第142話
漢字検定に挑む 日本には漢字検定という制度があって、漢字の達
人になることが日本語に堪能なことのひとつの指標とされている。そのため毎年漢字検定を受ける人の数は250万人を超えるという。 漢字検定には1級から10級まであって、1級は
大学生・一般が対象で出題される漢字の数は常用漢字も含めて約6000字とされている。6000字にはちょっと自信がもてないという人のためには準1級と
いうのがあって、出題される漢字の範囲は約3000字とされている。 一般には2級
をとると就職などに有利だとされていて、漢字の数も1945字と少なくなる。2級は高校卒業・大学・一般を対象としている。出題には海女(あま)、玄人
(くろうと)、祝詞(のりと)、寄席(よせ)などが含まれていて四字熟語の「鶏口牛後」や「呉越同舟」などがでる。合格するのには8割程度の正解が必要と
され、2級の検定の合格率は2割り台だという。 2級もむずかしいという人のためには準2級とい
うのがあって、硫黄(いおう)、相撲(すもう)、草履(ぞうり)、凸凹(でこぼこ)、や四字熟語の「驚天動地」や「孤立無援」などが出題されたことがあ
る。以下3級の中学卒業程度から10級の小学校1年生修了程度まである。 3級 中学校卒業程度。1600字。 日本の多くの漢和辞典のもとになっている中国の
『康熙字典』には49,030字の漢字が収録されているという。また、諸橋徹次の『大漢和辞典』には漢字が5万余語、熟語が53万余語収録されているとい
う。 漢字は基本的
に表意文字だから、物の数だけ文字があってもいいはずである。そのうち幾つを知っていれば日本語として不自由なく読み書きできるのだろうか。漢字検定1級
は5万とある漢字のなかからわずか6000を選んで問うているのだが、その問題をみてみるとまず、「次の漢字の読みをひらがなで記せ」とある。 1.開敞、 2.拳養、 3.黌堂、 4.溽暑、 5.品騭、 常用漢字で育った世代には到底むりである。中国
人でも読めないであろう。漢字検定は1級の合格者のイメージとして中国の古典文学者を思い描いているのであろうか。これはとてもむりだたあきらめて2級の
問題をみてみると、、、 1.乾漆、 2.煮沸、 3.譲渡、 4.激甚、 5.豪壮、 1級の問題の正解は次の通りである。 1.かいしょう、2.かんよう、3.こうどう、4.じょく
しょ、5.ひんしつ、 2級の問題の正解は次の通りである。 1.かんしつ、2.しゃふつ、3.じょうと、4.げきじん、5.
ごうそう、 日本語では漢字の読み方には音と訓がある。音は
中国風の読み方であり、訓は漢字の意味に相当する日本語をあてたもので、いわば当て字である。 1.人を貶(さげす)んだような態度をとる。 中国語にはカ
ナがないからすべて漢字で書かなければならない。日本語でも記紀万葉の時代にはカナがなかったから万葉集などはすべて漢字だけで書いてある。しかし、現代
の日本語にはカナがあるのだから、やまとことばはひらがで書いててもよいのではないかという疑問がわいてくる。 かつて漢字文
化圏といわれた中国、朝鮮、ベトナムについてみると、中国では簡体字が使われ、朝鮮では教育漢字は1000字ほどが使われている。ベトナムでは漢字は完全
に廃止されてアルファベット表記になっている。現在漢字検定が成り立つのは日本だけかもしれない。韓国では漢字が使われることはあるがその読み方は音のみ
で訓読みはない。北朝鮮ではハングルだけで漢字は使われていない。それでも何の不便もないのである。 漢字検定には熟語訓のテストもある。 1.四阿、 2.飛白、 3.鬼灯、 4.水雲、 5.肌理、 試験の問題にでるほど難題ではなくとも、日本語
にはかなり熟語訓がある。月代(さかやき)、殺陣(たて)、三和土(たたき)、案山子(かかし)、女形(おやま)、梅雨(つゆ)、小豆(あすき)、老舗
(しにせ)、七夕(たなばた)などである。 動物・植物の名はカタカナで書くのことになった
