第128話 江南音の影響 中国語にはさまざまな方言がり、話し言葉ではほとんど会話が通じない地域が多い。このため中国政府は小学校低学年の段階からローマ字を教えて北京語の発音をローマ字で 教えようといている。日本漢字音も弥生時代から古墳時代にかけては長安の都の正音ではなく江南地方の中国語音の影響を強く受けた。中国語方言のおもな特徴 を図示するとつぎのようになる。 ① 鼻音韻尾の特徴
日本語には韻尾の-nと-mの区別がなく、「ン」と発音される。五十音図の「ン」は中国語音の-nと ② 入声音韻尾の特徴
朝鮮漢字音では中国語の韻尾-tは規則的に-lになる。日本漢字音では古代中国語韻尾の-pは、蝶[thyap]「てふ」などの例外を除いて、タ行で現れるものが多い。 雑[dzəp](ザツ)、 立[liəp](リツ)、 接[tziap](セツ)、 湿[sjiəp](シツ)、執[tjiəp](シツ)、 ③ 古代中国語の喉音は江南音では唇音に転移する。
花 火 灰 華 和
話
或
禍 現代の広東語音では花、火、灰などは喉音ではなく唇音で発音されている。古代中国語の喉音は日本漢字音では一般にカ行であらわれるが、日本語の花「はな」、火「ひ」、灰「はい」などは古代江南音を継承し ている可能性がある。 ④ 古代中国語の喉音や牙音(後舌音)はわたり音(i介音)の影響で摩擦音化した。 日本語でも五十音図のイ段では「ジ」と「ヂ」、「ズ」と「ヅ」の区別は失われているが、中国語 ではカ行音とサ行音が合流している例がある。 伎(ギ)・ 支(シ)、 耆(キ)・ 旨(シ)、 勘(カン)・ 甚(ジン)、 公(コウ)・ 頌(ショウ)、 稲荷山鉄剣の「ワカタケル」は「獲加多支鹵」と書かれていて、「支」は「ケ」にあてられている。雄略天皇の時代の漢字音では「支」はカ行だったのであ る。万葉集では「支」は16回使われ ているが、いずれも支「キ・ギ」と読まれていて支「シ」と読まれる例は1例もない。 中国語では唐代以降も摩擦音化が進んでいて、日本漢字音でカ行とサ行に読み分けられている漢字が北京音などで合流しているものがみられる。「北京」も日本語では北京「ペキン」だが現代の北京語では北京(Beijing)である。
古代中国語音 北京音 上海音
広東音 日本語の焦「こげる」、倉「くら」、清「きよい」、小「こ」、消「きえる」、辛「からい」なども古代中国語の地方音を留めている可能性がある。 万葉集ではつぎにあげる漢字も訓読みがほとんどで音読はみられない。 神(○かみ・×ジン)、 是(○これ・×ゼ)、 小(○こ・×ショウ)、 これらの訓読みの漢字も後舌音が摩擦音に変化する前の形を留めたものである可能性がある。 |
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