[hyei*]
、
築[xiok*] 、
着[hiak*] 、
酌[xiôk*] 、
鐘[xiong*]、
○「粥」は古代中国語音が粥[kiuəng]で日本漢字音は粥(シュク・かゆ)である。 ○日本漢字音でサ行であらわれ、弥生音でカ行であ らわれることははほかにも多い。 北
京音がcの
例:草(ソウ・くさ)、此(シ・これ)、蹴(シュウ・ける)、倉(ソウ・くら)、車 (シャ・くるま)、臭(シュウ・くさい)、川(セン・かわ)、釧(セ
ン・くしろ)、 これらの弥生音が古代中国語音の祖語と関係がある ことを証明するためには、まず、日本語の訓(弥生音)のなかに中国語と同源のことばがあるという前提を認めてもらわなけれならない。そのうえで、これらの例を整合的に説明できる例を 十分にあげることが必要であろう。
札[tzheat]
zha(tsa) jaat(zak)
chal(trat)
ふ
だ 箸[tjya]
zhu(pfhu)
jyu(zy) jeo(tro)
は
し 箴・
鍼[tjiəm]
zhen(tshiae) zham(zen)
chim(cham)
は
り 針[tjiəm]
zhen(tshiae) jam(zen)
chim(cham)
は
り 榛[tzhen ]
zhen(tshiae)
--(zen)
jin(tran)
は
り・はんのき 振[tjiən]
zhen(tjiae)
jan(zen)
jin(chan)
ふ
る 張[tiang]
zhang(tshiae) jeung(zang)
jang(truong)
は
る ○サ行音は中国語の祖語の喉音[h-*]の痕跡ではないかと考えられる。札[tzheat]、榛[tzhen ]の声母に含まれる有気音[h]はその痕跡ではなかろうか。 日本漢字音がサ行で訓(弥生音が)がハ行であらわ れる例はほかにもある。 例:歯(シ・は)、吹(スイ・ふく)、春(シュン・は
る)、秦(シン・はた)、晴(セイ・ はた)、萩(シュウ・はぎ)、 江戸弁は「ヒ」と「シ」の区別ができないとよくい われるが、「シ」は「ヒ」の口蓋化したものであり、口蓋化は江戸弁だけでなく、一般的に起こる言語現象なのである。
折[tjiat]
zhe(tshiə)
jit(zek)
cheol(chiet)
お
る 枝[tjie]
zhi(tsi)
ji(zy)
ji(chi)
え 織[tjiək]
zhi(tsji)
jik(zek)
jik(chuc)
お
る 置[tjiək]
zhi(tsji)
ji(zy)
chi(tri)
お
く 灼[tjiôk]
zhuo(tjio)
jeuk(zak)
jak(chuoc)
や
く ○「灼」と同じ声符をもったことばに約(ヤク)が ある。日本語の「やく」は中国語の「灼」「焼」などと関係のあることばであろう。 致[tiet]
zhi(tshi)
ji(zy)
chi(tri)
い-
たす 至[tjiet] zhi(tshi)
ji(zy)
ji(chi) い- たる 墜[diuət]
zhui(pfei)
jeuih(shoe)
chu(truy)
お- ちる・お- とす 淳[zjiuən]
zhun(pfae)
seuhn(zen)
sun(thuan)
あ-
つい ○「淳」の日本漢字音は淳(ジュン)であり、淳 (あつい)とは関係がないように思われるが、ベトナム漢字音は古代中国語音の痕跡をとどめている。日本語の淳(あつい)は淳(thuan)に母音が添加されてものであろう。
8.日本語と中国語の音韻構造