が、秋刀魚(さんま)、時鳥(ほととぎす)、虎魚(おこぜ)、紫陽花(あじさい)、女郎花(おみなえし)、百日紅(さるすべり)、土筆(つくし)、秋桜花
(コスモス)などはまだ使われている。 ところで、漢字検定問題の正解は次の通りであ
る。 1.四阿(あずまや)、2.飛白(かすり)、3.鬼灯(ほおず
き)、4.水雲(もずく)、 これが日本語をより豊かにする表記であるかどう
か、これを使いこなせることが美しい日本語を使うことになるのかどうかは、見解の分かれるところであろう。 漢字の使用を音だけにしたら、学校教育の負担は
ずいぶん軽くなるはずである。例えば2級の訓読みテストはいらなくなり、次のようになる。 1.いむべき悪習をあらためる。 日本語や中国
語には句読点というものもなかった。句読点は西欧の言語から取り入れられた。句読点とつけかたは人によって、ばらつきがあるが、現代の日本語は句読点に
よってだいぶ読みやすくなった。もし、日本語に分綴法が取り入れられれば、日本語はもっと漢字をへらしても、読みやすいことばになるだろう。 朝鮮語では分かち書きが行われている。朝鮮語の
分綴法は、英語などのように単語による綴り分けではなく、助詞などは独立せず、句による綴り分けである。例えば韓流ドラマ
のさきがけとなった『冬のソナタ』のシナリオの一部をとりあげてみると次のようになっている。(原文はハングル) yeo-ja-teul-eun
nam-ja-rang tal-ra, yak-heun-i-na
kyeol-hon-eul app-tu-go ここでは漢字はまったく使われていなぎが、朝鮮
語には漢字語源のことばが数多く含まれている。例えば、次のごとくである。 yeo-ja(女
者)-teul-eun nam-ja(男
者)-rang
tal-ra, yak-heun(約
婚)-i-na
「女と男は違うの。婚約とか結婚とかを前にしていると、急に自分の存在が希薄になっ たよう な気がして、憂欝になるものよ。」 朝鮮語では
まったく漢字を使わずに書いても何の支障もない。もっとも漢字には同音異語を書きわけることができるという利点もある。また、中国語のように声調のある言
語ではアルファベット表記にすると、ひとつひとつアクセント記号をつけないと読みにくくなるとい欠点もある。ベトナム語には声調があるので、アルファベッ
トだけで表記する現代のベトナム語はかえって繁雑にみえることも確かである。 日本では国語審議会が開かれるたびに漢字の数が
増えている。パソコンを使えば簡単に漢字に変換することができるので、もっと漢字はふやしてもよいという議論もある。 漢字制限が古
典を読めなくしている、という議論もある。しかし、夏目漱石の作品も舊假名遣ひ」を「新仮名使い」にあらため、旧漢字を新漢字にあらためても作品の品格を
そこねることにはならない。現に万葉集は「春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山」という歌を「春過ぎて 夏来たるらし 白栲の 衣乾したり 天
の香具山」と読み下して国民的文化遺産として受け継いでいる。 中国でも紀元前600年くらいにできたとされる
『詩経』を簡体字で出版している。文字は一般の人は容易に読めることが大切であって、専門家は専門家で原典を研究すればいいという考え方である。 漢字検定は
80点がおよその合格ラインで、2級で合格率は20パーセント台だという。難関であることが挑戦者に闘志をわかせているようにも思われる。しかし、漢字検
定は日本語の運用能力の検定といよりも、むしろ英語でいえばスペリング・テストに近い。美しい日本語は漢字の数を増やすことによって、その美しさを増すこ
とになるのだろうか。 |
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★第147話 小学校1年生の「こくご」 ☆第148話 日本語は乱れているか |