第125話 万葉人の声を聞く

 万葉集の漢字音は我々が親しんでいる呉音、漢音、訓という音の体系とは違う。万葉集の冒頭の歌に使われている漢字が万葉集全体のなかでどのように使われているかを調べてみるとつぎのようになる。

○ 音専用:志(シ)、須(ス)、奈(ナ)、乃(ノ)、師(シ)、尓(○ニ・ジ)、
紗(サ・シャ)、

○ 訓専用:籠(○こ・×ロウ)、持(○もつ・ジ)、告(○のる・つげる、いふ・×コク)、
見(○みる・め・ケン)、国(○くに・く・×コク)、者(○は・×シャ)、
押(○おす・オウ)、戸(○へ・と・×コ)、背(○せ・そ・×ハイ)、歯(○は・×シ)、
閑(○か・×カン)、君(○きみ・くに・く・×クン)、津(○つ・×シン)、
名(○な・×メイ・×ミョウ)、吉(○き・よし、・×キチ・×キツ)、
目(○め・ま・も・むく・×モク)、倍(○へ・×バイ)、座(○ます・ゐ・×ザ)、
手(○て・× シュ)、菜(○つむ・な・×サイ)、採(○つむ・とる・×サイ)、
跡(○あと・と・セキ)、乳(○ち・×ニュウ)、児(○こ・×ニ・×ジ)、
岳(○をか・を・ガク)、吾(○あ・わ・あれ・われ・×ガ)、根(○ね・×コン)、
山(○やま・サン)、呼(○を・よぶ・×コ)、雄(○を・をとこ・×ユウ)、

  音訓両用:毛(○モ・け)、布(○フ・ぬの)、思(○シ・おもふ)、此(○シ・これ)、
家(○ケ・いへ)、曾(○ソ・かつて)、己(○コ・おの・な・わが)、与(○ヨ・と)、
夫(○ブ・ますらを・つま)、美(○ミ・うるはし・×ビ)、母(○モ・おも・はは・×ボ)、
久(○ク・ひさし・キュウ)、虚(○コ・そら・うつ・×キョ)、
許(○コ・ゆるす・キョ)、居(○コ・をる・ゐる・×キョ)、
我(○カ゜・あ・わ・あれ・われ)、

 万葉集の漢字の読み方は現在の漢字の読み方とはずれているが、一定の法則にしたがっている。上の表から万葉集の時代の漢字音についていくつかの特色が浮かびあがってくる。

  1.万葉集の時代の日本語には「ン」で終わる音節がなかった。
    閑(○か・×カ ン)、君(○きみ・く・×クン)、津(○つ・×シン)、

2.万葉集の時代の日本語にはウ音便はなかった。
    籠(○こ・×ロウ)、名(○な・×メイ・×ミョウ)、乳(○ち・×ニュウ)、
    久(○ク・キュウ)、雄(○を・×ユウ)、

  3.万葉集の時代の日本語には拗音はなかった。
  手(○て・×シュ)、 紗(○サ・×シャ)、虚・許・居(○コ・×キョ)、

  4.万葉集の時代の日本語には濁音ではじまることばはなかった。
  尓(○ニ・×ジ)、倍(○へ・×バイ)、児(○こ・×ニ・×ジ)、岳(○をか・×ガク)、   吾(○あ・×ガ)、美(○ミ・、×ビ)、母(○モ・×ボ)、

  5.万葉集の時代の日本語にはラ行ではじまることばはなかった。
    籠(○かご・こ・×ロウ)、

もくじ

☆第126話 弥生音の痕跡