しかも、それは時代や地域によって異なる。ここでは古代中国語音が訓(弥生音)にどのようにあらわれるかを整理してみたい。古代中国語の韻尾と訓(弥生音)とはかなり規則的な対応がみられる。 古代中国語韻尾の[-k]は訓(弥生音)ではカ行、またはラ行であらわれる。ごく少数だがタ行に転移するものもある。
◎ラ行:暴(あばれる)、蹴(ける)、護(まもる)、腹(はら)、殻(から)、曲(まがる)、射(いる・さす)、識(しる)、色(いろ)、熟(うれる)、夜(よる)、織(おる)、足(たる)、、赦(ゆるす) ◎タ行:克(かつ)、睦(むつ)、黙(もだす)、 ◎脱落:目(め)、蟇(がま)、朴(ほお)、酸(す)、世(よ)、御(おん・み)、簣(す)、
古代中国語韻尾の[-t]は訓(弥生音)ではタ行、ラ行などであらわれる。 ◎タ行:筆(ふで)、鉢(はち)、佛(ほとけ)、地(つち)、蓋(ふた)、櫃(ひつ)、絶(たつ)、例(たとえる)、熱(あつい)、舌(した)、拙(つたない)、札(ふだ)、致(いたす)、葛(かづら・かずら)、綴(つづる)、 ◎ ラ行:擦(する)、撮(とる)、徹(とおる)、出(でる)、喫(くらう)、吠(ほえる)、拂(はらう)、祓(はらう)、括(くくる)、惚(ほれる)、掘 (ほる)、堀(ほり)、頼(たよる)、滅(ほろびる)、媚(こびる)、没(うもる)、切(きる)、列(つらなる)、漆(うるし)、刷(する)、折(お る)、衛(まもる)、越(こえる)、撮(とる)、至(いたる)、墜(おちる)、 ◎ナ行:骨(ほね)、物(もの)、刎(はねる)、 ◎ハ行:乞(こふ)、憩(いこふ)、 ◎カ行:説(とく)、突(つく)、 ◎脱落:梨(なし)、栗(くり)、秘(ひめる・ひそむ)、妹(いも)、失(うす)、味(うまい)、 [-p] 古代中国語韻尾の[-p]は訓(弥生音)ではハ行、バ行、マ行、などであらわれる。ハ行、バ行、マ行はいずれも脣音であり、調音の位置が同じである。調音の位置が同じ音は音価も近く、転移しやすい。
◎バ行:粒(つぶ)、渋(しぶい)、 ◎マ行:畳(たたみ)、汲(くむ)、挟(はさむ)、鋏(はさみ)、湿(しめる)、 ◎ラ行:入(いる)、貼(はる)、摺(する)、汁(しる)、 ◎タ行:立(たつ)、厭(いとふ・いや)、 ◎カ行:泣(なく)、匣(はこ)、 [-n] 古代中国語音韻尾の[-n]は訓(弥生音)ではナ行、マ行などであらわれる。日本語では韻尾の[-n]と[-m]を弁別しないから、中国語の韻尾[-m]もナ行、マ行などであらわれる。
◎ マ行:浜(はま)、絆(ひも)、蝉(せみ)、臣(おみ)、弾(たま)、点(ともす)、繙(ひも)、肝(きも)、缶(かめ・かま)、混(こむ)、簡(か み)、困(こまる)、君(きみ)、軍(くめ)、進・晋(すすむ)、薦(すすめる)、漸(すすむ)、間(ま)、卵(たまご)、浪(なみ)、眠(ねむる)、民 (たみ)、蟠(へみ・へび)、泉(いずみ)、神(かみ)、山(やま)、弾(たま)、嘆息(ためいき)、填(つめる)、屯(たむろ)、呑(のむ)、炭(す み)、天(あめ)、文(ふみ)、身(み)、閑(ひま)、訓(よみ)、煙・烟(けむり)、雲(くも)、媛(ひめ)、鎮(しずめる)、 ◎バ行:椿(つばき)、陳(のべる)、鈍(にぶい)、登(のぼる)、申(のべる)、伸(のびる)、延(のびる)、展(のべる)、 ◎ タ行:本(もと)、辰(たつ)、伝(つたえる)、盾(たて)、断(たつ)、澱(よどむ)、幡(はた)、管(くだ)、館(やかた)、痕(あと)、堅(かた い)、肩(かた)、濫(みだりに)、乱(みだれる)、満(みつる)、悶(もだえる)、門(かど)、綿(わた)、面(おもて)、親(したしい)、秦(は た)、認(みとめる)、灘(なだ)、宛(あて)、腕(うで)、穏(おだやか)、県(あがた)、言(こと)、咽(のど)、元(もと)、伝(つたえる)、淳 (あつい)、秦(はた)、 ◎ ラ行:辺(へ・へり)、花弁(はなびら)、塵(ちり)、釧(くしろ)、春(はる)、典(のり)、奮(ふるう)、干(ひる)、漢(から)、韓(から)、昏 (くれ)、魂(こころ)、換(かえる)、還(かえる)、環(めぐる)、恨(うらむ)、緩(ゆるむ)、郡(こほり・むら)、巾(きれ)、見(みる)、墾(は り)、寛(ひろい)、芹(せり)、爛(ただれる)、隣(となり)、錬(ねる)、覧(みる)、片(ひら)、群(むれ)、譲(ゆずる)、潤(うるおう)、閏 (うるう)、軟(やわらか)、燃(もえる)、散(ちる)、丸(まる)、吻(くちびる)、雁(かり)、辛(からい)、薫(かおる)、玄(く ろ)、涎(たれる)、馴(なれる)、巡(「めぐる」、洗(あらう)、現・顕(あらわれる)、怨(うらむ)、猿(さる)、寅(とら)、原(はら)、圓(ま る)、樽(たる)、榛(はり)、振(ふる)、馴(なれる)、 ◎脱落:千(ち)、天(て)、田(た)、眼(め)、 [-m] 古代中国語の韻尾[-m]は訓(弥生音)ではマ行、ハ行、バ行などであらわれる。マ行、ハ行、バ行は調音の位置が同じ(脣音)であり、転移しやすい。韻尾[-m]はナ行であらわれることもある。[-m]と[-n]はいずれも鼻音であり、調音の位置も近い。調音の方法や調音の位置が近いものは音価も近い。
◎ハ行:念(おもふ)、 ◎バ行:粘(ねばる)、 ◎ナ行:金(かね)、兼(かねる)、艦(ふね)、稔(みのる)、唸(うなる)、尋(たずねる)、 ◎タ行:廉(かど)、琴(こと)、疼(いたむ)、痛(いたい)、音(おと・ね)、 ◎カ行:融(とける)、 ◎ラ行:庵(いおり)、俺(おれ)、減(へる)、降(ふる)、檻(おり)、心(こころ)、限(かぎり)、嫌(きらう)、降(ふる・おりる)、湛(たたえる)、鍼・箴・針(はり)、 ◎脱落:帆(ほ)、 [-ng] 古代中国語の韻尾[-ng]はカ行またはマ行であらわれるものが多い。[-ng]は[-k]と調音の位置が同じであり、[-m]とは調音の方法が同じ(鼻音)である。
◎マ行:病(やまい)、澄(すむ)、嘗(なめる)、党(とも)、灯(ともる)、公(きみ)、鏡(かがみ)、霊(たま)、霜(しも)、誦(よむ)、停(とまる)、渟(たまる)、網(あみ)、醒(さめる)、様(さま)、状(さま)、 ◎ハ行:請(こふ)、縄(なは)、桑(くは)、通(とほる)、仰(あふぐ)、 ◎バ行:頸(くび)、昇(のぼる)、登(のぼる)、統(すめる・すべる)、 ◎ ラ行:城(しろ)、蔵(くら)、倉(くら)、成(なる)、乗(のる)、当(あたる)、広(ひろい)、宏(ひろい)、弘(ひろい)、幌(ほろ)、経(へ る)、狂(くるう)、両(もろ)、萌(もえる)、平(ひら)、軽(かるい)、頃(ころ)、槍(やり)、抛(ほうる)、忘(わする)、香(かおり)、興(お こる)、踊(おどる)、張(はる)、容(いれる)、 ◎タ行:龍(たつ)、糧(かて)、幸(さち)、 ◎ナ行:常(つね)、舫(ふね)、嶺(みね)、梁(やな)、胸(むね)、種(たね)、 ◎脱落:方(へ)、黄(き)、綾(あや)、名(な)、網(あみ)、夢(ゆめ)、娘・嬢(む槍(やり)、毛(け)、筒(つつ)、湯(ゆ)、雄(を)、杖(つえ)、 [ô] 古代中国語の韻尾[ô]はカ行であらわれることが多い。[ô]は中国語祖語では[ôk*]に近い音であったと考えられる。
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